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第2章・・・代償
49話・・・ティアマテッタ23・ラーメン屋にて
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目を覚ますと、部屋にいた。
体中痛いし、呼吸するたびに肺も痛い。
「リアム、おはよ」
「…ミラ?」
「ここ、軍の医療施設だよ。みんなちゃんと治療受けて、回復して来てるから安心して」
そうか、と内心ごちる。
ブラッドとの戦いの後、気絶だか眠気だかで全く覚えていない。
丁度リアムの包帯を変え終えたミラが、そっと手を握って来た。
「よかった…本当に、無事でよかった。怖かったんだから…リアムが、リアムでなくなっちゃうかもって思ったら。居なくなっちゃったらどうしようって、怖かったんだから」
リアムの手を額に当て、静かに注意するように、言い聞かせるように言う。
「ごめん、ミラ。心配かけて」
「退院して、お家に帰ったらお説教だから」
リアムには呼吸器が付けられていた。肺の損傷もあるため、補助も兼ねて。
そして、今は昼食の時間だそうだが、リアムはあまり腹が減っていなかった。それを伝えると、ミラから提案される。
「じゃあ、モルガン少佐がリアムのことをお待ちなの。行くついでに、みんなの顔見に行く?」
「そうだな。一目くらい顔も見たいな」
二人は病室から出ると、まずはゾーイがいる部屋へ向かう。ノックをし、室内を覗く。
「はい、あーんしてください」
「あ、あーん…。誰かに食べさせてもらうのがこんなに恥ずかしいなんて…知らなかったわ」
「ふふ。目が治るまでの辛抱ですよ」
なんとも和やかで穏やかな空間になっていた。それはミラの同期の子の雰囲気のせいもあるのだろうか。
ゾーイは、瞳孔が正常に戻らず開きっぱなしだったので、今は眼に薬を刺し、光りから守るためにアイマスクをし、何も見えない状況で生活していた。これも治療の一環らしい。
「ゾーイ、大丈夫か?」
「あら、その声はリアムね。随分派手にやらかしたそうじゃない」
「まぁ…ですね。でもあまり良い意味のやらかしじゃあないけどな」
「そう。じゃあ、今度は良い意味でのやらかしをしましょう。その時は私も一枚噛みたいわね。私も名を馳せたいわ」
相変わらずな様子で、ホッとする。
少し話し、次はブレイズとシレノがいる病室に行く。
「はい、あーん」
「あー!チマチマと!もっとガッと大き目にして食わせろ!」
「文句言わないでよ…ていうか、早く食べ終わってよ。僕まだ自分の食べずにブレイズ君に食べさせてるんだから」
これはどいういう光景だ?
シレノが何故かブレイズを介抱し、両腕がギブスで何も出来ないブレイズ。
「お!リアム!起きたのか!」
気が付いたブレイズがニマニマとしてくる。
「リアム君、よかった。心配してたんだよ。なんかヤバい状態って聞いてたから」
「心配かけて悪かったな。で…ブレイズはなんでシレノに頼ってんだよ。ゾーイみたいに看護師さんに食べさせてもらえばいいだろ」
何故かブレイズがムッとする。シレノは溜息を吐きながら説明した。
「それが聞いてよ。ブレイズ君、シャイなのか奥手なのか知らないけど、看護師さん達が代わる代わる『私がお食事の補助しましょうか?』て来てくれたのに、全部断ったんだ」
「あー…」
ゾーイとも普通に話していたからある程度は克服されたのかと思ったが、そうでもなかったらしい。
「ブレイズ、シレノに迷惑かけるなよ」
「うっせぇ!俺はミラちゃんを担当にしてほしいってお願いしたのに!」
「ごめんね、ブレイズ。私も他の患者さんで手がいっぱいで…」
ちょっとぶりっ子で謝る。
「ミラちゃん優しい!天使ってミラちゃんみたいな人のために使う言葉だよな!」
騒ぐブレイズを放って、リアムとミラは最後のマシューの部屋に行く。
「落ち込むことがあったら、ブレイズに相談してみたらどうだ?全肯定してくれるぜ」
「えへへ。そこはリアムがいるから大丈夫!リアムも肯定してくれるから」
ミラのちょっと悪戯っぽい笑みで見つめてくる姿に、リアムは心臓がキューンとなる。
「マシュー、入るぞ」
「リアム君、ミラさん!よかった、無事で!」
マシューは右腕がギブスのため、不慣れな左手で一生懸命食事をしていた。
「マシュー、食事の補助の看護師こなかった?」
ミラが慌てて訊く。
「来てくれたよ!でも断ったんだ。ちょっと、考え事とかしたくて」
「大丈夫か…?」
思い出される、悲惨な光景。そのことも関係あるのだろうか。
「うん。大丈夫!ありがとう」
少し会話をした後、二人は病室から出る。
ミラが小声で話しかけてきた。
「あのさ…マシューが背中に傷を負ったの、知ってる?」
「あぁ、もちろん」
