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4.夢のように甘い朝
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最初に思ったのは、なにか大変なことでも起きたのだろうか?ということだった。
でも着信履歴を見ても、事務所からのものは、あのオーディション結果を告げるためのもの以降なにもない。
むしろ、役者仲間だとか、学校のときの友人たちからのものが多い。
メッセージアプリを開けば、やはりそっちも同じで。
基本的に、仕事やプライベートを問わずに、友人たちからのメッセージばかりだ。
いったい僕が記憶を飛ばしてる間に、なにがあったんだろうか?
恐るおそる開いて見れば、そこには『特別協力って、なにやったんだよ?』と書かれていた。
んっ、特別協力とはなんぞや??
むしろ全然心当たりのない内容に、よりいっそうわけがわからなくなってくる。
『すげーな、宮古怜奈に生で会えたの?』
『ドラマ見てたら最後に名前が出て来るんだもん、マジでおどろいたわ』
『天下の月9に特別協力とか、どんなコネ作ってきたんだよ?!』
だけど次々とメッセージを読んでいくうちに、ようやく僕はなにが起きているのかを理解した。
どうやら僕が事務所からの電話で席をはずしたとき、例のドラマのエンディングのスタッフロールに、『特別協力:羽月眞也』と出たらしい。
なにそれ、いちばん大事なものを見そびれてるじゃん!
知ってたなら、リアルタイムにこの目で見て感激を味わいたかったよ!
なんで僕は、こうタイミングが悪いんだろうかと、思わず嘆きたくなる。
だって、天下の月9ドラマのエンディングに、まさかの個人名での表記があるとは思わないだろ。
いや、たしかに僕も多少はスケジュールを無理して協力してたけど、後藤さんのおかげでちゃんとギャラももらっていたし、そういう意味ではスタッフの一員だったかもしれないけどさ。
なにより、いつもならそういう場合には、事務所の名前である『プロダクションしじま』のほうしか出ないはずなのに、今回は個人名だったのかと思うと、感慨深いものがある。
なんなら担当とかもなにもないような、その他大勢いるスタッフのひとりくらいの位置づけに並べられてるくらいなら、まだわかる。
でも『特別協力』で個人名紹介って、ものすごい名誉で光栄なことだ。
もともと僕は、個人的に東城の本読みに付き合ってやっただけだった。
だけどそのときに、宮古さんならこんな演技をするだろうと想像して僕が演じたもののせいで、東城のなかにヒロインに対する変な幻想を植えつけてしまったらしい。
その結果、東城が撮影現場で『ヒロインがかわいくない』とか、とんでもなく失礼な主旨の発言をしてヒロイン役の宮古さんを怒らせてしまったわけで。
そんな東城のフォローのために、その原因を作った一端の僕が現場に呼び出されたというのが発端だった。
たぶん最初は、怒れる宮古さんのガス抜きのため、サンドバッグにでもなれという意味合いだったのかもしれない。
僕としても、東城の発言には多少責任を感じるところもあったから、やむなしと思っていたけれど、事態は思わぬ方向に進んでいって……。
なんとおどろいたことに、宮古さんは東城のデビュー作のドラマを見ていたせいで、むやみやたらと僕の演技への信頼が篤かった。
そして東城との本読み稽古のときに、どんなヒロインを演じたのかを見たいとせがまれ、衆人環視のなかで再現させられるっていう羞恥プレイを要求されたのは、まだ記憶に新しい。
結局、宮古さんに乞われるままに、何度もヒロインの演技指導をするはめになり、ついでに東城の演技もそれに合わせて向上したとかで、頻繁に撮影現場に呼ばれて参加していたのは事実だ。
だけどそんな仕事、どうカテゴライズしたらいいんだよ?!
