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8.モブ役者はイケメンアイドルに嫌われる

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「オレは月城つきしろ雪之丞ゆきのじょう、今回の舞台で悪の親玉を演じる予定になってる野郎だ。よろしくな?」
 人好きのする笑みを浮かべ、右手を差し出してくる月城さんに、あわてて両手を差し出す。

「プロダクションしじま所属の、羽月はづき眞也しんやと申します。今回は岸本監督の伝手で、こちらには矢住やずみさんのアンダーとして、お稽古のサポートさせていただいてます」
「はぁ?!なんだよ、あんた本番は出ねぇのかよ!もったいねぇ!」
 あたまを下げつつあいさつすれば、素っ頓狂な声が返される。

「えぇ、まぁ……」
 そこらへんはデリケートな話題というか、できれば触れてほしくないネタだった。
 特に矢住くんの前では、そのあたりは出してほしくないというか……。

 おかげであいまいな薄笑いを浮かべ、ごまかすしかできなかった。
 そんな僕に、月城さんはふたたび一歩前に踏み出して、近づいてくる。
 間近から顔をのぞき込まれ、居心地の悪さに後ずさりそうになったところで、腰に手をまわされ、一気に距離を詰められた。

 気を抜けば、降板させられたという事実に、ズキズキと胸が痛みを訴えてきてしまいそうになる。
 だってまだ、それをなかったことにするには、あまりにも時間も経ってなさすぎる。
 目を合わせていられずに、そっと顔を背けた。

「あー、そういや顔合わせんときも、あんた役名名乗ってなかったもんなぁ。ふぅん、まぁいいけどよ。でもなぁ、せっかく化粧ののりも良さそうなのになぁ……本当にもったいねぇ……ったく、ここの裏方はどこ見てやがるんでい!」
 あごに手をかけられ、無理やりに上を向かされる。

 至近距離から涼やかで男前な顔が、まじまじとこちらを見てくることに、気はずかしさを覚えて、いたたまれなくなってきた。
 とはいえ、それがなんであれ自分を認めてもらえるっていうのは、本来的にはうれしいことだ。

「……ありがとうございます。いつか月城さんと共演させていただけるように、僕も精進しておきますね」
 そう言ってぺこりとあたまを下げ、その腕を逃れようとした。
 だけど、あらためて二の腕のあたりをつかまれて止められた。

「ちょっと待ちねぇ!月城なんて他人行儀な呼び方は気に入らねぇな。オレのことは雪之丞って呼んでくんな」
 人差し指を立てたまま、チッチッと舌打ちをされ、呼び名について訂正を要求される。
 なんていうか、ひとつひとつのしぐさも、絵になる人だ。

「えっと……雪之丞さん?」
「んー、及第点だな。できりゃあ呼び捨てにしてもらいてぇとこだが、まぁそれはおいおいでかまわねぇからよ。なぁシンヤ?」
 にこにこと笑いかけられ、肩を叩かれた。

 さらりとウィンクをしてくるあたり、やっぱり日ごろからファンサービスに慣れている人はちがうな。
 たぶん僕とは、そう年齢も変わらなさそうなのに、なんとなく格上感がただようというか、余裕の度合いがちがって、勝てない感じがする。

「で、そっちのひよっ子は、まずはまともに刀ぁ振るえるようになるまで、せいぜいがんばんな。今のままじゃシンヤとちがって、てめぇの命なんぞ一撃で奪えそうだからよ」
 にやにやと、口もとを笑いの形にしたままに、雪之丞さんがからかう。

「うるさいな、ボクだってやればできるから!理緒りおさんなんかに負けないし!!」
 そんなからかいに、矢住くんは正面から噛みついていた。
 そのせいだろうか、気がつけば周囲の視線はこちらへ集中していた。

「あの、おふたりとも、お稽古にもどりましょうか……」
 そりゃ稽古中にさわいでいたら、なにごとだってなるよな。
 サボっていると思われるのもアレだしと声をかければ、盛大に矢住くんが顔をしかめた。

「言われなくてもわかってるし!」
 こういう姿を見ていると、矢住くんはまだ10代の若者らしいなぁ……なんて思う。
 たしか、まだ19歳だとか言ってたような気がする。

