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第1章・・・旅立ち

14話・・・ヘスティア・エマーソン

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ヘスティアは業火の中を駆けていく。敵が道を塞ぎ攻撃を仕掛けてくるが、銃を取り出し撃ち倒していく。

「待て、ヘスティア!」

エアルが声を上げても、聞こえていない。

「お兄様…」泣きそうに、苦し気にヘスティアは呟いた。

(この焔、私にはわかる)

焔の出所である建物が見えてくると、ヘスティアの動悸が速くなり、呼吸も荒くなる。
耳鳴りがする。優しく気高かった彼が復讐に捕らわれ、憎しみに顔を歪めた日。
それは私がまだお姫様だった頃、無邪気だった頃、無垢で世間知らずの愚か者だった頃の昔話。


・・・
二年前。
ヘスティア・エマーソン。マルペルト国・国王の第三子にして第一王女。気品あり、優雅な佇まい、心優しく慈善事業にも力を入れ、孤児院創設や売春廃止を進め、女性の社会進出の象徴でもあり、王女として相応しく、国民からも人気があった。
ヘスティアの楽しみは王宮の中庭でアフタヌーンティーをすることだった。美しく咲いた花々に囲まれ、マルペルトの風を感じ、美味しいお菓子とお茶を嗜む。
紅茶を飲んでいると、明るい声がヘスティアを呼ぶ。

「ヘスティアお姉さまぁ!」

末っ子の第二王女・マーガレットだ。大きく手を振り、走ってくる。十六歳になるが、まだあどけなさが残る顔つきは、やっぱり姉妹であり自分の幼い頃に似ていた。

「マーガレット、お転婆が過ぎますよ。大声を出さない、走らない。いつも注意されているでしょう。もう淑女と呼ばれる年齢になったのに」

「えへへ、ごめんなさい。でも、ヘスティアお姉さまに気づいてほしくて」

マーガレットは悪戯っぽく舌をチラリと出す。

「もう…そんなことしても私は騙せませんよ」

「知っていまぁす。ねぇ、お姉さま、ご一緒にお茶をしてもよろしくて?」

「どうぞ、お好きにして」

「やったぁ!」

マーガレットは嬉しそうに両手を上げると、急ぐように椅子に腰かける。前に座る彼女は、ヘスティアの顔を見て、さらに嬉しそうにニコニコと笑う。

「セバスチャン、マーガレットの分のケーキと、好きなキャラメル紅茶を用意して」

「かしこまりました」

マーガレットは、父が外に作った子供だった。民家で育ち、無邪気に成長した彼女が王宮に迎えられたのは、十四歳の頃だった。引き取られた理由。父の妾…つまり、マーガレットの実母が死亡したのだ。それを知った父がマーガレットを迎え入れた。苦労をしていたマーガレットは、王族という環境に甘える事なく、相応しくなろうと努力していた。読み書きが出来なかったが、必死に勉強した。マーガレットの生い立ちと、頑張る姿、気取ることのなる人柄に、婚外児を迎えることに反発していた国民も徐々に彼女を応援し、見守り、愛される王女となった。
ヘスティアは、そんなマーガレットを自慢の妹だと思っていたし、大好きだった。


この頃、国王である父が病に伏せっていた。国中の名医が国王を診たが、症状が改善されることは無かった。この医療が充実した現代で不治の病…暗殺説やエマーソン家に恨みを持つ怨念の呪い…そんな科学的根拠も、根も葉もない噂が王宮でも、国でも立ち始めていた。
そんな中、不安を払拭するかのように第二王子エルド・エマーソンが自身の主治医を連れてきた。医者の名はアスク。エルドが贔屓にしている医者で、エルドの訓練での怪我や病状時、疲労や体のメンテナンス、エルドに関する全ての診察をしていた。

「お父様、私が信頼する医師です」

「エルド…ありがとう。やはりお前は、私の誇りだ」

「早く完治して、元気な姿を見せてください。私はまだ、お父様の傍で勉強がしたいのです。一緒にいたいのです」

父子の絆に、周りに居た使用人達は心温まる場面に涙しそうになる。国王が早く治ってほしいのは皆の願いだ。

(お兄様…お兄様は本当にお優しく、聡明な方だわ)