「その傷、開いたみたいで…処置した薬が仇になって、そのまま傷口が治りかけてて。私達が診た時には、グチュグチュっていうか…半カサブタになっていてね。縫合手術も出来ない状態だったの。そのせいで痕が残っちゃうって…」
「…そうか」
傷も病気も全てが完治する現代。そんな中、傷が残るというのは大変珍しいことだ。その傷の整形治療だってもちろんある。だが、マシューが断ったのだ。
『弱くて、優しいだけの証拠だから…いつか強くなって、優しさを間違えないようになったら治療します』と…。
それは先程、マシューが看護師長に答えたものだ。つまり…
「ナースステーションにモルガン少佐が待ってるよ」
「少佐に会うのも久しぶりだな」
二人がナースステーションに着くと、そこにはモルガンに卍固めを食らっているブラッドがいた。
「若い子を傷物にした気分はどうだい?!ブラッド!!」
「…反省、しています」
(えー…)リアムとミラが顔を蒼白にして引く。
「おぉ!リアム氏、久しいな!会いたかったぞ!」
「お、お久しぶりです」
状況が追いつかない。笑顔のモルガン、下向いて表情見えないけど多分苦しんでるブラッド、それを無表情で見ている看護師長。
なんだか凄く怖い場所に来てしまった。
モルガンはブラッドを放り投げると、淡々と語り始める。
「さて。リアム氏も来た事だ、ミラ女史含め医療班にも恐怖を与えてしまったこと、改めて謝罪しよう。すまなかった」
モルガンが頭を下げると、起き上がったブラッドも頭を下げる。
「今回の件は、全て私の指示で起こしてもらった。リアム氏のランドルフ家固有スキル・アウェイクニングの残りのスキルを習得してほしくてな」
「残りのスキルってことは、あの時だとオフェンスとアイズ、イヤーズですよね」
「あぁ。スキルはどうしても感情が大きく関わって来る面もある。そして何より、リアム氏には感情的にならず無心…明鏡止水の心でスキルを使えるようになってほしい」
「め、明鏡止水、ですか?」
アウェイクニングの真骨頂は、無の境地、明鏡止水を得て初めて完成する。無の心になるのは大人でも難しい。そしてスキルに目覚めまだ日の浅いリアムには到底出来ないと判断し、なら怒りから得られるパワーでスキルを習得させ、その怒りをコントロール出来るようにしていく予定だった。
「だが、リアム氏の怒りは予想を上回ってしまった。流石に焦ったが、君は自力で自我を取り戻した。これは正直驚いたよ。私が乗り込んで気絶させることも視野に入れていたからな。嬉しい成長だが、手荒過ぎた。反省しよう」
「じゃあ、俺を怒らせるために、ウォーカー大尉がミラ達医療班に発砲したり、マシューを…?」
「利用できるものは全て利用しろと指示した。リアム氏のスキル習得を焦った私のミスだ。ウォーカーのこと、悪く思わないでくれ」
モルガンの説明を聞き、納得したような、腑に落ちないような。だが、ブラッドの残虐性を垣間見たのは事実だ。部下にあそこまで出来る男が、敵をどう扱うか…。
「はぁ。今回の事態、私は見過ごせませんので上に報告させていただきます。そもそも、限定された属性に対して無謀な訓練を仕向けるのはずっと可笑しいと思っていたんです」
看護師長が御立腹だ。
「師長、すまない。でもまさか、リアム氏以外の四人も凄く健闘するとは予想外だったがな!戦いの跡を見たが、五人とも想像以上の力を発揮したようだな。最終試験の時が可愛く見えるくらいだ」
「その事、あいつ等に直接言ってやってください。喜ぶと思います」
「それがだなぁ!ウォーカーと一緒に今回の健闘を称えに病室へ赴いたが、シレノ氏は微笑んでくれたがブレイズ氏には威嚇され、マシュー氏は話してくれたがウォーカーは無視され笑顔で強制サヨウナラ。ゾーイ女史に至っては私だけ面会謝絶だった!」
アッハッハァ!と屁ともしない大笑いに、ブラッドは頭を抱えていた。
「とにもかくにも!大怪我を負わせてしまった詫びと見舞金は出る。君達からしたら訓練で散々な目に遭ったと思うだろう。だが、あれ以上の惨劇が現地では待っていると思え。では、我々は帰ろう。仕事残ってるし」
モルガンとブラッドは、挨拶をすると医療施設から帰って行った。
「…なんか、モルガン少佐のお話し聞いてたら、不安になっちゃった」
ミラが呟く。
「俺も不安だ。だけど、訓練のこと思い出せば、なんとかなりそうな気がする」
「リアム…」
今回の出来事を軍からの嫌がらせと受けるか、洗礼と受け取るか。リアムは後者を取ったらしい。
数日後、リアム達は無事退院。療養も兼ね、一週間の休みを貰い久しぶりに家に帰った。
しかし家にエアル、マノン、ヘスティアは居らず留守になっていた。
「なんだよ、留守か」
「そうなの。リアムが入隊後の訓練が始まった頃からもうずーっと帰ってきてないんだ」
「じゃあ、ずっと一人で家にいたのか?」
「うん。でも、その分シフト、たくさん入れちゃった!だから寂しくなかったし、お蔭で勉強もいっばいできたし」
ミラが嬉しそうに笑う。
「そっか…。でも、これからこういう生活が増えてくるんだろうな」
