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34.イケメン俳優VSイケメン貴公子、勝者はどっち!?
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背後から東城に抱きしめられたまま、目の前の雪之丞さんとのにらみ合いに巻き込まれている。
ふたりとも種類のちがうイケメンで、顔がととのっているだけに、こうしてにらみ合っているだけなのに、妙に迫力が出るから困る。
まして東城は身長もわりとあるほうだし、雪之丞さんだって、僕よりかは若干高い。
そりゃ東城と比べたら低いかもしれないけれど、それでもピンと張った背すじと余裕のある表情のおかげで、あまり小さくは見えないというか、むしろ同等の存在感を放っていた。
おかげで、そのふたりがかもし出す異様な雰囲気に、周囲もなんらかの異変を察知したんだろうか、自然と視線がこちらにあつまってくるのを感じる。
まずい、ただでさえスター級タレントの東城が、出演者やスタッフさんに多少の縁があるとはいえ、ある意味で無関係な舞台のゲネプロを見に来たってだけでも、目立つっていうのに。
さすがの僕でも、このにらみ合いの原因が自分にあることくらいはわかる。
どうしよう、はやくなんとかしなくちゃダメなのに!
そうは思っていても、実際には気持ちばかりがあせってしまって、まともなセリフひとつ浮かんでこない。
「それで、自称『用心棒』で『番犬』の大スター様が、わざわざなにしに来やがったんでい?」
緊迫した空気のなか、先に口を開いたのは雪之丞さんだった。
笑みを浮かべているはずなのに、目は笑っていないし、なによりその口調にはトゲがあった。
「宣戦布告、というよりは勝利宣言をしに来たってところでしょうか?あなたの『オレのシンヤ』発言は見逃すことができないですし、なにより今後この人にちょっかい出すの、やめてもらっていいですか?」
これまたド直球な返しをする東城に、いたたまれなさが爆発する。
「へぇ?シンヤに手ぇ出すなってか?おいおい、ずいぶんと不躾な言いぐさじゃねぇか!別にオレはシンヤのことを気に入ってるだけで、親しみ込めてそう呼んでるだけなんだぜ?」
雪之丞さんの顔には、不機嫌さが増していくように見える。
「だいたい、てめぇにいったいなんの権限があって、んなこと言いやがるんでぇ?まったく……大スター様なのに、ずいぶんと余裕がねぇなぁ?」
そのせいなのか、東城からの牽制に雪之丞さんは挑発で返してきた。
とたんに、ふたりの間の空気が張り詰める。
まさに一触即発、といった気配がただよいはじめてきた。
……うん、ダメだこれ、ふたりとも一歩もゆずる気すら見えない。
「権限というなら、俺が羽月さんの『ただひとりの片割れ』だからです。なにしろ本人から面と向かって、そう言われましたからね。だからね、『俺の』って言っていいのは、俺だけなんです」
胸を張ってそんな主張をする東城に、雪之丞さんは冷笑をうかべたままに、軽く首をかしげる。
「ほぉ、そりゃすげぇや。で、シンヤ、コイツの言ってるこたぁ本当なんで?」
「う、うん……」
そうたずねてくる顔には、今の発言を微塵も信じてない気配がただよっていた。
でも、東城が言ったことは本当だ。
前にこの舞台で降板になったことがくやしくて、悲しくて、そのやりきれない思いを受け止めて泣かせてくれたのは、ほかでもない東城だけだったから。
いつの間にか、そんな頼れる相棒に成長していた東城に、あらためてそのとき惚れ直したって言ったら、ノロケになるだろうか?
