ブルーメンブラット 欠片の少女たちは追想する

葦原青

文字の大きさ
上 下
28 / 38
第四片 明らかになる真実

第四片 明らかになる真実 1

しおりを挟む
「冗談じゃないわ!」
 マンションに帰還したカリンたちを待っていたのは、綾女の猛抗議であった。
「なにも言わずに出かけたと思ったら、なんでひとり増えてるのよ! しかもなに? 攫ってきたとか、犯罪はやめてよね!」
 カリンとモルガルデンに挟まれるかたちでテーブルについているみずきは、苦笑しつつも綾女の抗議を受けとめているようすだった。
 建物の屋根をつたってここにもどるまでのあいだも、みずきは大人しかった。
 下手に暴れればかえって危険だという判断だろうか。だとすれば、ずいぶん肝が据わっている。おかげで攫う立場のカリンたちは楽ができた。
 みずきは両手両足を縛られてはいたが、それ以上の危害を加えられることもなく、いちおうは丁重に扱われていた。
 ちなみに、カリンが運んできたアルメリアは、いまだ気を失ったままソファに放置されている。
「いまさらなに言ってやがる。これまでだって、不法侵入器物損壊暴行障害不法占拠とやらかしてきてんだ。そこに誘拐と監禁をつけ加えなかったとしても、お前らの法律からすりゃあ、オレたちゃとっくに犯罪者だろうが」
 すらすらと犯罪に関する単語がモルガルデンの口から出てくる。彼女もずいぶん《こちら側》に馴染んでいるようだ。
「私まで共犯にするなって言ってるのよ!」
 自分を酷い目に遭わせたモルガルデンに対しても、綾女は怯むことなく言い返す。ある意味、遠慮のない関係になったとか、そういうことだったりするのだろうか。
「あんたも、縛られてるってのに、なに笑ってるのよ」
「あなた、奈須原綾女さん?」
 綾女の舌鋒が自分に転ずるや、みずきは訊ねた。
「そ、そうだけど……どこかで会ったことあったかしら?」
 予想外の反応だったのか、綾女は困惑の色を浮かべる。
「やっぱり! 表札を見て、ひょっとしたらって思って。実は去年、剣道の試合場であなたをお見かけしてるんです」
「待って。その制服、百花学園よね? もしかして、あなた――」
「ええ。央霞ちゃん――桜ヶ丘央霞の友人で、白峰みずきと申します」
 みずきは深々と一礼した。綾女の目は、すっかり点になっている。
「央霞ちゃんが言ってました。あの日、試合した選手の中で、あなたがいちばん手強かったって」
「――え? さ、桜ヶ丘がそんなことを? そんな……うへ。うへへへへへ」
 とろけたように、綾女がやにさがった。よほど嬉しかったらしいが、すこし気持ち悪い。
「本当に? からかってるんじゃあないわよね?」
「央霞ちゃんに関することで嘘は言いませんよ」
 いや、どういう基準なんだそれ、とカリンは心の中でツッコむ。
「それより、突然押しかけちゃってごめんなさいね。すぐ出ていきますから」
「おい。おい、ちょっと待て」
 聞き捨てならないとばかりに、モルガルデンが割って入った。
「勝手抜かしてんじゃあねえぞ。なんのためにテメェを攫ってきたと思ってるんだ」
「あら。どうしてかしら?」
「決まってんじゃねえか。人質だよ、人質!」
 モルガルデンは大声でがなりたてたが、みずきは涼しい顔で「人質?」などと首をかしげたりする。
 カリンの脳内で、警戒音が鳴り響いた。
 いつの間にか、みずきのペースに巻き込まれている。
 これは意図したものか、あるいは天然か。
 もし前者なら、彼女はなにを狙っているのだ……?
「本当なら、すぐに殺してやってもよかったんだが、それじゃあつまらんからな。お前の命と引き替えに、桜ヶ丘央霞に決闘を挑む」
「あんた、そんなこと考えてたの?」
 モルガルデンは、不敵にくちびるを歪めてみせた。
「見たろうが、あの女の人間離れした強さを――おっと、お前は二回も戦って、そのあたりは身をもって理解してるんだっけな」
「ぐっ……」
 モルガルデンの嘲弄を、カリンは甘んじて受け容れるしかない。
「あんな棒っきれ一本で襲ってくる奴らを薙ぎ払ったと思えば、潜在能力を解放された人間にあんだけ殴られても平然としてやがる。あんなもん見せられちゃあ、戦いたくならないほうがおかしいぜ」
 モルガルデンの表情は、血に飢えた獣そのものだった。
 しかし、カリンはむしろ、どこかとりすましたようなみずきの表情のほうが怖ろしいと思った。
 親友が殴られたという話を聞いても動揺するそぶりを見せないこともそうだし、攫われる直前に仲間をひとり殺されながら、そのことにまったくふれようとしないのも不可解だ。

 白峰みずき――カリンが最初に出会った《欠片の保有者》……。

 思えば、これまで彼女のことは、央霞のオマケのようにしか考えてこなかった。
 傑出した才はあるものの、あくまで非力な少女にすぎないと――果たしてそれは、妥当な判断だったのだろうか?
 ここにいたって、カリンははじめて、みずきという少女の得体の知れなさに戦慄した。


