上 下
46 / 54

『小道』に御越しの際は……

しおりを挟む


 午後のひと時。

 たまには、と思い、香木を焚いて窓を開けるとすぐ外の森の香りと焚き上げた香木の香りが調和して、店内にさわやかな香りが満ちる。


 そしてそれは、コーヒーの香りともまた調和して、いつもの一杯が特別な一杯に変わる。


「んー……」


 その芳しいコーヒーと店内の香り。それを楽しみながらゆったりと午後のひと時を楽しもう、とそう思っていたのに――


「いやいやいやいや、どう考えてもうちの村です」

「何言ってるんですの?便利だし、景観もいい、帝都こそ至高、ですわ!」

「あはは、若いなぁ、二人とも、いや、うちも若いよぅ?でもうちの国の方がえらい住みやすいんえ~」


 三人の娘がカウンターでぎゃーぎゃーとわめいている。

 午後のひと時がすっかりぶち壊しだ。


 辟易しながらも、それでも「美味しいなぁ」と無理矢理コーヒーを楽しむユウ。


「ユウさんは!」

「ユウ様は!」

「ユウちゃんは~」


「どう思います!?」

「どう思いますか?」

「どない思う~?」


 三人がそれぞれ別の口調で合唱してその矛先をユウに向ける。


「はぁ…」


 ため息をついてしまう。


 今日は本当に珍しい取り合わせだった。

 ユウの目の前にはうら若き乙女がふた…うら若き乙女が三人並んでいる。


 『小道』の最寄の村、レッドフォックスという宿の看板娘パティ。

 冒険者でウォル達のパーティメンバーでもあり、帝都貴族の三女でもあるリリー。

 そして近くまできたので、と泊まりにきた東の国の『天花菜取の銀狐』という宿の女将であるツクシ。


 偶然に偶然が重なって、この三人が一堂に会することになったのだ。

 最初にツクシがやってきて、その後すぐリリーがやってきて、またそのすぐ後にパティがやってきて。


 三人は始めこそにこやかになごやかにちょっとした話をしていたはずだったのに、何がきっかけだったか、それぞれの故郷自慢がはじまり、それはやがて泥沼化してしまった。


 ユウとしては年長者であるツクシに諌めてもらいたいと思うのだが、何故か一緒になってお国自慢を始めてしまっている。


「帝都には有名スイーツ、有名料理店ばかりでなく、民草の生活水準も高く、非情に過ごしやすいですし、各地方から集められた様々な特産品料理店がありますのよ?当然、ツクシ様のお国の料理店もございます。」


 最初に口火を切ったのはリリーだ。


「おお……」

「それはえらい楽しそうやねぇ……」


 リリーの主張に、他の二人がつばを飲みこむ。

 主に有名スイーツ、というところに惹かれているようだ。


「ふふん、リリーちゃん、確かに帝都はえらい良さそうなとこみたいやけど、うちにもすい~つはあるんよぅ。和菓子、ていいはります」


 何故か甘味を前面に押し出してツクシが対抗し始める。


「わがし……なんだろう、とても心惹かれる名前…」


 パティがまたもごくりとつばを飲み込む。


「き、聞いたことがありますわ、東国門外不出のような扱いでこちらには滅多に出てこないという幻のお菓子……甘いけど、甘さ控えめで、しかも体によくてダイエットにも……」


 リリーはそこまで言って、はっとツクシを見る。

 キモノ、という一風変わった服装をしている彼女はその服の上からでは正確には測りかねるが、かなりのスタイルを維持している。

 細い手足、そしてその帯の締め具合からわかるウェストの細さ、対比するように盛り上がった胸。


「うぅ……」


 思わず一歩引いてしまうリリー。どうやらパティもそれに気づいたようだ。

 リリーをみて、自分をみて、そしてユウを――


「なーに?」


 眉の釣りあがった笑顔があったので、ユウのほうは見ないことにした。


 とにかく、その圧倒的なスタイル、圧倒的な雰囲気に思わず神々しささえ覚えてしまう二人であった。


「うー…」


 それにしてもパティは困っていた。


 二人に張り合うようなものがいまいち浮かんでこない。

 自分の宿はそこそこ、料理もそこそこ、あるのは観光名所くらい…そうか!観光名所だ!