なんて思っていたら、そこで出されたのが、件の『特別協力』だ。
よくあるのは『特別出演』なんていって、ノーギャラで一流の俳優さんたちが監督のためにとか、関係者のだれかのために出演することはあるんだけどな。
ひとまず僕自身は見逃したけれど、なんかみんなからのメッセージを見るかぎり、わりとスタッフロールのいちばん最後にデカデカと名前が出ていたようだし、多くの人の目には触れたのかもしれない。
だけどほとんどの視聴者のあたまには、『だれだ、コイツ??』っていう疑問符が浮かんでいたんじゃないだろうか。
だって僕は、世間一般には名前も知られていないような無名の役者にすぎないんだから。
もしかしたら、バラエティーの再現ドラマだとか、連ドラや特番のチョイ役なんかでは目にしていることもあるだろうけど、残念ながら名前も出てないそんな脇役だらけの役者なんて、顔も認識されていないのが現実だろう。
受信したメールやメッセージを見て、そのほとんどが昨夜のドラマのエンディングを見た友人たちからのものだったのを確認して、ため息をつく。
そこに、ちょうど身じたくを済ませた東城がもどってきた。
「お先に失礼しました。羽月さんも新しいタオル一式出しといたから、使ってね」
「なぁ、東城、昨日のドラマのエンディングに僕の名前が出てたって、本当……?」
さっそく東城をつかまえて、そうたずねる。
「あぁ、それ。宮古さんが『絶対に大きく名前を出してくれなきゃイヤだ』ってさんざん駄々こねたヤツね」
「はぁ?!なにそれ!」
おいおい、初耳だぞ。
「元から監督は、不調になりがちだった現場が一転して、スムーズに撮影できるようになったから、感謝の気持ちで羽月さんの名前は出したいって意向だったんだけどさ。それだけじゃ気が済まないって、宮古さんが強硬に主張してね……あ、もちろん俺もそれには賛成したんだけど」
にこにこと笑顔のままに告げられるそれに、僕は口がポカンと開いたままになっていた。
チクショー、そんなすごいありがたいスタッフロールを、僕は見逃してしまってたのか?
あぁ、でも名前を出してもらえるのはうれしいけれど、どうせならいつかは、出演者名として出してもらいたいものだ、なんて夢想する。
「まぁいいか、どうせ録画してるし……」
「えっ?!本当に、俺の出てるドラマ、録画してくれてたんですか!?」
あきらめてため息をつきがてらそうつぶやけば、とたんに東城が目をかがやかせてきた。
「……いつも、お前が出てる作品は録ってるし」
その成長を見るのが楽しかったから、つい録画までしてチェックしていた。
僕と共演してたときには、大根なんてもんじゃないくらい下手だったくせに、どんどんうまくなってくるんだもんな。
目が離せるわけないだろ、バカ。
なんて心のなかでやつあたりをすれば、感極まったのか、いきなり東城に抱きつかれる。
ちょっと待て、抱きしめる腕の力が強すぎる!
「俺、俺も羽月さんのお仕事は全部見てます!毎回やる役の振り幅が広くて、あまりにも素の羽月さんとちがうのに、おどろいてます!」
「お、おぅ……わかったから、腕の力ゆるめてくれるかな?」
どうどうと、荒ぶる東城をなだめる。
なんていうか、こういうときの懐き方を見ると、東城は大型犬っぽいところがあるなぁ、なんて感じる。
それこそ、ブンブンといきおいよく振られるシッポが見えるような気さえするレベルだ。
性格的には人懐っこいから、ゴールデンレトリバーっぽいけれど、たまに仕事をしているときのスイッチの入った東城の集中力はすごくて、その芯の通った一本義な佇まいを見ていると、ドーベルマンとか、狼とかにも思えてくる。
まぁ、なんにしても犬属性であることに変わりはないんだけど。
「………あー、すいませんちょっと……」
「ん?どうした東城?」
多少腕の力をゆるめてくれたものの、いまだに僕に抱きついたままの東城が、もぞもぞと身じろぎをはじめた。
「よく考えたら、今の羽月さんの格好、マジでヤバいんですよね……」
「うん……?」
いきなり、わけのわからないことを言いはじめたぞ、コイツ。
「いや、だって全男のあこがれ、恋人が『彼シャツ』をダブつかせて着てる姿とか、しかもTシャツ1枚で、下は履いてないとか、冷静に考えてみてもヤバいとしか言いようがないかと」
「…………………………」
意外とブレないヤツだな、東城。
「あっ、心なしか羽月さんからの視線が冷たい気がするっ!でもその格好って、こういうこともできるんですからねっ!」
「なにを……って、えぇっ!?あの、東城……?」
背中にまわされていた手が、するりと下に降りてくる。
そのゆっくりと背中をなぞる手の動きにも、背中にゾクゾクとしたなにかが走り、思わず息が詰まった。
だってその先は……!
「んっ!」
そして、そのままその手は僕の尻をなでまわし、ついでのように揉んできた。
いやいやいや、なにしてんだよ、お前はっ!?
