誰も僕なんて見ていない

雪雲

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この物語にいつか訪れるエピローグ

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 新たな魔王が産まれた。
 それに伴い、民間に存在していた勇者の血を継ぐ者の供出が求められた。そして国を守る義務がある貴族達は、少しでも功績を作るべく勇者の血統を買い漁った。

 能力はあるが、地位と血筋に恵まれなかったとある地方貴族も人類の為にと、二人ほど年齢や能力的に運用に耐えうるであろう人間を二人ほど養子に見繕った。

 新緑色の瞳と鳶色の髪の美しい修道女は、なんの感情も伺えない無表情で屈み込み、医療用ベッドに腰掛けた青年と目を合わせる。

「はじめましてこんにちは。私はマルガレーテと言います。あなたより少しだけ早く貰われて来たので、姉に当ります。よろしくお願いします」

「マルガレーテ」

 所在なく、ほわりと気の抜けた表情と声色で青年が繰り返すのに、はい、とマルガレーテは頷く。

「あなたの名前はなんですか」

 次に続いた問いに青年は表情を引きつらせ、左右に首を振る。

「ぼ……く、僕、は……僕でしかない。僕の名前はない、僕は僕だ……ちがう、ちがう」

 何かに酷く怯えた様な所作で否定する、尋常でない様子にもマルガレーテは表情一つ変えない。

「すいません。本当は既にあなたの名前を聞いて居ました。仲良くなる為に、お互い名乗り合うのは有効な手段かと思いましたが、不快だったのなら謝ります」

 奇妙に混じらず、食い違う空気を醸し出しながら向き合う二名に、同室で距離を取りつつ控える使用人達は何処か気味悪さを覚える。 

 マルガレーテは人里離れた、山奥の修道院から連れて来られていた。
 悪意とは無縁の、善良な者のみが集まる場所であったが、その出生に至るまでにひと悶着どころでない騒動があったために、国への届け出がされず、修道院の奥に隠されていた勇者の血統だ。

 魔王の再来などと言う事が無く、各国が必死に血統を辿る何て事をしなければ、きっと彼女は生涯俗世と関わる事もなく、山奥で神に祈り続けるだけの人生を送っていたに違いない。

 それが良いのか悪いかは置いておくとしても。

 もう一人頑なに名乗ろうとしなかった青年、ユーリヤに関しては、客観的に言うのなら魔王が現れて良かったのではないか、と殆どの人間は思うだろう。
 なにせ彼が発見されたのは娼館の床の上だ。確かに届け出が出され、親族への譲渡の記録が有った筈なのに、いつの間にか所在不明となっており、探した結果がそれだった。
 見つかった時は、勇者の血の恩恵の為外傷などは何も無く、むしろそこ等の労働に汗を流す人間等よりも綺麗な身体をして居たが、誰が何を尋ねても言葉を発せず、ただ生きているだけの存在に成っていた。

 一体どんな扱いだったのかは、曖昧になってしまった記憶や自我を想えば考えるべくもない。
 そんな環境から抜け出さたのなら、魔王と戦え、勇者と成れ、と言われるのだとしても、はるかにマシに違いない。

 例えこの二人に期待は無く、ただの捨て石程度の働きに成れば儲けもの、と死地へ送られるのだとしても。
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