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新たな敵
未来はそんなに甘くない
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疲れ果てていた俺たちは、あの後結局そのまま眠ってしまった。一足先に出発の準備を終えた俺は、三つ目の文学賞の応募要項を確認していた。
「最後の発表まではまだ数日あるはずですけど、何か確認することでも?」
とパジャマを中途半端に脱いだ揚羽が、パジャマの隙間からこちらを覗いて聞いてくる。なんかこんな感じのクリーチャー、どっかのアニメで見たな。
「文学賞の種類によって応募要項がバラバラだってことは前見ただろ?実は応募要項によっては、他の文学賞にも応募して良いけど、その代わり受賞作品はダメってものあるんだ。不幸にも最後のやつはそのケースらしい」
「その場合、作品はどうするんですか?」
「多分連絡して取り消しにしてもらうんだろうな、残念だけど」
へーそうなんですね、と揚羽は片手間に返事していた。さてはこいつ安心材料ができた瞬間に他はどうでも良くなるタイプだな。わかりやすいやつめ。
「そんなことより有栖川さん、なんかメール来てますよ」と揚羽が端っこの通知を指差す。ほんとだ、メールなんてほぼ来るはずないのになんだろう。メールなんて、ほとんど就活関連のメッセージしか来ないから、それが鬱陶しくてほとんどを迷惑メール設定にしていたのに。唯一このメアドが生きているアドレスといえば、文学賞関連のものだけなはずだが―――。二人ともそれに気付いた瞬間すぐさまメッセージを開いた。そこには、きっと編集者だろうと思われる人からのメッセージが届いていた。
有栖川 照也様
このたびは、○△出版××文学賞コンクールにて、最優秀賞を獲得されましたこと、心よりお祝い申し上げます。私、この度有栖川様が応募してくださった「怨嗟の鬼」を担当させていただきます、#単語__竜胆桔梗ルビ__りんどうききょう#と申します。この素晴らしい作品をともに世界に広げていきたいと考えておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
さて、この度メッセージを送らせていただいたのにはご挨拶以外にもう一つ、ご案内があったからにございます。我が出版社が開催している文学賞では、毎度授賞式がございます。テレビの取材や、その他様々なメディアの方々が取材にお越しになるほどの大きなイベントとなっております。この度最優秀賞を獲得されました有栖川様には、是非この授賞式に出席していただきたいのです。
参加を断ることもできるにはできますが、最優秀賞を受賞されました有栖川様には是非ご参加いただきたく存じます。期日はメッセージを送らせていただきました今日から、丁度三週間後の十一月二十八日となっております。来週までに、参加、不参加の旨を連絡いただけると幸いです。
竜胆 桔梗
なんだか、大人の文章って感じがして少し萎縮してしまった。それは揚羽も同じだったようだが、揚羽はそれよりも「最優秀賞を取ったこと何回も言い過ぎでは」とか「主張激しいですねぇ」と所々に楽しげにツッコミを入れていた。しかし、自分に担当がつくとはな。想像してもいなかったことだった。
ということは、今は有栖川様だけど、いずれ有栖川先生だなんて呼ばれてしまうのではなかろうか。先生なんて子どもの頃から何度も呼んでいた単語のはずだが、今まで出会った俺にとっての先生は、先生と呼ばれる度にこんなに幸せだったのだろうか。気を抜くと頬が緩んでしまう。そんな妄想を繰り広げる俺を少し察知したのか、揚羽が若干眉をひそめていた。いけない、にやけが外に出ていたか、気をつけなければ。
結局、若干頬が緩みながら竜胆さんに出席する意向を示した返信を送った。
「となると、スピーチの内容を考えなくてはですね」
揚羽はそこら辺に転がっているノートとシャーペンを手に取ると、一番上に”最優秀賞受賞者有栖川による カッコイイスピーチ原稿”と大きな文字で書いた。
