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2.イケメン俳優は『待て』をおぼえた
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さすがに東城の知名度を考えると、外食ではゆっくりできそうにないからと、彼の自宅で打ち上げをやらないかと後藤さん経由で聞かれたのが最初だった。
だから僕も、てっきり3人でやるものだとばかり思い込んでいた。
けれど実際には、この場には後藤さんという抑止力を失った東城と、僕だけが残るのだと知ったわけで。
それに加えて、お酒の力が加わるとしたら、ナニかが起きないともかぎらないんじゃ……なんて不安にもなるってものだ。
え、いや、一応東城も僕もいい大人なんだし、なによりおたがいに相手のことは好きなんだから、ナニが起きようと問題はないのかもしれないけれど。
それにしたって、こっちにも心の準備というものがある。
あらためて己の見通しの甘さだとか、のこのこと相手の自宅までやって来た、そのまぬけさ加減だとかに落ち込みそうになる。
前にも東城には、ドラマのプロデューサーが僕のことを持ち帰ろうと狙っていたのに気づいてなかったと、危機感の足りなさを指摘されたことがあるっていうのに……。
「言っておきますけれど、くれぐれも『羽月さんには手出し厳禁』の約束は守るように、お願いしますね!?」
落ち込んでいたら、なんか不穏な約束の話が出てきた。
ちょっと待て、聞き捨てならない話なんですけども?!
「大丈夫だから!!いくらなんでも、後藤さんから俺への信頼なさすぎない!?」
東城が半泣きでかえすのに、しかし僕は口を挟めずにいた。
こういう場合、逆にどう言えばいいんだよ!?
考えるほどに、あまり僕から意識しすぎるのも自意識過剰にも思われそうだし、そもそも好きだといっても、そういう性欲込みでの好きかどうかはわからないもんな?!
……まぁ、キスは何度もされているけれど。
「前にも言ったと思いますけど、羽月さんがからんだときにかぎっては、東城は立派な犯罪者予備軍になり得ると、覚悟をしておりますから」
「なんだよ、それ!!酷くねぇ?!」
だけどそんな僕の緊張も、いつもどおりのふたりの愉快なやり取りに、どうでもいいことみたいに思えてくる。
うーん、あいかわらずここのふたりは、タレントとマネージャーという関係性なのに、見ていて面白い。
そりゃ、この場合は僕のことにもからむ話ではあるから、面白いとか、他人ごとみたいに言ってる場合ではないんだろうけどさ。
でもたった2年とは思えないほどに、後藤さんと東城のあいだには信頼関係が築かれているのだろうということだけはわかった。
「羽月さんも、身の危険を感じましたら、即座に私にご連絡ください。なんなら今回にかぎっては、110番でもいいくらいです。そういう約束のもとに、あなたをお呼びしてますから」
後藤さんの目が据わっていて、それが本気で言っていることなんだろうということはわかるけど……。
「えっと、さすがにそれはちょっと……」
いくらなんでも、警察沙汰にはしたくない。
というか、東城ならいくらでもそういう相手は選び放題だろうし、目も肥えているだろうから、僕なんかに手を出す必要なくないか?
結局、最後にもう一度念押しをして、後藤さんは奥さんが夕飯を作って待っているというご家庭へと帰っていった。
あとに残されたのは、僕と東城のふたりっきりだ。
なんというか、ちょっとだけ気まずい。
「気を取りなおして、とりあえず乾杯しよう羽月さん!」
ワインのボトルを持ち上げて栓を抜き、注いでくる東城にうながされ、フルートグラスを手にする。
シュワシュワと泡が立ち上る金色の液体は、室内の明かりを受けてキラキラとかがやいて見えた。
「「それじゃ、ドラマ撮影終了、お疲れさまでした!乾杯!」」
グラスを合わせて口にすれば、とたんに口のなかで炭酸がはじけて、芳醇なぶどうの香りが広がっていく。
鼻に抜ける香りもフルーティーで、甘すぎなくておいしい。
「羽月さん、後藤さんの料理もうまいから、ちょっと食べてみて!」
ニコニコと笑顔になったままの東城にうながされて手を伸ばせば、たしかに見た目にたがわぬおいしさだった。
前菜には白身魚とピンクグレープフルーツのカルパッチョに、真っ赤なトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ。
サラダは細かく刻まれ、グラスのなかで何層にも重ねられていて、まるでパフェのようにも見える。
メインディッシュには、香草で風味づけされたローストチキンが、ほどよいサイズに切り分けられ、香ばしい匂いをただよわせていた。
付け合わせには、こんがりと焼かれたローストポテト。
さらに軽くトーストしたバゲットが添えられ、なんならブルスケッタにもできるよう、刻んでマリネしたトマトが別添えになっていた。
ワインのおつまみ用にと、木のボードの上にはスライスされたチーズと生ハムまで用意されている。
なんていうホスピタリティーだろうか。
すごいよ、後藤さん!
