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36.ふいに入ったスイッチはだれのせい?

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 東城とうじょう雪之丞ゆきのじょうさん、ジャンルはちがえど、どちらも老若男女を問わず世間から大人気のイケメンスターたちに挟まれて褒めちぎられるという、非常に居たたまれない状況に陥っていた。
 あぁもう、顔が熱い。

 きっと頬どころか、耳まで赤いだろうし、限界に近づいたはずかしさのあまりに、涙までにじんできてしまいそうだった。
 ……なんなら、このまま消えてしまいたいくらいだよ、このやろう!

「まぁ、オレもシンヤのポテンシャルにゃあおどろかされたけどよ、こっちの領分に関しちゃ、この背中に簡単に追いつかせる気はねぇからな!安心して、全力で追っかけて来いよ?」
 パチリとウィンクをされれば、その男前な態度に惚れそうになる。

「あぁ、さすがにあなたも『羽月はづきさんの光に腐らない』方なんですね」
「おぅ、あたりめぇよ!」
 そんなやりとりが東城と雪之丞さん、ふたりの間で交わされるのを、どこか現実感がないままに耳にしていた。

 だって、ふだんから僕に甘い東城からならいざ知れず、今僕を絶賛してくれていたのは雪之丞さんだ。
 その道のスペシャリストとも言うべき人まで褒めちぎってくるとか、まったくもって、どうなってるんだよ?!

「つーことでシンヤは、てめぇの実力を誇りに思っていいんだぜ!」
「そうですよ、月城つきしろさんの言うとおりです!羽月さんはもっと自分に自信を持ってください!!」
「えぇ……でも……」
 口々に言われ、結局僕はどうしていいかわからなくなって、うつむいてしまった。

 自分の演技力と合わせれば、どんなに地味な顔だろうと、化粧ひとつでなんにでも化けられるとは、ひそかに自負していたことではある。
 でもって、今回雪之丞さんはそれを面と向かって肯定して、しかもはじめて同年代のライバルたり得ると感じたのだと認めてくれたようなものだ。

 そう思うと、その称賛はすなおにめちゃくちゃうれしい。
 うれしいんだけど、ダメだ、やっぱりはずかしくてたまらないのが先に立つ。
 だって、褒められ慣れてないんだから、しょうがないだろ!

「そ、そんなに褒められるほどのことはない……と思いますけど……」
 だから、そう返すのがやっとだった。
どうしよう、声とかふるえてなかったかな?

「ハハッ、かわいい反応しやがるなぁ、シンヤは」
「あたりまえでしょう、羽月さんがかわいい人だってことは、全人類が知っていてもおかしくないレベルで常識ですよ!」
 雪之丞さんがからかうように言えば、それに東城までもが乗ってくる。

「まぁ、たしかにこらぁヤベェな。毎回こんなウブな姿見せられちゃあ、てめぇの理性も削られるってモンじゃねぇの?」
「えぇまぁ、そこは……おかげさまでオリハルコン並みの理性が養われましたけどね」
「あー、同情するぜ?」

 そうして気がつけば、ふたりだけで楽しそうに会話をしていた。
 さっきまでの険悪な雰囲気は霧散しているっていうか、なんかこう、ふたりの間に妙な連帯感のようなものが生まれているような……?

「この座組で練習してて、あるときを境にシンヤの演技が変わったんだけどよ、そりゃあなるほど納得だぁな。どう考えても、コイツに関係してるんだろ?」
 するどい指摘に、ドキリと心臓が高鳴った。
 やっぱり雪之丞さんには、僕の変化も、そしてその理由も気づかれていたか。

 ホント、なんでもお見とおしってヤツだな。
 それまで極力目立たず、波風を立てないように地味なモブでいようとした僕が、全力で演技をして周囲に積極的なアピールをするようになったのは、ひとえに『東城のとなりに立つのにふさわしい存在でありたい』と願ったゆえの変化だ。

「さぁ、どうですかね?俺程度の存在じゃ、これまで羽月さんを変えることはできなかったんで、そんな変化の原因に関係してるとは、とても思えないですけどね」
 しかし東城は、自信なさげに首をひねる。
 多少はこの舞台の仕事が、僕の変化の一因だって思っているのかもしれないけれど。

「ほぉ、当の本人は知らねぇってか。つーかシンヤじゃあるめぇし、その自信のなさはどっから来てやがる!なぁシンヤ、こいつはいってぇ、どういうことなんでぃ?」
 切れ長の目からこちらに突き刺さる視線は、いつもよりもヒンヤリとして冷たいものだ。
 まるで僕の不備を指摘するかのようなそれに、ギクリと身をこわばらせた。

 たぶん雪之丞さんは、なにもかもを理解した上で、東城に問いかけているはずだ。
 ───東城の隣に立つのにふさわしい役者でいたいっていう、僕の大それた望み。
 なのに、そのいちばんの理由になっているはずの東城自身がそれを知らないのは、おかしいだろうってツッコミを入れてきたわけで。

「っ、それは……っ」
 たしかに雪之丞さんの言うとおり、おかしな話だ。
 でも僕はこれまで、本人にはしっかりと伝えてこなかったんだ。

 面と向かって本人に決意を話すのは、照れくさかったっていうのもある。
 それにいくら僕が心に決めたとしても、世間がそれを認めてくれなかったら、どうしようもないことだ。
 その認められなかったときのことを考えたら、情けないし、はずかしいなんてもんじゃ済まないだろ!

 僕みたいに無名なモブ役者が、東城みたいなスター俳優に並ぼうだなんて無謀な願い、達成するためにたどるその道のりは、果てしなく遠いんだから。
 こういうのは、クリアしたあとにタネ明かしするくらいでちょうど良くないか?

