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第2章・・・代償

46話・・・ティアマテッタ20・サバイバル訓練5

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モニタールームからリアム達の戦いを見ていたエンキは、突然拍手をしだした。

「ハッハ!ブレイズは置いといて、ダークホースが来たな!シレノ・ダビン!たまげたぜ。これだから各属性も侮れん」

嬉しそうに、そして不敵に笑うと、一つの画面に視線をやる。

「リアム・ランドルフ…今回は無属性の力を垣間見えることは出来なかったが、スキルの成長速度が異常に速い。一ヶ月前にやっとブーストを習得したばかりと聞いたが…もう二個同時使用とはな。どうだ?ブラッド大尉。この成長の過程はランドルフ家にとっては通常速度なのか?」

そう問いかけると、ブラッドは表情を変えないまま、頬杖を突く。

「どうだろうな。無属性は家系に寄り固有スキルが違う。比べる先もないからな」

「そうかい」

エンキは残念そうに肩を竦めた。

(リアム…確かにお前は徐々にスキルを習得し、自分の物にしていっている。だが、アイアス中佐はもっと習得は早かったぞ)

決してリアムが遅い訳ではない。寧ろ、初めて発動してから今日までに三つもスキルを習得しているのは順調で上出来な方だろう。
だが。
過去、たまたまアイアスのマジックウォッチを拝見したときに、スキル発動時期は十六歳。そして一ヶ月の内に三つのスキルを習得していた。そして発動から三ヶ月後には全てのスキルを持ち合わせていた記録が残っていた。
だから訊いたのだ。「無属性はこれが通常なのですか?」と。しかしアイアスはニッと笑うと「俺が天才なだけだ」と冗談で言い、はぐらかすのであった。


訓練中の新兵には伝えられていないことがある。
リタイアの基準だ。
しかし中には感づいている者もいるかもしれない。
基準としては、チームの全滅が確認されたら脱落となる。
判断は軍のサーバーに同期されたマジックウォッチが判断する。体調の状態、魔力の残量、そして怪我による出血量など。
五名中数名がリタイアしても、最後の一人になってもそれは続行となる。ただ、減れば減るほど不利な状況にはなる。ただ、観察もあるため、リタイア理由によってはマイナスと受け取られる場面もある。それも兼ねて、チームは無事に全員生還を考えなければならない。
ミラは書類を確認していると、看護師長が声を張り上げる。

「次の出動命令が来ました。重傷者が数名いるので、二班で行きます」

「はい!」

ミラは医療バックを背負うと、走り出した。


ミラが所属する班が到着した場所は、リアム達がいる陣地だった。

(嘘、リアム達の班だ。怪我は?皆無事なの?)

冷や汗が額に滲む。
看護師長が負傷者を確認し、支持を出す。

「ここに倒れている三名、顔面骨折、私達が処置を。こちらの負傷者二名は新任が担当を。解らなくなったら聞いてください」

はい!と声を揃え返事をすると、医療班は処置に掛かる。

「医療班のメイヤーズと言います。お名前言えますか?」

ゾーイに話しかける。痛みが大分和らいできていたゾーイは薄らと目を開ける。

「ゾーイ・グレイス…」

「ゾーイさんですね。今治療しますからね」

(酷い…なんだろう、紙やすりで削られたみたいな状態…肉が露出しちゃってる)

覚悟はしていたが、友人を治療する日がこんなにも早く来るなんて。
ミラは焦りそうになる気持ちを抑え、淡々とこなしていった。
少し、木に寄りかかるリアムに視線を向けると、項垂れたように座り、どこか覇気が無かった。手当て中のブレイズがリアムに向かって何か話しかけていが、反応は無い。

(大丈夫かな…)

彼等に何が起きたのか解らない。だからこそ、余計心配だった。
全員の治療が終わり、看護師長のチェックが入る。
呼び出されたミラと同期の二人は緊張の面持ちで言葉を待っていた。

「グレイスさんも、トンプソンさんの治療も問題ありませんでした。これからもこの調子でお願いします。じゃあ、患者さんの後のケア、よろしくね」

「はい!」

「ありがとうございます!」

ミラと同期は見つめ合い、笑みを零した。
ミラは飲み物や痛み止めなどを持ち、各隊員に回っていく。

「お水とお薬置いておきますね。ストローも刺してあります」

「ありがとう…可愛いね、君」

ミラをナンパしてきたのは、リアムに顔面骨折させられたリーダー格の一人だ。顔面にギブスをしてあるため、顔が全然わからないが、懲りていないのは確かだ。
男はスッと手をミラのおしりに当てる。

