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幕間 ワイルド女の本音
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輝久とマキ、そしてネィムが宿屋に向かった後。クローゼはユアンと一緒に三十分ほど出店の手伝いをしていたのだが、
「兄貴! アタシ、今日はそろそろ上がるわ!」
「えっ。早いね」
「悪りぃ! 埋め合わせは明日するよ!」
体調が悪かった訳ではない。ソワソワして作業に集中できなかったのだ。
その後、クローゼは一人、ソブラにある銭湯に直行した。
確かに準備で忙しく、全く湯浴みをしていなかった。四日――いや五日は湯船に浸かっていなかっただろうか。
時間帯が早いせいで、銭湯は人もまばらだった。岩場の陰に辿り着くや、クローゼは手拭いで豊満な体をゴシゴシと擦り始めた。その顔は真っ赤に染まり、輝久と喋っていた時の豪胆さはすっかり影を潜めている。
体を洗いながら、クローゼは心の中で絶叫していた。
(ダメだ、アタシはあああああああああああああ!!)
フェロモン出ちゃってたかあ、じゃねえよ! 臭いんだよ、単純に! あと、血湧き、乳躍るって何だ! 間違えた! 死にたい!
……クローゼは、そこそこナイーブであった。
(あーあ。頭悪いって思われただろうなあ。ま、実際、賢くはないんだけどさあ)
子供の頃から聞かされていた勇者の登場に、クローゼは内心、もの凄く緊張していた。とにかく間を持たすべく、喋らなくてはと思い、まくし立てた結果があんな感じであった。
焦って喋れば喋る程、何だか勇者にとってイヤな奴になっていく気がして、それがまたクローゼをガサツな行動に駆り立てるといった悪循環。最後の方は、どうにか失態を取り戻そうと、自慢の胸を触れと迫ってみたが、勇者はより一層、ドン引きしていた気がする。
「はぁーあ」
肌を擦る手を止めて、大きな溜め息を吐く。やがて思い立って、クローゼは全裸のまま、果実から精製された香料の置いてある棚に向かった。
普段、こういう物に興味はない。だが、クローゼは香料を脇や乳房に塗り付けてみた。
(これでちょっとは良い匂いになったかな?)
勇者のことを考えながら、クローゼは全身に香料を塗る。輝久を初めて見た瞬間、クローゼの心はときめいた。あんな気持ちになったのは生まれて初めてである。『どうにか勇者に好かれたい』――クローゼは自然にそう願っていた。
単に一緒のパーティになったからとか、子供の時からずっと憧れていた勇者だからとか、そういうのとは違う感じがしていた。
(何だろな、この気持ち)
考えながら、香料を掌に溜め、クローゼはそれを股に近付ける。
「こ、此処もひょっとして、もしかしたら嗅がれるかも知んねえしな……!」
大事な部分に塗りつけようとして、クローゼは不意に恥ずかしくなって叫ぶ。
「バカが!! んな訳ねーだろ!!」
自分のバカさ加減にイラついて、クローゼは手桶を岩場にガーンと投げつけた。
(こんなだから、周りの奴らからガサツって思われんだよ!)
気持ちを切り替えようと、冷水を何度も浴びた。少し落ち着いた後、誰も居ない脱衣所に戻る。
クローゼは一人、鏡に映る自らの裸体を見詰めた。
(背と胸だけはデカくなっちゃって。アタシだって、昔はちゃんとしてたんだけどなあ)
武芸都市ソブラから馬車で一両日走る距離に、ユアンとクローゼの故郷の村があった。
父親は痩せ気味の男性で魔法使い。背格好も現在のユアンと似ている。そして、ユアンの修行は魔法使いの父が、クローゼの修行は戦士職の母が担当した。
背もまだ発達していない幼いクローゼに、母はよく巨大な骨付き肉をグイと差し出したものだ。
「クローゼ! もっと肉を食え!」
「はい!」
「違うだろ! 返事は『おう』だ!」
「お、おう!」
「ハッハハ! そうだ、クローゼ! お前は将来、勇者を守る強い女戦士になるんだからなあ!」
筋肉質で赤毛の母は大声を出して笑う。そんな母を、父もユアンも、そしてクローゼも、やや遠慮がちに眺めていた。
クローゼ自身、母のことは嫌いではない。むしろ好きであった。基本的には優しいし、肉を食え食えと急かしたり、二言目には強くなれと言うのも、自分の将来を考えてのことだと思っていたし、事実その通りだった。
(そうだよ! アタシは将来、勇者を守らなきゃいけないんだから!)
