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30.変わりはじめた周囲からの反響
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「大変ですよ、羽月さん。先日の動画が、またバズってしまったようです」
お仕事前のお迎えに来てくれた後藤さんに、満面の笑みでそんなことを言われた。
いや、口では大変と言いながら、めちゃくちゃいい笑顔なんですけど?!
「おはようございます、後藤さん。なにがバズったんです??」
うん?
そんないきなり『先日の動画』って言われても、心当たりがとっさに浮かばない。
えぇと、なんのことだっけ?
「ほら、矢住ヒロさんの所属するアイドルグループの新曲の振付けを教えられて、稽古場の皆さんで踊ってらしたでしょう?あれです、あれが今、各方面に大変な反響を呼んでいるようでして」
なにかの冗談かとも思ったけれど、後藤さんがそんなことでウソをつく必要はないと思い直す。
「大きな反響、ですか……?」
「えぇ、大手検索サイトでの検索ワードの上位にも、その新曲の名前とともに、矢住さんや月城さんのお名前なんかもランクインしております」
それは、なんというか、とんでもないことになっているような気がする。
「……というか、あれ、公開されてたんですか?!」
今さらながら、おどろくところはそこかというツッコミが入りそうだけど、あれは矢住くんがメンバーに見せるためだと言ってたのを、そのまま僕は鵜呑みにしていたんだ。
え、いつの間にネットで公開されてたんだろう??
ジャンルで言えば、いわゆる『踊ってみた動画』とかそういうやつになるんだろうか?
ある意味で矢住くん本人もいるわけだし、ちょっと毛色は異なるかもしれないけどさ。
「えぇ、あちらの所属事務所や楽曲の版権会社、そして今回の舞台のスポンサーであるテレビ局とも協議した結果、新曲および舞台のプロモーションのひとつとして公式に活用することになりまして。モリプロとしては、羽月さんのイメージ戦略的に問題ないと、無償での出演を追認したんです」
今、さらりと重要なことが明かされたような……。
「って、公開されてるの、後藤さんもご存じだったんですか?!」
「ふふ、黙っていて申し訳なかったです。まぁ、前回の殺陣動画で十分すぎるほど素地ができてましたからね。今回もこうなることは、読めてましたから」
うーん、あいかわらずの慧眼だ。
「こちらとしても、先方の人気にあやかって再生回数を稼いでいただくわけですし、それにともなう宣伝効果も十分見込めますからね。とはいえ、今回は無償にしてしまいましたが、報酬交渉に関することですし、本来なら羽月さんにはあらかじめご相談すべき案件でした。申し訳なかったです!」
後藤さんに深々とあたまを下げられ、逆にあわててしまった。
「無償なのは全然かまわないので、あの……大丈夫です!そもそも、あれは舞台稽古の休憩時間にやった、遊びのようなものでしたし……」
それで出演料をもらうとか、どんな大スターだよ?!
僕なんかがそんなことを言ったら、おこがましいにもほどがあるだろ。
「そう言っていただけると、私も気が楽になります。それから、ネット上での反応ですが、なかなかに高評価が多いようですね。こちらに、それぞれのファンの方々からの反応をまとめたものがあります」
そう言って差し出された紙の束は、そこまで分厚いものではなかった。
だけど、一瞬受け取るのをためらってしまう。
とっさに思い出したのは、2年前のことだった。
あのときも、東城が僕をやたらと慕ってくれたけど、そのファンは僕のことをよく思っていなかったのか、ネット上でだいぶ叩かれたんだよな……。
だからもう僕自身は、SNSとは無縁な生活を送るようにしてるんだけどさ。
いまだにあのときのことは、トラウマになっているというか、万年モブ役者として目立たずにいようと思うきっかけになったことなのは、まちがいない。
