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3.イケメン俳優は、お預けをくらわされる
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なんでだろう、まるで温泉に浸かっているみたいに、あたたかい。
ともすれば、やや暑いくらいだ。
それにからだの自由が利かなくて、うまく寝返りも打てなかった。
あれ、なんでだろう?
そう考えたところで、ふいに目が覚めた。
───そっか、いつのまにか僕は寝ちゃってたのか……。
あれ、でもここ……どこだ??
そう思った瞬間、ぼんやりとしていたあたまの回路がつながりはじめ、ようやく動き出す。
ばっちりとさめた目は、至近距離にある国宝級なんて言われることもある、さわやかなイケメンの顔を認識した。
「っ!?」
なんで寝起きの僕の目の前に、東城がいるんだよ!?
あまりの衝撃に、息がつまる。
おどろいたのは、その格好だ。
少なくとも、こちらから見るかぎりでは、上半身の服は着ていない。
そしてなにより問題なのは、安らかな寝息を立てて眠る彼の腕は、しっかりと僕を抱き込んでいることだった。
えっ?!
ていうか、なんでこの状況になってんの!?
いきなりバクバクと早鐘を打ちはじめる心臓に、耳の奥に激しくめぐるその音が聞こえるような気さえする。
ベッドの上で、裸の東城に抱きしめられて眠っていたという事実に、めちゃくちゃ動揺した。
いや、だって……えっ!?
状況的には、まるで一夜をともにした後みたいなアレだ。
困ったことに、いくら自分の記憶を探ってみたところで、昨晩ここで眠る前の記憶がない。
もしかして、酔ったいきおいでヤラかしたとか?!
なんて思っているうちに、ようやくあたまが本格的に冴えてきて、昨夜の記憶がよみがえってくる。
───そうだ、昨日は東城とふたりっきりで、ドラマの最終回を無事に迎えられたことを祝して、打ち上げをしようと東城の自宅で乾杯をしていたんだった。
それでドラマのエンディングが流れるちょっと前に、うちの事務所から僕の携帯に連絡が来たんだっけ。
そこでもらったうれしい知らせは、半年前から受けてた舞台のオーディションに受かって、内定をもらったということだった。
そのオーディションというのは、半年後に上演予定のテレビ局の開局記念でやる時代物の特別舞台だ。
そのなかでも僕が受けていたのは、主人公サイドの脇役で、ムードメーカーのようなキャラクターだった。
今回は殺陣がふんだんにある舞台ということで、そのムードメーカー役は、先陣を切ってたたかうこともあるから、すごく華やかな殺陣ができそうだなぁって思ったんだ。
それに物語の後半には、強敵に負けて、悔しさをにじませながら死んでいく見せ場もある。
それまでずっと明るく、負けても気にするなっていうタイプだったその役が、はじめて本気で悔しがるシーンだ。
これはもう、どう演じようかって考えたら、ワクワクが止まらなくなるってもんだ。
そんなわけで、大きな舞台が決まりそうだってこともおめでたいことだからと、今度はそれを祝して、ふたたび乾杯をしたところまでは、ちゃんと記憶に残っている。
でも、問題はその先だよな。
どうしよう、困ったことにまったく記憶がない。
結局何時まで飲んでたのかとか、なんで僕は自宅に帰らずに東城のうちに泊まってくことになったのかとか、全然経緯がわからなかった。
なによりも、どうして僕は東城のベッドで眠っていたんだろう───それも、裸の彼に抱きしめられているとか、ナニかあったとしか思えないような状況に陥っているなんて、どう解釈したらいいんだよ?!
思わずそう嘆きたくなったとしても、仕方ないだろ。
「んー……」
そうこうしているうちに、身じろぎをした東城が目を覚ます。
どうしよう、どうしたらいいんだろうか!?
