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40.モブ役者はアイドルの光で導かれる
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舞台の幕があがる、その瞬間の緊張感はなんとも言えないものがある。
客電が落ちて真っ暗になった客席、しかしそこにはこれからはじまる物語への期待に満ちた、静かな熱気がうずまいていた。
物語のはじまりを告げる笛の音が闇を切り裂くように鳴り響き、暗転していた舞台にパッとスポットライトがあてられる。
そこには暗転中にスタンバっていた主演の相田さんが、客席に背中を向けて立っていた。
これを『暗転板付き』とか『板付き』なんていう。
舞台の幕があがった時点で、舞台(板)の上にいるってことを指す業界用語だ。
いや、それにしても……わずか一瞬でここまで観客の視線を集めてしまうとか、さすがは相田さんだ。
それも、客席には背中を向けているというのにだから、とんでもない。
やっぱりスターはちがうなぁ、なんてことを感じざるを得ないだろ!
───いや、でも華があるっていうのも、実はたんなる自分をよく見せるための技術にしかすぎないんだってことは、雪之丞さんが教えてくれたことだけど。
それでもこの圧倒的なオーラのようなものは、簡単に小手先の技術として再現できるものじゃない。
座長として、すべての責任を負う覚悟のある背中だ。
それがカッコよくないはずがない!
この人についていこうって、座組の皆にそう思わせるだけの座長だからこそ、相田さんはスゴいんだ。
あぁ、どうせなら僕も、この舞台にいっしょに立ちたかった……。
舞台の裏でモニターをながめながら、ひそかに歯噛みする。
この舞台は、エンターテイメントに特化したものだからなのか、オープニングからさっそく大人数での殺陣が入る。
そのせいで、舞台のそでには次の出演者たちがたくさん控えているから、基本的には用のない人がいては逆にジャマになってしまう。
だからこうしてスタッフさんにまざって、廊下にいるしかないけれど。
それがまさか、こんなにもくやしいものだったなんて、知らなかった。
「矢住くん、こっち!」
「はい、師匠!」
オープニングの派手な殺陣込みの出番をおえて、走ってはけてきた矢住くんを呼び込むと小道具を渡して、メイクを直してもらっている隙に、水分補給にと紙コップにいれた水を手渡す。
香盤表と呼ばれる舞台の進行をしるした紙が壁に貼り出され、それにしたがって進んでいくけれど、ずっと舞台に出ずっぱりになっているような役者には、それを確認しているヒマはない。
ともすればどの場面に進行しているのかわからなくなってしまっては、出トチリになりかねないわけだ。
特に今回は派手なアクションもあるから、上手や下手だけでなく、あらゆるところから出ていくからこそ、その進行をさまたげないためのガイドが必要だった。
もちろん演者自身がおぼえるのが基本だけど、どうしたってこういう舞台がはじめての矢住くんは、とまどうことが多いように見える。
それで僕がこうして、なれるまでのあいだのガイドをつとめることになっていた。
「次、いよいよ月城さんと、初対決のシーンです!師匠に見てもらうのにはずかしくない殺陣にしようって、すごくがんばったんで、見ててくださいね!」
「うん、がんばって!」
キラキラした星のような光をたたえた瞳が、こちらをまっすぐに見つめてくる。
はじめから身体能力は高かったけど殺陣も演技もはじめてだった矢住くんが、今日のこの日をむかえるまで、どれだけ苦労してきたかは、ずっとそばで見てきたから知っている。
毎日現役アイドルとしてロケや取材の仕事をこなす合間にも、必死に練習しているらしいのは、こちらにも伝わってきていた。
デビュー当時の東城の面倒を見ていたのを思い出して、さらに器用な矢住くんには、舌を巻くしかなかったけど。
本当に、ちゃんと伝わってきてるよ!
