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37.ふたりがだれより近づいた日
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「それでは明日はいよいよ舞台の初日、入りの時間に合わせてお迎えにあがりますから、今日はゆっくりお休みくださいね、羽月さん───って、東城!今さらですけど、いろいろと……わかってますよね?!」
部屋の入り口に立つマネージャーの後藤さんは、僕に向かってほほ笑みかけたあと、キッと東城をにらみつける。
「はいっ、それはもちろん!」
よくしつけられた犬のように、直立不動でこたえる東城に、しかし後藤さんは鋭い視線を送りつづけている。
うん、なんていうか……パタパタとふられるシッポが見えるようだ。
「あの、ありがとうございました後藤さん!」
「えぇ、なにかありましたら、時間は気にせずご連絡くださいね」
と、そこですっかりお礼を言いそびれていたことに気づいて、あわててあたまを下げれば、とたんに剣呑な光を消して元の柔和な笑みにもどる。
明日から上演される舞台のゲネプロを終え、後藤さんによって送りとどけられたのは、東城の自宅だった。
いかにも芸能人の自宅っぽいタワーマンションの高層階にあるこの部屋は、リビングの窓は全面ガラス張りになっていて、ものすごい解放感がある。
モノトーンでまとめられた室内はめちゃくちゃオシャレで、思わず物怖じしてしまいそうだった。
うーん、やっぱり僕には縁遠い感じの部屋だな……。
モリプロに移籍してからというもの、用意されたマンションの一室は、それまで住んでたアパートとは大ちがいだったけど、それでもこの部屋とは比べようもない。
しかも、またもや帰宅するなりサッと作られた夕飯が料亭並みのしっかりした和食と来た日には、もうどうしていいかわからなくなる。
前回のイタリアンもおいしかったけど、今回のそれもまちがいなかった。
後藤さんいわく、『ほとんどを家で仕込んできたから楽でした』だそうだけど、それにしたって盛りつけのセンスとかは個人の技量によるものだと思う。
毎回彩りよく盛りつけられたそれらは、見ているだけでおなかが空いてくる。
そう口にすれば、後藤さんには感激されたっけ。
「そうですか、さすがは羽月さん!東城はそういうことを一切言ってくれませんからね。私がどれだけ苦労して作ろうと、『うまい』だとか『腹へった』しか言ってくれませんから」
とか言って。
「……本当に東城は、これまでお世話してくれた後藤さんに感謝しろよ?」
「えっ、そりゃもちろん、感謝はしてますよ!?」
そこはそうなんだろうけど、たぶん東城の感謝はあまり伝わっていない気がする。
「でもせっかくあんなに毎回プロクオリティのおいしい料理を作ってくれるのに、そこはコメントしてないんだろ?」
「ちゃんと言ってますよ『うまそう』って。めっちゃいい匂いするし、すげー腹へるんですよね」
なんだろう、若干のすれちがいを感じるな。
語彙力がない、とかではないと思うんだけど……だって僕の演技を褒めるときとか、これでもかってほど豊富なバリエーションで褒められたしなぁ。
と思ったところで、ハッとした。
「そっか、ひょっとして東城は演技するとき、先に感情から入るタイプだったりする?」
「え?よくわかんないんですけど、台本読んだあたりで、ぐわーってその役の気持ちがわいてくることはありますけど……」
うん、やっぱりそうだ。
見映えいい料理を前にして、まず最初に思うのがどういうことかで、その人の感性の傾向がわかる。
たとえばきれいだとか美しいだとか、盛りつけとかの外見を見るのか、それとも東城みたいにまずは匂いだとか味だとかの実を取るのか。