ヘスティアは、エルドに酔狂していた。
エルドは頭も良く、国民の生活状況や政治への興味が強く、常に国民の幸せを願い国王の傍で勉強し、法の改正、もっと勉強をしたい子供達、優秀な学生を援助する改革などを行っていた。また、公費を見直し、不必要に使われていた部分を身寄りの無い老人達の拠り所になる施設を建設するなど、国の発展に尽力し、時期国王はエルドだと、国民からも期待されていた。
ヘスティアの温かい眼差しとは反対に、エルドを冷たい視線で睨む男がいた…。


「クソ!エルドばかりいい顔しやがって…俺だって、その気になれば!」

エルドを睨んでいた男…第一王子、タナス・エマーソン。エルドとは違い、口だけでなんの結果も残せていない。それなのに第一王子というだけで自分が時期国王になるべきと胡坐を掻き、国民からの人気もいまいちだ。

(全部親父が悪い!第一子を国王に据える伝統を廃止して実力主義で決めるとぬかしやがって…!)

――ここだけの話、国王が無条件に第一子即位制度を撤廃したのは、タナスの素行を見かねたからだ。エルドをタナスの補佐にするには勿体ないほどに出来た息子だった。ヘスティアももっと跡継ぎとして自覚を持ち、エルドの影に隠れてさえいなければ、ヘスティアも女王陛下候補の一人に食い込む実力をもっていっていた――
今回の医者の紹介の件で更にエルドへの信頼が厚くなり、父はエルドを候補ではなく、正当な後継者として横に据えるだろう。それはあまりにも面白くない。

(面白くない、何もかもが面白くない!俺の何がいけないんだ!)

夕方、誰も居ない廊下をむしゃくしゃして歩いていると、マーガレットの拒絶する声が響いた。
なんだ、と思ったタナスは物陰に隠れ、声のする方を見る。

「マーガレット第二王女…いや、マーガレットちゃんって呼んだ方がいいかな?」

「気安く私の名を呼ぶな!」

「おぉ怖い。マーガレットちゃん、二年前に急にいなくなったから寂しかったんだよ」

会話の相手は、エルドの主治医、アスクだった。
二年前…マーガレットが王宮に引き取られた時期と同じだ。知り合いだったのか?とタナスは聞き耳を立てる。

「貴方のことなんか存じません。今日初めてエルドお兄様からご紹介され知りました。これ以上しつこいと、警備の者を呼びますよ」

「冷たい事言うなよぉ。俺が初めての客で、お前の初めての相手。お前が貧困街で娼婦してたのに急に消えたから…相手がいなくて困ってたんだぜぇ。ヘスティア王女様のせいで娼婦は身を顰めるしよぉ…」

がっくりと肩を落とし、残念といわんばかりに首を振る。マーガレットは、眉をピクリと僅かに動かす。

「…ッチ。あの子達は今なにしてる」

「お前の娼婦仲間か?さぁな。ヘスティア様が売春取り締まったせいで稼ぎが無くなって餓死したか、もっと酷い仕事してるかもな。あいつ等、その日暮らしが出来れば良い方だったもんな」