それにめちゃくちゃ図に乗りそうだから、直接本人には言うつもりはないけれど、そう思っているのはまちがいない。
「っかー!んな風に頬染めてうなずかれたら、信じるしかねぇじゃねーか!ったく、本当にシンヤはかわいいヤツだな!!」
「わかってもらえたなら、それでいいです」
額に手をあてて上を向く雪之丞さんに、東城は勝ったと言わんばかりに鼻息を荒くしていた。
「……つっても、まだ付け入る隙はあるんだぜ?なぁ、自称『片割れ』さんは、シンヤ本人よりも忙しくてそばにいてやれねぇのに、どうやって用心棒と番犬業務をこなすつもりなんでい?シンヤをねらうヤツなんて、オレだけじゃねぇ、この世の中にゃあ掃いて捨てるほどいやがるんだぜ」
だけど、そんな東城に冷や水を浴びせかけるようなことを、サラリと口にする。
「っ、それは……たしかにそうなんですけど……っ!」
とたんに東城は言葉につまって、顔色が悪くなっていく。
「だろ?」
気がつけば、今度は下からその顔を見上げる雪之丞さんのほうが優位に立っていた。
「まぁ、てめぇの知名度を笠に、『オレのモンだから手ぇ出すな』って言ってまわりゃあ済む話かもしんねぇけどな!」
ひらりと手を振って身を引くその顔には、『どうせできないくせに』と書かれているかのような笑みが、うっすらと浮かんでいる。
「───そう、ですね。そんな羽月さん本人に迷惑をかけるようなこと、俺にはできないです。もちろん本音を言えば、どこかに閉じ込めて、だれの目にも触れない『俺だけの羽月さん』でいてほしい、くらいには想ってますけど……」
あああ、なんてはずかしいことを言ってるんだよ、東城は!?
そう抗議しようとして顔を見上げて、そして固まってしまった。
てっきり、いつもみたいにデレデレした顔をしてるのかと思ったのに、そこにあったのは、僕の想像とは全然ちがっている表情だった。
いつだって自信満々で、そこにいるだけでかがやいて見えるような、そんなあふれんばかりのスター性はなりをひそめている。
それどころかむしろ、思いっきり暗い。
なんていうか、瞳の光を失っているみたいに見えたんだ。
なぁ東城、それはどういう気持ちからなんだ……?
うっそりとくちびるをゆがめて笑うその顔には、言いようもない暗い陰が差していた。
バカみたいに明るくて、まぶしいくらいにキラキラかがやいて見える『華』が、今は微塵も感じられない。
「ならなんで、ガマンなんてしてやがるんでぇ!てめぇなら、シンヤひとりを養うくらい、わけねぇんだろ?」
「ちょっと雪之丞さん、そんな気軽にすすめないでくださいよ!犯罪行為ですからね?!」
東城のまとう雰囲気とあいまって、なんだか不穏な空気になってきたような気がする。
「まぁまぁ、シンヤはもう少し危機感を持ったほうがいいぞ?今のコイツは落ちついてっけど、いつなんどき牙をむいて襲いかかってくるか、わかんねぇからな」
「そんなこと、な……っ!」
そんなことはない、そう言いたかったのに、言葉はのどの奥に引っかかったように出てこなかった。
だって、そんなことない、わけじゃない……たぶん。
僕だって、東城がどれだけ忙しいかくらい知っている。
それこそこんな風に気軽に、仕事の合間に別のスタジオに来られるほどヒマじゃないし、相当無理したんだろうってことくらいわかっていた。
でもそれって、無理をしてでもここに来なくちゃいけないって、東城を不安にさせてたってことと同じ意味なんだろ?
きっとこれまでも僕が気づかなかっただけで、東城はどれだけヤキモキさせられていたんだろうか。
とたんにわきあがる申し訳なさに、胸が痛みを訴えてくる。
だって好きな人には自分だけを見ていてほしいって思うし、ほかの人に振り向かないでほしいって思うのは、あって当然の気持ちだ。
今はおたがいに想いが通じあって、こうしていっしょにいられる道を模索しているところだけど、もしも東城が独占欲をこじらせていたら、そうなっていたとしてもおかしくなかったわけだもんな。
「……………そうですね、羽月さんのこと、さらって閉じ込めてしまおうって本気で考えてたこともありますよ?でも俺には、そんなことできなかった……」
「どうしてでぇ?ひよったのかよ?」
いや、ひよったとか、そういう問題じゃないだろ?!
もう僕の情緒は、ぐちゃぐちゃだ。
東城の気持ちに寄り添えば、罪悪感に胸がチクチクするし、あくまでも試すように冗談まじりの挑発をつづける雪之丞さんには、ツッコミを入れたくなる。
マジメにすればいいのか、ふざければいいのか、さっぱりわかんなくなってきた。
「───あるいは羽月さんのこと、『神谷葉月』というただの人として好きなだけならば、そういうのもあり得たかもしれないです。ここぞとばかりに、財力だろうと権力だろうと、使える力を総動員して囲い込んでたかもしれません……でもね、俺、俳優の『羽月眞也』のことも大好きなんです!」
そう言って、ふいに東城は目もとをゆるませて笑う。
「東城……」
とたんに周囲までもが明るくなるような錯覚に陥りそうになり、ついでのように久しぶりに間近で浴びたスターオーラに、はずかしさがこみ上げてきた。
でもおかげで空気は軽くなり、そのことにもホッと息をつく。
「ハッ、そうかよ。こりゃ盛大にのろけられちまったなぁ」
それまで東城とにらみあっていた雪之丞さんが、一転してその空気を壊すと、あきれたように肩をすくめた。
これならもう、大丈夫かな……?
