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第三章 既視感
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今、輝久の眼前に広がるのは、中世西洋風の町並。質素な布の服を着た老若男女が石畳の上を歩いている。
輝久にとって、ドレミノは異世界で初めて来た町である。なのに……。
「どうされましタ?」
「いや……」
輝久はマキの手前、平静を装うが、
(夢と一緒だ……!)
先程、夢で見た町の景色と酷似していることに輝久は気付く。確か、夢の中でも自分はドレミノの町にいた。
「それでは装備を整えまショウ」
(デジャヴ? 気のせい? だけど……)
「テル? 装備を……」
「あ、ああ、悪い。そうだな」
「では武器屋まデ、ご案内致しマス」
先頭を切って歩き出したマキを、輝久は咄嗟に呼び止める。
「違う。武器屋はこっちだ」
きょとんとするマキと逆方向に輝久は歩く。しばらく進むと、武器屋の看板が見えてきた。
「凄いデス。テル」
目を大きくして感心するマキ。輝久は先程から次第に濃くなっていく違和感を覚えつつ、店内に進む。短めの茶髪に蝶の髪飾りを付けた快活な女性が笑顔で声を掛けてきた。
「よっ! お兄さん、新人冒険者かい? 良い武器、揃ってるよー!」
刹那、輝久の脳裏を過ったのは、ガガの攻撃により、頭部を半分失った彼女の凄惨な最後だった。
まるで幽霊に出会ったような気がして、輝久は女性店員から一歩後ずさった。女性店員がニヤリと笑う。
「あららー? 女性に免疫ないのかなー?」
「べ、別にそんなことは!」
快活な女性店員はひとしきり笑うと、膝を屈めてマキの頭を撫でた。
「こっちは小さくて可愛いねー! ……あれれ! 肌カッチカチじゃん!」
「ハイ。マキの肌は固いのデス」
「お人形さんみたいだねー! ふふふ!」
二人が楽しげに語らうのを見ていると、輝久の気持ちは段々落ち着いてきた。輝久は陳列から武器と防具を選ぶ。
「この銅の剣ください。あと、あっちにある皮の鎧も」
「あいよ!」
夢の中で女神が選んでくれたのと同じチョイスをしてから、ハッと気付く。夢では金髪の女神が払ってくれたが、ひょっとすると自分達は今、文無しではないだろうか。
不安に思っていると「お支払いしマス」と、マキが言ったので輝久は安堵する。
マキが小さな口をパカリと開くと「チーン」と、古い電子レンジのような音がして、口からザラザラと銀貨が排出された。
「スロットマシンか、お前は!!」
(全然、夢の女神と違うし!)
呆れると同時に、不思議に思う。町の風景や店員は夢で見たのと同じ。しかし、そこにはマキはいなくて、代わりに金髪の美しい女神がいた。
(ったく。何なんだ、この現象は?)
既視感とは違う。あえて言うなら、既視感の中に空想が入り交じったような感覚。
「テル。行きまショウ」
マキに急かされて、輝久は思考を中断する。いくら考えたところで、ハッキリした答えは得られそうになかった。
輝久はマキと共に店を出る。その刹那、夢で見た光景がまたも輝久の脳裏を過った。夢の中では、武器屋を出た瞬間、町の人々の死体がそこかしこに転がっていた。
輝久の心臓が激しく鼓動する。しかし……。
「あははは!」
「キャッ、キャッ!」
聞こえてきたのは悲鳴ではなく、子供達の笑い声。店内に入る前と同じく、平穏な光景が広がっている。
ホッとする輝久。だが、周囲を眺めていた輝久の視界の隅に、突如、老人の姿が映った。
(あの爺さん!)
輝久がガガと戦った後、奇声を発して泣きわめいていた白ヒゲの老人だ。
「おい! アンタ!」
輝久が呼びかけると、老人はくるりと背を向けて早足で歩き出す。
「待てよ! 待てって!」
追いかけるが、老人は大通りの人混みに紛れるようにして消えてしまった。
「クソッ! 逃げられた!」
あの老人はきっと何かを知っている――輝久はそう確信していた。ガガと輝久が戦っていた場所に居合わせたのもさることながら、『偶の神力』――ジエンドに変身した時、胸のレリーフ女神が語った言葉を、あの老人も言っていたからだ。
(しかも、涙を流しながら)
「テル、どうしましタ?」
マキが少し遅れて輝久の元に走ってくる。
「例のヨボヨボの爺さんがいたんだ。マキは見なかったのか?」
「ハイ。ですガ、周囲に邪悪なオーラは感じまセンでしタ」
マキのそのセンサーを信じるならば、老人は敵ではなさそうだ。だが、それならどうして自分達の後を付けている? そして、こちらが気付けば、逃げるように姿を消す?
