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揚羽しっぺい
加速する絶望
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あの授賞式から三日後。俺たちは死んだように生活していた。俺は自分の小説がこんなことになったせいで、新しく小説を書く気にもなれずにいた。それでも三日前よりは、気持ちも落ち着いてきていた、というより受け入れはじめているのかもしれない。この異常で、たいそう理不尽な現実を。
一方揚羽はというと、いつでもどこでもネットサーフィンし続けるようになってしまった。きっと常に情報を取り入れていないと不安になるようになってしまったのだろう。その気持ちは俺にも少し分かった。
今までの二人のルーティンから小説を抜いたような小説を抜いたような生活をしていた最中、スマホを眺めていた揚羽が突然「本当か、これは、どうなんだ」と何度もページを更新しているようだった。
「どうしたよ、俺はもうよほどのことがないと驚かないぞ。なんてったって何もしなくても大犯罪者に近づいている気がして―――」
「死者が出たそうです。これで二人目」
「は―――?」
「ここからは、組織的な犯罪として処理されてしまいます」
「そうなると―――どうなるんだ」
俺の鼓動が三日ぶりに速くなっていく。こんな日々を過ごしていたら寿命が何年あっても足りないような気がする。そんな俺に無慈悲にも揚羽の告げる事実が突き刺さる。
「組織的な犯罪となれば、有栖川さんに殺人の教唆の疑いがかけられるかもしれません」
あぁとうとう来たのか、揚羽が見ていた未来が。揚羽の話ではもう少し先のはずではあるが、これから後一年近くも警察に追われることになるということなのだろうか。絶望が俺を優しく包んでゆく。同時に自分は過去の行動を責めている。そんな不思議な思考回路による脱力感が、俺の全身を支配していた。
「どうかな、俺は揚羽の”憧れ”にどのくらい近づけてるかな」
俺は無理矢理口角を上げて彼に目を向けてみせる。
「やめてください全く、冗談にもならないですよ」
呆れた顔で俺を叱る彼の顔には、確かに焦りがみえていた。こちらの時間軸に移ってきたこの未来人はもう、俺を大犯罪者にさせる気が一切ないのだろうか。だとしたら、こんなことになっていることに罪の意識でも感じていたり、するのだろうか。そんなこと全然気にしなくて良いのにとは思うけど、俺が揚羽の立場だったら同じように自分が来たせいで未来を決めてしまった、とか考えるんだろうとも思う。やはり俺はもう、これから起きること全てを受け入れていかなくてはならないのかもしれない。元の時間軸とは大きくイメージが違っただろう、この時間軸の俺を愛してくれた揚羽のためにも、今後の俺のためにも。
それから数十分したとき、竜胆さんからも慌てた様子で電話がかかってきた。当然、あのことについてだ。
「有栖川先生、あのニュースはご覧になられましたか」
「見てないですけど、なんとなく知ってますよ。僕も罪に問われるかもしれないんですよね」
「えぇ―――そうですね、しかしもうそこまで知ってらっしゃるとは、思いませんでした」
「うちには優秀な情報屋がいますので」
そう言うと「余計なことを言わないでください」と言わんばかりの視線を後ろから感じた。
「でも、実際に警察が有栖川先生に対して動き出してる訳ではないので、まだ、大丈夫だと思います―――大丈夫なはずです」
半分自分に言い聞かせるように繰り返し唱えている竜胆さんも、声から不安や焦燥などの感情が顔を覗かせていた。
「今特に議論されているのは、主に警備のことですね。ここまで派手にやられてしまっては警察も立つ瀬がないですから、ボディガードみたいな警護の方法も含めて検討してるのかもです」
「詳しいですね、出版社にはそんな情報も入ってくるんですか」
俺が一人で感心していると、二人から同時に「今時ニュースはその話題で持ちきりだからですよ」と突っ込まれてしまった。そういえば最近ニュースも見ていないな。どこか近況を知るのが怖い自分がいるのかもしれない。
「とはいえ、私も電話しておいてなんですが特に何ができるというわけではないんですよね―――」
「編集長からは何と言われてるんですか」
「未だに待機しておいてくれ以外の指令はありませんね―――」
「編集長は今どうしてるんですか」編集長を責めるような口調にならないようできる限り気をつけながら聞いてみる。竜胆さんが聞いている限り、編集長は大きく分けて二つのことを調べているようだった。