下衆にニタニタと歯茎を見せながら笑うアスク。マーガレットは、仲間の末路を聞いて歯を食いしばったあと、吠える。

「哀れね…。あーぁ、あのタイミングでさっさと王宮に引き取られて良かったかも。私今、幸せなの。もうあの臭い街で臭くて汚い男達に足開かなくていいんだもの」

するとアスクは気色悪く笑うと、マーガレットの手を掴み、てのひらをベロリと舐めた。

「ッ!何するのよ!汚い!」

「なぁ、相手しろよ」

「ッ!ふざけんじゃないわよ!」

嫌がり退こうとするマーガレットを壁に押し付け、アスクは自分の身体を押し付け、彼女の体をまさぐり、髪の匂いを嗅ぐ。

「はぁ…良い匂いになってんじゃねぇか…。あん時のくっせぇ臭いも興奮したけど、清楚ぶっても淫乱な顔を持つ王女様って解ったら…ヤベェ、勃ってきた」

「やめて!やめろ!私は王族の血を引いているの!もう娼婦じゃないの!王女なの!ここで私が助けを求めれば、所詮ただの医者のお前なんか処刑だ!」

普段タナスが知るマーガレットとはかけ離れた女がそこにいた。もうタナスには、可憐な妹ではなく、売春婦にしか見えなかった。

「じゃあ処刑される最後にお前が娼婦だったことばらして死んでやるよ。エルドもヘスティアも、お前を軽蔑するだろうなぁ!」

「お兄さまとお姉さまが信じる訳ないだろ!」

「じゃあタナス王子に言うか?それともこれから国王陛下に直接チクリにいってもいいんだぜ。マーガレットは母と同じ娼婦ですってな!どうして母親が第二夫人として迎え入れられなかったか解るか?汚らわしい女なんか王宮は必要としてないんだよ!国王は相当平和ボケしてやがる。十四歳ならまだ無垢だと思って、罪悪感を覚えてお前を迎えたんだ。バレたらお前は娼婦に逆戻りかもな!あぁ、取り締まりが厳しくなったから、もっと酷い仕事か?奴隷か?ミンチにされて豚の餌か?なぁ?!」

アスクは唾が出るほど怒鳴り、息を荒げマーガレットの胸を揉み、腰を押し付け揺らし始める。マーガレットはゴミを見るめで男を睨んだ。

「…一回だけだぞ」

そうマーガレットが言うと、すぐそばにあった客室にアスクを連れ込んだ。
タナスが部屋の前まで静かに近寄ると、男女が交わる声が聞こえてくる。淫らで、喘ぐ女の声が漏れてくる。

(なんだかんだ言ってヨがってんじゃねぇか)

タナスは確認すると、足音を立てないように去って行く。

(クククッ!これはいい!使える、使えるぞ!これで時期国王はこの俺だ!!)


翌日。タナスはマーガレットを自室に呼んだ。

「失礼します、タナスお兄さま。お兄さまが私を呼ぶなんて、珍しいですね」

マーガレットが何も知らない顔で入ってくる。
タナスはニヤリと笑うと、人払いをする。2人っきりになったマーガレットは、いつもと違う雰囲気に戸惑う。

「お兄さま…?」

「マーガレット、昨日は随分とお楽しみだったようだな」

「お、お楽しみって…お姉さまとのお茶のことですか?」

「白々しいなぁ。本当は解ってんだろう?昨日、お前がエルドの主治医に足開いていたの、俺は知っているんだ」
マーガレットの顔が面白い程、青ざめ、血の気が引いていく。

「な、何を仰っていますの、タナスお兄さま…足を開くなんて、はしたない…!」

「まだ抗うかぁ。娼婦のマーガレットちゃん?」

マーガレットは止めを刺され、完全に絶望に叩き落とされた。マーガレットは縋るように駆け寄るとソファーに座っているタナスに跪き、足に縋りつく。

「お願い…お願いします!見逃してください、私もうあんな所に戻りたくないの!お願いします…どうか、ご慈悲を…なんでもします。なんでも…言う事聞きますから…!」

マーガレットは泣きそうになるのを堪え、声を振り絞り懇願した。それを見たタナスは、妹が完全に自分に堕ちたことを確信した。

「そうか…じゃあ、まずはお前が信頼できるか試させてもらうぞ。ここにエルドの主治医を連れて来い。内密にだぞ。そのためなら、どんな手を使ってもいい」
タナスはマーガレットの前髪を掴み、顔を上げさせる。マーガレットは半べそで頷き、命令に従った…。


同じ頃。ヘスティアは中庭でアフタヌーンティーをし、人を待っていた。今日は心待ちにしていた兄、エルドとのお茶会の日だ。忙しいエルドがわざわざ時間を作ってくれた。自分のために。それだけでも幸福なことなのに、一緒に過ごし、会話を楽しめるなんて。ヘスティアは自然と笑みが零れる。緩んだ表情が紅茶に映りこみ、急いで顔を引き締めた。

「はぁ。遅いですね、お兄様。女性を待たせるなんて…まったく」

独りごちる。
そこに忙しなく駆け寄ってくる足音が聞こえる。

「ヘスティア、待たせてすまない」

エルドが身だしなみを整えながら足早にやって来る。

「お兄様、待っていましたよ!」

「すまない、剣術の稽古に熱が入ってしまってね。長引いてしまった」

「もう、そんなこと言って。私のことなんて、忘れていたんじゃありませんか?」

ヘスティアはふと思いつき、頬を膨らませ不貞腐れて見せた。エルドは吹きだし、席に座る。

「まさか!このお茶会は私も楽しみにしていたんだ。だから少しでも早く来ようとこれでも急いだ。それと、もう素敵な女性なのに、マーガレットの真似をするんじゃないよ」

「ふふ、ばれました?あの子の仕草は、私達がしたことのない仕草ばっかりだから。つい真似したくなるの。表情豊かで、親しみやすくて優しい子…王宮に新しい風を吹かせてくれるわ、きっと」

