機械仕掛けの最終勇者

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天動地蛇の円環(クリカエス セカイ) 第33章 空撃の魔剣ゼフュロイ

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 事故死した草場輝久が、光の女神ティアと出会った後、最初にスポーンしたのはアルヴァーナにある武芸都市ソブラだった。

 異世界アルヴァーナに来たばかりの輝久は、キョロキョロと周囲を窺う。高そうな装備をまとった者や、屈強な戦士達が往来を行き交っている。

「な、なぁ、ティア。最初の町にしちゃあ、やけに物々しいけど……?」
「アルヴァーナは超簡単な世界だから。定石とは違うけど、中盤からでもOKかなって」
「ええっ!? 俺、いきなり中盤スタートなの!?」
「うん。ついでに言うとね。ホントは此処に来るまでに、ヒーラーの仲間を連れてる予定だったんだけど……ま、こんな世界だから、別に良いかなって!」
「適当……!」
「だって、その方が早く攻略できるじゃない? テルも早く日本に帰れるわよ!」

 輝久はティアの美しい横顔を眺めながら、サバサバしてるなぁ、と思った。だが、輝久としても、元の世界にすぐに戻れるならば願ったり叶ったりである。なので、輝久は従順にティアの後に付いていった。

 中世のコロシアムのような巨大な建造物の前でティアは立ち止まる。

「此処で仲間が一気に二人、見つかるようね。職業は戦士と魔法使いよ」

 ベテラン女神の貫禄を漂わせながら、ティアはコロシアムの中に入っていった。



「……ハッハッハ! いきなり、ソブラに来るとはチャレンジャーだな! テル! アタシがお前の初めての仲間だ!」

 ティアが事情を語ると、赤毛の女戦士クローゼはそう言って豪快に笑った。ティアが輝久の耳元、小声で言う。

「ちょっとガサツっぽいけど良い子そうじゃない?」
「ま、まぁね」

 くびれた腰にJカップはあろうかという超巨乳。露出の高いクローゼの装備が直視できずに、輝久は目を逸らす。
 そんな輝久に、ニヤニヤと笑いながらクローゼはにじり寄った。

「ホントに勇者かよ? 女みてーに細っせえな! チンコ付いてんのかあ?」
「いや、ちょっとどころじゃない程ガサツじゃない!?」

 輝久が叫ぶのと、兄のユアンがクローゼを窘めるのは同時だった。

「い、妹がごめん! 僕はユアン! テル、これからよろしく!」
「あ、ああ」

 輝久は魔法使いユアンと握手を交わした後、鼻歌交じりのクローゼを呆れた顔で見ながら独りごちる。

「最低難度の、ほのぼの異世界じゃないのかよ?」

 輝久の狼狽振りに、ティアがクスッと笑った。

「どこの世界にだって、エッチなキャラくらいいるわよ。……見てて」

 ティアはクローゼに近付き、世間話でもするような体で尋ねる。

「クローゼ。アナタ、性交はしたことあるの?」
「あん、性交? 性交って……はああっ!? えええええっ!?」

 途端、クローゼは動揺しまくり、顔を真っ赤に染めた。

「ホラ、処女みたいよ。ほのぼの異世界なんだから、エロいっても所詮こんなものよ」

 そう言ってクスクスと笑うティア。クローゼが顔を赤らめたまま、ティアに叫ぶ。

「女神がそんなヤらしいこと言って良いのかよっ!」
「生殖行為はいやらしくなんかないわ。神が与えた子孫繁栄の御業よ」
「け、け、けどさあ!」
「あははは! クローゼがこんなに慌てるのは初めて見たよ!」

 ユアンが笑う。輝久も何だかおかしくなって釣られるように笑った。クローゼがティアを睨む。

「感じの悪りぃ女神だな!」
「あら。じゃあ仲間になるの、やめる?」
「アタシはガーディアンだっ! 命を賭けてテルを守る使命がある!」
「命を賭けて、ねえ。この世界でそんな一大事、起きないと思うけど」

 ティアの態度に、クローゼは溜まりかねたように赤毛をボリボリと掻きむしった。その後、輝久にズカズカと歩み寄る。 

「あーっ、もう腹立つ! 行こうぜ、テル!」
「い、行くって何処に!?」
「気分転換に最高の場所だ!」

 戸惑う輝久の手をぐいと掴んで、クローゼはニカッと笑う。

「テルは良いタイミングで来たよ! 今日は武芸大会! お祭りの日さ!」



 輝久の眼前で武芸大会の参加者達は、傘を回したり、火を吐いたりと、各々の特技を見せる。

 円形闘技場の観覧席。テルの隣にはクローゼ、ユアンとティアが横一列に座っていた。ユアンとクローゼのお陰で特等席のような、かぶりつきの場所で演技を観覧することができた。