それを演技に当てはめると、前者は役柄を理解して演技プランを考える理詰め型で、後者は憑依型とも呼ばれる役になりきる感情移入型だ。
そのどちらが役へのアプローチとして正解なのかは一概には言えないけれど、そのどちらにも長所と短所がある。
たとえば理詰め型。
僕もどちらかと言えばこちらのタイプだけど、細かく計算された演技は隙がなく、どんな役が来てもほころびは少ない。
その半面、テクニックがないと『役として演じている』ことが見る人にもバレてしまい、上っ面だけの不自然さを感じさせるものになってしまう。
一方の感情移入型はというと、東城がこちらのタイプで、一度ハマるとその破壊力がデカイ。
それこそ本人と役との境界線があいまいになるからこそ、ホンモノの感情に裏打ちされたそれは、見る人の感情をゆさぶるものになる。
その半面、役への感情移入が根底にあるからこそ、みじんも共感できない役を演じるのはむずかしくなってしまう。
たとえばサイコパスな殺人者の役だとか、下衆すぎる役だとか、そういうものを演じることは困難だ。
でも当然ながら、プロの役者なら『自分と役に似ているところが見当たらない役だから演じられません』なんて、言えるはずがない。
だからそういう意味では、プロの役者には前者の理詰め型のほうが多いと思う。
まぁ、そういうむずかしい役を『いかにホンモノらしく見せるか』ってのが、プロの技量なんだけどな。
今はまだ東城も、本人のイメージともあっているさわやか好青年系の役が多いけれど、今後本気で役者をつづけていくつもりなら、多少は理詰め型にもなれておかないといけないんじゃないかな?
と、そんなことを相手に伝えれば、あごに手を当てて考え込まれた。
「つまりそれは、俺の演技の弱点ってことですよね?」
深刻そうな顔でつぶやく東城に、あわてて僕はフォローを入れる。
「いや、必ずしも弱点とまでは言えないだろ!?今まで東城がやってきた役だって、ほかの人には演じられないなんて言われてるわけだし……っ!」
そう、コイツくらい容姿に恵まれていれば、それだけでも立派な力になる。
たとえば『お前を愛してる』なんて甘いセリフをささやくとき、東城のように圧倒的なイケメンが口にするのと、そこらへんにいそうなふつうの顔の青年がするのでは、まるで心に響く度合いがちがう。
そのお芝居を見た人たちが、どちらにキュンとするかは、明白だろう。
キザなしぐさをするにしたって、スタイルがいいだけで見映えは全然ちがうものになるわけだし、すぐれた外見というのはまちがいなく『その人にしかない立派な武器』のひとつなんだ。
仮に演技がいまいちでも、恋愛ドラマというフィールドでなら、圧倒的な力を発揮できる。
なにより主役としては、目立てることこそが重要なわけで、そういう意味では満点だ。
きれいに並んだもののなかに、ひとつだけゆがんだものが混ざればそれは───悪目立ちかもしれないけど───まわりに埋もれずに目立つ。
もちろん逆の圧倒的にかがやいて見える、っていうのも当然いい目立ち方になるわけで。
どちらにしても主役っていうのは、そういうものだろ?
だからイケメンオーラ全開の演技をしているコイツは、自分の持つ武器を十分に生かしてるとも言えるわけだ。
「でも俺は、また羽月さんと共演するのが目標なんで。そのときにこっちの演技力が足りなくて、足を引っぱるなんてゴメンですよ」
そう言う東城の顔は、キリリと引きしまっていた。
ドキンッ……
その精悍な顔つきに、思わず胸が高鳴った。
う……わっ、なんだよそれ、カッコよすぎか……っ!!
「だ、だったら次に自分の演技をするとき、どんな表情をしてるのかとか、自覚するところからはじめてみればいいんじゃないかな?」
とっさに赤面しそうになったのをごまかすようにせきばらいをして、アドバイスにつなげる。
う、うん、今のは不自然じゃなかったよな……?