前から、ただのマネージャーじゃないとは思っていたけれど、料理の腕前もプロ級とか、マジで意味がわからない。
「本当に?よかった、口に合ったなら。あとで後藤さんに、羽月さんも誉めてくれたって、伝えとくね」
そう素直に感想を述べれば、東城はまるで自分が誉められたかのようにうれしそうに笑う。
そうして食事のおいしさにつられるように会話もはずみ、スパークリングワインの次は、軽めの赤ワインとボトルが空いていく。
ほろ酔いになったころには、ちょうど件のドラマの放映時間が近づいてきていた。
さっと食べ終わった食器を片付け、食べきれない分はラップをして冷蔵庫に入れると、あらためて酔いざましの水を手にして、テレビの前へと移動する。
ふたりしてソファーに並んで腰かけたところで、それははじまった。
東城と、恋愛ドラマの女王こと、宮古怜奈さんのW主演の連ドラの最終回だ。
話の主軸となるのは、おたがいを愛しているがゆえに、別れを選ばなきゃならなかったふたりの、切ないラブストーリーだ。
オープニングがすぎ、気がつけば酔いがさめるほどに、真剣に見入ってしまっていた。
クソ、あいかわらずふたりともいい芝居するなぁ!
本音を言えば、僕も演技指導なんかじゃなくて、いっしょに演じたかった。
そして、いよいよ物語のクライマックスとなる、主役のふたりが別れを告げるシーンに差しかかる。
おたがいに見つめ合い、東城演じる主役の彼が『愛している』と言ったところで、宮古さん演じるヒロインがそれにこたえようとして、しかしそれを我慢して無言で見つめ返してくるという、そのシーン。
だれにとっても固唾を飲んで見守り、涙するシーンだというのに、僕はそこで集中力が切れてしまった。
いや、多くの視聴者と同じように、息を詰めていたのは同じだけど。
このシーンと言えば、ドラマの初回の冒頭でも流されたものだ。
そう、この撮影がはじまる前に、本読みの稽古につきあってほしいと東城に言われ、応じたときも、このシーンだった。
そして、宮古さんの演技指導をあおがれたのもまた同じだ。
だからそう、言うなればこの一番大事なシーンのヒロインの演技は、僕が演じたものと同じと言えなくもないわけで。
そのせいで、よけいにオーバーラップしてしまったんだろう。
ドクン……
ふいによみがえる、その直後に東城からされた熱烈な抱擁とキス、そして歯列を割って差し入れられた舌の感触。
意識をしないようにすればするほど、はずかしさが湧きあがってくる。
それどころか、演技指導をしたときに宮古さんからも同じように抱きしめられ、熱烈なキスをされたことまでもが、同じようによみがえってきて。
どうしよう、頬が熱くてたまらない。
せっかくの盛り上がりのシーンで、ふたりともいいお芝居をしているってのに、申し訳なくて、いたたまれなくなってくる。
どうしよう僕ばっかりが意識してるみたいで、うぅ……はずかしい。
そっと両手で頬を隠せば、その動きに気づいたのか、東城がこちらを見てきた。
頼むから、こっち見んなって。
手だけじゃ、うまく隠しきれないってのに。
「羽月さん……?」
「な、なんでもないから、ちょっと酔っぱらっただけだし、気にすんなよ……」
ごまかそうとしたところで、しかしそれは無理な話だった。
「ねぇ、ひょっとして──思い出しちゃったりした、俺とのキス……?」
「っ、そんな、ことは……っ!」
至近距離からたずねられ、言葉につまる。
そんなのはもう、そうだと白状しているようなものだ。
「なんなら、もう1回、ここでする?」
たずねてくる東城は、あぁ、クソ、あいかわらずムカつくくらいに顔がいい。
なんていう、圧倒的顔面偏差値の高さだ。
ここだけ画素数高すぎだろ。
そんなに、切なそうに目を細めるんじゃない!
