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第1章・・・旅立ち
3話・・・メルカジュール
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「来た…ついに来たわよ!輝く水の街、メルカジュール!」
ミラは震える拳を天高く突き上げる。
メルカジュール…ティアマテッタの入り口と呼ばれ、交通の許可を出す街。そのためか人が多く集まる。立地的にも海に面し、快晴が多い事からバカンス目的で訪れる人達も増えていった。今ではエウロパ大陸おすすめ観光スポットの一位の座を譲らない不動の娯楽の街として有名である。軍関係者も少なからず出入りするため、治安も良好。
水も清らかで、湧き水は飲み放題、路肩を流水はキンキンに冷えていて果物や野菜を冷やされている。都会と田舎が混ざったような不思議な街。そして水属性の人間が多く住む街。
パステルカラーの建物、見栄えがする店、パラソルが並び、アイスクリームやデザートを嗜む観光客で賑わっている。
「あー、あのジェラート美味しそう!あ、あのスティック菓子なんだろう?見たことないね!あぁ!あのかき氷すごく可愛いし美味しそうじゃない?!」
ゼーロの街では見たことの無いデザートに目を輝かせリアムを引きずり回すミラ。リアムは渋い顔をして掴まれていた腕を引き離した。
「デザートより飯!それより先にパスポート申請!お前の趣味はその後でだ!」
振り払われ、ミラも不服な面を見せる。
「ケチだねぇ。でっかい懐くらい見せなさいよ。そうだ、今日は申請とかでどうせ時間潰れちゃうでしょ?明日メルカジュールランドに行こうよ!そのためには水着買わないとだよね」
あたかも。当たり前でしょ?と言わんばかりの顔で平然と言ってきた。この幼馴染は本来の目的を把握しているのだろうか。いや、している。しかし折角来たのなら遊ぼうぜ、と顔に書いてある。
「…何をお前は言っている?」思わず訊き返した。
メルカジュールランド。プール施設と遊園地が合体した大型アトラクションエリア。街での観光良し、メルカジュールランドで一日中遊ぶも良し。ホテルかカフェテリアで優雅にまったりと過ごすも良し。とにかく、メルカジュールは娯楽に飽きない場所なのだ。
「いいから行くぞ。のろのろしてると置いてくからな」
「ちょっと。待ちなさいよ、リアム!」
「はい、申請を受け付けました。発行まで三日程かかりますので、しばらく滞在をお願いしております。パスポートが出来ましたらマジックウォッチにご連絡入れますので、お越しくださいませ。新婚旅行でございますか?いい思い出を」
「…ありがとうございます」
ティアマテッタへの通行許可を申請し終わり、役所から出る。
「新婚旅行ですか?だって!私達そう見えたのかなぁ?アハハ!ハッズー!」
ミラは照れ隠しからかゲラゲラと笑い、バシバシとリアムの背中を叩く。普段は叩かれてもここまで痛くはないが、今はかなり痛い。言葉通り恥ずかしかったのだろう、新婚と勘違いされて。
「おべっかだろ…。つうか、ティアマテッタに行くのになんで新婚旅行なんだよ」
「あれ、知らない?ティアマテッタに引っ越しするついでにここで新婚旅行するメジャーなんだよ。軍人狙いの女子の間では王道パターンだよ。わざわざ出会い目的でここに遊びに来る子も多いんだから!」
「マジ?」意外と女子はえぐい、と正直に思った。肉食獣か。
「マジマジ。それにしても結構時間かかったね。もうお昼になっちゃった。リアムの言う通りね」
「大行列だったからな。早く飯食いに行こうぜ、腹減った」
「じゃあさ、ここのレストラン行こうよ!」
ミラがマジックウォッチから画像を浮かび上がらせる。小奇麗な民家的なレストランの写真や料理の写真が並ぶ。