「まぁシンヤのことだから、『不言実行』って言いてぇのかもしれねぇけどな。でも言葉に出して言わねぇと、相手にゃわかんねぇことばかりだかんな?」
「うぐっ」
 見事に言い当てられて、僕はぐぅの音も出なかった。

「どういうことなんですか、羽月さん?」
「えっと、だから、その……」
 言いにくい、めちゃくちゃ言いにくいよ、この状況!

「ね、その話、俺も聞きたいな。お願い、聞かせて羽月さん?」
「うっ……」
 甘えるような声で、耳もとにささやきかけられる。

 くそ、わかっててやってるだろ、東城?!
 僕がお前からの『お願い』に弱いってこと、さんざんこれまでの経験でわかってるもんな?
 そう思ったところで、僕の劣勢はくつがえせそうもなかった。

「だから、その……」
「うん」
 背後からの期待に満ちたまなざしが降りそそいでくるのがわかるだけに、ふりかえるのが怖い。

「はあぁ~、ただでさえ失恋したっつーのに、なんでオレぁ恋敵に助け舟出してやってんのかねぇ……」
 向かいから深いため息とともに雪之丞さんのつぶやきが聞こえてくる。
 そのセリフには、申し訳なさしか感じなかった。

 でもここまでお膳立てされたなら、僕も覚悟を決めなくちゃダメだ。
 そう思って小さく息を吸うと、グッとこぶしをにぎりしめた。
 あぁもう、さっきからバクバクと心臓の音がうるさいな。

「僕が遠慮しないで、目立っていこうって思ったのは……前に『東城のファンにも認めてもらえるようにがんばる』って言ったことあっただろ?」
 と、そこでいったんセリフを切る。

「はい、もちろんおぼえてます。だから俺も『羽月さんに見劣りしないくらいの演技力を身につけます』ってかえしたヤツですよね?」
 だから、またふたりでいっしょに主演をやろうって、約束したんだ。
 そんな、甘やかな約束を───。

「そのためだよ!」
「え……?」
「だからっ、東城のとなりに立つのにふさわしい存在でありたいって思ったから、それにはもっと売れなきゃダメだし……その、世間で東城ほどの人気が出るようになるのは、僕じゃむずかしいかもしれないけど……」

 言っているそばから、決心がしおれてきそうだった。
 だって僕の言っていることは、あまりにも荒唐無稽なことだったから。

 片や老若男女を問わず人気の、大スター級イケメン俳優、片や地味な万年モブ役者。
 その両者の隔たりは、途方もなく広くて深いものだ。
 どうやって埋めていいのかわからないくらいだったけど、でも矢住やずみくんや雪之丞さんのおかげで、今の僕の目にはひとすじの光が見えていた。

「~~~~っ、羽月さんっ!!大好きですっ!!」
「わぁっ!?」
 気がつけば抱きしめられ、数えきれないくらいのキスの嵐が降りちらされていた。

「んっ、ちょ、ちょっと待って、ここ……っ!」
 そうだ、困ったことにここは別に個人にあてられた楽屋内でもなんでもなくて、劇場の楽屋口に向かう廊下の片隅だ。
 当然目の前には雪之丞さんがいるし、少しはなれたところには、東城を一目見ようと集まってきたスタッフさんなんかもいるわけだ。

 つまり人目があるっていうのに、いつものように東城からの激しすぎるスキンシップが行われたってことになる。
 そのせいで、おそらくはそのスタッフさんたちのものと思われる黄色い悲鳴が、遠くであがっているのが聞こえてきた。

「………あー、うん、そういうのは家にけぇってからやってくんな?」
 心底あきれたような雪之丞さんの声に、ハッと我にかえったらしい東城が、あわてて身を起こす。
 もう時すでに遅し、だけどな。

「……もう、東城のバカ……」
「えへへ、スミマセンでした……」
 キュッと鼻先をつまんでやれば、情けない笑みでかえされた。

「じゃあな、そろそろ邪魔モンは退散すらぁ。おい東城、あんまシンヤに無理させんなよ?腰が痛くて、ほかの仕事に支障を来すことになんねぇようにな!」
 口もとにいやらしい笑みを浮かべた雪之丞さんが、去り際にするりと僕の腰をなでていく。

「へっ?あ、…う……えぇと……」
「なっ?!えっ、もちろん無理なんてさせませんよ!って、……え?えぇっ!?」
 雪之丞さんのからかいがナニを指しているか、わかった瞬間にふたりそろって、おもしろいくらいに動揺してしまった。

 本当にいい年してこんな過剰反応するなんて、逆にはずかしいだろ。
 でもな、それは『まだ』なんだから、しょうがない。
 今はふたりで、ちょっとずつ距離を縮めているところなんだから。

「えーと……じゃ、帰りましょうか羽月さん」
 そう言って僕の肩を抱く東城の手には、いつも以上に余計な力が入っているのは気のせいじゃないと思う。
 それに、チラリと盗み見た東城の顔は、ほんのりと赤く染まっていた。

 そう、東城だって雪之丞さんのからかいにテンパっているんだってことは、顔以上に態度に出ていた。
 まっすぐに前を見てこちらを見ない視線だとか、いつもならそっと添えるだけの手が、今は僕の二の腕あたりをしっかりとつかんでいるのだとか、そんなところにあらわれている。

 いつもなら決して見せることはない、少しだけ強引なそれに、ドキリと胸が高鳴る。
 あれ、ひょっとして、東城も僕も、なんかのスイッチでも入っちゃったとか……?
 やけにうるさく聞こえる心臓の脈打つ音に、ゴクリと生ツバを飲み込んだのだった。

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