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閑話①~とある残念女王界隈の動向~
しおりを挟む※このお話は別キャラクターの視線で書かれたものです。
※前作「イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です」に収録されている「外伝」をご覧いただいてからのほうが、よりいっそう楽しめるかと思います。
───その日、大人気男性アイドルグループが移動中、高速道路での多重玉突き事故に巻き込まれ、メンバーが病院に搬送されたというニュースが世間をさわがせた。
もちろん本人たちは軽傷で済んだものの、運転手と同乗していたマネージャーは骨折したとかで、そのまま入院したらしい───
そんな一報を受けたのは、マネージャーの広田さんからだった。
「はぁ?!あたしの弟は───ヒロくんは無事なの?!」
あたしが弟と呼ぶのは、矢住ヒロくん、現役のトップアイドルだ。
わけあって、あたしとおなじ理緒たん先生に師事することになった彼とは、義姉弟の絆で結ばれていた。
「落ちついて、怜奈!幸いにして、本人たちは軽傷で済んだと言われています!」
「これが落ちついてられるかっての!必要なのはウワサじゃなくて、正確な情報よ!今すぐ病院に確認してちょうだい!」
「だから、落ちつきなさいな!ちゃんとユカリさんから続報が来てるから!!」
そこでようやく、あたまにのぼっていた血が落ちついた。
スン……と真顔にもどったところで、広田さんが口を開く。
「とりあえず矢住さん本人は右手首のねんざで、それと軽くあたまも打っているようなので、念のため今日は様子見をかねて入院になりました。なお現在出演中だった舞台は明日の休演日以降、1週間は代役を立てて公演をつづけることが決まっているそうです」
「っ!それって!」
不謹慎にも、あたしの心はざわめいた。
だってあの舞台の裏話は、あたしの弟弟子にあたるヒロくんから聞きおよんでいる。
本当はオーディションの結果、選ばれていたのは理緒たん先生のほうで、ヒロくんはその後にスポンサーのゴリ押しで出演が決まったってこと。
それを理緒たんガチ勢のあたしに話すなんて、恨まれてもおかしくないと相当覚悟がいっただろうに、ヒロくんはちゃんと話してくれた。
そんな誠意を見せてくれた弟だからこそ、応援してあげたいって思って、すでに一度は都合をつけてその舞台を見に行っていた。
でもちょっと待って、ヒロくんがお休みとなって代役を立てるとなったら、当然のように出てくるのは───理緒たん先生ってことよね?!
そんなの絶対に見たいに決まってる!!
だって、殺陣をする理緒たん先生とか、あたしがユカリさんからもらった『お宝秘蔵映像のアレ』以来じゃない!?
それをついに生で見るチャンスが来たってことでしょ?!
「なにそれ、全力でチケット手配して!!」
「無茶言わないでくださいよ、怜奈のスケジュール、どれだけ詰まってると思ってるんですか!?」
だけど、あたしもゆずる気はなかった。
「そんなもの、あたしがミスなく撮影終わらせればいくらでも時間を詰められるでしょ!理緒たん先生の生舞台見るためなら、最っ高の演技をして爆速で終わらせてやるわよ!!」
だって、その舞台にはそれだけの情熱を燃やす価値がある。
なにしろ理緒たんガチ勢仲間にして、理緒たん先生のマネージャーである後藤さんの妹のゴリエちゃん情報では、最近の理緒たん先生は、あたしがはじめて知ったときのころのように、ふりきった全力の演技をするようになったらしい。
さらにおなじく理緒たんガチ勢仲間にして、ゴリエちゃんのメイクアップアーティスト仲間でもあるユカリさんからも、その舞台でヒロくんを献身的に支える、けなげな理緒たん先生情報を聞いている。
理緒たんガチ勢の立場から言わせてもらえるなら、たぶんまちがいなく、ヒロくんのためなら理緒たん先生は全力の演技で代役をやってくれるはずだった。
つまりは、あたしが一目で心をつかまれてしまったあのころとおなじ演技が生で見られるわけで。
なら、それを見るチャンスがあるのなら、なにをしてでも駆けつけるのが、真のガチ勢ってヤツでしょ!!
「……わかりました、そこまで言うのなら、あの映画の監督を黙らせるだけの演技ができると信じて、明後日のチケットを手配いたします」
最初はむずかしそうな顔をして悩んでいたように見えた広田さんは、やがてあきらめたような顔をすると、大きくため息をついた。
「ありがとう、広田さん!愛してるわ!!」
いかにもな体育会系女子の広田さんは、こういうとき律儀に仕事をこなしてくれるから信頼できる。
ならばあたしも、その信頼にこたえられるような演技をしなくちゃね!
そうして、広田さんの運転する車で自宅まで送り届けられたあたしは、明後日の撮影で使う台本をにぎりしめ、スマホを手にする。
一応見に行けるなら、そこでメイクをしているユカリさんへの差し入れでもしないとと思って、連絡をするつもりだった。
「ん?メッセージ……?って、ユカリさんとゴリエちゃんから?!」
それは理緒たんガチ勢仲間のグループでの、メッセージアプリのトークルームの新着を告げる通知だった。
でもちょっと待って、これ、何件来てんのよ?!
あたしがスマホから目を離していたのは、車に乗っているあいだだけだ。
その間にこれだけの応酬があったってこと……?
