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26.モブ役者はイケメン共演者にふりまわされる
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あれから、僕の生活は一変した。
あれというのは、僕が所属事務所のプロダクションしじまから、ものすごい金額の移籍金が支払われてモリプロへと引き抜かれた一件のことだ。
個別のマネージャーさんがついたのもさることながら、それがまさかの後藤さんだったり、社宅代わりにオートロック完備の新築マンションの一室が用意されたりと、事務所の力のちがいを見せつけられたりもした。
ついでに仕事のときには、車での送迎もつくようになったのにも、とまどうばかりだった。
お仕事は無理のない範囲で増えてきたし、心なしか現場でのあつかいも良くなったような気もする。
そういうところは、まさに業界大手事務所所属ならではだな、なんて思う。
でも前から受けていたお仕事も、もちろん引きつづきやっていた。
「師匠ーーっ!!聞いてくださいよぉぉーーーっ!!!」
つまり例の舞台では、あいかわらず矢住くんのアンダーはつづけていたし、その稽古場へと今日もやってきたわけだ。
と、そこに到着するなり、スタジオ内からあらわれた矢住くんに飛びつかれる。
「えっ、なになに、どうしたの?!」
なにかトラブルでもあったのか、それとも演出を手掛ける岸本監督から、厳しいことでも言われたんだろうか?
半泣きの状態で胸に飛び込んできた矢住くんを受け止めながら、その背中をゆっくりとなでて落ちつかせようとする。
「ボクんとこの新曲、昨日発売されたばかりなんですけど……」
元々矢住くんが所属するボーカルユニットというか男性アイドルグループは、中高生を中心に人気がある。
そのグループの新曲が発売になったのは、プロモーション用のサンプル音源を彼からもらったのもあって、もちろん知っている。
「その曲の振付け、さっき月城さんに聞かれたんでちょっと教えたんですよ。そしたらいきなり踊れるんですもん、そんなことってありますっ?!」
「ん?えーと……?」
雪之丞さんが、なんだって??
「だから!ボクだって振付けおぼえるのに苦労したのに、あっさりおぼえて、しかもいきなり上手いとかズルくないですか?!」
「それは、なんというか、スゴいね……」
───だって、そうとしか言いようがないだろ、これ。
「おー、さっそくシンヤのところに泣きつきに行ったのかよ、ひよっ子は。まったく、甘えてやがんなぁ」
ニヤニヤと笑いを口もとに浮かべ、矢住くんの背後にあらわれたのは『大衆演劇界の貴公子』こと、月城雪之丞さんだった。
「雪之丞さん、おはようございます」
「んー、おはよう!今日もかわいいぞ、シンヤ!」
パチリとウィンクとともに、投げキスが飛んでくる。
うん、さすがというか、今日も通常営業だな。
「演歌とかならともかく、なんでアイドルソングまで踊れるんだよ、意味わかんねー!」
かんしゃくを起こしたような矢住くんのあたまをなでながら、雪之丞さんの顔を見た。
「たしか雪之丞さんところの劇団て、公演のたびに、二部とか三部のショータイムでやってましたよね?だからポップスのダンスも、慣れてるんじゃないですか?」
前に見たときは、わりと今どきの女性アイドル曲だとかのポップスもやっていた気がする。
一部が大衆演劇らしく人情ものの時代劇で、二部や三部では歌謡曲に合わせたダンスショーだとか、殺陣を使ったショーとかをやっていたはずだ。
もちろん〆は、雪之丞さんの女形姿を堪能できる時間で終わるのがお約束だけど。
そのショータイムのコーナーで、髷を結ったいかにも時代劇なカツラをかぶり、派手な着物姿の劇団員たちが、現代のアイドルソングではげしくダンスするっていうのが、すごいギャップがあるんだよな。
