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33.イケメン俳優は牽制に動き出す
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舞台の幕が上がるその前日、最終的なリハーサルであるゲネプロは、つつがなく終了した。
というよりは、むしろ今まで以上にすばらしかった。
おそらくは、迷いがふっきれた矢住くんの演技や殺陣がよかったから、というのもあるだろう。
おかげで総合演出の岸本監督から、『今までのなかで一番良かった』というお褒めの言葉をもらって、今度こそ全身から緊張が一気に解け、見ているだけだったはずの僕ですら腰が抜けたのは言うまでもない。
うん、もう大丈夫そうだな、これで安心して裏方の手伝いにまわれる……。
……なんて思っていた、1時間前の自分を責めたい。
いや、いいわけをさせてもらえるなら、ゲネプロの客席には、舞台の制作側の関係者だとか、取材のためのマスコミだとかが呼ばれて入っているのがふつうで、しみじみと見たりはしないものだろ?!
「───で、なんでここにいるのかな?」
「え?なんでって、ゲネにおなじ事務所のタレントが見に来るのなんて、よくあることでしょ?で、ついでに迎えにきたんです」
僕の質問にたいして、悪びれもせずにこたえる東城に、あたまが痛くなってくる。
今はゲネプロ後の、岸本監督からのダメ出しだとか、音響さん、照明さんなんかのスタッフさんたちとの打ち合わせが、ひととおり終わったところだった。
すでに全体のそれは終了し、解散にはなっていたから僕はもう帰れるといえば、帰れる状態ではある。
「そりゃ、出演者とおなじ事務所の後輩だとか新人なら、勉強のために見せてもらうってのはわかるけど、モリプロ歴でなら、東城は後輩でもなければ新人でもないだろ?!国民的な大スター様が来る理由がわからないんだけど?」
その僕にしたってアンダーなんだから、出演者と言っても裏方に近い。
「だって、あれだけ羽月さんが入れ込んでる舞台なんですよ!?俺も見なきゃダメでしょ!」
そう思って、若干のトゲトゲしさを自覚しながらもなんでここにいるのかと問いつめれば、さも当然と言わんばかりのセリフがかえされた。
つ、強い……なにがって、東城のメンタルがだ。
別に本気で疎んでいるわけではないにしても、ふつう、こうもトゲトゲしい態度をとられたら萎縮してもおかしくないのに、まったく気にするそぶりは見えない。
「大丈夫、羽月さんがツンデレなの、俺は知ってるから!」
あああ、もう、どうしてそうなるんだよ?!
いい笑顔で親指を立てる東城に、頭痛が止まらない。
だいたい、東城ほどの大スターあつかいのタレントが、僕のような地味役者を迎えに来るとか、意味がわかんないだろ!
どう考えても、おかしいと思う。
スケジュール的にも、東城のほうがよっぽど忙しいはずだろ?
どうりでゲネプロがはじまる前に、スタッフさんたちから、若干のざわめきが聞こえたはずだよ。
おなじ芸能人ですら、会えたことをよろこんでしまうようなスター級俳優が客席にあらわれるんだもんな。
おかげでさっきから、周囲の視線が痛い。
そんな僕の苦悩なんて、まるでおかまいなしに東城は、見えないしっぽを振りまくる。
それこそ散歩に行きたくてたまらない犬のようだ、なんて言ったら失礼かもしれないけれど、でもどう見ても今の姿はそれだった。
というか、後藤さんはどうしたんだろう?
僕がモリプロに移籍してからは、東城のチーフマネージャーをはずれ、わざわざこっちの担当についていてくれていた。
その後藤さんなら、こんな風に周囲への影響力の大きい東城が、同じ事務所の後輩になった僕のような一介のモブ役者を迎えに来るなんて、おかしいと止めてくれそうなのに。
「先に連絡して、今は車をまわしてもらってるところです!俺、今日はめずらしくこのあとオフなんですよ~。だから夕飯でもいっしょにどうかなって」
「そんな、このあとオフって、何ヵ月かぶりのお休みなんじゃないのか?!」
そんな貴重な休みを、僕のために使わせちゃっていいんだろうか?
