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もう15歳
20
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「殿下。どこまで覚えていらっしゃいますか?」
じっと覗きこむように殿下の碧眼を見つめると、真っ直ぐに視線を返しながら答えてくれました。
「ツヴァイクに履修科目変更票を出しに行かせ、アインズが手洗いに行った。それからドーランが出した茶を飲んだところまで」
どうやら亡くなった護衛の方の名は、アインズと言うようですね。そしてそこに転がっているのが、多分ドーラン。
「おそらくアインズ様だと思われるかたが、下の手洗いで亡くなっておいででした。殿下のご指示を伺ってからにしようと、ご遺体はそのままにしてございます。このままにしておくと授業を終えた生徒に発見されますが、どういたしますか?」
「どうとは?」
殿下が首を傾げます。こんな時でも可愛いなと軽く現実逃避しながら、毒を飲んだ自覚がないらしい殿下へ、彼が意識を失っている間に私がやってしまったことを告げることにしました。
「そこの男が殿下に盛った毒は、私が解毒してしまいました。殿下は毒を飲まれなかったことにされますか?」
「・・・「解毒してしまいました」って・・・ずいぶん簡単に言うね・・・まあ、いいや。同じ毒はあるのかい?」
やや呆れた表情の殿下がソファの背へもたれかかり、腕を組みました。私へいろいろ訊ねたいようですが、とりあえず後回しにする気のようです。
「そこのテーブルへこぼれたものでよろしければ、ございます。魔法を使用して集めることができますので」
私が闇魔法で似た症状を与えることもできますが、殿下がお倒れになった場合、必ず治癒術師へ診せるでしょうからやめておいた方がいいと思います。私の関与がばれる可能性が高いですからね。
殿下は長い脚を優雅に組んで、少し考えてから言いました。
「・・・私がもう一度服毒して、彼の暗殺未遂の罪を揺るぎなくするのはいいけれど、そうなるとおそらくカムも巻き込まれるだろうね。君は目立つから、きっとここへ来る間にも誰かに姿を見られているだろうし。最悪、犯人扱いをされる」
「それは・・・」
出来れば避けたいですね。
私が眉根を寄せたのを見て、殿下がふっと目元を緩めました。
「私は飲む前に気付いたことにする。その時、君が来たことにしようか。それでも十分、罪に問えるだろうし。そこの彼・・・ドーランへ、レオのように発言を制限することができるかい?」
「可能でございます。殿下の許可なしに、今日起きた出来事を話せないようにすればよろしいですか?」
殿下がこくりと頷きましたので、早速やってしまいましょう。
床へ転がされたままぐっすり眠っている簀巻きの男、ドーランの側へ跪き、その額に触れて闇魔法で「今日知り得たことを、私とヘンリー王子の許可なく他者へ伝えられない」を付与しました。
「起こして誰の指示か自白させよう」
「わかりました」
とっとと白状していただこうと、ドーランへ「自白」を付与してから「眠り」を解除します。始めぼんやりしていたドーランの猿轡をクラウドが取ると、カッと目を見開いて口を開きました。
「・・・はっやべ寝た寝てたのか俺あれなんだこの女まじいい体してんなこの(自主規制)に(自主規制)して(自主規制)って黒髪じゃねぇかこれこの女あの夜の女神とかいうやつか闇喰らいの屋敷にいるってあれなんで俺何喋ってんだこれとまらねぇおいなんで王子生きてんだ確かに毒飲んだぞさっき死にかかけてたじゃねぇかくそ止まらねぇまさかこれが闇喰らいなのかくそくそくそ殺すなら最後にその(自主規制)で(自主規制)させ―――」
とりあえずもう一度眠らせてみました。
どうやら「自白」を付与すると、心の声が駄々漏れになるようでございます。
クラウドが仏頂面で近付いてきて、簀巻きのままドーランを椅子へ座らせて、更に椅子へ縛り付けました。随分、念入りに拘束しますね。
私は床へ跪くのをやめて殿下とドーランの間へ立ちます。目の前まで椅子ごと移動させられてきたドーランを指し、殿下が耳まで赤くしながら震える声で言いました。
「・・・カム・・・何をしたの?」
「呪いをかけて早々に自白させようとしたのですが、失敗しました。次は嘘を言えないようにしてみます」
私はドーランのこめかみに人差し指で触れ、「自白」を解除して「嘘を言えない」を付与してみました。そして「眠り」を解除します。殿下が「大丈夫か」という目でこちらを見上げてきましたので、小さく頷いて見せました。
今度は大丈夫だと思います。たぶん。
「ドーラン。君に聞きたいことはひとつしかない。いったい、誰の差し金なのかな?」
再びぼんやりと目を開けたドーランは、先程とはうって変わってむっつりと黙りこんだまま口を開こうとしません。
あれこれ喋り続けるのも鬱陶しいですが、だんまりでは嘘を付けなくしても意味がありませんね。
殿下がため息をつきました。
「・・・さっきのでお願い。もうすぐ生徒たちがやってくる時間だから急ごう」
「わかりました。うまく思考を誘導してくださいませ」
私を睨みつつも動けないドーランの額へ触れて、再び「自白」を付与しました。
「はふざけんなお前何しやがったおいこらくそくそくそくそ―――」
「エリスリーナ妃か?」
「―――馬鹿か王家の犬に成り下がるほど俺は安くねぇよあぁあの御方の御考えの下に王家なんてちっぽけなものとるに足るかぼけくそやめろ考えるといけないのかやべぇ―――」
「では誰だ?」
「言うか馬鹿かあくてぃわあああああああああああああああああ(自主規制)(自主規制)(自主規制)―――」
「眠れ」
強制的に眠らせたドーランが、かくりと俯きました。
それにしても「自白」は、白状する方だけでなく、聞く方も神経がすり減りますね。
だいたいドーランの頭の中が、清潔そうな見かけに反してガラが悪い上に、ピンク系過ぎるのですよ。最後の方は無理やりそっちへ思考をもって行ったのでしょうけれど、放送禁止用語を叫ぶのはやめていただきたい。
精神年齢43歳の私でもかなり気まずいくらいですから、王族である殿下なんて顔を真っ赤にして震えていますよ。
「殿下、大丈夫ですか?」
「あ・・・あぁ」
殿下が茫然としながら、私の方を見ないようにして頷きました。
しかし、どうしたものでしょうか。一番、可能性としてありうる人物である、側妃様の名を殿下が出したというのに、ドーランは否定し、その顔には嫌悪しか浮かんでいませんでした。
王家ではない? ではどこかの貴族とか? いえ、王家がちっぽけとか言っていましたから、国に縛られない秘密結社的な何かとか?