 強者を決める大会ではないと聞いてガッカリした輝久だが、サーカスや奇術ショーだと割り切って見れば、それなりに面白い。

「すっげ、あの人。剣、飲み込んでる……」
「ああ! アイツ、前回の優勝者なんだ! 強敵だぜ!」

 後ほどクローゼも大会に参加するらしく、真剣に各参加者の演技を眺めていたが、輝久が興味津々だと知ってニカッと笑う。

「テルが楽しんでくれて嬉しいよ!」
「わっ!?」

 急にクローゼが腕を組んできた。大きな胸の感触が伝わり、戸惑う輝久。クローゼに気を取られていたせいで、輝久は闘技場がざわついていることにしばらく気付かなかった。

「……あん? 何だ、アイツ?」

 クローゼが先に気付いて、視線を前方に向ける。司会のピエロが困った顔で叫んでいた。

「困るよ、お客さん! 飛び入り参加は禁止だって!」

 どうやら演技中に、着物の男が割り込んできたようだ。司会のピエロが眉間に皺を寄せている。

「ちゃんとエントリーしたのかい? アンタ、名前は?」
「名前? 名前か。そうだな……」

 低い声で呟くように言った後、男は背中の鞘から一本の剣を抜いた。

「戴天王界覇王――暴虐のサムルトーザ」

「……は?」と言ったピエロの首は上下逆さま。切断面から鮮血を撒き散らしながら、頭部が宙を舞っている。
 首から多量の血液を噴出させたピエロの胴体を見て、観客席にいた女性から悲鳴が上がる。だが、同時に呑気な声も聞こえた。

「演出だろ?」
「きっと手品だ」

 ほのぼの世界ならではの反応だろうか。この状況を理解できず、そんなことを呟く者達が半数だった。

 騒々しくなった闘技場中央。サムルトーザは、懐から取り出した古めかしい懐中時計のような物を見た後、観客席をぐるりと一望し「チッ」と舌打ちする。

「この何処かには居るみてえだが……面倒くせえ。減らすか」

 サムルトーザは持っていた剣を器用に背の鞘に仕舞うと、新たに別の剣を引き抜く。途端、サムルトーザの周囲から、突風が巻き起こった。剣から発生した風が、輝久達の髪を揺らす。

 サムルトーザは、その剣を闘技場の石畳に難なく突き刺した。

「いいか。標的は此処に集まったクソカス共だ」

 まるで剣に語りかけるように言う。すると、不可思議な事が起こった。突き刺された剣の両隣に、同じように地面に突き刺された剣が出現した。まるでコピー&ペースト。サムルトーザの周りを円を描くようにして無数の剣が広がっていく。

「な、何だよ、ありゃあ……」

 クローゼが呟いた時には、サムルトーザの周りには数百はあろうかという剣が、闘技場の石畳に突き立てられていた。

 サムルトーザの顔が邪悪に歪む。

「喰らえ……邪技の壱『飛追ひつい』!」

 多数の剣が、ふわりと宙に浮かぶ。まさに奇術のようで、歓声や拍手をする者もいたが、次の瞬間、彼らの顔は絶望に染まる。浮かんだ剣が凄まじい速度で観客席に飛来したからだ。

「ひははは! 存分に味わってくれよ! 空撃の魔剣ゼフュロイの威力を!」

 サムルトーザの笑い声が円形闘技場に響く。観客席は既に阿鼻叫喚の巷だった。飛翔する剣に、正面から心臓を突き刺される者。頭部を貫通される者。部位は違えど、皆、人体の急所に剣が刺さって死んでいく。迫り来る剣を見て、悲鳴を上げて逃げようとした者にも、剣は軌道を変えて背後から突き刺さった。