「並んでいる時に調べてたんだよね。名物の魚料理が豊富で美味しいんだって!早く行こう!」
「おい、走ると危ないぞ!」
ミラが駆け出し角を曲がろうとした時だった。
「きゃっ!」
「アダッ!」
可憐な悲鳴を上げた、紫髪の、褐色の少女とぶつかった。
褐色の少女はふわりとよろめくと、そのままスカートを翻し、女の子の聖域をミラとリアムに見せつけて尻餅を着いた。
水色と白いレースが露わになっても、少女は慌てずキョトンとしていた。
リアムは少女の鈍感なのか、わざとなのか解らない仕草にポカンとしたが、我に返り慌てて後ろを向いた。ポカンとしていたのはミラも同じで、ミラは少女のスカートをまじまじと見ていたが、急いで手を差し出す。
「ご、ごめんなさい!大丈夫?吹っ飛ばしちゃってごめんね!」
「いえ、こちらこそ。ぼーっと歩いていたので。すみません」
(わぁ、ヤダ私ったら、この子のパンツ見ちゃった。綺麗な太ももだったなぁ…)
少女はミラの手を掴み、立ち上がる。
「…ミラが走ってたとはいえ、女の子吹っ飛ばすって、お前…ゴリ、」
「それ以上言ったら殴るよ」
「……いえ、何も」
少女はポンポンとおしりの埃を払うと、スカートの裾を払い正す。
「私、ここに住むマイラって言います」
突然の自己紹介に、狼狽えるが、ミラがアワアワと口を動かしながら返す。
「あぁっと。私はミラ。こっちはリアム」
「どうも」
「お二人はもしかして、新婚旅行ですか?」
「あはは…違うよ、嫌だなぁ」手を振り否定する。
思わず苦笑いした。別に新婚旅行と勘違いされて悪い気はしない。むしろ、好きな相手とそう勘違いされるくらいお似合いに見えていると言うのなら最高だろう。しかし、一日に二回も同じことを訊かれるとしんどくなってくる。何故なら、否定しなければならない関係だからだ。ここで肯定出来ないのが、内心辛い。
ミラは笑いながら、語尾がだんだん弱くなり最終的には溜息で終わった。
リアムは首を傾げ、不思議そうにミラを見た。
するとグー、と誰かの腹が鳴る。
「あ…すみません。これからランチをしにいく所だったので」
どうやらマイラの腹の虫が鳴ったらしい。
「マイラもお昼?それなら、ぶつかっちゃったお詫びに私達がご馳走するよ!」
ご馳走する、と言ってもリアムの金だけど。
「え、でも、」
「いいじゃねぇか。ここで会ったのもなんかの縁だろ。もし奢られるのが嫌なら、その後ここの観光案内でもしてくれよ。それでどうだ?」
「そういうことなら。ぜひ」
「決まりだね!」
ミラはマイラと腕を組むと、早速目的のレストランへ向かった。
昼飯は海鮮料理だった。鯛のパイの包み焼、蟹のビスクリゾット、ホタテのサラダ、サーモンの刺身、どれも舌鼓を打つものばかりだった。
食後の紅茶を飲んだ後は観光。現地に住むマイラのお陰で穴場の高台から街を見下ろし、海を見渡した。消耗品を買い足し、デザートのメルカジュール名物ジェラートのカラメル焼きを食べ、次に向かったのはミラのご希望で水着を見に、街でも若い女性に受けるショップに足を運んだ。
店内は色とりどりの水着や日焼け防止のパーカーや衣類が眩いばかりに並んでいた。
「わぁ、どれも可愛い!」
「ここ、私の友達が働いているお店なんです。接客も丁寧だし、解らないことがあったらなんでも聞いてください!」
故郷では縁の無い水着に、ミラはどんどん目移りしていく。こういう場面を見ると、やっぱり女の子なんだとひっそりとリアムは想った。
「観光客の方に人気なのはやっぱりビキニタイプかな。地元の子はワンピースタイプが流行ってるかも」
「へぇ、そうなんだ…迷うなぁ」
「なんでも着てみりゃいいじゃねーか」
「え!いいの?!」ミラが眼をギラつかせてグイッと顔を寄せてくる。
「お、おう…」
この時リアムは知らなかった。迷える女の子の、買い物に費やす時間を…。