「あーっ、もう!! 分からーん!!」
輝久は頭を抱えて叫ぶ。物事に説明や理由が欲しい輝久である。なのに、異世界に来てから理解不能なことが連続して続いている。
マキが落ち込む輝久の手を引く。
「装備も揃えましたシ、次に行きまショウ」
「……気楽だな、お前は」
不意にマキの目が明滅する。そして、往来でカリカリカリを音を立て始めた。道行く人の中には、そんなマキに奇異の視線を投げる者もいたが、大方は気にせず歩いて行く。
メイド服にマネキンのような肌のマキは、輝久から見ればかなり異質な存在であるが、先程の女性店員もたいしてツッコまなかったように、モンスターがいるような世界では、それ程の個性ではないのかも知れない。そんな風に輝久が考えていると、またマキに方から「チーン」と聞こえた。
「町の近くノお城に、テルの仲間がイる模様デス」
脳内のデータベースにアクセスした後、マキはウィン、ガシャンと歩き出す。
「仲間ねえ」
色々あってモヤモヤする輝久だったが、この世界アルヴァーナを救済しないと元の世界には戻れない。ならば前に進むしかないと、輝久は渋々、マキの後に続いた。
ぼんやり遠くに見えていた城の全容が窺える程に、輝久とマキが近付いた時、
「ケーッケッケッケ!」
人間のものとは思えない甲高い笑い声が響いた。
「な、何だ!?」
「愚かな人間共! てめえらの大事な物は頂いたぜ!」
緊張する輝久の視線の先に、異様の者がいた。子供のような背丈だが、皮膚の色は緑。尖った耳に口元から覗く牙。RPGや異世界ものでお馴染みの姿を見て、輝久は叫ぶ。
「あっ、アレ!! ゴブリン!? ゴブリンか!?」
少しテンションの上がる輝久。しかし様子がおかしい。ゴブリンが町中に現れたというのに人々は悲鳴一つあげない。騒いでいるのは輝久だけで、女性二人が談笑しながら、ゴブリンの隣を通り過ぎて行く。
まるで無視されているような状況のゴブリンは少し儚げな顔をしていたが、輝久とマキの視線に気付くと、再び声を荒らげた。
「ケッケケケ! 今日も野菜は貰っていくからなあ!」
言われて輝久は気付く。ゴブリンの背後には荷台があり、野菜が山ほど載っていた。
「ものすごい盗んでんじゃん!」
「アルヴァーナに生息すル、悪いモンスターだと思われマス」
輝久が腰に付けた銅の剣に手を伸ばしかけた時、近くで煙草を吹かしながら様子を見ていたおじさんが言う。
「ありゃあ腐りかけの野菜だから別にいいべさ」
「そうなの!? ……お、おい、お前! それ腐ってんだってよ!」
驚いた輝久はゴブリンにそう教えてやった。なのに、ゴブリンは口を三日月に歪めて哄笑する。
「キケケケケケ!! そうだ!! コレは腐りかけの野菜だァ!!」
「知ってんの!? いいんだ、それで!?」
「俺達は多少腐りかけの野菜でも美味しく頂けるのだ!! ってかお前、見ない顔だな!! 誰だ!!」
するとマキが輝久の前に躍り出て、ぺたんこで固そうな胸に手を当てた。
「マキは女神デ、テルは世界を救ウ勇者なのデス」
「め、女神と勇者だあ!?」
驚愕の表情を浮かべるゴブリン。事なかれ主義のようだった周りの人々も足を止める。
「勇者だって? あの少年が? まさか!」
「連れの女の子を見ろ! 女神っぽくもないが人間っぽくもない! ということは、」
「もしかして、本当に勇者!?」
ざわつく周囲。呑気に煙草を吸っていた先程のおじさんも目を大きく見開いている。
「あ、アンタ、勇者って本当だべか?」
「まぁ、一応」
輝久が肯定すると、周りにいた人々がワァッと歓喜の声を上げた。
「伝承にある、違う世界からの勇者様だ!」
「何と凜々しいお姿!」
「救世主だ!」
称賛する人々に囲まれ、流石に照れる輝久。彼らは笑顔で言葉を続けた。
「遂に現れたぞ!! アルヴァーナの新鮮な野菜と果物を守ってくれる、伝説の勇者様が!!」
「ああ!! 素晴らしき『農作物の守護者』!!」
「いや、ちょっと待って!! 俺、そんな立ち位置なの!?」
愕然として輝久は叫ぶ。『農作物の守護者』――何という低レベルな転生勇者だろうか。そんな二つ名の勇者を輝久は聞いたことがない。
(流石は難度F世界……!)
輝久は脱力したが、マキは鋭い視線でゴブリンを見据えて、メイド服の袖をまくる。
「それデハ早速、悪いモンスターをこらしメまショウ!」
「このゴブリン、食べられない野菜を持って行くんだろ? だったら別に悪いことしてないじゃん。むしろ良いことじゃね?」
「そうなのデス?」
「見てみ。誰も怒ってないし」
町の人達は台車を引くゴブリンの肩を叩いたり、優しい言葉をかけていた。老婆がゴブリンに微笑む。
「いつもご苦労さん。ありがとね」
「おうよ! 毎度あり!」
(業者か!)
輝久は心の中で溜め息を吐いた後、幼児アンドロイドに言う。
「……マキ。城に行こう」
「ハイ」
元々あまりなかったやる気を完全に失う前に、輝久が自発的に場を後にしようとすると、
「お待ちください、勇者様!」
突如、輝久とマキの前に片膝を突き、跪く者が現れた。黒い髪をポニーテールにした凜々しい顔立ちの女性で、鉄の甲冑をまとっている。
「アドルフ王の配下で、兵士長を務めるセレナと申します! プルト城にて、王が待っておられます! 何卒、私にご案内を!」
「あっ、そんなかしこまらないで。どうせ今から行くつもりだったし」
跪くセレナに立つように促しながら、輝久は城に仲間がいるとマキに言われたことを思い出す。
(この人は案内役みたいだから違うとして……)
「なぁ、マキ。俺の仲間って、まさか王様じゃないよな?」
「分かりかねマス」
するとセレナは破顔一笑した。
「アドルフ王の子女であらせられるネィム様が、勇者様のお力になれるよう日夜、治癒のスキルを磨いております!」
「へぇ、ヒーラーか! じゃあ怪我を治したりできるんだな!」
「え、えぇと、そうですね……」
歯切れ悪そうに言うと、セレナは輝久の腕をちらりと見た。ガガ戦の後、気絶している時にマキに引きずられてできた傷を指さす。
「このくらいの傷ならば、おそらくは治せます!」
「え……この掠り傷で『おそらく』なの?」
輝久は、絆創膏もいらない程度の傷をまじまじと見る。セレナは笑顔で言う。
「ご安心下さい! ネィム様は今、聖なる祠で最後の追い込みをしておられます! 修行を終えた暁には、擦り傷や掠り傷、軽い捻挫や打ち身も癒やせるようになる筈です!」
(湿布レベルかよ!)
