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第1章・・・旅立ち
8話・・・メルカジュール5
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どのくらい走行したのだろう。窓も黒に貼られたシートのせいで解らない。マイラは腕を抱き寄せると、縮こまる。警官と皆が揉めるのが嫌で着いてきたが、大間違いだった。後悔したところで遅いのだけど、結果的に良かったと思い込む。だって、そうじゃなきゃリアム達が殺されていた可能性だってあったのだ。黄昏の正義…義賊、いや、偏った正義思考を持つ連中。
バンが乱暴に停まると、警官に腕を乱暴に掴まれる。
「おら、着いたぞ。降りろ」
「きゃっ!」
瞑った目をゆっくり開けると夕焼けがマイラを照らし、海風が髪を梳いていく。降ろされた場所はメルカジュールから離れた埠頭だった。
「もうこれでお別れだね、マイラちゃん。誰も助けに来ないし、その後も誰にも見つけてもらえない。可哀想に、一人で死んで、朽ちていくんだ」
警官はまた煙草をふかす。
(あぁ…ここでおしまいなのね)
そう。誰も助けてくれない。もう、助けてくれる人はいない。
・・・
『パパ、ママ…だれか、たすけて…』
まだマイラが幼い頃だ。家族で車に乗ってお出かけをした帰り道だった。トラックに衝突されて、マイラ達の車はトラックに潰された状態になった。運良くマイラは隙間が出来たところにいて怪我は負ったものの無事だった。でも両親は。両親は見るも無残だった。覚えているのは、母の不自然に垂れた腕と、落ちていた父の手。走行車もいない、閑静な道で起きた事故だった。トラック運転手は重傷だったにも関わらず、捕まるのを恐れて、死ぬのを恐れて自分だけ先に逃げた。ガソリンに火花が引火し、燃え始める。
『キャー!助けて、たすけて!パパ、ママ!』
炎の中、煙が蔓延する中を必死に叫ぶ。咽ても、咳き込んでも、必死で叫んだ。死にたくない一心で。
その時だった。
『もう大丈夫だ!』
一人の警官が手を伸ばし、マイラを引きずり出す。マイラは、助け出され生き残ったことに安堵し、大泣きした。
両親は即死だった。父のマジックウォッチがマイラの声に反応して緊急通報をしたおかげで警官が救助に来てくれたのだった。
不思議だった。死んでいるはずなのに。最期まで、父と母は私を守ってくれたのだと、子供ながらに想った。
・・・
(お父さん、お母さん。私もそっちに逝くわ。叔父さん、叔母さん。今まで育ててくれてありがとう。迷惑かけてごめんなさい)
死ぬときは呆気ないものね…マイラは心の中で呟いた。両親の死体、そして公園で殺された男の死体が脳裏を過っていく。私もあんな風に死ぬのかしら。
向けられた銃口に、マイラは悲痛な顔を浮かべ、瞼を閉じる。
「待て」
コアと呼ばれた男が止める。
「どうしました、コアさん」
「これを見ろ」
コアは今マイラを殺そうと銃を構える警官の背中から小型発信機をもぎ取った。
「それって発信機?…まさか…!あのクソアマ…!」
レイラが抱き付いたときを思い出す。
「ふん。どうだ、女に噛まれた気分は。まあいい…この小娘を助けに来る連中、全員を殺せ」
コアは発信機を潰すと、ボラードに腰かける。
「しかし、命令ではこの娘だけを殺せば!」
警官の口答えに、コアが凄むと、皆青ざめ黙り込んだ。
「近くにいる者を出来るだけ招集しろ。いいな」
「…はい」
警官に付けたGPSを頼りに走っていると、レイラが突然キレる。
「あぁ!信号が消えた!うそぉ、ばれたみたい」
「レイラ姉、落ち着いて。この先に埠頭があって旧倉庫街になってる。住民も滅多に行かないから、悪党どもの巣窟にはうってつけの場所だよ」
マノンがレイラ姉、と呼んできたことに、レイラはいつの間に懐かれたのか、さてはてと首を傾げるが悪い気はしなかった。さておき。
「誰も行かない倉庫街。いかにもって感じね」
レイラが地図で旧倉庫街までの道のりを登録すし、リアムとマノンにも共有する。
リアムは少し考えてから、マノンに質問を投げかけた。
「その倉庫って何が置いてあんだ?」
「詳しくは知らないけど…ヴェネトラからの輸入品とか、食料とか…今も残ってるかは解らないけど。なんだリアム。ネコババでもするのか?」
「しねーよ」
マノンの額を小突くと、リアムはさっさと走っていってしまった。マノンはそんなリアムが気に入らなくて、額をさすりながらベーっと舌を出した。
防風林を抜けると、倉庫街に出た。倉庫やコンテナで入り組んでおり、迷路のようになっている。リアム達は、近くにあった錆びだらけのコンテナの影に身を顰める。
「これじゃあ敵が何人いるか把握できねぇな」
「任せて頂戴な」
そう言うと、レイラは眼鏡をかけ、全体を見渡し始める。リアムもマノンも、今更眼鏡かけてお洒落か?と思ったが、どうやら違うらしい。レイラはブツブツと一、二、三…と数えて、マジックウォッチを操作している。
「レイラ姉、その眼鏡ってなに?」
「あぁ、これ?お洒落にも使えて、敵情視察にも使える私の秘密道具その一ってところかしらね。ちなみに試作品ってことだから非売品よ」
「へぇ」マノンは感心する。
「敵は把握できただけでも十人。もしかしたらそれ以上いるかも。主に火属性、土属性。殆どの奴等は二ヶ所の倉庫に集まってる。私達が正面から来たら襲撃するつもりなのかも。あと、あそこの埠頭にゴッツイ奴と例の三人の警官、そしてマイラがいると思う」
レイラは眼鏡の望遠機能を限界にすると、やはりマイラと、連れていった警官がいた。
リアムは危険を承知てコンテナの影から顔を出し、ウエストポーチから望遠鏡を取り出し覗くと、確かにいる。
「なんだ、あのゴリラ野郎。素人でもアイツが一番強いって解る風貌だな」