「そこは全然問題なしです!あらかじめ今のマネージャー経由で、後藤さんにお伺いは立ててますから!そしたら、この休みの前にやれって言われた仕事があったんで、それは爆速で終わらせてきました!だから気兼ねはいりませんよ?」
───ダメだった、すでに対処済みだった!
「てか、一度俺もこの現場には、顔出しておきたかったんですよねぇ。ほら、お世話になった岸本監督にもごあいさつしたいですし、相田さんとか矢住くんとかもいるじゃないですか───あとは月城さん、とか……」
「え?う、うん……そりゃ知り合いがいれば、あいさつしたいってのはわかるけど……」
思わずチラリと、頭上にある東城の顔を盗み見る。
だって笑顔なのに、雰囲気がどことなく怖い……っていうか、たぶん目が笑ってない。
なんだろう、ひょっとして気づかないうちに僕が失礼なことでもして、機嫌を損ねてしまったんだろうか?
心あたりはなくもないっていうか、つい前の感覚で塩対応をしてしまったからとか……?
「あ、羽月さん自身はなんも悪くないですよ?ただ俺が心配なだけです。ふだんの現場とちがって、ここは拘束期間が長いので、勝手に不安になってるだけです」
ふっと固くなっていた表情筋をゆるめた東城に笑いかけられ、でもまったく気持ちは晴れなかった。
東城は、僕は悪くないって言ってくれるけど、それに甘えちゃいけないと思う。
だって、『心配』で『不安になってる』わけだろ?
それはもしかしたら本当に本人の言葉のとおり、『勝手に』東城がひとりで不安になっているだけなのかもしれないけど、それってつまり僕からのリアクションが足りてないってことなんじゃないかな?
少なくとも東城にとっては、これまでの舞台のプロモーションでも、『若手中心の仲のいいカンパニーです』っていう雰囲気で公開されてた映像にも、なぜか僕が出ていたりするから、いつも以上に共演者との距離が近く感じたんだろう。
それに、雪之丞さんはスキンシップが激しいし。
「えっと、演者同士とか、スタッフさんとかとの信頼関係がちゃんとできあがってるカンパニーだっていうのは、客席から見ててもわかりました。できることなら俺もいっしょにやってみたかったと思うくらい……」
「ありがとう、東城」
やっぱりそこは褒められると、うれしくなるものだ。
「いや、でも本気で、どうしてこの現場に俺がいられなかったんだろうって、くやしくなりましたよ!それくらい、さっきのゲネは熱かったです!!特にラストの相田さんと月城さんの対決は、手に汗にぎる対決で、思わず食い入るように見ちゃいましたから」
そう言う東城の顔は、ひとりの役者としての悔恨に満ちていた。
さっきのゲネプロでは、矢住くん演じる悠之助が出番を終えたあとの相田さんと雪之丞さんの演技は、壮絶なものだった。
というか、みんながみんな、ものすごい熱量を持っていたように思う。
まるで今までやってきた舞台の通し稽古とは、ちがう作品をやっているんじゃないかってくらい、それくらいに雰囲気がちがっていた気がする。
特にそれが顕著だったのは、ラストの対決シーンだ。
相田さんの放つ刀の一撃は、スピード感もさることながら、そのまっすぐさと重さが目立つ。
この一撃を喰らったら、まちがいなく致命傷になると思わせるだけの激しい斬撃だ。
矢住くんの殺陣は今回、僕とおなじく全体的に軽めにして、派手さに特化させていたからこそ、対照的な印象を受ける彼のその一振ごとが重い殺陣は、さぞかし強そうに見えたことだろう。
おかげで悠之助と方向性が似ている雪之丞さん演じる敵の親玉のすばやい殺陣は、終盤になるにしたがい、主人公のその一撃の重さに押されていくことになる。
そしてクライマックスで、周囲で見守るスタッフやキャストの熱い視線を浴びながら、彼らの戦いについに終止符が打たれる。
とうとう主人公は、敵の親玉を討ち取ったのだ。
その瞬間に周囲からも、ほうっと息がもれる。
いまだかつて、この舞台の稽古期間に、こんなにも息のつまるような緊張感に包まれたことがあっただろうか?