「おはよ、羽月さん……朝、目が覚めて最初に目にするのが羽月さんとか、俺すげーしあわせです」
目が合ったとたんに、東城がとろけるような笑顔になって、そんなことを言ってきた。
「なっ、なに言って……っ!」
いきなりこっぱずかしいことを言い出す東城に、カァッと頬が熱くなってくる。
クソ、これだからイケメン俳優は、素でも言動がイケメンすぎて困る。
「だって、羽月さんがここにいるとか、ウソみたいなのに、本当のことなんだなぁって思ったら……うわぁ、しあわせだなぁって」
うわ、キラキラのエフェクトかかるんじゃないだろうかってくらい、元の顔がいいってスゴいな。
「う、うん、わかったから、それくらいにしておこうか東城」
こんな至近距離でほほえみかけられるのは、ちょっと心臓によくない。
それこそ、ふだんなら東城とは身長差があるから、こんな風に同じ高さに顔が並ぶことなんてないわけだし。
「あのさ、どうして……」
どうしてこんなことになってるのかとたずねようとして、ハッと気がつく。
もし本当にヤってたなら、なんも覚えてないっていうのは、あまりにも相手に失礼すぎやしないだろうか?
だけど僕がなにも覚えていないことは、今のひとことだけで伝わってしまったらしい。
東城の笑顔の種類が、ちがうものに変わった。
「ふぅん、羽月さんてば昨日の夜のこと、覚えてないんだ?あんなにかわいかったのに……」
「えっ?」
ちょっと待て、どういうことだ?
本格的に記憶にないぞ。
「えー、ひどいな、熱い一夜だったのに、なんも覚えてないの?」
「っ!」
するり、と東城の腕が動き、僕の耳に触れてくる。
「いや、あの……」
ヤバい、耳なんて別にどうってことない箇所のはずなのに、やけにくすぐったくてゾクゾクする。
思わずからだがビクついてしまって、そんな過剰反応をしてしまう自分がはずかしくて、東城の目を見続けていられなかった。
スッと目線をはずした僕に、かすかに笑う気配がした。
と思った次の瞬間、肩を押されてあおむけになった僕の上に、東城がおおいかぶさってくる。
「それじゃ、そのからだに直接思い出してもらおうかな?」
「ハッ?えっ、ちょっと待っ……」
こちらの顔の両脇に手をつき、ゆっくりと近づいてくる東城の整った顔に、耐えきれなくて、ギュッと目を閉じた。
無理むり、絶対にムリだから~~っ!!
いや、だって今の僕はシラフなんだぞ!?
そんな状態で、しかもまだ朝なのに、再現するとか絶対に耐えられそうにない。
だけど。
目を閉じたまま身を強ばらせていても、いつまでたってもなにもされなかった。
あれ、実はブラフだった、とか……?
恐々と目を開ければ、口もとを手で隠した東城が赤面している姿が飛び込んでくる。
えーと、どういうことだ、これ?
はずかしいのは、こっちだっつーの!
「むり、なにその反応、かわいすぎだろ羽月さん……」
「東城……?」
ブツブツとつぶやき続ける東城が不審すぎると声をかければ、ビクリと肩をふるわせたあとにこちらに目線が来た。
「ウソ、ごめん羽月さん!昨日の晩はなんもなかったから、誓って俺は手を出してないんで!!」
バッと飛び退きながら、両手を合わせてあやまってくる。
どういうことなんだよ、それ。
でもベッドの上で膝をつく東城は、上半身こそ裸ではあったものの、下にはちゃんとハーフパンツを履いていた。
てか、あいかわらずイイからだしてんなー。
体育会系の売り出し方をしているだけに、ある意味で期待を裏切らない鍛え方をしていると言うべきだろうか。
「ん、羽月さん?」
「あ、あぁ……うん、それならよかった……」
思わず見とれてしまっていたせいで、うっかり反応が遅れてしまった。
あわてて身を起こして、ベッドの上に腰かける。
うん、こっちも服は着てるけど、昨日の自分の着ていたヤツじゃない。
むしろ肩が落ちてくるあたり、まちがいなく東城から借りたものだ。
「えっ、ちょっとこれ、なんでだよっ?!」
だけど、下半身はパンイチだった。
そんな自分の格好におどろいて声をあげれば、東城までもがあわてだす。
「あっ、そんな格好になったのは羽月さん自身でやったことで、俺が脱がせたわけでもないし、まして襲ったりはしてないからっ!」
両手をぶんぶん目の前でふって否定する東城の必死さに、もちろん信じるつもりではあったけど、本当にこっちは昨夜の記憶がないんだ。
「てか、昨日の夜の記憶がないんだけど、僕なんかヤラかしてないよな……?」