「ギャ!止めてください!」

「へへ、いいじゃねぇかよ。隊員の気持ちを慰めるのも医療班の役目だろ?」

「だから、私達は医療班で!」

やめてください!と同期の声も聞こえてくる。連合を組んでいた奴がセクハラをしたようだ。
ミラが苛立った、その時だった。

「この色ボケクズ共がぁ!」

看護師長が、鉄製で出来た蠅叩きでセクハラをかました三人の顔面を思いっきり叩いていく。

「イッテェ!」

「何すんだババア!こっちは患者だぞ!」

「怪我人になんてことするんだ!上に訴えるぞ!」

三人が喚くと、看護師長は青筋を立てて見下す。

「上等です!上も承知してのことです!毎回いるのですよ、こういう不届きものが!荒治療も兼ねて、セクハラは暴言を医療班に行ったら我々は容赦しません」

「寧ろ、厳罰の対象になります。今改めて、普通の病院と私達医療班は違いますからね。ご自身の立場を理解したらいかがですか?」

看護師長と先輩がキツく言うと、三人は黙り込んでしまった。
看護師長はキャリア三十年以上のベテランだ。荒波にもまれてきた。
そして、先輩の言う通り、軍の医療班は一味違う。生と死を握っていると言ってもいい機関。つまり、上からの指示が出れば、治療という名目で味方を殺すことも、敵を生かすことも出来る…。そのことを、ミラ達はまだ知らない。

「貴女達も、何か叩く物を持っておくといいわよ。気が引けるなら、唐辛子スプレーを顔面にひっかけなさい」

「わ、解りました」

ミラはホッとすると、リアム達のチームに向かう。

「水とお薬です」

「ミラちゃん!よかった、リアムのことなんとかしてくれぇ」

両方の鼻の穴に綿が詰められているので、鼻声であたふたとブレイズが言ってくる。

「ミラ…あぁ、リアム君の彼女さんか」

シレノの言葉に、ミラがギョッとする。なんか知らない人にまで関係が伝わっている。

「ブ、ブレイズ。リアムがどうしたの?」

「その、元気無いんだ…」

ブレイズも本当の事をミラに言うには、どうも踏ん切りが着かなかった。仲間がやられた姿を見て、暴走に近い戦闘をしていた、なんてどう説明すりゃあいいんだと。
意気消沈しているメンバーを見て、ミラは少し困った笑顔を見せた。

「そうだなぁ…。ねぇ、皆は訓練が終わったら何したい?」

「プ…プティ・ロマンのアフタヌーンティー行きたい…」

痛みと薬で朦朧としながらもゾーイが根性で答えてくる。

「うお…起きてたのか。大人しく寝とけよ」ブレイズが思わずビビる。

「いいね!じゃあ、終わったらヘスティアさんとマノンも誘って行こうか」

「ヨシ」

ゾーイが右手でガッツポーズをする。

「ぁ…僕は姉さん達にティアマテッタの雑貨、送らなきゃいけないんだった」

思い出したかのように、マシューが呻き声で喋る。

「それやりたい事じゃなくてパシリだろ…マシューがやりたいことは?!」

ブレイズが言う。

「そうだなぁ…ゆっくり寝たい」

「もう今寝とけよ。無理すんな。はい、次!シレノは何したい?!」

「ん?そうだね、どうしようか。静かな喫茶店でコーヒーが飲みたいかも」

ミラは、リアムの前にしゃがみ込む。そしてやっと、リアムが顔を上げた。

「ミラ…」

「ねぇ、リアムは訓練が終わったら、何する?」

「…いっちょのラーメンが食いたい」

いっちょ。それはリアムの家の近くにあるラーメン屋だ。偶然、エアルが見つけてきた店で、後日ミラも誘って三人で食べに行った時があった。その時、店長にアイアスの息子かと尋ねられた。不思議な縁で、両親もティアマテッタに赴いた時はここでラーメンを食べに来ていたらしい。ここ数年、ぱたりと来なくなって寂しかったが、代替わりか!と店長は笑顔だった。亡くなりました、とは言えなかった。

「ラーメン食いたい…チャーシュー麺とチャーハンのセット」

「あそこ美味しいよね。終わったら皆で行こう。エアル兄、ヘスティアさん、マノンも一緒」

「リアム」

ゾーイだ。皆がゾーイの方を向く。

「今朝の借りは、そこのラーメンを私達にも奢ってくれれば不問にするわ。一緒に連れて行って」

「ゾーイ…」

「リアム、ゾーイに助けてもらったの?」

ミラが無邪気に訊く。

「え?!あぁ、助けたって言うか、色々あって」

フフン、とシレノが俯いて笑うのを堪えている。

「あー!終わったら俺の奢りでいっちょに行くか!」

シレノが爆弾を落とす前に、リアムが話題の終結に向けて話を進め始める。

(何があったのかは解んないけど…。リアムが元気出てよかった)

