機械仕掛けの最終勇者

土日 月

文字の大きさ
上 下
16 / 24

幕間 ワイルド女の本音

しおりを挟む
 輝久とマキ、そしてネィムが宿屋に向かった後。クローゼはユアンと一緒に三十分ほど出店の手伝いをしていたのだが、

「兄貴! アタシ、今日はそろそろ上がるわ!」
「えっ。早いね」
「悪りぃ! 埋め合わせは明日するよ!」

 体調が悪かった訳ではない。ソワソワして作業に集中できなかったのだ。

 その後、クローゼは一人、ソブラにある銭湯に直行した。

 確かに準備で忙しく、全く湯浴みをしていなかった。四日――いや五日は湯船に浸かっていなかっただろうか。

 時間帯が早いせいで、銭湯は人もまばらだった。岩場の陰に辿り着くや、クローゼは手拭いで豊満な体をゴシゴシと擦り始めた。その顔は真っ赤に染まり、輝久と喋っていた時の豪胆さはすっかり影を潜めている。

 体を洗いながら、クローゼは心の中で絶叫していた。

(ダメだ、アタシはあああああああああああああ!!)

 フェロモン出ちゃってたかあ、じゃねえよ! 臭いんだよ、単純に! あと、血湧き、乳躍るって何だ! 間違えた! 死にたい!

 ……クローゼは、そこそこナイーブであった。

(あーあ。頭悪いって思われただろうなあ。ま、実際、賢くはないんだけどさあ)

 子供の頃から聞かされていた勇者の登場に、クローゼは内心、もの凄く緊張していた。とにかく間を持たすべく、喋らなくてはと思い、まくし立てた結果があんな感じであった。

 焦って喋れば喋る程、何だか勇者にとってイヤな奴になっていく気がして、それがまたクローゼをガサツな行動に駆り立てるといった悪循環。最後の方は、どうにか失態を取り戻そうと、自慢の胸を触れと迫ってみたが、勇者はより一層、ドン引きしていた気がする。

「はぁーあ」

 肌を擦る手を止めて、大きな溜め息を吐く。やがて思い立って、クローゼは全裸のまま、果実から精製された香料の置いてある棚に向かった。

 普段、こういう物に興味はない。だが、クローゼは香料を脇や乳房に塗り付けてみた。

(これでちょっとは良い匂いになったかな?)

 勇者のことを考えながら、クローゼは全身に香料を塗る。輝久を初めて見た瞬間、クローゼの心はときめいた。あんな気持ちになったのは生まれて初めてである。『どうにか勇者に好かれたい』――クローゼは自然にそう願っていた。

 単に一緒のパーティになったからとか、子供の時からずっと憧れていた勇者だからとか、そういうのとは違う感じがしていた。

(何だろな、この気持ち)

 考えながら、香料を掌に溜め、クローゼはそれを股に近付ける。

「こ、此処もひょっとして、もしかしたら嗅がれるかも知んねえしな……!」

 大事な部分に塗りつけようとして、クローゼは不意に恥ずかしくなって叫ぶ。

「バカが!! んな訳ねーだろ!!」

 自分のバカさ加減にイラついて、クローゼは手桶を岩場にガーンと投げつけた。

(こんなだから、周りの奴らからガサツって思われんだよ!)

 気持ちを切り替えようと、冷水を何度も浴びた。少し落ち着いた後、誰も居ない脱衣所に戻る。

 クローゼは一人、鏡に映る自らの裸体を見詰めた。

(背と胸だけはデカくなっちゃって。アタシだって、昔はちゃんとしてたんだけどなあ)



 武芸都市ソブラから馬車で一両日走る距離に、ユアンとクローゼの故郷の村があった。

 父親は痩せ気味の男性で魔法使い。背格好も現在のユアンと似ている。そして、ユアンの修行は魔法使いの父が、クローゼの修行は戦士職の母が担当した。

 背もまだ発達していない幼いクローゼに、母はよく巨大な骨付き肉をグイと差し出したものだ。

「クローゼ! もっと肉を食え!」
「はい!」
「違うだろ! 返事は『おう』だ!」
「お、おう!」
「ハッハハ! そうだ、クローゼ! お前は将来、勇者を守る強い女戦士になるんだからなあ!」

 筋肉質で赤毛の母は大声を出して笑う。そんな母を、父もユアンも、そしてクローゼも、やや遠慮がちに眺めていた。

 クローゼ自身、母のことは嫌いではない。むしろ好きであった。基本的には優しいし、肉を食え食えと急かしたり、二言目には強くなれと言うのも、自分の将来を考えてのことだと思っていたし、事実その通りだった。

(そうだよ! アタシは将来、勇者を守らなきゃいけないんだから!)