逆に聞きかえせば、いきおいよく縦に首がふられる。
「もちろん、ちょっと飲みすぎて終電の時間すぎちゃったから、うちに泊まっていってってお願いしたのは俺だし、だから後藤さんとの約束もあるし、最初は俺もリビングのソファーで寝るつもりだったんだけど、羽月さんが『これだけ広ければふたりでも余裕だろう』って……」
たしかに、ダブルサイズのこれなら、全然面積的には問題ないと思う。
「あとは俺の服貸そうと思ったら、サイズがあまりにも合わなくて……」
それはもう、肩が落ちまくっているこのTシャツを見れば一目瞭然だ。
おかげで、なんか『彼シャツを着ている彼女』みたいな格好になってしまっていた。
そのことが同じ男として、プライドにヒビが入ってしまいそうなのは言うまでもない。
でもまぁ、歩くたびにずり下がるハーフパンツとか、たしかに酔っぱらってるときなら、面倒だから履かなくてイイってなりそうだ。
自分の行動だけに、納得できる。
「なんか迷惑かけて、ごめん……」
「いや、全然迷惑なんかじゃないっていうか、むしろ主に理性的な意味でヤバかっただけで……っ!」
見苦しい姿をさらしてしまったことをあやまれば、わけのわからないことをかえされた。
「でも羽月さんに『信頼してるから』なんてほほえみかけられたら、死ぬ気で我慢しようってなるしかないじゃないですかーーっ!!」
「ますます、ごめんっ……」
申し訳なさに、あたまを下げるしかない。
好きな相手に服を脱がれて同じベッドに誘われておきながら、『信頼してる』なんて、なんていう生殺しだろうか。
申し訳なさすぎて、顔があげられなかった。
僕だってちゃんとした大人なんだから、そこらへんはしっかりと考えなくちゃ、相手に失礼だろ。
「あ、でも昨夜はいつもよりも饒舌な羽月さんが見られたんで、結果的にはオーライです!」
「へっ?饒舌って……」
なんだろう、よぎる予感は不安しかない。
なにを話したんだ、夕べの僕は。
「あ、そのオーディションで内定もらった役がどんなのかとか、どう演じようか考えるだけで楽しいとか、そこらへんのキャラクター解釈とかも話してくれて……そこまで踏み込んだ羽月さん自身の演劇論を話してくれたの、はじめてだったんでうれしくて」
今度は、僕のほうが赤面する番だった。
なんだよ、それ!?
酔っぱらって演劇論を語るとか、いちばんはずかしいヤツだ。
特に後輩相手に語る先輩なんて、立場的に無視できないんだからご迷惑のかけっぷりを考えたら、最低だろ!
うわー、うわーっ、どうしよう!?
両手で顔をおおったところで、はずかしさは微塵も消えないんだけど。
っていうか、そう言われたら、おぼろげながらも記憶がもどってきたし。
チラリと指の間から見上げた東城は、僕につられたのか、同じく頬を赤く染めていた。
気まずい、めちゃくちゃに気まずすぎる。
どうしよう、いい大人がベッドの上で赤面し合うとか、なんか情けなくなってくるな。
「……とりあえず羽月さん、俺、先に顔洗ってきます」
そう言い残して、東城がベッドルームを出ていった。
ようやくひとりになって息をつけば、少しは落ちついてきたような気がする。
「はぁ、もう中高生じゃないんだから……」
あまりの情けなさに、ポツリとこぼす。
なんていうか、東城のことが好きだって自覚してから歴が浅いだけに、気持ちは初恋並みに日々が新鮮だった。
それに、しみじみとあの『東城湊斗』が僕のことを好きだっていう事実が、こうして目の前で見せられるたびに染みてくる。
にわかには信じがたい気もするのに、めちゃくちゃ大事にされてる感を実感させられると、信じないわけにもいかなくて。
ヤバい、どんどん相手に惚れていく。
だからこそ僕も役者として売れて、堂々と東城と共演ができるような、東城のファンにも認められるようなお芝居がしたいと祈る。
そんな日がいつか来ることを願い、今はただ目の前のお仕事を全力でがんばろう、なんて思う。
と、そんな決意を固めたところで、何時なんだろうかと、ふと気になって辺りを見まわせば、ヘッドボードの上に置かれた自分のスマホに目が行った。
通知ランプが点滅しているのに気づいて、あわてて手に取る。
なんだろ、メールでも来てるのかな?なんて思って画面を見た僕は、思わず息を飲んだ。
そこに表示されていたのは、おびただしい数のメッセージアプリやらメールの受信通知だった。
ともすれば、やや暑いくらいだ。
それにからだの自由が利かなくて、うまく寝返りも打てなかった。
あれ、なんでだろう?
