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第三片 混乱、混沌

第三片 混沌、混乱 7

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 百花学園に生徒として潜り込んですぐ、《使い魔》たちとも協力して念入りにに探索をおこなったおかげで、いまではほとんど迷わずに学内を歩きまわることができる。
 なぜか凶暴化した生徒の数が減っていたこともあり、カリンはすんなり生徒会室にたどり着いた。
「どうやら向こうさんも気づいてるみたいだ。ドア越しに殺気をビンビン感じるぜ」
 突入する前に、モルガルデンは自分の使い魔を武器に変えた。
 アルメリアを背負っているカリンは一歩退がり、モルガルデンがドアを蹴りあける。
 入口から見て正面の席に、白峰みずきが座っていた。
 他にも何人か生徒の姿があったが、彼女の存在感はやはり異質だった。
 モルガルデンもひと目でそうと悟ったらしく、「あいつか」と舌なめずりした。
「なんだ! きみ……たちは……」
 眼鏡をかけた男子生徒が怒鳴り声をあげかけたが、モルガルデンにひと睨みされ、たちまちちいさく縮こまった。
「お命頂戴しに来たぜ、地表人デアマントの女神サンよ」
「あなたは?」
「モルガルデン・イオン。ダンデラ族の戦士さあ」
 モルガルデンは、得物の大剣の柄を両手で握り、上段に構えた。
 そこへ、横合いから音もなく、剣道着姿の女生徒が割って入った。
 三善山茶花――!
 よほど気合いが入っているのか、顔つきから溢れる戦意が窺える。だが、モルガルデンは失望したようにため息をついた。
「ちったあ抵抗がないと面白くねえけどよ、そんな得物でやりあおうってのか?」
 山茶花の手にしている木刀は、モルガルデンの大剣に比べると、あまりにも貧相で貧弱に見えた。
 カリンは一度戦っているから、山茶花の使う木刀が見た目通りの威力ではないことは予想できる。それでも、モルガルデンに対抗するには心許ないと言わざるを得ない。
「やめなさい、三善さん」
 みずきが切羽詰まった声で言った。
「あなたはふつうの人より強いかもしれないけど、この人たちには勝てないわ」
「黙っててください。先輩は、戦いについては素人なんですから」
「素人でも、中途半端な強さが身を滅ぼすってことくらいわかるわ」
 懇願じみた説得だったが、山茶花は首を横に振った。
「やっぱり、先輩は素人です。戦う者の心がまるでわかってない」
「まったくだぜ。そこまで言われちゃあ、引くに引けねえもんな」
 モルガルデンから、相手を侮るようすが消えた。
 山茶花を一人の戦士と認め、全力で叩き潰す気だ。
「バカ! 央霞ちゃんとの約束なんて――」
 みずきの言葉が終わらぬうちに、ふたりは衝突した。
 互いに相手の武器を受けとめ、つばぜり合いの格好となる。
 モルガルデンが体重を乗せ、圧し潰しにかかるが、山茶花もよくこれに耐えている。ふたりの力は、かなり高いレベルで拮抗していた。
「やるな」
 モルガルデンの声が歓喜に躍る。

 次の瞬間、彼女の武器が、剣という形状かたちを失った。

 内側から弾け飛んだというのが、もっともわかりやすい表現かもしれない。
 鈍色だった剣が、炭化するかのように変色し、そのまま黒い粒子となって飛び散ったのだ。
 無数の粒子は、実体ある巨大な影のように、意思を感じさせる動きで山茶花に覆いかぶさる。
「なに――これはッ!?」

 頭から顔。
 腕と木刀。
 身体の正面。
 そして両脚――

 びっしりと山茶花にはりついた黒い粒子は、そのひとつひとつが、うぞうぞと蠢いていた。
 それらは蜘蛛のかたちをしていた。
 一匹の大蜘蛛と、数千の子蜘蛛の姿を自在に使い分ける、モルガルデンの使い魔である。
「こっちの世界の蜘蛛は、捕らえた獲物を溶かして吸うらしいが、オレの《ファシュプ》はそうじゃねえ」
「なに……?」
 真っ黒になった山茶花の顔の中で、瞳だけがいまだ戦意を失わず、モルガルデンを睨み据える。
齧り取る・・・・んだ。ボリボリとなァ!」
 室内に異様な音が響くと同時に、山茶花の身体から大量の血が噴き出した。
 子蜘蛛の付着した箇所の肉を、着用していた道着もろともいっせいに囓り取られ、見るも無残な姿となって床に倒れ伏す。
「うわああああああ!」
「キャアアアアアア!」
 みずき以外の生徒たちはパニックに陥り、中には気絶する者もいた。
「三善さん……!」
 気丈にもみずきは、この凄惨な光景からも目をそらさなかった。
 だが、顔色は紙のように白くなり、噛みしめたくちびるからは血が滲んでいた。
 ふたたび剣のかたちになった《ファシュプ》をみずきに突きつけ、モルガルデンが訊ねた。
「さあ、あんたもやるかい? それとも大人しく、オレたちといっしょにいくかい?」


