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お店番1 ~パティとトリシャ~
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「いらっしゃいませ~」
などといってみたところで店内には誰もおらず、ただその声ばかりがむなしく響く。
「……いや、いいんだけどさぁ、でもさぁ」
ここは喫茶店『小道』。
勇者が経営している喫茶店。
のはずなのだが、カウンターの奥で本を読みながらコーヒーを飲んでいるのはいつものあの笑顔の素敵な女性ではない。
いや、語弊のないように言っておくが、今カウンターにいる女性だって素敵な女性だ。
「なんちゃって」
そんな事を考えていたのは『小道』から一番近い村の宿屋「レッドフォックス」の看板娘、パティだ。
そもそも何故パティがカウンターの奥で、ユウよろしく本を読みながらコーヒーを飲んでいるのか。
十日ほど前にユウは突然レッドフォックスへとやってきて、パティに頼みごとをしていったのだ。
「しばらく店を離れるから店番をお願いできないか?」
と。
そのユウの願いに、パティは一も二もなく了承した。側にいたトリシャも、客を装って監視しておきます、と意気込む。
流石に、パティの父親は「うちの看板娘をとらないでほしい」とでもいいたげに、渋い顔をしていたが。
さて、そういうわけで早速指定された日に店番に来て見たわけだったのだが。
「すんごい、暇。時間の流れが遅く感じるうー!」
両手両足を投げ出してカウンターの中に据え付けてあった椅子にどっと倒れこんだ。
「あー、もうまだお昼にもなってないー!あ、お昼ご飯何にしようかな?」
一応店番を任されているという事をわかっているのかいないのか、まだ午前中だというのにパティのやる気はほぼゼロに近いようだった。
「サボリ魔め」
カランカランとドアに据え付けてあるベルがなると同時にそんな声がする。
「あ、トリシャ姉!」
「あ、トリシャ姉!じゃなくて、いらっしゃいませ、そして必殺笑顔でしょ!」
「あー」
やってきたのはトリシャだった。腕を組んで入り口で仁王立ちしている。
「それは、無理。ほら」
そういいながらパティがニカッと笑ってみせる。
「うん、まるで違うわね。」
「そんなはっきり言わなくても……」
とはいえ、パティにはパティなりの魅力というものがあって、今の笑顔だって見る人が見れば十分に素敵な笑顔だと、トリシャは思う、決して口に出しはしないが。
「まぁ、とりあえずトリシャ姉、いらっしゃいませ!」
「今更ね」
「ままま、そういわずに、ラテでもどうですかい?」
コーヒーを入れる手順はユウに何度か教えてもらって、そこそこのものを出す事ができる。
そして、今回は自宅の宿屋「レッドフォックス」でも客に出している新鮮な牛乳も持参している。
といっても、同じ牧場の牛乳をユウの店でも買い付けているらしいのだが。
「ふぅ、しょうがないわね。一杯いただこうかしら?」
腕組みを解いてやれやれといった風にトリシャはカウンターに座った。
「はい、どうぞ~」
トリシャが席についてちょっとして湯気の立つカップが出された。
「ん……」
香りを楽しんでから少し口に含む。コーヒーの香りと苦味、そして牛乳の甘みが口の中に広がっていく。満足げな顔で一度カップを置いた。
「まぁまぁ、だね」
「むぅ」
満足げな顔のわりに出てくる言葉は余り素直ではない、とパティは口を尖らせる。
とはいえ、自分で淹れたコーヒーを飲んでみても、とてもユウには届かない事を思い知る。
ユウからコーヒーの淹れ方を教えてもらってから自宅で何度も淹れたり、トリシャに付き合ってもらって試飲してもらったりもしたのだが、ユウの淹れる様な複雑なうまみやギリギリの苦味と酸味は出てこない。
豆自体はユウから挽いてもらってるものなので、あとはドリップの仕方とかお湯の温度だとかでうまさが決まってくるはずなのに、色々と試してみても同じ味は出せなかった。
「ま、これはこれでパティのコーヒーって事でいいんじゃない?」
飲み終えたカップを置いて、トリシャの一言。
以前に試飲に付き合ってもらったときも、トリシャは同じ言葉を掛けてくれた。