「これどうかな?」、「こっちも可愛いなぁ」、「ちょっと…面積狭い?」ミラは着せ替え人形のように水着の試着をしていく。フリルの水色のビキニ、薄紫の可愛いスカートの付いたワンピースタイプの水着、カジュアルなビキニとズボンタイプの水着、腰紐がリボンで結ばれた解けたら致命的な水着、大人っぽい黒のビキニに腰にはロングスカート。マイラも気に入ったのを見つけたら持ってきて、しかもショップ店員がマイラの友人だったせいもあり、売れ行きの良いもの、流行のもの、周りよりひとつ差をつけられる水着、などなど…もうリアムには着いていけない世界で、店内にあった椅子に座り天井を眺める事しか出来なかった。
「サンダルは水着が決まったら選びましょう」
「ありがとう、マイラ。マイラがいてくれて本当によかったよ」
二カッと笑うと、マイラも釣られて微笑んだ。
「いえ、私もミラさんとリアムさんに会えてよかったです。とても楽しい…」
あの時、ぼんやりとしながら歩いていてよかった。いつも危なっかしいと注意されるが、今日だけはラッキーだった。
ふと、視線が自然とミラの胸の谷間に視線が行く。
(綺麗なお胸…もしかして、もうリアムさんのものだったりして…)
人の谷間を見てフフッと笑ったマイラに、ミラは反射的に胸を隠した。
「マイラ、ちょっと不気味だよ」
「あ、すみません」
「そういえばマイラって歳いくつ?十五、六くらい?」
「いえ、十七です」
「え!私と一緒だ」
「私、こんな性格だから周りからも下にみられるんです」
少し肩を落とす。
「そうなんだ…確かにちょっと、フワッとしているというか、危なっかしいというか」
すると「ミラさんも言ってやってくださいよ!」とマイラの友人である店員が入って来た。
「もっとしっかりしてよね、マイラ。私達だっていつまでも一緒にいられるわけじゃないんだから。あぁ、それと。夢中になりすぎてるところ悪いんだけど、もうそろそろ決めないとお店閉められないよ~」店員が声をかける。リアムは遂に終わりが見えたと内心ガッツポーズをした。
「ミラ、このピンクの水着とかどうだ?一番似合ってると思うけど」
リアムはここぞとばかりに口を挟んだ。確かにこの水着が一番印象に残っているし、女の子らしいミラの姿も見てみたかった、のもある。
「そ、そう?それじゃあこの水着にしようかな」
満更でもなさそうに、ミラが店員に水着を渡した。
「かしこまりました!それじゃあ、ササッとこれに似合うサンダルや小物も決めましょう!」
おー!と盛り上がる女性陣。リアムは口をあんぐりあけ、絶望した。これは正直、パスポート申請するとき以上に時間がかかっているのではないか?いや、そこまではかかっていない。だが、永遠の時を過ごしている様で気が遠のいていく。
そこから更に盛り上がり、結局閉店ちょい過ぎまで選んだ。
「マイラ、今日はありがとう!ねぇ、マイラも明日メルカジュールランドで遊ばない?」
「そうだな…。ミラの水着選びに付き合ってくれたんだ。お礼くらいさせてくれよ」
満面の笑みのミラと、げっそりとしつつも口角を上げるリアム。
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて明日も一緒に遊んでください」
「もちろん!それじゃあね、マイラ。また明日」
「送って行こうか?もう遅いし。いくら地元とは云え…」
「そうだね。危ないし送っていくよ。私達も心配だし」
「大丈夫です。治安はいいんですよ、ここ。それじゃあまた明日」
マイラは手を振ると、小走りで公園がある方へ駆けていった。
「なんか不安だな」
「うん…。でも街灯もあるし、大丈夫だよ。真っ暗じゃないし。女子は夜道の危なさは知っているからね。ほら、私達もホテルに行かないと」
ミラはホテルへ向かい歩き出した。リアムも隣に並び歩き出す。
