誰も僕なんて見ていない

雪雲

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叔父・再開

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 ユーリヤは父親に対して、罪悪感以外の感情を抱いて居なかった事に初めて気づいた。
 家族愛の様な物は存在せず、ただただ彼の最愛の人を奪ってしまったのだから、償わなかればいけない。彼の要求には全て応えなければいけないという思考を取らせる後ろめたさだけだった。

 価値のある調度品や装身具なども持ち出され、何も無くなった部屋での事だ。今現在家督も領地も財産も、全て没収され投獄されている父に対して何も思って居ない事に、少なからず驚いた。

 恐らく父の方は二度目の『ユーリヤ』を取らげられた事態に、穏やかではないだろうが。

 ただ、ユーリヤは、何処か安堵もしていた。
 小さな頃は母親そっくりの容姿に、過剰という程に愛されていた。その時から所作や趣向を『ユーリヤ』に寄せようと矯正はされて居たが、明確な自我もない小さな頃はそこまで問題でなかった。彼自身には向いていなくとも、確実に愛されてはいた。
 問題は年齢が二桁を越えた辺りからだ。
 徐々に男の子らしさが出てきて、彼自身の自我も育って来た。

 少しでも『ユーリヤ』らしくなければ、父親は激昂し激しい折檻が加えられた。
 そして『ユーリヤ』を演じ続けるのは、年齢が上がる程に難しく成っていた。いくら顔立ちが柔らかく、母親と同じ黒の虹彩に黒い髪で良く似ていても、伸びる背にしっかりしてくる骨格は覆せなかった。
 年々怒り狂う機会の増えてく父親は、ユーリヤに付けた侍女たちへの当りも強くなり、彼女達の反発は元凶のユーリヤ向いて居た。

 父親への申し訳無さと、罪悪感は(洗脳の様に植え付けられたものではあるが)心の底からの物だが、ほんの少し、先への不安と息苦しさがあった。
 父や侍女達から離れる事に、すこしばかりほっとしていた。


 驚いた事にユーリヤの売却はその日の内に済んでしまった。
 それも価格に色を付けて。
 元々勇者の血統は名家のステータス。箔が付く。わざわざ金を積んで婚姻を結んだりする位だが、既に王侯貴族には一定数が居る。今さら欲する家は直ぐに思い浮かばず、それなば民間の富裕層だろうか……だがユーリヤの父の負債の何割かを肩代わり出来るような家なら、既に居そうだが……。

 そうそうに今後、という程はっきりした事は何も決まっていないが、取り敢えず行き先が決まった事に安堵しつつも、その行き先に不安を覚える。

 なにせユーリヤは何も出来ない。
 もしこれから身を寄せる先で、本来の通りの男子としての能力を求められた困る。令嬢としての教養やマナーは躾けられたが、それだけだ。

 むしろ下級貴族に有るまじき金の掛け方で、父親は当たり前の事は彼に何もさせなかった。

 今後に不安を抱きながらも、じっと何も無くなった自室の床の上に腰を下ろして引き取りに来るという購入者を待っていた。
 
「いらっしゃったようです」

 扉が開き最後の仕事と一人だけ残っていた侍女が、気だるげかつぶっきらぼうに告げて直ぐに踵を返してしまう。
 礼を伝える為に、ぺこりと頭を下げたのも目に入って居ないだろう。

 ユーリヤは直接座っていた床から立ち上がり、僅かによろけ一つ咳をして、引っ掛かる音のする深呼吸をする。
 ここ数年、細身だとは言え体つきがより男性らしくなり、女性もののドレスを着るのコルセットで相当に絞り上げ無ければ綺麗に着こなせなく成っていた。
 その弊害に、ひたすらに息が苦しく立つ座るの動作で動悸がする。
 だがそれでよろめいたり、荒い息を漏らしたり、咳き込んだりしたらまた折檻される。今は彼一人だけなので、特に問題は無かったが。

 物品のスペックとしては、男性と成っている自分がこんな格好で現れたら、購入者はどんな顔をするかという思考を見つけ、若干躊躇いながら足を進めたユーリヤだが、その心配は杞憂だった。

「やあ、久しぶりだね」

 そう挨拶をする、父と同じ柔らかな栗色の髪の男性には見覚えがあった。
 誰であろうと他人とユーリヤが関わるのを嫌う癖に、美しく仕上がったユーリヤを見せびらかすのが大好きな父が例外的に『弟だ』と紹介した人間、つまり叔父だ。
 三男である為に、都の大きな商家へ婿に出されたのだと聞いて居た。商才は大いにあった様で、婿入り先で家を盛り上げ、大層先方で好かれているそうだ。

「本当に義姉さんにそっくりだ。兄さんに似てるところが、全くない」

 意外な人物の登場に驚くユーリヤをまじまじと見ながら、どこか神妙に頷く。

「……ひょっとして覚えて居ないだろうか?」

 茫然と見つめる叔父の問いに、慌てて首を振り、勢いよく頭を下げる。これからよろしくお願いします、という挨拶の心算だったがそれが伝わったかは微妙だ。

 それよりもまさかの親族に本当に驚いて居た。
 声変わりする前に二度程顔を合わせた程度だが、ユーリヤと父よりも、はっきりと見た目で血縁関係が見て取れる叔父の顔を忘れては居なかった。 
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