「ふ、ふふん。お二人ともがすごいのはわかりましたが、うちの村も中々なんですよ?」


 パティは腰に手を当てて胸を張る。


「あの村は、確かにいい村だとは思いますが……何か特別ありましたっけ?」


 小道に来るときや依頼でこの辺りに来たときは、大概リリーはパティの宿に滞在するからそこそこ村のことは知っているのだが、何か特徴のようなものがあったかと思う、いまひとつ浮かんでこない。


「なにもな……」

「何もないがある、いうんは、何もないってことなんよぅ?」

「むぐ……」


 ツクシに先制されてしまったパティ。

 この狐のような目をした女性はふふ、と笑いを浮かべてパティをみていた。

 うちの狐の剥製に加えてやろうか!

 なんて一瞬思うけど、それにしても反撃の手を一つつぶされてしまった。


 大人気ない、とユウはジト目でツクシを見ている。


「え、えーと、じゃあ、うちには勇者に縁のある……」

「それはうちもそうですえ?」

「帝都はむしろ発祥の地、とすら言えますしねぇ……」

「んぐ……」


 勇者ユウの滞在した、という特典はこの二人には通用しないようだ。

 それに、勇者ユウの名前を出したとたん、目の前の当の本人が縮こまって顔を赤くしてしまうから、これ以上はやめよう、と思ってしまう。

 リリーはわからないが、目の前のこの狐に似た女性はそれすらも肴にしてしまいそうな気がして、どうしても憚られてしまう。


「うー…あー…あ、登山! 登山出来ますよ! 最近は帝都の方でも山登りする女性が流行だっていうじゃないですか!」

「え、そうなん? ……そうなんか……登山女か……ええかもなぁ」


 パティの言葉にツクシが何かぶつぶつといい始めた。が、


「パティちゃん、それ間違ってる。山登りの服装をアレンジして作った服が帝都の若い女性の間で流行ってるのよ。可愛いのに定評がある!」


 ピシ! と、パティの背後で何かが割れるような音が聞こえた気がして、パティはがっくりとカウンターに突っ伏した。


「うぅ……どうせ田舎ですよ……何もないがありますよ……」

「あ、あら……」

「そんなつもりではなかったんですけれど……」


すっかり元気をなくしてしまったパティに二人はおろおろとする。


「ほ、ほらレッドフォックスっていい宿屋じゃないの……」

「有名スイーツも有名料理もないですけど……」

「う……」


 リリー撃沈。


「あ、ほら何もないがあるいうんは……」

「ないものはないんですよ……」

「うぅ……」


 ツクシ撃沈。


 その後もどうにかなだめようとする二人だったが、すっかり闇が入ってしまったパティには何を言っても轟沈させられてしまう。


「そ、そうだ。パティさんの村が一番近いじゃない、ここから!」

「あ、せやね!これは他にない特典やと思うよぅ?」

「……そ、そうかな?」


 すこし復活してきたのか、パティが突っ伏したままだった顔をすこしカウンターから浮かせた。


「そ、そうですわよ! パティさん。この『小道』のポータルはレッドフォックスしかありませんのよ?」

「そ、そうだよね。」

「うらやましいわ~、こんな美味しいコーヒーが毎日でも飲めるやなんて~」


 むくりと起き上がったパティ。


「そっかぁ、うちの村には『小道』があったんだ……」

「そうですわよ!」

「せやで!」


 ニコニコ顔に戻るパティ、そうしてまた故郷のいいとこ合戦が再開する。


 その中で一人神妙な顔をしてコーヒーをもったまま、ぷるぷると震えているのは、誰であろうユウだった。


(観光名所じゃないけどね、お客なんてこないけどね!)


 そんなユウに気づくことなく、三人娘のおしゃべりは続いていくのであった。


  ――ここは喫茶店『小道』


  最寄の宿はレッドフォックス


  レッドフォックス名物は親子喧嘩と温かい家庭料理、『小道』に御越しの際は、是非ご利用ください。


  皆様のご到着を心待ちにしております。


  ――レッドフォックス一同より 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

処理中です...