「こら、セクハラ禁止っ!!それ以上やったら、後藤さんに言いつけるからな!」
「はーい、スミマセンでした」
しょんぼりしながらもパッと手を離してくれる東城に、詰めていた息をつく。
「ともかく、僕も顔洗ってくるから」
そう言い残して席をはずして、洗面所に来る。
案外きれいにされているそこには、まるでホテルみたいに、タオルと使い捨ての歯磨きセットなんかも置いてあった。
ありがたく借りて身じたくを整えたところで、ふと気になる。
そういえば、この格好してるってことは、どこで脱いだんだろうか、昨日の僕の服。
ベッドのそばかと、もどろうとしたところで、リビングのほうから声をかけられる。
ひょい、と顔を出せば、東城が冷蔵庫から出した水を渡してくれた。
「ん、ありがと」
お礼を言って、キャップを開けて口をつける。
ひんやりとした水がのどの奥に落ちていくのが、心地いい。
「いやぁ、でもその姿は、本当に思った以上の破壊力というか……ゴチソウサマデス」
伸びた鼻の下を隠すように、口もとを手で押さえて赤面しつつ、もごもご話す東城が不審すぎる。
せっかくのイケメンが、台無しだろうが。
「言っとくけど、ふつうは人前でこんな格好なんてしないからな?」
東城だから、特別に気を許しているんだと言外に告げれば、その瞬間、なぜか盛大に地面にくずれ落ちた。
「ええっ!?大丈夫かよ、東城?」
「ありがとうございます、大丈夫です!」
すぐに助け起こそうと手を差し出そうとしたところで、自力で東城が身を起こす。
「羽月さんがあんまりにも可愛いこと言ってくれるんで、ご褒美すぎました!」
おいおい、なんの報告だよ。
ファンが見たら幻滅しないだろうか、なんて不安になるほどに笑みくずれた顔を見せる東城につられて、気がつけば僕も苦笑を浮かべていた。
「あらためて、もう一度羽月さんのこと抱きしめてもいいですか?」
「なんだよ、急にあらたまって」
腕を伸ばして首をかしげてたずねてくる東城に、こちらも思わずクビをかしげる。
「俺、これから当分は映画のロケで、地方まわりばっかりなんです。だからしばらくこっちに帰ってこられないから、今のうちに羽月さんを補充したかったんですよね」
「ふぅん、なるほどね……ハグだけでいいんだ?」
ずいぶんと東城も、ものわかりがよくなったものだと安心した。
……なんていう、他意のない、額面通りの意味だったのに。
どうやら僕の意図することとは別の意味で、相手に伝わってしまったらしい。
とたんに東城の目つきが、獲物を狙う獣のような鋭いものに変わる。
「えっ?!ハグ以外もしていいの!?ありがとう、羽月さん!」
「えっ?いや、そうじゃなくて……んぅっ!」
そこから先は、有無を言わさぬスピーディーな展開で、ふたたび正面切って抱きしめられ、頬に手を添えられながら、キスされた。
くちびるに触れる、やわらかくてあたたかい相手のそれは、かすかにミントが香る。
何度もやさしく食まれているうちに、とっさに身をすくめてしまっていたところから、徐々に余計な強ばりが溶けていった。
「んっ……ふ……っ、あ……」
気がつけば相手の舌が割り入ってきて、こちらのそれにからめられる。
ぬるぬるとした触感はあたたかくて、上あごをくすぐられるようになぞられると、あたまがボーッとしてきてしまいそうだった。
なんだろう、朝からこんなに激しいキスなんて。
そう思う気持ちもたしかにあるのに、それ以上に心が満たされていく。
あぁ、こういうの、しあわせって言うのかな……?
チュッとリップ音を立てて離れていくくちびるに、少し切なさを覚えそうになってしまったのは、さっきの『しばらく帰ってこられない』旨の発言があったからだろうか。
余計な言葉を交わすでもなく、ただTシャツ越しの相手の体温を感じていれば、やがてなごり惜しそうに東城の手は僕の頬をなで、離れていった。
「ありがと、羽月さん。いってらっしゃいのチュー、たしかに受け取ったから!がんばってくるから、羽月さんも舞台がんばって!」
「うん、東城もからだに気をつけて。あとお前の場合、地方だからって羽目はずしすぎるなよ?スキャンダルは禁止だからな!?」
思わず、そんな風に念押しをする。
「えっ、それって嫉妬してくれてるの?!」
「うるさい、ちがうから!」
こうしてふたりですごす甘い朝は終わりを迎え、僕は次の仕事に向かうため、一旦帰宅することになったのだった。
でも着信履歴を見ても、事務所からのものは、あのオーディション結果を告げるためのもの以降なにもない。
むしろ、役者仲間だとか、学校のときの友人たちからのものが多い。
メッセージアプリを開けば、やはりそっちも同じで。
基本的に、仕事やプライベートを問わずに、友人たちからのメッセージばかりだ。
いったい僕が記憶を飛ばしてる間に、なにがあったんだろうか?