「『どんな表情をしてるか自覚をする』、ですか?」
「そう、東城がその演技をしてるときって、ある意味でその役の感情までは完全に自分のなかにあるわけだろ?ならその感情が出たとき、どういう表現をしてるのかわかればいつでも再現できるようになるんじゃない?」
助言としては、今さら言うようなものではないけれど。
「わかりました!それじゃあこの前の単発ドラマのヤツ、いっしょに見返してもらってもいいですか?」
「もちろん、いいに決まってるだろ」
気がつけばそんな風に、いつものような演技の話になっていた。
なんだろう、これはこれで楽しいんだけど、なんとなく思っていたのとはちがうというか、少々肩透かしをくらった感は否めなかった。
ゲネプロを終えて劇場を出るときの雰囲気は、もっと艶っぽい色めかしいものだったはずなんだけどな……。
それにこの前の東城が出た単発ドラマって、大正ロマンあふれる恋愛ドラマだったはずだ。
ヒロイン見つめる瞳のやさしさが、これまでになく甘いもので……実はちょっとだけ嫉妬しかけたのは内緒にしていた。
「………ここ、ヒロインに会えてうれしそうな顔してるだろ。このときの目もとのゆるませ方とか、その前のちょっとだけおどろいたように目を見開くのとか」
「なるほど、まったく意識してなかったですね!このときはもう、会えてうれしいって気持ちしかなかったですし……」
マジメに画面に見入る東城の横顔を、そっとうかがう。
その顔は真剣で、『役者・東城湊斗』の顔になっていた。
うん、こういう顔をしてるときの東城は文句なしにカッコいい。
思わず見とれそうになったところで、あわてて話題を変える。
「うん、本当にそのうれしそうな気持ちが伝わる表情してる。ひょっとして東城、こういう顔がタイプなの?」
「そうですね、たしかにタイプと言えばタイプかもしれません……」
チリ、と胸に去就する嫉妬の気持ちを押し隠して、なにげない風を装ってたずねれば、思わぬ肯定がきた。
「だってこの女優さん、この少しタレ目気味なところとか、なのにキツめの目つきをするところとか、羽月さんに似てるんですもん!なにより身長とか体型まで似てるもんだから、『仮想羽月さん』って思ったらもう、愛おしさが爆発したと言いますか……!!」
「………………………………」
あぁ、東城は一分の隙もなく東城だった。
「おかげで撮影がはかどるのなんのって、監督にも褒められたんですよー!」
「それってつまり……」
───このヒロインに向けられている笑みもなにもかも、僕に向けたものだったってことなのか?!
「あまりにも撮影が順調すぎて、俺の演技が演技とも思えないなんて言われて、一時は熱愛疑惑だとか根も葉もないウワサが出そうになりましたけど!この人とは連絡先ひとつ交換してませんから!!」
「う、うん、わかった……」
いかにも東城らしいこたえに、気がつけば頬が熱くなっていた。
「わかってたけど、本当に僕のこと好きなんだ……?」
「あたりまえです!!俺が好きなのは羽月さんだけですから!」
そのあまりにも真剣なまなざしに見つめられるだけで、心臓は激しく脈打ち、息があがっていく。
きっと今の僕の顔は、ゆでダコみたいに真っ赤に染まっているんだろう。
はずかしいのに、でもそれ以上にうれしいと感じている。
目の前にあるその顔は、テレビ画面のなかのそれよりもよほど艶めいて見えた。
「ね、キスしてもいい?」
甘えるようなおねだりに、そっと目をとじる。
肩に手を置き、ゆっくりと近づいてくる相手の気配に、心臓はうるさいくらいに高鳴ったままだ。
「んっ……」
やがてやわらかなくちびるが押しあてられ、やさしげに何度もはまれた。
そのとろけるような濃密なキスに、理性はチョコレートのように甘く溶けていく。