若干の不安を感じつつひらいたそこには、衝撃的な写真と、そしてこれまた衝撃的なことが書かれていた。
一瞬ヒロくんかと思ったその写真は、なんとユカリさん手ずからメイクをほどこされた理緒たん先生だった。
しかも今日、いきなりのヒロくんの代役をまかせられた理緒たん先生は、ヒロくんの無事を祈るために丸ごと彼の演技を完コピしてみせたらしい。
いやもう、なに言ってるか、わけわかんないわよ!
おなじ演技プランで代役をやるなら、まだわかる。
演技の完コピって、どういうこと??
殺陣のクセから、セリフまわしにアクションに……って、しかもそれが練習なしの今日だけいきなりの本番で再現してみせたとか、意味不明すぎるでしょ。
『いや、違和感が全然仕事してくれないのよ!まちがいなく理緒たんじゃなく、あれは矢住くんの幻を見た気分だったわ』
『矢住くんのファンの子もね、最初はただのモノマネかよって殺気立ってた子もいたんだけど、最後には皆そこに矢住くん本人の幻を見たみたいに、首をかしげて目をこすってたわ』
『あんなふうに、人の演技って再現することができるなんて思わなかったわ。理緒たんの演技力の底がますます見えなくなったわ』
ユカリさんからのメッセージには、そうつづられていた。
もちろん、それに食いついたゴリエちゃんからの怒とうのリプラッシュに、ユカリさんも興奮気味にリプをかえしていて、現在も通知が止まらない。
あたしも負けじと、そこに参戦する。
『ユカリさん、なにそれもっとくわしく!!』
『怜奈ちゃん、お仕事遅くまでお疲れさま!我らが理緒たん、やってくれたわよ!』
さっそくかえってくるリプに、あたしは興奮気味にスマホを両手でかかえる。
『あのね、理緒たんの愛弟子へのあふれる愛に、矢住くんのファンの子たちも歓喜の涙よ!』
そうして語られたのは、まず常人ではなし得ない演技の完コピという離れ業をやってのけた理緒たんの、弟子の無事を祈る気持ちで、そのエピソードにあたしたちは涙した。
ちょっとヒロくん、あなた理緒たん先生から、ずいぶんと愛されてるじゃない!!
あたしが石油王になってタカリオドラマの続編を撮影するときには、ライバル役に抜擢してあげてもいいわよ!?
『そしてここからが、また別の本題。終演後のアフトクイベで、緊張する理緒たんをはげますために、相田さんが手をにぎってあげてて、それに対抗するように反対の手を雪様ににぎられて登場してね。結局、登壇者が皆で手をつないで登場してて、かわいいのなんのって!』
「なんですってーーっ!!」
ユカリさんが投下してくる爆弾に、思わずあたしはリアルにさけんだ。
いや、お手々つないで登場とか!
なによそれ、かわいすぎん??
『さらに理緒たん、客席のファンからのあたたかい拍手に泣いちゃうし、ホッとしたのか退場時に転びそうになって、雪様にお姫様抱っこされてはけていったわ!』
「はああああ~~~っ!!??」
これまた、リアルに声が出た。
いや、前から理緒たん先生は、本人のヒロイン力が並みじゃないと思っていたけれど……。
なによそれ、なんでその映像は残されてないの??
ていうか、なんであたしはそんな貴重なものを見逃してんのよ!?
『……理緒たんって、受けの天才ですよね。』
『それな!!』
『まちがいないわね!』
ゴリエちゃんの意見には、もろ手をあげて賛成するしかなかった。
『モリプロさんはアフトク系イベのあるときとか、必ず内部用記録映像残すらしいので、兄に撮ったかどうか、聞いてきます!』
『神様、仏様、ゴリエ様!女神降臨キタコレ!!』
『私は劇場の記録班をあたってみるわね!』
『ユカリさん……あなたも神か……っ!!』
そしてゴリエちゃんの発言に、全あたしが沸く。
つづいてユカリさんの発言にも、さらにあたしは語彙力を失っていく。
手にしたスマホを拝みたおしたところで、時刻は深夜をとうにまわっていることに気がついた。
『ちなみにゴリエちゃん、理緒たんの代役の回は見に行くの?』
『はい、兄を脅し……もとい、拝みたおしてチケは全通手配完了です!』
『マジで?!ゴリエちゃん、マジ強火担!!』
気になって聞いてみれば、やっぱりゴリエちゃんはすごかった。
『その際にはユカリさんにも、ごあいさつにうかがいますね』
『あたしも、明後日のチケットは広田さんにお願いしてあるんだ♪』
『えぇ、ふたりとも劇場で待ってるわ!』
そんなこんなで、話のネタは尽きることなく、なんなら一晩中でも語りあかせそうだったのを必死に理性で押しとどめたところで、久しぶりに沸いた『理緒たんガチ勢友の会』のオンライン会合は、お開きとなったのだった。
……あぁ、明後日の夢にまで見た理緒たん先生の生舞台、楽しみすぎるわ!
無事にその日をむかえるためにも、映画の撮影がんばってやろうじゃないの!
あたしだって伊達に『恋愛ドラマの女王』なんて、呼ばれているわけじゃないんだから!!
* * *
───そうしてその2日後、かなり不純すぎる動機ゆえに奮起し、かつてないほどの熱演をしてみせ、こだわりが強くうるさいと評判の映画監督を実力で黙らせた残念女王が、とある劇場へといそいそと向かったのは、また別の話だった───
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