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お店番3 ~リリーとホヴィ(とジッチ)~
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「こう、かな」
椅子に腰掛けるとカウンターより一段低いところに物がおける小さなスペースがあって、そこに持参した本とコーヒーを置く。
コーヒーは自分で淹れたものにしたかったのだが、どうにも上手く淹れる事ができなくて結局従者であるジッチが淹れたものだ。
それにしたってユウのコーヒーには及ばない。それでも自分で入れたものより何倍もマシだ、というかコーヒーとしてのレベルは非常に高いといっていいだろう。
とにかく、コーヒーと本を置いて、足を組んで座る。冒険者としてのみだしなみとして、動きやすい服装を選んだ結果、少し短めのスカートだから少し気になるリリー。
けれど、どうせカウンターで見えないのだからと意を決して足を組み、片手にコーヒー、反対側の手で本を手に取る。
「そうでございますな」
横から執事たる威厳をもってジッチが応えた。
今日の店番はリリーとホヴィだ。
帰ってこないウォル達を心配して早めに店に来たリリーとホヴィは店に入るなり、残っていたお酒の匂いに顔をしかめた。
「お、おう、早いなお前たち」
散らかった酒瓶やゴミを回収しながらやってきた二人にバツの悪そうな顔をするウォル。
その後ろではジッチにトッチもまた同じように店内の掃除に掛かっていた。
「ふむ……君たちが……君たちは?」
パーティメンバーの様子を呆気に取られてみていた二人に聞きなれない声が問いかけてくる。
二人が同時に振り向くと、そこには全身をフードローブで覆った、どうみても怪しげな男が立っていた。
一瞬後ずさる二人。それに気付いたウォルがはははと笑った。
「フーディさん、こいつらが昨日話したうちの有望株のリリーとホヴィだ」
「あ、はじめまして、リリーです」
ウォルの紹介に、後ずさってしまった事が相手に失礼だったと思い直したリリーが短いスカートの裾をちょこんとつまんで貴族式の礼をする。
「あ、えと、どうもホヴィです」
遅れてホヴィも会釈する。
「ほう、ほう、そうかそうか、"君たち"がねぇ。うん、僕からみてもかなり有望だと思うねぇ」
なんだか嬉しそうに語るフーディにホヴィとリリーはわけがわからずに顔を見合わせる。
フードに隠れているからまったく表情はみえない、声色からなんとなく上機嫌なんだろうなと思えるくらいだ。
一種異様な雰囲気を醸し出す目の前の男にホヴィとリリーは少し引き気味だったが、彼の”有望”という言葉にちょっと表情を綻ばせる。
褒められるのはやはり嬉しいものだが、目の前の異様に褒められるのはなんだか妙な感じもする。
「それじゃあ僕はこれで。少年少女よ!頑張れ!」
フーディはサムズアップしてきらんと歯を輝かせる、ような仕草をするとそそくさと店を出て行った。
気がつくと、ウォル達3人も店の片づけを終えたようで、ジッチはリリーの傍に控え、トッチは玄関の傍にやってきて警戒を始める。
そのトッチの警戒網からフーディは既に出た後なのか、それともやはりトッチには捉えきれないのか、トッチは先ほど出て行ったフーディの気配を捉える事ができないでいた。
それはともかく、今日はリリーとホヴィ、そしてジッチが店番担当だから、リリーもホヴィもユウに指示されたとおり開店準備を始める。ジッチはリリーについてその都度手伝っていた。
(あまり甘やかすのもどうなんだろう)
そんなリリーとジッチを見てため息をつくホヴィだった。
開店準備も終わり、ウォルとトッチは後は任せると言い残して店を出て行った。
昨日の酒が残っているのだろうか、トッチはともかくウォルはなんとなくふらふらとおぼつかない足取りだった。
まぁ、トッチもいるし大丈夫だろう、とどことなく頼りなさげなリーダーを三人は見送った。
「こう、かな?」
「そうでございますな」
見送った後で、店の下げ看板を営業中にひっくり返すと、リリーは早速カウンターに陣取って、コーヒーと本を片手にカウンター内の椅子に座って呟く。
それに対してジッチが目を細めて応えていた。
(ユウスマイル、ならぬユウスタイル、ねぇ……)
半目でそんな二人のやり取りを眺めるホヴィ。
確かに、不意にここを訪れると決まってユウはコーヒーを片手に本を読んでいた。
リリーはそれを真似ているようなのだが、果たしてここは喫茶店である。それでいいのだろうか? と疑問に思うホヴィ。
とはいえ、客もいない、客が来る気配もないこの店ではその"ユウスタイル"こそふさわしいのかもしれないとも思う。
さて、酒盛りを始めてしまうような不肖のリーダーウォルとは違い、そつなく開店した今日の喫茶店『小道』。
ユウには及ばないものの、ジッチの入れるコーヒーや、さらにはリリーが持参した紅茶は中々のものであるし、リンが残していった焼菓子にもまた良くあう。
特に紅茶にいたっては、コーヒーとはまた別のアプローチでリンの菓子の美味しさを引き出していく。
それをして、
「思ったとおりですな」
とジッチはしたり顔でリンの菓子と紅茶のハーモニーを楽しんでいたようだ。
とはいえ客の来ないことに定評のあるこの『小道』では、それはもしかしたら宝の持ち腐れになる可能性もある。
もしユウがこの場にいたならすぐさまジッチに紅茶に関しての教えを請うであろう。
幸か不幸か今は不在のため、ある意味でジッチの面目は保たれたともいえる。
きっとユウが紅茶に手をだしたら、ジッチの紅茶を入れる手腕を程なく超えていってしまうだろうから。
リリーはコーヒーを片手に、本を読み薦める。今読んでいるのは帝都で人気の恋愛小説「チョコ混じりのココア」だ。
慣れない環境、というか、憧れの人の店の、憧れの人の席で、憧れの人の真似をしながらそこに佇むお嬢様は、少し落ち着かない様子で何度もコーヒーを口に運んでは頭にまったく入ってこない小説の中身をただその文字を見るだけに留め、何度も足を組み替えては、時折ため息をつく。
ジッチはその横でただ静かに控えている。
客が来ないのだから、ホヴィもすることがなくて、カウンターの隅に座ってジッチに出された紅茶をちびちびとやっては物思いに耽る。
ホヴィとしてはここ喫茶店『小道』といえば、勇者ユウよりも、魔族の娘であるリンの方が最初に思い浮かぶ。
可憐なウェイトレス姿、艶のある綺麗な黒髪、ぷっくりとして瑞々しい唇や、宝石を思わせるような赤い瞳。
そして何よりも彼女の笑顔。
本当ならば自分が今座っている席の目の前にいて、目をキラキラさせて客たちが自分の菓子を食べる様子をみていたり、そして笑ったりしているのだが、今はその姿はなくログハウスの丸みを帯びた木の壁があるばかりだ。
と、そこではっとして気付いて、ぶんぶんと首を振るホヴィ。
(なんでこんなこと考えてんだろ――)