それは少し、寂しい気がした。いつも、皆で一緒にいたから…。
それから数日が経った頃。ミラもシフトが入っておらず、二人はリビングでのんびりしていると、飛行艦が着陸したとマジックウォッチに連絡が入った。どうやら、飛行艦に乗るほどの距離に出向いていたらしい。数十分後、エンジン音が駐車スペースに停まる音が聞こえてきた。
「やっと帰って来た」
待ち構えていると、玄関が開き、「ただいま~」とマノンの声がする。
「お!リアム、ミラ!帰ってたんだね!一ヶ月以上会ってないよね?えー!あはひゃ!」
久しぶりに会う家族に、マノンもどう反応したらいいのか解らず、照れくさくて変な笑いが出た。
「お帰り。三人とも、ここ数日どこに行ってたんだよ?」
喜んだのも束の間、リアムの問いに、マノンは困って首を傾げた。
「う~ん、私にとったらバイトっていうか、ティア姉!」
マノンがヘスティアに助けを求める。
「リアム、随分と見ないうちに顔つきが変わったんじゃなくて?今回の件は、私とマノンは下請けの下請けみたいなものです。詳細はエアルから聞いてください」
リアムとミラの視線がエアルに集中する。
「あ~。ラーメンいっちょに行かないか?腹減って…」
「え、いいけど…。え、俺の質問は?」
「それは依頼主に報告してから説明する。それからでもいいか?」
またいつものエアル得意の隠し事だ。だが、後で説明してくれるというのなら今ここで攻め立てる必要も無いと思った。
「解った。じゃあ、いっちょだけど、誘いたい奴等もいんだけど、いい?」
「お?マシュー達か?アイツ等とも一ヶ月以上会ってないのかぁ。旅館以来か、おぉ呼べ呼べ!」
リアムはマシュー達に連絡を入れる。すぐ行くと返って来たので、三十分もしないうちに来るだろう。
すると、マノンがリアムとミラの前をちょろちょろとうろつき回る。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「へっへーん!何か気が付かない?ねぇねぇ!」
「うーん…あ、強くなったとか?!」
ミラのあてずっぽが、どうやら正解だったようだ。マノンはドヤ顔で説明してくる。
「あったりぃ!マノンちゃんはこれまたバージョンアップのパワーアップしちゃったんだなぁ!」
親指を立ててグッドポーズを取ると、ファイティングポーズを取りいかに悪者を倒したのかジェスチャーとオノマトペのみで説明してくる。
「マノンだけじゃありませんよ。私だって、スキルを第二段階に進めました」
「え?!ヘスティア、それ本当なのか?」
「えぇ。その様子、随分と二段階目に興味があるみたいね」
食いついたリアムを見て、ヘスティアが見抜く。見抜かれたリアムは少し恥ずかしくなり頬を掻いた。
「ちょっと、ティア姉!今私が説明してたところなのに!」
「ごめんなさいね。ちょっと意地悪したくなったの」
マノンの頭を優しく撫でる姿は、まさに姉と妹のようで。まだマノンが子供だと認識する。
「じゃあ、ゾーイ達が来るまでお茶でもしてようか。折角久しぶりに皆揃ったんだから、ゆっくりしよう。それに、リアムも強くなったから、その話も聞いてほしい!」
「そうね、訓練での様子、聞きたいわ」
ヘスティア達はソファに座り、ミラがキッチンに立ち、お茶を入れる。するとピンポーン、とインターホンが鳴る。
「誰だろう」
「俺が出てくるよ」
エアルが玄関を開けると、そこにはモルガンが立っていた。門の前にはブラッドが見張りとして立っている。
「エ・ア・ル・く~ん。あっそびましょ~?」
「ギャアアアアア!!!!!」
エアルの悲鳴を聞き、リアムとマノンが駆け寄る。
「エアル、どうしたの?!」
「エアル兄?!遂に女に刺されたか?え、ハンプシャー少佐?何故ここに…」
「やぁ諸君!今日はエアル氏に用があってな!エアル氏、何故帰郷したのに直に報告に来ない?」
モルガンに羽交い絞めにされ、身動き取れないエアルがいた。なんとも情けない姿。
「いえ、明日でいいかと…」
「明日じゃ遅いんだなぁ?わかるだろう?何故軍の奴等ではなく、君達を指名したのか…」
「承知してます!してますとも!ですが、久しぶりにリアム達と再会したんですよ?そりゃ報告より食事しに行かないか?って誘いたくなりますでしょう」
「食事?ほー!いいなぁ!何を食べに行こうとしていたんだ?」
「ラ、ラーメン屋にですけど…貴女もご存知でしょう、いっちょですよ」
「いっちょか!懐かしいな!しかしラーメンばかり食べていると腹がだらしなくなるんじゃないのか?!」
モルガンがエアルの裾を捲り腹を確認する。ちゃんと腹筋はあり、日ごろから鍛え続けている証拠はあった。
「キャー!エッチー!」エアルが自棄で泣きそうになる。
リアムは、普段散々な事をしているのに何言ってんだこの人、と呆れて助けようとはしない。
「ふむ、ちゃんと鍛錬はしているようだな」