一つは俺の殺人教唆罪の無罪証明、もしくは刑を軽くする方法の模索。実際今のまま事態が深刻化しなければ、俺にかけられる罪は教唆罪とまではいかないかもしれないとのことだ。確かに俺も聞いたことがある。教唆罪よりも一つ下の―――幇助だっけか。これになればまだ罪の重さが大きく変わることに間違いはないから、その為の証拠集めなどをしてくれているらしい。そしてこれらの罪は一つ、断定が非常に難しいという共通点が存在しているらしく、要素によっては罪が認められない場合も少なくないという。警察に追われる可能性が少しでも減るならそれに超したことはないが―――俺は揚羽のいた未来に近づき過ぎているせいで、無罪となる未来は想像できそうになかった。半ば諦めている、といってもいいかもしれない。
もう一つは、黒幕の捜索らしい。黒幕、という言葉を聞いて俺はいまいちピンと来なかったし、竜胆さんもあまり把握してはいないそうだが、編集長は黒幕が存在していることに強い確証を得ているそうで、後はその人物の身元さえ分かれば俺を救えるかもしれないのだそうだ。黒幕―――か。言われてみれば、ネット上の過熱速度が速すぎた感じはしたけど、それ以外は特にこの騒動の裏に何か感じたことなどはなかった―――いや、そうでもないかもしれない。俺は今まで小さな違和感がありつつも、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。それを気にしている余裕がなかったといった方が正確かもしれないが。
「―――って感じですね。私が聞いているのはこれくらいです。編集長側も言えないことなどが多いそうで、有栖川先生を安心させられるような情報が少なくて申し訳なさそうにしていました。でも、編集長は編集長なりに有栖川先生を救おうと力を尽くしてくれていると思うので、どうにか責めないであげてくれませんか」
はじめて電話したときとは比べものにならないほど力ない声で懇願されてしまった。
「責めるつもりなんてはなからないですよ、ありがたいとしか思ってないです。編集長にも竜胆さんにも」
そう言うと「私なんてそんな」と必死に否定していた。俺は、精一杯の落ち着いた声で付け加えた。
「本当ですよ、本当に助かってます。実際に深いところで動いてくれてる編集長は勿論ですけど、いつも僕らのことを考えてくれている竜胆さんも、間違いなく僕の心の支えです。いつも、ありがとうございます」
竜胆さんは少し泣きそうな声で「はい」と返事すると、「これが私の仕事ですから」と声を振り絞って答えた。これで竜胆さん達も安心させることができただろうか。もしそうなら、弱音を堪えた甲斐があったと思えるかな。
一方揚羽はというと、いつでもどこでもネットサーフィンし続けるようになってしまった。きっと常に情報を取り入れていないと不安になるようになってしまったのだろう。その気持ちは俺にも少し分かった。
今までの二人のルーティンから小説を抜いたような小説を抜いたような生活をしていた最中、スマホを眺めていた揚羽が突然「本当か、これは、どうなんだ」と何度もページを更新しているようだった。
「どうしたよ、俺はもうよほどのことがないと驚かないぞ。なんてったって何もしなくても大犯罪者に近づいている気がして―――」
「死者が出たそうです。これで二人目」
「は―――?」
「ここからは、組織的な犯罪として処理されてしまいます」
「そうなると―――どうなるんだ」
俺の鼓動が三日ぶりに速くなっていく。こんな日々を過ごしていたら寿命が何年あっても足りないような気がする。そんな俺に無慈悲にも揚羽の告げる事実が突き刺さる。
「組織的な犯罪となれば、有栖川さんに殺人の教唆の疑いがかけられるかもしれません」
あぁとうとう来たのか、揚羽が見ていた未来が。揚羽の話ではもう少し先のはずではあるが、これから後一年近くも警察に追われることになるということなのだろうか。絶望が俺を優しく包んでゆく。同時に自分は過去の行動を責めている。そんな不思議な思考回路による脱力感が、俺の全身を支配していた。
「どうかな、俺は揚羽の”憧れ”にどのくらい近づけてるかな」
俺は無理矢理口角を上げて彼に目を向けてみせる。
「やめてください全く、冗談にもならないですよ」
呆れた顔で俺を叱る彼の顔には、確かに焦りがみえていた。こちらの時間軸に移ってきたこの未来人はもう、俺を大犯罪者にさせる気が一切ないのだろうか。だとしたら、こんなことになっていることに罪の意識でも感じていたり、するのだろうか。そんなこと全然気にしなくて良いのにとは思うけど、俺が揚羽の立場だったら同じように自分が来たせいで未来を決めてしまった、とか考えるんだろうとも思う。やはり俺はもう、これから起きること全てを受け入れていかなくてはならないのかもしれない。元の時間軸とは大きくイメージが違っただろう、この時間軸の俺を愛してくれた揚羽のためにも、今後の俺のためにも。