恐るおそる開いて見れば、そこには『特別協力って、なにやったんだよ?』と書かれていた。
んっ、特別協力とはなんぞや??
むしろ全然心当たりのない内容に、よりいっそうわけがわからなくなってくる。
『すげーな、宮古怜奈に生で会えたの?』
『ドラマ見てたら最後に名前が出て来るんだもん、マジでおどろいたわ』
『天下の月9に特別協力とか、どんなコネ作ってきたんだよ?!』
だけど次々とメッセージを読んでいくうちに、ようやく僕はなにが起きているのかを理解した。
どうやら僕が事務所からの電話で席をはずしたとき、例のドラマのエンディングのスタッフロールに、『特別協力:羽月眞也』と出たらしい。
なにそれ、いちばん大事なものを見そびれてるじゃん!
知ってたなら、リアルタイムにこの目で見て感激を味わいたかったよ!
なんで僕は、こうタイミングが悪いんだろうかと、思わず嘆きたくなる。
だって、天下の月9ドラマのエンディングに、まさかの個人名での表記があるとは思わないだろ。
いや、たしかに僕も多少はスケジュールを無理して協力してたけど、後藤さんのおかげでちゃんとギャラももらっていたし、そういう意味ではスタッフの一員だったかもしれないけどさ。
なにより、いつもならそういう場合には、事務所の名前である『プロダクションしじま』のほうしか出ないはずなのに、今回は個人名だったのかと思うと、感慨深いものがある。
なんなら担当とかもなにもないような、その他大勢いるスタッフのひとりくらいの位置づけに並べられてるくらいなら、まだわかる。
でも『特別協力』で個人名紹介って、ものすごい名誉で光栄なことだ。
もともと僕は、個人的に東城の本読みに付き合ってやっただけだった。
だけどそのときに、宮古さんならこんな演技をするだろうと想像して僕が演じたもののせいで、東城のなかにヒロインに対する変な幻想を植えつけてしまったらしい。
その結果、東城が撮影現場で『ヒロインがかわいくない』とか、とんでもなく失礼な主旨の発言をしてヒロイン役の宮古さんを怒らせてしまったわけで。
そんな東城のフォローのために、その原因を作った一端の僕が現場に呼び出されたというのが発端だった。
たぶん最初は、怒れる宮古さんのガス抜きのため、サンドバッグにでもなれという意味合いだったのかもしれない。
僕としても、東城の発言には多少責任を感じるところもあったから、やむなしと思っていたけれど、事態は思わぬ方向に進んでいって……。
なんとおどろいたことに、宮古さんは東城のデビュー作のドラマを見ていたせいで、むやみやたらと僕の演技への信頼が篤かった。
そして東城との本読み稽古のときに、どんなヒロインを演じたのかを見たいとせがまれ、衆人環視のなかで再現させられるっていう羞恥プレイを要求されたのは、まだ記憶に新しい。
結局、宮古さんに乞われるままに、何度もヒロインの演技指導をするはめになり、ついでに東城の演技もそれに合わせて向上したとかで、頻繁に撮影現場に呼ばれて参加していたのは事実だ。
だけどそんな仕事、どうカテゴライズしたらいいんだよ?!
