イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2

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27.モブ役者から巻き起こす、熱演の渦のはじまり

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 舞台の稽古は順調に進み、荒通しの段階にきていた。
 さすがに新曲をリリースしたばかりということもあって、そのプロモーションで忙しい矢住やずみくんに代わって、悠之助の代役として稽古場に立つことも増えた気がする。

 ただ、いつもその代役をやるときは、どうすべきなのか迷ってしまう。
 基本的には本番で悠之助を演じるのは矢住くんなんだから、お芝居のバランスを確認するためにも、これまで彼が監督からつけられた演出のとおりにやるのがいいんだと思っていた。

 演技も殺陣たても、たぶん矢住くんのマネをするのはたやすいと思う。
 これまでもさんざん近くでその稽古に付き合ってきたんだから、基礎となるキャラクター造形にくわえ、その間の取り方からセリフまわし、動きまでしっかりとあたまに入っている。

 殺陣だって、まだ矢住くんでは油断すると筋力が追いつかなくて動きが流れてしまうこともあるから、あまり早い手はつけられなかったこともあって、僕からすればまだ余裕があった。
 そんなわけだから、僕にしてもその矢住くんの演技や殺陣を再現しろと言われれば、すぐにでも対応できる。

 なんなら、そんな拍の取り方だから、雪之丞ゆきのじょうさんにしてみれば、いつもの自分のところ劇団の殺陣とくらべて遅いと、若干の不満があってもおかしくはないくらいだと思う。
 だから問題なのは、そこじゃない。
 むしろ僕が気にしていたのは、別のことだった。

 ……でも、本当にそれだけでいいんだろうか?
 そう心のなかで、問いかける声がするんだ。
 そんな安易な選択肢で、満足している場合じゃないだろうって。

 だって僕は、世のなかに認められるような役者にならなきゃいけないっていう目標があるのに、そんな無難な道を選択していいはずがない。
 どんなチャンスにも食らいついて、そして爪痕を残そうとするくらいの気概は必要なんじゃないかって、そう思うんだ。

 それに、もし僕が悠之助を演じるのなら『こうしよう』って考えていた演技プランだってある。
 そのいくつかは、これまでの稽古のなかで矢住くんや岸本監督にも伝えて、すでに採用されたものもあったけど、まだ全部を出し切ってはいない。

 できるのにやらないのは、怠慢なんだよな……?
 それは前に、矢住くんから言われた言葉だ。
 見た人の記憶に残るような本気の熱演をするんじゃなくて、あえて目立たないよう、無難な演技にまとめていたのが、彼にはお見とおしだったらしい。

 なら、ちょっとくらい色気を出してもいいだろうか?
 どうせなら全力の雪之丞さんと本気の殺陣をやってみたいし、矢住くんとおなじ演技ではなく、僕が考えた演出での悠之助を演じてみたい。
 そんな自分の気持ちに正直になってみても、いいんじゃないだろうか?

「あの、雪之丞さん……たまには全力の殺陣、やってみたいと思いませんか?」
 そう声をかけながらも、心臓はバクバクと早鐘を打ち、その音が耳の奥でこだましている気がする。
 あぁ、早まってしまっただろうか?

「ん?どうした、シンヤ?」
 でも一度口にした言葉は、そう簡単には取り消せない。
 緊張しながら必死につむがれた僕の言葉に小首をかしげる彼を、必死に心を奮い立たせながら見つめ返した。

「僕のワガママにすぎないんですけど、今日の稽古のときだけは、僕の……僕自身の悠之助を演じさせてもらいたいんです……!」
 もちろん許可を取るなら、雪之丞さんだけでなく、岸本監督やほかの演者さんたちからも必要だし、なによりもアンダーとしてのお仕事からはずれてしまうことは重々承知している。

 ただ、悠之助について考えると、内定まで受けていたのに降板になってしまった幻の役だけに、どうして降板させられたのか、いまだに考えて悶々としてしまうことがある。
 特にこうしてアンダーをしているかぎり、その思いはいつまでも消えることはないんだろう。

 ならばいっそのこと、荒通しの場でいいから僕がやりたかった悠之助を演じてみたいと、そう思ったんだ。
 そうすればこの思いは、すっきりと昇華できるんじゃないかって。

「ハハッ、貪欲ないい目ぇしてんじゃねぇかシンヤ!いいぜ、やってみろ!オレも一切、手は抜かねぇから!オレの斬撃、受けきってくれよな?」
「ハイッ!胸をお借りします!ということですみません、今日の通し稽古はワガママをとおさせてもらいます」
 周囲に向かっておじぎをすれば、なぜか隣に立った雪之丞さんもいっしょになって深々とあたまを下げてくれた。