ふと、マノンが気まずそうに顔を真っ赤にして俯いているのを、モルガンは見てしまった。
この女の嫌な所は、繊細な出来事をすぐに理解し、察し、内心楽しみ始めるところだ。案の定、ほーほー、と楽しそうに、ニヤニヤとマノンを見ていた。
「エアル氏、ますます早急に報告が聞きたいぞ…」
好奇心と苛立ちとが混ざったような低い声に、エアルは思わず「ヒィ」と情けない声を出す。
すると、ピンポーンとインターホンが再びなる。リビングからマシュー達が来たことを知らせる声がするが、姿は見せない。モルガンとエアルのイザコザが終わるまで関わらないつもりだ。
リアムが玄関を開けると、マシュー、シレノ、ゾーイの三人が並んでいた。
「今日はお誘いありがとう。そこにウォーカー大尉がいたけど、何か用事でも?」
シレノが訊くと、家の中にエアルを絞めているモルガンを見つけたゾーイはとっても嫌そうな顔をし、マシューは青ざめる。
「やぁ、三人とも!今日はお揃いでどうしたんだい?」
「野暮用です。リアム、お取込み中のようね、私達出直してくるわ。それかまた後日でも構わないわ。または身内を売ってでも私達とラーメンを食べるか選択して頂戴」
ゾーイの早口ぎみの捲し立てに、リアムは頭を掻くと、声を張りリビングにいるミラ達に確認する。
「エアル兄置いていっちょに行くか?」
「待て!リアム!俺を見捨てないでくれ!」
「なら私達もいっちょにて報告を聞こうじゃあないか!」
モルガンの提案に、エアルとゾーイが絶望したみたいに蒼白になる。
「ブラッド!今すぐいっちょを貸し切りに出来ないか確かめてくれ!」
「いっちょか…懐かしいな」
ブラッドは命令通り、いっちょに連絡を入れ始める。
「な、なんか僕達には大層な事柄っぽいので、やっぱり後日に…じゃ、じゃあ僕達は退散?ってことで…」
マシューが逃げようと打算を取るが、モルガンがすかさず口を挟む。
「私に着いて来れば、現在進行形で起きている世界の情勢が解るぞ。特にシレノ氏、君はとても興味があるんじゃないかな」
「…ラーメン屋にですか?」
「さぁ!こうなったら上司命令だ!皆でラーメンいっちょに行こう!そしてエアル氏からの報告を聞くぞ!」
こうして台風モルガンの命令で全員が結局参加となった。
いっちょはランドルフ宅から歩いて行ける距離にある。そこまでの会話は、和気あいあい…としていた。リアム達は。
シレノは少々居た堪れない気持ちでいた。
マシューとゾーイが、自分を挟んで歩いているのだ。特に会話がある訳でもなく。
「…なんか距離近くない?」
肩が触れそうなくらいピタリと隣を歩く二人に、思わず聞いてみた。
「私だって本当はミラと一緒に歩きたいわよ!でもリアムと一緒なんだもの…邪魔する訳にはいかないじゃない。誰かの傍にいないと、いつ少佐に…あぁ!黙って私の傍にいてよ!」
小声でゾーイが文句を言う。
「理不尽な…。マシュー君は?少佐になんかされたの?」
「少佐、じゃないけど…怒ってたとはいえ、まずかったなぁって。でも謝るのもなんか嫌だし、なんか…嫌だなぁって」
マシューはどうしていいのか解らなくなり、シレノの袖をキュッと掴み歩き続ける。
(子供か)
どうやら、今を見ると友達だと思っていた彼等との距離は近くなったと思えて、シレノは嬉しい反面、ちょっと面倒な心情を彼等が抱いていることに、小さな溜息が出た。
ラーメンいっちょは、運良く夕方開店前という事もあり貸し切りに出来た。これで遠慮なくエアルからの報告が聞ける。
「お前等、今日は軍から経費が落ちるから好きなモンいっぱい食え」
エアルが腹いせに無茶を言う。ブラッドが睨んだが、モルガンが遮ったので、黙ることにした。
「やったぁ!味玉乗せたい!」マノンがガッツポーズをする。
皆がメニューを選んでいる際、ヘスティアはふと不安に思う。貸し切りにしたとしても、店主とスタッフに会話を聞かれては意味がないのではないかと。仮にも、モルガンからの依頼で仕事をしてきたのだ。それなりに軍事に関わる。
「大丈夫ですよ、ヘスティア」
表情に出ていたのか、モルガンが安心させるように声を掛けてきた。
「ここの店主は出来た方です。アイアス中佐が御用達にしていた程のお店ですから」
「あぁ…そういうことも含めて、愛していたお店なのですね」
「軍の会議室や、高級料理店の個室での会食ついでの報告もいいですが…。こういった親しんだ店で会議が出来てもいいのではないかと私は思います。話が脱線して、無駄話に逸れても、それが鍵になってくる場合もありますからね」
「リアムも、お父様と同じように仲間や、いつかできる部下とここに来て食事や会議をしてほしいです」
(そう…叶うなら、家族とも一緒に)
確実にありえる未来に。リアムとミラの子供も一緒に、ヘスティア達も一緒にいっちょに来たいと、密かに願った。
ヘスティアは、思わず笑みが零れた。
全員、席に着く。
エアルはモルガン、ブラッドと同じ席。当たり前だけど。