「うぅん、そうかな?」
腕組みをして自分用に淹れたコーヒーを凝視して首をかしげるパティ。
「ま、私はパティのラテは好きだけど……」
そこまで言いかけてハッとする。目の前のパティの顔が自然と零れる笑みを隠しきれずにニマニマしながら渋い顔をするという、一種の顔芸のようになっていた。
「いやぁ、そんな、それほどでもぉ」
「ま、レッドフォックスで客に出せるまでは精進が必要ね!」
そんなパティにトリシャは腕組みをしてぷいっとそっぽを向いてしまった。
その顔はちょっと紅潮しているようだった。
「えへへ、でもそうだね~、うちで出せるようもっと精進しないとー」
「パティはへんなとこで素直だね……」
ユウにあらかじめ食べる許可をもらってあるリンの焼菓子も出して、カウンターを挟んでパティとトリシャはしばらくの間おしゃべりに興じた。
ユウとリンの話、村の話、最近のトリシャの修行やパティの宿の話、話題は尽きず、飲みかけのコーヒーとラテが冷めても二人は喋り続けていた。
その間客はまったく来ないし、来る気配もない。
時折吹いてくる風にわずかに扉が揺れて、カラン…と微かに鳴るドアベルに二人は同時に反応して、それが風の仕業だと確認して、またおしゃべりに戻る。
やがて話題も尽き掛けた頃にまた、風のいたずらでベルが鳴る。
「あ……」
二人は同時に声を上げる。
風のいたずらが二人に見せたのは、微かに揺れたベルと、窓から見える、間もなく沈む夕日だった。
普段は見慣れたはずの夕日も、今日はなんだか違って見える。
いつもなら、村でなんとなく視界の端にみていたり、あるいはこの場所で帰る合図として一瞬見るだけの夕日だったのだが、いつもと違う、カウンターを挟んだ二人の非日常がそうさせたのか、二人は同時にその夕日に見入っていた。
窓から見える夕日は、街道から枝分かれする『小道』への道の延長線上にあって、山と森の間の草原へと身を沈めようとしていた。
ここから見える空はほぼ夕日の紅が支配していて、その端に夜の訪れを伝える黒がわずかにみえる。
「そろそろ店じまいだね!」
風と夕日がもたらした静寂を破ったのは、夕日が見えるという意味に気がついたパティだった。
「そうだね、じゃあ馬準備しておくから。」
と、トリシャは先に店から出て行った。
ユウに言われたとおりに火の元や戸締りを確認して、最後に店の玄関を閉めて、看板を「準備中」に裏返す。店の前ではトリシャが馬に乗って待っていた。
夕日に向かって二人の乗る馬が走っていく。
なんていうと、なんだか青春小説の1コマのようだが、夕日のある方向に村があるのだからしょうがない。
「トリシャ姉、いつもありがと」
「ん?なんかいったー?」
馬の走る音でトリシャはパティの呟きを聞き逃していたらしい。
パティとしても聞かれてしまうと気恥ずかしいから小声で言ったのだが。
「なんでもないよー!」
「そうー?」
なんだかんだいっても、トリシャは心配して来てくれたのだ。
朝方用事があるからと送ってくれたのもトリシャだったし、結局店じまいまで居てくれた。
本人は、客を装って監視していたのだ、と豪語するものだけど。
頼れる姉貴、むしろもう本当に姉でいいんじゃないかなって、トリシャの腰に確りと掴まりながらパティはそんな風に思う。
そして、パティはそんなトリシャの事が大好きだった。
色んな理由を作っては、自分を助けてくれる大事な姉。
時々喧嘩をしたりすることもあるけれど、これはユウからの受け売りだけれど、「喧嘩するほど相手が大事」なのだ。
トリシャは受け止めてくれる、そして自分もトリシャを受け止める事ができる。
そういう信頼関係があるからこその「喧嘩」なのだ。
それを経てまた二人の絆は強くなる、もっと大好きになっていく。
パティはトリシャの背中の体温を感じながらそんな事を思っていた。
(ほんと、ありがと。大好きだよ、お姉ちゃん)
夕日に照らされているからか、パティの顔は紅色に染まって見えた。
ここは喫茶店『小道』
今日は店主が不在だったけれど、お店番の姉妹の笑顔で溢れています。
いつもと違うコーヒーだけれど、そこには二人分の優しさがこもっています。
今日だけの特別なコーヒー、いかがでしょうか?