輝久は内心驚くが、近くで話を聞いていた町の人達は「素晴らしい!」「流石はネィム様!」と口々に褒め称えた。
セレナが輝久達を先導するように、恭しく手を前方に伸ばす。
「詳しいお話はアドルフ王から! それではプルト城に参りましょう!」
「はぁ。じゃあ、まぁ……」
セレナの後にマキと共に続こうとした時、成り行きを遠巻きに見ていたゴブリンが輝久を睨み付けた。
「おい、勇者! お前、ネィムをイジめたらタダじゃおかねえぞ! アイツ、良い子なんだからな!」
「イジめねえよ! ってか、何でモンスターにそんなこと言われなきゃなんねえんだよ!」
「フン」と鼻を鳴らし、ゴブリンは腐った野菜の載った台車に手を掛け、そのまま歩き去って行った。
「何だ、アイツ! どんなモンスターだ!」
「アルヴァーナは平和な世界ですから。でもゴブリンの言った通り、本当にネィム様は良い子なんですよ!」
セレナはそう言って、くすりと笑う。
セレナの後に続きながら、楽しげな人々で賑わう往来を歩きつつ、輝久は思う。
(ホント、ほのぼのしてんなあ……)
町の中心部を抜けて案内されたプルト城は、敵の侵略を防ぐというよりは様式美的な趣のある城だった。城門を潜った後、警備の兵もまばらな美しい庭園を抜ける。
衛兵が一礼する横を抜けて、輝久とマキは螺旋階段を上る。二階の王の間には、赤絨毯が敷き詰められており、その先の玉座にアドルフ王が腰掛けていた。
(王様って、この国のトップってことだよな)
歳は六、七十代だろうか。顎ヒゲを蓄えた荘厳そうなアドルフ王に、輝久はおずおずと近付いていく。王が座ったまま、口を開く。
「勇者よ。よくぞ我が城に来てくれた。早速じゃが、頼みがある。どうかこの世界アルヴァーナを救って欲しい」
シリアスな雰囲気に輝久は少し緊張するが、マキは物怖じせずきっぱりと言う。
「マキ達に任せテくだサイ」
「はて。貴女は?」
「女神デス」
「何と! お人形のようじゃのう! 小さく、そして愛らしい女神じゃなあ!」
まるで孫娘を見るように、相好を崩すアドルフ王。マキのお陰で周囲の空気が弛緩したようだ。輝久はホッと息を吐く。
(それにしてもマキの外見を見ても、女神だって疑わないんだな)
アドルフ王もまた、先程見た町の人々同様、純粋な人柄なのかも知れない。マキがテルを細い手で指さす。
「テルは先程、ゴブリンを退治したのデス」
「退治っていうか、スルーしただけじゃない……?」
輝久がポリポリと頬を掻いていると、王は笑顔を改めて、またも荘厳な声を出す。
「ゴブリンを追い払うとは、流石は勇者といったところじゃの。しかし、ゴブリンなど比べものにならん、とんでもない巨悪がこのアルヴァーナに現れたのじゃ」
「それって、まさか!」
輝久は不死公ガガとの熾烈な戦闘を思い出す。王が話を続ける。
「北の大地で魔王が復活したとの噂がある。それに伴って、各地のモンスターの動きが活発化しておるらしい。奴ら、今までは野菜を盗む程度の悪さだったのじゃが、何と……」
悲痛な表情の王。近くにいる護衛の兵士達の空気も張り詰める。魔王軍によって数千、いや数万の命が失われたのかも知れない。輝久は固唾を呑んで、王の話に聞き入った。
「奴らは何と、果物にまで手を出したのじゃっ!!」
「……はい?」
呆気に取られる輝久。ざわざわとする王の間で、兵士達が真剣な表情で呟く。
「畜生め! 野菜ならともかく、果物はキツい!」
「ああ! 新鮮でジューシーな果物まで持って行かれたら、もう笑えない!」
「食後のデザートが無くなってしまう!」
頭を抱える兵士達。歯を食い縛り、顔を伏せる王。そんな中、輝久は内心憤っていた。
(くっだらねえな! ざわざわすんな、そんなことで!)
涙目の王は輝久にすがるように歩み寄ると、両手をがっちり握って懇願する。
「勇者よ! 頼む! アルヴァーナの野菜と果物を守ってくれ!」
何だ、この展開! 子供向け絵本の世界観かよ!
そんな風に思い、絶句する輝久の代わりに、
「大丈夫デス。大船に乗っタつもりでいテくだサイ」
マキが薄っぺらい胸を片手でドンと叩く。途端、王の顔が明るくなった。
「おお! 頼もしいのう!」
「アルヴァーナの全作物はテルが守りマス」
「何だ、全作物を守るって!! ビニールハウスか、俺は!!」
それじゃあ、農家の人じゃねえかと無性にイラついていると、アドルフ王は心配げな顔を輝久に向けてきた。
「勇者よ。怖じ気づいておるのじゃな?」
「呆れてんだよ!!」
輝久も流石に辛抱できなくなって大声で王に叫ぶ。
「それに俺、もう一体、倒したし! ガガって奴!」
すると、アドルフ王はキョトンとした顔を見せた。
「はて? 何じゃ、それは?」
「不死公ガガって言ってた。結構――いやメチャクチャ強いモンスターだったぞ」
「そんな名のモンスターは知らんのう。セレナ兵士長、知っておるか?」
此処まで案内してくれた女兵士セレナもまた、小首を傾げる。
「いいえ。野良のモンスターでしょうか?」
王の間にいた兵士達も皆、顔を見合わせていた。誰もガガのことを知らない様子である。
(えええええ……!! じゃあ俺は一体、何と戦ってたんだ……!?)