紅茶を飲む。

「君だって女性の新しい未来を築いているじゃないか」

「お兄様…」エルドに褒められて、ヘスティアは頬を染める。

「許してくれたかい?」それを見たエルドが悪戯っぽくウィンクする。

「もう!お兄様!」ヘスティアは思わず身を乗り出した。

「あはは、冗談だけど、嘘ではないよ。ヘスティアは女性の未来の姿だ。魔法も、社会進出も、この国の女性に必要だ。もっと女性も働きやすく、有能な女性には役職、国を支える仕事にも就いてほしい。全国民でこの国を豊かにしていくんだ」

エルドの語る夢に、ヘスティアは耳を傾け、見蕩れていた。尊敬し、愛する兄の夢に自分が携わり第一歩になっているのだ。こんな誇れること、他にはない。

「ヘスティア、魔法訓練と剣術の稽古はどうだい?」

「はい、とても楽しいです。先日、剣術の先生から筋が良いと褒められました。私が望めば、実践もいけると。魔法の先生からはこのままいけば、魔力B++ももうすぐだと」

「凄いじゃないか!」


「これも、お兄様が組んでくださったトレーニングのお陰です。毎日欠かさず続けていますから」
「私はアドバイスしただけだよ。全てはヘスティアの努力の賜物だ。これから、女性も魔法と銃、剣の扱いも浸透していってほしいと思っている。少女たちの憧れの眼差しを集める君が手本を見せれば、浸透もきっと早くなるだろうな」

「若き女性達の手本になるよう、これからも精進していきます」

ヘスティアはうっとりしながら、恥ずかしそうに、だけど嬉しそうにケーキをフォークで一口大にさく。スポンジに挟まれたラブベリーソースがとろりと溢れ出す。

「…お父様の容体が、心配です。私、何も出来なくて。見守り、祈ることしか…」

「ヘスティア」

呼ばれ、前を見ると、エルドが白い花を一輪差し出していた。

「これは…」

「君がお父様を案じているのは知っているよ。私の前では明るく振る舞っているが、時折暗い顔をしている。だから、励まそうと思って、道端に咲いていた綺麗な花を摘んできたんだ」

ヘスティアは花を受け取る。

「お父様の容体なら大丈夫だよ。アスクに診てもらってから安定している。時期回復に向かうだろう」

「お兄様…ありがとう」

ヘスティアは安堵し微笑んだ。
夜。ヘスティアは花瓶に白い花を飾った。エルドから貰った花。エルドから与えられたものは、なんでも嬉しい。ドレッサーに向かい、髪を梳かす。
もっと国民に誇れる王女にならないと…。
エルドのことを思い出すと、胸がドキドキする。しばらくぼんやりしていると、頬が熱くなる。ヘスティアは熱い吐息を吐くと、ベッドの中へ潜りこんだ。
その時、彼女はこれから起きる国を揺らがす陰謀に巻き込まれるとは思ってもみなかった。


数週間後…王宮の夜間警備以外が寝静まった頃だった。

「王女様、ヘスティア王女!大変です、起きてください!」

ヘスティア専属の侍女・ベガが血相を掻いて、身体を揺らし起こしてくる。ヘスティアは「んん…」と声を上げ、眠りから覚める。

「こんな時間になんですか?」

「ご無礼をお許しください!大変なことになっているのです、エルド王子が、国王陛下暗殺を企て捕まりました!」

「なんですって!!!」

ヘスティアはシルクの寝間着のまま部屋を飛び出した。侍女がカーディガンを持ち、後を追う。
案内されたのは国王の寝室であった。ベッドには父が起き上がり険しい顔をしている。そして既にタナスとタナス直属の親衛隊、そして青ざめたマーガレットがいた。

