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7.モブ役者は、なぜだか絡まれやすい

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「端的に言って、初心者にしてはよく動けている。だけどそれだけだ」
 殺陣師たてしの先生から、厳しい言葉が飛ぶ。
この業界でもベテランの部類に入る、実績ある先生の言葉は、鋭い刃となって襲いかかる。

「ほら、もう一度やってみろ、そんなナマクラじゃ人は斬れねぇぞ!」
「ハイッ!!」
 そんな厳しい指導を受けていたのは、僕の代わりに役を射止めた、例の若手イケメンタレントだった。

 名前は、矢住やずみヒロ。
今、女子中高生を中心に、人気急上昇中のマルチタレントだ。
 業界でも3本の指に入るような大手の芸能事務所に所属していて、ふだんは同じ事務所の同年代のタレントと組んで、ダンスボーカルユニットとしても活躍しているらしい。

 ジャンルでいえば、いわゆる『男性アイドル』になるんだろうか。
 ライブを開けばチケットは完売し、音源にしても、発売と同時にチャート入りはまちがいないんだそうだ。
 そう言われると、たしかにテレビのCMでも見かける顔だった。

 そして前評判どおりに、身のこなしはたしかに軽い。
 スラリと長い手足は、やや細めながらも、しなやかな筋肉がついていて、まるで重力なんかないような動きをしてみせる。
 なにより彼は、己の見せ方を知っていた。

 どう動いたら華やかに見えるのか、周囲の目線を引き寄せられるのかを知っているような動きだ。
 ふだんから人の目線を意識していなければ、できない芸当だと思う。

 それに加えて、イケメンタレントと言われるだけあって、顔の造作も申し分なかった。
 ぱっちりとしたアーモンド型の大きな二重の目が象徴的な、王子様系の顔だ。
 はじめて生で見た彼は、たしかに東城とうじょうと同じように、圧倒的な『華』をもった存在だった。

 それどころか、『東城さんにあこがれて、この世界に入りました!』なんて公言しているらしい。
 まぁ東城のデビューが2年前だから、それにあこがれて芸能人になったってことは、歴の浅さを見たら、ほぼ新人だと考えていいのだろう。

 でもそれなのに、すでにこの仕上がり具合って、すごくないか?!
 ナチュラルに決めのポーズで、客席側に視線を流すとか、こなれすぎてるだろ!
 くやしいけれど、これなら彼のほうが僕よりもはるかに舞台の上で映えると、そう判断されても仕方なかったのだと腑に落ちるしかない。

 それから、ふだんダンスをしているだけあってリズム感もあるし、手数を順につけていく殺陣の覚えも早い。
 流れるようなその動きはなめらかで、センスを感じさせる。
 だけど───残念ながら、それだけだった。

 言葉は厳しいけれど、今の彼の動きは、刀を手にして踊っているだけだ。
 第一に、振りは大きく見えるけれど、手の動きだけで相手を斬っているし、流れすぎている。
 あれじゃ、人は殺せない。

 本来、刀を手にした殺陣というのは、カッコよさを求められるものではあるけれど、その行為自体は人を殺す動きでもあるわけだ。
 日本刀はよく切れる刃物であるとはいえ、力も入れずに切れるようなものではない。
 それに、ただ力を入れたからといっても、刀身がブレてしまえば相手のからだにはじかれる。

 演劇なんだから、そこまでのリアリティーを求める必要はないのかもしれないけれど、やっぱりただのショーとお芝居はちがう。
 そこに真実味が感じられなければ、その前後のお芝居にだって、説得力がなくなってしまうと僕は思っていた。

 そしてそれは、この殺陣師の先生にしても、岸本監督にしても、同じことを思っているんだろう。
 この高い身体能力を生かした殺陣ができたなら、きっとそれは彼のすごい強みになるはずだ。
 そう信じるからこそ、指導も厳しくなっているように見えた。

「矢住くん、この舞台では刀を振りまわすだけの舞踏ショーにするつもりはないから、しっかりと練習を積むように。すまないが、君が見てやってくれるか」
「はい、わかりました」
 殺陣師の先生に言われて、返事をする。