だれよりもいっぱい努力したんだってこと。
「それじゃ、またいってきます!」
「うん、気をつけて!」
その背中をまぶしいものを見るような気持ちで送り出したところで、小さく息をつく。
こうして間近なところから矢住くんを見ていると、僕のダメなところが浮き彫りになってくる気がするんだ。
彼は己の至らないところをすなおに認めて、その分努力をしている。
もちろん努力なら、これまでの僕だってやってきたことだけど。
でも僕は───本当に彼みたいに自分にダメなところがあるって、認められていたのかな?
そう、自分に問いかけたかった。
演技力には、自信がある。
それが僕にとっては、かえって変なプライドになり、枷になってしまっていたんじゃないだろうか?って。
どんな役だって、演じてみせるという気概はあるけれど、じゃあそれを常に100%の力で発揮してきたのかと聞かれたら、きっとそうではないとこたえるしかない。
目立ったらまた主演のファンから叩かれるから、だから主演を目立たせるために地味な演技をするんだとうそぶいて、たんに手を抜いていただけだ。
だったらもっと、『僕の演技で主演のいい演技を引き出してやる』くらいの気持ちでぶつかればよかったんだ。
そりゃ、僕ひとりができることは小さいことかもしれないけれど、それに触発された共演者たちが変わっていけば、スタッフだって変わっていく。
それをこの現場で学ばせてもらった。
横にあるモニターを見れば、舞台の上ではまさに雪之丞さんと矢住くんが戦っているところだった。
そりゃ、殺陣のプロと言ってもいい雪之丞さんを相手にするには、今の矢住くんでは力不足なのは否めない。
たぶん雪之丞さんを『雪様』と呼ぶ、大衆演劇で肥えた目を持つ常連ファンからすれば、今回の舞台では物足りないことは多々あるだろう。
細かいところを見れば、それこそキリがないけれど。
でもきっと客席の彼女たちは、もうそんな感想を抱かなくなっていると思う。
だって、挑む矢住くんは今の自分ができる最良の殺陣をしているから。
その必死さは、演技を超えて全身からにじむ。
観客がそれを感じられたなら、矢住くんの演じる悠之助というキャラクターはリアリティを得て、そこで息をして生きているホンモノの人間になれる。
そうなれば、あとはもう心配いらなかった。
殺陣の物足りなさに感じていたものは、きっと雪之丞さん演じる敵の親玉の強さゆえの余裕に、姿を変えて見えてくるはずだ。
どんなにあがいても、それこそ逆立ちしても勝てない絶対的強者と、それに挑む若者という関係性だけが心に残ることだろう。
つまるところ、もう観客の心はつかまれ、グッとこの舞台の世界へと引き込めているってことだ。
───そうだ、これだ!
これこそが、僕が目指さなくてはいけない高みだった。
ひょっとしてこの現場に僕を残してくれた岸本監督は、そこまで伝わるってことを見越してたんだろうか?
だとしたらこれこそが、あの人からの僕にあてたメッセージってことだろ!?
岸本監督と言えば、言うまでもなく東城のデビュー作にして僕との共演をしたあの連ドラの監督だったから。
つまりは───まだあのころ、常に全力で演技をしていた僕を知っている監督だからこそ感じる、もどかしさのようなものがあったのかもしれない。
うん、受け取った。
もしも相手にそのつもりがなかったとしても、僕はたしかにこの舞台初日、板のうえに立つ彼らの姿を通じて、そのメッセージを受け取ったんだ。
なら、こたえなきゃいけないだろ!
僕にとっての岸本監督は、やっぱりお世話になった恩人でもあって。
その人からかけられた期待なら、全力でこたえなきゃウソになる。
そう思った瞬間、どこかでカチリと歯車がかみ合ったような音がした。
あぁ、そうか、僕に足りていなかったのはこれか……って。
もちろん、自分の演技力は武器のひとつでまちがいないとは信じているけれど。
セリフひとつで、いや、しぐさひとつで他人になれるそれが楽しくないはずがないだろ!