「もしかしてあのゴリラ見てビビってる?」とマノンが揶揄えば、リアムは「ビビってない」とマノンの頭をパシンと押さえつけた。マノンは嫌がってリアムの手を叩き落とす。
「アイツがボスなんじゃないかなぁ、プロテクトがかかっていて属性が判別できないの」
プロテクト。それは軍隊や一部の権力者が属性と隠すために使うブロック手法だ。主に下心がある輩が使用していることが多い、つまり…
「時間が無いからさっさと済ませるわよ。はい、マジックウォッチ出して」
二人は言われた通りマジックウォッチを差し出す。レイラは三つを同機して、各々がどこにいるか把握できるように設定した。
「そしてイヤホンマイク。これで会話が漏れずにお話しできるわ」
「お、おぉ…」あまりの準備の良さに、リアムはちょっと引いた。いや、軍隊を目指すなら、これくらい装備しておかないといけかもしれない。体力、魔力。次の課題は知略だ。
するとタイミングが良いのか悪いのか、ミラから通話が入る。
『リアム?これから戦うの?』
「あ?あぁ。だから一回通話切るぞ。なんかあったらレイラに。じゃあな」
『は、ちょっと、リアム!まっ、』
スン、とミラとの通話だけ切る。後で薄情だとか、どれだけ心配しただとか、怒られるのは目に見えていた。
「そうだ、マノン。ちょっとコレに魔力を込めてくれないか?」
リアムは銃からマガジンボックスを取り外し、マノンに渡す。
「はぁ?これに魔力込めるって、それで何になんだよ」
「いいから早く。じゃないと、マイラが殺されるぞ」
「~ッ!わかったよ!脅すような言い方しやがって!」
マノンがマガジンボックスに魔力を込めると、眩く蒼い光がマガジンボックスを包み込む。その間、レイラがリアムの銃を拝見する。
「シリンダーとマガジンボックスの両方が装備されてる…。別々に撃てるの?」
「あぁ。シリンダーが実弾と無属性。マガジンボックスは無属性以外の魔法が使える。弱点としては、他属性から魔力を込めてもらわないと使えないってことだけど」
「本当…?こんな銃、初めて見た…。無属性魔法の戦い方なんて初めてみる…。でもどうして師匠は教えてくれなかったのかしら」
「極秘…とか?」
「かもね。師匠は口が堅いの。ところで銃の扱いは慣れているの?」
リアムはどこか得意げに笑みを見せる。
「あぁ。親父が遺してくれたことは、全部覚えた」
「オラァ!込めたぞ!」
マノンがリアムにマガジンボックスを投げつける。慌ててリアムはキャッチした。黒かったマガジンボックスが青水色に変っていた。
「丁重に扱えよ!危ないだろ!」
「ふんッ」
「まぁありがとな。さっさと片づけようぜ。レイラ、オペレーションとバックアップ頼んだぞ」
「OK!」
リアムとレイラが先に行く中、マノンはぽつんと突っ立っていた。リアムにお礼を言われたことがなんだかむず痒くて、モゾモゾする。
「~ッ“#$%&%$#!!!!なんなんだあ!」
髪を掻き乱すと、「あらあら、気になるの?ツンデレ♡」とレイラがしゃがみこんでマノンを見上げていた。
「ニャッ!レイラ姉!先に行ったんじゃないの?!」
「ふふふ」
ニタ~と笑うと、レイラはまたマノンを置いて走り去っていく。マノンも置いて行かれないように、急いで後を追った。
あの警官達とは違う黒服の男達が、倉庫の中に六人いた。ここで待機を命じられたからだ。
「暇っすねぇ」
「コアさんの命令だ。注意を払っとけ」
「あの女犯しながら待ってるほうが面白そうなのにな」
「はは、言えてる」
ゲスな会話をし、下品な笑いをしていると、バキン!と何かが破壊された音と同時に、天井から金属片が降り注ぐ。
「なんだ?!」
金属片は隅に積まれていた袋に刺さり、白い粉が倉庫中に舞う。そしてパン!と発砲音が煙のなかに響き渡る。
「ヤバイ、逃げろ!」
男達が気づいたときには遅かった。リアムが弾丸を撃ち、粉じん爆発が起きる。
ドーン!と爆発が起き、地面が軽く揺れた。隣の倉庫にいる男達は緊張が走り、コア達も爆風を受けながら立ち上がる。
「来たか」
コアは不敵な笑みを浮かべた。
「一丁上がり!マノン!お願いよ!」
レイラはライフル銃を抱えると、隣の倉庫の屋根に飛び移る。そう、さっき天井から降ってきた金属片はレイラが銃を改造して魔力を込めると金属片を撃てるようにしたマジックガン・モードライフル。レイラの秘密道具その二。
「このライフルモードはもう発売されているから良かったら買ってね!」
「宣伝かよ…」リアムが呆れた。
レイラは大笑いしながら隣の倉庫へ軽快に進んでいく。愉快で豪快だけど、天才として名を馳せた理由が解る。
「リアムばっかりに、カッコつけさせてたまるかよ!」
マノンも隣の倉庫にいた男達よりも速く銃弾を浴びせていく。そのスピードは的を外すのではないかと不安になるが命中させていく――少しは外すけど――。運動神経と動体視力がぴったりと重なりマノンの能力についてきている様だった。
銃弾が飛び交い、マノンは扉に隠れる。
「クソ!リロード!」男が銃に呼びかけるが「遅い!」とマノンの銃口が男を狙う。引き金を引き、命中すると男が倒れた。
「無駄撃ちが酷い。もっと練習しな」
マノンは隙を見てリロードした。
『ノーマルテストモード・キドウ』
リアムは銃を構えると、粉じん爆発から逃れてきた残党を早撃ちして倒していく。リアムは一弾も外さず、敵の額に銃弾を当てていく。
「クソ!なんだあの男!軍人か?!」
バン!と銃声が鳴ると、また男が倒れる。
「無駄口叩く暇あるなら相手を定めろ!」
軍人、というワードに黒服達が慌て始める。自分達の発した言葉で、混乱を招くとは滑稽な光景だ。
敵が混乱しているのを利用し、リアム達は合流する。
「二人とも凄いじゃない!半分以上は倒したんじゃない?」
「まぁな。リロード」
リアムが唱えると、シリンダーから薬莢が排除され、新しい銃弾が装填される。