「すまんな、眞也しんやくん!」
「いえ、お気になさらずに。そのための稽古要員なんですから」
 岸本監督にあやまられながら、苦笑をかえす。

 殺陣師の先生にしても岸本監督にしても、いつまでもひとりにかかりきりになるわけにもいかなくて、課題を出してほかのキャストの指導に移ってしまう。
 あとに残されたのは、矢住くんと僕だけだった。

「少し休憩したら、最初の手から確認していきましょうか?」
「……………理緒りおさんに、できるんですか?」
 あきらかに凹んだ様子をみせる矢住くんに声をかければ、ジト目とともにトゲトゲしい声で返された。

「まぁ、これでも一応、経験者なので」
 少なくとも今の君よりかは、うまくできる自信はあるんだけどな……。
 それにしても、この矢住くんには、初対面からやたらと嫌われている。

「ハッ、どうだか。あれだけ東城さんにご迷惑をかけていたじゃないですか」
 うーん、それはひょっとして、東城のデビュー作のドラマのなかの役の話なんじゃないのかな……。
 だって、さっきから呼ばれている名前の『理緒』っていうのは、そのときの役の名前だ。

 深夜枠の連続ドラマだったから、さほど視聴率は高くなかったかと思っていたけれど、そういえば宮古みやこさんも見ていたし、案外芸能人こそ見てたりするものなんだろうか?
 なんていうのは、さておくとして。

「じゃあ、実際に見たほうが早いか……とりあえずさっきまでの矢住さんの殺陣を再現しますね」
 そう言って、練習用の木刀を構える。
 首から下げたタオルで汗を拭き、水を飲む矢住くんの視線がこちらに向くのを確認して、足を踏み出す。

 左右に相手の刃をいなしてから、振り向きざまに腕をまっすぐに伸ばしながら振り抜く。
 そこからなめらかに刀を流して、左右にさばいていく。
 たしかにこれなら、動きは派手に見えるだろう。

「───っていうのが、今やってた矢住さんの殺陣です」
「……別に、派手にできてるし、問題ないと思いますけど!?ていうか、なんで理緒さんが見ただけなのにボクの真似できてんだよ!」
 納刀のポーズまでキッチリと模写してみせれば、相手からは不満の声が上がる。

「じゃあこれから、殺陣師の先生が言うようにしたらどうなるか、変化を見ていてください」
 その不満の声は黙殺し、一呼吸を置いて腰を落とし、低い位置から足を踏み出す。

「っ!!」
 腰を落とすことでスピード感が出て、初撃はまるで居合いのような気迫が出る。
 その空気を切り裂くような一撃に、矢住くんが息を飲む音が聞こえた。

 続いて、刃をすべらせるようにして架空の相手の一撃をいなし、振り向きざまの一撃には、そのひねりのいきおいを十分にのせて、まっすぐに放つ。
 そこで一瞬だけ、ピタリと動きを止める。

 すぐにすばやく左右に受け、刀を振り抜くときも、最後はそのまま流すのではなく、切り返しをするためにも、しっかりと止めるのが肝心だ。
 よく『流れるような刀さばき』なんて表現することもあるけれど、本当に全部流してつなげてしまっては、見る人に印象づけられなくなってしまうから。

 目にも止まらぬ速さというのは、なにも本当にそのスピードを出す必要はない。
 しっかりと動きを止める瞬間を作り、緩急をつけることで、逆にスピード感を出していけばいい。

 なにより動きの華やかさを求めるならば、上半身も腕と足の動きに合わせてななめにすることで、より動きは大きく見えるものになる。
 この場合のポイントは、足の角度と上半身の角度を合わせたり、しっかりと腰を落として猫背にならないようにすることだろうか。
 それだけでも、だいぶ見栄えがちがう。

 さっきまでの矢住くんの動きは、腰を落とさずにいたし、上半身はあまり動かず肩だけが開いてしまっていたから、大きな動きのようでいて、それは腕の長さに頼るだけの単なる振りまわしになってしまっていた。
 なにより振り抜きで腕を伸ばしきってしまっては、次の動作に入りにくくなる。

 ひじに角度をつけたまま構えたほうが、正しく相手に警戒しているようにも見えるし、なによりすぐに動ける利点がある。
 あとは振りかぶるときにも、腕だけじゃなく全身を使って表現すると、力も入っているように見えるし、きちんと人を斬る殺陣になるんだ。