それに殺陣も好きだ。
特に派手なものほど大変だけど、その分、成功したときは気持ちいい。
この2年ばかりは目立たなくいようとするあまりに、手抜きばかりをしてきたからこそわかる。
雪之丞さんとの殺陣は、魂がふるえるほどにワクワクするんだ。
全力を出してもなお余裕でさばかれる、相手の技の華やかさに魅了される。
負けたくないって思いが自然にわきあがってきて、気がつけばガムシャラにやっていたころの気持ちを思い出していた。
そうだよ、今自分ができる最高の殺陣や演技をするって、肉体も精神もギリギリまでしぼり出さなきゃいけなくて疲れるけれど、充実感はハンパないんだ。
たとえ力のおよばぬ相手がいたとしても、自分にできることを尽くしたのなら、きっと悔いは残らない。
そうやって人事を尽くしたからこそ、それは自信となって己の気持ちを押しあげるものになり、上を向いていられるようになるわけで。
おそらくそれは、僕が長年『華』と呼んできたものの最後の1ピースとなる成分だった。
雪之丞さんからは、『華』なんていうのは、いかに己をよく見せるかの技術にすぎないんだって言われたけど、心のどこかでまだ納得しきれていないところもあった。
だけどそこに、その努力を尽くしたものだけが持てる自信というカケラを加えてみると、ストンと腑に落ちる。
胸が、熱い。
長年探し求めていたもののこたえが、ようやくこの手のなかに得られた、そんな気持ち。
カァッと灼けつくように燃えさかる炎が、胸の内を焼き焦がすようだ。
初日をむかえて幕があがって、それを見てよろこぶお客さんの顔が見えて、実感した。
たとえるならば、僕のなかでバラバラにあつまりつつあつたピースが、最後のカケラを得てようやくすべてつながった、みたいなものだ。
あぁ、早く次の現場に入りたい!
そこで今できる僕の、全力の演技をしたい!!
身内からわきあがってくるその思いは熱く、僕の胸にたしかな炎を宿してくる。
「師匠~っ!今のボクの殺陣、見ててくれましたか?!」
「お疲れさま、すごいよかったよ!なかなかおぼえられなかった手だもんね?ちゃんと自然な流れで斬り結んでいるように見えたし、なにより身軽さとあいまってすごく早く見えたし、カッコよかったよ!」
「わっ、ホントですか?だれに言われるよりも、師匠に褒めてもらえるのがうれしいです!!」
場面が切り替わり、はけてきた矢住くんを笑顔でむかえれば、そのまま抱きつかれた。
いまだに肩で息をするくらい、今までの激しい殺陣のせいで矢住くんは汗だくだったけど、ふしぎと嫌悪感はなかった。
それよりも相手の早い鼓動につられて、こちらの気持ちも昂りそうになる。
というか、まるでそれが拍手や声援のようにこちらの背中を押してきて、めちゃくちゃはげまされた。
そうだ、その意気だって言われているみたいに。
「あれ、師匠なんかいいことありました?スゴい楽しそうな笑顔に見えます」
「うん、矢住くんの殺陣を見てたら、僕に足りてなかったモノが見つかった気がして……だからお礼を言わせて。本当にありがとう!」
その姿に触発されたのだと、感謝を告げる。
「なんかよくわかんないですけど、今の師匠、スゴい強い眼してます」
「そっか、ならそれは矢住くんのおかげだね。すごく勇気をもらったから」
そうして、ニッと笑みを浮かべた矢住くんと、軽くにぎったこぶしをコツンと合わせた。
アイドルっていうのは、本当にスゴい。
見ているだけの人にまで、こんなに勇気をあたえてくれるんだから。
ふたたび、まぶしいものを見るような気持ちで、矢住くんを見やる。
「じゃあボク、後半戦も月城さん相手に全力で戦って散ってきますね!」
「うん、ずっと見守ってるから」
「ハイ、行ってきます!」
こうして舞台の初日は、大きなトラブルに見舞われることもなく、無事に幕があがっておりたのだった。
客電が落ちて真っ暗になった客席、しかしそこにはこれからはじまる物語への期待に満ちた、静かな熱気がうずまいていた。
物語のはじまりを告げる笛の音が闇を切り裂くように鳴り響き、暗転していた舞台にパッとスポットライトがあてられる。
そこには暗転中にスタンバっていた主演の相田さんが、客席に背中を向けて立っていた。
これを『暗転板付き』とか『板付き』なんていう。
舞台の幕があがった時点で、舞台(板)の上にいるってことを指す業界用語だ。
いや、それにしても……わずか一瞬でここまで観客の視線を集めてしまうとか、さすがは相田さんだ。
それも、客席には背中を向けているというのにだから、とんでもない。
やっぱりスターはちがうなぁ、なんてことを感じざるを得ないだろ!
