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覚醒しきらぬ内に響く言

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 看護師さん達に感謝してなかった訳じゃない。
 それでも、病院でいつも良くしてくれていた人達はすうなくともお仕事として私達患者の面倒ごとをこなしていた。
 それでも、仕事だから当然でしょ?とは思ってない。手を貸してもらえれば感謝するし、辛い時に声を掛けて貰えればその人の事が好きになる。
 
でも、あんまりにも私が申し訳なく思って、卑屈になったら選んでこの仕事についた看護師さん達に失礼だと思った。
 だから私は感謝をしつつも、安心してお世話になってた。

 だけどね、だけど、見た目だけなら殆ど同じ年齢に見えるレアンドは看護師さんじゃない。
 そういうお仕事のひとじゃない。
 だから……だからとても申し訳なくなってしまう。

 思わず寝言と譫言の中間みたいな状態で聞いてしまった。

 良くしてくれる人、無償の厚意を与えてくれる人にはなんて冷たい言葉なんだろう。そう思いながらも聞いてしまった。
 私自身が何にも返せないのに、与えられるばかりの苦しさに負けて失礼な事を言ってしまった自覚がある。

 なにも出来ないのに、どうして親切にしてくれるの?

 なんて、まるで相手が報酬が無ければ動かない非常な人だと断定した様な言葉だったと思う。

 うぅん!やっぱり私のコミュ力くそだわ!これで23とか片腹痛いわ!私の脳内で35歳の日本一足の臭いサラリーマンが言い切る。決して焼け野原の方ではない。そっちはまっさんが大好きだ。
 そしてすぐ思考が現実逃避をするこの有様だ。

 心なしか寝落ちる前にみたレアンドの緋色の目が、暗く陰っている様に見えた。
 やっぱり、落ち込む様な事を言ってしまったんだ。
 
 せっかく失礼な問いにも答えてくれて居たのに、殆ど聞き取れなかった。

「……もう帰らない?もし目が覚めても疲れちゃってるだろうし、寝かせてあげようよ。僕たちが居たら気を使っちゃうかもよ」

 夢とも覚醒したともつかない、曖昧な思考の中で声が聞こえる。エルが誰と話してるのかな?

 そう認識したら、意識が少し浮上する。うん、少しだけ……。完全にすっきりと覚醒する感じはしない。目は薄っすらと開くけれど、瞼が重くて開ききろうとは思わない。物凄く、だるい……。

 ちょっとだけ目を開いて、私の手癖で描いちゃったせいか長い睫毛に遮られてあんまり良く見えない……。
 くっ、私は睫毛ハゲ子だったからこういう時の対処が分らない……!うちの攻様睫毛なげぇな!!

 長い、色素の薄い睫毛の隙間から薄っすら見えた病室は夕方の色になって居た。
 私が横になったベッドを挟む様にしてレアンドとエルが会話をしている。頭も重くて、到底首を巡らせることなんて出来なかったけど……天井から直接輸液パックが吊るされている。中身は分らないけれど、何にしても経験則から言えばこのまま大人しく眠って居れば体調は良くなりそうだ。

 無駄な抵抗は止めて、瞼が重く閉じてしまうのに逆らわないで大人しく目を閉じる。
 やっぱりずっといた病院と同じ香りのする布団の中で、耳に届く声に意識を向ける。

「先に帰っていいぞ。俺はこいつが目が覚めるか、日が暮れたら帰る」

 少しだけ控えるようにしたレアンドの声と一緒に、額に掛かる髪が避けられてひんやりした指先が軽く撫でて行く感覚があった。

「別に、話しこんだりはしない。声だけかけて帰る」

 ああ、そう言えば、エルと帰ろうって話をして居たな……。
 私をここに運び込んでくれたのは、仕事終わりだったのか途中で切り上げさせてしまったのかは分からないけど……仕事終わりに付き添ってもらちゃったのだろうか……。
 上手く口が回るなら、もう大丈夫なんで気にしないでください!!どうぞ!!ご帰宅からを!!
 そう言いたかったけど、瞼以上に舌が重く回らない。喉がからからになって居て上手く声が出そうな気がしない……。

「……目が覚めてまた知らない場所で一人だったら怖いだろ……」

 ふっと、エルが小さく笑う様な気配がして、私の真上を衣擦れす様な音が過ぎる。そうしてすぐにレアンドの、やっぱり小さく抑えながらも抗議する様な声が届く。

「おまっ、お前、前から言おうと思ってたけど!やたらに頭撫でるな……!」

 ……。
 
開け、私の両目!!見たい!!超見たいその光景!!ちょっとぐらい無理に答えろよ!マイボディ。いや、私じゃなくて『彼』だけど。すっごいみたいよー!脳内にその光景を焼き付けるんだよっ!
 割と初めから思ってたけど、お二人の関係って一体どういったものですか!?幼馴染!?幼馴染のお兄さん!?いつまでたっても弟分扱いな幼馴染のお兄さんかな!?私そういうの大好き。大好物。ほのぼの万歳。

 残念ながら、今の私の体調は心のパッションに応えてくれるほどの元気はない様で、ピクリともしない。
 顔面もにやけもしない……。いや、これは良いか。にやけたりしたら、『彼』が可哀想だからね。表情筋も腹筋同様鍛えよう。そうじゃなきゃ精神鍛えよう。

「うん。じゃあ、日が暮れたら帰るんだよ?ここの人達にも迷惑だからね」

 おやすみ。と私にも声を掛けてくれる。
 出来れば返事をしたいけど、それが出来たらレアンドも帰れるし……完全に覚醒しきらなかった私の意識がまた、ゆっくりと沈んでいこうとしている……。
 このままじゃ、レアンド、日暮れまで無駄な待ちぼうけになっちゃうから、起きなきゃ……。

「エル」

「うん?」

 病室の扉を引いた音がする。起きなきゃ……。

「エルはどうして……いや、何を考えて俺を拾った?」

 だめだ……完全に寝ちゃいそう……。まだなにか話している内に起きなきゃ。

「え。突然だね?えっと……僕は……うーん。ごめんね?僕あんまり考えて動かないから。何も考えてなかった、かなぁ?」

 いっしょにかえってだいようぶって、言わなきゃ……。

「わーごめんね!そんな顔しないで!?頭悪そうな理由でごめんね!?」

「頭悪そうって言うか、エルはぼーっとし過ぎ」

 レアンドの笑った声がする。あったかい笑い方のこえ。

「呼び止めて悪い。ありがとう」

「え、うん?そう?じゃあ帰りは気を付けて帰るんだよ?」

 足音が何歩か聞こえて、扉を閉じる音がした。

「……エルみたいに、何も考えずにただ助けようと思っただけで助けられなくてごめんな」

 吐息が届きそうな程、近くで声がする。
 あー……帰って貰うタイミング、逃しちゃった……ごめんね。

「俺のエゴで、ごめん……お前を利用して、安心を得ようとしてる」

 ごめんなさい、やっぱり私は何一つ、気遣い一つできなくて駄目だね……。

 なんだか、この部屋には謝罪で埋まってる……。
 
 めがさめたら、ごめんなさいじゃなくて、ありがとうっていおう。
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