アドルフ王は、輝久からマキに視線を変える。
「とにかく早速、アルヴァーナの農作物を守る冒険に出発して欲しいところじゃが、」
「ホントに俺、そんな冒険に出掛けるんだ……イヤだな……すごく」
「そう言うでない。我が娘、ネィムも聖なる祠で修行をしておる。明日には戻る予定じゃ。是非、仲間として連れてやって欲しい」
「はぁ……。じゃあ、まぁ一応……はい」
農作物を守るような旅に果たしてヒーラーの仲間が必要なのか。輝久は甚だ疑問だったが、とりあえず頷いておいた。
「今日はもう遅い。城で休んでいかれるとよかろう」
プルト城のアドルフ王は、輝久に柔和に微笑みかけながらそう言った。
兵士長のセレナに案内されたのは、壁に絵画などが飾られた豪奢な客室だった。
セレナと一緒にテーブルを囲み、城のメイドが運んできた食べ物を腹に収めた後で、輝久は果物のデザートを食べる。
「……確かにうまいな」
メロンのような味覚の果物だった。他にも輝久が日本にいた時、食べたことのない珍しい味の果物が運ばれてくる。それらは甘くジューシーで、輝久は満腹だったにもかかわらずデザートを食べ続けた。
(魔王が欲しがるのも分からなくはないか)
だからといって、果物を盗むなど魔王がやることとは思えない。やっぱり変な世界だ、アルヴァーナは。
「もグもグ。美味しいデスネ」
隣のマキを輝久はジト目で見る。ナイフとフォークを使いながら、普通に食事している。
「どうなってんだ。お前の消化器官は」
「分かりかねマス」
マキの体について考えるだけ無駄だろうと思い、輝久は目を逸らした。くすくすと笑っているセレナと目が合う。
「本当に可愛らしい女神様ですね。どことなくネィム様と似てらっしゃいます」
「えっ、待って。ネィムって幾つくらいなの?」
「今年、十歳になられます」
「若っ!?」
「背丈もそちらの女神様と同じくらいですよ」
果物を守る冒険に同伴するのは、二名の幼児。何なんだ、俺のパーティは。子供会か。
輝久が溜め息を吐くと、マキは大きな欠伸をした。
「マキ、眠クなってきましタ……」
「あらあら。それでは寝室に案内致しますね」
やはり笑いながらセレナは言う。ってかマキ、眠たくなるんだ? ロボっぽいのに!
客室を出ると、セレナの後に続いて廊下を歩き、寝室に向かう。
「テル。手を……」
「何でだよ!」
マキは手を繋ぎたがっていたが、輝久は恥ずかしいので拒否する。するとマキは、輝久の皮の鎧から出ている服の裾を握った。これくらいなら良いか、と輝久は放置する。
「では勇者様はこちらの部屋をお使い下さい」
セレナが寝室の扉の前で歩みを止めて言った。輝久が礼を言うと、セレナは向かいの部屋を手で指す。
「女神様はこのお部屋を、」
「イヤデス。マキ、テルと一緒にいたいデス」
「はぁっ!? 何で!?」
「何で、と申されましてモ、一緒にいたいのデス。好意に理由ガ必要なのでショウか?」
あまり喜怒哀楽が顔に表れないマキだが、この時は寂しそうに見えた。セレナが慌てて、間に入ってくる。
「それではベッドが二つあるお部屋を用意いたしますので!」
「何だかもう、ホントにすいません……」
改めて案内された寝室には、セミダブルのベッドが二つ並んで置かれていた。
既にうつらうつらしていたマキは片方のベッドに倒れ込むや、すぐに寝息を立て始めた。
「寝るの早っ!! 一緒の部屋にした意味なくね!?」
輝久が呆れていると、セレナは気まずそうな素振りの後、決心したように声を張る。
「あ、あのっ!! 勇者様はもしや、幼女がお好きなのでしょうか!?」
「そんな訳ないだろ!!」
「良かった! ネィム様に手を出されたと思うと私、気が気でなくて!」
「ロリコンじゃないんで、俺!」
そんなやり取りの後、セレナは部屋を出て行った。輝久はまたも溜め息を吐きながら、隣で寝ている幼児体型アンドロイドを見据える。
「スー、スー」
アンドロイドなのに女神。寝息を立てるわ、ご飯は食べるわ、おまけにちょっと寂しがり。
(アンドロイドって、もっと知的なイメージあったけどな。いや、アンドロイドじゃなくて女神だっけ? 何だ、もう! 良く分からん!)
輝久は眠るマキに、そっぽを向くようにして自分のベッドに寝転がった。
マキのことは置いておいて――輝久は今日あったことを回想してみる。
異世界に来てから、色んなことが矢継ぎ早に起きた。中でも、いきなりの不死公ガガとのバトルは、輝久の脳裏に深く刻まれていた。
ガガの恐ろしい姿と、熾烈な戦闘を思い出し、輝久はブルッと体を震わせる。あんな奴とはもう二度と戦いたくない。
しかし、その後は難度Fに相応しい展開だった。町の人は優しく、モンスターであるゴブリンすら敵意を持っていない。アドルフ王も人の良さそうな君主で、勇者としての輝久の役目は『アルヴァーナの野菜と果物を守ること』。
ならば、不死公ガガとは一体何だったのか。分からない。分からないが、
(命がけの異世界攻略よりは、平和な異世界攻略の方がマシだよな)
野菜や果物を守るだけで元いた世界に戻れるなら、それに越したことはあるまい。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
半ば、自分言い聞かせる。そんなことを考えているうちに、輝久も眠くなってきた。
やがて、隣のマキの寝息も気にならない程に輝久の意識はまどろんでいった。
輝久にとって、ドレミノは異世界で初めて来た町である。なのに……。
「どうされましタ?」
「いや……」
輝久はマキの手前、平静を装うが、
(夢と一緒だ……!)