「確かに、それだけ大きな授賞式となると、コメント求められたり取材陣に色々聞かれたりするんだろうな」
そう言いながら俺はスッと消しゴムを取り出し揚羽の文字を消した。あぁ~なんで、と情けない声を出している揚羽を横目に話を進める。
「こういうときって、やっぱり小説を書き始めたきっかけみたいなのを話すのが無難なのかな」
「まあでも大きな場面でのスピーチっていったら、僕もそんな感じのをイメージしますね」
そう言う揚羽はなにやら口を尖らせていたが、俺は少し考え込んでいた。書き始めたきっかけはあるにはあるけど、俗に言う狂人エピソードみたいな面白いものは持ち合わせていない。しかしそんな感じの突飛なエピソードを話すのも、少しこっぱずかしかったりする自分もいる。そういう意味でも、面白エピソードに溢れた過去の文豪達にはまだまだ届いていないことを思い知らされる。
その後もどうにかして俺をエピソードトークで“すごい人”に仕立て上げようとする揚羽と、大勢の前でそこまで冒険したくはない俺との攻防が小一時間繰り広げられていた。いや、しばらく浮かれていた俺たちはこんなしょうもないやりとりをここから一週間は続けていた気がする。
あの後、すぐに竜胆さんから了解の旨をメッセージで伝えられ、俺たちは浮かれモードで当日を待っていたのだが、問題が起こったのは授賞式を二週間後に控えた頃だった。
突然俺のケータイが鳴る。メッセージ同様、俺のケータイに電話がかかってくるなんて家族くらいなものだから動揺したが、どうやら違うらしい。多少警戒しながら俺は電話を取る。
「もしもし、有栖川先生のお電話でお間違いないですか」
電話先には、電話越しであることを感じさせないほど透き通った声を持つ女性がいた。ここ最近女性と話していなかったから、これまた少し動揺してしまったが、俺を”有栖川先生”と呼び、とても丁寧な言葉遣いをするこの女性が竜胆さんであることを理解するのはたやすかった。俺が「はい、有栖川ですが、どうしました?当日のスケジュールの確認とかですか」と聞くと、竜胆さんは言葉に詰まった様子を見せた。そこまであからさまではないにしても、彼女が静かに動揺している様子がなんとなくわかる。
「最後の発表まではまだ数日あるはずですけど、何か確認することでも?」
とパジャマを中途半端に脱いだ揚羽が、パジャマの隙間からこちらを覗いて聞いてくる。なんかこんな感じのクリーチャー、どっかのアニメで見たな。
「文学賞の種類によって応募要項がバラバラだってことは前見ただろ?実は応募要項によっては、他の文学賞にも応募して良いけど、その代わり受賞作品はダメってものあるんだ。不幸にも最後のやつはそのケースらしい」
「その場合、作品はどうするんですか?」
「多分連絡して取り消しにしてもらうんだろうな、残念だけど」
へーそうなんですね、と揚羽は片手間に返事していた。さてはこいつ安心材料ができた瞬間に他はどうでも良くなるタイプだな。わかりやすいやつめ。
「そんなことより有栖川さん、なんかメール来てますよ」と揚羽が端っこの通知を指差す。ほんとだ、メールなんてほぼ来るはずないのになんだろう。メールなんて、ほとんど就活関連のメッセージしか来ないから、それが鬱陶しくてほとんどを迷惑メール設定にしていたのに。唯一このメアドが生きているアドレスといえば、文学賞関連のものだけなはずだが―――。二人ともそれに気付いた瞬間すぐさまメッセージを開いた。そこには、きっと編集者だろうと思われる人からのメッセージが届いていた。
有栖川 照也様
このたびは、○△出版××文学賞コンクールにて、最優秀賞を獲得されましたこと、心よりお祝い申し上げます。私、この度有栖川様が応募してくださった「怨嗟の鬼」を担当させていただきます、#単語__竜胆桔梗ルビ__りんどうききょう#と申します。この素晴らしい作品をともに世界に広げていきたいと考えておりますので、何卒よろしくお願いいたします。