───いや、でも華があるっていうのも、実はたんなる自分をよく見せるための技術にしかすぎないんだってことは、雪之丞さんが教えてくれたことだけど。
それでもこの圧倒的なオーラのようなものは、簡単に小手先の技術として再現できるものじゃない。
座長として、すべての責任を負う覚悟のある背中だ。
それがカッコよくないはずがない!
この人についていこうって、座組の皆にそう思わせるだけの座長だからこそ、相田さんはスゴいんだ。
あぁ、どうせなら僕も、この舞台にいっしょに立ちたかった……。
舞台の裏でモニターをながめながら、ひそかに歯噛みする。
この舞台は、エンターテイメントに特化したものだからなのか、オープニングからさっそく大人数での殺陣が入る。
そのせいで、舞台のそでには次の出演者たちがたくさん控えているから、基本的には用のない人がいては逆にジャマになってしまう。
だからこうしてスタッフさんにまざって、廊下にいるしかないけれど。
それがまさか、こんなにもくやしいものだったなんて、知らなかった。
「矢住くん、こっち!」
「はい、師匠!」
オープニングの派手な殺陣込みの出番をおえて、走ってはけてきた矢住くんを呼び込むと小道具を渡して、メイクを直してもらっている隙に、水分補給にと紙コップにいれた水を手渡す。
香盤表と呼ばれる舞台の進行をしるした紙が壁に貼り出され、それにしたがって進んでいくけれど、ずっと舞台に出ずっぱりになっているような役者には、それを確認しているヒマはない。
ともすればどの場面に進行しているのかわからなくなってしまっては、出トチリになりかねないわけだ。
特に今回は派手なアクションもあるから、上手や下手だけでなく、あらゆるところから出ていくからこそ、その進行をさまたげないためのガイドが必要だった。
もちろん演者自身がおぼえるのが基本だけど、どうしたってこういう舞台がはじめての矢住くんは、とまどうことが多いように見える。
それで僕がこうして、なれるまでのあいだのガイドをつとめることになっていた。
「次、いよいよ月城さんと、初対決のシーンです!師匠に見てもらうのにはずかしくない殺陣にしようって、すごくがんばったんで、見ててくださいね!」
「うん、がんばって!」
キラキラした星のような光をたたえた瞳が、こちらをまっすぐに見つめてくる。
はじめから身体能力は高かったけど殺陣も演技もはじめてだった矢住くんが、今日のこの日をむかえるまで、どれだけ苦労してきたかは、ずっとそばで見てきたから知っている。
毎日現役アイドルとしてロケや取材の仕事をこなす合間にも、必死に練習しているらしいのは、こちらにも伝わってきていた。
デビュー当時の東城の面倒を見ていたのを思い出して、さらに器用な矢住くんには、舌を巻くしかなかったけど。
本当に、ちゃんと伝わってきてるよ!
