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第1章・・・旅立ち

13話・・・ヴェネトラ4

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マスタング商会から離れた工場に、ヴェネトラ警察を装った…黄昏の正義臨時指令室が設置されていた。この工場の社長は明け渡すことを拒否したが、犯罪者を匿った共謀犯として任意同行という名の強制連行に打って出た。連行される間際、避難しろとの指示に従業員は苦渋の決断で工場を後にした。
工場内の一角に、巨大な剣を背負った大男が異彩を放ち座っていた。コアだ。
そこにマスタング商会に赴いていたメルカジュールの警官達と、黒服の男二人が戻り、コアに報告する。

「コアさーん。連中はこっちと殺り合うつもりですよ。わかってんですかねぇ、こっちの人数」警官が馬鹿にしたように笑う。

「それで痛い目を見たのはどこのどいつだ」

コアに睨まれ、警官は押し黙る。

メルカジュールでのあの日。たったの三人に、二十人以上で挑んだのに負けたのだ。まだ小童と小娘と呼べるような奴等に負けたのだ。

「貴様等、ただ数にモノを言わせただけにならんように注意しろよ…もう次は無い」

「っはい…」

警官が釘を刺されたのを黒服の男等がニヤニヤと笑う。

「二面相な警官様なんかより、俺等純粋なる黄昏の正義がいるから大丈夫っすよ、コアさん。ところで…こちらの眼鏡の方はどちら様で?」

線の細い、眼鏡をかけた端整な顔をした赤髪の男。彼を見て下品な笑みを浮かべる。

「俺の連れのエルドだ」

「…よろしく」

「へぇ、コアさんの連れねぇ。アンタ、強いんでしょうねぇ?」

黒服の男が舐めるように全身を見る。明らかに舐め腐ってかかっている。その一瞬だった。ぴたり…と首元に冷たい刃が当たる。隠す気のない殺意に身体が強張る。

「テメェ…エルド様に向かってその口の聞き方なんなんだよ…あぁ?!」

ドスの効いた声が響く。眼がガン決まりしたイカレ女に一瞬のうちに背後を取られた男は、冷や汗を掻く。視線を横に見やると、顔の同じ女が三人いた。鉛のような眼玉が六個、自分を捕らえる。無言なのに責められている様で、重圧で押しつぶされるように膝がガクガクと震えはじめる。兎に角この気色悪い同じ顔をした女共から離れたかった。

「わ、わかった、別に舐めてたわけじゃ…口の聞き方は気をつける!弱いなんて思ってない!」

「うっせぇなぁ!テメェの意見なんざ聞いてねぇんだよ!!」

無茶苦茶だ。訳が分からないが地雷を踏んだらしい。
女が刃で切り付けようとした時。

「エリーニュ!」コアの怒号に即座に反応し、エリーニュと呼ばれた女は顔の同じ女の元に飛び跳ね戻る。黒服の男達は驚愕し息を飲む。四人いるのだ。顔の同じ女が。そしてどこか、不安定さを醸し出し、見ていると情緒が可笑しくなり恐怖を抱く。

「ハンッ!凄みやがって、ヘタレかよ」エリーニュは怒りで歪め唾を吐く。

黒服達は不気味さに後ずさりすると、コアが何事も無かったように姉妹の横に立つ。

「紹介しよう。彼女達は四姉妹なんだ。長女のエリーニュ。次女のアレーク。三女のティーシ。四女のメイラだ」

アレークと呼ばれた次女が、友好的に手を振る。が、眼を細め、口を三日月のように弧を描き気持ち悪く笑う。お伽噺に出てくる魔女や化物が現実にいたとするなら、このような顔をしていると思える程だった。
異様な空気を察知したティーシが突然涙を流し喚き出す。

「なんで!なんで後ずさりするのぉ!怖がるのぉ?!私達が同じ顔で気持ち悪いから?それともエリーニュお姉ちゃんが怒ったから?酷いよぉ!そんなことで逃げ腰になるなんて、酷すぎるよぉ!私は何もしていないのにぃ!」

