54 / 54
故郷のユウ
しおりを挟む「まずはこれを片付けないとね」
「ちょ、お母さん……」
リンと、その頭に乗っかったキャニの目の前で、薄い本のようなものが何冊も積み重なっていく。本だけでなく、手紙なども何通もあった。
「お前が方々を飛び回ってるから、年に一度帝都の冒険者ギルドのマスターさんがもってきてくれるんだけどね……」
本や手紙の他にも何だか高級そうな箱なんかもある。中に入っているものが容易に想像できて、ユウは辟易してしまっていた。
今ユウの目の前に積まれているのは、縁談のための肖像画や皇帝からの手紙、そしてその皇帝や貴族からの贈り物だった。
「今度マスターさんに送り返すようにいっとくね……」
「馬鹿いってんじゃないよ、貴族様や皇帝様に恥をかかせる気かい?」
「ええぇ……じゃ、これどうしろっていうの?」
縁談の肖像画や手紙などはまだいい。自分との縁談を受ける事を得だと感じさせるためなのだろうが、相手の肖像画とともに贈られた物が問題だった。
貴金属や、どこかの土地の権利書、さらには有名画家に描かせたと思しきユウの肖像画のようなものまである。
貴金属や権利書は、貴族としては腹も痛まぬ程度でかつ、そこそこ良いものなのであろうが、元々庶民でしかないユウにしてみればトンでもないものである。それも大概ではあるにせよ、ユウとしては特に自分の肖像画に関して、二割、いや三割増しで美人に描いてあるものだから、「これは私じゃない……」と思わずため息をついてしまう。
とにかくそんな物が、狭いキッチンの、狭いテーブルに、山となって置かれていた。
「売るなり、捨てるなりしておくれよ。いらないものなんだろう?」
「あー、いや、その……」
ユウはちらとリンを見やる。
半目のままで山となった手紙や肖像画をじっと見ていた。
母親からの手紙をくしゃくしゃにしただけであの怒りっぷりだったから、これを捨てるなどというと、リンは一体どういう反応をするのか――
容易に想像できてしまう。
「捨てるの…?」
じっと半目でユウを見つめているリンがぽそりと一言。
「えっ、いや、その、捨てない、かなぁ……」
「でも、いらない?」
「あー……」
リンはわかってはいるようだ。如何に人が心をこめて書いたであろう手紙とはいえ、ユウの本当に困ったような顔をみて、必要なものではないことくらいは。
けれど、リンの中にも葛藤はあって、「大事な手紙は人の心」なのだけれど、同時にその心がユウを困らせているならなんとかしてあげたいとも思う。
心は大事だけれど、ユウはもっと大事だから――
「燃やそう」
そして行き着いた結論がそれだった。
「ふぇっ!?」
驚いたのはユウと、そしてユウの母であった。
*
お団子三姉妹が空を行く。
キャニをリンが抱え、そのリンをユウが抱え、三つの頭が並んでいる。
かつてツクシの国に行った時にみた、丸いもちもちした玉状のお菓子で、それは串に必ず三つ刺さって売られていた。ユウとリンが二人で飛んでいたときには思いもつかなかったことだが、そこにキャニが加わった事によって、リンがその様を例えたのが始まりだ。
「おだんご~おだんご~」
びゅうびゅうと風切る音の中でリンが口ずさむ。微かに聞こえるそのリンの歌声にユウもキャニも合わせて歌い始める。
「三つ並んで~」
「串が刺さって~」
三人が三人ともニコニコと笑顔を見せて、リン作詞作曲のお団子の歌を歌いながら空を舞って行く。
帝都を横切って、港町を南に曲がり、点々とある集落をながしてしばらく飛ぶと、目的の村が見えてくる。
森を越えて、少し大きな川を越えた辺りにある小さな村――それがユウの故郷の村だ。
他国との国境が近いわけでもなく、魔族領からもかなり離れているから争いもなく至って平和な村である。しかしながら、帝都や港からもかなり離れているからパティの村同様、交通の類は不便で少なくとも潤っているとは言いがたい。
けれど牧歌的な雰囲気のその村は、平和で、穏やかで、なるほどユウが育った村かと納得できる雰囲気を持っていた。
小さな村、といっても、そこそこの人数が住んでいて村の中は帝都などの都会とはまた違った活気がある。人々は活き活きとした表情で農業や牧畜に励んでいて、男も女も、子供も老人も皆穏やかでありながら活発に村の中を駆け回っていた。
「おや、ユウでねーか?」
「あ、おじさん。元気だっけ?」
村の入り口には小さな屯所が設けられていて、一応帝都から派遣されてきた兵士が数人詰めている。が、この村へ来てかなりの年月が経つ者ばかりで、今話しかけてきたおじさんもまた、それこそユウの誕生から旅立ちまでを見送った一人である。
「元気も元気、まだまだ現役よー」
「そっか~、安心だなー」
ユウとおじさんの会話に目を丸くしているのはリンとキャニである。