リアムが言った「不安」とはマイラが一人夜道を帰ることに不安だと思ったのも確かだが、胸騒ぎを覚えたからもある。これがただの勘違いであってくれればいいのだが…。
モダンな雰囲気のホテルビビアリー。お洒落な雰囲気から若い世代に人気のホテルを奇跡的に予約出来たミラは大喜びだった。そしてチェックインして通された部屋は…
「なんでダブルベッドなんだよ!!!!」
リアムは頭を抱えしゃがみこんでいた。
「なんで?!ダブルってベッド二つってことじゃないの?!」
「ベッド二つはツインルームでお願いすんだよ!」
「アハーーーーー!!!!そうだったの?!ごめんね、リアム!私やっちゃったあ!」
アハッハッハッハとゲラ笑いをするミラは腹を抱え、笑い苦しくなり床に崩れ落ちる。
「いや、まだ諦めるな、簡易ベッドが収納されているかもしれない」
「そ、そうだね!あ、私、部屋交換できないか聞いてくるよ!」
「あぁ、頼む」
廊下からミラの笑い声が反響する。不審人物にされないか心配になった。
「惨敗だ…簡易ベッドも無し。部屋も満室で交換できない…」
結論は、本日満室。簡易ベッドも設置してある部屋にしかなく、準備は出来ないとのことだった。一応、枕と毛布は借りて来た。
「ごめんね、リアム。私、勘違いしてて…」
「いや、ミラに任せっきりにした俺も悪い。最終確認をお互いしなかったんだから」
二人はベッドに腰かけ、項垂れていた。折角の観光気分が一気に現実というか、気まずさに包まれる。これでは休まるどころではない。
「もう気にすんな。俺は今日ソファか風呂場で寝るから」
「え、そんな風邪ひいちゃうよ!端っこに寄れば気にしないからさ…ベッドで寝ようよ」
「いや、俺が気にするって云うか」
「リアム」
ミラがじっと見つめてくる。頑固な時のミラの強い眼差しだ。これじゃあ、自分もベッドで寝ないとか言い出して、役目を果たせないベッドに、風呂場とソファで寝る人間という、ヘンテコな図が出来上がるのも困る。
「…解ったよ。余った枕で境界線作るぞ」
「ふふ、了解!」
リアムとミラは、大浴場で入浴を済ませ、就寝に着く前に余った枕をベッドの真ん中に敷き詰めた。
「おやすみ、リアム」
「おやすみ」
電気を消すと、ミラは自分の心臓がリアムに聞こえるんじゃないかと不安になった。緊張して、心臓が張り裂けそうになっているなんて。リアムのことが好きなんだってバレるんじゃないかって。
「ね、ねぇリアム…少し、手が冷えちゃったから、手、繋いでもいいかな?子供の頃みたいにさ…」
あぁ、誘い方下手くそだな。ミラは顔に熱が集中する。
「…リアム?」
起き上がると、もうぐっすり眠っているリアムがいた。思わず、目がすわった。
「…この馬鹿!」
「うグッ?!」ミラは、思わずリアムの腹にパンチを入れて、ケンカになったのは別の話。
マイラはミラ達と別れて、家に帰るために走っていた。なんとなく、走りたい気分だった。小さい頃を思い出したみたいに、気持ちが高揚して意味もなくスキップしたくなる、そんな気分。
(本当、楽しかったな。また明日も遊べるんだ)
心が躍り、少し興奮しているのが解る。こんな気持ち、久しぶりだった。嬉しくて周りに誰もいないのをいいことに、フフと笑ってしまった。
――頼む、やめてくれ!
公園に響く叫び声に、急に現実から緊張に引き込まれる。マイラは咄嗟に茂みに隠れ、叫び声が聞こえた方を覗き見る。
「頼む、殺さないでくれ!なんでもする!だから!」
「あのねぇ、殺さないと意味がないんですよ。アンタがいくら金を積んでも、女を捧げても、権力を渡しても、死なないとダメなんですよぉ!」
黒服の男達は、銃を命乞いする男に向ける。マイラは耳を塞ぎ、眼を瞑る。銃声は夜空に響いた。男達の声が聞こえるが、何を喋っているかは理解出来ない。それだけマイラは混乱の渦にいた。命乞いをしていた男性の声は、もうしない。
(どうしよう、人が、死んじゃった…!死んじゃった!)