 クローゼは、母のようになるべく男らしく振る舞うようにした。野菜を盗むような魔物をゲンコツで懲らしめたり、ガハハと快活に笑ったり、あと人一倍、肉を食べた。

 ある日、母と一緒に市場に買い物に行く道中、自分と同い年くらいの子供の人山ができていた。紙芝居をしているらしい。

「珍しいな。クローゼ、ちょっと見ていくか?」
「おう!」

 男らしく返事するクローゼ。母と一緒に見た紙芝居は、悪いドラゴンに襲われている王女を命がけで守ろうとする王子の物語だった。

 王子は王女の手を握りしめて言う。

『君は絶対に俺が守る!』
『ああ、王子様!』

 クローゼの胸はキュンと、ときめき、忘れかけていた女子的な部分がひょいと顔を覗かせた。

(ああっ、素敵! アタシもあんな王子様に助けられたいなあ!)

 だが、隣の母は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「チッ! 何て腹の立つ、女々しい話だ! 行こうぜ、クローゼ! 帰って肉、焼いてやっから!」

「おう!」とは言ったものの、クローゼは肉より何より、話の続きが気になって気になって仕方がなかった。

 しかし、その後も母のガーディアンとしての英才教育が続き、いつしかクローゼはそんなことは忘れてしまった。



「……はぁーあ」

 昔を思い出しながら、クローゼは一際大きな溜め息を吐く。鏡には湯気の立つ自分の裸体が映っている。母と同じ筋肉質で、脂肪のないガーディアン体型の自分が。

(絶対、母ちゃんのせいだよな)

 恨みはない。愛している。今も健在で村で暮らす両親に、今日、女神と勇者と会ったことを早く知らせてやりたいと思う。きっと両手をあげて喜ぶだろう。

 それでも、クローゼの溜め息は止まらないのだった。

 ……ソブラの銭湯を出て、クローゼはユアンと二人暮らしの家に戻る。ユアンはまだ少し濡れたクローゼの赤髪を見て「さっぱりしたね」と笑った。

「これから、二日に一回は入るって決めた」

 すると、ユアンはまたクスクスと笑った。


 その夜。自室のベッドに寝転がり、クローゼは一人、枕を抱いていた。少女時代に見た紙芝居が何故だか、クローゼの脳裏から離れなかった。

「人生で一回くらい、言われてみてえなあ。『君は俺が守る!』なんて……」

 枕を抱きながら独りごちた途端、クローゼは半身を起こし、頭をブンブンと振る。

「ぎゃああああ! 何言ってんだ、アタシ! ハズい、ハズい! 逆だろ! アタシはガーディアン! 守る方なんだから!」

 頭を枕に押しつける。余計なことを考えないようにしようとするが、今日会った勇者の顔と、紙芝居の王子の顔が交互に脳内に現れた。

(ああ、もう! 眠れねえっ!)

 クローゼはベッドから起き上がると、酒の入ったボトルを持ってベランダに向かう。

 満天の星が照らすベランダには先客がいた。

「兄貴。まだ起きてたのか。珍しいな」
「何だかちょっとワクワクしてね」

 星空を眺めながら、ユアンが言う。

「不思議なんだ。出会った瞬間、理屈無しに勇者を――テルを守らなきゃって思った。ガーディアンの義務とか使命とか、そういうのとは多分違って。上手く言えないけど、昔からの友人みたいだなって思ったんだ」
「あ、分かる! アタシもテルとは初めて会った気がしねえっつーか!」
「そう。だから、本当に命をかけて守ろうって思えた」

 ユアンの言葉にクローゼは頷く。血の通った兄が、自分と同じ気持ちを抱いていることが嬉しかった。

 真剣な表情をしたままのユアンがふと可笑しくなり、クローゼは笑いかける。

「実際、命がけで守ることなんかねえだろ! アルヴァーナは平和なんだから!」
「あはは。間違いないね。どうしたんだろ、僕?」

 ユアンは軽く頭を振った後、笑って言う。

「テルがアルヴァーナでの冒険を楽しんでくれると良いね」
「ああ! アタシもそう思うよ! テルにとって、良い思い出になってくれたら嬉しい!」

 そう言って、クローゼは持ってきた酒瓶をラッパ飲みで豪快にあおった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。

大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。 ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。 主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。 マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。 しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。 主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。 これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

処理中です...