クローゼは、母のようになるべく男らしく振る舞うようにした。野菜を盗むような魔物をゲンコツで懲らしめたり、ガハハと快活に笑ったり、あと人一倍、肉を食べた。
ある日、母と一緒に市場に買い物に行く道中、自分と同い年くらいの子供の人山ができていた。紙芝居をしているらしい。
「珍しいな。クローゼ、ちょっと見ていくか?」
「おう!」
男らしく返事するクローゼ。母と一緒に見た紙芝居は、悪いドラゴンに襲われている王女を命がけで守ろうとする王子の物語だった。
王子は王女の手を握りしめて言う。
『君は絶対に俺が守る!』
『ああ、王子様!』
クローゼの胸はキュンと、ときめき、忘れかけていた女子的な部分がひょいと顔を覗かせた。
(ああっ、素敵! アタシもあんな王子様に助けられたいなあ!)
だが、隣の母は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「チッ! 何て腹の立つ、女々しい話だ! 行こうぜ、クローゼ! 帰って肉、焼いてやっから!」
「おう!」とは言ったものの、クローゼは肉より何より、話の続きが気になって気になって仕方がなかった。
しかし、その後も母のガーディアンとしての英才教育が続き、いつしかクローゼはそんなことは忘れてしまった。
「……はぁーあ」
昔を思い出しながら、クローゼは一際大きな溜め息を吐く。鏡には湯気の立つ自分の裸体が映っている。母と同じ筋肉質で、脂肪のないガーディアン体型の自分が。
(絶対、母ちゃんのせいだよな)
恨みはない。愛している。今も健在で村で暮らす両親に、今日、女神と勇者と会ったことを早く知らせてやりたいと思う。きっと両手をあげて喜ぶだろう。
それでも、クローゼの溜め息は止まらないのだった。
……ソブラの銭湯を出て、クローゼはユアンと二人暮らしの家に戻る。ユアンはまだ少し濡れたクローゼの赤髪を見て「さっぱりしたね」と笑った。
「これから、二日に一回は入るって決めた」
すると、ユアンはまたクスクスと笑った。
その夜。自室のベッドに寝転がり、クローゼは一人、枕を抱いていた。少女時代に見た紙芝居が何故だか、クローゼの脳裏から離れなかった。
「人生で一回くらい、言われてみてえなあ。『君は俺が守る!』なんて……」
枕を抱きながら独りごちた途端、クローゼは半身を起こし、頭をブンブンと振る。
「ぎゃああああ! 何言ってんだ、アタシ! ハズい、ハズい! 逆だろ! アタシはガーディアン! 守る方なんだから!」
頭を枕に押しつける。余計なことを考えないようにしようとするが、今日会った勇者の顔と、紙芝居の王子の顔が交互に脳内に現れた。
(ああ、もう! 眠れねえっ!)
クローゼはベッドから起き上がると、酒の入ったボトルを持ってベランダに向かう。
満天の星が照らすベランダには先客がいた。
「兄貴。まだ起きてたのか。珍しいな」
「何だかちょっとワクワクしてね」
星空を眺めながら、ユアンが言う。
「不思議なんだ。出会った瞬間、理屈無しに勇者を――テルを守らなきゃって思った。ガーディアンの義務とか使命とか、そういうのとは多分違って。上手く言えないけど、昔からの友人みたいだなって思ったんだ」
「あ、分かる! アタシもテルとは初めて会った気がしねえっつーか!」
「そう。だから、本当に命をかけて守ろうって思えた」
ユアンの言葉にクローゼは頷く。血の通った兄が、自分と同じ気持ちを抱いていることが嬉しかった。
真剣な表情をしたままのユアンがふと可笑しくなり、クローゼは笑いかける。
「実際、命がけで守ることなんかねえだろ! アルヴァーナは平和なんだから!」
「あはは。間違いないね。どうしたんだろ、僕?」
ユアンは軽く頭を振った後、笑って言う。
「テルがアルヴァーナでの冒険を楽しんでくれると良いね」
「ああ! アタシもそう思うよ! テルにとって、良い思い出になってくれたら嬉しい!」
そう言って、クローゼは持ってきた酒瓶をラッパ飲みで豪快にあおった。
「兄貴! アタシ、今日はそろそろ上がるわ!」
「えっ。早いね」
「悪りぃ! 埋め合わせは明日するよ!」
体調が悪かった訳ではない。ソワソワして作業に集中できなかったのだ。
その後、クローゼは一人、ソブラにある銭湯に直行した。
確かに準備で忙しく、全く湯浴みをしていなかった。四日――いや五日は湯船に浸かっていなかっただろうか。
時間帯が早いせいで、銭湯は人もまばらだった。岩場の陰に辿り着くや、クローゼは手拭いで豊満な体をゴシゴシと擦り始めた。その顔は真っ赤に染まり、輝久と喋っていた時の豪胆さはすっかり影を潜めている。
体を洗いながら、クローゼは心の中で絶叫していた。
(ダメだ、アタシはあああああああああああああ!!)