「カッコつけちゃって。ちょっと射撃が得意だからって、調子乗るなよな」
マノンがケチをつける。
「はいはい、身を引き締めてまいります。最初襲撃した倉庫の奴等は全員片づけた。あとは外にいる奴等だな…」
外には、先ほどより手ごわそうな連中と、屈強な二メートルはありそうな大男が待ち構えている。
「あのゴリラを間近で見て、怖気づいたか?」
苦笑いするマノンに、リアムも引きつった笑顔で返す。
「まさか。レイラ、後方頼んだぞ」
「任せて!」
リアム達が銃を構えると、黒服の男達が一斉射撃してくる。向こうはガトリングガンも所持している。
リアムとマノンはコンテナに身を隠す。リアムはフー、と呼吸を整えると、息を止め、身を出し射撃を開始する。リアムの速さで標的に確実に弾が当たることは無い。コンテナに当たり破片が飛び散る。しかし黒服達にも銃弾は命中し、破片が顔や体に降り注ぐ。黒服も引き金を引くが、リアムは飛び跳ね回転し銃弾を避けていく。それは目にも止まらぬ速さだった。気が付けばコンテナで待機していた残党はあっという間に倒されていた。
「リロード!」
装填が完了したリアムは気迫迫るものがあった。それはもう、大切な誰かを亡くしたくない一心で戦う鬼神の姿。
リアムの気迫に、残った黒服達は逃げ腰になり始める。
「な、なんなんだ、あの野郎…!」
「いいから撃ちまくれ!弾丸はこっちの方が絶対に多くあるはずだ!撃てば当たる!ハチの巣にしろ!!」
リアム想像以上の強さに男達が委縮し混乱するが、コアの一声で恐怖支配が始まる。
「魔弾に切り替えろ。いいか、必ず抹殺しろ…」
コアの眼光の奥からは殺意…違う、敗北は罪、と言えばいいのだろうか。例え負けて命があっても死ねと圧を掛けられている様だった。男達は重力で身体が潰れそうなほどの、威圧感に冷や汗を大量に流しながら耐えていた。これは、リアム達を殺さなければ、コアに殺される…脳裏にコアに殺される情景が映像になる。
「エ、エンチャント!」
「そうだ、魔力攻撃なら、こっちが有利だ!」
『エンチャントモード・カクセイチュウ…』
黒服の男達が魔弾モードのマジックガンへと移行をし始め、マノンも焦る。
「リアム、私達も!」
「ふ、ハハハ!アナログだねぇ」
「り、リアム…?」
「マノン、お前も急いで移行しな」
リアムはコンテナから飛び出し銃を構える。
「エンチャント!」リアムの声に反応し、銃から青白い光が発光する。
『エンチャント・モード…キドウ』
「シュート!」
リアムがガトリングガンを撃ち放っていた連中に向けて、水属性の魔弾を撃つ。水の弾丸は敵を呑み込むと伸縮したあと水飛沫を上げ消え散った。男達はその場に倒れた。
「ほう」コアは珍しそうにリアムを見る。
驚いていたのはコア達だけではない、マイラもそうだ。自分が人質ということを忘れるほどに、リアムの属性に違和感を覚えていた。
(リアムさんも水属性なの…?)
マイラは不思議そうに見つめる。水属性で黒髪の人って、今まで会ったことが無かったから。
「な、なんだあのマジックガン…!移行が早ずぎるぞ!」
「ふふ…さすが師匠、とんでもないものを作るわね…」
レイラは沸き上がる気持ちを抑える。
マジックガン…一般的な銃がモードを変更し、魔力を供給し魔法攻撃が可能になる仕組みである。移行は最先端の物でも十秒~十五秒は必要とする。この五秒の差は魔力の使い手次第で短くできる。
しかし、リアムの銃は約三秒。約十秒も差があれば、少しの差で勝負が決まる世界では殲滅なんて簡単だろう。
「あんなの反則だよ!」マノンもマジックガンモードに移行が完了し、魔弾を放つ。
「あの小娘も水属性?!クソ!」
男は火属性の魔弾を撃ち、水と火がぶつかり蒸気として蒸発する。
「相殺できて運がよかったな!でもまだまだだからね、水属性舐めんなよ!」
「なら俺が相手してやるよ!こっちは土属性だ、圧倒的有利は目に見えてる!」
土属性の男が銃を構えると、マイラを連れていった一人の警官が遮る。
「お前等は男の方を殺せ。こっちは一人が火属性でも、もう一人は土属性だ。まだこっちが有利だ。この女を片づけたら合流する。見たとこ魔力B++だ。俺の方が有利だ」
「…ッチ。わかったよ」
土属性の男ともう一人の男は言われた通り無双をしているリアムに立ち向かっていく。本来なら、あんなバケモンみたいな奴と戦いたくなんかない、負けたらそれで、コアからの制裁が待っている…。コアさえいなければ、仲間割れして自滅していたかもしれない。それくらい、黒服達から漂う空気は殺伐としていた。
『マノン、そいつ火属性Aだわ。水が有利でも、相殺されちゃう!下手したらマノンがやられちゃう!』
「でも、やるしかないじゃん!」
レイラからの通信に応えつつも、マノンは魔弾を撃ち、水属性の魔力をぶっ放つが、男が魔弾を発射させると、威力の高い高熱の火が現れ、水を打ち消した。
「くそ!」
マノンは魔力を更に込め、一気に二発撃つ。しかし、相手は三発の火属性の魔弾を撃ち、水を蒸発させる。
「お嬢ちゃん、諦めが悪いねぇ。それじゃあ力づくでも厳しいだろうよ。…マイラちゃんは大人しく、いい子に、従順に言う事聞いて‘楽しませて’くれたぜ?大人しく投降すれば、コアさんに頼んで生かしてもらえるように説得するよ?」
「ッ!!黙れ!このクズ男!」マノンは額に血管を浮き上がらせ、罵倒する。
警官の狙い通り、含みを持たせた言葉で挑発したら、簡単に引っかかった。マノンは冷静さを欠け、魔弾を放っても外れてしまう。
「チクショウ!」
「可愛げのねぇ女だなぁ」
警官が一歩踏み出そうとしたとき、金属片が頬を掠った。ツーっと血が流れる。
「…まだ仲間がいたのか?」
前を向くと、マノンの姿は無かった。しかし、土埃で足跡はくっきりと残っている。後を追えばすぐ見つかるだろう。警官は駆け足でマノンへと向かっていった。