以前に彼女に栞をあげたのは、彼女が本が好きだと聞いてたまたま彼女の黒髪のイメージによく合いそうな品物を見つけたからであって、本当にたまたまなのだ。
単なる偶然なのだ、他意はない。ましてやまだ子供。そう妹に何かプレゼントする感覚以外の何者でもない。
ホヴィは自分にそう言い訳をしながらも目の前にいないリンに思いを馳せては、またぶんぶんと首を振る。
一方で、リリーはユウの真似、コーヒーを飲みながら本を読んでいるが、その視界の端には自分より年下のどことなく頼りない少年冒険者の姿を捉えていた。
なんとなく気になるのだ。何度となく依頼を一緒にこなしていく中で、少し危なっかしかったり、言葉は立派なものの、やはり頼りないこの少年冒険者に対して、弟を見守るような、そしていざというときには彼を守らなければいけない、といったような保護者とか、姉とか、そのような感覚を覚えていた。
そのホヴィがさっきから壁を見つめてはぶんぶんと首を振っている。
憧れの場所で憧れの人への思慕に浸っていたのだが、どうにも視界の隅っこが騒がしくていけない。
リリーは一度本を閉じると、ホヴィの前へと立ちはだかった。
「さっきから騒がしい!何なの?」
「うぉっ!?」
目の前に整った顔立ちの少女が突然現れて、どっきりとびっくりが同時にホヴィを襲う。
腰に両手の甲をあててリリーがホヴィの顔を覗き込むようにしていた。
その眉はちょっと吊り上がっていて不愉快さを顔全体で表している。
「あ、ごめ、ちょっと考え事を……」
「いつお客さんがくるかわからないんだから、気を抜かない!」
ピシャリとホヴィを指差して言い放つ。
(いやいや、リリーだって似たようなもんじゃないか)
説得力のないリリーの言葉にホヴィは不満気だ。
「そういえばリリーはさ、どうしてそんなにユウさん好きなの?会ったのはこないだが初めてだったんでしょ?」
「え、勇者様を嫌いな人がいるの?」
「えー……まぁ、いないだろうけど……」
リリーの言葉にホヴィは腕を組んで片目で上を見ながら考え始める。
「まぁ、人間代表勇者からすれば面白くない相手、かもしれないけれど……」
「そうかもしれないわね。けど、私が人間代表勇者だとしてもユウ様のことは大好きよ?」
「いや、そりゃリリーはね……」
「何よ?」
ホヴィのなんだか含みのある言葉に不満気な表情のリリー。
「そんなに言うんだったら話してあげる、ユウ様は覚えてないと思うけれど、私は昔一度だけユウ様に会った事があるのよ」
*
帝国貴族の三女として生まれたリリーには物心ついた頃から将来の夢というものがなかった。
生まれた頃から決められた許婚がいたせいで、自分は将来その男の下へ嫁いで、何となく貴族夫人として生きていくのだろう、とそう思っていた。
歳の離れた姉が二人いるが、長女は父の言うがまま許婚のところへ嫁いでいたし、次女も進んで貴族夫人となるためのたしなみや作法を勉強し、いつでも嫁にいけると豪語していた。
リリーといえば、所謂「お転婆」であった。
家庭教師のくる時間に部屋を抜け出してすっぽかしかたり、時には庭先で見つけたカエルやカタツムリを教師にプレゼントして驚かせたり、そうでなくても屋敷から抜け出すなんてのは日常茶飯事だった。
リリーの父は大層心配した。姉二人とまったく違うリリーは果たして嫁にやれるのだろうか。
あるいはまだ子供だから将来的に落ち着いてほしい、いや落ち着かねばならないのだ。
まだ見ぬ将来の姿に思いを馳せては、屋敷を抜けてドロだらけになって帰ってくるリリーを見て、自分の理想とのギャップに辟易してしまうのだった。
だが、たまに屋敷を訪れるリリーと10以上歳の離れた許婚の男は「元気があってよい」といってくれる。その懐の深さに感服すると共に、リリーをこういう人に嫁がせては迷惑なのではないかとすら思うのであった。
その日はリリーの家が主催する舞踏会。
リリーの家は帝国でもそこそこ有力な貴族に位置していて、定期的にこういったパーティの幹事を任せられる。勿論個人でも行うのだが、この日はもっと特別なパーティだった。
次期皇帝がやってくる。
皇帝の嫡男がこのパーティに参加の意を表明していた。
そしてそのお目当てといえば……
このパーティは神託勇者の出現と皇帝の認可を祝うパーティであった。
メインは勇者ユウのお披露目という事になっているが、その実は勇者という絶対的な力へのコネクション造りが目的となっている。
多くの貴族が主催の名乗りをあげたが、皇帝によって指名されたのがリリーの父であった。
大変名誉なこと、ではあるが実際は、主催となればそれなりに本人に接する機会が多いかと思いきや、準備や対応に追われてコネクションを作る時間などない。
多くの名乗りをあげた貴族は中級から下級に属するものたちで、その実態を良く知らず、地位固めの為の立候補であった。
有力な貴族たちはこぞって名乗りをあげず、ただ参加だけはするという寸法だ。
主催するという実態をしっているからこその世渡り術とも言えよう。
その中で何故リリーの父に白羽の矢が立ったのか。
立候補したもののほとんどが中級から下級で、有力貴族で名乗りをあげたのはリリーの父と、アール家のものだけであった。
リリーの父とて、本当は名乗りをあげたくはなかったが、パーティの主催というのは貴族たちの間で持ち回りが決められていて次はリリーの父の番であったからだ。
そして結局リリーの家が主催を任せられる事になる。
仕事は仕事であるから、リリーの父は歯噛みしながらも勇者お披露目パーティの主催という大役をこなそうとしていた。
きっとコネクションを作る事はできない、そう思いながら。
けれど、結果的に見ればリリーの父は最も理想的な形で勇者ユウとのコネクションを築く事になるのだが――
さて、困ったのはそれだけではなく、皇帝の嫡男が参加の意を表明した事である。
貴族同士のパーティに皇室の人間が参加するというのは滅多にない。
有力貴族の声がけがあってようやく皇帝が動くこともあるが、それだって珍しいことである。
ただの勇者お披露目の、有力に名を連ねているとはいえ、そこそこでしかない貴族主催のパーティに皇室の人間が参加するというのはほぼありえない事だった。
その意を受けて、有力貴族ばかりかほかの貴族たちも色めき立つ。
勇者はさておき、次期皇帝へのコネクションが作れるかもしれない、と。
もっと言ってしまえば舞踏会にて自分の娘を見初めてもらえれば、晴れて皇室の仲間入りとなるわけだ。
そんな野望と欲望が交錯する中で、ついに舞踏会の幕は切って落とされた。
多くの貴族が勇者を、いや次期皇帝に媚びへつらう為に詰め掛ける。
用意したホールが手狭に見えるほど多くの貴族たちがそこに集結している。
一般的なホールであるそこはドアから入るとすぐ吹き抜けになっているだだっぴろい床があって、正面に階段がある。その階段は中二階から二股にわかれて二階のテラスへと続いている。