ティーシは泣き喚くと髪をガシガシと乱暴に引っ掻き回し、腕に爪を立てて自傷行為を働き始める。擦り傷なんてものではない。爪は深く皮膚を抉り、血がタラタラと流れ出る。未だ泣き続けるティーシに、エリーニュがまたキレる。

「ウッゼェンだよ、ティーシ!泣き止まねぇとぶん殴んぞ!!」

「エリーニュお姉ちゃんは悔しくないの?!」

姉妹喧嘩が始まったが、コアは無視をしてアレークに問う。

「アレーク。マスタングは何て言っていた」

アレークはクククと喉の奥で笑うと、眼を細め、嬉々と語る。

「どうもこうもないっすよ。向こうの言い分は、誰も居ない、匿ってもいない。いいから帰れって追い返すんすよぉ。酷い話っすよねぇ。屋上に黒髪の男が二人潜んでんの…私は解ってんのに、面白い話っすよねぇ。隠すならもっと上手に隠さないと、宝物はすぐに見つかっちゃいますのにねぇ」

報告を聞いたコアが笑い始める。この世界に黒髪の人間なんて限られている。コアは確信する。マスタング商会にリアムとエアルは潜伏していると。

「ククク…ハッハッハッハア!そうか!向こうはやる気かぁ!俄然やる気が出てきたぞ!さぁ早く殺し合いをしようじゃあないか!命を賭けて、滾るような、戦いを!」

コアは隠し切れない程の闘気を全身から発する。触発されたかのように、四姉妹が体をゾクゾクと震え上がらせ、恍惚に喘ぐように笑いだす。

「四姉妹。黙りなさい」

エルドが凍てつくような眼光で注意すると、四姉妹は魔力が切れたおもちゃのように静かになり、上半身の力が抜けダラリと崩れる。あんなに表情を崩して怒ったり泣いたり笑ったりしていたのに、無表情になりピクリとも動かない。何故か…コアも黙っていた。
エルドは呆れながら溜息を吐き、時刻を見る。

「さて。どうします?猶予の八時。もう一分二十八秒過ぎていますけど。宣言した我々が実行に移さない。立派な遅刻です」

「そうか、じゃあ早速仕掛けよう!」

「割り振りは?」

「割り振り?そんなものいらん。各々が戦いたい相手と戦う。それでいいじゃあないか!」

エルドは眉間を抑え、大袈裟に肩を落とす。

「全く…脳筋野郎は…。だから彼等にゴリラ、ゴリラって呼ばれるんですよ。せめてもう少し頭を働かせてくれませんかね?黄昏の正義があの無属性の男二人や、強い相手と戦おうとして向かっていくとお思いですか?思えないでしょう。必ず弱い女の方に行きますよ、違う目的を含めてね」

嫌悪と汚物を見る眼差しで黄昏を睨む。
言われたい放題の黄昏の正義は今すぐにでもエルドを殴りたかったが、コアの連れであり、エルドの言う通り、コアに頼らなければ無属性に勝てる算段は無かった。それに、思惑を当てられて、焦りはあるが、言い返してエルドや姉妹の機嫌を損ねて殺される方が恐ろしかった。

「そんなことをしていたら足元を掬われるのは黄昏だ。勝手に決行して自滅すればいい。リアムとエアルは俺が息の根を止める。俺のモノだ…」

「そうじゃなくて!貴方が一言、敵の男共やそれに匹敵する女を殺せと命じれば黄昏の正義は言う事聞くんですよ!無属性に関してはコアさん一人でも大丈夫でしょうけど。少数でもいれば少しは役に立つことがあるかもしれませんよ…」

エルドの意味を含めた瞳に、コアはニヤリと笑う。

「そうか…。解った。指示を出そう」

「コア様」

動かなかった四姉妹の、一番大人しいメイラが呼びかける。

「女の子は全員、私が貰ってもいいですか?そうしたら、黄昏の正義は男を相手にするしかありません、よね」

「あぁ、いいぞ。趣味の人形作りでもするのか?」

「はい…」


メイラが頬を染め、うっとりと微笑む。
「女の子の、一番綺麗なパーツを集めてお人形にします。敵陣にいる女の子は、皆綺麗で可愛いから…最高のお人形さんが作れると思います。お名前も考えてあげないと。余ったパーツは金属に加工してオブジェにして…」