マイラはマジックウォッチの非常事態モードにして警察にSOSを送る。無音のまま、警察が向かいます、と文字が浮かび上がる。
警察が到着し、保護されるまでマイラは動けずにいた。震え、怖くて動けなかった。もし、自分が助けに入れば殺された男の人は助かったかもしれない。あるいは、自分も殺されていたかもしれない。
事情聴取が終わると、マイラは警察職員の車に乗せられて、自宅まで送られる。
「あまり、ご自分を責めないでください。我々は、貴女が無事だったことが嬉しかったのです。貴女まで被害に合っていたら…私達は、悔やんでも悔やみきれません」
「はい…」
快晴で有名なメルカジュールだが、珍しく深夜から雨が降り始めた。
ミラは震える拳を天高く突き上げる。
メルカジュール…ティアマテッタの入り口と呼ばれ、交通の許可を出す街。そのためか人が多く集まる。立地的にも海に面し、快晴が多い事からバカンス目的で訪れる人達も増えていった。今ではエウロパ大陸おすすめ観光スポットの一位の座を譲らない不動の娯楽の街として有名である。軍関係者も少なからず出入りするため、治安も良好。
水も清らかで、湧き水は飲み放題、路肩を流水はキンキンに冷えていて果物や野菜を冷やされている。都会と田舎が混ざったような不思議な街。そして水属性の人間が多く住む街。
パステルカラーの建物、見栄えがする店、パラソルが並び、アイスクリームやデザートを嗜む観光客で賑わっている。
「あー、あのジェラート美味しそう!あ、あのスティック菓子なんだろう?見たことないね!あぁ!あのかき氷すごく可愛いし美味しそうじゃない?!」
ゼーロの街では見たことの無いデザートに目を輝かせリアムを引きずり回すミラ。リアムは渋い顔をして掴まれていた腕を引き離した。
「デザートより飯!それより先にパスポート申請!お前の趣味はその後でだ!」
振り払われ、ミラも不服な面を見せる。
「ケチだねぇ。でっかい懐くらい見せなさいよ。そうだ、今日は申請とかでどうせ時間潰れちゃうでしょ?明日メルカジュールランドに行こうよ!そのためには水着買わないとだよね」
あたかも。当たり前でしょ?と言わんばかりの顔で平然と言ってきた。この幼馴染は本来の目的を把握しているのだろうか。いや、している。しかし折角来たのなら遊ぼうぜ、と顔に書いてある。
「…何をお前は言っている?」思わず訊き返した。
メルカジュールランド。プール施設と遊園地が合体した大型アトラクションエリア。街での観光良し、メルカジュールランドで一日中遊ぶも良し。ホテルかカフェテリアで優雅にまったりと過ごすも良し。とにかく、メルカジュールは娯楽に飽きない場所なのだ。
「いいから行くぞ。のろのろしてると置いてくからな」
「ちょっと。待ちなさいよ、リアム!」
「はい、申請を受け付けました。発行まで三日程かかりますので、しばらく滞在をお願いしております。パスポートが出来ましたらマジックウォッチにご連絡入れますので、お越しくださいませ。新婚旅行でございますか?いい思い出を」
「…ありがとうございます」
ティアマテッタへの通行許可を申請し終わり、役所から出る。
「新婚旅行ですか?だって!私達そう見えたのかなぁ?アハハ!ハッズー!」
ミラは照れ隠しからかゲラゲラと笑い、バシバシとリアムの背中を叩く。普段は叩かれてもここまで痛くはないが、今はかなり痛い。言葉通り恥ずかしかったのだろう、新婚と勘違いされて。
「おべっかだろ…。つうか、ティアマテッタに行くのになんで新婚旅行なんだよ」
「あれ、知らない?ティアマテッタに引っ越しするついでにここで新婚旅行するメジャーなんだよ。軍人狙いの女子の間では王道パターンだよ。わざわざ出会い目的でここに遊びに来る子も多いんだから!」
「マジ?」意外と女子はえぐい、と正直に思った。肉食獣か。
「マジマジ。それにしても結構時間かかったね。もうお昼になっちゃった。リアムの言う通りね」
「大行列だったからな。早く飯食いに行こうぜ、腹減った」
「じゃあさ、ここのレストラン行こうよ!」
ミラがマジックウォッチから画像を浮かび上がらせる。小奇麗な民家的なレストランの写真や料理の写真が並ぶ。