本編の人情もの時代劇とはあまりにもテイストがちがうそれに、相当客席が盛り上がったのをおぼえている。
「よく知ってんな、シンヤ。うちの劇団じゃ、毎回ショータイムは、そのときの流行りにのってやることにしてんだよ」
「え、なにそれ?月城さんのところ、そんなおもしろそうなことしてんの!?」
僕が見たことがあると内容を口にすれば、本人には肯定され、おまけに矢住くんも食いついてくる。
「おうよ、前は演歌中心だったんだけどな、オレが座長になってからは新規の若いお客さんも狙わねぇといけねーってことで、いろんな曲にもチャレンジしてんのよ。つっても、これが意外と年配のオネエサマ方にも好評なんだけどよ!」
ニッとくちびるに弧を描き、雪之丞さんが自慢げに胸を張った。
「それにまぁ、こちとら踊りに関しちゃ、ある意味でプロだかんな。それくれぇできなきゃ、おまんまの食い上げよ!」
「むぅ、それなら仕方ないか……?でもこっちだって本気でアイドルやってるんですよ!?その本業のダンスをさらっと完コピされるとか、なんかくやしいんですけど!」
涼しげな顔でいる雪之丞さんに、矢住くんは顔を赤くして地団駄をふんでいる。
うわ、なんかもう、やることがいちいちかわいいな。
こんな弟いたら、めちゃくちゃかわいくて仕方ないだろうな、なんて思う。
たぶんそれは矢住くんをかわいがる雪之丞さんも、僕と同じことを思ってるんだろう。
「まぁ、月城さんは百歩ゆずって、なんかもう殺陣も演技もダンスもできるバケモノみたいなもんなんで、しょうがないとして!だったら師匠で検証させてください!」
ほのぼのとしていたら、突然とんでもない飛び火がこちらへやってきた。
「えぇっ!?」
なにを言ってるんだろう、この人たちは。
僕はテレビ中心の映像畑の役者であって、ミュージカル俳優でもなければダンサーでもないっていうのに。
「おっ、そりゃあいい!シンヤにもやってもらおうぜ」
「そうしましょう、ぜひ!そうと決まれば、お稽古はじまる前にチャチャッとやっちゃいましょう!」
なのに彼らは、そんなことはおかまいなしのようだった。
「どうせなら、てめぇんとこのグループとおなじ人数そろえて、完コピしてやろうぜ!そこのイケメン座長とかも巻き込んでさ」
「えーっ!?そんな、相田さんまで巻き込んじゃ、悪いですよ!」
……というより、とても楽しそうだ。
口じゃ悪いと言いながらも、表情はそれを裏切っている。
「楽しそうだね、なんの話をしてるのかな?」
「実は……」
なんて、なにかを察したのか近づいてきた相田さんに、矢住くんが説明をはじめた。
でもさ、そんなニコニコ笑顔の矢住くんに言われたら、たぶん座長は断らないんじゃないかな。
「……なるほど、ダンスは得意なほうではないんだけど、それでも大丈夫かな?」
困ったように笑い、でもやっぱり断ったりはしない。
これで座長である相田さんまでもが巻き込まれたせいで、いよいよ僕にも逃げ場がなくなってきた。
「じゃ、音源はこのスマホに入ってるんで、振付けから教えていきますね!わー、なんかボクから師匠たちに教えるって、なんかすごい新鮮ですね!」
矢住くんはとても楽しそうに目をキラキラさせていて、余計に断りにくくなってきたというか、たぶん無理なやつだ、これ。
「わかんねぇなら、オレが手取り足取り腰取り教えてやっからな!」
「ちょっとそこ、ボクの目の前で師匠への手出し厳禁だから!!」
いつものように、さりげなく腰にまわされる雪之丞さんの手を払いのけながら、僕の代わりに矢住くんが吠える。
「あはは、困っちゃったねー。ダンスが苦手なもの同士、おたがいがんばろうね、羽月くん?」
「お、お手柔らかにお願いします……?」
こうして妙にノリノリな矢住くんたちに押し切られ、とまどう相田さんとともに、なぜだか矢住くんの所属するアイドルグループの新曲の振付けレッスンがはじまることになってしまったのだった。