そう考えたところで、ふいに目が覚めた。
───そっか、いつのまにか僕は寝ちゃってたのか……。
あれ、でもここ……どこだ??
そう思った瞬間、ぼんやりとしていたあたまの回路がつながりはじめ、ようやく動き出す。
ばっちりとさめた目は、至近距離にある国宝級なんて言われることもある、さわやかなイケメンの顔を認識した。
「っ!?」
なんで寝起きの僕の目の前に、東城がいるんだよ!?
あまりの衝撃に、息がつまる。
おどろいたのは、その格好だ。
少なくとも、こちらから見るかぎりでは、上半身の服は着ていない。
そしてなにより問題なのは、安らかな寝息を立てて眠る彼の腕は、しっかりと僕を抱き込んでいることだった。
えっ?!
ていうか、なんでこの状況になってんの!?
いきなりバクバクと早鐘を打ちはじめる心臓に、耳の奥に激しくめぐるその音が聞こえるような気さえする。
ベッドの上で、裸の東城に抱きしめられて眠っていたという事実に、めちゃくちゃ動揺した。
いや、だって……えっ!?
状況的には、まるで一夜をともにした後みたいなアレだ。
困ったことに、いくら自分の記憶を探ってみたところで、昨晩ここで眠る前の記憶がない。
もしかして、酔ったいきおいでヤラかしたとか?!
なんて思っているうちに、ようやくあたまが本格的に冴えてきて、昨夜の記憶がよみがえってくる。
───そうだ、昨日は東城とふたりっきりで、ドラマの最終回を無事に迎えられたことを祝して、打ち上げをしようと東城の自宅で乾杯をしていたんだった。
それでドラマのエンディングが流れるちょっと前に、うちの事務所から僕の携帯に連絡が来たんだっけ。
そこでもらったうれしい知らせは、半年前から受けてた舞台のオーディションに受かって、内定をもらったということだった。
そのオーディションというのは、半年後に上演予定のテレビ局の開局記念でやる時代物の特別舞台だ。
そのなかでも僕が受けていたのは、主人公サイドの脇役で、ムードメーカーのようなキャラクターだった。
今回は殺陣がふんだんにある舞台ということで、そのムードメーカー役は、先陣を切ってたたかうこともあるから、すごく華やかな殺陣ができそうだなぁって思ったんだ。
それに物語の後半には、強敵に負けて、悔しさをにじませながら死んでいく見せ場もある。
それまでずっと明るく、負けても気にするなっていうタイプだったその役が、はじめて本気で悔しがるシーンだ。
これはもう、どう演じようかって考えたら、ワクワクが止まらなくなるってもんだ。
そんなわけで、大きな舞台が決まりそうだってこともおめでたいことだからと、今度はそれを祝して、ふたたび乾杯をしたところまでは、ちゃんと記憶に残っている。
でも、問題はその先だよな。
どうしよう、困ったことにまったく記憶がない。
結局何時まで飲んでたのかとか、なんで僕は自宅に帰らずに東城のうちに泊まってくことになったのかとか、全然経緯がわからなかった。
なによりも、どうして僕は東城のベッドで眠っていたんだろう───それも、裸の彼に抱きしめられているとか、ナニかあったとしか思えないような状況に陥っているなんて、どう解釈したらいいんだよ?!
思わずそう嘆きたくなったとしても、仕方ないだろ。
「んー……」
そうこうしているうちに、身じろぎをした東城が目を覚ます。
どうしよう、どうしたらいいんだろうか!?