なんて思っていたら、そこで出されたのが、件の『特別協力』だ。
よくあるのは『特別出演』なんていって、ノーギャラで一流の俳優さんたちが監督のためにとか、関係者のだれかのために出演することはあるんだけどな。
ひとまず僕自身は見逃したけれど、なんかみんなからのメッセージを見るかぎり、わりとスタッフロールのいちばん最後にデカデカと名前が出ていたようだし、多くの人の目には触れたのかもしれない。
だけどほとんどの視聴者のあたまには、『だれだ、コイツ??』っていう疑問符が浮かんでいたんじゃないだろうか。
だって僕は、世間一般には名前も知られていないような無名の役者にすぎないんだから。
もしかしたら、バラエティーの再現ドラマだとか、連ドラや特番のチョイ役なんかでは目にしていることもあるだろうけど、残念ながら名前も出てないそんな脇役だらけの役者なんて、顔も認識されていないのが現実だろう。
受信したメールやメッセージを見て、そのほとんどが昨夜のドラマのエンディングを見た友人たちからのものだったのを確認して、ため息をつく。
そこに、ちょうど身じたくを済ませた東城がもどってきた。
「お先に失礼しました。羽月さんも新しいタオル一式出しといたから、使ってね」
「なぁ、東城、昨日のドラマのエンディングに僕の名前が出てたって、本当……?」
さっそく東城をつかまえて、そうたずねる。
「あぁ、それ。宮古さんが『絶対に大きく名前を出してくれなきゃイヤだ』ってさんざん駄々こねたヤツね」
「はぁ?!なにそれ!」
おいおい、初耳だぞ。
「元から監督は、不調になりがちだった現場が一転して、スムーズに撮影できるようになったから、感謝の気持ちで羽月さんの名前は出したいって意向だったんだけどさ。それだけじゃ気が済まないって、宮古さんが強硬に主張してね……あ、もちろん俺もそれには賛成したんだけど」
にこにこと笑顔のままに告げられるそれに、僕は口がポカンと開いたままになっていた。
チクショー、そんなすごいありがたいスタッフロールを、僕は見逃してしまってたのか?
あぁ、でも名前を出してもらえるのはうれしいけれど、どうせならいつかは、出演者名として出してもらいたいものだ、なんて夢想する。
「まぁいいか、どうせ録画してるし……」
「えっ?!本当に、俺の出てるドラマ、録画してくれてたんですか!?」
あきらめてため息をつきがてらそうつぶやけば、とたんに東城が目をかがやかせてきた。
「……いつも、お前が出てる作品は録ってるし」
その成長を見るのが楽しかったから、つい録画までしてチェックしていた。
僕と共演してたときには、大根なんてもんじゃないくらい下手だったくせに、どんどんうまくなってくるんだもんな。
目が離せるわけないだろ、バカ。
なんて心のなかでやつあたりをすれば、感極まったのか、いきなり東城に抱きつかれる。
ちょっと待て、抱きしめる腕の力が強すぎる!
「俺、俺も羽月さんのお仕事は全部見てます!毎回やる役の振り幅が広くて、あまりにも素の羽月さんとちがうのに、おどろいてます!」
「お、おぅ……わかったから、腕の力ゆるめてくれるかな?」
どうどうと、荒ぶる東城をなだめる。
なんていうか、こういうときの懐き方を見ると、東城は大型犬っぽいところがあるなぁ、なんて感じる。
それこそ、ブンブンといきおいよく振られるシッポが見えるような気さえするレベルだ。
性格的には人懐っこいから、ゴールデンレトリバーっぽいけれど、たまに仕事をしているときのスイッチの入った東城の集中力はすごくて、その芯の通った一本義な佇まいを見ていると、ドーベルマンとか、狼とかにも思えてくる。
まぁ、なんにしても犬属性であることに変わりはないんだけど。
「………あー、すいませんちょっと……」
「ん?どうした東城?」
多少腕の力をゆるめてくれたものの、いまだに僕に抱きついたままの東城が、もぞもぞと身じろぎをはじめた。
「よく考えたら、今の羽月さんの格好、マジでヤバいんですよね……」
「うん……?」
いきなり、わけのわからないことを言いはじめたぞ、コイツ。
「いや、だって全男のあこがれ、恋人が『彼シャツ』をダブつかせて着てる姿とか、しかもTシャツ1枚で、下は履いてないとか、冷静に考えてみてもヤバいとしか言いようがないかと」
「…………………………」
意外とブレないヤツだな、東城。
「あっ、心なしか羽月さんからの視線が冷たい気がするっ!でもその格好って、こういうこともできるんですからねっ!」
「なにを……って、えぇっ!?あの、東城……?」
背中にまわされていた手が、するりと下に降りてくる。
そのゆっくりと背中をなぞる手の動きにも、背中にゾクゾクとしたなにかが走り、思わず息が詰まった。
だってその先は……!
「んっ!」
そして、そのままその手は僕の尻をなでまわし、ついでのように揉んできた。
いやいやいや、なにしてんだよ、お前はっ!?
