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見に行ってみた

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 将来有望な冒険者、信頼の置ける冒険者、うさんくさいのから隅に置けない者まで、一癖も二癖もある冒険者を時に諌め、時にしかり、そして何より食い扶持である依頼を回すのが、冒険者ギルドの仕事だ。

 依頼も様々あって、商人ギルドからの護衛の依頼や、周辺の村からの害獣や魔物の討伐依頼、労働力、配達、捜索、警備エトセトラエトセトラ……とにかく多岐にわたる依頼が舞い込む。その依頼内容に自分がふさわしいと思った冒険者が、掲示板に乱雑に貼り付けてある依頼書をカウンターに持ち込む。
 報酬は依頼主から直接受け取るが、依頼内容と実際の仕事に差異がなかったか、あるいは差異があったとしてどの程度であったかは、ギルドまで報告する義務がある。
 あまりに差異がひどければギルドで事実確認を行わなければならないからだ。

 先日、遠くの二つの村は共同で出してきた、オーガ親子の討伐依頼に向かった一団が帰ってきて、帝都の冒険者ギルドのマスターはその報告を受けていたのだが、

「は?」
「いや、だからユウがね、喫茶店やってた」
「は?」

 思わず二度聞き返してしまうマスター。
勇者ユウが喫茶店をやっている、オーガ族の子供をウェイトレスにして。

「コーヒーうまかったぜ。何よりまたあの笑顔がみれたのがな!」

報告しているのはウォルだ。ユウの笑顔を思い出したのか一瞬ぽやっとした表情を浮かべた。

「え? なんで? なんで喫茶店?」
「知らないよ」

 小一時間ばかり思い出話をしながらユウの顔をずっとみていただけだったから、

  何で喫茶店やってるの? とか、
  何でオーガ族の子を連れてるの? とか、
  何でこんなとこにいるの? とか、

 そんな詳しいことを聞くよりもついつい楽しい話を優先させてしまったのだった。

「で、依頼主にはなんて?」
「害はないから大丈夫って」
「納得したの?」
「うーん、まぁ、ユウにも話してきたし大丈夫だろうよ」
「おいおい、適当だな」

マスターがため息をついた。

 ユウが引退を宣言してから、帝都で一度見て以来、その行方はしれなかった。
 港町に現れたという話もあった。
 帝都で見た時は、小さなオーガ族の娘を連れていたし、それに港町の目撃情報にも小さな女の子を連れていたとあったから、どちらもウォルの報告にあった、ウェイトレスをしているオーガ族の娘だろう。

「何にしても、確かめにいってくるかぁ」

 その日のうちにマスターは早馬を走らせて、喫茶店『小道』へと急いだ。
 思えばはじめての出会いから、ユウには冷や冷やさせられ、度肝を抜かれ、その笑顔に癒されてきた。ユウは何でも抱え込んでしまう性格だから、助けてあげたいという気持ちもあるのだが、彼女には結局一人で何でも解決してしまう力があった。
 が、皇帝謁見事件のように周りがヒヤヒヤさせられた事をあげれば、枚挙に暇が無い。

「また何かやらかしてんじゃないだろうな……」

 独りごちて、手綱を握る手に力をこめた。


 帝都を出て三日、山を越え、村と森を横切ってまもなくユウの喫茶店へとたどり着く。
 まだ日が昇って浅く、あたりは少し薄暗い。
 馬の足音に驚いた鳥たちがいっせいに羽ばたいていった。
 やがて、話に聞いていた看板を認めると、マスターは馬を降りた。

「うわ、まじだ」

 思わず口をついて出た。
 しかも看板は特に目立つでもなく、特徴もなく、木の板にそこそこ綺麗な文字で喫茶店の名前がかいてあるだけだった。

「はは、まぁ、ユウっぽいと言えばそうかもな」

 顎に手を当てて口の片方だけをニヤリと吊り上げた。
 街道から分かれた小道のほどなく先に、果たしてその店はあった。報告のあったとおりのログハウスと、その横に小さな小屋。
 ログハウスの玄関には準備中の看板がぶら下がっていた。

 ようやく太陽が全貌を現したくらいの、帝都でも開いてる店は数軒しかないような時間だから、店がしまっているのも無理は無い。
 どうしようか、と思い悩んでいると、キィと音を立てて扉が開いた。

「はれ? マスターさん?」

 出てきたのは、黒を基調とした少しシックなノースリーブのワンピースを纏った、見知った顔だった。
 エプロンこそしていないが、いつものように”着るのが楽”なワンピースを着たユウである。

「おお、ユウ! 喫茶店を開くとは何事か!」
「へ? ……は?」
「冗談だ、ウォルから報告を受けてな?」
「はぁ……?」

 ユウにしてみれば、昔なじみの訪問であったが何故こんなに朝早いのかと疑問に思う。

「まだ店やってないですよー?」
「ああ、いや、今日は確認にきただけだ。」
「えええ、折角だからコーヒー飲んでってくださいよー」
「どっちだよ!」

 結局、マスターは港町で目撃されたユウ達の情報と、ウォルの報告の件など二、三確かめると、店にも入らずに立ち去っていった。

「俺もこれでも忙しい身だからよ。まぁ、今度女房連れてくるわ。そん時はごちそうしてくれよー」

馬上で手を振りながらマスターが叫ぶ。

「はーい、待ってますねぇ」

 馬に揺られながら、無事確認ができた事にほっと安堵の息をつく。
 依頼の件や港町での件でもそうだったが、帝都で会って以来一年近く行方が知れなかった、ユウの無事そのものを確認できた事がマスターにとっては何よりなのであった。
 ユウ自身、自覚があるのかわからないが、とにかくユウは周りをヒヤヒヤさせる。何でも出来る力をもった勇者なのに、何故かあぶなっかしい。
 マスターを始めとした、ユウを知る冒険者達は総じてそういう評価である。もちろんその力の強大さや、さらにそれを制御するユウに尊敬の念もあるのだが。

 それにしても、一年も音沙汰なしなのは、流石にマスターとしても心配だった。

(連絡もよこさねーで、あのバカ娘が)

 と、そう思って気付く。

(ああ、そうか――)

 初めて出会ったとき、噂を聞いてはいたのだが、本当に何の変哲もないただの少女だった。その少女の中に強大な力があるなんて、とてもじゃないが思えなかった。
 だが、実際は剣も魔法も誰も及ぶ者がない。
 それがアンバランスさというか危うさといったものを感じさせたのかもしれない。見守る事くらいしかできない。きっと誰しもがそう思っていたのだろう。
 純粋な笑顔の少女、しかし過酷な使命と強大な力を与えられた少女。

(娘か――)

 そう、娘のように思っていたのだ。あるいは妹とか、とにかく庇護しなければならない対象のように思えた。
 しかし、その少女は庇護が必要のないくらいに、強かった。
 彼女はとびっきりの笑顔で、その背負ってるものの大きさを感じさせなかった。

 だからこそ心配になるのだろう。

 けれど、安否は知れたし、いつもみたいに笑っていたのだから、大丈夫だろう。
 今度は女房や仲間を連れてゆっくり彼女のコーヒーを飲みに来よう、帝都への帰路、馬に揺られながらマスターはそんな事を思うのであった。
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