「演じることが大好きな羽月さんのことも好きだから、もっといろんな役を演じる姿が見たいし、毎回ちがう役作りをしてくる姿におどろかされたい。そう思うからこそ、閉じ込めるなんて、できるはずがないんですよね!」
きっぱりと言い切るその顔には、さっきまでの陰なんて、きれいさっぱり見えなくなっていた。
「羽月さん、殺陣も演技もうまいでしょ?それこそ、めったに人の名前を覚えないあなたが一発で覚えたくらい、そして『オレのシンヤ』なんて呼んでかわいがりたくなるくらいに。化粧映えする顔立ちだから、そちらの劇団で客演するときも、さぞかし美人になるでしょうしね。どうです、俺の『片割れ』はスゴいでしょう!」
でもちょっと待て、それはいくらなんでも調子に乗りすぎだ!
「ちょっと、東城、なに言って……!」
なんで僕の代わりに、お前がドヤ顔してるんだよ?!
もうはずかしいっていうか、さっきから頬が熱くなってしまって、いたたまれない。
「はー、さすが『片割れ』を自称するだけあんなぁ。シンヤの『光』に腐らねぇ男か……」
「え………?」
雪之丞さんのつぶやきは、これまでの挑発的なものとはちがって、しみじみとしたものだった。
「ね、これでわかったでしょう?ほかのだれでもない、俺の勝ちだって。そのためだけにトップを走りつづける覚悟くらい、とうの昔に固めてますんで!悪いけど、羽月さんのことだけは、だれにもゆずれませんから!」
「へいへい、オレぁ、とんだ馬に蹴られる案件だったってか」
勝利の宣言とともにピースサインを出す東城に、雪之丞さんが両手をあげて降参のポーズをとった。
「えっ?あの……??」
どういう意味なんだ、それ!?
僕の『光』に腐るって、なんのことなんだろうか……。
モヤモヤとした思いを抱えたまま、今の僕にはふたりの顔を見ることしかできなかったのだった。
ふたりとも種類のちがうイケメンで、顔がととのっているだけに、こうしてにらみ合っているだけなのに、妙に迫力が出るから困る。
まして東城は身長もわりとあるほうだし、雪之丞さんだって、僕よりかは若干高い。
そりゃ東城と比べたら低いかもしれないけれど、それでもピンと張った背すじと余裕のある表情のおかげで、あまり小さくは見えないというか、むしろ同等の存在感を放っていた。
おかげで、そのふたりがかもし出す異様な雰囲気に、周囲もなんらかの異変を察知したんだろうか、自然と視線がこちらにあつまってくるのを感じる。
まずい、ただでさえスター級タレントの東城が、出演者やスタッフさんに多少の縁があるとはいえ、ある意味で無関係な舞台のゲネプロを見に来たってだけでも、目立つっていうのに。
さすがの僕でも、このにらみ合いの原因が自分にあることくらいはわかる。
どうしよう、はやくなんとかしなくちゃダメなのに!