そして、こんなに周囲からすすり泣きの声が聞こえてきたことがあっただろうか?
こたえは、『否』だ───。
そんな客席もまばらなゲネプロとも思えないくらい、本番さながらの演技だったからこそ、東城も思わず見入ってしまったんだろう。
その感動を伝えたいのか、僕に断りを入れると、岸本監督と相田さんが立ち話をしているところへとあいさつをしに行った。
それを見送ったところで、ふと考える。
東城にとっても、この現場の雰囲気は悪くないわけだよな?
だけど、それだけなら悪いことじゃない。
つまりはこれ以外に、なにか不安にさせるようなことがあったってことだよな?
ちょっと考えてみれば、東城には、相田さんからハグされたとか言ったこともあったし、矢住くんもよく抱きついてきてるってことは伝えたこともあったっけか……。
おたがいの近況報告で、矢住くんになつかれてうれしいとか、弟みたいでかわいいとかは伝えてあったな。
それから、この現場を語る上では、なんといっても雪之丞さんのことははずせない。
さすが『大衆演劇界の貴公子』と呼ばれるだけあって、所作が粋なんだ。
ふつうに東城でもなきゃ、浮くだろうと思うようなキザなセリフやしぐさも全然違和感なくて、似合っちゃうんだもんな。
その自然さについだまされて、わりと頬とはいえキスもされている気がするし、この前の女形姿での宣伝用写真の撮影のときも、絡みが多かった気がする。
いや、でもあれはお仕事だからノーカウントだよな……?
「おっ、シンヤ!今帰りか?」
「雪之丞さん、お疲れさまです!」
そうして僕が考え込んでしまっているうちに、帰りの準備をととのえたらしい雪之丞さんその人があらわれた。
ウワサをすればなんとやら、と言うべきなのかな。
「いよいよ明日からですね、舞台。怪我なく事故なく、最後まできっちり完走しましょうね!」
「そうだな、シンヤ。これの楽にゃあ、例の特別公演のチラシも解禁されるしよ。……まぁ、すでにチラ見せはしてっけどな!反響、すげぇぞ?」
「そうなんですか?」
女形姿の人物がふたりいるらしいことだけは伝わるチラ見せだったから、片方は雪之丞さんだとわかるものの、もうひとりがだれなのかってことは、彼のことを『雪様』と呼んで慕うファンの界隈で、相当話題になっているらしい。
といっても、だれがゲスト出演者なのかは明かされていないから、当然のようにまだ僕自身のところに反響はないわけだけど。
強いてあげれば、その写真をゆずりうけた後藤さん経由で見た、東城からくらいなものだ。
矢住くんも見たがってはいたけれど、雪之丞さんがまだだって言って、ジラしてたっけ。
「───月城雪之丞さん、ですよね?大衆演劇界の貴公子の。どうも、うちの羽月がお世話になっているようで」
と、そこへ声がかけられた。
このいい声は、ふりかえるまでもなくわかる、東城だ。
「おぉ、そういうそっちは、国民的大スターの東城湊斗様じゃねぇか!なんでぃ、かわいい姫の用心棒か、はたまた忠実な番犬ってか?今にも噛みつきそうな顔してやがる」
雪之丞さんの口調は皮肉めいているし、表情だって挑発するように、わかりやすく口はしをつりあげた笑顔になる。
「そりゃどうも、用心棒でも番犬でもあってますよ?羽月さんに手を出す輩には、容赦するつもりはないんで」
それにたいして、真っ向から東城が受けて立っている。
おかげで、ふたりの間にものすごい緊張感が走っていた。
「え、あの……?東城??雪之丞さん??」
思わず見上げたふたりの顔は、おたがいに凶悪なものだった。
笑顔が黒い、っていうか、僕の背後に立った東城から腕をまわして抱きしめられる、その力が若干強い。
突然に爆あがりした緊迫感のなか、イケメンふたりによるにらみ合いは、つづいていた。
その渦中にいるのは、いたたまれないっていうか、元から東城が迎えにきた時点で悪目立ちしていた気はするけど!