それから少しして、治療とケアが終わり、脱落者は医療班により回収されていった。
リアム達五人は、引き続き訓練を行う。

「悪いけど、腕に次いで足まで負傷したの。木に登れないから、私と見張りを組む人はこれからは木の上でお願いね」

ゾーイはライフルを右肩に担ぎ、左腕は三角巾で吊るされていた。そしてライフルにも何やら布が付けられていた。

「その布、なんだ?」

「構える時に使うの。運がいい事に、怪我したのは左腕だからね」

「あんま無理すんなよ」

マシューはマジックウォッチを見ながら現状の確認をしていた。軍からの最新情報はまだ入ってきていない。
リアム達が倒した連合チーム十人は脱落確定。リアムが助けたという、操られていた三人のうち二人は魔力切れでリタイア。まだ継続可能と判断されたなら、計三人が引き続き訓練をしているはずだ。

(アイツ等、僕達を攻撃しながら他チームを利用して無属性を罠に嵌めたって喋ってたな…嘘を吐くとかじゃなくて、ただ策士を自慢したいって感じだった。てことは、リアム君が助けた三人は連合とは無関係か)

しかし、気づかぬうちにダミーを用意し、水属性のアイズを出し抜き、リアムも間近で見て初めて異変に気付く覆面を粘土で作る技術の高さ。
あのリーダー格に巻かれていた奴が土属性だった。たぶん、アイツの業だろう。
ゾーイの腕を狙ったのも、アイツだ。

「皆。これからは土属性の覆面技術にも注意しよう。今まで、あんな技を使う人なんて見たことが無い。隠していただけなのか解らないけど、僕達と同じ新兵が使えるなら、上官やこれから敵となる組織の土属性は平気で使用してくるかもしれない。下手したら、もっと高等な技術で」

マシューの言葉に、リアムはソイルを思い出す。

「…厄介な技だな」


医療室に戻ったミラ達医療班は、まだやることがある。軽傷、中傷、魔力切れならこの施設で預かるが、重傷、致命傷を負った隊員は軍直属の病院に移送するための手配をする。その選別だ。

「今回運ばれたのは計十二名。二名が軽傷・魔力切れ。二名が中傷。六名が重傷です」

「解りました。移送バスの手配を」

「はい」

先輩がテキパキと作業へ移る。
看護師長が、ミラ達を手招きする。

「この人達を見て」

そう言われたのは、全身を包帯で覆われた男二人だ。止血のために貼られたガーゼからも血が滲み、痛々しさが増している。ミラは思わず、腹の中から飛び出そうになるものをグッと堪えた。

「別班が保護しましたが、発見されたときは怨恨があるのかと疑いたくなるような悲惨な状態でした。意識も朦朧。致命傷を食らい、止血にも時間がかかりました」

「訓練で、そこまでする必要はあるのでしょうか」

「個人的な意見であれば、ここまでする必要は一切ありません。ですが、軍に入隊する人間の中には、正義感を持つものだけではありません。戦闘狂、復讐者、殺人衝動のある者…人を殺すのに、理由も無ければ罪に問われない。殺し方の手っ取り早い勉強が出来るのはここですからね。そういう連中は試験の段階で弾きだされますが…すり抜けるほど、普通に馴染み、冷静で悟られない。そういう人もいます」

復讐、という言葉に、ミラは一瞬戸惑った。

「ま、死なせないことが私達の仕事です。やっちまったもんは仕方ありません。今後もこのような状態の負傷者を見ることが増えます。それでも、冷静な対処を心がけてください」

「はい」

ミラは仕事に戻る。
入院している軽症者、中傷者の包帯の交換や薬、点滴の準備。異変が無いかのチェック。様々なことをこなしていく。
一通り終わったミラがナースステーションに戻ると、事務作業をこなす何人かの看護師が、雑談をしていた。