「こら、セクハラ禁止っ!!それ以上やったら、後藤さんに言いつけるからな!」
「はーい、スミマセンでした」
しょんぼりしながらもパッと手を離してくれる東城に、詰めていた息をつく。
「ともかく、僕も顔洗ってくるから」
そう言い残して席をはずして、洗面所に来る。
案外きれいにされているそこには、まるでホテルみたいに、タオルと使い捨ての歯磨きセットなんかも置いてあった。
ありがたく借りて身じたくを整えたところで、ふと気になる。
そういえば、この格好してるってことは、どこで脱いだんだろうか、昨日の僕の服。
ベッドのそばかと、もどろうとしたところで、リビングのほうから声をかけられる。
ひょい、と顔を出せば、東城が冷蔵庫から出した水を渡してくれた。
「ん、ありがと」
お礼を言って、キャップを開けて口をつける。
ひんやりとした水がのどの奥に落ちていくのが、心地いい。
「いやぁ、でもその姿は、本当に思った以上の破壊力というか……ゴチソウサマデス」
伸びた鼻の下を隠すように、口もとを手で押さえて赤面しつつ、もごもご話す東城が不審すぎる。
せっかくのイケメンが、台無しだろうが。
「言っとくけど、ふつうは人前でこんな格好なんてしないからな?」
東城だから、特別に気を許しているんだと言外に告げれば、その瞬間、なぜか盛大に地面にくずれ落ちた。
「ええっ!?大丈夫かよ、東城?」
「ありがとうございます、大丈夫です!」
すぐに助け起こそうと手を差し出そうとしたところで、自力で東城が身を起こす。
「羽月さんがあんまりにも可愛いこと言ってくれるんで、ご褒美すぎました!」
おいおい、なんの報告だよ。
ファンが見たら幻滅しないだろうか、なんて不安になるほどに笑みくずれた顔を見せる東城につられて、気がつけば僕も苦笑を浮かべていた。
「あらためて、もう一度羽月さんのこと抱きしめてもいいですか?」
「なんだよ、急にあらたまって」
腕を伸ばして首をかしげてたずねてくる東城に、こちらも思わずクビをかしげる。
「俺、これから当分は映画のロケで、地方まわりばっかりなんです。だからしばらくこっちに帰ってこられないから、今のうちに羽月さんを補充したかったんですよね」
「ふぅん、なるほどね……ハグだけでいいんだ?」
ずいぶんと東城も、ものわかりがよくなったものだと安心した。
……なんていう、他意のない、額面通りの意味だったのに。
どうやら僕の意図することとは別の意味で、相手に伝わってしまったらしい。
とたんに東城の目つきが、獲物を狙う獣のような鋭いものに変わる。
「えっ?!ハグ以外もしていいの!?ありがとう、羽月さん!」
「えっ?いや、そうじゃなくて……んぅっ!」
そこから先は、有無を言わさぬスピーディーな展開で、ふたたび正面切って抱きしめられ、頬に手を添えられながら、キスされた。
くちびるに触れる、やわらかくてあたたかい相手のそれは、かすかにミントが香る。
何度もやさしく食まれているうちに、とっさに身をすくめてしまっていたところから、徐々に余計な強ばりが溶けていった。
「んっ……ふ……っ、あ……」
気がつけば相手の舌が割り入ってきて、こちらのそれにからめられる。
ぬるぬるとした触感はあたたかくて、上あごをくすぐられるようになぞられると、あたまがボーッとしてきてしまいそうだった。
なんだろう、朝からこんなに激しいキスなんて。
そう思う気持ちもたしかにあるのに、それ以上に心が満たされていく。
あぁ、こういうの、しあわせって言うのかな……?
チュッとリップ音を立てて離れていくくちびるに、少し切なさを覚えそうになってしまったのは、さっきの『しばらく帰ってこられない』旨の発言があったからだろうか。
余計な言葉を交わすでもなく、ただTシャツ越しの相手の体温を感じていれば、やがてなごり惜しそうに東城の手は僕の頬をなで、離れていった。
「ありがと、羽月さん。いってらっしゃいのチュー、たしかに受け取ったから!がんばってくるから、羽月さんも舞台がんばって!」
「うん、東城もからだに気をつけて。あとお前の場合、地方だからって羽目はずしすぎるなよ?スキャンダルは禁止だからな!?」
思わず、そんな風に念押しをする。
「えっ、それって嫉妬してくれてるの?!」
「うるさい、ちがうから!」
こうしてふたりですごす甘い朝は終わりを迎え、僕は次の仕事に向かうため、一旦帰宅することになったのだった。
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