でも気まずいなんてもんじゃないことだけは、まちがいなかった。
というよりは、むしろ今まで以上にすばらしかった。
おそらくは、迷いがふっきれた矢住くんの演技や殺陣がよかったから、というのもあるだろう。
おかげで総合演出の岸本監督から、『今までのなかで一番良かった』というお褒めの言葉をもらって、今度こそ全身から緊張が一気に解け、見ているだけだったはずの僕ですら腰が抜けたのは言うまでもない。
うん、もう大丈夫そうだな、これで安心して裏方の手伝いにまわれる……。
……なんて思っていた、1時間前の自分を責めたい。
いや、いいわけをさせてもらえるなら、ゲネプロの客席には、舞台の制作側の関係者だとか、取材のためのマスコミだとかが呼ばれて入っているのがふつうで、しみじみと見たりはしないものだろ?!
「───で、なんでここにいるのかな?」
「え?なんでって、ゲネにおなじ事務所のタレントが見に来るのなんて、よくあることでしょ?で、ついでに迎えにきたんです」
僕の質問にたいして、悪びれもせずにこたえる東城に、あたまが痛くなってくる。
今はゲネプロ後の、岸本監督からのダメ出しだとか、音響さん、照明さんなんかのスタッフさんたちとの打ち合わせが、ひととおり終わったところだった。
すでに全体のそれは終了し、解散にはなっていたから僕はもう帰れるといえば、帰れる状態ではある。
「そりゃ、出演者とおなじ事務所の後輩だとか新人なら、勉強のために見せてもらうってのはわかるけど、モリプロ歴でなら、東城は後輩でもなければ新人でもないだろ?!国民的な大スター様が来る理由がわからないんだけど?」
その僕にしたってアンダーなんだから、出演者と言っても裏方に近い。
「だって、あれだけ羽月さんが入れ込んでる舞台なんですよ!?俺も見なきゃダメでしょ!」
そう思って、若干のトゲトゲしさを自覚しながらもなんでここにいるのかと問いつめれば、さも当然と言わんばかりのセリフがかえされた。
つ、強い……なにがって、東城のメンタルがだ。
別に本気で疎んでいるわけではないにしても、ふつう、こうもトゲトゲしい態度をとられたら萎縮してもおかしくないのに、まったく気にするそぶりは見えない。
「大丈夫、羽月さんがツンデレなの、俺は知ってるから!」
あああ、もう、どうしてそうなるんだよ?!
いい笑顔で親指を立てる東城に、頭痛が止まらない。
だいたい、東城ほどの大スターあつかいのタレントが、僕のような地味役者を迎えに来るとか、意味がわかんないだろ!
どう考えても、おかしいと思う。
スケジュール的にも、東城のほうがよっぽど忙しいはずだろ?
どうりでゲネプロがはじまる前に、スタッフさんたちから、若干のざわめきが聞こえたはずだよ。
おなじ芸能人ですら、会えたことをよろこんでしまうようなスター級俳優が客席にあらわれるんだもんな。
おかげでさっきから、周囲の視線が痛い。
そんな僕の苦悩なんて、まるでおかまいなしに東城は、見えないしっぽを振りまくる。
それこそ散歩に行きたくてたまらない犬のようだ、なんて言ったら失礼かもしれないけれど、でもどう見ても今の姿はそれだった。
というか、後藤さんはどうしたんだろう?
僕がモリプロに移籍してからは、東城のチーフマネージャーをはずれ、わざわざこっちの担当についていてくれていた。
その後藤さんなら、こんな風に周囲への影響力の大きい東城が、同じ事務所の後輩になった僕のような一介のモブ役者を迎えに来るなんて、おかしいと止めてくれそうなのに。
「先に連絡して、今は車をまわしてもらってるところです!俺、今日はめずらしくこのあとオフなんですよ~。だから夕飯でもいっしょにどうかなって」
「そんな、このあとオフって、何ヵ月かぶりのお休みなんじゃないのか?!」
そんな貴重な休みを、僕のために使わせちゃっていいんだろうか?