テラスからはホールの様子が良く見えるし、気品のある内装とあいまって実に荘厳な雰囲気を漂わせている。テラスからはバルコニーへと続いていて、夜の庭の景色を楽しむ事もできる。
続々と貴族が集まる中に、明らかに毛色の違う人物が一人混じっている。
そこそこ豪華なドレスを纏ってはいるものの、明らかに着慣れない服に、優雅とはいえない歩き方。
そして気品のあるとはとてもいえない顔立ち、どちからというと田舎の村娘のような雰囲気を持っている。
貴族たちは噂する。
誰だあれは、場所を間違えているんじゃないか
誰があんな気品の欠片もない人を呼んだのか
あれは平民だろう、これは貴族の集まりじゃなかったのか
口々にこそこそと噂を始める。
それを知ってか知らずかその娘は困惑した表情で辺りを見回しては下を向いて何事か呟いているようだった。
「まぁ……」
その娘に声をかけるものがいた。その人物は帝都でもかなりの有力な貴族であったから、思わず周りの人間からは驚きの声が漏れていた。
同時に、あの娘は何者なのかという疑問が周りの人間を襲う。
有力貴族は二言三言話すと、娘は何度もぺこりぺこりと頭を下げていた。
そこへまた別の貴族が娘に話しかけ、その度に娘は面食らったようにしてまたペコリと頭をさげるのであった。
そうこうしているうちに踊り場にとある人物が立ち、声を張り上げた。
「諸君、この度は勇者のお披露目にこんなに多くの方々がはせ参じてくれて本当に嬉しく思う。早速だが紹介しよう、このたび神託を授かった神託勇者、ユウ!」
注目が集まる。そこにいたのは次期皇帝である嫡男であった。
その凛々しい声と姿に男たちは目を見開いて威厳を認め、女性たちは頬を染めていた。
そして、その次期皇帝の紹介で踊り場へと連れてこられたのは、あの村娘であった。
どよめきが起こる。場違いな人間が紛れ込んでいるとさげすむように見ていた者たちは目を白黒させてユウが階段を昇る様を見ている。
「彼女がこの度の神託勇者である。皇帝に代わり皆にお願いを申し上げる。彼女の力になってくれるよう、よろしく頼む!」
次期皇帝が手を挙げ、ユウを紹介するように振舞うと、一度大きな拍手が巻き起こり、今度はユウに視線が集まった。
「あ、あの、よろしくお願いいたします」
困惑した表情のまま大きくはないがよく透る声でユウが一度貴族式にスカートの端をつまんで礼をし、そして微笑んだ――
その微笑みに一瞬その場はシンと静まり返る。
隣にいた次期皇帝ですらも声を失って、その横顔をじっとみつめているばかり。
(あ、あれ?)
静まり返ってしまった場内に、何かまずい事をしたのかとユウがあわてかけたその時、より一層大きな拍手と喝采が巻き起こった。
その間を置いた拍手喝采に、ユウもまた一瞬間をおいて、ぼうっと音を立てるように一瞬で顔を真っ赤にして思わずうつむいてしまう。
(うぇぇ…恥ずかしいよぅ)
ドレスも似合わない、周りを見れば皆気品あふれる人間ばかりだし、明らかに場違いだということはユウも認識していた。そしてそんな困惑の中次期皇帝に紹介され、段の上にあげられ、特に何もしていないのに拍手喝采を浴びせられる。
まだ何もなしていない、これからできるかどうかもわからないというのに、期待や好奇の目にさらされたユウは、恐らく勇者という肩書きが皆をそうさせるのだろうと思いつつも、やはり慣れないし場違いだし、恥ずかしくて穴があったら入りたいような気持ちに襲われていたのだ。
そんなユウの横顔をまた顔を赤らめて見つめる男――次期皇帝。
その次期皇帝の視線に気付いた有力貴族やその貴族の妙齢の娘たちはまた別の視線をユウに送る。
そしてユウはその視線に込められた意図をすぐに悟る。
こんなにも多くの好意や期待の視線のなか、あからさまにそういう視線が送られてくれば、鈍いユウにもすぐにわかる。
いや、まだ駆け出しではあるものの、冒険者としての経験がその視線に敏感に反応していた。
敵意――
それは命を奪うとか、そういうものではなかったにせよ、自分を何らかの意図で敵視しているということはユウにもわかった。
それも一つや二つではなく、複数感じられた。
元々居心地のよい場所でもなかったが余計に居心地が悪くなってしまったユウはもう一度礼をすると逃げるように階段を下りて言ってしまった。
そんなユウの後姿にはっとした次期皇帝がまたも声を張り上げる。
「勇者殿は、少々シャイなようだが……では皆! ゆっくりと晩餐とダンスを楽しんでくれたまえ」
そう言いのけてうやうやしく礼をした次期皇帝はすぐさまユウの後を追いかけた。
のだが、すぐに有力貴族やその娘に阻まれて断念せざるを得なくなってしまった。
(あれが、勇者様?)
そんな一部始終を柱にもたれかかりながらみていた少女。
豪華すぎず、質素すぎない子供用のドレスに身を包んだ彼女は階段を一足飛びで降りてきそうな勢いで駆けて行く女性の姿を目で追っていた。
父の指示で二人の姉と共に会場へとやってきたリリー。
ホストの娘としてパーティに参加するのはほぼ義務であり、多くの貴族と親交を持たせるという父の意図もあった。
一緒に居た二人の姉はいつの間にか場内に溶け込んでいて居場所が判明しない。
手持ち無沙汰になってしまったリリーは柱にもたれかかって給仕の運んでくるジュースを手に取り、つまらなさげに会場をみていたのだ。
その中でどよめきと、続いて男の声、拍手と喝采。
何がおきているのかと見てみれば、会場の中で浮いていた平民のような女性が次期皇帝と呼ばれている男に勇者として紹介され、その横でお辞儀をしているところであった。
それは貴族式の礼で、しかしどこかぎこちなくて、自分でももっと上手にできるのに、なんて風にリリーは思っていた。
リリーがかつて病床に臥せっていた母から聞かせられた様々な英雄譚の中には勇者の話も多くある。
所詮は昔話、ほんとかどうかもわかりゃしない、と少々ひねくれながらも母と話す事は大好きだったので黙って聞いていたお転婆リリー。
けれど、始めてみた"勇者"はそのお話のどれとも違って、なんだか頼りなさそうで、現実はやっぱりこんなものかと、思わずため息が出掛かったその時、顔を上げたその勇者の顔がリリーのそんな考えを跡形もなく吹き飛ばした。
笑顔――
とてつもない、形容の出来ない笑顔がそこにあった。
思わず手に持っていたグラスを落としそうになるほどに、リリーはその笑顔に一瞬で虜にされていたのだ。
(なんて……)
ぶるぶると肩が震えているのが自分でもわかる。自身を抱きしめるようにきゅっと身をすくめてうつむく
(なんて……なんてなんてなんて素敵な…!)
素敵などという陳腐な言葉では生ぬるいと思えるほどの衝撃だった。
一瞬静まり返った場内でリリーはもう一度勇者を見るために双眸を見開いた。
湧き上がる拍手喝采の中、顔を真っ赤にして俯いた彼女はそのまま踊り場を駆ける様にして降りていく。
リリーの視線はその一挙手一投足に釘付けになっていた。
(ステキ……ステキステキ!!)
