誰も僕なんて見ていない

雪雲

文字の大きさ
上 下
2 / 3

この物語にいつか訪れるエピローグ

しおりを挟む

 新たな魔王が産まれた。
 それに伴い、民間に存在していた勇者の血を継ぐ者の供出が求められた。そして国を守る義務がある貴族達は、少しでも功績を作るべく勇者の血統を買い漁った。

 能力はあるが、地位と血筋に恵まれなかったとある地方貴族も人類の為にと、二人ほど年齢や能力的に運用に耐えうるであろう人間を二人ほど養子に見繕った。

 新緑色の瞳と鳶色の髪の美しい修道女は、なんの感情も伺えない無表情で屈み込み、医療用ベッドに腰掛けた青年と目を合わせる。

「はじめましてこんにちは。私はマルガレーテと言います。あなたより少しだけ早く貰われて来たので、姉に当ります。よろしくお願いします」

「マルガレーテ」

 所在なく、ほわりと気の抜けた表情と声色で青年が繰り返すのに、はい、とマルガレーテは頷く。

「あなたの名前はなんですか」

 次に続いた問いに青年は表情を引きつらせ、左右に首を振る。

「ぼ……く、僕、は……僕でしかない。僕の名前はない、僕は僕だ……ちがう、ちがう」

 何かに酷く怯えた様な所作で否定する、尋常でない様子にもマルガレーテは表情一つ変えない。

「すいません。本当は既にあなたの名前を聞いて居ました。仲良くなる為に、お互い名乗り合うのは有効な手段かと思いましたが、不快だったのなら謝ります」

 奇妙に混じらず、食い違う空気を醸し出しながら向き合う二名に、同室で距離を取りつつ控える使用人達は何処か気味悪さを覚える。 

 マルガレーテは人里離れた、山奥の修道院から連れて来られていた。
 悪意とは無縁の、善良な者のみが集まる場所であったが、その出生に至るまでにひと悶着どころでない騒動があったために、国への届け出がされず、修道院の奥に隠されていた勇者の血統だ。

 魔王の再来などと言う事が無く、各国が必死に血統を辿る何て事をしなければ、きっと彼女は生涯俗世と関わる事もなく、山奥で神に祈り続けるだけの人生を送っていたに違いない。

 それが良いのか悪いかは置いておくとしても。

 もう一人頑なに名乗ろうとしなかった青年、ユーリヤに関しては、客観的に言うのなら魔王が現れて良かったのではないか、と殆どの人間は思うだろう。
 なにせ彼が発見されたのは娼館の床の上だ。確かに届け出が出され、親族への譲渡の記録が有った筈なのに、いつの間にか所在不明となっており、探した結果がそれだった。
 見つかった時は、勇者の血の恩恵の為外傷などは何も無く、むしろそこ等の労働に汗を流す人間等よりも綺麗な身体をして居たが、誰が何を尋ねても言葉を発せず、ただ生きているだけの存在に成っていた。

 一体どんな扱いだったのかは、曖昧になってしまった記憶や自我を想えば考えるべくもない。
 そんな環境から抜け出さたのなら、魔王と戦え、勇者と成れ、と言われるのだとしても、はるかにマシに違いない。

 例えこの二人に期待は無く、ただの捨て石程度の働きに成れば儲けもの、と死地へ送られるのだとしても。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

朔の生きる道

ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より 主人公は瀬咲 朔。 おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。 特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...