「ハー、一息つきたーい」

「今回なんか負傷者多くありませんか?去年こんな酷くなかったですよね。新人ちゃん達にはハードすぎやしませんか?」

「それ思った。ましてや重傷者なんか出なかったし。就職して早々にあの状態見るのは可哀想でしょ」

「やっぱアレかな…火属性がいるからかな」

「火属性って関係ありますか?」

「あるでしょ。上層部が喉から出が出る程欲しい逸材だよ?ソイツの仲間にするか、もしくは叩けば上層部からの視線も変るって」

「だよねぇ…でも、最初からこの状況が普通だと思っちゃえば、戦争地帯に行った時、泣かなくてすむかも…」

「…はい、不謹慎!」

「え?!新人を心配しただけなのに!」

「でもさぁ、先輩もそうだけど、ミラちゃんだっけ。医療の勉強もして、銃の訓練もしてるんでしょ?モルガン少佐も無茶なコト考えるよねぇ」

「でも頼りたいときに軍人さんがいないのは辛いから、自分達で対処できたらなって思う事多いよ。私も銃訓練参加しようかなぁ」

「アンタはどうせ泣くでしょ」

「泣かないってば!」

(凄い会話してる…)

ちょっと戻りにくくなったミラだった。

「て、点検終わりました!」

「あ、ありがと~。昨日に比べて大変だよね。毎年、こんな大変じゃないんだけど…」

「今回は血の気が多い奴が多いのかもー」

「そ、そうなんですか…」

ミラはパソコンに向かうと、記録したデータを転送する。そのデータは、マザーコンピューターを通し、医療班全員に共有される。

「ねぇ、良い男見つけた?」

「え?!」

「でた!逆ナン!そうやって男漁るの止めたほうがいいですよ!」

「逆ナンじゃないってば!私はミラちゃんに良い男や目ぼしい男がいたか訊いてるだけだってば」

「セクハラだ!」

ワイワイ騒ぐ先輩方に、ミラは少し苦笑いする。

「い、いえ!そういうのは、考えてなかったです」

「あれ、そうなの?突然だけど、ぶっちゃけな話、ブラッド大尉を狙ってる女は多い」

「うわぁ…本当に唐突」

「そして今年はブレイズが人気よ。ピッチピチの女子達が騒いでたわ」

「え、ブレイズが?!」思わず大声が出て、慌てて静かにする。

「え、ミラちゃん火属性と知り合いだったの?」

「まぁ、なんやかんやありまして…」

「へぇ。兎に角人気よ。で、裏では無属性のリアムが密かな人気を博している」

「アンタ、本当にそいうい情報よく仕入れてきますよね」

リアムの名前が出て、心臓が飛び出しそうになった。別に関係を聞かれた訳じゃないのに、耳が熱くてたまらない。

「こら!貴女達!いつものお喋り常習犯め!ミラさんを巻き込まない!早く夜勤の引継ぎ仕上げなさい!」

はい!と叫ぶと、先輩方は逃げるようにナースステーションから出て行った。

「ごめんなさいね。あの子達、先輩後輩だけど気が合って喋る隙さえあればしょっちゅうあぁなの」

看護師長が眉を下げ微笑む。困っている様に見せているが、内心は微笑ましいのだろう。

「いえ。色々聞けて面白かったです」

「何かと殺伐とする職場だからね。喋ることで、ストレスや恐怖を払拭できるならいいんだけれど」

(そっか…)

ミラは、ナースステーションから出ると、同期の元へ向かう。丁度、シーツを取り込んで片しているはずだ。

「手伝うよ」

ミラが備品室に向かうと、案の定、同期は泣いていた。きっと、怪我人を見て心を痛めているのと、恐怖で参っているのと。

「ミラちゃん…」

「大丈夫?少し話さない?なんでもいいからさ」

「…うん、ありがとう」

二人はシーツを畳みながら、色んなことを話し始めた。


「なぁブラッド。ゲームをしないか」

エンキの提案に、ブラッドは呆れる。

「聞いても特になるような話じゃなさそうだな」

「そういうなって。お前、無属性に随分目をかけているだろう」

「…目をかけているのはハンプシャー少佐だ。私じゃない」

「ハハ!でも、無属性と戦ってみたいのは確かだろう?試したいんじゃないか?ランドルフの腕前を」

「…」

ブラッドは呆れるようにエンキを人睨みすると、モニタールームから先に出る。

「エンキ、部下を一人呼んでおけ」

「へいへい」

「ユーリ、すぐに門の前に集合だ」

マジックウォッチに呼びかけると、ブラッドの部下ユーリ・ゼスが「はっ」と短く返事をする。

「先にランドルフに辿り着いた方が戦う権利を得るとかどうだ?」

「まだその話か」

「俺はお得意の新人いびりしながら新兵達を倒していくぜ」

エンキの悪趣味のひとつ、新人いびり。エンキが新兵訓練に関わると、除隊する率がぐっと上がる。しかしその反面、残った隊員等は精鋭となり成果を上げている。これがあるから上層部もエンキを無暗に外すことが出来ないでいる。今年は特に火属性・ブレイズと無属性・リアムがいる。彼等に逃げられては困るが、どこまで期待していいのか苛まれている。
本来なら違う大尉が着く予定だったが、ブラッドの推薦でエンキになったのだ。
篩いにかけるなら今。
自分やエンキとの戦闘で除隊していくようなら辞めて行けばいい。それで戦いから離れた生活を送ればいい。戦場に出し、簡単に死なれるようじゃ、アイアスに申し訳ない。