そこには力強さや頼りがい、覇気にあふれていたり、勇敢そうな雰囲気とか、そんなありがちなステータスとは全く違う"笑顔"の勇者がいたのだ。
勇者といえば難敵を倒す強さ、人々に慕われるカリスマ、色んなものをもっている事が英雄譚からも読み取れるが、今目の前にいた勇者はそのどれでもない”笑顔”こそがその力であり、それは何人たりとも侵されざる、とても神聖なものにすら思える。
どんな武器でも、どんな魔法でもそれには適わない。
この場所にいる全ての人を一瞬でも呆けさせるほどの笑顔。
それこそがもしかしたら本当の強さというものなのかもしれない、とリリーは幼心に思う。
そして何故かはわからなかったが、その笑顔が自分を救ってくれるのだと信じて疑わなかった。
将来に何も見出せない、無気力な少女リリーに、初めて小さな炎が灯った瞬間だったのかもしれない。
「あの笑顔をもらったにもかかわらず、貴族様達はあいも変わらずユウ様のことはそっちのけで皇帝に詰め掛けていたわ。まぁ、でもおかげで少しだけユウ様と話す事ができたのだけれど」
リリーは得意げな顔でホヴィとジッチの顔を順番に見回して、話を続けた。
会場の外へと駆けて行ってしまったユウを尻目に貴族たちは次期皇帝の下へと挨拶と媚を売りに詰め掛けている。その中には姉たちの姿もあったように思える。
リリーは走り去ってしまったユウを追いかけて自分もホールの外へと走った。
リリーが追いかけたその人物はホールの玄関の階段に腰を下ろしてぼーっと庭の風景を眺めていた。
てっきりもう既にもっと遠くへといってしまったのではないかと思っていたリリーにとっては、少々拍子抜けであった。
ドレスが汚れるのもかまわずに階段に腰掛けて両手で頬を隠すようにして、その女性は外の様子を動かずに眺めているようだった。
意を決して、リリーは声を掛ける。
「あの、勇者様?」
「ふぇっ!? ……あ、こんばんはおじょうちゃ……お嬢様」
突然声を掛けられて一瞬びくっとして振り向いた女性は、目の前に少女を認めて、それから優しく微笑んだ。
その微笑にすら目を奪われて一瞬呆けてしまうリリー。心臓が早く大きく脈打って、思わず唾を飲み込んでしまう。
その飲み込む音すら、自分には、周りに響いているんじゃないかというくらい大きく聞こえた。
「あの、その……」
「あ、座る……座りますか? ……あぁ、ドレスがよごれちゃうか……」
「そのっ、いえっ!」
ユウの言葉に思わず叫んで、それからギコギコと関節が油を失って音を立てているんじゃないかというくらいカチカチに固まった手足をぎこちなく動かして、ちょこんとユウの隣に座った。
「み、みてました。とっても、ステキな……」
「いやぁ、あははぁ……お見苦しいところをみせちゃいまして…」
自分が子供だからなのか、ユウはすっかり緊張を解いて、後ろ手に頭を掻くような振りをする。
その仕草ですら、リリーのフィルタにかかればとてもステキなものに見えてしまう。
何より、面目なさそうながらも笑顔が崩れないのだから、リリーの胸は高鳴りっぱなしだ。
「見てわかるかもしれないけれど、今までこういうとこ、来たことなかったんですよ」
そういうとユウは、ふぅ、とため息をついて頬杖をつく。
虚空を見つめるそのユウの横顔は、リリーにはやはり素敵にしか見えない。まるで恋する乙女のようにユウを見つめ続けるリリー。しばしの沈黙が流れてから、リリーは意を決したように口を開いた。
「あ、あのっ、私も勇者様のようになれますか?」
勇者のようになる、それは具体的にどういうことなのかよくよく考えもせず出てきた言葉だった。
その言葉にふとユウは振り向いて何だか不安そうな期待しているような、色んな感情の混ざった少女の顔を見る。
「お嬢様は勇者になりたいのですか?」
そういうユウの目は真剣だ。決して子供だからおちょくったり、からかったりしようという意図は感じられない。少なくともリリーはそのユウの真剣な眼差しにそう思ったし、力強い瞳の光に思わず唾を飲み込んだ。
「いえっ、そのっ、勇者様のような素敵な女性になりたいのです!」
「え……?」
自分のどこをどうとれば素敵という言葉が出てくるのか、ユウは困惑する。
容姿は十人並み、気品もあるわけでもなく、ただの村娘がたまたま強い力を得て、勇者といわれるようになっただけ。出来るだけ人の力になろう、そのための力だろう、とそう思ってやれるだけやってきたという自負はあるものの、世の中には自分よりも遥かに人に貢献している人が沢山いる事も知っていた。まして、勇者としての活動はまだ始まったばかりである。目立つ功績なども挙げてはいなかった。
だから、神託勇者などと祀り上げられても自分はそれほどの事はしていない、と困惑するばかりなのだ。
ましてや、目の前の少女のように、「素敵です」と憧れられるようなことは何もない、とそう思っていた。
けれど、目の前のこの少女の期待を裏切る事もまた、ユウには出来ない。
「私みたいかぁ……ごめん、わからない」
「え……」
予想外のユウの言葉に目を伏せ、しゅんとするリリー。
「けど、そうだなぁ……お嬢様は、お嬢様のなりたいものになるといいんじゃないかな? なれる、なれないじゃなくて、なりたいものになろうとするのが大事、って受け売りだけどね」
ぺろっ、と舌を出して悪戯っぽく微笑む。
その微笑みにしゅんとしていた少女はユウを見上げ、目を丸くしていた。
「なりたいものに、なる?」
「そ、なりたいものになろうと頑張ればいいんだと思う。そしたらお嬢様は私なんかよりずっと素敵な女性になれるんじゃないかな?」
「……」
「だって、あなたの理想のあなたは、あなたにしかなれないんだよ?」
*
「そういって、ユウ様は微笑んでくれたの。とっても素敵だった。時間よ止まれ、なんて本気で思ったのは初めてだった」
「うらやましいかぎりですな」
「でしょ?そこから、私は私にしかなれない私を目指して、魔法と武術を覚えて、冒険者になることを決めたの」
「へぇ……」
ホヴィはリリーの話に、考え方を改めつつあった。
多少ミーハーでお嬢様気分が抜けないところはあるが、これまで一緒に行動を共にしてきて、魔法はかなりのもの、自衛のための武術も他の者には及ばないものの、最低限できている。
実際リリーの魔法に助けられて事もあった。
少なくとも貴族様のお遊びで冒険者をやっているわけではない、とホヴィは内心理解はしていたが、やはり所々に見える貴族の振る舞いや高飛車な態度がそれを納得させるまでには至っていなかった。
ここへきて、リリーが冒険者を目指した理由が、「なりたいものになる」という自分の一生懸命な思いからきているのだとわかり、ホヴィは知らぬうちに微笑んでいた。
「な、何笑ってるのよ? そんなにおかしかったかしら?」
「え、ち、違うよ。ただ、リリーは凄いなぁって」
「ふん、そう、私は凄いのよ!」
腕組みをしてふんとそっぽを向くリリーを、少し可愛いと思ってしまったホヴィは一寸頬を染める。