「並んでいる時に調べてたんだよね。名物の魚料理が豊富で美味しいんだって!早く行こう!」
「おい、走ると危ないぞ!」
ミラが駆け出し角を曲がろうとした時だった。
「きゃっ!」
「アダッ!」
可憐な悲鳴を上げた、紫髪の、褐色の少女とぶつかった。
褐色の少女はふわりとよろめくと、そのままスカートを翻し、女の子の聖域をミラとリアムに見せつけて尻餅を着いた。
水色と白いレースが露わになっても、少女は慌てずキョトンとしていた。
リアムは少女の鈍感なのか、わざとなのか解らない仕草にポカンとしたが、我に返り慌てて後ろを向いた。ポカンとしていたのはミラも同じで、ミラは少女のスカートをまじまじと見ていたが、急いで手を差し出す。
「ご、ごめんなさい!大丈夫?吹っ飛ばしちゃってごめんね!」
「いえ、こちらこそ。ぼーっと歩いていたので。すみません」
(わぁ、ヤダ私ったら、この子のパンツ見ちゃった。綺麗な太ももだったなぁ…)
少女はミラの手を掴み、立ち上がる。
「…ミラが走ってたとはいえ、女の子吹っ飛ばすって、お前…ゴリ、」
「それ以上言ったら殴るよ」
「……いえ、何も」
少女はポンポンとおしりの埃を払うと、スカートの裾を払い正す。
「私、ここに住むマイラって言います」
突然の自己紹介に、狼狽えるが、ミラがアワアワと口を動かしながら返す。
「あぁっと。私はミラ。こっちはリアム」
「どうも」
「お二人はもしかして、新婚旅行ですか?」
「あはは…違うよ、嫌だなぁ」手を振り否定する。
思わず苦笑いした。別に新婚旅行と勘違いされて悪い気はしない。むしろ、好きな相手とそう勘違いされるくらいお似合いに見えていると言うのなら最高だろう。しかし、一日に二回も同じことを訊かれるとしんどくなってくる。何故なら、否定しなければならない関係だからだ。ここで肯定出来ないのが、内心辛い。
ミラは笑いながら、語尾がだんだん弱くなり最終的には溜息で終わった。
リアムは首を傾げ、不思議そうにミラを見た。
するとグー、と誰かの腹が鳴る。
「あ…すみません。これからランチをしにいく所だったので」
どうやらマイラの腹の虫が鳴ったらしい。
「マイラもお昼?それなら、ぶつかっちゃったお詫びに私達がご馳走するよ!」
ご馳走する、と言ってもリアムの金だけど。
「え、でも、」
「いいじゃねぇか。ここで会ったのもなんかの縁だろ。もし奢られるのが嫌なら、その後ここの観光案内でもしてくれよ。それでどうだ?」
「そういうことなら。ぜひ」
「決まりだね!」
ミラはマイラと腕を組むと、早速目的のレストランへ向かった。
昼飯は海鮮料理だった。鯛のパイの包み焼、蟹のビスクリゾット、ホタテのサラダ、サーモンの刺身、どれも舌鼓を打つものばかりだった。
食後の紅茶を飲んだ後は観光。現地に住むマイラのお陰で穴場の高台から街を見下ろし、海を見渡した。消耗品を買い足し、デザートのメルカジュール名物ジェラートのカラメル焼きを食べ、次に向かったのはミラのご希望で水着を見に、街でも若い女性に受けるショップに足を運んだ。
店内は色とりどりの水着や日焼け防止のパーカーや衣類が眩いばかりに並んでいた。
「わぁ、どれも可愛い!」
「ここ、私の友達が働いているお店なんです。接客も丁寧だし、解らないことがあったらなんでも聞いてください!」
故郷では縁の無い水着に、ミラはどんどん目移りしていく。こういう場面を見ると、やっぱり女の子なんだとひっそりとリアムは想った。
「観光客の方に人気なのはやっぱりビキニタイプかな。地元の子はワンピースタイプが流行ってるかも」
「へぇ、そうなんだ…迷うなぁ」
「なんでも着てみりゃいいじゃねーか」
「え!いいの?!」ミラが眼をギラつかせてグイッと顔を寄せてくる。
「お、おう…」
この時リアムは知らなかった。迷える女の子の、買い物に費やす時間を…。