「レイラ姉!アイツ殺させてよ!」
倉庫の裏側に連れてこられたマノンは、まだ頭に血が上っていた。最悪の記憶が蘇り、マノンは自分を制御すら出来ない状態だった。
「恐怖で支配して、女の子を物扱いする奴なんて生きていたって意味が無い!ゴミだ!死んだ方がいいんだよ!私達は、私達は人間なんだよ!」
「マノン!」レイラの大声に、マノンはビックリして黙る。
「アイツの言葉は嘘よ。騙されたのよ、アンタ」
「え…」カッカしていた身体が、冷えていく。あぁ、よかった。マノンに冷静さが戻ってくる。
「それ、本当…?」
「私から見た様子だけで見解するのもあれだけど…マイラは何もされていない。大丈夫」
マノンは一気に脱力した。安堵した。心を殺されていなくて、本当に良かった。
「ごめん、レイラ姉…私、カッとなって」
「お気になさんな。誰だって、友達が酷い目にあったらカチコミに行くわよ。でも、今は力関係が悪すぎる。これ、使って」
「見た事のない魔弾…」
渡された魔弾は鈍色と金色が螺旋状になっていた。
「来た!」
運悪く説明する暇も無く黒服が現れた。レイラがライフルを放つが、男はいとも簡単に避ける。
「見つけたぞ!さっさと死んでくれ!じゃないと、俺の命が危ないんだ!」
情けない声で喚く男は無様で、情けなかった。
「うっさい!死ぬのはお前の方だ!!」
マノンは魔弾を装填すると、マジックガンを構える。
「シュート!」
引き金を引くと、水と砂が混ざり合った渦が銃口の先に現れる。風をも巻き込み、威力が上がっていく。気を抜くと、マノン達も吹っ飛びそうだった。
「すっごい力…引っ張られる、けど!いっけええええええええええ!!!!!!!!!」
「舐めんなよクソガキがあああ!」
男も火属性の魔弾最大質力で発射するが、水、風、砂と巻き込んだ魔力には流石に打ち勝てなかった。
「うわあああああああああああ!」
竜巻の様になった魔弾は男を巻き込み、魔力を消失されると水は消え去った。そして、天高く上った男が落ちてきた。ベシャリ、と嫌な音を立てて。
レイラが念のため生死を確認する。
「…うん、気絶してるだけ。全身骨折かもね!やったわね!マノン!凄いじゃない!」
レイラが親指をグーにし、勝ったことに喜んでいると、マノンが座り込んでゼーゼーと息を切らしている姿が。
「ぁ、あぁ…私の銃が…」
ただでさえ、ガラクタ山から見つけ出した、まだ使えそうな銃を拾い使用してきたのだ。今まで使えていたのはマノンの腕なのか…。だが、今回のレイラ特性の魔弾のせいで、ついに壊れた。
「しょんな…」もう呂律も回らない。マノンはショックも相まって地面に寝転がる。
「…あ、ごめん。言い忘れてた。それ、試作段階でさぁ。魔力もほぼ全部持ってかれちゃうのよねぇ…ちゃんと発動してよかった!アハハハハ!あ、お詫びに新しい銃は、任せて!アハハッハハア!!」
豪快に笑い誤魔化そうとするレイラに、マノンが一言。
「う、恨むからね!レイラ姉!」
マノン・レイラペア…勝利――
リアムは水属性で敵を蹴散らしてきたが、ついに魔弾切れになる。火属性は兎も角、流石に土属性相手は手ごわいものがある。
「ッチ」
「今だ!殺すぞ!」
土属性と火属性の男達が魔弾を撃つ。
リアムは銃口を向けると、二発、撃つ。ズギュウーーーーン…!
「…は?」
男達は呆然とする。リアムから放たれた魔弾は、黒い雷のような球体だったのだ。そして、火も土の魔弾も消滅した。まるで最初から無かったかのように。
「は?なんだ、これ…お前、何をした!」男が混乱し叫び出す。
「別に。特別なんもしてねぇよ。見ていただろ?銃を撃っただけだ」
「そんなわけねぇだろ!テメェ水属性だろう!なのになんだ、あの黒い球体は!」
土属性の男がまた魔弾を放つが、リアムも撃ち、また土魔法は消える。
黒服の男は原理を理解できず狼狽え逃げ腰になる。
そこに今まで座っていたコアが立ち上がり、鼓膜にも響くくらいの大声で笑いあげた。
「ほう…!小僧、無属性か!素晴らしいじゃあないか!こんな所で、無属性魔法の人間に会いまみえるなんて!!」
コアは両腕を広げ、歓喜する。今までの鬱屈していた眼光からは期待と恍惚の眼差しが光る。
「無属性って、役立たずの魔法じゃなかったんですか?!」
男がコアに訪ねる。
「一般的な生活を送るだけならただの無意味な魔法だ。役立つことなんて一つも無い。だが、戦闘においては違う!あらゆる魔法属性と対峙しても相殺し、更には相手の魔力すらも奪う!極めつけはコピーだ…さっきの水属性、あの小娘から力を借りたな。…素晴らしい、コイツ等にも劣らない戦闘、魔力、気に入ったぞ、小僧!」
コアの覇気の声はリアムの腹の奥にまで響く。ビリビリと身体が痺れるような、凄んで動けないような感覚。リアムは負けじとコアを睨む。
「そ、そんな…」黒服が絶望する。
「説明どうも。戦意喪失した時点で、もう俺の勝ちだな」
リアムは標準を合わせ二発、止めを撃つ。魔弾が火属性の男と土属性の男に当たり、男達は悲鳴を上げると、魔力が消失して気絶し倒れる。
「無属性魔法の攻撃…初めて見たわ」
リアムの元へ駆け、戦いを見たレイラは圧倒され、立ち尽くすしかなかった。
「チートじゃん…リアムの奴」
マノンはレイラにおんぶされ、項垂れながらリアムへの嫌味を口にした。
「なんだ、あの化物…!コアさん!」
マイラを拘束していた警官が、コアに助けを求める。
ふん、と鼻を鳴らし、コアが立ち上がる。
「小僧、俺はコア。コア・クーバー。木属性だ。コイツ等腐れ警官共の用心棒ってところだ。貴様の戦闘、魔力、実に愉快!そして不愉快!こんな矛盾を抱え高揚した気分久々だ!さぁ、俺と楽しもうじゃあないか!さぁ、貴様の名前を聞かせろ、無属性」
「…ッ、リアム・ランドルフ。以上だ」
「リアム・ランドルフ…ほう。覚えておこう」