「オレからも頼む、このとおりだ!たまには息抜きがてら、オレの本領を発揮させてもらいてぇ」
「……羽月はづきくん、それに月城つきしろさんまで……」
 座長を務める相田あいださんの、とまどうような声が聞こえる。

 そりゃ、迷うのも無理はない。
 ここまで長らく積み重ねてきた個別のシーンの稽古で、おたがいの演技や間の取り方、殺陣なんかの動きやスピードについても、何度もぶつかり合いながら決めてきたんだ。

 荒通しとはいえ、そこでいきなり主要な役どころの演技プランを変えられるとしたら、周囲にだって多少なりとも影響が出るだろう。
 まして通し稽古なら、一度はじめてしまえば終わるまで止められないし、何時間もムダにしかねないわけだ。

「……わかった、かまわないよ、やろう!なにかあっても、今日は君に合わせてみせるから」
「あぁ、私も眞也しんやくんの演じる、本気の悠之助を見てみたい」
 そして相田さんが応じてくれたのをきっかけに、いつの間にか近くにきていた岸本監督にも許可をもらうことができた。

「ありがとうございます!」
 これが僕にとっての1回かぎりの本番だと思って、持てる力すべてをぶつけてやる!
 それこそ『僕を降板させたことを、くやしがらせてやる!』くらいの気合いを入れて臨むんだ。

 そして通し稽古をはじめる前に、悠之助にとってメインの殺陣の相手役を演じる雪之丞さんとの打ち合いの手について、スピードを調整しながらおさらいしていく。
 それに立ち会う殺陣師の先生や、アンサンブルの人たちも皆、真剣な顔をしていた。

 基本的に悠之助というキャラクターは、主人公の陣営にとってのムードメーカーで、そのキャラクターの方向性にブレはない。
 それならば、ほとんどの演者さんにとっては途中の演技が変わったところで、大きな問題にはならないはずだ。

 もし問題があるとすれば、その悠之助とがっつりと芝居で絡む雪之丞さんと相田さん、そのふたりが演じる役だけなんだ。
 そのふたりが胸を貸してくれるというなら、あとはもう、全力で挑むしかなかった。

「それでは、よろしくお願いします!」
 ふたたび深々とあたまを下げたところで、僕にとっては、ただ一度きりの本番にも等しい通し稽古がスタートした。


     * * *


「『クソッ、なんなんだよ、コイツは!?』」
「『くくっ、弱いな……その程度で剣客を気取るとは、片腹痛いわ!』」
 それは悠之助が、はじめて敵の親玉に出会ったときのやりとりだった。

 それまでその身軽さで敵を翻弄し、ほぼ敵なし状態でいた悠之助にとっては、はじめて本気を見せることになる相手だ。
 だから僕も演じるからには、それまでの軽めの斬り合いから本気になる、その切り替えの瞬間を見ている人にも明確にわからせたかった。

 矢住くんのときは、それまで笑顔まじりだったところから一転して、急に真剣な顔になり刀をかまえ直すという演出だった。
 初登場のシーンから、ムードメーカーというキャラクターにふさわしく、ほとんど笑顔だった彼が真顔になるという演出で、それを表現したわけだ。

 僕ならどうしようかと考えたとき浮かんだものは、相手が雪之丞さんだからこそ、もう一段階早い刀さばきに切り替えて打ち合うことだって可能なんじゃないかってことだった。
 殺陣初心者の矢住くんではできないけれど、僕だからできること。

 それこそ、子どものころから時代劇を見て育ち、こうして役者になってからは本物の殺陣師集団に基礎を学び、研鑽をつづけてきたんだ。
 その磨いてきた技術を今見せないで、どうするんだ!?

 そう自分を奮い立たせると、軽く息を吸い、そこで一度止める。
 次の瞬間には、居合いの要領ですばやく抜刀し、飛びかかった。

 その動きに反応し、見事に雪之丞さんも受け流してみせる。
 といっても舞台の殺陣だけに、客席からはつばぜりあいを演じられそうなくらい近く見えたとしても、安全には配慮されているから、実際に刃を直接まじえることは決してないんだけども。

 それでもその切り結ぶのと離れるのと、その刃で受け流して斬り返すのも、おたがい流れるように攻撃の手を止めることはない。
 ともすれば、鍛えてなければこの一連の激しい動きの途中に、固まった手のなかから刀が抜けて飛んでしまってもおかしくはないほどの激しさだった。

 もちろん、ここで僕もまじめな顔になっているのは、矢住くんのときとおなじだ。
 でもその打ち合いを何度かくりかえしたところで、あえて隠しきれずにもれてしまったかのように、うっすらと口もとに笑みを浮かべる。

 ───それはまるで、この真剣勝負の命の取り合いが、楽しくて仕方ないというように。
 その笑みを見た瞬間、雪之丞さんの目にも危険な光が宿った。

 それこそが、この親玉の狂気というか、常に強者を求める気持ちのあらわれだ。
 そう、僕はんだ───!!