フェロモン出ちゃってたかあ、じゃねえよ! 臭いんだよ、単純に! あと、血湧き、乳躍るって何だ! 間違えた! 死にたい!
……クローゼは、そこそこナイーブであった。
(あーあ。頭悪いって思われただろうなあ。ま、実際、賢くはないんだけどさあ)
子供の頃から聞かされていた勇者の登場に、クローゼは内心、もの凄く緊張していた。とにかく間を持たすべく、喋らなくてはと思い、まくし立てた結果があんな感じであった。
焦って喋れば喋る程、何だか勇者にとってイヤな奴になっていく気がして、それがまたクローゼをガサツな行動に駆り立てるといった悪循環。最後の方は、どうにか失態を取り戻そうと、自慢の胸を触れと迫ってみたが、勇者はより一層、ドン引きしていた気がする。
「はぁーあ」
肌を擦る手を止めて、大きな溜め息を吐く。やがて思い立って、クローゼは全裸のまま、果実から精製された香料の置いてある棚に向かった。
普段、こういう物に興味はない。だが、クローゼは香料を脇や乳房に塗り付けてみた。
(これでちょっとは良い匂いになったかな?)
勇者のことを考えながら、クローゼは全身に香料を塗る。輝久を初めて見た瞬間、クローゼの心はときめいた。あんな気持ちになったのは生まれて初めてである。『どうにか勇者に好かれたい』――クローゼは自然にそう願っていた。
単に一緒のパーティになったからとか、子供の時からずっと憧れていた勇者だからとか、そういうのとは違う感じがしていた。
(何だろな、この気持ち)
考えながら、香料を掌に溜め、クローゼはそれを股に近付ける。
「こ、此処もひょっとして、もしかしたら嗅がれるかも知んねえしな……!」
大事な部分に塗りつけようとして、クローゼは不意に恥ずかしくなって叫ぶ。
「バカが!! んな訳ねーだろ!!」
自分のバカさ加減にイラついて、クローゼは手桶を岩場にガーンと投げつけた。
(こんなだから、周りの奴らからガサツって思われんだよ!)
気持ちを切り替えようと、冷水を何度も浴びた。少し落ち着いた後、誰も居ない脱衣所に戻る。
クローゼは一人、鏡に映る自らの裸体を見詰めた。
(背と胸だけはデカくなっちゃって。アタシだって、昔はちゃんとしてたんだけどなあ)
武芸都市ソブラから馬車で一両日走る距離に、ユアンとクローゼの故郷の村があった。
父親は痩せ気味の男性で魔法使い。背格好も現在のユアンと似ている。そして、ユアンの修行は魔法使いの父が、クローゼの修行は戦士職の母が担当した。
背もまだ発達していない幼いクローゼに、母はよく巨大な骨付き肉をグイと差し出したものだ。
「クローゼ! もっと肉を食え!」
「はい!」
「違うだろ! 返事は『おう』だ!」
「お、おう!」
「ハッハハ! そうだ、クローゼ! お前は将来、勇者を守る強い女戦士になるんだからなあ!」
筋肉質で赤毛の母は大声を出して笑う。そんな母を、父もユアンも、そしてクローゼも、やや遠慮がちに眺めていた。
クローゼ自身、母のことは嫌いではない。むしろ好きであった。基本的には優しいし、肉を食え食えと急かしたり、二言目には強くなれと言うのも、自分の将来を考えてのことだと思っていたし、事実その通りだった。
(そうだよ! アタシは将来、勇者を守らなきゃいけないんだから!)