 その少し子どもっぽい反応のおかげだろうか、周囲の視線はいまだにこちらに向いていた。
 なんなら周囲の人たちから、ひそひそ話をされているようにも感じられる。
 そうだよな、休憩時間でもないのに、稽古場での私語は慎んでおくべきだったよな……。

「おーおー、威勢のいいヤツぁ、オレも好きだぜ?それとシンヤ!そこのひよっ子だけじゃなく、たまにはオレの相手もしてくれよな!」
 僕と同じく、そんな矢住くんをほほえましい気持ちで見て、雪之丞さんはヒラリと手を振りながら稽古場の奥へと歩いていった。

「ぜひ、刃を交えられる日を楽しみにしていますね」
 あわててそう返せば、やはり周囲のざわめきは消えなかった。
 そのざわめきのなかに『名前』とか『めずらしい』なんて単語が聞こえてきたけれど、なんのことなんだろうか。

 それにしても、雪之丞さんと矢住くんのほうに視線が集まるのはまだわかるんだけど、なんとなく僕にまで視線がきているような気がするのは気のせいだろうか。
 どうしてだろう、というかこんな一介のモブ役者、注目される意味がわからない。

 だって、こんなので不真面目の烙印を押されて、つまはじきにされたら悲しすぎるだろ。
 ただでさえ矢住くんには嫌われてるんだ、これ以上ほかのキャストさんたちからも疎まれ、稽古場で浮いてしまっては、針のむしろになってしまう。
 そんなのはさすがに嫌だし、勘弁願いたい。

 泣きそうな気持ちになるのをこらえ、一度うつむいて下くちびるを噛みしめる。
 大丈夫、僕はまだがんばれる。
 だってこんな中途半端なことしたら、東城に顔向けできないだろ?

 僕は、あの老若男女を問わず大人気な俳優の東城とうじょう湊斗みなとのとなりに、違和感なく並び立てるような役者にならなきゃいけないんだ。
 こんなところで落ち込んだり、立ち止まってるわけにいかないんだ!
 そうやって、自分を奮い立たせる。

 そうしてなんとか持ち直したところで、無理やりに意識を切り替えた。
 奥に歩いていったけど、雪之丞さんの殺陣稽古は、これからなんだろうか?
 敵の親玉役だと言っていたから、さぞ強そうな殺陣になるんだろうなぁ。

 せっかくなら、大衆演劇仕込みの殺陣の迫力を、生で見てみたい。
 だって、めちゃくちゃワクワクするだろ!?
 目の肥えたお客さんに鍛えられた彼のそれは、一切の妥協がないんだろうと信じられるからこそ、近くで見てみたいし、なにより一緒に演じてみたい。

 やっぱりお芝居も好きだけど、僕は殺陣も好きだ。
 戦隊ものにあこがれてヒーローになりたいと願ったのが役者を目指したきっかけだけど、それと同じくらい、おばあちゃん子だった僕は、時代劇も見ていたから。
 本能的にカッコいい、好きだと感じるんだ。

 せっかくならば役者として、僕よりもうまい人とともに殺陣をやり、それを学びたいという欲が湧いてくる。
 とはいえ今の僕に任されたお仕事は、アンダーとなって、ほぼ初舞台となる矢住くんのサポートをすることだった。

 今回は、僕のことよりも相手のことを最優先にしないといけない。
 受けたお仕事には、いつだって全力投球する、それこそが僕の仕事に対する矜持だし、まずは目先のそれから、しっかり片づけていかなくちゃな。

 なにしろ矢住くんの課題は、殺陣だけじゃないし……。
 というか、むしろそっちのほうが、むずかしい問題かもしれなかった。
 なぜなら矢住くんの演技力は、壊滅的だったからだ。

 東城にあこがれてるなんて言ってたけど、そんなところまで似なくていいのになぁ、なんてグチりそうになったのはゆるしてほしい。
 本読み時点ではあまりにもアレすぎで、思わず盗み見た岸本監督の表情には、かつて東城のデビュー時と同じ絶望の色が浮かんでいたのは言うまでもなかった。