だれよりもいっぱい努力したんだってこと。
「それじゃ、またいってきます!」
「うん、気をつけて!」
その背中をまぶしいものを見るような気持ちで送り出したところで、小さく息をつく。
こうして間近なところから矢住くんを見ていると、僕のダメなところが浮き彫りになってくる気がするんだ。
彼は己の至らないところをすなおに認めて、その分努力をしている。
もちろん努力なら、これまでの僕だってやってきたことだけど。
でも僕は───本当に彼みたいに自分にダメなところがあるって、認められていたのかな?
そう、自分に問いかけたかった。
演技力には、自信がある。
それが僕にとっては、かえって変なプライドになり、枷になってしまっていたんじゃないだろうか?って。
どんな役だって、演じてみせるという気概はあるけれど、じゃあそれを常に100%の力で発揮してきたのかと聞かれたら、きっとそうではないとこたえるしかない。
目立ったらまた主演のファンから叩かれるから、だから主演を目立たせるために地味な演技をするんだとうそぶいて、たんに手を抜いていただけだ。
だったらもっと、『僕の演技で主演のいい演技を引き出してやる』くらいの気持ちでぶつかればよかったんだ。
そりゃ、僕ひとりができることは小さいことかもしれないけれど、それに触発された共演者たちが変わっていけば、スタッフだって変わっていく。
それをこの現場で学ばせてもらった。
横にあるモニターを見れば、舞台の上ではまさに雪之丞さんと矢住くんが戦っているところだった。
そりゃ、殺陣のプロと言ってもいい雪之丞さんを相手にするには、今の矢住くんでは力不足なのは否めない。
たぶん雪之丞さんを『雪様』と呼ぶ、大衆演劇で肥えた目を持つ常連ファンからすれば、今回の舞台では物足りないことは多々あるだろう。
細かいところを見れば、それこそキリがないけれど。
でもきっと客席の彼女たちは、もうそんな感想を抱かなくなっていると思う。
だって、挑む矢住くんは今の自分ができる最良の殺陣をしているから。
その必死さは、演技を超えて全身からにじむ。
観客がそれを感じられたなら、矢住くんの演じる悠之助というキャラクターはリアリティを得て、そこで息をして生きているホンモノの人間になれる。
そうなれば、あとはもう心配いらなかった。
殺陣の物足りなさに感じていたものは、きっと雪之丞さん演じる敵の親玉の強さゆえの余裕に、姿を変えて見えてくるはずだ。
どんなにあがいても、それこそ逆立ちしても勝てない絶対的強者と、それに挑む若者という関係性だけが心に残ることだろう。
つまるところ、もう観客の心はつかまれ、グッとこの舞台の世界へと引き込めているってことだ。
───そうだ、これだ!
これこそが、僕が目指さなくてはいけない高みだった。
ひょっとしてこの現場に僕を残してくれた岸本監督は、そこまで伝わるってことを見越してたんだろうか?
だとしたらこれこそが、あの人からの僕にあてたメッセージってことだろ!?
岸本監督と言えば、言うまでもなく東城のデビュー作にして僕との共演をしたあの連ドラの監督だったから。
つまりは───まだあのころ、常に全力で演技をしていた僕を知っている監督だからこそ感じる、もどかしさのようなものがあったのかもしれない。
うん、受け取った。
もしも相手にそのつもりがなかったとしても、僕はたしかにこの舞台初日、板のうえに立つ彼らの姿を通じて、そのメッセージを受け取ったんだ。
なら、こたえなきゃいけないだろ!
僕にとっての岸本監督は、やっぱりお世話になった恩人でもあって。
その人からかけられた期待なら、全力でこたえなきゃウソになる。
そう思った瞬間、どこかでカチリと歯車がかみ合ったような音がした。
あぁ、そうか、僕に足りていなかったのはこれか……って。
もちろん、自分の演技力は武器のひとつでまちがいないとは信じているけれど。
セリフひとつで、いや、しぐさひとつで他人になれるそれが楽しくないはずがないだろ!