「……っていう感じです」
 納刀のしぐさにしても、その前に血を振り落とし、鞘に納めきる直前に、少しためを入れることで、こちらも殺陣の余韻を残すことができる。
 そうしてひととおりの手を見せたところで、ゆっくりと振りかえる。

「───すっ……ぇ…」
「『す』?」
 こちらを見たまま、口を半開きにして固まる矢住くんに、首をかしげた。
 す、ってなんだろう。

「なんだよ、それ!?ズリィだろっ?!」
「えっ!?ズルいって、いや、あの……??」
 顔を真っ赤にして怒る矢住くんの剣幕に押され、後ずさる。
 なにか、相手の逆鱗に触れるようなことでもしてしまったんだろうか?

「そうだな!今のはズリィ。あんなの見せられちまったら、オレだってワクワクすんだろーが!」
「はいぃっ!?」
 背後からそんな声が聞こえたと思ったと思った瞬間、首に腕がかかり、後ろから抱きつかれた。

「えっと、あの……っ?!」
「んー?いやぁ、いいね、しなやかな筋肉がついてんじゃん!あんた、殺陣の基礎はどこで学んだんだ?ありゃあ、素人のできる殺陣じゃねぇ」
 背後からピッタリと密着されたまま、右腕をとられ、品定めをされる。

「殺陣なら、前にJAAの公開セミナーと、秋風あきかぜ先生の指導で……」
 JAAっていうのは、正式には『ジャパン・アクション・アソシエイツ』という、いわゆるアクションに特化した芸能事務所のようなところだ。

 時代劇の殺陣から、特撮ヒーローのスーツアクター、アクション用のスタントマンまで、幅広くアクション全般に特化した役者が所属し、その養成学校も併設している団体だ。
 それこそ時代劇の侍やら浪人役のモブは、たいていこの事務所所属の役者さんが演じているといっても過言ではないし、特撮ヒーローのはここでしか演じられないほどだ。

 そしてそのJAA出身で、独立した殺陣師としてドラマや舞台の殺陣監修だとか指導だとかで活躍しているのが、秋風先生だった。
 僕は過去のお仕事で、たまたまその先生の指導を仰ぐことができたんだ。

「はーん、両方一流どころじゃねぇか!だからあんたのは、若手俳優にありがちな気持ち悪さがねぇんだな。ありゃあ……ちゃんと人の殺せる殺陣だ」
 耳もとでささやかれる声は、甘くかすれて艶を帯びていた。
 思わず、ゾクリとしたなにかが背中に走る。

「しかしまぁ、本当にいい筋肉ついてんなぁ、ガチガチの筋肉じゃできねぇ役も、あんたならできそうじゃねぇか」
「いや、あの……」
 遠慮のない手が、腕だけではなく顔から首から胸もと、背中に太もも……とベタベタと触ってくる。

「っかぁー!腰は細せぇなぁ!あんた化粧ののりも良さそうだし、いい女形おやまになれそうってか、こりゃとんでもねぇ上玉に化けそうだな!なぁ、あんた大衆演劇には興味ねぇ?」
「た、大衆演劇……?」
 てことは、この背後から抱きついてきている人って……。

「あぁ、悪りぃ悪りぃ、自己紹介が遅れたな。オレは月城つきしろ雪之丞ゆきのじょう、今回の舞台で悪の親玉を演じる予定になってる野郎だ。よろしくな?」
 ようやく解放されてホッとしたところに、右手が差し出される。

 僕の前に出てきたその人は、涼やかな目もとをゆるませ、にっこりと僕に向かって笑いかけてくる。
 こうしていると、人懐っこいふつうの青年に見えるけれど、この人はちがう。

 ひとたび女形となれば、その花魁おいらんは国を傾けさせ、その目線ひとつで次々と客席のオバ様方だけでなく、ありとあらゆる年代の男女を落としていくという。
 地方巡業をふくめて、チケットは即日完売、ほほえみひとつでおひねりの札束が宙を舞うとかなんだとか。

 そんなものすごい逸話をいくつも持つ『大衆演劇界の貴公子プリンス』が目の前にいる。
 僕に話しかけてきているのは、大人気の大衆演劇役者、今回の特別公演の目玉キャストでもある、月城雪之丞その人だった。

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