などといってみたところで店内には誰もおらず、ただその声ばかりがむなしく響く。
「……いや、いいんだけどさぁ、でもさぁ」
ここは喫茶店『小道』。
勇者が経営している喫茶店。
のはずなのだが、カウンターの奥で本を読みながらコーヒーを飲んでいるのはいつものあの笑顔の素敵な女性ではない。
いや、語弊のないように言っておくが、今カウンターにいる女性だって素敵な女性だ。
「なんちゃって」
そんな事を考えていたのは『小道』から一番近い村の宿屋「レッドフォックス」の看板娘、パティだ。
そもそも何故パティがカウンターの奥で、ユウよろしく本を読みながらコーヒーを飲んでいるのか。
十日ほど前にユウは突然レッドフォックスへとやってきて、パティに頼みごとをしていったのだ。
「しばらく店を離れるから店番をお願いできないか?」
と。
そのユウの願いに、パティは一も二もなく了承した。側にいたトリシャも、客を装って監視しておきます、と意気込む。
流石に、パティの父親は「うちの看板娘をとらないでほしい」とでもいいたげに、渋い顔をしていたが。
さて、そういうわけで早速指定された日に店番に来て見たわけだったのだが。
「すんごい、暇。時間の流れが遅く感じるうー!」
両手両足を投げ出してカウンターの中に据え付けてあった椅子にどっと倒れこんだ。
「あー、もうまだお昼にもなってないー!あ、お昼ご飯何にしようかな?」
一応店番を任されているという事をわかっているのかいないのか、まだ午前中だというのにパティのやる気はほぼゼロに近いようだった。
「サボリ魔め」
カランカランとドアに据え付けてあるベルがなると同時にそんな声がする。
「あ、トリシャ姉!」
「あ、トリシャ姉!じゃなくて、いらっしゃいませ、そして必殺笑顔でしょ!」
「あー」
やってきたのはトリシャだった。腕を組んで入り口で仁王立ちしている。
「それは、無理。ほら」
そういいながらパティがニカッと笑ってみせる。
「うん、まるで違うわね。」
「そんなはっきり言わなくても……」
とはいえ、パティにはパティなりの魅力というものがあって、今の笑顔だって見る人が見れば十分に素敵な笑顔だと、トリシャは思う、決して口に出しはしないが。
「まぁ、とりあえずトリシャ姉、いらっしゃいませ!」
「今更ね」
「ままま、そういわずに、ラテでもどうですかい?」
コーヒーを入れる手順はユウに何度か教えてもらって、そこそこのものを出す事ができる。
そして、今回は自宅の宿屋「レッドフォックス」でも客に出している新鮮な牛乳も持参している。
といっても、同じ牧場の牛乳をユウの店でも買い付けているらしいのだが。
「ふぅ、しょうがないわね。一杯いただこうかしら?」
腕組みを解いてやれやれといった風にトリシャはカウンターに座った。
「はい、どうぞ~」
トリシャが席についてちょっとして湯気の立つカップが出された。
「ん……」
香りを楽しんでから少し口に含む。コーヒーの香りと苦味、そして牛乳の甘みが口の中に広がっていく。満足げな顔で一度カップを置いた。
「まぁまぁ、だね」
「むぅ」
満足げな顔のわりに出てくる言葉は余り素直ではない、とパティは口を尖らせる。
とはいえ、自分で淹れたコーヒーを飲んでみても、とてもユウには届かない事を思い知る。
ユウからコーヒーの淹れ方を教えてもらってから自宅で何度も淹れたり、トリシャに付き合ってもらって試飲してもらったりもしたのだが、ユウの淹れる様な複雑なうまみやギリギリの苦味と酸味は出てこない。
豆自体はユウから挽いてもらってるものなので、あとはドリップの仕方とかお湯の温度だとかでうまさが決まってくるはずなのに、色々と試してみても同じ味は出せなかった。
「ま、これはこれでパティのコーヒーって事でいいんじゃない?」
飲み終えたカップを置いて、トリシャの一言。
以前に試飲に付き合ってもらったときも、トリシャは同じ言葉を掛けてくれた。
「うぅん、そうかな?」
腕組みをして自分用に淹れたコーヒーを凝視して首をかしげるパティ。
「ま、私はパティのラテは好きだけど……」