「タナスお兄様、一体どういうことですか?!」

「ヘスティアか。お前には辛い現実かもしれないが、事実なのだ」

「そんな、エルドお兄様が暗殺なんて考えるはずありません!ましてや、お父様を殺そうなど!」

「アスクと言ったな。俺達に自供したことをもう一度話せ」

タナスの要求に、エルドの主治医、アスクが静かに前へ出ると、まるで命乞いするかのように、おずおずと喋り出した。

「は、はっ!真実を申し上げます。私が国王に紹介される以前のことです。私の病院にエルド様ご自身がわざわざ足を運びお尋ねになられました。そしてこう囁いたのです…『父を殺したい。お前を紹介する、だからこの毒薬を少しずつ父に飲ませろ』と暗殺計画を話されました。私は拒みましたが、無実の罪を捏造し私を極刑にすると脅され。自分の命惜しさに国王陛下の暗殺に乗ってしまいました…」

大変申し訳ございません!とアスクが土下座をする。

「嘘…嘘よ!エルドお兄様はお父様のことを心配していた!毒殺しようなんて、そんな素振り見た事もない!」

「落ち着け、ヘスティア。受け入れがたいだろうが、実際事が起きている」

タナスは親衛隊隊長に指示すると、プレートの上に毒薬が包まれた紙が乗せられていた。

「結果報告を」

「はっ。王女様にはお気の毒ですが、エルド王子の指紋が検出されました」

「そんな…偽証ではないのか?!もう一度私の配下の親衛隊に検査させる!それをよこしなさい!!」

ヘスティアは激怒し、毒物を奪おうとするが親衛隊に阻まれる。

「お前とエルドが親密なのは解っている。お前が調べたら、それこそ隠蔽しそうだ。それに、エルドが撲滅を謀っていたマフィアと繋がっている証拠もある」

一枚の写真が見せられる。そこにはエルドと、黒服の男達が何か親し気に会話している様子の光景だった。
確かに、マルペルト国内に蔓延る厄介なマフィアであった。エルドが撲滅を目指し、幾度となく会話を重ね、時には一触即発にまで発展した。だが血を流さず、平和的解決を目指し、今ではマフィアの悪事も落ち着いてきていた。

「嘘だ…私はまだ信じない。その写真は、敵意が無いことを示している態度ではないのか」

「先程、コイツ等を逮捕し吐かせた。エルドと会話を重ねるうちに、改善どころか黒い繋がりが強まったと認めた」

「そんな…」

タナスは内心笑みが止まらなかった。そして、さらにヘスティアを追い込む。

「それに、エルドは人間としても最悪な男だったよ。腹違いとは云え、妹のマーガレットを慰み者にしていたんだからな」

「は…?」

もう話の流れについていけない。今、タナスは何と言った?理解したくても、脳が拒絶する。
タナスの合図に、マーガレットは震えながら、語り始める。

「エルドお兄さまは…私が王宮にやって来た数日後、突然部屋に訪れました。最初は和やかにお話しをしていました。でも、突然…わ、わたしの、純潔を、奪い…!」

ヘスティアは眼を見開き、マーガレットを見た。娼婦や、性被害に合う人達を減らしたかった自分が、兄の犯罪に気づかなかった…?妹の苦しみを、察知できなかった…?
嘘だ。エルドがそんなことするわけない。でもここでマーガレットを否定したら、彼女の心はどうなる?もし事実だとしたら?傷を負った心をさらに殺すことになるのではないか?でもエルドはそんなことしない、じゃあマーガレットが嘘を吐いて?
答えの出ない問いにヘスティアが思考停止していると、マーガレットが続ける。

「その後も、何度も部屋を訪れては、私を、犯しました。避妊もしてくれず、終わったらすぐ逃げるように部屋を出て行きました…。私は、犯されるたびに、エルドお兄さまの子を孕むのではないかと、怯え、月のモノがくるたびに安心しておりました…!」

限界だったのか、マーガレットは声を上げ泣き崩れた。マーガレットの侍女が抱きしめ、共に涙を流す。

もう、何が正しいのか判断できなくなったヘスティアはよろめき、マーガレットへ近づき、そっと手を握った。

「ごめんなさい…今まで一緒にいたのに、気づいてあげられなくてごめんなさい…!」

ヘスティアの言葉を聞いたマーガレットは、やっと安心する場所を、身の安全を確保できる安堵からか、蹲り大声で泣き続けた。

「父上、証言は以上です」

「もう解った。マーガレットのケアを手厚く頼む。タナス、今エルドはどこにいる」

「現在は警察署の牢に入れています」

「そうか。それでは明日、エルドの言い分を聞こうではないか」

タナスはあともう少しで、父の信頼が自分へ向くと確信した。勝負は明日だ。内心ほくそ笑み、タナスは妹達を心配するフリをした。
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