このゴリラ…コアが木属性と解ったところで対策が無い。いくら無属性でも、無敵というわけではない。リアムの現在の力では、適うか怪しい…それだけ痛感するほどの圧倒的強者の覇気、威圧があった。
「リアム!さぁ、俺と戦おう!!」
リアムは銃を構え、表情を強張らせた。
バンが乱暴に停まると、警官に腕を乱暴に掴まれる。
「おら、着いたぞ。降りろ」
「きゃっ!」
瞑った目をゆっくり開けると夕焼けがマイラを照らし、海風が髪を梳いていく。降ろされた場所はメルカジュールから離れた埠頭だった。
「もうこれでお別れだね、マイラちゃん。誰も助けに来ないし、その後も誰にも見つけてもらえない。可哀想に、一人で死んで、朽ちていくんだ」
警官はまた煙草をふかす。
(あぁ…ここでおしまいなのね)
そう。誰も助けてくれない。もう、助けてくれる人はいない。
・・・
『パパ、ママ…だれか、たすけて…』
まだマイラが幼い頃だ。家族で車に乗ってお出かけをした帰り道だった。トラックに衝突されて、マイラ達の車はトラックに潰された状態になった。運良くマイラは隙間が出来たところにいて怪我は負ったものの無事だった。でも両親は。両親は見るも無残だった。覚えているのは、母の不自然に垂れた腕と、落ちていた父の手。走行車もいない、閑静な道で起きた事故だった。トラック運転手は重傷だったにも関わらず、捕まるのを恐れて、死ぬのを恐れて自分だけ先に逃げた。ガソリンに火花が引火し、燃え始める。
『キャー!助けて、たすけて!パパ、ママ!』
炎の中、煙が蔓延する中を必死に叫ぶ。咽ても、咳き込んでも、必死で叫んだ。死にたくない一心で。
その時だった。
『もう大丈夫だ!』
一人の警官が手を伸ばし、マイラを引きずり出す。マイラは、助け出され生き残ったことに安堵し、大泣きした。
両親は即死だった。父のマジックウォッチがマイラの声に反応して緊急通報をしたおかげで警官が救助に来てくれたのだった。
不思議だった。死んでいるはずなのに。最期まで、父と母は私を守ってくれたのだと、子供ながらに想った。
・・・
(お父さん、お母さん。私もそっちに逝くわ。叔父さん、叔母さん。今まで育ててくれてありがとう。迷惑かけてごめんなさい)
死ぬときは呆気ないものね…マイラは心の中で呟いた。両親の死体、そして公園で殺された男の死体が脳裏を過っていく。私もあんな風に死ぬのかしら。
向けられた銃口に、マイラは悲痛な顔を浮かべ、瞼を閉じる。
「待て」
コアと呼ばれた男が止める。
「どうしました、コアさん」
「これを見ろ」
コアは今マイラを殺そうと銃を構える警官の背中から小型発信機をもぎ取った。
「それって発信機?…まさか…!あのクソアマ…!」
レイラが抱き付いたときを思い出す。
「ふん。どうだ、女に噛まれた気分は。まあいい…この小娘を助けに来る連中、全員を殺せ」
コアは発信機を潰すと、ボラードに腰かける。
「しかし、命令ではこの娘だけを殺せば!」
警官の口答えに、コアが凄むと、皆青ざめ黙り込んだ。
「近くにいる者を出来るだけ招集しろ。いいな」
「…はい」
警官に付けたGPSを頼りに走っていると、レイラが突然キレる。
「あぁ!信号が消えた!うそぉ、ばれたみたい」
「レイラ姉、落ち着いて。この先に埠頭があって旧倉庫街になってる。住民も滅多に行かないから、悪党どもの巣窟にはうってつけの場所だよ」
マノンがレイラ姉、と呼んできたことに、レイラはいつの間に懐かれたのか、さてはてと首を傾げるが悪い気はしなかった。さておき。
「誰も行かない倉庫街。いかにもって感じね」
レイラが地図で旧倉庫街までの道のりを登録すし、リアムとマノンにも共有する。
リアムは少し考えてから、マノンに質問を投げかけた。
「その倉庫って何が置いてあんだ?」
「詳しくは知らないけど…ヴェネトラからの輸入品とか、食料とか…今も残ってるかは解らないけど。なんだリアム。ネコババでもするのか?」
「しねーよ」
マノンの額を小突くと、リアムはさっさと走っていってしまった。マノンはそんなリアムが気に入らなくて、額をさすりながらベーっと舌を出した。
防風林を抜けると、倉庫街に出た。倉庫やコンテナで入り組んでおり、迷路のようになっている。リアム達は、近くにあった錆びだらけのコンテナの影に身を顰める。
「これじゃあ敵が何人いるか把握できねぇな」
「任せて頂戴な」
そう言うと、レイラは眼鏡をかけ、全体を見渡し始める。リアムもマノンも、今更眼鏡かけてお洒落か?と思ったが、どうやら違うらしい。レイラはブツブツと一、二、三…と数えて、マジックウォッチを操作している。
「レイラ姉、その眼鏡ってなに?」
「あぁ、これ?お洒落にも使えて、敵情視察にも使える私の秘密道具その一ってところかしらね。ちなみに試作品ってことだから非売品よ」
「へぇ」マノンは感心する。
「敵は把握できただけでも十人。もしかしたらそれ以上いるかも。主に火属性、土属性。殆どの奴等は二ヶ所の倉庫に集まってる。私達が正面から来たら襲撃するつもりなのかも。あと、あそこの埠頭にゴッツイ奴と例の三人の警官、そしてマイラがいると思う」
レイラは眼鏡の望遠機能を限界にすると、やはりマイラと、連れていった警官がいた。
リアムは危険を承知てコンテナの影から顔を出し、ウエストポーチから望遠鏡を取り出し覗くと、確かにいる。
「なんだ、あのゴリラ野郎。素人でもアイツが一番強いって解る風貌だな」
「もしかしてあのゴリラ見てビビってる?」とマノンが揶揄えば、リアムは「ビビってない」とマノンの頭をパシンと押さえつけた。マノンは嫌がってリアムの手を叩き落とす。
「アイツがボスなんじゃないかなぁ、プロテクトがかかっていて属性が判別できないの」
プロテクト。それは軍隊や一部の権力者が属性と隠すために使うブロック手法だ。主に下心がある輩が使用していることが多い、つまり…