* * *
───結論から言おう、これはいろいろとハードすぎる。
僕はアイドルソングを、あまりにも知らなすぎた。
いつもテレビで見ていた彼らは、ふつうにキラキラしていたけれど、これは見た目以上にキツい。
いや、なかなかの運動量だぞ、これ。
それをあの笑顔のままに、さらりとやってのけるとか、アイドルってハンパねぇ!!ってなるやつだ。
見れば隣の相田さんも真顔になっているし、もうひとりの巻き込まれた若手俳優さんもまた、肩で息をしながらへばっていた。
「っていうか師匠だって、そこそこ踊れてるじゃないですか!月城さんといい、なんなんですか、もう!!」
「踊れてるって…いうほどじゃないでしょ、まだ……」
そう、かろうじて遅れずに、矢住くんの動きについていけているくらいだ。
しかもケロリとしているふたりとちがって、僕はまともにしゃべれないくらい、息切れをおこしている。
雪之丞さんに至っては、すっかり振付けもおぼえてしまったのか、アレンジを入れる余裕さえ見られたっていうのに。
「つか、これでカメラに抜かれた瞬間にとっさに投げキスとかのファンサ入れるとか、アイドルやべぇッス」
「うん、アイドル──っていうかヒロはすごいね。それに余裕でついていける月城さんのポテンシャルの高さもヤバいっていうか……でもまぁそれで言ったら、なにげに羽月くんもすごいよね?」
自信をなくした若手俳優さんに相づちを打つように、相田さんが言う。
「ったりめーよ!オレは、これが本職だからな。でもいいねぇ、シンヤは鍛え甲斐がありそうじゃねぇか!」
「無理ですって!こんなに息も切れてるのに……」
だいたいミュージカル俳優でもないし、鍛える必要なんてないだろ、なんて言おうとしたら。
「うんうん、汗かく姿にも色気があんのは、いいことだぜ?でもな、人気のあるアイドルグループの真似をして踊るってなぁ、てめぇの魅せ方を学ぶにゃあ、一番いい見本だかんな」
「あっ……そういうこと、ですか…………」
反論を封じるように、こちらのくちびるに人差し指をあてながらパチリとウィンクをされ、腑に落ちた。
「こういうのはな、照れたら負けよ。てめぇ自身の世界を作り出して、見てるヤツらをその空気に呑み込んでこそだ。それができなきゃ、見ていたヤツも現実にかえっちまう。いかにてめぇの魅力で現実を忘れさせるか、それを学ぶにゃあ、ちょうどいいだろ?」
そのまま雪之丞さんの指先は何度も左右に往復するように、こちらのくちびるをなでてくる。
「ありがとうございます、雪之丞さん!」
そっか、まだ僕が『華』のある役者になるにはどうしたらいいのか、迷っていることを見抜いてたのかもしれないな。
でもあの、気のせいだろうか、ちょっと顔が近い……っ!
「いいってことよ!でもお礼なら、いつでもそのからだで払ってくれても、いいんだぜ……?」
「はーい、アウトー!それ以上のおさわりは禁止でーーす!!」
すかさず矢住くんが助けに入ってくれて、ホッと肩の力を抜く。
「なんつーか、羽月さんって放っておけないタイプっていうか、そこら辺のヒロインよりヒロインらしくないですか?」
「あー、うん、それはね……」
なんていう苦笑いを浮かべた若手俳優さんと相田さんのやりとりが、背後から聞こえてきた。
……あぁもう、なんなんだろうなぁ。
穴があったら入りたいっていうか、はずかしくて居たたまれない。
僕自身は、そんなヒロイン気取ってるつもりなんて、まったくないのに!
「おーい、そろそろ稽古はじめるぞー!」
そんな気まずい時間も、スタッフさんの声掛けで終わりを告げた。
わずかに残る赤面のまま、僕たちはいつもどおり舞台の稽古に集中することになったのだった。
だけどまさか、またもやこのときのダンス動画がネットで拡散されることになるなんて、まったく思ってもなかったと言ったら、甘すぎるだろうか?