そうは思っていても、実際には気持ちばかりがあせってしまって、まともなセリフひとつ浮かんでこない。
「それで、自称『用心棒』で『番犬』の大スター様が、わざわざなにしに来やがったんでい?」
緊迫した空気のなか、先に口を開いたのは雪之丞さんだった。
笑みを浮かべているはずなのに、目は笑っていないし、なによりその口調にはトゲがあった。
「宣戦布告、というよりは勝利宣言をしに来たってところでしょうか?あなたの『オレのシンヤ』発言は見逃すことができないですし、なにより今後この人にちょっかい出すの、やめてもらっていいですか?」
これまたド直球な返しをする東城に、いたたまれなさが爆発する。
「へぇ?シンヤに手ぇ出すなってか?おいおい、ずいぶんと不躾な言いぐさじゃねぇか!別にオレはシンヤのことを気に入ってるだけで、親しみ込めてそう呼んでるだけなんだぜ?」
雪之丞さんの顔には、不機嫌さが増していくように見える。
「だいたい、てめぇにいったいなんの権限があって、んなこと言いやがるんでぇ?まったく……大スター様なのに、ずいぶんと余裕がねぇなぁ?」
そのせいなのか、東城からの牽制に雪之丞さんは挑発で返してきた。
とたんに、ふたりの間の空気が張り詰める。
まさに一触即発、といった気配がただよいはじめてきた。
……うん、ダメだこれ、ふたりとも一歩もゆずる気すら見えない。
「権限というなら、俺が羽月さんの『ただひとりの片割れ』だからです。なにしろ本人から面と向かって、そう言われましたからね。だからね、『俺の』って言っていいのは、俺だけなんです」
胸を張ってそんな主張をする東城に、雪之丞さんは冷笑をうかべたままに、軽く首をかしげる。
「ほぉ、そりゃすげぇや。で、シンヤ、コイツの言ってるこたぁ本当なんで?」
「う、うん……」
そうたずねてくる顔には、今の発言を微塵も信じてない気配がただよっていた。
でも、東城が言ったことは本当だ。
前にこの舞台で降板になったことがくやしくて、悲しくて、そのやりきれない思いを受け止めて泣かせてくれたのは、ほかでもない東城だけだったから。
いつの間にか、そんな頼れる相棒に成長していた東城に、あらためてそのとき惚れ直したって言ったら、ノロケになるだろうか?
それにめちゃくちゃ図に乗りそうだから、直接本人には言うつもりはないけれど、そう思っているのはまちがいない。
「っかー!んな風に頬染めてうなずかれたら、信じるしかねぇじゃねーか!ったく、本当にシンヤはかわいいヤツだな!!」
「わかってもらえたなら、それでいいです」
額に手をあてて上を向く雪之丞さんに、東城は勝ったと言わんばかりに鼻息を荒くしていた。
「……つっても、まだ付け入る隙はあるんだぜ?なぁ、自称『片割れ』さんは、シンヤ本人よりも忙しくてそばにいてやれねぇのに、どうやって用心棒と番犬業務をこなすつもりなんでい?シンヤをねらうヤツなんて、オレだけじゃねぇ、この世の中にゃあ掃いて捨てるほどいやがるんだぜ」
だけど、そんな東城に冷や水を浴びせかけるようなことを、サラリと口にする。
「っ、それは……たしかにそうなんですけど……っ!」
とたんに東城は言葉につまって、顔色が悪くなっていく。
「だろ?」
気がつけば、今度は下からその顔を見上げる雪之丞さんのほうが優位に立っていた。
「まぁ、てめぇの知名度を笠に、『オレのモンだから手ぇ出すな』って言ってまわりゃあ済む話かもしんねぇけどな!」
ひらりと手を振って身を引くその顔には、『どうせできないくせに』と書かれているかのような笑みが、うっすらと浮かんでいる。
「───そう、ですね。そんな羽月さん本人に迷惑をかけるようなこと、俺にはできないです。もちろん本音を言えば、どこかに閉じ込めて、だれの目にも触れない『俺だけの羽月さん』でいてほしい、くらいには想ってますけど……」
あああ、なんてはずかしいことを言ってるんだよ、東城は!?
そう抗議しようとして顔を見上げて、そして固まってしまった。
てっきり、いつもみたいにデレデレした顔をしてるのかと思ったのに、そこにあったのは、僕の想像とは全然ちがっている表情だった。
いつだって自信満々で、そこにいるだけでかがやいて見えるような、そんなあふれんばかりのスター性はなりをひそめている。
それどころかむしろ、思いっきり暗い。
なんていうか、瞳の光を失っているみたいに見えたんだ。
なぁ東城、それはどういう気持ちからなんだ……?
うっそりとくちびるをゆがめて笑うその顔には、言いようもない暗い陰が差していた。
バカみたいに明るくて、まぶしいくらいにキラキラかがやいて見える『華』が、今は微塵も感じられない。
「ならなんで、ガマンなんてしてやがるんでぇ!てめぇなら、シンヤひとりを養うくらい、わけねぇんだろ?」
「ちょっと雪之丞さん、そんな気軽にすすめないでくださいよ!犯罪行為ですからね?!」
東城のまとう雰囲気とあいまって、なんだか不穏な空気になってきたような気がする。
「まぁまぁ、シンヤはもう少し危機感を持ったほうがいいぞ?今のコイツは落ちついてっけど、いつなんどき牙をむいて襲いかかってくるか、わかんねぇからな」
「そんなこと、な……っ!」
そんなことはない、そう言いたかったのに、言葉はのどの奥に引っかかったように出てこなかった。
だって、そんなことない、わけじゃない……たぶん。
僕だって、東城がどれだけ忙しいかくらい知っている。
それこそこんな風に気軽に、仕事の合間に別のスタジオに来られるほどヒマじゃないし、相当無理したんだろうってことくらいわかっていた。
でもそれって、無理をしてでもここに来なくちゃいけないって、東城を不安にさせてたってことと同じ意味なんだろ?