さて、この度メッセージを送らせていただいたのにはご挨拶以外にもう一つ、ご案内があったからにございます。我が出版社が開催している文学賞では、毎度授賞式がございます。テレビの取材や、その他様々なメディアの方々が取材にお越しになるほどの大きなイベントとなっております。この度最優秀賞を獲得されました有栖川様には、是非この授賞式に出席していただきたいのです。
参加を断ることもできるにはできますが、最優秀賞を受賞されました有栖川様には是非ご参加いただきたく存じます。期日はメッセージを送らせていただきました今日から、丁度三週間後の十一月二十八日となっております。来週までに、参加、不参加の旨を連絡いただけると幸いです。
竜胆 桔梗
なんだか、大人の文章って感じがして少し萎縮してしまった。それは揚羽も同じだったようだが、揚羽はそれよりも「最優秀賞を取ったこと何回も言い過ぎでは」とか「主張激しいですねぇ」と所々に楽しげにツッコミを入れていた。しかし、自分に担当がつくとはな。想像してもいなかったことだった。
ということは、今は有栖川様だけど、いずれ有栖川先生だなんて呼ばれてしまうのではなかろうか。先生なんて子どもの頃から何度も呼んでいた単語のはずだが、今まで出会った俺にとっての先生は、先生と呼ばれる度にこんなに幸せだったのだろうか。気を抜くと頬が緩んでしまう。そんな妄想を繰り広げる俺を少し察知したのか、揚羽が若干眉をひそめていた。いけない、にやけが外に出ていたか、気をつけなければ。
結局、若干頬が緩みながら竜胆さんに出席する意向を示した返信を送った。
「となると、スピーチの内容を考えなくてはですね」
揚羽はそこら辺に転がっているノートとシャーペンを手に取ると、一番上に”最優秀賞受賞者有栖川による カッコイイスピーチ原稿”と大きな文字で書いた。
「確かに、それだけ大きな授賞式となると、コメント求められたり取材陣に色々聞かれたりするんだろうな」
そう言いながら俺はスッと消しゴムを取り出し揚羽の文字を消した。あぁ~なんで、と情けない声を出している揚羽を横目に話を進める。
「こういうときって、やっぱり小説を書き始めたきっかけみたいなのを話すのが無難なのかな」
「まあでも大きな場面でのスピーチっていったら、僕もそんな感じのをイメージしますね」
そう言う揚羽はなにやら口を尖らせていたが、俺は少し考え込んでいた。書き始めたきっかけはあるにはあるけど、俗に言う狂人エピソードみたいな面白いものは持ち合わせていない。しかしそんな感じの突飛なエピソードを話すのも、少しこっぱずかしかったりする自分もいる。そういう意味でも、面白エピソードに溢れた過去の文豪達にはまだまだ届いていないことを思い知らされる。
その後もどうにかして俺をエピソードトークで“すごい人”に仕立て上げようとする揚羽と、大勢の前でそこまで冒険したくはない俺との攻防が小一時間繰り広げられていた。いや、しばらく浮かれていた俺たちはこんなしょうもないやりとりをここから一週間は続けていた気がする。
あの後、すぐに竜胆さんから了解の旨をメッセージで伝えられ、俺たちは浮かれモードで当日を待っていたのだが、問題が起こったのは授賞式を二週間後に控えた頃だった。
突然俺のケータイが鳴る。メッセージ同様、俺のケータイに電話がかかってくるなんて家族くらいなものだから動揺したが、どうやら違うらしい。多少警戒しながら俺は電話を取る。
「もしもし、有栖川先生のお電話でお間違いないですか」
電話先には、電話越しであることを感じさせないほど透き通った声を持つ女性がいた。ここ最近女性と話していなかったから、これまた少し動揺してしまったが、俺を”有栖川先生”と呼び、とても丁寧な言葉遣いをするこの女性が竜胆さんであることを理解するのはたやすかった。俺が「はい、有栖川ですが、どうしました?当日のスケジュールの確認とかですか」と聞くと、竜胆さんは言葉に詰まった様子を見せた。そこまであからさまではないにしても、彼女が静かに動揺している様子がなんとなくわかる。
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