「えぇ。では、報告をしたいと思います。俺達が見て、調べてきた四十五日間の出来事です」
体中痛いし、呼吸するたびに肺も痛い。
「リアム、おはよ」
「…ミラ?」
「ここ、軍の医療施設だよ。みんなちゃんと治療受けて、回復して来てるから安心して」
そうか、と内心ごちる。
ブラッドとの戦いの後、気絶だか眠気だかで全く覚えていない。
丁度リアムの包帯を変え終えたミラが、そっと手を握って来た。
「よかった…本当に、無事でよかった。怖かったんだから…リアムが、リアムでなくなっちゃうかもって思ったら。居なくなっちゃったらどうしようって、怖かったんだから」
リアムの手を額に当て、静かに注意するように、言い聞かせるように言う。
「ごめん、ミラ。心配かけて」
「退院して、お家に帰ったらお説教だから」
リアムには呼吸器が付けられていた。肺の損傷もあるため、補助も兼ねて。
そして、今は昼食の時間だそうだが、リアムはあまり腹が減っていなかった。それを伝えると、ミラから提案される。
「じゃあ、モルガン少佐がリアムのことをお待ちなの。行くついでに、みんなの顔見に行く?」
「そうだな。一目くらい顔も見たいな」
二人は病室から出ると、まずはゾーイがいる部屋へ向かう。ノックをし、室内を覗く。
「はい、あーんしてください」
「あ、あーん…。誰かに食べさせてもらうのがこんなに恥ずかしいなんて…知らなかったわ」
「ふふ。目が治るまでの辛抱ですよ」
なんとも和やかで穏やかな空間になっていた。それはミラの同期の子の雰囲気のせいもあるのだろうか。
ゾーイは、瞳孔が正常に戻らず開きっぱなしだったので、今は眼に薬を刺し、光りから守るためにアイマスクをし、何も見えない状況で生活していた。これも治療の一環らしい。
「ゾーイ、大丈夫か?」
「あら、その声はリアムね。随分派手にやらかしたそうじゃない」
「まぁ…ですね。でもあまり良い意味のやらかしじゃあないけどな」
「そう。じゃあ、今度は良い意味でのやらかしをしましょう。その時は私も一枚噛みたいわね。私も名を馳せたいわ」
相変わらずな様子で、ホッとする。
少し話し、次はブレイズとシレノがいる病室に行く。
「はい、あーん」
「あー!チマチマと!もっとガッと大き目にして食わせろ!」
「文句言わないでよ…ていうか、早く食べ終わってよ。僕まだ自分の食べずにブレイズ君に食べさせてるんだから」
これはどいういう光景だ?
シレノが何故かブレイズを介抱し、両腕がギブスで何も出来ないブレイズ。
「お!リアム!起きたのか!」
気が付いたブレイズがニマニマとしてくる。
「リアム君、よかった。心配してたんだよ。なんかヤバい状態って聞いてたから」
「心配かけて悪かったな。で…ブレイズはなんでシレノに頼ってんだよ。ゾーイみたいに看護師さんに食べさせてもらえばいいだろ」
何故かブレイズがムッとする。シレノは溜息を吐きながら説明した。
「それが聞いてよ。ブレイズ君、シャイなのか奥手なのか知らないけど、看護師さん達が代わる代わる『私がお食事の補助しましょうか?』て来てくれたのに、全部断ったんだ」
「あー…」
ゾーイとも普通に話していたからある程度は克服されたのかと思ったが、そうでもなかったらしい。
「ブレイズ、シレノに迷惑かけるなよ」
「うっせぇ!俺はミラちゃんを担当にしてほしいってお願いしたのに!」
「ごめんね、ブレイズ。私も他の患者さんで手がいっぱいで…」
ちょっとぶりっ子で謝る。
「ミラちゃん優しい!天使ってミラちゃんみたいな人のために使う言葉だよな!」
騒ぐブレイズを放って、リアムとミラは最後のマシューの部屋に行く。
「落ち込むことがあったら、ブレイズに相談してみたらどうだ?全肯定してくれるぜ」
「えへへ。そこはリアムがいるから大丈夫!リアムも肯定してくれるから」
ミラのちょっと悪戯っぽい笑みで見つめてくる姿に、リアムは心臓がキューンとなる。
「マシュー、入るぞ」
「リアム君、ミラさん!よかった、無事で!」
マシューは右腕がギブスのため、不慣れな左手で一生懸命食事をしていた。
「マシュー、食事の補助の看護師こなかった?」
ミラが慌てて訊く。
「来てくれたよ!でも断ったんだ。ちょっと、考え事とかしたくて」
「大丈夫か…?」
思い出される、悲惨な光景。そのことも関係あるのだろうか。
「うん。大丈夫!ありがとう」
少し会話をした後、二人は病室から出る。
ミラが小声で話しかけてきた。
「あのさ…マシューが背中に傷を負ったの、知ってる?」
「あぁ、もちろん」
「その傷、開いたみたいで…処置した薬が仇になって、そのまま傷口が治りかけてて。私達が診た時には、グチュグチュっていうか…半カサブタになっていてね。縫合手術も出来ない状態だったの。そのせいで痕が残っちゃうって…」
「…そうか」
傷も病気も全てが完治する現代。そんな中、傷が残るというのは大変珍しいことだ。その傷の整形治療だってもちろんある。だが、マシューが断ったのだ。