クローゼは、母のようになるべく男らしく振る舞うようにした。野菜を盗むような魔物をゲンコツで懲らしめたり、ガハハと快活に笑ったり、あと人一倍、肉を食べた。
ある日、母と一緒に市場に買い物に行く道中、自分と同い年くらいの子供の人山ができていた。紙芝居をしているらしい。
「珍しいな。クローゼ、ちょっと見ていくか?」
「おう!」
男らしく返事するクローゼ。母と一緒に見た紙芝居は、悪いドラゴンに襲われている王女を命がけで守ろうとする王子の物語だった。
王子は王女の手を握りしめて言う。
『君は絶対に俺が守る!』
『ああ、王子様!』
クローゼの胸はキュンと、ときめき、忘れかけていた女子的な部分がひょいと顔を覗かせた。
(ああっ、素敵! アタシもあんな王子様に助けられたいなあ!)
だが、隣の母は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「チッ! 何て腹の立つ、女々しい話だ! 行こうぜ、クローゼ! 帰って肉、焼いてやっから!」
「おう!」とは言ったものの、クローゼは肉より何より、話の続きが気になって気になって仕方がなかった。
しかし、その後も母のガーディアンとしての英才教育が続き、いつしかクローゼはそんなことは忘れてしまった。
「……はぁーあ」
昔を思い出しながら、クローゼは一際大きな溜め息を吐く。鏡には湯気の立つ自分の裸体が映っている。母と同じ筋肉質で、脂肪のないガーディアン体型の自分が。
(絶対、母ちゃんのせいだよな)
恨みはない。愛している。今も健在で村で暮らす両親に、今日、女神と勇者と会ったことを早く知らせてやりたいと思う。きっと両手をあげて喜ぶだろう。
それでも、クローゼの溜め息は止まらないのだった。
……ソブラの銭湯を出て、クローゼはユアンと二人暮らしの家に戻る。ユアンはまだ少し濡れたクローゼの赤髪を見て「さっぱりしたね」と笑った。
「これから、二日に一回は入るって決めた」
すると、ユアンはまたクスクスと笑った。
その夜。自室のベッドに寝転がり、クローゼは一人、枕を抱いていた。少女時代に見た紙芝居が何故だか、クローゼの脳裏から離れなかった。
「人生で一回くらい、言われてみてえなあ。『君は俺が守る!』なんて……」
枕を抱きながら独りごちた途端、クローゼは半身を起こし、頭をブンブンと振る。
「ぎゃああああ! 何言ってんだ、アタシ! ハズい、ハズい! 逆だろ! アタシはガーディアン! 守る方なんだから!」
頭を枕に押しつける。余計なことを考えないようにしようとするが、今日会った勇者の顔と、紙芝居の王子の顔が交互に脳内に現れた。
(ああ、もう! 眠れねえっ!)
クローゼはベッドから起き上がると、酒の入ったボトルを持ってベランダに向かう。
満天の星が照らすベランダには先客がいた。
「兄貴。まだ起きてたのか。珍しいな」
「何だかちょっとワクワクしてね」
星空を眺めながら、ユアンが言う。
「不思議なんだ。出会った瞬間、理屈無しに勇者を――テルを守らなきゃって思った。ガーディアンの義務とか使命とか、そういうのとは多分違って。上手く言えないけど、昔からの友人みたいだなって思ったんだ」
「あ、分かる! アタシもテルとは初めて会った気がしねえっつーか!」
「そう。だから、本当に命をかけて守ろうって思えた」
ユアンの言葉にクローゼは頷く。血の通った兄が、自分と同じ気持ちを抱いていることが嬉しかった。
真剣な表情をしたままのユアンがふと可笑しくなり、クローゼは笑いかける。
「実際、命がけで守ることなんかねえだろ! アルヴァーナは平和なんだから!」
「あはは。間違いないね。どうしたんだろ、僕?」
ユアンは軽く頭を振った後、笑って言う。
「テルがアルヴァーナでの冒険を楽しんでくれると良いね」
「ああ! アタシもそう思うよ! テルにとって、良い思い出になってくれたら嬉しい!」
そう言って、クローゼは持ってきた酒瓶をラッパ飲みで豪快にあおった。
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