わけもわからず八つ当たりをしそうになって、顔を背けた。
そんな僕に気を悪くするでもなく、東城がくすりと笑う気配がする。
「……なんてね、大丈夫。俺も羽月さんが望まないことは、しないつもりだから」
代わりに頬に軽い口づけをして、スッとはなれていく東城に、僕はどうかえしていいかわからなくてとまどっていた。
たぶん僕は、東城からのお願いに弱い。
これまでの自分をかんがみれば、残念ながら否定しようがないことを自覚していた。
だから今回だって、きっと押しに押されていれば、断りきれなかった可能性も否定できない。
だけど、東城はそんな僕の弱みにつけこむことはせず、あっという間に引いていったわけだ。
がっついていたころとはちがって、成長したと言うべきなんだろうか?
なんというか、これはむしろ───。
「『待て』をおぼえた感じ?」
そう、東城が率先して自らの理性でコントロールしているというよりは、後藤さんからの躾が行き届いているだけのようにも見える。
だから、手綱をにぎっているのは、トレーナーの後藤さんだ。
「なにそれ、俺は犬かよっ!?」
「う、ごめん……」
「まぁ、俺は羽月さん専属の番犬のつもりだから、あながちまちがってないけどさ。なんなら『お手』もしてみせるよ?」
「だからごめんって!」
そんな会話に、自然と頬がゆるんでいく。
空気が心地よくて、あぁ、楽しいなぁ……なんて思う。
と、そのときのことだ。
ピリリリリ………
ソファーに置いていた僕の電話が、着信を告げた。
画面に出ているのは、僕が所属しているプロダクションの名前だった。
こんな夜分に、なんの連絡だろうか?
緊急の呼び出しをされる心当たりもないし、仕事を忘れているなんてこともないはずだ。
後藤さん直々にうちの事務所と日程調整してくれたから、どこにいるかもわかってるだろうし……。
「はい、羽月です……」
一応ドラマはエンディング間際に差しかかっていたとはいえ、まだ完全に終わっていないのだから、さすがにこの場で通話をするのは失礼だと、東城に目顔であやまり席をはずす。
「えっ?!あ、はい、ハイ……わかりました。ありがとうございます!」
なるべく東城の迷惑にならないように、声をひそめて対応する。
というか、そうでもしなければ、叫びだしてしまっていたかもしれなかった。
通話を切ったあとに、思わず口もとを手のひらで押さえる。
どうしよう、にわかには信じられない。
心臓がめちゃくちゃドキドキしてきてるし、ヤバい、さっきから顔がニヤニヤするのが、止められないんだけど?!
「羽月さん?どうしたの、何かあった?」
通話を終えたにも関わらず、もどりが遅かった僕を心配したのか、東城がリビングから顔を出してくる。
気がつけば東城のもとへと走り寄り、その胸に飛び込むように抱きついていた。
「今、うちの事務所から電話があって……半年前から受けてたオーディション、ほぼ内定したって……!」
「えぇっ!おめでとう、羽月さん!!」
ギュッと抱きしめかえされ、全開の笑顔で祝福される。
どうしよう、めちゃくちゃうれしくて、口もとがほころぶのが止められない。
まるで自分の実力が認めてもらえたかのような気がして、今日くらいは少しうぬぼれてもいいだろうか?