『弱くて、優しいだけの証拠だから…いつか強くなって、優しさを間違えないようになったら治療します』と…。
それは先程、マシューが看護師長に答えたものだ。つまり…
「ナースステーションにモルガン少佐が待ってるよ」
「少佐に会うのも久しぶりだな」
二人がナースステーションに着くと、そこにはモルガンに卍固めを食らっているブラッドがいた。
「若い子を傷物にした気分はどうだい?!ブラッド!!」
「…反省、しています」
(えー…)リアムとミラが顔を蒼白にして引く。
「おぉ!リアム氏、久しいな!会いたかったぞ!」
「お、お久しぶりです」
状況が追いつかない。笑顔のモルガン、下向いて表情見えないけど多分苦しんでるブラッド、それを無表情で見ている看護師長。
なんだか凄く怖い場所に来てしまった。
モルガンはブラッドを放り投げると、淡々と語り始める。
「さて。リアム氏も来た事だ、ミラ女史含め医療班にも恐怖を与えてしまったこと、改めて謝罪しよう。すまなかった」
モルガンが頭を下げると、起き上がったブラッドも頭を下げる。
「今回の件は、全て私の指示で起こしてもらった。リアム氏のランドルフ家固有スキル・アウェイクニングの残りのスキルを習得してほしくてな」
「残りのスキルってことは、あの時だとオフェンスとアイズ、イヤーズですよね」
「あぁ。スキルはどうしても感情が大きく関わって来る面もある。そして何より、リアム氏には感情的にならず無心…明鏡止水の心でスキルを使えるようになってほしい」
「め、明鏡止水、ですか?」
アウェイクニングの真骨頂は、無の境地、明鏡止水を得て初めて完成する。無の心になるのは大人でも難しい。そしてスキルに目覚めまだ日の浅いリアムには到底出来ないと判断し、なら怒りから得られるパワーでスキルを習得させ、その怒りをコントロール出来るようにしていく予定だった。
「だが、リアム氏の怒りは予想を上回ってしまった。流石に焦ったが、君は自力で自我を取り戻した。これは正直驚いたよ。私が乗り込んで気絶させることも視野に入れていたからな。嬉しい成長だが、手荒過ぎた。反省しよう」
「じゃあ、俺を怒らせるために、ウォーカー大尉がミラ達医療班に発砲したり、マシューを…?」
「利用できるものは全て利用しろと指示した。リアム氏のスキル習得を焦った私のミスだ。ウォーカーのこと、悪く思わないでくれ」
モルガンの説明を聞き、納得したような、腑に落ちないような。だが、ブラッドの残虐性を垣間見たのは事実だ。部下にあそこまで出来る男が、敵をどう扱うか…。
「はぁ。今回の事態、私は見過ごせませんので上に報告させていただきます。そもそも、限定された属性に対して無謀な訓練を仕向けるのはずっと可笑しいと思っていたんです」
看護師長が御立腹だ。
「師長、すまない。でもまさか、リアム氏以外の四人も凄く健闘するとは予想外だったがな!戦いの跡を見たが、五人とも想像以上の力を発揮したようだな。最終試験の時が可愛く見えるくらいだ」
「その事、あいつ等に直接言ってやってください。喜ぶと思います」
「それがだなぁ!ウォーカーと一緒に今回の健闘を称えに病室へ赴いたが、シレノ氏は微笑んでくれたがブレイズ氏には威嚇され、マシュー氏は話してくれたがウォーカーは無視され笑顔で強制サヨウナラ。ゾーイ女史に至っては私だけ面会謝絶だった!」
アッハッハァ!と屁ともしない大笑いに、ブラッドは頭を抱えていた。
「とにもかくにも!大怪我を負わせてしまった詫びと見舞金は出る。君達からしたら訓練で散々な目に遭ったと思うだろう。だが、あれ以上の惨劇が現地では待っていると思え。では、我々は帰ろう。仕事残ってるし」
モルガンとブラッドは、挨拶をすると医療施設から帰って行った。
「…なんか、モルガン少佐のお話し聞いてたら、不安になっちゃった」
ミラが呟く。
「俺も不安だ。だけど、訓練のこと思い出せば、なんとかなりそうな気がする」
「リアム…」
今回の出来事を軍からの嫌がらせと受けるか、洗礼と受け取るか。リアムは後者を取ったらしい。
数日後、リアム達は無事退院。療養も兼ね、一週間の休みを貰い久しぶりに家に帰った。
しかし家にエアル、マノン、ヘスティアは居らず留守になっていた。
「なんだよ、留守か」
「そうなの。リアムが入隊後の訓練が始まった頃からもうずーっと帰ってきてないんだ」
「じゃあ、ずっと一人で家にいたのか?」
「うん。でも、その分シフト、たくさん入れちゃった!だから寂しくなかったし、お蔭で勉強もいっばいできたし」
ミラが嬉しそうに笑う。
「そっか…。でも、これからこういう生活が増えてくるんだろうな」
それは少し、寂しい気がした。いつも、皆で一緒にいたから…。