そう思うと、今回のことも不安でしかなかった。
後藤さんが『高評価』と言うくらいだから、そんなに悪いことは書かれていないんだろうし、第一、全部ネットで書かれたものをそのまま打ち出したわけじゃないんだとは思う。
それでも、怖いものは怖い。
「まぁ、一番株を上げられたのは、月城さんでしょうか?練習時間の短さとは反比例するような完成度の高さでしたし、アレンジする余裕もありましたから。───あぁ、月城さんの件ではまた後ほどお伝えすることがありますが、それはさておき、まずはどうぞご覧ください」
さらに手もとまで紙束を差し出されれば、受け取らざるを得ない。
ともすれば、ふるえそうになる手で受け取った紙束におそるおそる目をとおせば、たしかに好意的な反応が記されていた。
最初に目につくように絶賛されていたのは、やっぱり完ぺきに踊れていた雪之丞さんのことだったけど、それ以外の人についても言及されていた。
ザックリ言うと、『練習時間がほとんどなかったのに、ここまで踊れるなんてすごい!』という意見が多数だった。
うん、そりゃ稽古の空き時間だけでサッとやったから、1時間もなかったくらいだもんな……我ながら、よくがんばったと思うよ。
ちなみに雪之丞さんは、振付けのなかにある投げキスだとかウィンクも余裕でアレンジ加えながらやってたから、そこのオリジナリティーある部分も褒められていた。
それこそ、いつもの伏し目がちな視線からの流し目っていうコンボもきまってたし、そのアイドルでは出せない色気に撃ち落とされた人は多数だと思う。
実は結構グダグダで、いちばん踊れてなかった相田さんなんかも、ふだんの演技のカッコよさとは真逆の姿が新鮮で、むしろそんなところにキュンとした人も多そうだ。
いわゆる、『ギャップ萌え』というヤツだろうか。
それに、もうひとりの巻き込まれた若手の舞台俳優さんにしても、やっぱりあんまり踊れていなかった。
だけど、いつもとちがうテンパる姿がかわいいとか、逆に踊れてないのが『これこそがふつうの感覚だ』とか言われて、ホッとされていた。
で、肝心の僕のことだけど、『なにげに踊れてる師匠って、実はすごくない?』とか、『えっ、師匠の照れ気味な投げキスとか、めちゃかわいいんですけどーーっ!!!』なんてことが書かれている。
えーと……消去法でいけば、たぶんこの『師匠』って呼ばれているのが、僕のことでいいんだよな?
「矢住さんが以前よりSNSで、羽月さんのことを『師匠』と呼んで慕われている様子をくわしく書かれていましたし、彼のファンの方々には、はじめからその認識で広まっているようです」
にこやかな笑みを浮かべたままに、後藤さんが解説をしてくれる。
「へ、へぇ~……」
そう返しつつも、ここに書かれていないだけで、実は反感を買っていたりしないか、そっちのほうが不安になってきた。
そんな僕の顔色の変化に気づいたのか、即フォローが入る。
「うちのスタッフで確認するかぎり、東城のときのような過激なファンの方もいらっしゃらないようですからね、そこはご安心いただいて結構ですよ」
「……そうですね、だといいなと思います」
今はまだ平気なだけかもしれないけど、なんてうしろ向きなことを思う。
「その件に関しては、あの当時、東城のファンの統制が取れていなかった私の不手際もあり、羽月さんには大変申し訳ないことをいたしました」
僕の晴れない顔を見て、後藤さんは察することがあったのか、あらためて深々とあたまを下げてあやまってきた。
「別にあの件は、だれが悪いというわけでもないですし……」
東城もデビューしたてだったあの当時、僕にたいするアピールをかねて、周囲に向かって必死に牽制をしていたつもりだったのと、そんな必死な様子の東城から、僕に嫉妬を募らせたファンの子たち。
そのどちらにも、特別おかしいところはない。
それどころか、自分が好きな人に関してなら、独占欲にしても嫉妬にしても、至極あたりまえの感情だろ?