きっとこれまでも僕が気づかなかっただけで、東城はどれだけヤキモキさせられていたんだろうか。
とたんにわきあがる申し訳なさに、胸が痛みを訴えてくる。
だって好きな人には自分だけを見ていてほしいって思うし、ほかの人に振り向かないでほしいって思うのは、あって当然の気持ちだ。
今はおたがいに想いが通じあって、こうしていっしょにいられる道を模索しているところだけど、もしも東城が独占欲をこじらせていたら、そうなっていたとしてもおかしくなかったわけだもんな。
「……………そうですね、羽月さんのこと、さらって閉じ込めてしまおうって本気で考えてたこともありますよ?でも俺には、そんなことできなかった……」
「どうしてでぇ?ひよったのかよ?」
いや、ひよったとか、そういう問題じゃないだろ?!
もう僕の情緒は、ぐちゃぐちゃだ。
東城の気持ちに寄り添えば、罪悪感に胸がチクチクするし、あくまでも試すように冗談まじりの挑発をつづける雪之丞さんには、ツッコミを入れたくなる。
マジメにすればいいのか、ふざければいいのか、さっぱりわかんなくなってきた。
「───あるいは羽月さんのこと、『神谷葉月』というただの人として好きなだけならば、そういうのもあり得たかもしれないです。ここぞとばかりに、財力だろうと権力だろうと、使える力を総動員して囲い込んでたかもしれません……でもね、俺、俳優の『羽月眞也』のことも大好きなんです!」
そう言って、ふいに東城は目もとをゆるませて笑う。
「東城……」
とたんに周囲までもが明るくなるような錯覚に陥りそうになり、ついでのように久しぶりに間近で浴びたスターオーラに、はずかしさがこみ上げてきた。
でもおかげで空気は軽くなり、そのことにもホッと息をつく。
「ハッ、そうかよ。こりゃ盛大にのろけられちまったなぁ」
それまで東城とにらみあっていた雪之丞さんが、一転してその空気を壊すと、あきれたように肩をすくめた。
これならもう、大丈夫かな……?
「演じることが大好きな羽月さんのことも好きだから、もっといろんな役を演じる姿が見たいし、毎回ちがう役作りをしてくる姿におどろかされたい。そう思うからこそ、閉じ込めるなんて、できるはずがないんですよね!」
きっぱりと言い切るその顔には、さっきまでの陰なんて、きれいさっぱり見えなくなっていた。
「羽月さん、殺陣も演技もうまいでしょ?それこそ、めったに人の名前を覚えないあなたが一発で覚えたくらい、そして『オレのシンヤ』なんて呼んでかわいがりたくなるくらいに。化粧映えする顔立ちだから、そちらの劇団で客演するときも、さぞかし美人になるでしょうしね。どうです、俺の『片割れ』はスゴいでしょう!」
でもちょっと待て、それはいくらなんでも調子に乗りすぎだ!
「ちょっと、東城、なに言って……!」
なんで僕の代わりに、お前がドヤ顔してるんだよ?!
もうはずかしいっていうか、さっきから頬が熱くなってしまって、いたたまれない。
「はー、さすが『片割れ』を自称するだけあんなぁ。シンヤの『光』に腐らねぇ男か……」
「え………?」
雪之丞さんのつぶやきは、これまでの挑発的なものとはちがって、しみじみとしたものだった。
「ね、これでわかったでしょう?ほかのだれでもない、俺の勝ちだって。そのためだけにトップを走りつづける覚悟くらい、とうの昔に固めてますんで!悪いけど、羽月さんのことだけは、だれにもゆずれませんから!」
「へいへい、オレぁ、とんだ馬に蹴られる案件だったってか」
勝利の宣言とともにピースサインを出す東城に、雪之丞さんが両手をあげて降参のポーズをとった。
「えっ?あの……??」
どういう意味なんだ、それ!?
僕の『光』に腐るって、なんのことなんだろうか……。
モヤモヤとした思いを抱えたまま、今の僕にはふたりの顔を見ることしかできなかったのだった。
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