「時間が無いからさっさと済ませるわよ。はい、マジックウォッチ出して」
二人は言われた通りマジックウォッチを差し出す。レイラは三つを同機して、各々がどこにいるか把握できるように設定した。
「そしてイヤホンマイク。これで会話が漏れずにお話しできるわ」
「お、おぉ…」あまりの準備の良さに、リアムはちょっと引いた。いや、軍隊を目指すなら、これくらい装備しておかないといけかもしれない。体力、魔力。次の課題は知略だ。
するとタイミングが良いのか悪いのか、ミラから通話が入る。
『リアム?これから戦うの?』
「あ?あぁ。だから一回通話切るぞ。なんかあったらレイラに。じゃあな」
『は、ちょっと、リアム!まっ、』
スン、とミラとの通話だけ切る。後で薄情だとか、どれだけ心配しただとか、怒られるのは目に見えていた。
「そうだ、マノン。ちょっとコレに魔力を込めてくれないか?」
リアムは銃からマガジンボックスを取り外し、マノンに渡す。
「はぁ?これに魔力込めるって、それで何になんだよ」
「いいから早く。じゃないと、マイラが殺されるぞ」
「~ッ!わかったよ!脅すような言い方しやがって!」
マノンがマガジンボックスに魔力を込めると、眩く蒼い光がマガジンボックスを包み込む。その間、レイラがリアムの銃を拝見する。
「シリンダーとマガジンボックスの両方が装備されてる…。別々に撃てるの?」
「あぁ。シリンダーが実弾と無属性。マガジンボックスは無属性以外の魔法が使える。弱点としては、他属性から魔力を込めてもらわないと使えないってことだけど」
「本当…?こんな銃、初めて見た…。無属性魔法の戦い方なんて初めてみる…。でもどうして師匠は教えてくれなかったのかしら」
「極秘…とか?」
「かもね。師匠は口が堅いの。ところで銃の扱いは慣れているの?」
リアムはどこか得意げに笑みを見せる。
「あぁ。親父が遺してくれたことは、全部覚えた」
「オラァ!込めたぞ!」
マノンがリアムにマガジンボックスを投げつける。慌ててリアムはキャッチした。黒かったマガジンボックスが青水色に変っていた。
「丁重に扱えよ!危ないだろ!」
「ふんッ」
「まぁありがとな。さっさと片づけようぜ。レイラ、オペレーションとバックアップ頼んだぞ」
「OK!」
リアムとレイラが先に行く中、マノンはぽつんと突っ立っていた。リアムにお礼を言われたことがなんだかむず痒くて、モゾモゾする。
「~ッ“#$%&%$#!!!!なんなんだあ!」
髪を掻き乱すと、「あらあら、気になるの?ツンデレ♡」とレイラがしゃがみこんでマノンを見上げていた。
「ニャッ!レイラ姉!先に行ったんじゃないの?!」
「ふふふ」
ニタ~と笑うと、レイラはまたマノンを置いて走り去っていく。マノンも置いて行かれないように、急いで後を追った。
あの警官達とは違う黒服の男達が、倉庫の中に六人いた。ここで待機を命じられたからだ。
「暇っすねぇ」
「コアさんの命令だ。注意を払っとけ」
「あの女犯しながら待ってるほうが面白そうなのにな」
「はは、言えてる」
ゲスな会話をし、下品な笑いをしていると、バキン!と何かが破壊された音と同時に、天井から金属片が降り注ぐ。
「なんだ?!」
金属片は隅に積まれていた袋に刺さり、白い粉が倉庫中に舞う。そしてパン!と発砲音が煙のなかに響き渡る。
「ヤバイ、逃げろ!」
男達が気づいたときには遅かった。リアムが弾丸を撃ち、粉じん爆発が起きる。
ドーン!と爆発が起き、地面が軽く揺れた。隣の倉庫にいる男達は緊張が走り、コア達も爆風を受けながら立ち上がる。
「来たか」
コアは不敵な笑みを浮かべた。
「一丁上がり!マノン!お願いよ!」
レイラはライフル銃を抱えると、隣の倉庫の屋根に飛び移る。そう、さっき天井から降ってきた金属片はレイラが銃を改造して魔力を込めると金属片を撃てるようにしたマジックガン・モードライフル。レイラの秘密道具その二。
「このライフルモードはもう発売されているから良かったら買ってね!」
「宣伝かよ…」リアムが呆れた。
レイラは大笑いしながら隣の倉庫へ軽快に進んでいく。愉快で豪快だけど、天才として名を馳せた理由が解る。
「リアムばっかりに、カッコつけさせてたまるかよ!」
マノンも隣の倉庫にいた男達よりも速く銃弾を浴びせていく。そのスピードは的を外すのではないかと不安になるが命中させていく――少しは外すけど――。運動神経と動体視力がぴったりと重なりマノンの能力についてきている様だった。
銃弾が飛び交い、マノンは扉に隠れる。
「クソ!リロード!」男が銃に呼びかけるが「遅い!」とマノンの銃口が男を狙う。引き金を引き、命中すると男が倒れた。
「無駄撃ちが酷い。もっと練習しな」
マノンは隙を見てリロードした。
『ノーマルテストモード・キドウ』
リアムは銃を構えると、粉じん爆発から逃れてきた残党を早撃ちして倒していく。リアムは一弾も外さず、敵の額に銃弾を当てていく。
「クソ!なんだあの男!軍人か?!」
バン!と銃声が鳴ると、また男が倒れる。
「無駄口叩く暇あるなら相手を定めろ!」
軍人、というワードに黒服達が慌て始める。自分達の発した言葉で、混乱を招くとは滑稽な光景だ。
敵が混乱しているのを利用し、リアム達は合流する。
「二人とも凄いじゃない!半分以上は倒したんじゃない?」
「まぁな。リロード」
リアムが唱えると、シリンダーから薬莢が排除され、新しい銃弾が装填される。
「カッコつけちゃって。ちょっと射撃が得意だからって、調子乗るなよな」
マノンがケチをつける。
「はいはい、身を引き締めてまいります。最初襲撃した倉庫の奴等は全員片づけた。あとは外にいる奴等だな…」
外には、先ほどより手ごわそうな連中と、屈強な二メートルはありそうな大男が待ち構えている。
「あのゴリラを間近で見て、怖気づいたか?」
苦笑いするマノンに、リアムも引きつった笑顔で返す。