でも矢住くんからは、『メンバーに見せるから』としか聞いてなかったんだ。
殺陣の動画につづきネットで人気が出て、この舞台が若い子を中心に妙に話題となるのは、もうまもなくのことだった。
でも今の僕には、それを知る由はなかった───。
あれというのは、僕が所属事務所のプロダクションしじまから、ものすごい金額の移籍金が支払われてモリプロへと引き抜かれた一件のことだ。
個別のマネージャーさんがついたのもさることながら、それがまさかの後藤さんだったり、社宅代わりにオートロック完備の新築マンションの一室が用意されたりと、事務所の力のちがいを見せつけられたりもした。
ついでに仕事のときには、車での送迎もつくようになったのにも、とまどうばかりだった。
お仕事は無理のない範囲で増えてきたし、心なしか現場でのあつかいも良くなったような気もする。
そういうところは、まさに業界大手事務所所属ならではだな、なんて思う。
でも前から受けていたお仕事も、もちろん引きつづきやっていた。
「師匠ーーっ!!聞いてくださいよぉぉーーーっ!!!」
つまり例の舞台では、あいかわらず矢住くんのアンダーはつづけていたし、その稽古場へと今日もやってきたわけだ。
と、そこに到着するなり、スタジオ内からあらわれた矢住くんに飛びつかれる。
「えっ、なになに、どうしたの?!」
なにかトラブルでもあったのか、それとも演出を手掛ける岸本監督から、厳しいことでも言われたんだろうか?
半泣きの状態で胸に飛び込んできた矢住くんを受け止めながら、その背中をゆっくりとなでて落ちつかせようとする。
「ボクんとこの新曲、昨日発売されたばかりなんですけど……」
元々矢住くんが所属するボーカルユニットというか男性アイドルグループは、中高生を中心に人気がある。
そのグループの新曲が発売になったのは、プロモーション用のサンプル音源を彼からもらったのもあって、もちろん知っている。
「その曲の振付け、さっき月城さんに聞かれたんでちょっと教えたんですよ。そしたらいきなり踊れるんですもん、そんなことってありますっ?!」
「ん?えーと……?」
雪之丞さんが、なんだって??
「だから!ボクだって振付けおぼえるのに苦労したのに、あっさりおぼえて、しかもいきなり上手いとかズルくないですか?!」
「それは、なんというか、スゴいね……」
───だって、そうとしか言いようがないだろ、これ。
「おー、さっそくシンヤのところに泣きつきに行ったのかよ、ひよっ子は。まったく、甘えてやがんなぁ」
ニヤニヤと笑いを口もとに浮かべ、矢住くんの背後にあらわれたのは『大衆演劇界の貴公子』こと、月城雪之丞さんだった。
「雪之丞さん、おはようございます」
「んー、おはよう!今日もかわいいぞ、シンヤ!」
パチリとウィンクとともに、投げキスが飛んでくる。
うん、さすがというか、今日も通常営業だな。
「演歌とかならともかく、なんでアイドルソングまで踊れるんだよ、意味わかんねー!」
かんしゃくを起こしたような矢住くんのあたまをなでながら、雪之丞さんの顔を見た。
「たしか雪之丞さんところの劇団て、公演のたびに、二部とか三部のショータイムでやってましたよね?だからポップスのダンスも、慣れてるんじゃないですか?」
前に見たときは、わりと今どきの女性アイドル曲だとかのポップスもやっていた気がする。
一部が大衆演劇らしく人情ものの時代劇で、二部や三部では歌謡曲に合わせたダンスショーだとか、殺陣を使ったショーとかをやっていたはずだ。
もちろん〆は、雪之丞さんの女形姿を堪能できる時間で終わるのがお約束だけど。
そのショータイムのコーナーで、髷を結ったいかにも時代劇なカツラをかぶり、派手な着物姿の劇団員たちが、現代のアイドルソングではげしくダンスするっていうのが、すごいギャップがあるんだよな。
本編の人情もの時代劇とはあまりにもテイストがちがうそれに、相当客席が盛り上がったのをおぼえている。