だからそんな、後藤さんがあやまる必要なんてないのに。
そう、あわててフォローを入れる。
「……羽月さん、実は背中に羽根とか生えてたりしないですよね?」
「はい??」
真剣な顔でたずねてくる後藤さんに、思わず首をかしげた。
「いえ……、矢住さんではないですけど、羽月さんがやさしすぎて、もう本気で天使かと思いましたよ!えぇ、それはもう、そんな天使な羽月さんのことは、業界大手の事務所の力を遺憾なく発揮して、今度こそなにがあろうと私が責任もって全力でお守りしますのでご安心ください!!」
こぶしをふりあげて、そんな決意を表明された。
「……はい、頼りにしてますね。後藤さん、ありがとうございます」
その気持ちはありがたかったから、あやまる代わりにお礼を告げた。
うん、後藤さんの確実なお仕事は信頼できる。
その後藤さんが、全力で守ると言ってくれているんだから、僕が心配する必要はないのかもしれない。
そう思うと、強ばりかけていたからだから、自然と余計な力が抜けていった。
「あ、そういえばさっき、雪之丞さんのことであとで伝えるって言ってましたけど、なんですか?」
「あぁ、それはですね、新しいお仕事です」
ふと思い出したようにたずねれば、びっくりするほどにいい笑顔が返された。
「月城さんの劇団の次の特別公演に、客演として主役待遇で呼んでいただきました!もちろん今回の舞台が縁ということで、このダンス動画人気に目をつけたメディアからの取材に乗じて、プロモーションさせていただく予定です!」
サッと取り出されたのは、企画書だった。
「たしか羽月さんは、日舞の経験がおありでしたよね?それに殺陣の基礎も学ばれているし、あの気むずかしいことで有名な月城さんのお気に入りと来た日には、もう向こうのスタッフさんとスムーズに企画が進みまして……ついでにショータイムでは、例の矢住さん発信の動画の新曲を使わせていただくということで権利関係の話もついてますし、話題作りも完ぺきです!」
流れるような説明に、かなり企画が煮詰まってきていることを知る。
「えぇっ?!」
なんて手際がいいんだろうか?
いやいや、たしかに雪之丞さんには女形をやってみないかとか、そんな風に声をかけてもらっていたけれど。
いくらなんでも、早すぎないか?
「と、いうわけで、さっそくですが、今日は月城さんとそのスタッフの方々との具体的な打ち合わせがあります。そのあとは雑誌の取材です。明日には舞台も、いよいよ劇場入りしての動作確認になりますので、朝からお迎えにあがりますね」
「えっ、あ、はい……」
テキパキとスケジュールを読み上げていく後藤さんに、呆気に取られるしかなかった。
そういえば東城も、しょっちゅう後藤さんが鬼のように仕事を入れてくるってなげいてたっけ。
デビューしたての時期は、それこそ名前と顔を売っていかなきゃいけないから、少しでも多くの現場をこなす必要があるんだって、言われてたもんな。
今さらながら、優秀すぎるマネージャーさんがついてくれたことに感謝をしつつも、今までのプロダクションしじまの放任主義との、あまりのちがいにおどろくのだった。
うん、過労死しない程度にがんばろ……。
お仕事前のお迎えに来てくれた後藤さんに、満面の笑みでそんなことを言われた。
いや、口では大変と言いながら、めちゃくちゃいい笑顔なんですけど?!
「おはようございます、後藤さん。なにがバズったんです??」
うん?
そんないきなり『先日の動画』って言われても、心当たりがとっさに浮かばない。
えぇと、なんのことだっけ?
「ほら、矢住ヒロさんの所属するアイドルグループの新曲の振付けを教えられて、稽古場の皆さんで踊ってらしたでしょう?あれです、あれが今、各方面に大変な反響を呼んでいるようでして」
なにかの冗談かとも思ったけれど、後藤さんがそんなことでウソをつく必要はないと思い直す。
「大きな反響、ですか……?」
「えぇ、大手検索サイトでの検索ワードの上位にも、その新曲の名前とともに、矢住さんや月城さんのお名前なんかもランクインしております」
それは、なんというか、とんでもないことになっているような気がする。
「……というか、あれ、公開されてたんですか?!」
今さらながら、おどろくところはそこかというツッコミが入りそうだけど、あれは矢住くんがメンバーに見せるためだと言ってたのを、そのまま僕は鵜呑みにしていたんだ。
え、いつの間にネットで公開されてたんだろう??
ジャンルで言えば、いわゆる『踊ってみた動画』とかそういうやつになるんだろうか?
ある意味で矢住くん本人もいるわけだし、ちょっと毛色は異なるかもしれないけどさ。
「えぇ、あちらの所属事務所や楽曲の版権会社、そして今回の舞台のスポンサーであるテレビ局とも協議した結果、新曲および舞台のプロモーションのひとつとして公式に活用することになりまして。モリプロとしては、羽月さんのイメージ戦略的に問題ないと、無償での出演を追認したんです」
今、さらりと重要なことが明かされたような……。
「って、公開されてるの、後藤さんもご存じだったんですか?!」
「ふふ、黙っていて申し訳なかったです。まぁ、前回の殺陣動画で十分すぎるほど素地ができてましたからね。今回もこうなることは、読めてましたから」
うーん、あいかわらずの慧眼だ。
「こちらとしても、先方の人気にあやかって再生回数を稼いでいただくわけですし、それにともなう宣伝効果も十分見込めますからね。とはいえ、今回は無償にしてしまいましたが、報酬交渉に関することですし、本来なら羽月さんにはあらかじめご相談すべき案件でした。申し訳なかったです!」
後藤さんに深々とあたまを下げられ、逆にあわててしまった。
「無償なのは全然かまわないので、あの……大丈夫です!そもそも、あれは舞台稽古の休憩時間にやった、遊びのようなものでしたし……」
それで出演料をもらうとか、どんな大スターだよ?!