それから数十分したとき、竜胆さんからも慌てた様子で電話がかかってきた。当然、あのことについてだ。
「有栖川先生、あのニュースはご覧になられましたか」
「見てないですけど、なんとなく知ってますよ。僕も罪に問われるかもしれないんですよね」
「えぇ―――そうですね、しかしもうそこまで知ってらっしゃるとは、思いませんでした」
「うちには優秀な情報屋がいますので」
そう言うと「余計なことを言わないでください」と言わんばかりの視線を後ろから感じた。
「でも、実際に警察が有栖川先生に対して動き出してる訳ではないので、まだ、大丈夫だと思います―――大丈夫なはずです」
半分自分に言い聞かせるように繰り返し唱えている竜胆さんも、声から不安や焦燥などの感情が顔を覗かせていた。
「今特に議論されているのは、主に警備のことですね。ここまで派手にやられてしまっては警察も立つ瀬がないですから、ボディガードみたいな警護の方法も含めて検討してるのかもです」
「詳しいですね、出版社にはそんな情報も入ってくるんですか」
俺が一人で感心していると、二人から同時に「今時ニュースはその話題で持ちきりだからですよ」と突っ込まれてしまった。そういえば最近ニュースも見ていないな。どこか近況を知るのが怖い自分がいるのかもしれない。
「とはいえ、私も電話しておいてなんですが特に何ができるというわけではないんですよね―――」
「編集長からは何と言われてるんですか」
「未だに待機しておいてくれ以外の指令はありませんね―――」
「編集長は今どうしてるんですか」編集長を責めるような口調にならないようできる限り気をつけながら聞いてみる。竜胆さんが聞いている限り、編集長は大きく分けて二つのことを調べているようだった。
一つは俺の殺人教唆罪の無罪証明、もしくは刑を軽くする方法の模索。実際今のまま事態が深刻化しなければ、俺にかけられる罪は教唆罪とまではいかないかもしれないとのことだ。確かに俺も聞いたことがある。教唆罪よりも一つ下の―――幇助だっけか。これになればまだ罪の重さが大きく変わることに間違いはないから、その為の証拠集めなどをしてくれているらしい。そしてこれらの罪は一つ、断定が非常に難しいという共通点が存在しているらしく、要素によっては罪が認められない場合も少なくないという。警察に追われる可能性が少しでも減るならそれに超したことはないが―――俺は揚羽のいた未来に近づき過ぎているせいで、無罪となる未来は想像できそうになかった。半ば諦めている、といってもいいかもしれない。
もう一つは、黒幕の捜索らしい。黒幕、という言葉を聞いて俺はいまいちピンと来なかったし、竜胆さんもあまり把握してはいないそうだが、編集長は黒幕が存在していることに強い確証を得ているそうで、後はその人物の身元さえ分かれば俺を救えるかもしれないのだそうだ。黒幕―――か。言われてみれば、ネット上の過熱速度が速すぎた感じはしたけど、それ以外は特にこの騒動の裏に何か感じたことなどはなかった―――いや、そうでもないかもしれない。俺は今まで小さな違和感がありつつも、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。それを気にしている余裕がなかったといった方が正確かもしれないが。
「―――って感じですね。私が聞いているのはこれくらいです。編集長側も言えないことなどが多いそうで、有栖川先生を安心させられるような情報が少なくて申し訳なさそうにしていました。でも、編集長は編集長なりに有栖川先生を救おうと力を尽くしてくれていると思うので、どうにか責めないであげてくれませんか」
はじめて電話したときとは比べものにならないほど力ない声で懇願されてしまった。
「責めるつもりなんてはなからないですよ、ありがたいとしか思ってないです。編集長にも竜胆さんにも」
そう言うと「私なんてそんな」と必死に否定していた。俺は、精一杯の落ち着いた声で付け加えた。
「本当ですよ、本当に助かってます。実際に深いところで動いてくれてる編集長は勿論ですけど、いつも僕らのことを考えてくれている竜胆さんも、間違いなく僕の心の支えです。いつも、ありがとうございます」
竜胆さんは少し泣きそうな声で「はい」と返事すると、「これが私の仕事ですから」と声を振り絞って答えた。これで竜胆さん達も安心させることができただろうか。もしそうなら、弱音を堪えた甲斐があったと思えるかな。
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