それに殺陣も好きだ。
特に派手なものほど大変だけど、その分、成功したときは気持ちいい。
この2年ばかりは目立たなくいようとするあまりに、手抜きばかりをしてきたからこそわかる。
雪之丞さんとの殺陣は、魂がふるえるほどにワクワクするんだ。
全力を出してもなお余裕でさばかれる、相手の技の華やかさに魅了される。
負けたくないって思いが自然にわきあがってきて、気がつけばガムシャラにやっていたころの気持ちを思い出していた。
そうだよ、今自分ができる最高の殺陣や演技をするって、肉体も精神もギリギリまでしぼり出さなきゃいけなくて疲れるけれど、充実感はハンパないんだ。
たとえ力のおよばぬ相手がいたとしても、自分にできることを尽くしたのなら、きっと悔いは残らない。
そうやって人事を尽くしたからこそ、それは自信となって己の気持ちを押しあげるものになり、上を向いていられるようになるわけで。
おそらくそれは、僕が長年『華』と呼んできたものの最後の1ピースとなる成分だった。
雪之丞さんからは、『華』なんていうのは、いかに己をよく見せるかの技術にすぎないんだって言われたけど、心のどこかでまだ納得しきれていないところもあった。
だけどそこに、その努力を尽くしたものだけが持てる自信というカケラを加えてみると、ストンと腑に落ちる。
胸が、熱い。
長年探し求めていたもののこたえが、ようやくこの手のなかに得られた、そんな気持ち。
カァッと灼けつくように燃えさかる炎が、胸の内を焼き焦がすようだ。
初日をむかえて幕があがって、それを見てよろこぶお客さんの顔が見えて、実感した。
たとえるならば、僕のなかでバラバラにあつまりつつあつたピースが、最後のカケラを得てようやくすべてつながった、みたいなものだ。
あぁ、早く次の現場に入りたい!
そこで今できる僕の、全力の演技をしたい!!
身内からわきあがってくるその思いは熱く、僕の胸にたしかな炎を宿してくる。
「師匠~っ!今のボクの殺陣、見ててくれましたか?!」
「お疲れさま、すごいよかったよ!なかなかおぼえられなかった手だもんね?ちゃんと自然な流れで斬り結んでいるように見えたし、なにより身軽さとあいまってすごく早く見えたし、カッコよかったよ!」
「わっ、ホントですか?だれに言われるよりも、師匠に褒めてもらえるのがうれしいです!!」
場面が切り替わり、はけてきた矢住くんを笑顔でむかえれば、そのまま抱きつかれた。
いまだに肩で息をするくらい、今までの激しい殺陣のせいで矢住くんは汗だくだったけど、ふしぎと嫌悪感はなかった。
それよりも相手の早い鼓動につられて、こちらの気持ちも昂りそうになる。
というか、まるでそれが拍手や声援のようにこちらの背中を押してきて、めちゃくちゃはげまされた。
そうだ、その意気だって言われているみたいに。
「あれ、師匠なんかいいことありました?スゴい楽しそうな笑顔に見えます」
「うん、矢住くんの殺陣を見てたら、僕に足りてなかったモノが見つかった気がして……だからお礼を言わせて。本当にありがとう!」
その姿に触発されたのだと、感謝を告げる。
「なんかよくわかんないですけど、今の師匠、スゴい強い眼してます」
「そっか、ならそれは矢住くんのおかげだね。すごく勇気をもらったから」
そうして、ニッと笑みを浮かべた矢住くんと、軽くにぎったこぶしをコツンと合わせた。
アイドルっていうのは、本当にスゴい。
見ているだけの人にまで、こんなに勇気をあたえてくれるんだから。
ふたたび、まぶしいものを見るような気持ちで、矢住くんを見やる。
「じゃあボク、後半戦も月城さん相手に全力で戦って散ってきますね!」
「うん、ずっと見守ってるから」
「ハイ、行ってきます!」
こうして舞台の初日は、大きなトラブルに見舞われることもなく、無事に幕があがっておりたのだった。
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