東城の隣に立つのにふさわしい存在に、一歩近づけたんじゃないかって。
だからこのときは浮かれてしまっていたせいで、つい失念していたんだ──芸能界という世界は、正しくは実力主義ではないということを。
そして、オーディションの結果、内定が出たあとだろうと油断はできないのだということを、覚悟しておくべきだったんだ───。
だから僕も、てっきり3人でやるものだとばかり思い込んでいた。
けれど実際には、この場には後藤さんという抑止力を失った東城と、僕だけが残るのだと知ったわけで。
それに加えて、お酒の力が加わるとしたら、ナニかが起きないともかぎらないんじゃ……なんて不安にもなるってものだ。
え、いや、一応東城も僕もいい大人なんだし、なによりおたがいに相手のことは好きなんだから、ナニが起きようと問題はないのかもしれないけれど。
それにしたって、こっちにも心の準備というものがある。
あらためて己の見通しの甘さだとか、のこのこと相手の自宅までやって来た、そのまぬけさ加減だとかに落ち込みそうになる。
前にも東城には、ドラマのプロデューサーが僕のことを持ち帰ろうと狙っていたのに気づいてなかったと、危機感の足りなさを指摘されたことがあるっていうのに……。
「言っておきますけれど、くれぐれも『羽月さんには手出し厳禁』の約束は守るように、お願いしますね!?」
落ち込んでいたら、なんか不穏な約束の話が出てきた。
ちょっと待て、聞き捨てならない話なんですけども?!
「大丈夫だから!!いくらなんでも、後藤さんから俺への信頼なさすぎない!?」
東城が半泣きでかえすのに、しかし僕は口を挟めずにいた。
こういう場合、逆にどう言えばいいんだよ!?
考えるほどに、あまり僕から意識しすぎるのも自意識過剰にも思われそうだし、そもそも好きだといっても、そういう性欲込みでの好きかどうかはわからないもんな?!
……まぁ、キスは何度もされているけれど。
「前にも言ったと思いますけど、羽月さんがからんだときにかぎっては、東城は立派な犯罪者予備軍になり得ると、覚悟をしておりますから」
「なんだよ、それ!!酷くねぇ?!」
だけどそんな僕の緊張も、いつもどおりのふたりの愉快なやり取りに、どうでもいいことみたいに思えてくる。
うーん、あいかわらずここのふたりは、タレントとマネージャーという関係性なのに、見ていて面白い。
そりゃ、この場合は僕のことにもからむ話ではあるから、面白いとか、他人ごとみたいに言ってる場合ではないんだろうけどさ。
でもたった2年とは思えないほどに、後藤さんと東城のあいだには信頼関係が築かれているのだろうということだけはわかった。
「羽月さんも、身の危険を感じましたら、即座に私にご連絡ください。なんなら今回にかぎっては、110番でもいいくらいです。そういう約束のもとに、あなたをお呼びしてますから」
後藤さんの目が据わっていて、それが本気で言っていることなんだろうということはわかるけど……。
「えっと、さすがにそれはちょっと……」
いくらなんでも、警察沙汰にはしたくない。
というか、東城ならいくらでもそういう相手は選び放題だろうし、目も肥えているだろうから、僕なんかに手を出す必要なくないか?
結局、最後にもう一度念押しをして、後藤さんは奥さんが夕飯を作って待っているというご家庭へと帰っていった。
あとに残されたのは、僕と東城のふたりっきりだ。
なんというか、ちょっとだけ気まずい。
「気を取りなおして、とりあえず乾杯しよう羽月さん!」
ワインのボトルを持ち上げて栓を抜き、注いでくる東城にうながされ、フルートグラスを手にする。
シュワシュワと泡が立ち上る金色の液体は、室内の明かりを受けてキラキラとかがやいて見えた。
「「それじゃ、ドラマ撮影終了、お疲れさまでした!乾杯!」」
グラスを合わせて口にすれば、とたんに口のなかで炭酸がはじけて、芳醇なぶどうの香りが広がっていく。
鼻に抜ける香りもフルーティーで、甘すぎなくておいしい。
「羽月さん、後藤さんの料理もうまいから、ちょっと食べてみて!」
ニコニコと笑顔になったままの東城にうながされて手を伸ばせば、たしかに見た目にたがわぬおいしさだった。
前菜には白身魚とピンクグレープフルーツのカルパッチョに、真っ赤なトマトとモッツァレラチーズのカプレーゼ。
サラダは細かく刻まれ、グラスのなかで何層にも重ねられていて、まるでパフェのようにも見える。
メインディッシュには、香草で風味づけされたローストチキンが、ほどよいサイズに切り分けられ、香ばしい匂いをただよわせていた。
付け合わせには、こんがりと焼かれたローストポテト。
さらに軽くトーストしたバゲットが添えられ、なんならブルスケッタにもできるよう、刻んでマリネしたトマトが別添えになっていた。
ワインのおつまみ用にと、木のボードの上にはスライスされたチーズと生ハムまで用意されている。
なんていうホスピタリティーだろうか。
すごいよ、後藤さん!