「そこは全然問題なしです!あらかじめ今のマネージャー経由で、後藤さんにお伺いは立ててますから!そしたら、この休みの前にやれって言われた仕事があったんで、それは爆速で終わらせてきました!だから気兼ねはいりませんよ?」
───ダメだった、すでに対処済みだった!
「てか、一度俺もこの現場には、顔出しておきたかったんですよねぇ。ほら、お世話になった岸本監督にもごあいさつしたいですし、相田さんとか矢住くんとかもいるじゃないですか───あとは月城さん、とか……」
「え?う、うん……そりゃ知り合いがいれば、あいさつしたいってのはわかるけど……」
思わずチラリと、頭上にある東城の顔を盗み見る。
だって笑顔なのに、雰囲気がどことなく怖い……っていうか、たぶん目が笑ってない。
なんだろう、ひょっとして気づかないうちに僕が失礼なことでもして、機嫌を損ねてしまったんだろうか?
心あたりはなくもないっていうか、つい前の感覚で塩対応をしてしまったからとか……?
「あ、羽月さん自身はなんも悪くないですよ?ただ俺が心配なだけです。ふだんの現場とちがって、ここは拘束期間が長いので、勝手に不安になってるだけです」
ふっと固くなっていた表情筋をゆるめた東城に笑いかけられ、でもまったく気持ちは晴れなかった。
東城は、僕は悪くないって言ってくれるけど、それに甘えちゃいけないと思う。
だって、『心配』で『不安になってる』わけだろ?
それはもしかしたら本当に本人の言葉のとおり、『勝手に』東城がひとりで不安になっているだけなのかもしれないけど、それってつまり僕からのリアクションが足りてないってことなんじゃないかな?
少なくとも東城にとっては、これまでの舞台のプロモーションでも、『若手中心の仲のいいカンパニーです』っていう雰囲気で公開されてた映像にも、なぜか僕が出ていたりするから、いつも以上に共演者との距離が近く感じたんだろう。
それに、雪之丞さんはスキンシップが激しいし。
「えっと、演者同士とか、スタッフさんとかとの信頼関係がちゃんとできあがってるカンパニーだっていうのは、客席から見ててもわかりました。できることなら俺もいっしょにやってみたかったと思うくらい……」
「ありがとう、東城」
やっぱりそこは褒められると、うれしくなるものだ。
「いや、でも本気で、どうしてこの現場に俺がいられなかったんだろうって、くやしくなりましたよ!それくらい、さっきのゲネは熱かったです!!特にラストの相田さんと月城さんの対決は、手に汗にぎる対決で、思わず食い入るように見ちゃいましたから」
そう言う東城の顔は、ひとりの役者としての悔恨に満ちていた。
さっきのゲネプロでは、矢住くん演じる悠之助が出番を終えたあとの相田さんと雪之丞さんの演技は、壮絶なものだった。
というか、みんながみんな、ものすごい熱量を持っていたように思う。
まるで今までやってきた舞台の通し稽古とは、ちがう作品をやっているんじゃないかってくらい、それくらいに雰囲気がちがっていた気がする。
特にそれが顕著だったのは、ラストの対決シーンだ。
相田さんの放つ刀の一撃は、スピード感もさることながら、そのまっすぐさと重さが目立つ。
この一撃を喰らったら、まちがいなく致命傷になると思わせるだけの激しい斬撃だ。
矢住くんの殺陣は今回、僕とおなじく全体的に軽めにして、派手さに特化させていたからこそ、対照的な印象を受ける彼のその一振ごとが重い殺陣は、さぞかし強そうに見えたことだろう。
おかげで悠之助と方向性が似ている雪之丞さん演じる敵の親玉のすばやい殺陣は、終盤になるにしたがい、主人公のその一撃の重さに押されていくことになる。
そしてクライマックスで、周囲で見守るスタッフやキャストの熱い視線を浴びながら、彼らの戦いについに終止符が打たれる。
とうとう主人公は、敵の親玉を討ち取ったのだ。
その瞬間に周囲からも、ほうっと息がもれる。
いまだかつて、この舞台の稽古期間に、こんなにも息のつまるような緊張感に包まれたことがあっただろうか?