 カリンは、自分の使っている部屋にみずきを押し込めた。
 これ以上モルガルデンと話をさせるのはまずいという判断からである。
 虫も殺さぬような顔をして、みずきはこちらの言葉の端々や態度などから抜け目なく情報を引き出そうとしている――そう感じた。
「だとしても、あんな小娘になにができる?」
 そう、モルガルデンは言う。
 さすがに侮りすぎなのではないか。アルメリアならば、これだから脳筋は、と呆れたことだろう。
 そのアルメリアは、先ほどようやく気がつき、現在絶賛落ち込み中であった。
 自分の部屋に籠もったきり、呼んでも出てこない。まあ、あれだけの醜態を晒したのだから無理もないが。
 しばらく経ってからカリンがようすを見にいくと、寝床として敷いているマットの上で、みずきは芋虫がくんずほぐれつしているような、おかしなポーズを取っていた。
「……なにしてるの?」
「退屈だから読書をしようと思ったんだけど、あそこの本を取ろうとしたら失敗しちゃって」
 カリンは、本棚の最上段に収められていたその本を、みずきに渡してやった。
「ありがとう」
「縛られたままじゃ読みにくくない?」
「まあ、ちょっとはね。でも、これくらい――」
「私が見張っていれば、ほどいても問題ないから」
 手首の縛めを解くあいだ、みずきはカリンを不思議そうに見つめていた。
「ありがとう。優しいのね」
「そんなに意外なこと?」
「だって、わたしたち敵同士でしょう?」
「どうしてかな。あなたを油断させるためかも」
 カリンは冗談めかして答えた。
 みずきがなにを考えているにせよ、いまはまだ、逃げるつもりはないだろう。
 カリンたちの監視を、みずきが独力でかいくぐって脱出する方法は皆無。ならば、状況が動くまでおとなしくしておくほうが得策である。
 もちろん、なにか隠し球があるという可能性も、忘れずに頭の片隅に留めておく。
「あなたと、すこし話がしたいわ」
「あら奇遇ね。わたしもよ」
 みずきは、ひらきかけていた本を脇に置いた。
 微塵の怖れも滲ませず、ただの友人に対するような気安さで、カリンににじりよってくる。
「ちっとも警戒しないのね。私たち、敵同士なのに」
 さっき言われた言葉をそのまま返すと、みずきは愉快そうに笑い、こちらも「どうしてかしら」と返してきた。
「……たぶん、あなたにそのつもりがないってわかってるから?」
「そうね。危害を加えるつもりなら、とっくにやってる」
「どっちにしろ、怖がってみたところで役に立たないのはいっしょよね。むしろ、なにをするかわからないと相手に思わせてしまう分、危険ですらある」
「たしかに、そうだけど……だからといって、感情を殺すことは難しいはずよ。ましてや恐怖みたいな、生存本能に関わるものは」
「そんなこと言われても、怖くないものは怖くないんだから、仕方ないじゃない?」
 それよりも――と、みずきは咎めるような目つきになり、カリンを下から見あげた。
「倉仁江さん。あなた本当に、央霞ちゃんとはなにもないの?」
「なにもって?」
 カリンは訊き返した。具体的にどういうことを想定していっているのか、よくわからない。
 すると、みずきは表情を曇らせ、自分の手許とカリンの顔のあいだで視線をいったりきたりさせた。
「だって……央霞ちゃんは、あなたのこと、ずいぶん信用してるみたいだから……。前に、あなたとふたりきりで会ったときに話したことも教えてくれないし」
「ああ、そんなこともあったわね。……あれ? ひょっとして、央霞はまだ《欠片の保有者》になっていないの?」
「え? どういうこと?」
 今度はみずきが訊き返す。
「だって、覚醒して《欠片の保有者》になったんなら、裏切りを警戒する必要もなくなるはずでしょう?」
「わ、わたしが言ってるのは、そういうことじゃなくて、あなたと央霞ちゃんが、その……」
 顔を真っ赤にするみずきをよそに、カリンは考え込んだ。
 あのとき感じた邪神の気配は三つだった。
 生徒会室にいたのは、みずきと山茶花のふたりだったので、てっきりもうひとりは央霞だと思っていたのだが……。
 これはつまり、カリンの知らない三人目の《欠片の保有者》が現れたということだ。
 三人目は誰かと、ここで問い詰めるのはあまりうまくない。そんなことをすれば、カリンが邪神探知能力を持っていると教えるようなものである。
 焦らずとも、三人目も学園の生徒かその関係者であろうから、捜しあてるのはそう難しくないはずだ。
 話してよかった――カリンは内心ほくそ笑む。
 三人目を央霞と思い込んだままだったら、足をすくわれていたかもしれない。
(所詮は子供ね)
 いくら賢くて、邪神の記憶を持っているといっても、まだまだ役者は自分のほうが上だ。こうして情報を引き出されたことにも気づいていない。
 そう思えば、みずきのことも可愛く見えてくる。
「ふふ……ふ……」
「な、なに笑ってるの?」
「おっと」
 知らぬ間に漏れ出ていたらしい。みずきがちょっと引いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...