前から、ただのマネージャーじゃないとは思っていたけれど、料理の腕前もプロ級とか、マジで意味がわからない。
「本当に?よかった、口に合ったなら。あとで後藤さんに、羽月さんも誉めてくれたって、伝えとくね」
そう素直に感想を述べれば、東城はまるで自分が誉められたかのようにうれしそうに笑う。
そうして食事のおいしさにつられるように会話もはずみ、スパークリングワインの次は、軽めの赤ワインとボトルが空いていく。
ほろ酔いになったころには、ちょうど件のドラマの放映時間が近づいてきていた。
さっと食べ終わった食器を片付け、食べきれない分はラップをして冷蔵庫に入れると、あらためて酔いざましの水を手にして、テレビの前へと移動する。
ふたりしてソファーに並んで腰かけたところで、それははじまった。
東城と、恋愛ドラマの女王こと、宮古怜奈さんのW主演の連ドラの最終回だ。
話の主軸となるのは、おたがいを愛しているがゆえに、別れを選ばなきゃならなかったふたりの、切ないラブストーリーだ。
オープニングがすぎ、気がつけば酔いがさめるほどに、真剣に見入ってしまっていた。
クソ、あいかわらずふたりともいい芝居するなぁ!
本音を言えば、僕も演技指導なんかじゃなくて、いっしょに演じたかった。
そして、いよいよ物語のクライマックスとなる、主役のふたりが別れを告げるシーンに差しかかる。
おたがいに見つめ合い、東城演じる主役の彼が『愛している』と言ったところで、宮古さん演じるヒロインがそれにこたえようとして、しかしそれを我慢して無言で見つめ返してくるという、そのシーン。
だれにとっても固唾を飲んで見守り、涙するシーンだというのに、僕はそこで集中力が切れてしまった。
いや、多くの視聴者と同じように、息を詰めていたのは同じだけど。
このシーンと言えば、ドラマの初回の冒頭でも流されたものだ。
そう、この撮影がはじまる前に、本読みの稽古につきあってほしいと東城に言われ、応じたときも、このシーンだった。
そして、宮古さんの演技指導をあおがれたのもまた同じだ。
だからそう、言うなればこの一番大事なシーンのヒロインの演技は、僕が演じたものと同じと言えなくもないわけで。
そのせいで、よけいにオーバーラップしてしまったんだろう。
ドクン……
ふいによみがえる、その直後に東城からされた熱烈な抱擁とキス、そして歯列を割って差し入れられた舌の感触。
意識をしないようにすればするほど、はずかしさが湧きあがってくる。
それどころか、演技指導をしたときに宮古さんからも同じように抱きしめられ、熱烈なキスをされたことまでもが、同じようによみがえってきて。
どうしよう、頬が熱くてたまらない。
せっかくの盛り上がりのシーンで、ふたりともいいお芝居をしているってのに、申し訳なくて、いたたまれなくなってくる。
どうしよう僕ばっかりが意識してるみたいで、うぅ……はずかしい。
そっと両手で頬を隠せば、その動きに気づいたのか、東城がこちらを見てきた。
頼むから、こっち見んなって。
手だけじゃ、うまく隠しきれないってのに。
「羽月さん……?」
「な、なんでもないから、ちょっと酔っぱらっただけだし、気にすんなよ……」
ごまかそうとしたところで、しかしそれは無理な話だった。
「ねぇ、ひょっとして──思い出しちゃったりした、俺とのキス……?」
「っ、そんな、ことは……っ!」
至近距離からたずねられ、言葉につまる。
そんなのはもう、そうだと白状しているようなものだ。
「なんなら、もう1回、ここでする?」
たずねてくる東城は、あぁ、クソ、あいかわらずムカつくくらいに顔がいい。
なんていう、圧倒的顔面偏差値の高さだ。
ここだけ画素数高すぎだろ。
そんなに、切なそうに目を細めるんじゃない!