「これどうかな?」、「こっちも可愛いなぁ」、「ちょっと…面積狭い?」ミラは着せ替え人形のように水着の試着をしていく。フリルの水色のビキニ、薄紫の可愛いスカートの付いたワンピースタイプの水着、カジュアルなビキニとズボンタイプの水着、腰紐がリボンで結ばれた解けたら致命的な水着、大人っぽい黒のビキニに腰にはロングスカート。マイラも気に入ったのを見つけたら持ってきて、しかもショップ店員がマイラの友人だったせいもあり、売れ行きの良いもの、流行のもの、周りよりひとつ差をつけられる水着、などなど…もうリアムには着いていけない世界で、店内にあった椅子に座り天井を眺める事しか出来なかった。
「サンダルは水着が決まったら選びましょう」
「ありがとう、マイラ。マイラがいてくれて本当によかったよ」
二カッと笑うと、マイラも釣られて微笑んだ。
「いえ、私もミラさんとリアムさんに会えてよかったです。とても楽しい…」
あの時、ぼんやりとしながら歩いていてよかった。いつも危なっかしいと注意されるが、今日だけはラッキーだった。
ふと、視線が自然とミラの胸の谷間に視線が行く。
(綺麗なお胸…もしかして、もうリアムさんのものだったりして…)
人の谷間を見てフフッと笑ったマイラに、ミラは反射的に胸を隠した。
「マイラ、ちょっと不気味だよ」
「あ、すみません」
「そういえばマイラって歳いくつ?十五、六くらい?」
「いえ、十七です」
「え!私と一緒だ」
「私、こんな性格だから周りからも下にみられるんです」
少し肩を落とす。
「そうなんだ…確かにちょっと、フワッとしているというか、危なっかしいというか」
すると「ミラさんも言ってやってくださいよ!」とマイラの友人である店員が入って来た。
「もっとしっかりしてよね、マイラ。私達だっていつまでも一緒にいられるわけじゃないんだから。あぁ、それと。夢中になりすぎてるところ悪いんだけど、もうそろそろ決めないとお店閉められないよ~」店員が声をかける。リアムは遂に終わりが見えたと内心ガッツポーズをした。
「ミラ、このピンクの水着とかどうだ?一番似合ってると思うけど」
リアムはここぞとばかりに口を挟んだ。確かにこの水着が一番印象に残っているし、女の子らしいミラの姿も見てみたかった、のもある。
「そ、そう?それじゃあこの水着にしようかな」
満更でもなさそうに、ミラが店員に水着を渡した。
「かしこまりました!それじゃあ、ササッとこれに似合うサンダルや小物も決めましょう!」
おー!と盛り上がる女性陣。リアムは口をあんぐりあけ、絶望した。これは正直、パスポート申請するとき以上に時間がかかっているのではないか?いや、そこまではかかっていない。だが、永遠の時を過ごしている様で気が遠のいていく。
そこから更に盛り上がり、結局閉店ちょい過ぎまで選んだ。
「マイラ、今日はありがとう!ねぇ、マイラも明日メルカジュールランドで遊ばない?」
「そうだな…。ミラの水着選びに付き合ってくれたんだ。お礼くらいさせてくれよ」
満面の笑みのミラと、げっそりとしつつも口角を上げるリアム。
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて明日も一緒に遊んでください」
「もちろん!それじゃあね、マイラ。また明日」
「送って行こうか?もう遅いし。いくら地元とは云え…」
「そうだね。危ないし送っていくよ。私達も心配だし」
「大丈夫です。治安はいいんですよ、ここ。それじゃあまた明日」
マイラは手を振ると、小走りで公園がある方へ駆けていった。
「なんか不安だな」
「うん…。でも街灯もあるし、大丈夫だよ。真っ暗じゃないし。女子は夜道の危なさは知っているからね。ほら、私達もホテルに行かないと」
ミラはホテルへ向かい歩き出した。リアムも隣に並び歩き出す。
リアムが言った「不安」とはマイラが一人夜道を帰ることに不安だと思ったのも確かだが、胸騒ぎを覚えたからもある。これがただの勘違いであってくれればいいのだが…。
モダンな雰囲気のホテルビビアリー。お洒落な雰囲気から若い世代に人気のホテルを奇跡的に予約出来たミラは大喜びだった。そしてチェックインして通された部屋は…
「なんでダブルベッドなんだよ!!!!」
リアムは頭を抱えしゃがみこんでいた。
「なんで?!ダブルってベッド二つってことじゃないの?!」
「ベッド二つはツインルームでお願いすんだよ!」