年相応の好きなことを語っているはずなのに、内容がぶっ飛んでいる。本当に、この姉妹は人間なのだろうかと、黄昏の連中に疑問が生まれ始める。

「メイラ。芸術を嗜むのもいいですが、そろそろ戦闘の時間ですよ」

エルドがメイラの話を遮ると、四姉妹は横に並び、戦闘の準備に入る。

「さて、コアさん。初弾は私が撃っても?」

「どうした、珍しいな」

エルドがホルダーから悪戯っ子のように銃を取り出す。

「やっとあのお方が私専用に銃をカスタマイズして下さいましてね。試し撃ちをしたかったんです」

「ほう。面白い」

コアはそう言うと、腕を組みエルドを見守る。エルドは外に出て、マスタング商会に銃口を向け標準を合わせる。

「エンチャント!」

『エンチャントモード・キドウ』

銃は瞬時にマジックガンモードになり、赤い光を輝かせる。銃口に赤紫の焔が上がり、周りにいる人間すらも熱波を感じる。

「開戦の幕開けです」

エルドが放った魔弾がマスタング商会に向かい直線に向かい戦火が襲い掛かる。周囲の建物は爆風と炎により壊滅していく。

「さぁ、戦おう。無属性よ」

コアの号令で、黄昏の正義が動きだした。


「ヤベェ!逃げろ!」

見張りをしていたジルが大声を上げるが、間に合わず正面玄関は破壊され、爆風に巻き込まれた工場内は一気に焔に呑み込まれた。地震のような揺れと衝撃波で皆が吹っ飛び、立っていられず倒れる。

「キャー!」思わずミラが叫ぶ。

「クソ、大丈夫か、ミラ!」

「な、なんとか。リアムこそ、平気?」

灰を吸いこんだミラが咽る。しゃがみこみ、なるべく煙を吸わないように呼ばれる方へ避難する。

「自分の心配してろ。それより、なんて熱波だ」

酸素も薄れ、熱波のせいで呼吸をするだけで肺、体内が焼かれそうになる。

「お前達、こっちだ!急いで居住区から外へ逃げろ!」

マスタングが叫び、ジョーイが消火器具のボタンを押すと、水が天井から降るがこの焔には勝てない。

「ジョーイさん、私が!」

マイラが駆けつけ、消火器具に手を当て、魔力を一気に供給する。するとバルブが壊れ、水が一気に放出される。焔は鎮火まではいかないが、徐々に落ち着いていく。
マイラとジョーイはとろ火になっていく光景を目の当たりにし、脱力感を覚える。呆気に取られ、次いつまたこのような爆撃を受けるか解らない状態で緊張が張り詰める。

「ッ…!マイラさん、我々も避難を!」

「は、はい!」

水は魔力供給された分は放水が続くので、その隙にジョーイ達も避難する。しかし、一人呆然と、立ち尽くしているヘスティアがいた。

「ヘスティアさんも急いで!」

ジョーイが声を掛けるが、聞こえていないようだった。焔を見つめ、顔には揺らめく影が落ちる。徐々にヘスティアの呼吸が荒くなっていく。

「この、焔…」

憎悪を、復讐を色で表したら、きっとこんな色なのだろう…。そう思わざる得ない色。憎しみで全てを焼き尽くし、焼殺しようとする焔。

「…ッまさか!」

何かに気づいたヘスティアが炎の中へ飛び込み、正面玄関から外へ飛び出してしまう。

「待って、行っちゃダメです、ヘスティアさん!」

マイラも追いかけようとするがジョーイが止める。

「貴女まで行ってどうする!とりあえず避難を!」

「でも!」

「どうした!」マイラとジョーイの異変に気付いたエアルが戻って来る。

「エアルさん!ヘスティアさんが外に出て行っちゃったんです!」

「はぁ?!今出ていったら敵が…あー、クソ!とにかく二人は避難を!ヘスティアは俺が連れ戻すから心配すんな!」

エアルは二人を居住区の避難口の方へ向かわせると、覚悟を決めてまだ熱さが残る火の海へ飛び込んだ。
正面玄関を突破し外へ出ると、地獄が広がっていた。紫色をした不気味な焔が街を呑み、工場一帯が燃えている。既に正面の道に沿って建築されていた工場や建物は破壊され倒壊している。