「何よ?」
「いや、そういうとこがさぁ……」
「なーにーよー?!」
詰め寄ってくるリリーにホヴィはたじたじになっている。
そんな二人を薄目で見守りながら、ジッチはリリーの入れたコーヒーを口に運ぶ。
(……今度はコーヒーと紅茶の淹れ方も、勉強せねばなりませんな、お嬢様)
喫茶店『小道』
今日は若い二人の冒険者がお店番。
お勧めはコーヒー、少女の夢と想いを、香りにのせて
椅子に腰掛けるとカウンターより一段低いところに物がおける小さなスペースがあって、そこに持参した本とコーヒーを置く。
コーヒーは自分で淹れたものにしたかったのだが、どうにも上手く淹れる事ができなくて結局従者であるジッチが淹れたものだ。
それにしたってユウのコーヒーには及ばない。それでも自分で入れたものより何倍もマシだ、というかコーヒーとしてのレベルは非常に高いといっていいだろう。
とにかく、コーヒーと本を置いて、足を組んで座る。冒険者としてのみだしなみとして、動きやすい服装を選んだ結果、少し短めのスカートだから少し気になるリリー。
けれど、どうせカウンターで見えないのだからと意を決して足を組み、片手にコーヒー、反対側の手で本を手に取る。
「そうでございますな」
横から執事たる威厳をもってジッチが応えた。
今日の店番はリリーとホヴィだ。
帰ってこないウォル達を心配して早めに店に来たリリーとホヴィは店に入るなり、残っていたお酒の匂いに顔をしかめた。
「お、おう、早いなお前たち」
散らかった酒瓶やゴミを回収しながらやってきた二人にバツの悪そうな顔をするウォル。
その後ろではジッチにトッチもまた同じように店内の掃除に掛かっていた。
「ふむ……君たちが……君たちは?」
パーティメンバーの様子を呆気に取られてみていた二人に聞きなれない声が問いかけてくる。
二人が同時に振り向くと、そこには全身をフードローブで覆った、どうみても怪しげな男が立っていた。
一瞬後ずさる二人。それに気付いたウォルがはははと笑った。
「フーディさん、こいつらが昨日話したうちの有望株のリリーとホヴィだ」
「あ、はじめまして、リリーです」
ウォルの紹介に、後ずさってしまった事が相手に失礼だったと思い直したリリーが短いスカートの裾をちょこんとつまんで貴族式の礼をする。
「あ、えと、どうもホヴィです」
遅れてホヴィも会釈する。
「ほう、ほう、そうかそうか、"君たち"がねぇ。うん、僕からみてもかなり有望だと思うねぇ」
なんだか嬉しそうに語るフーディにホヴィとリリーはわけがわからずに顔を見合わせる。
フードに隠れているからまったく表情はみえない、声色からなんとなく上機嫌なんだろうなと思えるくらいだ。
一種異様な雰囲気を醸し出す目の前の男にホヴィとリリーは少し引き気味だったが、彼の”有望”という言葉にちょっと表情を綻ばせる。
褒められるのはやはり嬉しいものだが、目の前の異様に褒められるのはなんだか妙な感じもする。
「それじゃあ僕はこれで。少年少女よ!頑張れ!」
フーディはサムズアップしてきらんと歯を輝かせる、ような仕草をするとそそくさと店を出て行った。
気がつくと、ウォル達3人も店の片づけを終えたようで、ジッチはリリーの傍に控え、トッチは玄関の傍にやってきて警戒を始める。
そのトッチの警戒網からフーディは既に出た後なのか、それともやはりトッチには捉えきれないのか、トッチは先ほど出て行ったフーディの気配を捉える事ができないでいた。
それはともかく、今日はリリーとホヴィ、そしてジッチが店番担当だから、リリーもホヴィもユウに指示されたとおり開店準備を始める。ジッチはリリーについてその都度手伝っていた。
(あまり甘やかすのもどうなんだろう)
そんなリリーとジッチを見てため息をつくホヴィだった。
開店準備も終わり、ウォルとトッチは後は任せると言い残して店を出て行った。
昨日の酒が残っているのだろうか、トッチはともかくウォルはなんとなくふらふらとおぼつかない足取りだった。
まぁ、トッチもいるし大丈夫だろう、とどことなく頼りなさげなリーダーを三人は見送った。
「こう、かな?」
「そうでございますな」
見送った後で、店の下げ看板を営業中にひっくり返すと、リリーは早速カウンターに陣取って、コーヒーと本を片手にカウンター内の椅子に座って呟く。
それに対してジッチが目を細めて応えていた。
(ユウスマイル、ならぬユウスタイル、ねぇ……)
半目でそんな二人のやり取りを眺めるホヴィ。
確かに、不意にここを訪れると決まってユウはコーヒーを片手に本を読んでいた。
リリーはそれを真似ているようなのだが、果たしてここは喫茶店である。それでいいのだろうか? と疑問に思うホヴィ。
とはいえ、客もいない、客が来る気配もないこの店ではその"ユウスタイル"こそふさわしいのかもしれないとも思う。
さて、酒盛りを始めてしまうような不肖のリーダーウォルとは違い、そつなく開店した今日の喫茶店『小道』。
ユウには及ばないものの、ジッチの入れるコーヒーや、さらにはリリーが持参した紅茶は中々のものであるし、リンが残していった焼菓子にもまた良くあう。
特に紅茶にいたっては、コーヒーとはまた別のアプローチでリンの菓子の美味しさを引き出していく。
それをして、
「思ったとおりですな」
とジッチはしたり顔でリンの菓子と紅茶のハーモニーを楽しんでいたようだ。
とはいえ客の来ないことに定評のあるこの『小道』では、それはもしかしたら宝の持ち腐れになる可能性もある。
もしユウがこの場にいたならすぐさまジッチに紅茶に関しての教えを請うであろう。
幸か不幸か今は不在のため、ある意味でジッチの面目は保たれたともいえる。
きっとユウが紅茶に手をだしたら、ジッチの紅茶を入れる手腕を程なく超えていってしまうだろうから。
リリーはコーヒーを片手に、本を読み薦める。今読んでいるのは帝都で人気の恋愛小説「チョコ混じりのココア」だ。
慣れない環境、というか、憧れの人の店の、憧れの人の席で、憧れの人の真似をしながらそこに佇むお嬢様は、少し落ち着かない様子で何度もコーヒーを口に運んでは頭にまったく入ってこない小説の中身をただその文字を見るだけに留め、何度も足を組み替えては、時折ため息をつく。
ジッチはその横でただ静かに控えている。
客が来ないのだから、ホヴィもすることがなくて、カウンターの隅に座ってジッチに出された紅茶をちびちびとやっては物思いに耽る。
ホヴィとしてはここ喫茶店『小道』といえば、勇者ユウよりも、魔族の娘であるリンの方が最初に思い浮かぶ。
可憐なウェイトレス姿、艶のある綺麗な黒髪、ぷっくりとして瑞々しい唇や、宝石を思わせるような赤い瞳。
そして何よりも彼女の笑顔。
本当ならば自分が今座っている席の目の前にいて、目をキラキラさせて客たちが自分の菓子を食べる様子をみていたり、そして笑ったりしているのだが、今はその姿はなくログハウスの丸みを帯びた木の壁があるばかりだ。
と、そこではっとして気付いて、ぶんぶんと首を振るホヴィ。