僕なんかがそんなことを言ったら、おこがましいにもほどがあるだろ。
「そう言っていただけると、私も気が楽になります。それから、ネット上での反応ですが、なかなかに高評価が多いようですね。こちらに、それぞれのファンの方々からの反応をまとめたものがあります」
そう言って差し出された紙の束は、そこまで分厚いものではなかった。
だけど、一瞬受け取るのをためらってしまう。
とっさに思い出したのは、2年前のことだった。
あのときも、東城が僕をやたらと慕ってくれたけど、そのファンは僕のことをよく思っていなかったのか、ネット上でだいぶ叩かれたんだよな……。
だからもう僕自身は、SNSとは無縁な生活を送るようにしてるんだけどさ。
いまだにあのときのことは、トラウマになっているというか、万年モブ役者として目立たずにいようと思うきっかけになったことなのは、まちがいない。
そう思うと、今回のことも不安でしかなかった。
後藤さんが『高評価』と言うくらいだから、そんなに悪いことは書かれていないんだろうし、第一、全部ネットで書かれたものをそのまま打ち出したわけじゃないんだとは思う。
それでも、怖いものは怖い。
「まぁ、一番株を上げられたのは、月城さんでしょうか?練習時間の短さとは反比例するような完成度の高さでしたし、アレンジする余裕もありましたから。───あぁ、月城さんの件ではまた後ほどお伝えすることがありますが、それはさておき、まずはどうぞご覧ください」
さらに手もとまで紙束を差し出されれば、受け取らざるを得ない。
ともすれば、ふるえそうになる手で受け取った紙束におそるおそる目をとおせば、たしかに好意的な反応が記されていた。
最初に目につくように絶賛されていたのは、やっぱり完ぺきに踊れていた雪之丞さんのことだったけど、それ以外の人についても言及されていた。
ザックリ言うと、『練習時間がほとんどなかったのに、ここまで踊れるなんてすごい!』という意見が多数だった。
うん、そりゃ稽古の空き時間だけでサッとやったから、1時間もなかったくらいだもんな……我ながら、よくがんばったと思うよ。
ちなみに雪之丞さんは、振付けのなかにある投げキスだとかウィンクも余裕でアレンジ加えながらやってたから、そこのオリジナリティーある部分も褒められていた。
それこそ、いつもの伏し目がちな視線からの流し目っていうコンボもきまってたし、そのアイドルでは出せない色気に撃ち落とされた人は多数だと思う。
実は結構グダグダで、いちばん踊れてなかった相田さんなんかも、ふだんの演技のカッコよさとは真逆の姿が新鮮で、むしろそんなところにキュンとした人も多そうだ。
いわゆる、『ギャップ萌え』というヤツだろうか。
それに、もうひとりの巻き込まれた若手の舞台俳優さんにしても、やっぱりあんまり踊れていなかった。
だけど、いつもとちがうテンパる姿がかわいいとか、逆に踊れてないのが『これこそがふつうの感覚だ』とか言われて、ホッとされていた。
で、肝心の僕のことだけど、『なにげに踊れてる師匠って、実はすごくない?』とか、『えっ、師匠の照れ気味な投げキスとか、めちゃかわいいんですけどーーっ!!!』なんてことが書かれている。
えーと……消去法でいけば、たぶんこの『師匠』って呼ばれているのが、僕のことでいいんだよな?