「まさか。レイラ、後方頼んだぞ」
「任せて!」
リアム達が銃を構えると、黒服の男達が一斉射撃してくる。向こうはガトリングガンも所持している。
リアムとマノンはコンテナに身を隠す。リアムはフー、と呼吸を整えると、息を止め、身を出し射撃を開始する。リアムの速さで標的に確実に弾が当たることは無い。コンテナに当たり破片が飛び散る。しかし黒服達にも銃弾は命中し、破片が顔や体に降り注ぐ。黒服も引き金を引くが、リアムは飛び跳ね回転し銃弾を避けていく。それは目にも止まらぬ速さだった。気が付けばコンテナで待機していた残党はあっという間に倒されていた。
「リロード!」
装填が完了したリアムは気迫迫るものがあった。それはもう、大切な誰かを亡くしたくない一心で戦う鬼神の姿。
リアムの気迫に、残った黒服達は逃げ腰になり始める。
「な、なんなんだ、あの野郎…!」
「いいから撃ちまくれ!弾丸はこっちの方が絶対に多くあるはずだ!撃てば当たる!ハチの巣にしろ!!」
リアム想像以上の強さに男達が委縮し混乱するが、コアの一声で恐怖支配が始まる。
「魔弾に切り替えろ。いいか、必ず抹殺しろ…」
コアの眼光の奥からは殺意…違う、敗北は罪、と言えばいいのだろうか。例え負けて命があっても死ねと圧を掛けられている様だった。男達は重力で身体が潰れそうなほどの、威圧感に冷や汗を大量に流しながら耐えていた。これは、リアム達を殺さなければ、コアに殺される…脳裏にコアに殺される情景が映像になる。
「エ、エンチャント!」
「そうだ、魔力攻撃なら、こっちが有利だ!」
『エンチャントモード・カクセイチュウ…』
黒服の男達が魔弾モードのマジックガンへと移行をし始め、マノンも焦る。
「リアム、私達も!」
「ふ、ハハハ!アナログだねぇ」
「り、リアム…?」
「マノン、お前も急いで移行しな」
リアムはコンテナから飛び出し銃を構える。
「エンチャント!」リアムの声に反応し、銃から青白い光が発光する。
『エンチャント・モード…キドウ』
「シュート!」
リアムがガトリングガンを撃ち放っていた連中に向けて、水属性の魔弾を撃つ。水の弾丸は敵を呑み込むと伸縮したあと水飛沫を上げ消え散った。男達はその場に倒れた。
「ほう」コアは珍しそうにリアムを見る。
驚いていたのはコア達だけではない、マイラもそうだ。自分が人質ということを忘れるほどに、リアムの属性に違和感を覚えていた。
(リアムさんも水属性なの…?)
マイラは不思議そうに見つめる。水属性で黒髪の人って、今まで会ったことが無かったから。
「な、なんだあのマジックガン…!移行が早ずぎるぞ!」
「ふふ…さすが師匠、とんでもないものを作るわね…」
レイラは沸き上がる気持ちを抑える。
マジックガン…一般的な銃がモードを変更し、魔力を供給し魔法攻撃が可能になる仕組みである。移行は最先端の物でも十秒~十五秒は必要とする。この五秒の差は魔力の使い手次第で短くできる。
しかし、リアムの銃は約三秒。約十秒も差があれば、少しの差で勝負が決まる世界では殲滅なんて簡単だろう。
「あんなの反則だよ!」マノンもマジックガンモードに移行が完了し、魔弾を放つ。
「あの小娘も水属性?!クソ!」
男は火属性の魔弾を撃ち、水と火がぶつかり蒸気として蒸発する。
「相殺できて運がよかったな!でもまだまだだからね、水属性舐めんなよ!」
「なら俺が相手してやるよ!こっちは土属性だ、圧倒的有利は目に見えてる!」
土属性の男が銃を構えると、マイラを連れていった一人の警官が遮る。
「お前等は男の方を殺せ。こっちは一人が火属性でも、もう一人は土属性だ。まだこっちが有利だ。この女を片づけたら合流する。見たとこ魔力B++だ。俺の方が有利だ」
「…ッチ。わかったよ」
土属性の男ともう一人の男は言われた通り無双をしているリアムに立ち向かっていく。本来なら、あんなバケモンみたいな奴と戦いたくなんかない、負けたらそれで、コアからの制裁が待っている…。コアさえいなければ、仲間割れして自滅していたかもしれない。それくらい、黒服達から漂う空気は殺伐としていた。
『マノン、そいつ火属性Aだわ。水が有利でも、相殺されちゃう!下手したらマノンがやられちゃう!』
「でも、やるしかないじゃん!」
レイラからの通信に応えつつも、マノンは魔弾を撃ち、水属性の魔力をぶっ放つが、男が魔弾を発射させると、威力の高い高熱の火が現れ、水を打ち消した。
「くそ!」
マノンは魔力を更に込め、一気に二発撃つ。しかし、相手は三発の火属性の魔弾を撃ち、水を蒸発させる。
「お嬢ちゃん、諦めが悪いねぇ。それじゃあ力づくでも厳しいだろうよ。…マイラちゃんは大人しく、いい子に、従順に言う事聞いて‘楽しませて’くれたぜ?大人しく投降すれば、コアさんに頼んで生かしてもらえるように説得するよ?」
「ッ!!黙れ!このクズ男!」マノンは額に血管を浮き上がらせ、罵倒する。
警官の狙い通り、含みを持たせた言葉で挑発したら、簡単に引っかかった。マノンは冷静さを欠け、魔弾を放っても外れてしまう。
「チクショウ!」
「可愛げのねぇ女だなぁ」
警官が一歩踏み出そうとしたとき、金属片が頬を掠った。ツーっと血が流れる。
「…まだ仲間がいたのか?」
前を向くと、マノンの姿は無かった。しかし、土埃で足跡はくっきりと残っている。後を追えばすぐ見つかるだろう。警官は駆け足でマノンへと向かっていった。
「レイラ姉!アイツ殺させてよ!」
倉庫の裏側に連れてこられたマノンは、まだ頭に血が上っていた。最悪の記憶が蘇り、マノンは自分を制御すら出来ない状態だった。
「恐怖で支配して、女の子を物扱いする奴なんて生きていたって意味が無い!ゴミだ!死んだ方がいいんだよ!私達は、私達は人間なんだよ!」
「マノン!」レイラの大声に、マノンはビックリして黙る。
「アイツの言葉は嘘よ。騙されたのよ、アンタ」