先程、夢で見た町の景色と酷似していることに輝久は気付く。確か、夢の中でも自分はドレミノの町にいた。
「それでは装備を整えまショウ」
(デジャヴ? 気のせい? だけど……)
「テル? 装備を……」
「あ、ああ、悪い。そうだな」
「では武器屋まデ、ご案内致しマス」
先頭を切って歩き出したマキを、輝久は咄嗟に呼び止める。
「違う。武器屋はこっちだ」
きょとんとするマキと逆方向に輝久は歩く。しばらく進むと、武器屋の看板が見えてきた。
「凄いデス。テル」
目を大きくして感心するマキ。輝久は先程から次第に濃くなっていく違和感を覚えつつ、店内に進む。短めの茶髪に蝶の髪飾りを付けた快活な女性が笑顔で声を掛けてきた。
「よっ! お兄さん、新人冒険者かい? 良い武器、揃ってるよー!」
刹那、輝久の脳裏を過ったのは、ガガの攻撃により、頭部を半分失った彼女の凄惨な最後だった。
まるで幽霊に出会ったような気がして、輝久は女性店員から一歩後ずさった。女性店員がニヤリと笑う。
「あららー? 女性に免疫ないのかなー?」
「べ、別にそんなことは!」
快活な女性店員はひとしきり笑うと、膝を屈めてマキの頭を撫でた。
「こっちは小さくて可愛いねー! ……あれれ! 肌カッチカチじゃん!」
「ハイ。マキの肌は固いのデス」
「お人形さんみたいだねー! ふふふ!」
二人が楽しげに語らうのを見ていると、輝久の気持ちは段々落ち着いてきた。輝久は陳列から武器と防具を選ぶ。
「この銅の剣ください。あと、あっちにある皮の鎧も」
「あいよ!」
夢の中で女神が選んでくれたのと同じチョイスをしてから、ハッと気付く。夢では金髪の女神が払ってくれたが、ひょっとすると自分達は今、文無しではないだろうか。
不安に思っていると「お支払いしマス」と、マキが言ったので輝久は安堵する。
マキが小さな口をパカリと開くと「チーン」と、古い電子レンジのような音がして、口からザラザラと銀貨が排出された。
「スロットマシンか、お前は!!」
(全然、夢の女神と違うし!)
呆れると同時に、不思議に思う。町の風景や店員は夢で見たのと同じ。しかし、そこにはマキはいなくて、代わりに金髪の美しい女神がいた。
(ったく。何なんだ、この現象は?)
既視感とは違う。あえて言うなら、既視感の中に空想が入り交じったような感覚。
「テル。行きまショウ」
マキに急かされて、輝久は思考を中断する。いくら考えたところで、ハッキリした答えは得られそうになかった。
輝久はマキと共に店を出る。その刹那、夢で見た光景がまたも輝久の脳裏を過った。夢の中では、武器屋を出た瞬間、町の人々の死体がそこかしこに転がっていた。
輝久の心臓が激しく鼓動する。しかし……。
「あははは!」
「キャッ、キャッ!」
聞こえてきたのは悲鳴ではなく、子供達の笑い声。店内に入る前と同じく、平穏な光景が広がっている。
ホッとする輝久。だが、周囲を眺めていた輝久の視界の隅に、突如、老人の姿が映った。
(あの爺さん!)
輝久がガガと戦った後、奇声を発して泣きわめいていた白ヒゲの老人だ。
「おい! アンタ!」
輝久が呼びかけると、老人はくるりと背を向けて早足で歩き出す。
「待てよ! 待てって!」
追いかけるが、老人は大通りの人混みに紛れるようにして消えてしまった。
「クソッ! 逃げられた!」
あの老人はきっと何かを知っている――輝久はそう確信していた。ガガと輝久が戦っていた場所に居合わせたのもさることながら、『偶の神力』――ジエンドに変身した時、胸のレリーフ女神が語った言葉を、あの老人も言っていたからだ。
(しかも、涙を流しながら)
「テル、どうしましタ?」
マキが少し遅れて輝久の元に走ってくる。
「例のヨボヨボの爺さんがいたんだ。マキは見なかったのか?」
「ハイ。ですガ、周囲に邪悪なオーラは感じまセンでしタ」
マキのそのセンサーを信じるならば、老人は敵ではなさそうだ。だが、それならどうして自分達の後を付けている? そして、こちらが気付けば、逃げるように姿を消す?