「俺、羽月さんのこと抱きたいです」
「うん……いいよ」
真剣な目のままにお願いされ、コクリとうなずく。
「愛してます、羽月さん……」
そしてゆっくりとソファーの上へと押し倒されたところで、部屋の照明が一段暗いものへと落とされた。
───その日僕らは、だれよりも近いところでおたがいを感じ合い、ひとつになったのだった。
部屋の入り口に立つマネージャーの後藤さんは、僕に向かってほほ笑みかけたあと、キッと東城をにらみつける。
「はいっ、それはもちろん!」
よくしつけられた犬のように、直立不動でこたえる東城に、しかし後藤さんは鋭い視線を送りつづけている。
うん、なんていうか……パタパタとふられるシッポが見えるようだ。
「あの、ありがとうございました後藤さん!」
「えぇ、なにかありましたら、時間は気にせずご連絡くださいね」
と、そこですっかりお礼を言いそびれていたことに気づいて、あわててあたまを下げれば、とたんに剣呑な光を消して元の柔和な笑みにもどる。
明日から上演される舞台のゲネプロを終え、後藤さんによって送りとどけられたのは、東城の自宅だった。
いかにも芸能人の自宅っぽいタワーマンションの高層階にあるこの部屋は、リビングの窓は全面ガラス張りになっていて、ものすごい解放感がある。
モノトーンでまとめられた室内はめちゃくちゃオシャレで、思わず物怖じしてしまいそうだった。
うーん、やっぱり僕には縁遠い感じの部屋だな……。
モリプロに移籍してからというもの、用意されたマンションの一室は、それまで住んでたアパートとは大ちがいだったけど、それでもこの部屋とは比べようもない。
しかも、またもや帰宅するなりサッと作られた夕飯が料亭並みのしっかりした和食と来た日には、もうどうしていいかわからなくなる。
前回のイタリアンもおいしかったけど、今回のそれもまちがいなかった。
後藤さんいわく、『ほとんどを家で仕込んできたから楽でした』だそうだけど、それにしたって盛りつけのセンスとかは個人の技量によるものだと思う。
毎回彩りよく盛りつけられたそれらは、見ているだけでおなかが空いてくる。
そう口にすれば、後藤さんには感激されたっけ。
「そうですか、さすがは羽月さん!東城はそういうことを一切言ってくれませんからね。私がどれだけ苦労して作ろうと、『うまい』だとか『腹へった』しか言ってくれませんから」
とか言って。
「……本当に東城は、これまでお世話してくれた後藤さんに感謝しろよ?」
「えっ、そりゃもちろん、感謝はしてますよ!?」
そこはそうなんだろうけど、たぶん東城の感謝はあまり伝わっていない気がする。
「でもせっかくあんなに毎回プロクオリティのおいしい料理を作ってくれるのに、そこはコメントしてないんだろ?」
「ちゃんと言ってますよ『うまそう』って。めっちゃいい匂いするし、すげー腹へるんですよね」
なんだろう、若干のすれちがいを感じるな。
語彙力がない、とかではないと思うんだけど……だって僕の演技を褒めるときとか、これでもかってほど豊富なバリエーションで褒められたしなぁ。
と思ったところで、ハッとした。
「そっか、ひょっとして東城は演技するとき、先に感情から入るタイプだったりする?」
「え?よくわかんないんですけど、台本読んだあたりで、ぐわーってその役の気持ちがわいてくることはありますけど……」
うん、やっぱりそうだ。
見映えいい料理を前にして、まず最初に思うのがどういうことかで、その人の感性の傾向がわかる。
たとえばきれいだとか美しいだとか、盛りつけとかの外見を見るのか、それとも東城みたいにまずは匂いだとか味だとかの実を取るのか。
それを演技に当てはめると、前者は役柄を理解して演技プランを考える理詰め型で、後者は憑依型とも呼ばれる役になりきる感情移入型だ。