それから数日が経った頃。ミラもシフトが入っておらず、二人はリビングでのんびりしていると、飛行艦が着陸したとマジックウォッチに連絡が入った。どうやら、飛行艦に乗るほどの距離に出向いていたらしい。数十分後、エンジン音が駐車スペースに停まる音が聞こえてきた。
「やっと帰って来た」
待ち構えていると、玄関が開き、「ただいま~」とマノンの声がする。
「お!リアム、ミラ!帰ってたんだね!一ヶ月以上会ってないよね?えー!あはひゃ!」
久しぶりに会う家族に、マノンもどう反応したらいいのか解らず、照れくさくて変な笑いが出た。
「お帰り。三人とも、ここ数日どこに行ってたんだよ?」
喜んだのも束の間、リアムの問いに、マノンは困って首を傾げた。
「う~ん、私にとったらバイトっていうか、ティア姉!」
マノンがヘスティアに助けを求める。
「リアム、随分と見ないうちに顔つきが変わったんじゃなくて?今回の件は、私とマノンは下請けの下請けみたいなものです。詳細はエアルから聞いてください」
リアムとミラの視線がエアルに集中する。
「あ~。ラーメンいっちょに行かないか?腹減って…」
「え、いいけど…。え、俺の質問は?」
「それは依頼主に報告してから説明する。それからでもいいか?」
またいつものエアル得意の隠し事だ。だが、後で説明してくれるというのなら今ここで攻め立てる必要も無いと思った。
「解った。じゃあ、いっちょだけど、誘いたい奴等もいんだけど、いい?」
「お?マシュー達か?アイツ等とも一ヶ月以上会ってないのかぁ。旅館以来か、おぉ呼べ呼べ!」
リアムはマシュー達に連絡を入れる。すぐ行くと返って来たので、三十分もしないうちに来るだろう。
すると、マノンがリアムとミラの前をちょろちょろとうろつき回る。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「へっへーん!何か気が付かない?ねぇねぇ!」
「うーん…あ、強くなったとか?!」
ミラのあてずっぽが、どうやら正解だったようだ。マノンはドヤ顔で説明してくる。
「あったりぃ!マノンちゃんはこれまたバージョンアップのパワーアップしちゃったんだなぁ!」
親指を立ててグッドポーズを取ると、ファイティングポーズを取りいかに悪者を倒したのかジェスチャーとオノマトペのみで説明してくる。
「マノンだけじゃありませんよ。私だって、スキルを第二段階に進めました」
「え?!ヘスティア、それ本当なのか?」
「えぇ。その様子、随分と二段階目に興味があるみたいね」
食いついたリアムを見て、ヘスティアが見抜く。見抜かれたリアムは少し恥ずかしくなり頬を掻いた。
「ちょっと、ティア姉!今私が説明してたところなのに!」
「ごめんなさいね。ちょっと意地悪したくなったの」
マノンの頭を優しく撫でる姿は、まさに姉と妹のようで。まだマノンが子供だと認識する。
「じゃあ、ゾーイ達が来るまでお茶でもしてようか。折角久しぶりに皆揃ったんだから、ゆっくりしよう。それに、リアムも強くなったから、その話も聞いてほしい!」
「そうね、訓練での様子、聞きたいわ」
ヘスティア達はソファに座り、ミラがキッチンに立ち、お茶を入れる。するとピンポーン、とインターホンが鳴る。
「誰だろう」
「俺が出てくるよ」
エアルが玄関を開けると、そこにはモルガンが立っていた。門の前にはブラッドが見張りとして立っている。
「エ・ア・ル・く~ん。あっそびましょ~?」
「ギャアアアアア!!!!!」
エアルの悲鳴を聞き、リアムとマノンが駆け寄る。
「エアル、どうしたの?!」
「エアル兄?!遂に女に刺されたか?え、ハンプシャー少佐?何故ここに…」
「やぁ諸君!今日はエアル氏に用があってな!エアル氏、何故帰郷したのに直に報告に来ない?」
モルガンに羽交い絞めにされ、身動き取れないエアルがいた。なんとも情けない姿。
「いえ、明日でいいかと…」
「明日じゃ遅いんだなぁ?わかるだろう?何故軍の奴等ではなく、君達を指名したのか…」
「承知してます!してますとも!ですが、久しぶりにリアム達と再会したんですよ?そりゃ報告より食事しに行かないか?って誘いたくなりますでしょう」
「食事?ほー!いいなぁ!何を食べに行こうとしていたんだ?」
「ラ、ラーメン屋にですけど…貴女もご存知でしょう、いっちょですよ」
「いっちょか!懐かしいな!しかしラーメンばかり食べていると腹がだらしなくなるんじゃないのか?!」
モルガンがエアルの裾を捲り腹を確認する。ちゃんと腹筋はあり、日ごろから鍛え続けている証拠はあった。
「キャー!エッチー!」エアルが自棄で泣きそうになる。
リアムは、普段散々な事をしているのに何言ってんだこの人、と呆れて助けようとはしない。
「ふむ、ちゃんと鍛錬はしているようだな」
ふと、マノンが気まずそうに顔を真っ赤にして俯いているのを、モルガンは見てしまった。
この女の嫌な所は、繊細な出来事をすぐに理解し、察し、内心楽しみ始めるところだ。案の定、ほーほー、と楽しそうに、ニヤニヤとマノンを見ていた。