 いや、でも考えようによっては矢住くんも経験不足だからこそ、まだ演技に変なクセがついていないと見ることもできるわけだ。
 幸いにして、ふだんのアイドル活動のためにボイストレーニングはしていたから、声の通りはいいし、ちゃんと基礎から学べば、とても舞台映えする役者さんになれる要素もあると思う。

「それじゃ、また最初からひとつずつ動きを追っていきましょうか?」
「───理緒さんのくせに、ムカつく」
 殺陣の稽古にもどろうと声をかければ、矢住くんからは、理不尽なこたえがかえされた。

「だいたい、そんな鈍くさそうな見た目のくせに、実はめっちゃ動けるとか、ズリィ以外のなにものでもないだろーが!」
 うーん、なかなかトゲトゲしいままだな。

「そんなに僕は、鈍くさそうに見えます?」
 そういえば昔、東城の熱烈なファンというかストーカーの女の子に刺されそうになったときも、同じようなこと言われたな、なんて記憶がよみがえってくる。
 それ自体はサラッと避けられたんだけど、彼女にも詐欺だと怒られたっけ。

「だって理緒をやってたころは、あんなに鈍そうだったのに、いきなり2年でここまで動けるようになるとか詐欺じゃん!」
 あー、なんだろうなぁ、そんなに僕の見た目って理緒みたいに、なにもできなさそうなタイプに見えるんだろうか?

「夢を壊すようで申し訳ないんだけど、あのころから、そこそこ動けてましたけど……?」
「ウソだ!どう見たって、鈍くさそうな動きだったじゃん!」
 真実を告げたところで、面と向かって否定される。

 それこそが仕草もふくめて、『演技をしてる』ってことなんだけど、信じてもらえないとかどういうことなんだ!?
 良い意味にとらえれば、それだけ僕の演技は真に迫ってた、ってことなんだろうという意味にも思えるんだろうけどさ。
 こういう形で自分の演技が評価されるのって、なんだかすなおによろこびにくいんだよなぁ。

 あいかわらず猜疑心のかたまりみたいな顔でこちらをにらむ矢住くんに、心のなかでこっそりとため息をつく。
 まぁわからなくはない、あの理緒の演技していたときの姿でしか僕を知らなければ、あのころの東城は演技指導を受けていたこともあって、やたらと僕のことを絶賛していたわけだし、ムカつく存在に見えただろうとは思う。

 まして矢住くんは、東城にあこがれてこの世界に入ったって言っているくらいだし、東城のやっていた役の相棒という立ち位置に対する、嫉妬のようなものもあるだろう。
 あのドラマでの東城は、プロデューサーの颯田川さったがわさんの意向で、とにかくカッコよく描かれていたから、あこがれるのも無理はない。

 だからそういう点では相棒というわりに、いつも足を引っ張っているようにしか見えなかった理緒は、東城ファンから嫌われやすいんだろうと理解はしているんだけどね……。
 でも今の僕の立場を思うと、矢住くんからのそれは、あまりいいことだとは言えない。

 さっき僕が見せた殺陣は、殺陣師の先生が出した基礎的な課題にすぎなくて、まだ役に合わせた個別の手にまでたどり着けてないんだ。
 だからこそ、こんなところでつまづいているわけにいかないんだよなぁ。
 なんとかして、スムーズに練習を続けてもらわないと。

 だから反発をくらって、練習がスムーズにいかなくなってしまうなら、ここまでハッキリと矢住くんに嫌われてるっていうのは、結構痛い。
 どうしたらいいんだろう?
 なんてあたまを抱えていたら、矢住くんが肩をいからせたまま、一際キツい目つきで僕をにらんできた。

「ちょっと顔を洗ってきますっ!」
「あっ、矢住くん……っ!」
 そしてそのまま止める間もなく、スタジオを出ていってしまった。

 どうしよう、相手はスポンサーの意向で入れている大事なキャストだ。
 最悪、監督にも一緒に、あやまってもらわなきゃいけないかもしれない。
 痛みだしそうな胃を、服の上からそっと押さえながら、その背中を見送るしかなかったのだった。

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