「アハーーーーー!!!!そうだったの?!ごめんね、リアム!私やっちゃったあ!」
アハッハッハッハとゲラ笑いをするミラは腹を抱え、笑い苦しくなり床に崩れ落ちる。
「いや、まだ諦めるな、簡易ベッドが収納されているかもしれない」
「そ、そうだね!あ、私、部屋交換できないか聞いてくるよ!」
「あぁ、頼む」
廊下からミラの笑い声が反響する。不審人物にされないか心配になった。
「惨敗だ…簡易ベッドも無し。部屋も満室で交換できない…」
結論は、本日満室。簡易ベッドも設置してある部屋にしかなく、準備は出来ないとのことだった。一応、枕と毛布は借りて来た。
「ごめんね、リアム。私、勘違いしてて…」
「いや、ミラに任せっきりにした俺も悪い。最終確認をお互いしなかったんだから」
二人はベッドに腰かけ、項垂れていた。折角の観光気分が一気に現実というか、気まずさに包まれる。これでは休まるどころではない。
「もう気にすんな。俺は今日ソファか風呂場で寝るから」
「え、そんな風邪ひいちゃうよ!端っこに寄れば気にしないからさ…ベッドで寝ようよ」
「いや、俺が気にするって云うか」
「リアム」
ミラがじっと見つめてくる。頑固な時のミラの強い眼差しだ。これじゃあ、自分もベッドで寝ないとか言い出して、役目を果たせないベッドに、風呂場とソファで寝る人間という、ヘンテコな図が出来上がるのも困る。
「…解ったよ。余った枕で境界線作るぞ」
「ふふ、了解!」
リアムとミラは、大浴場で入浴を済ませ、就寝に着く前に余った枕をベッドの真ん中に敷き詰めた。
「おやすみ、リアム」
「おやすみ」
電気を消すと、ミラは自分の心臓がリアムに聞こえるんじゃないかと不安になった。緊張して、心臓が張り裂けそうになっているなんて。リアムのことが好きなんだってバレるんじゃないかって。
「ね、ねぇリアム…少し、手が冷えちゃったから、手、繋いでもいいかな?子供の頃みたいにさ…」
あぁ、誘い方下手くそだな。ミラは顔に熱が集中する。
「…リアム?」
起き上がると、もうぐっすり眠っているリアムがいた。思わず、目がすわった。
「…この馬鹿!」
「うグッ?!」ミラは、思わずリアムの腹にパンチを入れて、ケンカになったのは別の話。
マイラはミラ達と別れて、家に帰るために走っていた。なんとなく、走りたい気分だった。小さい頃を思い出したみたいに、気持ちが高揚して意味もなくスキップしたくなる、そんな気分。
(本当、楽しかったな。また明日も遊べるんだ)
心が躍り、少し興奮しているのが解る。こんな気持ち、久しぶりだった。嬉しくて周りに誰もいないのをいいことに、フフと笑ってしまった。
――頼む、やめてくれ!
公園に響く叫び声に、急に現実から緊張に引き込まれる。マイラは咄嗟に茂みに隠れ、叫び声が聞こえた方を覗き見る。
「頼む、殺さないでくれ!なんでもする!だから!」
「あのねぇ、殺さないと意味がないんですよ。アンタがいくら金を積んでも、女を捧げても、権力を渡しても、死なないとダメなんですよぉ!」
黒服の男達は、銃を命乞いする男に向ける。マイラは耳を塞ぎ、眼を瞑る。銃声は夜空に響いた。男達の声が聞こえるが、何を喋っているかは理解出来ない。それだけマイラは混乱の渦にいた。命乞いをしていた男性の声は、もうしない。
(どうしよう、人が、死んじゃった…!死んじゃった!)
マイラはマジックウォッチの非常事態モードにして警察にSOSを送る。無音のまま、警察が向かいます、と文字が浮かび上がる。
警察が到着し、保護されるまでマイラは動けずにいた。震え、怖くて動けなかった。もし、自分が助けに入れば殺された男の人は助かったかもしれない。あるいは、自分も殺されていたかもしれない。
事情聴取が終わると、マイラは警察職員の車に乗せられて、自宅まで送られる。
「あまり、ご自分を責めないでください。我々は、貴女が無事だったことが嬉しかったのです。貴女まで被害に合っていたら…私達は、悔やんでも悔やみきれません」
「はい…」
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