(なんでこんなこと考えてんだろ――)
以前に彼女に栞をあげたのは、彼女が本が好きだと聞いてたまたま彼女の黒髪のイメージによく合いそうな品物を見つけたからであって、本当にたまたまなのだ。
単なる偶然なのだ、他意はない。ましてやまだ子供。そう妹に何かプレゼントする感覚以外の何者でもない。
ホヴィは自分にそう言い訳をしながらも目の前にいないリンに思いを馳せては、またぶんぶんと首を振る。
一方で、リリーはユウの真似、コーヒーを飲みながら本を読んでいるが、その視界の端には自分より年下のどことなく頼りない少年冒険者の姿を捉えていた。
なんとなく気になるのだ。何度となく依頼を一緒にこなしていく中で、少し危なっかしかったり、言葉は立派なものの、やはり頼りないこの少年冒険者に対して、弟を見守るような、そしていざというときには彼を守らなければいけない、といったような保護者とか、姉とか、そのような感覚を覚えていた。
そのホヴィがさっきから壁を見つめてはぶんぶんと首を振っている。
憧れの場所で憧れの人への思慕に浸っていたのだが、どうにも視界の隅っこが騒がしくていけない。
リリーは一度本を閉じると、ホヴィの前へと立ちはだかった。
「さっきから騒がしい!何なの?」
「うぉっ!?」
目の前に整った顔立ちの少女が突然現れて、どっきりとびっくりが同時にホヴィを襲う。
腰に両手の甲をあててリリーがホヴィの顔を覗き込むようにしていた。
その眉はちょっと吊り上がっていて不愉快さを顔全体で表している。
「あ、ごめ、ちょっと考え事を……」
「いつお客さんがくるかわからないんだから、気を抜かない!」
ピシャリとホヴィを指差して言い放つ。
(いやいや、リリーだって似たようなもんじゃないか)
説得力のないリリーの言葉にホヴィは不満気だ。
「そういえばリリーはさ、どうしてそんなにユウさん好きなの?会ったのはこないだが初めてだったんでしょ?」
「え、勇者様を嫌いな人がいるの?」
「えー……まぁ、いないだろうけど……」
リリーの言葉にホヴィは腕を組んで片目で上を見ながら考え始める。
「まぁ、人間代表勇者からすれば面白くない相手、かもしれないけれど……」
「そうかもしれないわね。けど、私が人間代表勇者だとしてもユウ様のことは大好きよ?」
「いや、そりゃリリーはね……」
「何よ?」
ホヴィのなんだか含みのある言葉に不満気な表情のリリー。
「そんなに言うんだったら話してあげる、ユウ様は覚えてないと思うけれど、私は昔一度だけユウ様に会った事があるのよ」
*
帝国貴族の三女として生まれたリリーには物心ついた頃から将来の夢というものがなかった。
生まれた頃から決められた許婚がいたせいで、自分は将来その男の下へ嫁いで、何となく貴族夫人として生きていくのだろう、とそう思っていた。
歳の離れた姉が二人いるが、長女は父の言うがまま許婚のところへ嫁いでいたし、次女も進んで貴族夫人となるためのたしなみや作法を勉強し、いつでも嫁にいけると豪語していた。
リリーといえば、所謂「お転婆」であった。
家庭教師のくる時間に部屋を抜け出してすっぽかしかたり、時には庭先で見つけたカエルやカタツムリを教師にプレゼントして驚かせたり、そうでなくても屋敷から抜け出すなんてのは日常茶飯事だった。
リリーの父は大層心配した。姉二人とまったく違うリリーは果たして嫁にやれるのだろうか。
あるいはまだ子供だから将来的に落ち着いてほしい、いや落ち着かねばならないのだ。
まだ見ぬ将来の姿に思いを馳せては、屋敷を抜けてドロだらけになって帰ってくるリリーを見て、自分の理想とのギャップに辟易してしまうのだった。
だが、たまに屋敷を訪れるリリーと10以上歳の離れた許婚の男は「元気があってよい」といってくれる。その懐の深さに感服すると共に、リリーをこういう人に嫁がせては迷惑なのではないかとすら思うのであった。
その日はリリーの家が主催する舞踏会。
リリーの家は帝国でもそこそこ有力な貴族に位置していて、定期的にこういったパーティの幹事を任せられる。勿論個人でも行うのだが、この日はもっと特別なパーティだった。
次期皇帝がやってくる。
皇帝の嫡男がこのパーティに参加の意を表明していた。
そしてそのお目当てといえば……
このパーティは神託勇者の出現と皇帝の認可を祝うパーティであった。
メインは勇者ユウのお披露目という事になっているが、その実は勇者という絶対的な力へのコネクション造りが目的となっている。
多くの貴族が主催の名乗りをあげたが、皇帝によって指名されたのがリリーの父であった。
大変名誉なこと、ではあるが実際は、主催となればそれなりに本人に接する機会が多いかと思いきや、準備や対応に追われてコネクションを作る時間などない。
多くの名乗りをあげた貴族は中級から下級に属するものたちで、その実態を良く知らず、地位固めの為の立候補であった。
有力な貴族たちはこぞって名乗りをあげず、ただ参加だけはするという寸法だ。
主催するという実態をしっているからこその世渡り術とも言えよう。
その中で何故リリーの父に白羽の矢が立ったのか。
立候補したもののほとんどが中級から下級で、有力貴族で名乗りをあげたのはリリーの父と、アール家のものだけであった。
リリーの父とて、本当は名乗りをあげたくはなかったが、パーティの主催というのは貴族たちの間で持ち回りが決められていて次はリリーの父の番であったからだ。
そして結局リリーの家が主催を任せられる事になる。
仕事は仕事であるから、リリーの父は歯噛みしながらも勇者お披露目パーティの主催という大役をこなそうとしていた。
きっとコネクションを作る事はできない、そう思いながら。
けれど、結果的に見ればリリーの父は最も理想的な形で勇者ユウとのコネクションを築く事になるのだが――
さて、困ったのはそれだけではなく、皇帝の嫡男が参加の意を表明した事である。
貴族同士のパーティに皇室の人間が参加するというのは滅多にない。
有力貴族の声がけがあってようやく皇帝が動くこともあるが、それだって珍しいことである。
ただの勇者お披露目の、有力に名を連ねているとはいえ、そこそこでしかない貴族主催のパーティに皇室の人間が参加するというのはほぼありえない事だった。
その意を受けて、有力貴族ばかりかほかの貴族たちも色めき立つ。
勇者はさておき、次期皇帝へのコネクションが作れるかもしれない、と。
もっと言ってしまえば舞踏会にて自分の娘を見初めてもらえれば、晴れて皇室の仲間入りとなるわけだ。
そんな野望と欲望が交錯する中で、ついに舞踏会の幕は切って落とされた。
多くの貴族が勇者を、いや次期皇帝に媚びへつらう為に詰め掛ける。
用意したホールが手狭に見えるほど多くの貴族たちがそこに集結している。
一般的なホールであるそこはドアから入るとすぐ吹き抜けになっているだだっぴろい床があって、正面に階段がある。その階段は中二階から二股にわかれて二階のテラスへと続いている。