 クローゼの隣で、戦慄したティアの声が輝久の耳に届く。

「な、何よ、あの剣は!! 観客一人一人を追尾してる!?」

 ティアの言った通り、まるで剣一本一本が意思を持っているかのようだった。輝久も動揺して声を震わせる。

「ど、どうなってんだよ、ティア!?」
「分からない! 難度F世界でこんな殺戮が起こるなんて!」

 先程までの楽しげな祭りの雰囲気が嘘のよう。ユアンもクローゼも言葉を失っていた。ティアは「くっ!」と小さく唸ると、地面に光の魔方陣を描こうとする。

「神界に連絡するわ!」

 だが、魔方陣はティアが描いた傍から消えていく。ティアの顔がより一層、青ざめた。

「……無駄だ。『天動地蛇の円環』が動いてっからな」

 不気味な声が聞こえて、ティアはゆっくりと前方を見る。懐中時計のような物を持ったサムルトーザが、にやりと口を歪めて笑っていた。

「見つけたぜ。光の女神」

 ティアは咄嗟に光の魔法を発動しようと、サムルトーザに手をかざす。だが、ティアの細く美しい腕の肘から先が、即座に切り飛ばされている。

「遅せえよ」

 片方の口角を上げたまま、サムルトーザは持っていた剣を振り払っていた。腕を無くしたティアの顔が苦痛に染まる。

「ティア!」

 輝久は叫ぶが、ティアの苦痛は長くは続かなかった。いつしか、周囲の観客に突き刺さっていた剣が抜けて、ティアの周囲を浮遊している。そして次の瞬間、観客の血に塗れた数十を超える剣がティアに向けて飛翔した。ドスドスと肉を抉る音が連続して聞こえた。

「あ……あ……!」

 輝久は絶句する。ティアの体は、飛来した複数の剣に貫かれていた。四方八方からの剣に体を貫かれ、ティアの姿はもはや窺い知れない。ただ突き刺さった剣の間から、赤い血がドクドクと流れて、それが輝久の足元にまで伝わってきた。

「女神の殺害完了。後は楽しく遊ぼうか」
「ひっ……!」

 蛇に睨まれた蛙のような輝久。今、輝久の心に充満していたのは、ティアを失った悲しみではなく、恐怖から来る怒りだった。

「い、いきなり中盤までスルーしたからだ! あのバカ女神!」

 だから突然、こんな強敵が現れたに違いない。輝久はそう考えていた。

 ユアンとクローゼが輝久をかばうように、サムルトーザの間に立ちふさがる。

「テル! 僕らに任せて!」

 ユアンの周りには既に火球が十数個、浮遊していた。クローゼが大剣を抜いて構える。

「ガーディアンの使命だからよ! テルはアタシが守る!」
「よ、よし! 頼んだぞ! ユアン、クローゼ!」

  二人に守られ、輝久の方からはサムルトーザの様子が分からない。やがて、肉に刃を連続して突き立てた音が聞こえ、輝久はクローゼの背中を眺める。

「クローゼ……?」

 数本の剣がクローゼの体を貫通していた。ゆっくりとクローゼが地に伏せる。目を見開いたまま、クローゼは絶命していた。

 同時に、何かが倒れる音。輝久が視線を向けると、ユアンも同じように体を剣で貫かれて地に伏している。

「ひははは! たわいねえ! 後はてめえ一人だな!」

 サムルトーザの笑い声を聞きながら、輝久はガタガタと震えていた。激しい動揺と恐怖は先程同様、怒りの感情へと変化する。

 何も考えず中盤までスルーした浅慮な女神に、口先だけの弱い仲間――輝久は倒れたユアンとクローゼの亡骸を見ながら、吐き捨てるように言う。

「何だよ、コイツら! 何がガーディアンだよ! 全然ダメじゃねーかよ!」

 激怒する輝久を見て、サムルトーザが目を細めて笑っていた。

「お前、勇者だろ? 仲間がやられてムカついてんじゃねえのか?」
「な、仲間って言うか、さっき会ったばかりで! ってか、俺この世界に来たばっかりで! こ、これは何かの間違いなんだ! 難度Fのほのぼの世界だって聞いてたし!」
「そうか。仕方ねえな。女神は殺したし、もういいぜ」
「えっ?」
「行けよ」

 サムルトーザの言葉を疑いもせず、輝久は助かったとばかりに背を向けて走り出す。だが、数歩進んだ時、背中から鈍い音が聞こえて、輝久の腹部が熱くなった。

「あ、あれ……?」

 輝久の腹から、血に濡れた剣の先端が覗いていた。そのまま、輝久は前のめりに倒れる。

「逃がす訳ねえだろ、バカが! ひひははは!」

 サムルトーザの冷笑が血だまりの上にくずおれた輝久の耳に聞こえた。サムルトーザは倒れた輝久を見下ろす。

「ざまあねえな。このクソカスが」
「痛てえ……痛てえよ……畜生、畜生……!」

 生まれて初めて味わう激痛に輝久は涙をこぼした。しばらく輝久を楽しげに見下ろしていたサムルトーザだったが、やがて興味を無くしたのか、遠ざかっていった。

「誰か……誰か、助けてくれよ……!」

 血だまりで一人、悶絶する輝久の脳裏にふと、ティアの言葉が思い起こされる。

『ホントは此処に来るまでに、ヒーラーの仲間を連れてる予定だったんだけど』

「そうだ……ヒーラーだ……!」

 意識が急速に薄れていく中、怨念にも似た思いで輝久は呟く。

「クソっ、クソがっ! ヒーラーがいれば……!」

 それが輝久の最後の言葉だった。
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