「はぁ…。そのゲーム、乗った」

「お、どういう風の吹き回しだ?面白くなってきた」

門の前には、二人の部下が既に並んでいた。
一人はユーリ。もう一人はエンキの部下、ローラ・ベイリー。

「ローラ、夕暮れ時にすまねぇな。今日は長丁場になりそうだぞ。お肌のゴールデンタイムに寝かせてやれなくて悪いな」

「そう思うなら他の部下を呼んでください。こっちは休暇中だったのに、貴方の呼び出しでデートから速攻で来たんですよ」

「アレ?!そうだったの?悪いコトしたな。今のところ全敗だろ。どうせ今回もケツの穴がちっせぇ男だろ」

ローラが舌打ちをする。

「えぇ、お蔭さまで。仕事の方が大事なんだね、とかお決まりの台詞言いやがりましたよ」

「しょうがねぇだろ。お前くらいなんだよ、俺の部隊にいてくれて、急な招集にもすぐ来てくれるの。今度俺のお眼鏡にかなった男紹介するから」

「結構です。大尉の紹介で知り合った男とか、脳みそに戦略しか詰まっていなさそうで嫌ですし」

「ハァア。こんなイイ女他にいねぇのに、街の男は見る目が無いねぇ」

その会話を横で聞いていたユーリはただ黙るしかなかった。
見ての通り、ローラは上司にも噛みつく女だ。そしてエンキにとってはイイ女なのかもしれない。自分に盾突き、噛みつき、毒を吐くのだから。ヘコヘコ媚びられるよりよっぽど楽しいのだろう。そしてエンキの部下だから、馬鹿みたいに強い。

「ユーリ、頼みがある」

「はいっ。なんでしょうか、ブラッド大尉」

「リアム・ランドルフのチームを最後に相手したい。他のチームを先に対戦が出来るようルートを組んでほしい」

「…かしこまりました」

そしてブラッドも大概だと思う。
彼は麻痺している。ハンプシャーの無茶ぶりに。だからこの面倒臭いルート設定を平気で要求してくる。

(そう言えば、大尉は少佐とランドルフ達と温泉いったって言ってたよな。あの雰囲気しか知らないだろうし、夜中に大尉から襲撃受けるとか、俺はごめんだけどな)

ちょっと可哀想、と思いながらも現在いるチームの位置を全員のマジックウォッチをハッキングし把握する。

「出来ました。一応、お二人が賭けをするとかしないとか…ということで、二ルート用意しました。これから大規模な移動が無ければこの順序で行けばランドルフがいるチームは最後になります」

「ありがとう、助かる」

「じゃあ俺達は西のルートから攻めるか」

山の麓に、四人が立つ。
陽は沈み、森に夜が訪れる。梟が鳴き、星が瞬く。
獣が二匹、東西に別れ放たれた。

「さぁ、ショータイムと行くか!」

エンキの瞳が、不気味に光る。


「連絡来た!」

マシューが早速チェックする。

「…四チームが脱落。連合の二チーム以外にも、二チームやられたんだ」

「もう中尉クラスがうろついているのかな」

「そう、かも」

「そういや、〇時を回ったらだろ、大尉クラスがお目見えするの」

ブレイズの言葉に緊張が走る。

「今、二三時五〇分過ぎたぞ」

「火を消そう」

リアム達は痕跡を消し、少し移動することにした。
医療班が場所を伝えている可能性を考え、少しでも位置を悟られないように。

「きっと、このチームでも何人かはリタイアせざる得なくなるよね」

マシューが静かに言う。

「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」

「ごめん。でも、もし目の前で仲間が攻撃されても、リタイアしても、冷静でいよう。それだけ言いたかった」

リアムには耳の痛いお言葉だった。
五人は草むらに隠れ、静かに敵が来るのを待つ。
遠くから、銃声が聞こえてくる。
リアム達は知らない。獣達の目的を。
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