「あーっ、もう!! 分からーん!!」
輝久は頭を抱えて叫ぶ。物事に説明や理由が欲しい輝久である。なのに、異世界に来てから理解不能なことが連続して続いている。
マキが落ち込む輝久の手を引く。
「装備も揃えましたシ、次に行きまショウ」
「……気楽だな、お前は」
不意にマキの目が明滅する。そして、往来でカリカリカリを音を立て始めた。道行く人の中には、そんなマキに奇異の視線を投げる者もいたが、大方は気にせず歩いて行く。
メイド服にマネキンのような肌のマキは、輝久から見ればかなり異質な存在であるが、先程の女性店員もたいしてツッコまなかったように、モンスターがいるような世界では、それ程の個性ではないのかも知れない。そんな風に輝久が考えていると、またマキに方から「チーン」と聞こえた。
「町の近くノお城に、テルの仲間がイる模様デス」
脳内のデータベースにアクセスした後、マキはウィン、ガシャンと歩き出す。
「仲間ねえ」
色々あってモヤモヤする輝久だったが、この世界アルヴァーナを救済しないと元の世界には戻れない。ならば前に進むしかないと、輝久は渋々、マキの後に続いた。
ぼんやり遠くに見えていた城の全容が窺える程に、輝久とマキが近付いた時、
「ケーッケッケッケ!」
人間のものとは思えない甲高い笑い声が響いた。
「な、何だ!?」
「愚かな人間共! てめえらの大事な物は頂いたぜ!」
緊張する輝久の視線の先に、異様の者がいた。子供のような背丈だが、皮膚の色は緑。尖った耳に口元から覗く牙。RPGや異世界ものでお馴染みの姿を見て、輝久は叫ぶ。
「あっ、アレ!! ゴブリン!? ゴブリンか!?」
少しテンションの上がる輝久。しかし様子がおかしい。ゴブリンが町中に現れたというのに人々は悲鳴一つあげない。騒いでいるのは輝久だけで、女性二人が談笑しながら、ゴブリンの隣を通り過ぎて行く。
まるで無視されているような状況のゴブリンは少し儚げな顔をしていたが、輝久とマキの視線に気付くと、再び声を荒らげた。
「ケッケケケ! 今日も野菜は貰っていくからなあ!」
言われて輝久は気付く。ゴブリンの背後には荷台があり、野菜が山ほど載っていた。
「ものすごい盗んでんじゃん!」
「アルヴァーナに生息すル、悪いモンスターだと思われマス」
輝久が腰に付けた銅の剣に手を伸ばしかけた時、近くで煙草を吹かしながら様子を見ていたおじさんが言う。
「ありゃあ腐りかけの野菜だから別にいいべさ」
「そうなの!? ……お、おい、お前! それ腐ってんだってよ!」
驚いた輝久はゴブリンにそう教えてやった。なのに、ゴブリンは口を三日月に歪めて哄笑する。
「キケケケケケ!! そうだ!! コレは腐りかけの野菜だァ!!」
「知ってんの!? いいんだ、それで!?」
「俺達は多少腐りかけの野菜でも美味しく頂けるのだ!! ってかお前、見ない顔だな!! 誰だ!!」
するとマキが輝久の前に躍り出て、ぺたんこで固そうな胸に手を当てた。
「マキは女神デ、テルは世界を救ウ勇者なのデス」
「め、女神と勇者だあ!?」
驚愕の表情を浮かべるゴブリン。事なかれ主義のようだった周りの人々も足を止める。
「勇者だって? あの少年が? まさか!」
「連れの女の子を見ろ! 女神っぽくもないが人間っぽくもない! ということは、」
「もしかして、本当に勇者!?」
ざわつく周囲。呑気に煙草を吸っていた先程のおじさんも目を大きく見開いている。
「あ、アンタ、勇者って本当だべか?」
「まぁ、一応」
輝久が肯定すると、周りにいた人々がワァッと歓喜の声を上げた。
「伝承にある、違う世界からの勇者様だ!」
「何と凜々しいお姿!」
「救世主だ!」
称賛する人々に囲まれ、流石に照れる輝久。彼らは笑顔で言葉を続けた。
「遂に現れたぞ!! アルヴァーナの新鮮な野菜と果物を守ってくれる、伝説の勇者様が!!」
「ああ!! 素晴らしき『農作物の守護者』!!」
「いや、ちょっと待って!! 俺、そんな立ち位置なの!?」
愕然として輝久は叫ぶ。『農作物の守護者』――何という低レベルな転生勇者だろうか。そんな二つ名の勇者を輝久は聞いたことがない。
(流石は難度F世界……!)
輝久は脱力したが、マキは鋭い視線でゴブリンを見据えて、メイド服の袖をまくる。
「それデハ早速、悪いモンスターをこらしメまショウ!」
「このゴブリン、食べられない野菜を持って行くんだろ? だったら別に悪いことしてないじゃん。むしろ良いことじゃね?」
「そうなのデス?」
「見てみ。誰も怒ってないし」
町の人達は台車を引くゴブリンの肩を叩いたり、優しい言葉をかけていた。老婆がゴブリンに微笑む。
「いつもご苦労さん。ありがとね」
「おうよ! 毎度あり!」
(業者か!)
輝久は心の中で溜め息を吐いた後、幼児アンドロイドに言う。
「……マキ。城に行こう」
「ハイ」
元々あまりなかったやる気を完全に失う前に、輝久が自発的に場を後にしようとすると、
「お待ちください、勇者様!」
突如、輝久とマキの前に片膝を突き、跪く者が現れた。黒い髪をポニーテールにした凜々しい顔立ちの女性で、鉄の甲冑をまとっている。
「アドルフ王の配下で、兵士長を務めるセレナと申します! プルト城にて、王が待っておられます! 何卒、私にご案内を!」
「あっ、そんなかしこまらないで。どうせ今から行くつもりだったし」
跪くセレナに立つように促しながら、輝久は城に仲間がいるとマキに言われたことを思い出す。
(この人は案内役みたいだから違うとして……)
「なぁ、マキ。俺の仲間って、まさか王様じゃないよな?」
「分かりかねマス」
するとセレナは破顔一笑した。
「アドルフ王の子女であらせられるネィム様が、勇者様のお力になれるよう日夜、治癒のスキルを磨いております!」
「へぇ、ヒーラーか! じゃあ怪我を治したりできるんだな!」
「え、えぇと、そうですね……」
歯切れ悪そうに言うと、セレナは輝久の腕をちらりと見た。ガガ戦の後、気絶している時にマキに引きずられてできた傷を指さす。
「このくらいの傷ならば、おそらくは治せます!」
「え……この掠り傷で『おそらく』なの?」
輝久は、絆創膏もいらない程度の傷をまじまじと見る。セレナは笑顔で言う。
「ご安心下さい! ネィム様は今、聖なる祠で最後の追い込みをしておられます! 修行を終えた暁には、擦り傷や掠り傷、軽い捻挫や打ち身も癒やせるようになる筈です!」
(湿布レベルかよ!)