そのどちらが役へのアプローチとして正解なのかは一概には言えないけれど、そのどちらにも長所と短所がある。
たとえば理詰め型。
僕もどちらかと言えばこちらのタイプだけど、細かく計算された演技は隙がなく、どんな役が来てもほころびは少ない。
その半面、テクニックがないと『役として演じている』ことが見る人にもバレてしまい、上っ面だけの不自然さを感じさせるものになってしまう。
一方の感情移入型はというと、東城がこちらのタイプで、一度ハマるとその破壊力がデカイ。
それこそ本人と役との境界線があいまいになるからこそ、ホンモノの感情に裏打ちされたそれは、見る人の感情をゆさぶるものになる。
その半面、役への感情移入が根底にあるからこそ、みじんも共感できない役を演じるのはむずかしくなってしまう。
たとえばサイコパスな殺人者の役だとか、下衆すぎる役だとか、そういうものを演じることは困難だ。
でも当然ながら、プロの役者なら『自分と役に似ているところが見当たらない役だから演じられません』なんて、言えるはずがない。
だからそういう意味では、プロの役者には前者の理詰め型のほうが多いと思う。
まぁ、そういうむずかしい役を『いかにホンモノらしく見せるか』ってのが、プロの技量なんだけどな。
今はまだ東城も、本人のイメージともあっているさわやか好青年系の役が多いけれど、今後本気で役者をつづけていくつもりなら、多少は理詰め型にもなれておかないといけないんじゃないかな?
と、そんなことを相手に伝えれば、あごに手を当てて考え込まれた。
「つまりそれは、俺の演技の弱点ってことですよね?」
深刻そうな顔でつぶやく東城に、あわてて僕はフォローを入れる。
「いや、必ずしも弱点とまでは言えないだろ!?今まで東城がやってきた役だって、ほかの人には演じられないなんて言われてるわけだし……っ!」
そう、コイツくらい容姿に恵まれていれば、それだけでも立派な力になる。
たとえば『お前を愛してる』なんて甘いセリフをささやくとき、東城のように圧倒的なイケメンが口にするのと、そこらへんにいそうなふつうの顔の青年がするのでは、まるで心に響く度合いがちがう。
そのお芝居を見た人たちが、どちらにキュンとするかは、明白だろう。
キザなしぐさをするにしたって、スタイルがいいだけで見映えは全然ちがうものになるわけだし、すぐれた外見というのはまちがいなく『その人にしかない立派な武器』のひとつなんだ。
仮に演技がいまいちでも、恋愛ドラマというフィールドでなら、圧倒的な力を発揮できる。
なにより主役としては、目立てることこそが重要なわけで、そういう意味では満点だ。
きれいに並んだもののなかに、ひとつだけゆがんだものが混ざればそれは───悪目立ちかもしれないけど───まわりに埋もれずに目立つ。
もちろん逆の圧倒的にかがやいて見える、っていうのも当然いい目立ち方になるわけで。
どちらにしても主役っていうのは、そういうものだろ?
だからイケメンオーラ全開の演技をしているコイツは、自分の持つ武器を十分に生かしてるとも言えるわけだ。
「でも俺は、また羽月さんと共演するのが目標なんで。そのときにこっちの演技力が足りなくて、足を引っぱるなんてゴメンですよ」
そう言う東城の顔は、キリリと引きしまっていた。
ドキンッ……
その精悍な顔つきに、思わず胸が高鳴った。
う……わっ、なんだよそれ、カッコよすぎか……っ!!
「だ、だったら次に自分の演技をするとき、どんな表情をしてるのかとか、自覚するところからはじめてみればいいんじゃないかな?」
とっさに赤面しそうになったのをごまかすようにせきばらいをして、アドバイスにつなげる。
う、うん、今のは不自然じゃなかったよな……?