「ヘスティア!おい、バカ!」

エアルが叫んでも、空に響くだけで返事は無かった。


「はぁ?!エアル兄がヘスティアさんを連れ戻しに?!」

マイラとジョーイがリアム達に話す。
リアム達は無事避難し、今はラードナー家の庭にいる。

「街を見ろ。この魔力、只者じゃあないぞ」

マスタングがマジックウォッチを向けると、街が焔に包まれていた。

「酷い…」レイラが呟く。

「…俺も行きます。もう行っちまったもんは仕方ない。エアル兄も、ヘスティアさんも黄昏に見つかったらきっと攻撃される。いや、もう戦闘になっているかもしれない。それなら、もう待機していているよりも、敵陣に向かったほうがいい。いや、俺が後悔したくないだけなのかもしれない。マスタングさん。俺のわがままですが、エアル兄の下へ向かいます」

マスタングが作戦を立てているかもしれない。秘密兵器とやらの準備もあると言っていた。だけど、指示待ちや、エアルからの助けを待つ時間が嫌だった。怖かった。待っている間に、また大切な人を失いたくなかった。それなら、輪を乱す覚悟でわがままを貫き通す。怒鳴られても、銃を取り上げられても、決意は変わらない。

「リアム、お前…」

マスタングが眉間に皺を寄せ、叱ろうと口を開こうとした時、明るい声が邪魔をした。

「そうだな!リアム、私も行くよ!もうこうなったら、作戦もクソも無いでしょ!」

マノンが銃をホルダーから取り出す。

「私も行く。師匠、レン達のこと、よろしくね」

本音を言えばもう少し敵陣の様子を窺いたかった。荒城に潜んでいた警官や黄昏があの火災に巻き込まれていない訳がない。何も知らされていない下っ端から攻撃していこうと思ったが、若者は血気盛んで、正義を貫くよりも、規律を守るよりも、仲間を助けたい一存で動くらしい。
マスタングは呆れ笑い、ガハハハと大声を上げた。

「ったく、元気な馬鹿娘達なこった。任せとけ。オッサンの意地を見してやる」

「ありがとうございます!」

リアムは頭を下げると、早速準備に取り掛かる。
そこにレンがレイラに駆け寄り、見送りの言葉を送る。

「お姉様、ラードナー家の戦闘員達も配備します。ご心配なさらず、ご自分の身の安全を一番にお考え下さいませ」

「ありがとう、レン。さ、行きましょう!」

レイラはデカイ荷物を持つと走り出す。

「リアム、マノン、気をつけてね!こっちは任せて!私達なりに根性見せてやるんだから!」

「おう!無茶だけはすんなよ!」

「そっちもね!」

ミラは親指を立て、三人の背中を見送った。


リアム、レイラ、マノンの三人は庭から出て、工場街へ向かう。焔に焼かれ破壊された街はあまりにも酷かった。火の粉は降り、熱波が襲う。

「アッツ!この焔どこから来てんだよ!そこら中火災だ!」

マノンが火の粉を必死に追い払う。
リアムは道に出来た黒い痕に気づく。臭いからして、煤だ。

「見ろ、煤の痕がある。続く先は…正面だ。この先のどこかに二人がいるかもしれない」

「はぁー、緊張してきた。この前とは比べ物にならないくらいの戦いになるでしょうね。なんせ、こんな強大魔法を使う相手が最低一人はいる。一番輪を乱さなさそうなヘスティアが何かを感じ取って単独行動しちゃうくらいの人物…覚悟はいい?気張って行きましょう!」

レイラが声高らかに右腕を掲げた。

「おうよ!この真新しい銃で薙ぎ倒していってやる!」

「しゃあ!行くぞ!」

三人は煤の痕を追い、焔の中を駆け抜けていった。
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