 なぜ、硬派な主人公ではなくムードメーカーのはずの悠之助が、物語の後半にわたるまで、この親玉と因縁の対決のように対峙することになるのか?
 そこを考えたとき、僕が出したこたえがそれだった。

 おたがいに、心のなかに飼う狂気が、きっとどこか似ていたから。
 なんて言葉もあるくらいだし、似ているからこそ相手が気になるし、そしてムカつくことだってあるはずだ。

 ムードメーカーだからって、本当にそいつが心の底から悩みもなくて明るい性格とはかぎらないだろ?
 さりげなく岸本監督からも、悠之助があえて明るくふるまっているんだと示唆されていたし、その本当の性格までは脚本に書かれてはいない。

 もちろん物語の最後には悠之助の敵を討つために、主人公がその敵の親玉と戦って、それを見事に打ち倒すことにはなるんだけど。
 でもその前までの親玉と悠之助の再戦の理由までは、脚本に書かれたセリフとト書きだけでは読み解くことはできなかった。

 そこの空白の行間にこそ、僕たち役者が演じることで、持たせられる深みがあるんだと信じたい。
 そうして考えた結果、僕の出したこたえは、これだった。

 本当の悠之助という男は、ただ明るいだけのムードメーカーなんかじゃない。
 きっと己のなかにひそむ、剣客としてひたすらに強さを求めてしまう狂気を飼い慣らし、それを隠しとおすために、あの明るいキャラクターを演じているにちがいないのだと。

 だからこそ、己とおなじ狂気を内に宿し、しかもそれを隠そうともしない敵の親玉には、妙にムカついて突っかかってしまうんだろう。
 そしてそれはまた、相手にしてもおなじことだ。

 敵の親玉にしてみれば、自分とおなじ狂気を宿しながら、それを無理に隠そうとしている悠之助の姿にイラつくはずだ。
 それを引きずり出して、全力の戦いを挑みたいとからんでいくのも、当然の流れになるだろう。

 この演技プランは、実はこの稽古場での雪之丞さんの姿を見て思いついたものだった。
 本来なら、彼の得意分野である殺陣では、もっとすばやく動けるはずなんだ。
 所作ひとつとっても、大衆演劇で鍛えた魅せ方ならばいろいろあるだろうに、舞台全体としてのレベル感を合わせるために、その全力を出せていなかったから。

 その姿は、まるで爪を出すことも、するどい牙で噛みつくことも禁じられた猛獣のように見えたんだ。
 もちろん雪之丞さん自身が、だれに言われるわけでもなく舞台としてのバランスを見て自主的に抑えているわけだけど、それでもその鬱屈とした姿に、なにかしら感じることもあるわけで。

 その我慢する姿を見ていたら、己のなかにひそむ狂気を抑え込む親玉、というキャラクターが自然と浮かんできたんだ。
 あとはそこから推測を重ねていって、僕のなかの悠之助像が固まった。

 そしてそれは、今の自然とわき上がるような、口もとにうっすらと浮かべた笑みという演技で己を表現し、なおかつ相手からもまた引き出すことができたんじゃないだろうか。
 いわば僕の演技は、相手のキャラクター造形に関する提案をしたようなものだ。

 たったひとつ、口もとに浮かべた笑みだけでそれをなし得たと、そんな風にうぬぼれてもいいだろうか?
 だってあの瞬間、たしかに笑みを深くした雪之丞さんは、『てめぇの提案に、乗ってやるよ』というこたえを返してくれたようにも見えたから。

 事実、目の前に立ちふさがる雪之丞さんは、口もとこそ笑っているのに、目はみじんも笑っていない。
 狂気のにじむ、そんな笑顔になっていた。
 刀さばきもいつも以上にするどくて、全体的に凄みが増している。

 ───あぁ、やっぱり全力でぶつかりあえる演技って、心の底から楽しくて仕方ない。
 まるで本当に命のやり取りをしているような、そんなピリピリとした空気に、内心のよろこびがわき上がるのを抑えきれなかった。

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