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序序章 初まりの始まり
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「私、最強の女神を目指します!」
綺麗に切り揃えられた金髪の幼い女神が、あどけないが意志の宿る声を神殿に響かせた。
父神であるアポロスは膝を屈めて、逞しい手を愛娘の頭に乗せる。
「ははは! その意気だ、ティア! お前は由緒正しい光の神の系譜なのだからな!」
アポロスは娘の頭に手を載せたまま、やや芝居がかった調子で指を神殿の窓へと向けた。
「ティアよ! 伝説の神剣を手に入れ、最強の女神となるのだ!」
「はい!」
ティアはサファイアのような青く美しい目を輝かせていた。同じ目の色の母神サリシュは、父娘の様子を呆れ顔で眺めていたが、やがて我慢できなくなったのか、アポロスにジト目を向ける。
「アナタったら。あるかないか分からない神剣なんかより、まずは神撃のマスターが先でしょう?」
「いや、サリシュ! 神剣の伝説は、神界黎明期より代々語り継がれる、」
「はいはい。『神界最強の刃』でしたっけね。男神達は皆、そういうの好きよねえ」
サリシュは夫に少し意地の悪い笑みを見せた。
「けど、何十万年探し求めても、誰も手に入れられないんでしょ?」
「うぐ……!」
悔しそうにアポロスは唇を噛んだ。サリシュはにこやかに微笑んだまま、ティアに近付き、細い手で頭を優しく撫でた。
「ティア。最強じゃなくて良いの。『最高の女神』になってね」
優しい母に、ティアは笑顔を返す。そして、項垂れる父神にも笑みを向けると、
「それでは私、『最高で最強の女神』を目指します!」
そう宣言した。アポロンとサリシュは互いに顔を見合わせた後、
「うむ! そうだ! それが良い! 流石は我が娘だ!」
アポロスが豪快に笑う。サリシュも肩をすくめつつ、穏やかに微笑んだ。
「……ティア。ティア。起きてください」
自分の頭がコツコツと軽く叩かれていることに気付いて、ティアは顔を上げる。教育の女神シャロンが眉間に皺を寄せながら、中指で丸眼鏡を調節している。
「またお昼寝ですか?」
高等神学校の教室内では、椅子に腰掛けた同世代の若き神々が、ティアを見てクスクスと笑っていた。
「由緒正しい光の女神と言っても、研鑽を怠れば二流以下になってしまいますよ」
「すいません」
謝罪の言葉と裏腹にティアは悪びれもない様子で、居眠りにより乱れた金髪を整える。幼い時は肩までしかなかった金髪は今や腰の辺りまで伸び、美しさが更に際立っていた。
シャロンがこほんと咳払いする。
「アナタは確か今日の午後から勇者召喚でしたよね?」
「大丈夫ですよ。救世難度Fの超簡単な異世界ですから」
「だからと言って気を抜けば大変なことに、」
「は? 最低ランクの異世界でこの私が、ですか?」
「い、いえ、それはまぁ……」
シャロンは気まずそうにティアから目を逸らすと、中断していた授業を再開した。
「……あら。ティアよ」
「最近、素行の良くない神々とつるんでるらしいわ」
「昔は可愛くて良い子だったのにねえ」
高等神学校の授業が終わり、神殿内にある召喚の間へと歩くティアを見て、ヒソヒソと年配の女神達が喋っていた。ティアが視線を向けると、女神達はさっと目を逸らす。
(ああ、面倒くさい)
そう思いながら、ティアは黙々と歩く。何が高等神学校よ。何が勇者召喚よ。
幼い頃は宝石のようにキラキラ輝いていたティアの蒼眼は今や、その輝きを弱めていた。
なぜなら、ティアは知った。知ってしまった。どんなに足掻いても手に入れられない物と、到達できない地点がある。
ある日を境にティアは全てを諦めた。努力を放棄して、父神アポロスに反発し、母神サリシュを悲しませた。その結果、最低難度の異世界攻略を割り当てられる始末だ。
それでも怒りは感じない。サファイアの蒼眼は諦観で満ちている。
歩きながら、ティアは思い出すともなく、幼い頃を回想していた。
辺りは薄暗く、カビ臭い。幼いティアの目の前に、両腕を鎖に繋がれた片翼の女神がいる。
女神は痩せこけて目は窪んでいたが、その眼光は鋭く、ギロリとティアを見据える。
『【神界最強の刃】? ひひひひひ! あるかよ、そんなもの!』
牢屋の壁に張り付けにされた片翼の女神が、けたたましい声で嗤う。まるで魔物のようで、ティアは怯えて泣きそうになる。
『そ、そんなことはありません! 一生懸命努力すれば、伝説の神剣が手に入るのです! そして、私は最高で最強の女神になるのです!』
父神に幾度も聞かされた言葉を泣き声で叫ぶ。震えるティアを片翼の女神は興味深そうにしばらく見詰めていた。
『可愛い可愛いお嬢ちゃん。いいかい。アタシはもうじき処刑される。だからその前に……』
じゃり、と鎖が擦れる音がした。女神の両腕を拘束していた鎖はティアが思っていたよりも長かった。幽鬼のような顔が、いつしかティアの眼前に迫っている。
『ひひひひひひひ!! お嬢ちゃんに良いことを教えてやるよ!!』
……ぶるっと身震いして、ティアは歩くのを止めて立ち止まる。深呼吸した後、過去の亡霊を振り払うように首を大きく横に振った。