 口の中が鉄の味でいっぱいになっている。
 こんなことは、本当に久しぶりだ。記憶にある限り、兄の仁京に稽古でボコボコにされて以来だろうか。無抵抗で殴られ続けているのだから、当然といえば当然なのだが。
「気に入ら……ないのよ……! それが……当然って顔して……! みずき先輩の……隣にいる……ッ、あんたが……!」
 ぜえぜえと荒い息をつく千姫の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「やっと言ったな」
 央霞は、手の甲で口許をぬぐった。
 このひと言を引き出すために、いったい何発殴られたことか。
 だが、これでようやく理解できた。彼女は自分に嫉妬していたのだ。
「私がみずきのそばにいるのは、ふたりして望んだことだからだ。だから、私がいなくなってやることはできない。だがな、遠梅野。きみがみずきのそばにいたいと言うなら、みずきも私も、それを拒んだりはしないぞ」
「それは嫌……白峰先輩にだけは、この気持ちを……知られたく……ない……」
「なぜだ?」
「桜ヶ丘先輩には……わからない……です……。人に、好意を……持たれることを……当たり前だと思ってるような……人には……」
 千姫はうつむき、くちびるをわななかせた。
 その姿に、央霞は彼女の臆病な魂を見た気がした。
 彼女は、外界を畏れる者・・・・・・・だ。
 自分だけの――あるいは限られた誰かとだけの世界を作り、その中に引き篭もることを選んだ……。
「そんなことはない」
 怯える子犬をなだめるように、央霞は言った。
「私も、みずきを失う覚悟をしたことがある」
「え……?」
 千姫が驚いたように顔をあげる。
「それは……白峰先輩に嫌われるって……意味で……?」
「そうだ。自分の未熟さと愚かさのせいで、あいつを傷つけてしまったんだ。あのときは、とても怖ろしかったよ。そして、その覚悟を、以来ずっと持ち続けている」
 千姫の目にはきっと、自分は他人から向けられる好意に無頓着なように映るのだろう。
 それは半分正しく、半分間違っている。
 他の者がどうでもいいとまでは思わないが、央霞にとって本当に大切と言えるのは、みずきだけなのだ。
 彼女が微笑んでくれさえすれば、なにもいらない――そんなふうに思えてしまう。
 だから、場合によっては限りなく冷淡になれるし、ときに非情な選択をすることも厭わない。
 ただ、彼女の世界には他の人間も含まれているから、なるべく傷つけないように振る舞うし、尊重もするというだけの話なのだ。
 そういう単純シンプルな世界を、央霞は守り続けている。
 かくあれかしと、願い続けている。
 あのとき・・・・から、ずっと――
「さて。そろそろ終いにしようか」
 央霞と千姫の距離が、ほんの数センチにまで縮まる。
「私に言いたいことは、まだあるか?」
 かぶりを振る千姫。央霞はうなずく。竹刀の柄を、素早く千姫の首筋にあてた。
 くずおれた小さな身体を、央霞はそっと受け止め、地面に横たえた。
「チキ!」
 茉莉花がまろぶように駆け寄ってきて、千姫に取りすがる。
 少女の小ぶりな胸は、かすか上下していた。ほどなく目を覚ますだろう。
 その寝顔を見おろしながら、央霞はちいさく呟いた。
(大丈夫だ、遠梅野。怖じることなく、みずきに気持ちを伝えたらいい。あいつは、お前を拒絶したりしないさ)
 それどころか、央霞の考えが正しければ、喜んで手許に置こうとするだろう。
 ふっと息をつき、央霞は気を緩めかけた。
 そのとき、グラウンドの隅からこちらを窺う視線があることに気づいた。
 ぽつねんと佇む一匹の黒猫――
 しばらくのあいだ、猫は素知らぬ顔で毛繕いをしていたが、ふいにその場で跳躍し、まるで自分の影に飛び込むかのように地面の中へと消えた。
(まさか――!)
 央霞は考えるより先に駆け出した。
 みずきの身になにかが起きたことを、直感が告げていた。
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