「よく知ってんな、シンヤ。うちの劇団じゃ、毎回ショータイムは、そのときの流行りにのってやることにしてんだよ」
「え、なにそれ?月城さんのところ、そんなおもしろそうなことしてんの!?」
僕が見たことがあると内容を口にすれば、本人には肯定され、おまけに矢住くんも食いついてくる。
「おうよ、前は演歌中心だったんだけどな、オレが座長になってからは新規の若いお客さんも狙わねぇといけねーってことで、いろんな曲にもチャレンジしてんのよ。つっても、これが意外と年配のオネエサマ方にも好評なんだけどよ!」
ニッとくちびるに弧を描き、雪之丞さんが自慢げに胸を張った。
「それにまぁ、こちとら踊りに関しちゃ、ある意味でプロだかんな。それくれぇできなきゃ、おまんまの食い上げよ!」
「むぅ、それなら仕方ないか……?でもこっちだって本気でアイドルやってるんですよ!?その本業のダンスをさらっと完コピされるとか、なんかくやしいんですけど!」
涼しげな顔でいる雪之丞さんに、矢住くんは顔を赤くして地団駄をふんでいる。
うわ、なんかもう、やることがいちいちかわいいな。
こんな弟いたら、めちゃくちゃかわいくて仕方ないだろうな、なんて思う。
たぶんそれは矢住くんをかわいがる雪之丞さんも、僕と同じことを思ってるんだろう。
「まぁ、月城さんは百歩ゆずって、なんかもう殺陣も演技もダンスもできるバケモノみたいなもんなんで、しょうがないとして!だったら師匠で検証させてください!」
ほのぼのとしていたら、突然とんでもない飛び火がこちらへやってきた。
「えぇっ!?」
なにを言ってるんだろう、この人たちは。
僕はテレビ中心の映像畑の役者であって、ミュージカル俳優でもなければダンサーでもないっていうのに。
「おっ、そりゃあいい!シンヤにもやってもらおうぜ」
「そうしましょう、ぜひ!そうと決まれば、お稽古はじまる前にチャチャッとやっちゃいましょう!」
なのに彼らは、そんなことはおかまいなしのようだった。
「どうせなら、てめぇんとこのグループとおなじ人数そろえて、完コピしてやろうぜ!そこのイケメン座長とかも巻き込んでさ」
「えーっ!?そんな、相田さんまで巻き込んじゃ、悪いですよ!」
……というより、とても楽しそうだ。
口じゃ悪いと言いながらも、表情はそれを裏切っている。
「楽しそうだね、なんの話をしてるのかな?」
「実は……」
なんて、なにかを察したのか近づいてきた相田さんに、矢住くんが説明をはじめた。
でもさ、そんなニコニコ笑顔の矢住くんに言われたら、たぶん座長は断らないんじゃないかな。
「……なるほど、ダンスは得意なほうではないんだけど、それでも大丈夫かな?」
困ったように笑い、でもやっぱり断ったりはしない。
これで座長である相田さんまでもが巻き込まれたせいで、いよいよ僕にも逃げ場がなくなってきた。
「じゃ、音源はこのスマホに入ってるんで、振付けから教えていきますね!わー、なんかボクから師匠たちに教えるって、なんかすごい新鮮ですね!」
矢住くんはとても楽しそうに目をキラキラさせていて、余計に断りにくくなってきたというか、たぶん無理なやつだ、これ。
「わかんねぇなら、オレが手取り足取り腰取り教えてやっからな!」
「ちょっとそこ、ボクの目の前で師匠への手出し厳禁だから!!」
いつものように、さりげなく腰にまわされる雪之丞さんの手を払いのけながら、僕の代わりに矢住くんが吠える。
「あはは、困っちゃったねー。ダンスが苦手なもの同士、おたがいがんばろうね、羽月くん?」
「お、お手柔らかにお願いします……?」
こうして妙にノリノリな矢住くんたちに押し切られ、とまどう相田さんとともに、なぜだか矢住くんの所属するアイドルグループの新曲の振付けレッスンがはじまることになってしまったのだった。
* * *
───結論から言おう、これはいろいろとハードすぎる。
僕はアイドルソングを、あまりにも知らなすぎた。
いつもテレビで見ていた彼らは、ふつうにキラキラしていたけれど、これは見た目以上にキツい。
