誰も僕なんて見ていない

雪雲

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プロローグ

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 数十年程前に、世界を混乱に陥れた魔王を一人の男が討ち果たした。
 その男は勇者と呼ばれ、祭り上げられたが、その称賛は直ぐに恐れと危惧に成り代わった。なにせ、たった一人、一個人が世界の敵に勝ったのだから。

 今度はいつその男が世界の敵に回るかと、世界中が戦々恐々としていた。だが警戒しながらも、確かに男の成した功績は大きい。何やら罪をでっちあげて葬ってしまおうなんて事も不可能。

 そんな中取られた手段は至極簡単。身内として抱き込んでしまおうというもの。
 男の祖国の王族は未婚の姫全てを男の嫁とした、貴族連中もこぞって令嬢を押し付けた。
 すると今度は他国が黙っては居ない。男の故国ばかりが強大な力を持ってしまうと焦り、不要な戦争を危惧した故国は外交的に、姫たちの産んだ幼い子供を嫁や婿として各国へ送り出した。

 勇者と呼ばれた男がどの程度自身の危うい立ち位置と、重婚や正妻、側室などを無視して次々寄越される娘達への親の圧を理解して居たか定かではない。
 だが自分との子をもうけられなかった娘が、家元で何を言われるかは察していたようだ。無理矢理結ばれた婚姻の相手とは分け隔てなく子作りに励んだ。

 その結果、件の勇者が死に数代血を重ねた後には、勇者の血統を持つ子供が居る事はただのステータスと成っていた。
 古い貴族や、官職の家、豪商等には大抵勇者の血を継いで(個人差が激しく、持たない者も出てきたが)特別な力を持った人間が居て、漸く名門と名乗れると言った風潮が出来ていた。

 すると金を積んで血統の子供を養子や、嫁婿に迎えたり政略の交渉材料として使われた。
 その次には国が、血が増えすぎ薄まり過ぎない様に血統を管理する為に、勇者の血統の者は届をだし婚姻には許可が必要になった。

 つまり数十年経つと、勇者の血統は家の威厳を示す物品の一部と成っていた。

 現にこの屋敷の勇者の血統を継いだ子供も、家の財産として差し押さえられた。

 この家の当主は下級では有るが、貴族であった。下級と言っても国に尽くす義務がある。だと言うのにその当主は納税を怠ったばかりか、公金の着服まで行っていた。
 その罰則と損害の補填の為に、小さな領地と屋敷、財産全てが国に没収されるに至る。

「いや、おかしくないか?」

 この屋敷の財産が集められた豪奢の一室の隅で、大人しく座っていたユーリヤはその言葉にドキリとした。

「この家の血統は今年で34に成る女だろ。名前はユーリヤになってるけど」

 リストを片手に差し押さえにやって来た男二人組の役人は、どう見ても14~16程度の少女にしか見えないユーリヤへ視線を向ける。
 
 真っ黒に艶やかな長い髪は痛みどころか枝毛の一つも無く、キメの細かい肌は顔は勿論指先まで手入れがされ、爪も美しく磨かれている。
 纏った濃紺のドレスも品が良く、似合っていた。
 この屋敷の主が納税を拒み、金を着服してまで美し整え続けた成果だ。

 それでも確かにユーリヤは男だった。少年と青年の堺の様な年齢で、言葉を発すればすぐにその声で男だと判別される。

「確かに可愛いけど……ちゃんとよく見れば男の子だよな……。俺確認取って来る」

 じっと至近距離で、丁寧に手入れされた肌と、真っ黒な瞳を至近距離で観察した一人が部屋を後にする。
 一人残されたもう片方が何か思案するように首を傾げ、手を伸ばす。

「ちょっと失礼」

 置物、あるいは部屋を彩る装飾品の一つの様にじっと座っていたユーリヤの、濃紺のドレスの裾を掴み捲り上げ、無遠慮に手を突っ込みあろうことか股間をまさぐる。

「うっわ本当に男の子だ」

 ユーリヤはすっと血の気が落ちるのを感じる。
 彼は自分が異質なのは理解している。父が着飾った自分を見せびらかす為に招く客がこっそり交わす言葉や、囁き合い冷笑を浮かべる侍女達の存在で知っていた。

 それでも彼は『ユーリヤ』として努めなければ成らないのだ。
 なにせ父の最愛の人を奪ってこの世に生まれてしまったのだから、その償いをしなければならない。恥ずかしいのも、苦しいのも、父以外の人間に馬鹿にされて蔑まれるのも、仕方のない事。自分の罪の為に我慢しなければいけない事だと信じて疑って居なかった。

 だがそれとは別に、確かな羞恥心もある。

「確認取れたぞ。アイツ、妻が死んだと認めたく無くて、届け出してないそうだぞ。死亡も出生も」

 戻って来た片方の役人が呆れ顔で、未だにスカートの下に手を突っ込み無意味に太腿を擦っていた同僚へ声を掛ける。その知らせを聞いた方は腕を引き抜き、面倒くさそうな表情になる。

「ま、どっちにしろ内容としては血統一人に変わりはないか。特別な恩恵とかあんの?」

「母親と違って、治癒能力が高いってのはあるらしいから……記録の書き換えがそれなりに面倒だな。価格相場が大分変る」

 結局のところユーリヤは、最愛の人の代替品か家財の一端でしかない。
 自身を母の代わりの『ユーリヤ』どころか、ただの高価な物品としか認識されて居ない事に、僅かにだが精神が軋む気がした。
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