輝久は内心驚くが、近くで話を聞いていた町の人達は「素晴らしい!」「流石はネィム様!」と口々に褒め称えた。
セレナが輝久達を先導するように、恭しく手を前方に伸ばす。
「詳しいお話はアドルフ王から! それではプルト城に参りましょう!」
「はぁ。じゃあ、まぁ……」
セレナの後にマキと共に続こうとした時、成り行きを遠巻きに見ていたゴブリンが輝久を睨み付けた。
「おい、勇者! お前、ネィムをイジめたらタダじゃおかねえぞ! アイツ、良い子なんだからな!」
「イジめねえよ! ってか、何でモンスターにそんなこと言われなきゃなんねえんだよ!」
「フン」と鼻を鳴らし、ゴブリンは腐った野菜の載った台車に手を掛け、そのまま歩き去って行った。
「何だ、アイツ! どんなモンスターだ!」
「アルヴァーナは平和な世界ですから。でもゴブリンの言った通り、本当にネィム様は良い子なんですよ!」
セレナはそう言って、くすりと笑う。
セレナの後に続きながら、楽しげな人々で賑わう往来を歩きつつ、輝久は思う。
(ホント、ほのぼのしてんなあ……)
町の中心部を抜けて案内されたプルト城は、敵の侵略を防ぐというよりは様式美的な趣のある城だった。城門を潜った後、警備の兵もまばらな美しい庭園を抜ける。
衛兵が一礼する横を抜けて、輝久とマキは螺旋階段を上る。二階の王の間には、赤絨毯が敷き詰められており、その先の玉座にアドルフ王が腰掛けていた。
(王様って、この国のトップってことだよな)
歳は六、七十代だろうか。顎ヒゲを蓄えた荘厳そうなアドルフ王に、輝久はおずおずと近付いていく。王が座ったまま、口を開く。
「勇者よ。よくぞ我が城に来てくれた。早速じゃが、頼みがある。どうかこの世界アルヴァーナを救って欲しい」
シリアスな雰囲気に輝久は少し緊張するが、マキは物怖じせずきっぱりと言う。
「マキ達に任せテくだサイ」
「はて。貴女は?」
「女神デス」
「何と! お人形のようじゃのう! 小さく、そして愛らしい女神じゃなあ!」
まるで孫娘を見るように、相好を崩すアドルフ王。マキのお陰で周囲の空気が弛緩したようだ。輝久はホッと息を吐く。
(それにしてもマキの外見を見ても、女神だって疑わないんだな)
アドルフ王もまた、先程見た町の人々同様、純粋な人柄なのかも知れない。マキがテルを細い手で指さす。
「テルは先程、ゴブリンを退治したのデス」
「退治っていうか、スルーしただけじゃない……?」
輝久がポリポリと頬を掻いていると、王は笑顔を改めて、またも荘厳な声を出す。
「ゴブリンを追い払うとは、流石は勇者といったところじゃの。しかし、ゴブリンなど比べものにならん、とんでもない巨悪がこのアルヴァーナに現れたのじゃ」
「それって、まさか!」
輝久は不死公ガガとの熾烈な戦闘を思い出す。王が話を続ける。
「北の大地で魔王が復活したとの噂がある。それに伴って、各地のモンスターの動きが活発化しておるらしい。奴ら、今までは野菜を盗む程度の悪さだったのじゃが、何と……」
悲痛な表情の王。近くにいる護衛の兵士達の空気も張り詰める。魔王軍によって数千、いや数万の命が失われたのかも知れない。輝久は固唾を呑んで、王の話に聞き入った。
「奴らは何と、果物にまで手を出したのじゃっ!!」
「……はい?」
呆気に取られる輝久。ざわざわとする王の間で、兵士達が真剣な表情で呟く。
「畜生め! 野菜ならともかく、果物はキツい!」
「ああ! 新鮮でジューシーな果物まで持って行かれたら、もう笑えない!」
「食後のデザートが無くなってしまう!」
頭を抱える兵士達。歯を食い縛り、顔を伏せる王。そんな中、輝久は内心憤っていた。
(くっだらねえな! ざわざわすんな、そんなことで!)
涙目の王は輝久にすがるように歩み寄ると、両手をがっちり握って懇願する。
「勇者よ! 頼む! アルヴァーナの野菜と果物を守ってくれ!」
何だ、この展開! 子供向け絵本の世界観かよ!
そんな風に思い、絶句する輝久の代わりに、
「大丈夫デス。大船に乗っタつもりでいテくだサイ」
マキが薄っぺらい胸を片手でドンと叩く。途端、王の顔が明るくなった。
「おお! 頼もしいのう!」
「アルヴァーナの全作物はテルが守りマス」
「何だ、全作物を守るって!! ビニールハウスか、俺は!!」
それじゃあ、農家の人じゃねえかと無性にイラついていると、アドルフ王は心配げな顔を輝久に向けてきた。
「勇者よ。怖じ気づいておるのじゃな?」
「呆れてんだよ!!」
輝久も流石に辛抱できなくなって大声で王に叫ぶ。
「それに俺、もう一体、倒したし! ガガって奴!」
すると、アドルフ王はキョトンとした顔を見せた。
「はて? 何じゃ、それは?」
「不死公ガガって言ってた。結構――いやメチャクチャ強いモンスターだったぞ」
「そんな名のモンスターは知らんのう。セレナ兵士長、知っておるか?」
此処まで案内してくれた女兵士セレナもまた、小首を傾げる。
「いいえ。野良のモンスターでしょうか?」
王の間にいた兵士達も皆、顔を見合わせていた。誰もガガのことを知らない様子である。
(えええええ……!! じゃあ俺は一体、何と戦ってたんだ……!?)