「え…」カッカしていた身体が、冷えていく。あぁ、よかった。マノンに冷静さが戻ってくる。
「それ、本当…?」
「私から見た様子だけで見解するのもあれだけど…マイラは何もされていない。大丈夫」
マノンは一気に脱力した。安堵した。心を殺されていなくて、本当に良かった。
「ごめん、レイラ姉…私、カッとなって」
「お気になさんな。誰だって、友達が酷い目にあったらカチコミに行くわよ。でも、今は力関係が悪すぎる。これ、使って」
「見た事のない魔弾…」
渡された魔弾は鈍色と金色が螺旋状になっていた。
「来た!」
運悪く説明する暇も無く黒服が現れた。レイラがライフルを放つが、男はいとも簡単に避ける。
「見つけたぞ!さっさと死んでくれ!じゃないと、俺の命が危ないんだ!」
情けない声で喚く男は無様で、情けなかった。
「うっさい!死ぬのはお前の方だ!!」
マノンは魔弾を装填すると、マジックガンを構える。
「シュート!」
引き金を引くと、水と砂が混ざり合った渦が銃口の先に現れる。風をも巻き込み、威力が上がっていく。気を抜くと、マノン達も吹っ飛びそうだった。
「すっごい力…引っ張られる、けど!いっけええええええええええ!!!!!!!!!」
「舐めんなよクソガキがあああ!」
男も火属性の魔弾最大質力で発射するが、水、風、砂と巻き込んだ魔力には流石に打ち勝てなかった。
「うわあああああああああああ!」
竜巻の様になった魔弾は男を巻き込み、魔力を消失されると水は消え去った。そして、天高く上った男が落ちてきた。ベシャリ、と嫌な音を立てて。
レイラが念のため生死を確認する。
「…うん、気絶してるだけ。全身骨折かもね!やったわね!マノン!凄いじゃない!」
レイラが親指をグーにし、勝ったことに喜んでいると、マノンが座り込んでゼーゼーと息を切らしている姿が。
「ぁ、あぁ…私の銃が…」
ただでさえ、ガラクタ山から見つけ出した、まだ使えそうな銃を拾い使用してきたのだ。今まで使えていたのはマノンの腕なのか…。だが、今回のレイラ特性の魔弾のせいで、ついに壊れた。
「しょんな…」もう呂律も回らない。マノンはショックも相まって地面に寝転がる。
「…あ、ごめん。言い忘れてた。それ、試作段階でさぁ。魔力もほぼ全部持ってかれちゃうのよねぇ…ちゃんと発動してよかった!アハハハハ!あ、お詫びに新しい銃は、任せて!アハハッハハア!!」
豪快に笑い誤魔化そうとするレイラに、マノンが一言。
「う、恨むからね!レイラ姉!」
マノン・レイラペア…勝利――
リアムは水属性で敵を蹴散らしてきたが、ついに魔弾切れになる。火属性は兎も角、流石に土属性相手は手ごわいものがある。
「ッチ」
「今だ!殺すぞ!」
土属性と火属性の男達が魔弾を撃つ。
リアムは銃口を向けると、二発、撃つ。ズギュウーーーーン…!
「…は?」
男達は呆然とする。リアムから放たれた魔弾は、黒い雷のような球体だったのだ。そして、火も土の魔弾も消滅した。まるで最初から無かったかのように。
「は?なんだ、これ…お前、何をした!」男が混乱し叫び出す。
「別に。特別なんもしてねぇよ。見ていただろ?銃を撃っただけだ」
「そんなわけねぇだろ!テメェ水属性だろう!なのになんだ、あの黒い球体は!」
土属性の男がまた魔弾を放つが、リアムも撃ち、また土魔法は消える。
黒服の男は原理を理解できず狼狽え逃げ腰になる。
そこに今まで座っていたコアが立ち上がり、鼓膜にも響くくらいの大声で笑いあげた。
「ほう…!小僧、無属性か!素晴らしいじゃあないか!こんな所で、無属性魔法の人間に会いまみえるなんて!!」
コアは両腕を広げ、歓喜する。今までの鬱屈していた眼光からは期待と恍惚の眼差しが光る。
「無属性って、役立たずの魔法じゃなかったんですか?!」
男がコアに訪ねる。
「一般的な生活を送るだけならただの無意味な魔法だ。役立つことなんて一つも無い。だが、戦闘においては違う!あらゆる魔法属性と対峙しても相殺し、更には相手の魔力すらも奪う!極めつけはコピーだ…さっきの水属性、あの小娘から力を借りたな。…素晴らしい、コイツ等にも劣らない戦闘、魔力、気に入ったぞ、小僧!」
コアの覇気の声はリアムの腹の奥にまで響く。ビリビリと身体が痺れるような、凄んで動けないような感覚。リアムは負けじとコアを睨む。
「そ、そんな…」黒服が絶望する。
「説明どうも。戦意喪失した時点で、もう俺の勝ちだな」
リアムは標準を合わせ二発、止めを撃つ。魔弾が火属性の男と土属性の男に当たり、男達は悲鳴を上げると、魔力が消失して気絶し倒れる。
「無属性魔法の攻撃…初めて見たわ」
リアムの元へ駆け、戦いを見たレイラは圧倒され、立ち尽くすしかなかった。
「チートじゃん…リアムの奴」
マノンはレイラにおんぶされ、項垂れながらリアムへの嫌味を口にした。
「なんだ、あの化物…!コアさん!」
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ふん、と鼻を鳴らし、コアが立ち上がる。
「小僧、俺はコア。コア・クーバー。木属性だ。コイツ等腐れ警官共の用心棒ってところだ。貴様の戦闘、魔力、実に愉快!そして不愉快!こんな矛盾を抱え高揚した気分久々だ!さぁ、俺と楽しもうじゃあないか!さぁ、貴様の名前を聞かせろ、無属性」
「…ッ、リアム・ランドルフ。以上だ」
「リアム・ランドルフ…ほう。覚えておこう」
このゴリラ…コアが木属性と解ったところで対策が無い。いくら無属性でも、無敵というわけではない。リアムの現在の力では、適うか怪しい…それだけ痛感するほどの圧倒的強者の覇気、威圧があった。
「リアム!さぁ、俺と戦おう!!」
リアムは銃を構え、表情を強張らせた。
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