いや、なかなかの運動量だぞ、これ。
それをあの笑顔のままに、さらりとやってのけるとか、アイドルってハンパねぇ!!ってなるやつだ。
見れば隣の相田さんも真顔になっているし、もうひとりの巻き込まれた若手俳優さんもまた、肩で息をしながらへばっていた。
「っていうか師匠だって、そこそこ踊れてるじゃないですか!月城さんといい、なんなんですか、もう!!」
「踊れてるって…いうほどじゃないでしょ、まだ……」
そう、かろうじて遅れずに、矢住くんの動きについていけているくらいだ。
しかもケロリとしているふたりとちがって、僕はまともにしゃべれないくらい、息切れをおこしている。
雪之丞さんに至っては、すっかり振付けもおぼえてしまったのか、アレンジを入れる余裕さえ見られたっていうのに。
「つか、これでカメラに抜かれた瞬間にとっさに投げキスとかのファンサ入れるとか、アイドルやべぇッス」
「うん、アイドル──っていうかヒロはすごいね。それに余裕でついていける月城さんのポテンシャルの高さもヤバいっていうか……でもまぁそれで言ったら、なにげに羽月くんもすごいよね?」
自信をなくした若手俳優さんに相づちを打つように、相田さんが言う。
「ったりめーよ!オレは、これが本職だからな。でもいいねぇ、シンヤは鍛え甲斐がありそうじゃねぇか!」
「無理ですって!こんなに息も切れてるのに……」
だいたいミュージカル俳優でもないし、鍛える必要なんてないだろ、なんて言おうとしたら。
「うんうん、汗かく姿にも色気があんのは、いいことだぜ?でもな、人気のあるアイドルグループの真似をして踊るってなぁ、てめぇの魅せ方を学ぶにゃあ、一番いい見本だかんな」
「あっ……そういうこと、ですか…………」
反論を封じるように、こちらのくちびるに人差し指をあてながらパチリとウィンクをされ、腑に落ちた。
「こういうのはな、照れたら負けよ。てめぇ自身の世界を作り出して、見てるヤツらをその空気に呑み込んでこそだ。それができなきゃ、見ていたヤツも現実にかえっちまう。いかにてめぇの魅力で現実を忘れさせるか、それを学ぶにゃあ、ちょうどいいだろ?」
そのまま雪之丞さんの指先は何度も左右に往復するように、こちらのくちびるをなでてくる。
「ありがとうございます、雪之丞さん!」
そっか、まだ僕が『華』のある役者になるにはどうしたらいいのか、迷っていることを見抜いてたのかもしれないな。
でもあの、気のせいだろうか、ちょっと顔が近い……っ!
「いいってことよ!でもお礼なら、いつでもそのからだで払ってくれても、いいんだぜ……?」
「はーい、アウトー!それ以上のおさわりは禁止でーーす!!」
すかさず矢住くんが助けに入ってくれて、ホッと肩の力を抜く。
「なんつーか、羽月さんって放っておけないタイプっていうか、そこら辺のヒロインよりヒロインらしくないですか?」
「あー、うん、それはね……」
なんていう苦笑いを浮かべた若手俳優さんと相田さんのやりとりが、背後から聞こえてきた。
……あぁもう、なんなんだろうなぁ。
穴があったら入りたいっていうか、はずかしくて居たたまれない。
僕自身は、そんなヒロイン気取ってるつもりなんて、まったくないのに!
「おーい、そろそろ稽古はじめるぞー!」
そんな気まずい時間も、スタッフさんの声掛けで終わりを告げた。
わずかに残る赤面のまま、僕たちはいつもどおり舞台の稽古に集中することになったのだった。
だけどまさか、またもやこのときのダンス動画がネットで拡散されることになるなんて、まったく思ってもなかったと言ったら、甘すぎるだろうか?
でも矢住くんからは、『メンバーに見せるから』としか聞いてなかったんだ。
殺陣の動画につづきネットで人気が出て、この舞台が若い子を中心に妙に話題となるのは、もうまもなくのことだった。
でも今の僕には、それを知る由はなかった───。
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