アドルフ王は、輝久からマキに視線を変える。
「とにかく早速、アルヴァーナの農作物を守る冒険に出発して欲しいところじゃが、」
「ホントに俺、そんな冒険に出掛けるんだ……イヤだな……すごく」
「そう言うでない。我が娘、ネィムも聖なる祠で修行をしておる。明日には戻る予定じゃ。是非、仲間として連れてやって欲しい」
「はぁ……。じゃあ、まぁ一応……はい」
農作物を守るような旅に果たしてヒーラーの仲間が必要なのか。輝久は甚だ疑問だったが、とりあえず頷いておいた。
「今日はもう遅い。城で休んでいかれるとよかろう」
プルト城のアドルフ王は、輝久に柔和に微笑みかけながらそう言った。
兵士長のセレナに案内されたのは、壁に絵画などが飾られた豪奢な客室だった。
セレナと一緒にテーブルを囲み、城のメイドが運んできた食べ物を腹に収めた後で、輝久は果物のデザートを食べる。
「……確かにうまいな」
メロンのような味覚の果物だった。他にも輝久が日本にいた時、食べたことのない珍しい味の果物が運ばれてくる。それらは甘くジューシーで、輝久は満腹だったにもかかわらずデザートを食べ続けた。
(魔王が欲しがるのも分からなくはないか)
だからといって、果物を盗むなど魔王がやることとは思えない。やっぱり変な世界だ、アルヴァーナは。
「もグもグ。美味しいデスネ」
隣のマキを輝久はジト目で見る。ナイフとフォークを使いながら、普通に食事している。
「どうなってんだ。お前の消化器官は」
「分かりかねマス」
マキの体について考えるだけ無駄だろうと思い、輝久は目を逸らした。くすくすと笑っているセレナと目が合う。
「本当に可愛らしい女神様ですね。どことなくネィム様と似てらっしゃいます」
「えっ、待って。ネィムって幾つくらいなの?」
「今年、十歳になられます」
「若っ!?」
「背丈もそちらの女神様と同じくらいですよ」
果物を守る冒険に同伴するのは、二名の幼児。何なんだ、俺のパーティは。子供会か。
輝久が溜め息を吐くと、マキは大きな欠伸をした。
「マキ、眠クなってきましタ……」
「あらあら。それでは寝室に案内致しますね」
やはり笑いながらセレナは言う。ってかマキ、眠たくなるんだ? ロボっぽいのに!
客室を出ると、セレナの後に続いて廊下を歩き、寝室に向かう。
「テル。手を……」
「何でだよ!」
マキは手を繋ぎたがっていたが、輝久は恥ずかしいので拒否する。するとマキは、輝久の皮の鎧から出ている服の裾を握った。これくらいなら良いか、と輝久は放置する。
「では勇者様はこちらの部屋をお使い下さい」
セレナが寝室の扉の前で歩みを止めて言った。輝久が礼を言うと、セレナは向かいの部屋を手で指す。
「女神様はこのお部屋を、」
「イヤデス。マキ、テルと一緒にいたいデス」
「はぁっ!? 何で!?」
「何で、と申されましてモ、一緒にいたいのデス。好意に理由ガ必要なのでショウか?」
あまり喜怒哀楽が顔に表れないマキだが、この時は寂しそうに見えた。セレナが慌てて、間に入ってくる。
「それではベッドが二つあるお部屋を用意いたしますので!」
「何だかもう、ホントにすいません……」
改めて案内された寝室には、セミダブルのベッドが二つ並んで置かれていた。
既にうつらうつらしていたマキは片方のベッドに倒れ込むや、すぐに寝息を立て始めた。
「寝るの早っ!! 一緒の部屋にした意味なくね!?」
輝久が呆れていると、セレナは気まずそうな素振りの後、決心したように声を張る。
「あ、あのっ!! 勇者様はもしや、幼女がお好きなのでしょうか!?」
「そんな訳ないだろ!!」
「良かった! ネィム様に手を出されたと思うと私、気が気でなくて!」
「ロリコンじゃないんで、俺!」
そんなやり取りの後、セレナは部屋を出て行った。輝久はまたも溜め息を吐きながら、隣で寝ている幼児体型アンドロイドを見据える。
「スー、スー」
アンドロイドなのに女神。寝息を立てるわ、ご飯は食べるわ、おまけにちょっと寂しがり。
(アンドロイドって、もっと知的なイメージあったけどな。いや、アンドロイドじゃなくて女神だっけ? 何だ、もう! 良く分からん!)
輝久は眠るマキに、そっぽを向くようにして自分のベッドに寝転がった。
マキのことは置いておいて――輝久は今日あったことを回想してみる。
異世界に来てから、色んなことが矢継ぎ早に起きた。中でも、いきなりの不死公ガガとのバトルは、輝久の脳裏に深く刻まれていた。
ガガの恐ろしい姿と、熾烈な戦闘を思い出し、輝久はブルッと体を震わせる。あんな奴とはもう二度と戦いたくない。
しかし、その後は難度Fに相応しい展開だった。町の人は優しく、モンスターであるゴブリンすら敵意を持っていない。アドルフ王も人の良さそうな君主で、勇者としての輝久の役目は『アルヴァーナの野菜と果物を守ること』。
ならば、不死公ガガとは一体何だったのか。分からない。分からないが、
(命がけの異世界攻略よりは、平和な異世界攻略の方がマシだよな)
野菜や果物を守るだけで元いた世界に戻れるなら、それに越したことはあるまい。うん、きっとそうだ。そうに違いない。
半ば、自分言い聞かせる。そんなことを考えているうちに、輝久も眠くなってきた。
やがて、隣のマキの寝息も気にならない程に輝久の意識はまどろんでいった。
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