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婚約破棄のその後
その後で3
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静か過ぎて、どこか不気味だった。
いや、人の気配はあるのだ。方々に人々が集まりざわめく気配がある。だがそれへ決して賑やかに明るいものではない。
在位30年となった国王を祝う城内の様な華やぎはなく、どちらかと言えば、葬儀だ。決して近しくはない他人。それでも皆が注目する死。それを悼むフリをしながら、憶測含みに語り合う空気にそっくりだった。何度も触れた事のある空気。
私はその空気が恐ろしくて、怖かった。
鉱山が多数あるプリムラ領の市井では、他所よりも葬儀は多い。
「あの男は人望がないんだ。こんなものだろう」
空き家の納戸に隠された、秘密の抜け道の入り口を開錠しながらロダンは言う。王都内に非常時の通路は幾つかあり、彼は全てを把握していた様だが鍵までは調達できなかったらしい。
決して仲が良いという噂は聞かないが、実父の事をそのように吐いて捨て、警戒心を高める私を宥めるように手を引く。
完全に納得した訳ではないが、自身の領地での民衆が自分達を指さし何を囁き合っているかを思い出し、小さく頷く。
「うーん。暗いとちょっと道が分からないかも。表にでてもいい?」
「気を付けるんだよ」
ひょこひょこと、その容姿だけでも目立つのに今は値も嵩もはるドレス姿のソフィラが大きな通りへ出ていこうとする。誰かの目に留まったらと、一瞬止めようと手を伸ばしかけるが、先にロダンが口を開く。
自覚はしている。私は二人が絡むと慎重になり過ぎて、動けなくなる。
もともと臆病者だし、考え込みはするが決して最善に辿り着く事はできない。今回だって一年あれこやった筈なのに、こんなにも齟齬が出ている。
あまりに何も出来ない自分に眩暈がする。繋いだままのロダンの手を握る手に力が籠ってしまう。
「大丈夫そう。マギー? どうしたの?」
周囲の立地を確認し、ソフィラが駆け戻ってくる。踊るのだって中々にハードな靴で、良く走れるものだと感心するのと、この勢いのまま足を挫いたりしないか心配になる。
不思議そうにのぞき込んでくるソフィラに、何でもないと首を振って見せる。
取り敢えず計画の齟齬には横に置き、本来の予定通り一応のソフィラの生家とされている、今は無人の家へ向かう。
「待って、ねえ、待って!」
ソフィラを先頭に、人気が霞む夜の街の裏道を小走りに進みながらふと、空が赤らんでいるのに気づく。
炎の色。
夜会衣装の女二人の歩く速度で考えても、それでも時間を考えればそれなりの距離を移動した筈だ。それなのに、こんなに距離があいたのに、あんなにも炎がはっきりと見える。
「ロラン、待って! アレ! お城が燃えているわ!」
きっと広大な王城全てを薪にして燃えている。
「ああ。問題ない」
何の感慨も無いどころか、見向きもせずに進む。焦りに歪む私の顔も、振り返ったりしない。ただ、未だに繋いでいる手をぎゅっと引いて、肩を抱く。
「なにも気にしないでいい。私達にはもう関係ない事だ」
異様に明るくなった空に、ソフィラの白金の髪が、ふわりと揺れながら輝いている。まるで、楽し気にスキップでもする様子だった。
素直で無邪気な彼女も、赤い火の粉が昇ってくのを振り仰ぎもしない。まるで見なくたって知っているとでも言うように。
まるで私だけが事情を知らないみたいに、困惑でいっぱいになっていく。
遠い夜の中に潜んでいたざわめきが、鬨の声へと変わっていく。
いや、人の気配はあるのだ。方々に人々が集まりざわめく気配がある。だがそれへ決して賑やかに明るいものではない。
在位30年となった国王を祝う城内の様な華やぎはなく、どちらかと言えば、葬儀だ。決して近しくはない他人。それでも皆が注目する死。それを悼むフリをしながら、憶測含みに語り合う空気にそっくりだった。何度も触れた事のある空気。
私はその空気が恐ろしくて、怖かった。
鉱山が多数あるプリムラ領の市井では、他所よりも葬儀は多い。
「あの男は人望がないんだ。こんなものだろう」
空き家の納戸に隠された、秘密の抜け道の入り口を開錠しながらロダンは言う。王都内に非常時の通路は幾つかあり、彼は全てを把握していた様だが鍵までは調達できなかったらしい。
決して仲が良いという噂は聞かないが、実父の事をそのように吐いて捨て、警戒心を高める私を宥めるように手を引く。
完全に納得した訳ではないが、自身の領地での民衆が自分達を指さし何を囁き合っているかを思い出し、小さく頷く。
「うーん。暗いとちょっと道が分からないかも。表にでてもいい?」
「気を付けるんだよ」
ひょこひょこと、その容姿だけでも目立つのに今は値も嵩もはるドレス姿のソフィラが大きな通りへ出ていこうとする。誰かの目に留まったらと、一瞬止めようと手を伸ばしかけるが、先にロダンが口を開く。
自覚はしている。私は二人が絡むと慎重になり過ぎて、動けなくなる。
もともと臆病者だし、考え込みはするが決して最善に辿り着く事はできない。今回だって一年あれこやった筈なのに、こんなにも齟齬が出ている。
あまりに何も出来ない自分に眩暈がする。繋いだままのロダンの手を握る手に力が籠ってしまう。
「大丈夫そう。マギー? どうしたの?」
周囲の立地を確認し、ソフィラが駆け戻ってくる。踊るのだって中々にハードな靴で、良く走れるものだと感心するのと、この勢いのまま足を挫いたりしないか心配になる。
不思議そうにのぞき込んでくるソフィラに、何でもないと首を振って見せる。
取り敢えず計画の齟齬には横に置き、本来の予定通り一応のソフィラの生家とされている、今は無人の家へ向かう。
「待って、ねえ、待って!」
ソフィラを先頭に、人気が霞む夜の街の裏道を小走りに進みながらふと、空が赤らんでいるのに気づく。
炎の色。
夜会衣装の女二人の歩く速度で考えても、それでも時間を考えればそれなりの距離を移動した筈だ。それなのに、こんなに距離があいたのに、あんなにも炎がはっきりと見える。
「ロラン、待って! アレ! お城が燃えているわ!」
きっと広大な王城全てを薪にして燃えている。
「ああ。問題ない」
何の感慨も無いどころか、見向きもせずに進む。焦りに歪む私の顔も、振り返ったりしない。ただ、未だに繋いでいる手をぎゅっと引いて、肩を抱く。
「なにも気にしないでいい。私達にはもう関係ない事だ」
異様に明るくなった空に、ソフィラの白金の髪が、ふわりと揺れながら輝いている。まるで、楽し気にスキップでもする様子だった。
素直で無邪気な彼女も、赤い火の粉が昇ってくのを振り仰ぎもしない。まるで見なくたって知っているとでも言うように。
まるで私だけが事情を知らないみたいに、困惑でいっぱいになっていく。
遠い夜の中に潜んでいたざわめきが、鬨の声へと変わっていく。
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