「おはよ、羽月さん……朝、目が覚めて最初に目にするのが羽月さんとか、俺すげーしあわせです」
目が合ったとたんに、東城がとろけるような笑顔になって、そんなことを言ってきた。
「なっ、なに言って……っ!」
いきなりこっぱずかしいことを言い出す東城に、カァッと頬が熱くなってくる。
クソ、これだからイケメン俳優は、素でも言動がイケメンすぎて困る。
「だって、羽月さんがここにいるとか、ウソみたいなのに、本当のことなんだなぁって思ったら……うわぁ、しあわせだなぁって」
うわ、キラキラのエフェクトかかるんじゃないだろうかってくらい、元の顔がいいってスゴいな。
「う、うん、わかったから、それくらいにしておこうか東城」
こんな至近距離でほほえみかけられるのは、ちょっと心臓によくない。
それこそ、ふだんなら東城とは身長差があるから、こんな風に同じ高さに顔が並ぶことなんてないわけだし。
「あのさ、どうして……」
どうしてこんなことになってるのかとたずねようとして、ハッと気がつく。
もし本当にヤってたなら、なんも覚えてないっていうのは、あまりにも相手に失礼すぎやしないだろうか?
だけど僕がなにも覚えていないことは、今のひとことだけで伝わってしまったらしい。
東城の笑顔の種類が、ちがうものに変わった。
「ふぅん、羽月さんてば昨日の夜のこと、覚えてないんだ?あんなにかわいかったのに……」
「えっ?」
ちょっと待て、どういうことだ?
本格的に記憶にないぞ。
「えー、ひどいな、熱い一夜だったのに、なんも覚えてないの?」
「っ!」
するり、と東城の腕が動き、僕の耳に触れてくる。
「いや、あの……」
ヤバい、耳なんて別にどうってことない箇所のはずなのに、やけにくすぐったくてゾクゾクする。
思わずからだがビクついてしまって、そんな過剰反応をしてしまう自分がはずかしくて、東城の目を見続けていられなかった。
スッと目線をはずした僕に、かすかに笑う気配がした。
と思った次の瞬間、肩を押されてあおむけになった僕の上に、東城がおおいかぶさってくる。
「それじゃ、そのからだに直接思い出してもらおうかな?」
「ハッ?えっ、ちょっと待っ……」
こちらの顔の両脇に手をつき、ゆっくりと近づいてくる東城の整った顔に、耐えきれなくて、ギュッと目を閉じた。
無理むり、絶対にムリだから~~っ!!
いや、だって今の僕はシラフなんだぞ!?
そんな状態で、しかもまだ朝なのに、再現するとか絶対に耐えられそうにない。
だけど。
目を閉じたまま身を強ばらせていても、いつまでたってもなにもされなかった。
あれ、実はブラフだった、とか……?
恐々と目を開ければ、口もとを手で隠した東城が赤面している姿が飛び込んでくる。
えーと、どういうことだ、これ?
はずかしいのは、こっちだっつーの!
「むり、なにその反応、かわいすぎだろ羽月さん……」
「東城……?」
ブツブツとつぶやき続ける東城が不審すぎると声をかければ、ビクリと肩をふるわせたあとにこちらに目線が来た。
「ウソ、ごめん羽月さん!昨日の晩はなんもなかったから、誓って俺は手を出してないんで!!」
バッと飛び退きながら、両手を合わせてあやまってくる。
どういうことなんだよ、それ。
でもベッドの上で膝をつく東城は、上半身こそ裸ではあったものの、下にはちゃんとハーフパンツを履いていた。
てか、あいかわらずイイからだしてんなー。
体育会系の売り出し方をしているだけに、ある意味で期待を裏切らない鍛え方をしていると言うべきだろうか。
「ん、羽月さん?」
「あ、あぁ……うん、それならよかった……」
思わず見とれてしまっていたせいで、うっかり反応が遅れてしまった。
あわてて身を起こして、ベッドの上に腰かける。
うん、こっちも服は着てるけど、昨日の自分の着ていたヤツじゃない。
むしろ肩が落ちてくるあたり、まちがいなく東城から借りたものだ。
「えっ、ちょっとこれ、なんでだよっ?!」
だけど、下半身はパンイチだった。
そんな自分の格好におどろいて声をあげれば、東城までもがあわてだす。
「あっ、そんな格好になったのは羽月さん自身でやったことで、俺が脱がせたわけでもないし、まして襲ったりはしてないからっ!」
両手をぶんぶん目の前でふって否定する東城の必死さに、もちろん信じるつもりではあったけど、本当にこっちは昨夜の記憶がないんだ。