いつもと何かが違うのだ。
いつも聞くユウの言葉と、今の言葉は何かが違っている。
「でも、突然だな、おめ」
「あはは、そうだけど、お母さんがね、一回顔出せって」
「そかー、じゃあ、早いとこいかねばね」
おじさんはニコニコ笑ってユウを通そうとして――
「まて、ユウ。おめ、ほんとにユウか?」
「へ?」
一瞬で少し険しい顔になったおじさんがユウと、そして連れの二人に視線を移す。
「ああ……この子達は、私が預かってんです。大丈夫」
「むぅ……ま、いいか」
そしておじさんがユウにそうしたように、リンとキャニにも変わらない笑顔を見せた。
「いくつだ?」
「?」
さっきから微妙に言葉がわかりずらくなっているリンが言葉の意味を介せず首をかしげる。
「リン、歳いくつだって?」
「あ……十一」
「おぉ、めんこい子だな。うん、ごめんなー、一応おじさんも仕事があるからちょっとだけ疑ったわ」
「だいじょぶ」
「そうかそうか、ありがとなー」
おじさんがポンポンとリンの頭を撫でてくれた。
「子供じゃないよ?」
「お、そかそか」
頭を撫でられて、ちょっと不満気なリンにおじさんはサムズアップを見せた。
「で、ユウ」
おじさんがささっと寄ってきて訝しげな顔でささやいてくる。
「はい?」
「まさか……おめの子か?」
今度はユウが目を丸くさせるのであった。
「ほんとに預かってるだけです!」
*
ようやく村の中に入れたユウ達だったが、出会う人出会う人皆、最初はユウの姿に驚いて、再会を喜び、次に犬を抱えた小さな子を見て、
「ユウの子か?」
と口をそろえて聞いてくる。
再会の喜びも何もあったものではない。
中には「五年も留守にしてたんだ、十歳の子供が居ても不思議じゃない」と滅茶苦茶な事を言い出す者までいた。けれど、それほどまでに再会を喜ばれて、しかも皆最初はリンの様子に驚くけれど、すぐに可愛い可愛いと頭を撫でてくれるのだから、ユウとしても嬉しい。子供かと毎度聞かれるたびに複雑な気持ちにはなるが。
それにしても、家にたどり着くまでに村人総出で待ち構えてるんじゃないかというほど人に出会う。
そうして皆がリンを見てお約束をこなしつつ、ようやく自宅の前にたどり着いたときには、ほとほと疲れてしまっていた。
リンは、最初は子ども扱いされるたびに、「子供じゃない」といっていたが、途中からあきらめたのか何も言わなくなってしまっていた。けれど、撫でられるのは嫌いじゃないらしく、頭を撫でてくる人を邪険にすることは無かった。
キャニはというと、ぐっすりと寝ていた。歩くほどに声を掛けられるユウや、頭をくしゃくしゃに撫でられるリンを尻目に、である。そんなキャニをリンは半眼で睨みつけている間に、どうにか家までたどり着いた。
「やっと……ついた……」
肩を落として大きなため息をついた。
そのため息を聞きつけたのかはわからないが、丁度良く扉が開いて、中からユウにそっくりな顔が出てきた。
「あら、ユウ?」
そのユウとそっくりな顔に、リンも、目が覚めたキャニも目を見開く。
「ユウ……が二人!」
「違うよ、私のお母さんだよ」
思わず声をあげたリンにユウが苦笑いして答える。
「あら……」
ユウの母親はそんなリンと、ユウの顔を交互に見比べながら呟いた。
「えっと……父親は?」
「お母さんまで……」
これまでの村人の様子から、半ば予想はしていたものの、やっぱりか、とユウはがっくりと肩を落とすのであった。
つづく
0
お気に入りに追加
93
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
ボンクラ王子の側近を任されました
里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」
王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。
人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。
そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。
義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。
王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
楽しくほのぼのと読ませていただいております
バグだと思うのですが
邂逅~……のページが 他の作者さんの
味噌をつくってみよう……になっております?
両方とも読んでたんでビックリしました?
ありがとうございます。
こちらで確認したところは問題なかったので大丈夫だと思います。
これからもよろしくお願いします。