「エアル氏、ますます早急に報告が聞きたいぞ…」
好奇心と苛立ちとが混ざったような低い声に、エアルは思わず「ヒィ」と情けない声を出す。
すると、ピンポーンとインターホンが再びなる。リビングからマシュー達が来たことを知らせる声がするが、姿は見せない。モルガンとエアルのイザコザが終わるまで関わらないつもりだ。
リアムが玄関を開けると、マシュー、シレノ、ゾーイの三人が並んでいた。
「今日はお誘いありがとう。そこにウォーカー大尉がいたけど、何か用事でも?」
シレノが訊くと、家の中にエアルを絞めているモルガンを見つけたゾーイはとっても嫌そうな顔をし、マシューは青ざめる。
「やぁ、三人とも!今日はお揃いでどうしたんだい?」
「野暮用です。リアム、お取込み中のようね、私達出直してくるわ。それかまた後日でも構わないわ。または身内を売ってでも私達とラーメンを食べるか選択して頂戴」
ゾーイの早口ぎみの捲し立てに、リアムは頭を掻くと、声を張りリビングにいるミラ達に確認する。
「エアル兄置いていっちょに行くか?」
「待て!リアム!俺を見捨てないでくれ!」
「なら私達もいっちょにて報告を聞こうじゃあないか!」
モルガンの提案に、エアルとゾーイが絶望したみたいに蒼白になる。
「ブラッド!今すぐいっちょを貸し切りに出来ないか確かめてくれ!」
「いっちょか…懐かしいな」
ブラッドは命令通り、いっちょに連絡を入れ始める。
「な、なんか僕達には大層な事柄っぽいので、やっぱり後日に…じゃ、じゃあ僕達は退散?ってことで…」
マシューが逃げようと打算を取るが、モルガンがすかさず口を挟む。
「私に着いて来れば、現在進行形で起きている世界の情勢が解るぞ。特にシレノ氏、君はとても興味があるんじゃないかな」
「…ラーメン屋にですか?」
「さぁ!こうなったら上司命令だ!皆でラーメンいっちょに行こう!そしてエアル氏からの報告を聞くぞ!」
こうして台風モルガンの命令で全員が結局参加となった。
いっちょはランドルフ宅から歩いて行ける距離にある。そこまでの会話は、和気あいあい…としていた。リアム達は。
シレノは少々居た堪れない気持ちでいた。
マシューとゾーイが、自分を挟んで歩いているのだ。特に会話がある訳でもなく。
「…なんか距離近くない?」
肩が触れそうなくらいピタリと隣を歩く二人に、思わず聞いてみた。
「私だって本当はミラと一緒に歩きたいわよ!でもリアムと一緒なんだもの…邪魔する訳にはいかないじゃない。誰かの傍にいないと、いつ少佐に…あぁ!黙って私の傍にいてよ!」
小声でゾーイが文句を言う。
「理不尽な…。マシュー君は?少佐になんかされたの?」
「少佐、じゃないけど…怒ってたとはいえ、まずかったなぁって。でも謝るのもなんか嫌だし、なんか…嫌だなぁって」
マシューはどうしていいのか解らなくなり、シレノの袖をキュッと掴み歩き続ける。
(子供か)
どうやら、今を見ると友達だと思っていた彼等との距離は近くなったと思えて、シレノは嬉しい反面、ちょっと面倒な心情を彼等が抱いていることに、小さな溜息が出た。
ラーメンいっちょは、運良く夕方開店前という事もあり貸し切りに出来た。これで遠慮なくエアルからの報告が聞ける。
「お前等、今日は軍から経費が落ちるから好きなモンいっぱい食え」
エアルが腹いせに無茶を言う。ブラッドが睨んだが、モルガンが遮ったので、黙ることにした。
「やったぁ!味玉乗せたい!」マノンがガッツポーズをする。
皆がメニューを選んでいる際、ヘスティアはふと不安に思う。貸し切りにしたとしても、店主とスタッフに会話を聞かれては意味がないのではないかと。仮にも、モルガンからの依頼で仕事をしてきたのだ。それなりに軍事に関わる。
「大丈夫ですよ、ヘスティア」
表情に出ていたのか、モルガンが安心させるように声を掛けてきた。
「ここの店主は出来た方です。アイアス中佐が御用達にしていた程のお店ですから」
「あぁ…そういうことも含めて、愛していたお店なのですね」
「軍の会議室や、高級料理店の個室での会食ついでの報告もいいですが…。こういった親しんだ店で会議が出来てもいいのではないかと私は思います。話が脱線して、無駄話に逸れても、それが鍵になってくる場合もありますからね」
「リアムも、お父様と同じように仲間や、いつかできる部下とここに来て食事や会議をしてほしいです」
(そう…叶うなら、家族とも一緒に)
確実にありえる未来に。リアムとミラの子供も一緒に、ヘスティア達も一緒にいっちょに来たいと、密かに願った。
ヘスティアは、思わず笑みが零れた。
全員、席に着く。
エアルはモルガン、ブラッドと同じ席。当たり前だけど。
「えぇ。では、報告をしたいと思います。俺達が見て、調べてきた四十五日間の出来事です」
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