わけもわからず八つ当たりをしそうになって、顔を背けた。
そんな僕に気を悪くするでもなく、東城がくすりと笑う気配がする。
「……なんてね、大丈夫。俺も羽月さんが望まないことは、しないつもりだから」
代わりに頬に軽い口づけをして、スッとはなれていく東城に、僕はどうかえしていいかわからなくてとまどっていた。
たぶん僕は、東城からのお願いに弱い。
これまでの自分をかんがみれば、残念ながら否定しようがないことを自覚していた。
だから今回だって、きっと押しに押されていれば、断りきれなかった可能性も否定できない。
だけど、東城はそんな僕の弱みにつけこむことはせず、あっという間に引いていったわけだ。
がっついていたころとはちがって、成長したと言うべきなんだろうか?
なんというか、これはむしろ───。
「『待て』をおぼえた感じ?」
そう、東城が率先して自らの理性でコントロールしているというよりは、後藤さんからの躾が行き届いているだけのようにも見える。
だから、手綱をにぎっているのは、トレーナーの後藤さんだ。
「なにそれ、俺は犬かよっ!?」
「う、ごめん……」
「まぁ、俺は羽月さん専属の番犬のつもりだから、あながちまちがってないけどさ。なんなら『お手』もしてみせるよ?」
「だからごめんって!」
そんな会話に、自然と頬がゆるんでいく。
空気が心地よくて、あぁ、楽しいなぁ……なんて思う。
と、そのときのことだ。
ピリリリリ………
ソファーに置いていた僕の電話が、着信を告げた。
画面に出ているのは、僕が所属しているプロダクションの名前だった。
こんな夜分に、なんの連絡だろうか?
緊急の呼び出しをされる心当たりもないし、仕事を忘れているなんてこともないはずだ。
後藤さん直々にうちの事務所と日程調整してくれたから、どこにいるかもわかってるだろうし……。
「はい、羽月です……」
一応ドラマはエンディング間際に差しかかっていたとはいえ、まだ完全に終わっていないのだから、さすがにこの場で通話をするのは失礼だと、東城に目顔であやまり席をはずす。
「えっ?!あ、はい、ハイ……わかりました。ありがとうございます!」
なるべく東城の迷惑にならないように、声をひそめて対応する。
というか、そうでもしなければ、叫びだしてしまっていたかもしれなかった。
通話を切ったあとに、思わず口もとを手のひらで押さえる。
どうしよう、にわかには信じられない。
心臓がめちゃくちゃドキドキしてきてるし、ヤバい、さっきから顔がニヤニヤするのが、止められないんだけど?!
「羽月さん?どうしたの、何かあった?」
通話を終えたにも関わらず、もどりが遅かった僕を心配したのか、東城がリビングから顔を出してくる。
気がつけば東城のもとへと走り寄り、その胸に飛び込むように抱きついていた。
「今、うちの事務所から電話があって……半年前から受けてたオーディション、ほぼ内定したって……!」
「えぇっ!おめでとう、羽月さん!!」
ギュッと抱きしめかえされ、全開の笑顔で祝福される。
どうしよう、めちゃくちゃうれしくて、口もとがほころぶのが止められない。
まるで自分の実力が認めてもらえたかのような気がして、今日くらいは少しうぬぼれてもいいだろうか?
東城の隣に立つのにふさわしい存在に、一歩近づけたんじゃないかって。
だからこのときは浮かれてしまっていたせいで、つい失念していたんだ──芸能界という世界は、正しくは実力主義ではないということを。
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