テラスからはホールの様子が良く見えるし、気品のある内装とあいまって実に荘厳な雰囲気を漂わせている。テラスからはバルコニーへと続いていて、夜の庭の景色を楽しむ事もできる。
続々と貴族が集まる中に、明らかに毛色の違う人物が一人混じっている。
そこそこ豪華なドレスを纏ってはいるものの、明らかに着慣れない服に、優雅とはいえない歩き方。
そして気品のあるとはとてもいえない顔立ち、どちからというと田舎の村娘のような雰囲気を持っている。
貴族たちは噂する。
誰だあれは、場所を間違えているんじゃないか
誰があんな気品の欠片もない人を呼んだのか
あれは平民だろう、これは貴族の集まりじゃなかったのか
口々にこそこそと噂を始める。
それを知ってか知らずかその娘は困惑した表情で辺りを見回しては下を向いて何事か呟いているようだった。
「まぁ……」
その娘に声をかけるものがいた。その人物は帝都でもかなりの有力な貴族であったから、思わず周りの人間からは驚きの声が漏れていた。
同時に、あの娘は何者なのかという疑問が周りの人間を襲う。
有力貴族は二言三言話すと、娘は何度もぺこりぺこりと頭を下げていた。
そこへまた別の貴族が娘に話しかけ、その度に娘は面食らったようにしてまたペコリと頭をさげるのであった。
そうこうしているうちに踊り場にとある人物が立ち、声を張り上げた。
「諸君、この度は勇者のお披露目にこんなに多くの方々がはせ参じてくれて本当に嬉しく思う。早速だが紹介しよう、このたび神託を授かった神託勇者、ユウ!」
注目が集まる。そこにいたのは次期皇帝である嫡男であった。
その凛々しい声と姿に男たちは目を見開いて威厳を認め、女性たちは頬を染めていた。
そして、その次期皇帝の紹介で踊り場へと連れてこられたのは、あの村娘であった。
どよめきが起こる。場違いな人間が紛れ込んでいるとさげすむように見ていた者たちは目を白黒させてユウが階段を昇る様を見ている。
「彼女がこの度の神託勇者である。皇帝に代わり皆にお願いを申し上げる。彼女の力になってくれるよう、よろしく頼む!」
次期皇帝が手を挙げ、ユウを紹介するように振舞うと、一度大きな拍手が巻き起こり、今度はユウに視線が集まった。
「あ、あの、よろしくお願いいたします」
困惑した表情のまま大きくはないがよく透る声でユウが一度貴族式にスカートの端をつまんで礼をし、そして微笑んだ――
その微笑みに一瞬その場はシンと静まり返る。
隣にいた次期皇帝ですらも声を失って、その横顔をじっとみつめているばかり。
(あ、あれ?)
静まり返ってしまった場内に、何かまずい事をしたのかとユウがあわてかけたその時、より一層大きな拍手と喝采が巻き起こった。
その間を置いた拍手喝采に、ユウもまた一瞬間をおいて、ぼうっと音を立てるように一瞬で顔を真っ赤にして思わずうつむいてしまう。
(うぇぇ…恥ずかしいよぅ)
ドレスも似合わない、周りを見れば皆気品あふれる人間ばかりだし、明らかに場違いだということはユウも認識していた。そしてそんな困惑の中次期皇帝に紹介され、段の上にあげられ、特に何もしていないのに拍手喝采を浴びせられる。
まだ何もなしていない、これからできるかどうかもわからないというのに、期待や好奇の目にさらされたユウは、恐らく勇者という肩書きが皆をそうさせるのだろうと思いつつも、やはり慣れないし場違いだし、恥ずかしくて穴があったら入りたいような気持ちに襲われていたのだ。
そんなユウの横顔をまた顔を赤らめて見つめる男――次期皇帝。
その次期皇帝の視線に気付いた有力貴族やその貴族の妙齢の娘たちはまた別の視線をユウに送る。
そしてユウはその視線に込められた意図をすぐに悟る。
こんなにも多くの好意や期待の視線のなか、あからさまにそういう視線が送られてくれば、鈍いユウにもすぐにわかる。
いや、まだ駆け出しではあるものの、冒険者としての経験がその視線に敏感に反応していた。
敵意――
それは命を奪うとか、そういうものではなかったにせよ、自分を何らかの意図で敵視しているということはユウにもわかった。
それも一つや二つではなく、複数感じられた。
元々居心地のよい場所でもなかったが余計に居心地が悪くなってしまったユウはもう一度礼をすると逃げるように階段を下りて言ってしまった。
そんなユウの後姿にはっとした次期皇帝がまたも声を張り上げる。
「勇者殿は、少々シャイなようだが……では皆! ゆっくりと晩餐とダンスを楽しんでくれたまえ」
そう言いのけてうやうやしく礼をした次期皇帝はすぐさまユウの後を追いかけた。
のだが、すぐに有力貴族やその娘に阻まれて断念せざるを得なくなってしまった。
(あれが、勇者様?)
そんな一部始終を柱にもたれかかりながらみていた少女。
豪華すぎず、質素すぎない子供用のドレスに身を包んだ彼女は階段を一足飛びで降りてきそうな勢いで駆けて行く女性の姿を目で追っていた。
父の指示で二人の姉と共に会場へとやってきたリリー。
ホストの娘としてパーティに参加するのはほぼ義務であり、多くの貴族と親交を持たせるという父の意図もあった。
一緒に居た二人の姉はいつの間にか場内に溶け込んでいて居場所が判明しない。
手持ち無沙汰になってしまったリリーは柱にもたれかかって給仕の運んでくるジュースを手に取り、つまらなさげに会場をみていたのだ。
その中でどよめきと、続いて男の声、拍手と喝采。
何がおきているのかと見てみれば、会場の中で浮いていた平民のような女性が次期皇帝と呼ばれている男に勇者として紹介され、その横でお辞儀をしているところであった。
それは貴族式の礼で、しかしどこかぎこちなくて、自分でももっと上手にできるのに、なんて風にリリーは思っていた。
リリーがかつて病床に臥せっていた母から聞かせられた様々な英雄譚の中には勇者の話も多くある。
所詮は昔話、ほんとかどうかもわかりゃしない、と少々ひねくれながらも母と話す事は大好きだったので黙って聞いていたお転婆リリー。
けれど、始めてみた"勇者"はそのお話のどれとも違って、なんだか頼りなさそうで、現実はやっぱりこんなものかと、思わずため息が出掛かったその時、顔を上げたその勇者の顔がリリーのそんな考えを跡形もなく吹き飛ばした。
笑顔――
とてつもない、形容の出来ない笑顔がそこにあった。
思わず手に持っていたグラスを落としそうになるほどに、リリーはその笑顔に一瞬で虜にされていたのだ。
(なんて……)
ぶるぶると肩が震えているのが自分でもわかる。自身を抱きしめるようにきゅっと身をすくめてうつむく
(なんて……なんてなんてなんて素敵な…!)
素敵などという陳腐な言葉では生ぬるいと思えるほどの衝撃だった。
一瞬静まり返った場内でリリーはもう一度勇者を見るために双眸を見開いた。
湧き上がる拍手喝采の中、顔を真っ赤にして俯いた彼女はそのまま踊り場を駆ける様にして降りていく。
リリーの視線はその一挙手一投足に釘付けになっていた。
(ステキ……ステキステキ!!)