気分を変える為に、勇者召喚リストを見る。今回担当する勇者の名前と、その下に、攻略する難度Fの異世界が太字で記されている。
「 『草場輝久』――そして『異世界アルヴァーナ』か」
独りごちるように呟くと、ティアは早足で召喚の間に急いだ。
綺麗に切り揃えられた金髪の幼い女神が、あどけないが意志の宿る声を神殿に響かせた。
父神であるアポロスは膝を屈めて、逞しい手を愛娘の頭に乗せる。
「ははは! その意気だ、ティア! お前は由緒正しい光の神の系譜なのだからな!」
アポロスは娘の頭に手を載せたまま、やや芝居がかった調子で指を神殿の窓へと向けた。
「ティアよ! 伝説の神剣を手に入れ、最強の女神となるのだ!」
「はい!」
ティアはサファイアのような青く美しい目を輝かせていた。同じ目の色の母神サリシュは、父娘の様子を呆れ顔で眺めていたが、やがて我慢できなくなったのか、アポロスにジト目を向ける。
「アナタったら。あるかないか分からない神剣なんかより、まずは神撃のマスターが先でしょう?」
「いや、サリシュ! 神剣の伝説は、神界黎明期より代々語り継がれる、」
「はいはい。『神界最強の刃』でしたっけね。男神達は皆、そういうの好きよねえ」
サリシュは夫に少し意地の悪い笑みを見せた。
「けど、何十万年探し求めても、誰も手に入れられないんでしょ?」
「うぐ……!」
悔しそうにアポロスは唇を噛んだ。サリシュはにこやかに微笑んだまま、ティアに近付き、細い手で頭を優しく撫でた。
「ティア。最強じゃなくて良いの。『最高の女神』になってね」
優しい母に、ティアは笑顔を返す。そして、項垂れる父神にも笑みを向けると、
「それでは私、『最高で最強の女神』を目指します!」
そう宣言した。アポロンとサリシュは互いに顔を見合わせた後、
「うむ! そうだ! それが良い! 流石は我が娘だ!」
アポロスが豪快に笑う。サリシュも肩をすくめつつ、穏やかに微笑んだ。
「……ティア。ティア。起きてください」
自分の頭がコツコツと軽く叩かれていることに気付いて、ティアは顔を上げる。教育の女神シャロンが眉間に皺を寄せながら、中指で丸眼鏡を調節している。
「またお昼寝ですか?」
高等神学校の教室内では、椅子に腰掛けた同世代の若き神々が、ティアを見てクスクスと笑っていた。
「由緒正しい光の女神と言っても、研鑽を怠れば二流以下になってしまいますよ」
「すいません」
謝罪の言葉と裏腹にティアは悪びれもない様子で、居眠りにより乱れた金髪を整える。幼い時は肩までしかなかった金髪は今や腰の辺りまで伸び、美しさが更に際立っていた。
シャロンがこほんと咳払いする。
「アナタは確か今日の午後から勇者召喚でしたよね?」
「大丈夫ですよ。救世難度Fの超簡単な異世界ですから」
「だからと言って気を抜けば大変なことに、」
「は? 最低ランクの異世界でこの私が、ですか?」
「い、いえ、それはまぁ……」
シャロンは気まずそうにティアから目を逸らすと、中断していた授業を再開した。
「……あら。ティアよ」
「最近、素行の良くない神々とつるんでるらしいわ」
「昔は可愛くて良い子だったのにねえ」
高等神学校の授業が終わり、神殿内にある召喚の間へと歩くティアを見て、ヒソヒソと年配の女神達が喋っていた。ティアが視線を向けると、女神達はさっと目を逸らす。
(ああ、面倒くさい)
そう思いながら、ティアは黙々と歩く。何が高等神学校よ。何が勇者召喚よ。
幼い頃は宝石のようにキラキラ輝いていたティアの蒼眼は今や、その輝きを弱めていた。
なぜなら、ティアは知った。知ってしまった。どんなに足掻いても手に入れられない物と、到達できない地点がある。
ある日を境にティアは全てを諦めた。努力を放棄して、父神アポロスに反発し、母神サリシュを悲しませた。その結果、最低難度の異世界攻略を割り当てられる始末だ。
それでも怒りは感じない。サファイアの蒼眼は諦観で満ちている。
歩きながら、ティアは思い出すともなく、幼い頃を回想していた。
辺りは薄暗く、カビ臭い。幼いティアの目の前に、両腕を鎖に繋がれた片翼の女神がいる。
女神は痩せこけて目は窪んでいたが、その眼光は鋭く、ギロリとティアを見据える。
『【神界最強の刃】? ひひひひひ! あるかよ、そんなもの!』
牢屋の壁に張り付けにされた片翼の女神が、けたたましい声で嗤う。まるで魔物のようで、ティアは怯えて泣きそうになる。
『そ、そんなことはありません! 一生懸命努力すれば、伝説の神剣が手に入るのです! そして、私は最高で最強の女神になるのです!』
父神に幾度も聞かされた言葉を泣き声で叫ぶ。震えるティアを片翼の女神は興味深そうにしばらく見詰めていた。
『可愛い可愛いお嬢ちゃん。いいかい。アタシはもうじき処刑される。だからその前に……』
じゃり、と鎖が擦れる音がした。女神の両腕を拘束していた鎖はティアが思っていたよりも長かった。幽鬼のような顔が、いつしかティアの眼前に迫っている。
『ひひひひひひひ!! お嬢ちゃんに良いことを教えてやるよ!!』
……ぶるっと身震いして、ティアは歩くのを止めて立ち止まる。深呼吸した後、過去の亡霊を振り払うように首を大きく横に振った。
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