「『どんな表情をしてるか自覚をする』、ですか?」
「そう、東城がその演技をしてるときって、ある意味でその役の感情までは完全に自分のなかにあるわけだろ?ならその感情が出たとき、どういう表現をしてるのかわかればいつでも再現できるようになるんじゃない?」
助言としては、今さら言うようなものではないけれど。
「わかりました!それじゃあこの前の単発ドラマのヤツ、いっしょに見返してもらってもいいですか?」
「もちろん、いいに決まってるだろ」
気がつけばそんな風に、いつものような演技の話になっていた。
なんだろう、これはこれで楽しいんだけど、なんとなく思っていたのとはちがうというか、少々肩透かしをくらった感は否めなかった。
ゲネプロを終えて劇場を出るときの雰囲気は、もっと艶っぽい色めかしいものだったはずなんだけどな……。
それにこの前の東城が出た単発ドラマって、大正ロマンあふれる恋愛ドラマだったはずだ。
ヒロイン見つめる瞳のやさしさが、これまでになく甘いもので……実はちょっとだけ嫉妬しかけたのは内緒にしていた。
「………ここ、ヒロインに会えてうれしそうな顔してるだろ。このときの目もとのゆるませ方とか、その前のちょっとだけおどろいたように目を見開くのとか」
「なるほど、まったく意識してなかったですね!このときはもう、会えてうれしいって気持ちしかなかったですし……」
マジメに画面に見入る東城の横顔を、そっとうかがう。
その顔は真剣で、『役者・東城湊斗』の顔になっていた。
うん、こういう顔をしてるときの東城は文句なしにカッコいい。
思わず見とれそうになったところで、あわてて話題を変える。
「うん、本当にそのうれしそうな気持ちが伝わる表情してる。ひょっとして東城、こういう顔がタイプなの?」
「そうですね、たしかにタイプと言えばタイプかもしれません……」
チリ、と胸に去就する嫉妬の気持ちを押し隠して、なにげない風を装ってたずねれば、思わぬ肯定がきた。
「だってこの女優さん、この少しタレ目気味なところとか、なのにキツめの目つきをするところとか、羽月さんに似てるんですもん!なにより身長とか体型まで似てるもんだから、『仮想羽月さん』って思ったらもう、愛おしさが爆発したと言いますか……!!」
「………………………………」
あぁ、東城は一分の隙もなく東城だった。
「おかげで撮影がはかどるのなんのって、監督にも褒められたんですよー!」
「それってつまり……」
───このヒロインに向けられている笑みもなにもかも、僕に向けたものだったってことなのか?!
「あまりにも撮影が順調すぎて、俺の演技が演技とも思えないなんて言われて、一時は熱愛疑惑だとか根も葉もないウワサが出そうになりましたけど!この人とは連絡先ひとつ交換してませんから!!」
「う、うん、わかった……」
いかにも東城らしいこたえに、気がつけば頬が熱くなっていた。
「わかってたけど、本当に僕のこと好きなんだ……?」
「あたりまえです!!俺が好きなのは羽月さんだけですから!」
そのあまりにも真剣なまなざしに見つめられるだけで、心臓は激しく脈打ち、息があがっていく。
きっと今の僕の顔は、ゆでダコみたいに真っ赤に染まっているんだろう。
はずかしいのに、でもそれ以上にうれしいと感じている。
目の前にあるその顔は、テレビ画面のなかのそれよりもよほど艶めいて見えた。
「ね、キスしてもいい?」
甘えるようなおねだりに、そっと目をとじる。
肩に手を置き、ゆっくりと近づいてくる相手の気配に、心臓はうるさいくらいに高鳴ったままだ。
「んっ……」
やがてやわらかなくちびるが押しあてられ、やさしげに何度もはまれた。
そのとろけるような濃密なキスに、理性はチョコレートのように甘く溶けていく。
「俺、羽月さんのこと抱きたいです」
「うん……いいよ」
真剣な目のままにお願いされ、コクリとうなずく。
「愛してます、羽月さん……」
そしてゆっくりとソファーの上へと押し倒されたところで、部屋の照明が一段暗いものへと落とされた。
───その日僕らは、だれよりも近いところでおたがいを感じ合い、ひとつになったのだった。
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