「矢住さんが以前よりSNSで、羽月さんのことを『師匠』と呼んで慕われている様子をくわしく書かれていましたし、彼のファンの方々には、はじめからその認識で広まっているようです」
にこやかな笑みを浮かべたままに、後藤さんが解説をしてくれる。
「へ、へぇ~……」
そう返しつつも、ここに書かれていないだけで、実は反感を買っていたりしないか、そっちのほうが不安になってきた。
そんな僕の顔色の変化に気づいたのか、即フォローが入る。
「うちのスタッフで確認するかぎり、東城のときのような過激なファンの方もいらっしゃらないようですからね、そこはご安心いただいて結構ですよ」
「……そうですね、だといいなと思います」
今はまだ平気なだけかもしれないけど、なんてうしろ向きなことを思う。
「その件に関しては、あの当時、東城のファンの統制が取れていなかった私の不手際もあり、羽月さんには大変申し訳ないことをいたしました」
僕の晴れない顔を見て、後藤さんは察することがあったのか、あらためて深々とあたまを下げてあやまってきた。
「別にあの件は、だれが悪いというわけでもないですし……」
東城もデビューしたてだったあの当時、僕にたいするアピールをかねて、周囲に向かって必死に牽制をしていたつもりだったのと、そんな必死な様子の東城から、僕に嫉妬を募らせたファンの子たち。
そのどちらにも、特別おかしいところはない。
それどころか、自分が好きな人に関してなら、独占欲にしても嫉妬にしても、至極あたりまえの感情だろ?
だからそんな、後藤さんがあやまる必要なんてないのに。
そう、あわててフォローを入れる。
「……羽月さん、実は背中に羽根とか生えてたりしないですよね?」
「はい??」
真剣な顔でたずねてくる後藤さんに、思わず首をかしげた。
「いえ……、矢住さんではないですけど、羽月さんがやさしすぎて、もう本気で天使かと思いましたよ!えぇ、それはもう、そんな天使な羽月さんのことは、業界大手の事務所の力を遺憾なく発揮して、今度こそなにがあろうと私が責任もって全力でお守りしますのでご安心ください!!」
こぶしをふりあげて、そんな決意を表明された。
「……はい、頼りにしてますね。後藤さん、ありがとうございます」
その気持ちはありがたかったから、あやまる代わりにお礼を告げた。
うん、後藤さんの確実なお仕事は信頼できる。
その後藤さんが、全力で守ると言ってくれているんだから、僕が心配する必要はないのかもしれない。
そう思うと、強ばりかけていたからだから、自然と余計な力が抜けていった。
「あ、そういえばさっき、雪之丞さんのことであとで伝えるって言ってましたけど、なんですか?」
「あぁ、それはですね、新しいお仕事です」
ふと思い出したようにたずねれば、びっくりするほどにいい笑顔が返された。
「月城さんの劇団の次の特別公演に、客演として主役待遇で呼んでいただきました!もちろん今回の舞台が縁ということで、このダンス動画人気に目をつけたメディアからの取材に乗じて、プロモーションさせていただく予定です!」
サッと取り出されたのは、企画書だった。
「たしか羽月さんは、日舞の経験がおありでしたよね?それに殺陣の基礎も学ばれているし、あの気むずかしいことで有名な月城さんのお気に入りと来た日には、もう向こうのスタッフさんとスムーズに企画が進みまして……ついでにショータイムでは、例の矢住さん発信の動画の新曲を使わせていただくということで権利関係の話もついてますし、話題作りも完ぺきです!」
流れるような説明に、かなり企画が煮詰まってきていることを知る。
「えぇっ?!」
なんて手際がいいんだろうか?
いやいや、たしかに雪之丞さんには女形をやってみないかとか、そんな風に声をかけてもらっていたけれど。
いくらなんでも、早すぎないか?
「と、いうわけで、さっそくですが、今日は月城さんとそのスタッフの方々との具体的な打ち合わせがあります。そのあとは雑誌の取材です。明日には舞台も、いよいよ劇場入りしての動作確認になりますので、朝からお迎えにあがりますね」
「えっ、あ、はい……」
テキパキとスケジュールを読み上げていく後藤さんに、呆気に取られるしかなかった。
そういえば東城も、しょっちゅう後藤さんが鬼のように仕事を入れてくるってなげいてたっけ。
デビューしたての時期は、それこそ名前と顔を売っていかなきゃいけないから、少しでも多くの現場をこなす必要があるんだって、言われてたもんな。
今さらながら、優秀すぎるマネージャーさんがついてくれたことに感謝をしつつも、今までのプロダクションしじまの放任主義との、あまりのちがいにおどろくのだった。
うん、過労死しない程度にがんばろ……。
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