そこまで言いかけてハッとする。目の前のパティの顔が自然と零れる笑みを隠しきれずにニマニマしながら渋い顔をするという、一種の顔芸のようになっていた。
「いやぁ、そんな、それほどでもぉ」
「ま、レッドフォックスで客に出せるまでは精進が必要ね!」
そんなパティにトリシャは腕組みをしてぷいっとそっぽを向いてしまった。
その顔はちょっと紅潮しているようだった。
「えへへ、でもそうだね~、うちで出せるようもっと精進しないとー」
「パティはへんなとこで素直だね……」
ユウにあらかじめ食べる許可をもらってあるリンの焼菓子も出して、カウンターを挟んでパティとトリシャはしばらくの間おしゃべりに興じた。
ユウとリンの話、村の話、最近のトリシャの修行やパティの宿の話、話題は尽きず、飲みかけのコーヒーとラテが冷めても二人は喋り続けていた。
その間客はまったく来ないし、来る気配もない。
時折吹いてくる風にわずかに扉が揺れて、カラン…と微かに鳴るドアベルに二人は同時に反応して、それが風の仕業だと確認して、またおしゃべりに戻る。
やがて話題も尽き掛けた頃にまた、風のいたずらでベルが鳴る。
「あ……」
二人は同時に声を上げる。
風のいたずらが二人に見せたのは、微かに揺れたベルと、窓から見える、間もなく沈む夕日だった。
普段は見慣れたはずの夕日も、今日はなんだか違って見える。
いつもなら、村でなんとなく視界の端にみていたり、あるいはこの場所で帰る合図として一瞬見るだけの夕日だったのだが、いつもと違う、カウンターを挟んだ二人の非日常がそうさせたのか、二人は同時にその夕日に見入っていた。
窓から見える夕日は、街道から枝分かれする『小道』への道の延長線上にあって、山と森の間の草原へと身を沈めようとしていた。
ここから見える空はほぼ夕日の紅が支配していて、その端に夜の訪れを伝える黒がわずかにみえる。
「そろそろ店じまいだね!」
風と夕日がもたらした静寂を破ったのは、夕日が見えるという意味に気がついたパティだった。
「そうだね、じゃあ馬準備しておくから。」
と、トリシャは先に店から出て行った。
ユウに言われたとおりに火の元や戸締りを確認して、最後に店の玄関を閉めて、看板を「準備中」に裏返す。店の前ではトリシャが馬に乗って待っていた。
夕日に向かって二人の乗る馬が走っていく。
なんていうと、なんだか青春小説の1コマのようだが、夕日のある方向に村があるのだからしょうがない。
「トリシャ姉、いつもありがと」
「ん?なんかいったー?」
馬の走る音でトリシャはパティの呟きを聞き逃していたらしい。
パティとしても聞かれてしまうと気恥ずかしいから小声で言ったのだが。
「なんでもないよー!」
「そうー?」
なんだかんだいっても、トリシャは心配して来てくれたのだ。
朝方用事があるからと送ってくれたのもトリシャだったし、結局店じまいまで居てくれた。
本人は、客を装って監視していたのだ、と豪語するものだけど。
頼れる姉貴、むしろもう本当に姉でいいんじゃないかなって、トリシャの腰に確りと掴まりながらパティはそんな風に思う。
そして、パティはそんなトリシャの事が大好きだった。
色んな理由を作っては、自分を助けてくれる大事な姉。
時々喧嘩をしたりすることもあるけれど、これはユウからの受け売りだけれど、「喧嘩するほど相手が大事」なのだ。
トリシャは受け止めてくれる、そして自分もトリシャを受け止める事ができる。
そういう信頼関係があるからこその「喧嘩」なのだ。
それを経てまた二人の絆は強くなる、もっと大好きになっていく。
パティはトリシャの背中の体温を感じながらそんな事を思っていた。
(ほんと、ありがと。大好きだよ、お姉ちゃん)
夕日に照らされているからか、パティの顔は紅色に染まって見えた。
ここは喫茶店『小道』
今日は店主が不在だったけれど、お店番の姉妹の笑顔で溢れています。
いつもと違うコーヒーだけれど、そこには二人分の優しさがこもっています。
今日だけの特別なコーヒー、いかがでしょうか?
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