そこには力強さや頼りがい、覇気にあふれていたり、勇敢そうな雰囲気とか、そんなありがちなステータスとは全く違う"笑顔"の勇者がいたのだ。
勇者といえば難敵を倒す強さ、人々に慕われるカリスマ、色んなものをもっている事が英雄譚からも読み取れるが、今目の前にいた勇者はそのどれでもない”笑顔”こそがその力であり、それは何人たりとも侵されざる、とても神聖なものにすら思える。
どんな武器でも、どんな魔法でもそれには適わない。
この場所にいる全ての人を一瞬でも呆けさせるほどの笑顔。
それこそがもしかしたら本当の強さというものなのかもしれない、とリリーは幼心に思う。
そして何故かはわからなかったが、その笑顔が自分を救ってくれるのだと信じて疑わなかった。
将来に何も見出せない、無気力な少女リリーに、初めて小さな炎が灯った瞬間だったのかもしれない。
「あの笑顔をもらったにもかかわらず、貴族様達はあいも変わらずユウ様のことはそっちのけで皇帝に詰め掛けていたわ。まぁ、でもおかげで少しだけユウ様と話す事ができたのだけれど」
リリーは得意げな顔でホヴィとジッチの顔を順番に見回して、話を続けた。
会場の外へと駆けて行ってしまったユウを尻目に貴族たちは次期皇帝の下へと挨拶と媚を売りに詰め掛けている。その中には姉たちの姿もあったように思える。
リリーは走り去ってしまったユウを追いかけて自分もホールの外へと走った。
リリーが追いかけたその人物はホールの玄関の階段に腰を下ろしてぼーっと庭の風景を眺めていた。
てっきりもう既にもっと遠くへといってしまったのではないかと思っていたリリーにとっては、少々拍子抜けであった。
ドレスが汚れるのもかまわずに階段に腰掛けて両手で頬を隠すようにして、その女性は外の様子を動かずに眺めているようだった。
意を決して、リリーは声を掛ける。
「あの、勇者様?」
「ふぇっ!? ……あ、こんばんはおじょうちゃ……お嬢様」
突然声を掛けられて一瞬びくっとして振り向いた女性は、目の前に少女を認めて、それから優しく微笑んだ。
その微笑にすら目を奪われて一瞬呆けてしまうリリー。心臓が早く大きく脈打って、思わず唾を飲み込んでしまう。
その飲み込む音すら、自分には、周りに響いているんじゃないかというくらい大きく聞こえた。
「あの、その……」
「あ、座る……座りますか? ……あぁ、ドレスがよごれちゃうか……」
「そのっ、いえっ!」
ユウの言葉に思わず叫んで、それからギコギコと関節が油を失って音を立てているんじゃないかというくらいカチカチに固まった手足をぎこちなく動かして、ちょこんとユウの隣に座った。
「み、みてました。とっても、ステキな……」
「いやぁ、あははぁ……お見苦しいところをみせちゃいまして…」
自分が子供だからなのか、ユウはすっかり緊張を解いて、後ろ手に頭を掻くような振りをする。
その仕草ですら、リリーのフィルタにかかればとてもステキなものに見えてしまう。
何より、面目なさそうながらも笑顔が崩れないのだから、リリーの胸は高鳴りっぱなしだ。
「見てわかるかもしれないけれど、今までこういうとこ、来たことなかったんですよ」
そういうとユウは、ふぅ、とため息をついて頬杖をつく。
虚空を見つめるそのユウの横顔は、リリーにはやはり素敵にしか見えない。まるで恋する乙女のようにユウを見つめ続けるリリー。しばしの沈黙が流れてから、リリーは意を決したように口を開いた。
「あ、あのっ、私も勇者様のようになれますか?」
勇者のようになる、それは具体的にどういうことなのかよくよく考えもせず出てきた言葉だった。
その言葉にふとユウは振り向いて何だか不安そうな期待しているような、色んな感情の混ざった少女の顔を見る。
「お嬢様は勇者になりたいのですか?」
そういうユウの目は真剣だ。決して子供だからおちょくったり、からかったりしようという意図は感じられない。少なくともリリーはそのユウの真剣な眼差しにそう思ったし、力強い瞳の光に思わず唾を飲み込んだ。
「いえっ、そのっ、勇者様のような素敵な女性になりたいのです!」
「え……?」
自分のどこをどうとれば素敵という言葉が出てくるのか、ユウは困惑する。
容姿は十人並み、気品もあるわけでもなく、ただの村娘がたまたま強い力を得て、勇者といわれるようになっただけ。出来るだけ人の力になろう、そのための力だろう、とそう思ってやれるだけやってきたという自負はあるものの、世の中には自分よりも遥かに人に貢献している人が沢山いる事も知っていた。まして、勇者としての活動はまだ始まったばかりである。目立つ功績なども挙げてはいなかった。
だから、神託勇者などと祀り上げられても自分はそれほどの事はしていない、と困惑するばかりなのだ。
ましてや、目の前の少女のように、「素敵です」と憧れられるようなことは何もない、とそう思っていた。
けれど、目の前のこの少女の期待を裏切る事もまた、ユウには出来ない。
「私みたいかぁ……ごめん、わからない」
「え……」
予想外のユウの言葉に目を伏せ、しゅんとするリリー。
「けど、そうだなぁ……お嬢様は、お嬢様のなりたいものになるといいんじゃないかな? なれる、なれないじゃなくて、なりたいものになろうとするのが大事、って受け売りだけどね」
ぺろっ、と舌を出して悪戯っぽく微笑む。
その微笑みにしゅんとしていた少女はユウを見上げ、目を丸くしていた。
「なりたいものに、なる?」
「そ、なりたいものになろうと頑張ればいいんだと思う。そしたらお嬢様は私なんかよりずっと素敵な女性になれるんじゃないかな?」
「……」
「だって、あなたの理想のあなたは、あなたにしかなれないんだよ?」
*
「そういって、ユウ様は微笑んでくれたの。とっても素敵だった。時間よ止まれ、なんて本気で思ったのは初めてだった」
「うらやましいかぎりですな」
「でしょ?そこから、私は私にしかなれない私を目指して、魔法と武術を覚えて、冒険者になることを決めたの」
「へぇ……」
ホヴィはリリーの話に、考え方を改めつつあった。
多少ミーハーでお嬢様気分が抜けないところはあるが、これまで一緒に行動を共にしてきて、魔法はかなりのもの、自衛のための武術も他の者には及ばないものの、最低限できている。
実際リリーの魔法に助けられて事もあった。
少なくとも貴族様のお遊びで冒険者をやっているわけではない、とホヴィは内心理解はしていたが、やはり所々に見える貴族の振る舞いや高飛車な態度がそれを納得させるまでには至っていなかった。
ここへきて、リリーが冒険者を目指した理由が、「なりたいものになる」という自分の一生懸命な思いからきているのだとわかり、ホヴィは知らぬうちに微笑んでいた。
「な、何笑ってるのよ? そんなにおかしかったかしら?」
「え、ち、違うよ。ただ、リリーは凄いなぁって」
「ふん、そう、私は凄いのよ!」
腕組みをしてふんとそっぽを向くリリーを、少し可愛いと思ってしまったホヴィは一寸頬を染める。
「何よ?」
「いや、そういうとこがさぁ……」
「なーにーよー?!」
詰め寄ってくるリリーにホヴィはたじたじになっている。
そんな二人を薄目で見守りながら、ジッチはリリーの入れたコーヒーを口に運ぶ。
(……今度はコーヒーと紅茶の淹れ方も、勉強せねばなりませんな、お嬢様)
喫茶店『小道』
今日は若い二人の冒険者がお店番。
お勧めはコーヒー、少女の夢と想いを、香りにのせて
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