「てか、昨日の夜の記憶がないんだけど、僕なんかヤラかしてないよな……?」
逆に聞きかえせば、いきおいよく縦に首がふられる。
「もちろん、ちょっと飲みすぎて終電の時間すぎちゃったから、うちに泊まっていってってお願いしたのは俺だし、だから後藤さんとの約束もあるし、最初は俺もリビングのソファーで寝るつもりだったんだけど、羽月さんが『これだけ広ければふたりでも余裕だろう』って……」
たしかに、ダブルサイズのこれなら、全然面積的には問題ないと思う。
「あとは俺の服貸そうと思ったら、サイズがあまりにも合わなくて……」
それはもう、肩が落ちまくっているこのTシャツを見れば一目瞭然だ。
おかげで、なんか『彼シャツを着ている彼女』みたいな格好になってしまっていた。
そのことが同じ男として、プライドにヒビが入ってしまいそうなのは言うまでもない。
でもまぁ、歩くたびにずり下がるハーフパンツとか、たしかに酔っぱらってるときなら、面倒だから履かなくてイイってなりそうだ。
自分の行動だけに、納得できる。
「なんか迷惑かけて、ごめん……」
「いや、全然迷惑なんかじゃないっていうか、むしろ主に理性的な意味でヤバかっただけで……っ!」
見苦しい姿をさらしてしまったことをあやまれば、わけのわからないことをかえされた。
「でも羽月さんに『信頼してるから』なんてほほえみかけられたら、死ぬ気で我慢しようってなるしかないじゃないですかーーっ!!」
「ますます、ごめんっ……」
申し訳なさに、あたまを下げるしかない。
好きな相手に服を脱がれて同じベッドに誘われておきながら、『信頼してる』なんて、なんていう生殺しだろうか。
申し訳なさすぎて、顔があげられなかった。
僕だってちゃんとした大人なんだから、そこらへんはしっかりと考えなくちゃ、相手に失礼だろ。
「あ、でも昨夜はいつもよりも饒舌な羽月さんが見られたんで、結果的にはオーライです!」
「へっ?饒舌って……」
なんだろう、よぎる予感は不安しかない。
なにを話したんだ、夕べの僕は。
「あ、そのオーディションで内定もらった役がどんなのかとか、どう演じようか考えるだけで楽しいとか、そこらへんのキャラクター解釈とかも話してくれて……そこまで踏み込んだ羽月さん自身の演劇論を話してくれたの、はじめてだったんでうれしくて」
今度は、僕のほうが赤面する番だった。
なんだよ、それ!?
酔っぱらって演劇論を語るとか、いちばんはずかしいヤツだ。
特に後輩相手に語る先輩なんて、立場的に無視できないんだからご迷惑のかけっぷりを考えたら、最低だろ!
うわー、うわーっ、どうしよう!?
両手で顔をおおったところで、はずかしさは微塵も消えないんだけど。
っていうか、そう言われたら、おぼろげながらも記憶がもどってきたし。
チラリと指の間から見上げた東城は、僕につられたのか、同じく頬を赤く染めていた。
気まずい、めちゃくちゃに気まずすぎる。
どうしよう、いい大人がベッドの上で赤面し合うとか、なんか情けなくなってくるな。
「……とりあえず羽月さん、俺、先に顔洗ってきます」
そう言い残して、東城がベッドルームを出ていった。
ようやくひとりになって息をつけば、少しは落ちついてきたような気がする。
「はぁ、もう中高生じゃないんだから……」
あまりの情けなさに、ポツリとこぼす。
なんていうか、東城のことが好きだって自覚してから歴が浅いだけに、気持ちは初恋並みに日々が新鮮だった。
それに、しみじみとあの『東城湊斗』が僕のことを好きだっていう事実が、こうして目の前で見せられるたびに染みてくる。
にわかには信じがたい気もするのに、めちゃくちゃ大事にされてる感を実感させられると、信じないわけにもいかなくて。
ヤバい、どんどん相手に惚れていく。
だからこそ僕も役者として売れて、堂々と東城と共演ができるような、東城のファンにも認められるようなお芝居がしたいと祈る。
そんな日がいつか来ることを願い、今はただ目の前のお仕事を全力でがんばろう、なんて思う。
と、そんな決意を固めたところで、何時なんだろうかと、ふと気になって辺りを見まわせば、ヘッドボードの上に置かれた自分のスマホに目が行った。
通知ランプが点滅しているのに気づいて、あわてて手に取る。
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