そして、こんなに周囲からすすり泣きの声が聞こえてきたことがあっただろうか?
こたえは、『否』だ───。
そんな客席もまばらなゲネプロとも思えないくらい、本番さながらの演技だったからこそ、東城も思わず見入ってしまったんだろう。
その感動を伝えたいのか、僕に断りを入れると、岸本監督と相田さんが立ち話をしているところへとあいさつをしに行った。
それを見送ったところで、ふと考える。
東城にとっても、この現場の雰囲気は悪くないわけだよな?
だけど、それだけなら悪いことじゃない。
つまりはこれ以外に、なにか不安にさせるようなことがあったってことだよな?
ちょっと考えてみれば、東城には、相田さんからハグされたとか言ったこともあったし、矢住くんもよく抱きついてきてるってことは伝えたこともあったっけか……。
おたがいの近況報告で、矢住くんになつかれてうれしいとか、弟みたいでかわいいとかは伝えてあったな。
それから、この現場を語る上では、なんといっても雪之丞さんのことははずせない。
さすが『大衆演劇界の貴公子』と呼ばれるだけあって、所作が粋なんだ。
ふつうに東城でもなきゃ、浮くだろうと思うようなキザなセリフやしぐさも全然違和感なくて、似合っちゃうんだもんな。
その自然さについだまされて、わりと頬とはいえキスもされている気がするし、この前の女形姿での宣伝用写真の撮影のときも、絡みが多かった気がする。
いや、でもあれはお仕事だからノーカウントだよな……?
「おっ、シンヤ!今帰りか?」
「雪之丞さん、お疲れさまです!」
そうして僕が考え込んでしまっているうちに、帰りの準備をととのえたらしい雪之丞さんその人があらわれた。
ウワサをすればなんとやら、と言うべきなのかな。
「いよいよ明日からですね、舞台。怪我なく事故なく、最後まできっちり完走しましょうね!」
「そうだな、シンヤ。これの楽にゃあ、例の特別公演のチラシも解禁されるしよ。……まぁ、すでにチラ見せはしてっけどな!反響、すげぇぞ?」
「そうなんですか?」
女形姿の人物がふたりいるらしいことだけは伝わるチラ見せだったから、片方は雪之丞さんだとわかるものの、もうひとりがだれなのかってことは、彼のことを『雪様』と呼んで慕うファンの界隈で、相当話題になっているらしい。
といっても、だれがゲスト出演者なのかは明かされていないから、当然のようにまだ僕自身のところに反響はないわけだけど。
強いてあげれば、その写真をゆずりうけた後藤さん経由で見た、東城からくらいなものだ。
矢住くんも見たがってはいたけれど、雪之丞さんがまだだって言って、ジラしてたっけ。
「───月城雪之丞さん、ですよね?大衆演劇界の貴公子の。どうも、うちの羽月がお世話になっているようで」
と、そこへ声がかけられた。
このいい声は、ふりかえるまでもなくわかる、東城だ。
「おぉ、そういうそっちは、国民的大スターの東城湊斗様じゃねぇか!なんでぃ、かわいい姫の用心棒か、はたまた忠実な番犬ってか?今にも噛みつきそうな顔してやがる」
雪之丞さんの口調は皮肉めいているし、表情だって挑発するように、わかりやすく口はしをつりあげた笑顔になる。
「そりゃどうも、用心棒でも番犬でもあってますよ?羽月さんに手を出す輩には、容赦するつもりはないんで」
それにたいして、真っ向から東城が受けて立っている。
おかげで、ふたりの間にものすごい緊張感が走っていた。
「え、あの……?東城??雪之丞さん??」
思わず見上げたふたりの顔は、おたがいに凶悪なものだった。
笑顔が黒い、っていうか、僕の背後に立った東城から腕をまわして抱きしめられる、その力が若干強い。
突然に爆あがりした緊迫感のなか、イケメンふたりによるにらみ合いは、つづいていた。
その渦中にいるのは、いたたまれないっていうか、元から東城が迎えにきた時点で悪目立ちしていた気はするけど!
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