「殿下、カーラ様。時間切れのようです」
クラウドの声に耳を澄ますと、なるほど、たくさんの人の声が近づいてきていました。
4限目の言語学はほとんどの生徒が受講しているはずです。言語学を履修しておくと、魔法学で呪文を組み立てる際の手助けになりますからね。呪文を組み立てるのに、語彙が多いに超したことはありません。
そろそろかなというタイミングで男子生徒の野太い悲鳴が上がり、感染するように悲鳴が拡がっていきました。私はドーランへ触れて「自白」「嘘を言えない」を解除し、「この部屋を出ると目が覚める」ようにします。
私たちがいる部屋へ走って近づいてくる足音に、クラウドが扉の近くで身構えました。
「殿下!!」
もどかしそうに扉を開けて走り込んできたのは、緋色の髪に茶の瞳の青年でした。彼が殿下の護衛の一人であることは、クラウドも知っていますので手は出しません。しかし念のためでしょう。青年と私たちの間へ割り込み、近付くのを許しませんでした。
その態度に、殿下の護衛が身構えます。
「ツヴァイク、大丈夫だ。彼らは私を助けてくれただけだよ」
「・・・はい」
表情からして納得していないような感じの殿下の護衛、ツヴァイク様がゆっくり構えを解きました。そして私をちら見しようとして目が合ってしまい、慌てて目をそらします。
そんな「見てはならないものを見てしまった」みたいな顔をしないでくださいよ。
「ご無事で何よりです。殿下。お守りできず、申し訳ございません」
ツヴァイク様が跪いて頭を垂れました。
彼はなんとなく今回の暗殺には無関係のような気がしますが・・・オニキス、彼に殿下を害しようという感情はありますか?
『無い。同僚の死による混乱、嫌疑を感じ取った焦燥、王子に怪我はないかという不安しかない』
オニキスの声が聞こえたのでしょう。クラウドが構えを解いて、私の横へ並びました。つまりドーランの真横ですね。
クラウドは手に持ったままだったドーランのアスコットタイを、再び猿轡として噛ませました。それを怪訝な表情で見ていたツヴァイク様へ、殿下が告げます。
「ドーランが私の毒殺を企てたのだよ。アインズも彼の仕業だと思う。悪いが学園警備を呼んで、学園長へも伝えてきてくれないか?」
「はっ・・・しかし・・・」
跪いたままだったツヴァイク様は、また私をちら見しようとして目が合い、慌てて目をそらしました。
そんな「私、やってません無実です!」みたいな顔をしないでくださいよ。
「心配しないで。カムは私に危害を加えるなんて面倒にしかならないことは絶対しないし、後味が悪くなるから見捨てることもしない。それに彼女がその気なら、私はとっくの昔にこの世にいないよ」
前半、かなり的確に私の心情を読み取っていただいていますが、後半は必要なかったと思います。ツヴァイク様のお顔が真っ青になったではありませんか。
ツヴァイク様、そんな「終わった・・・」みたいな顔をしないでくださいよ。
「っっ!! はっ! 行ってまいります!!」
一瞬放心しかけたツヴァイク様は、深々と頭を下げてから、逃げるように部屋を出て行きました。何とも言えない気持ちで閉まりつつある扉を眺めて、見送ります。
ツヴァイク様の中の私は、いったい何者なのでしょうか。悪魔? それとも邪神?
「ん?」
ぼんやり立ったままでいたところ、手に何やら生暖かいものが触れました。反射的に手を引こうとしましたが、ぐっと握られてしまって離れません。触れたものの正体を確認するために自分の手へ視線を向ければ、案の定、殿下が私の手を取っていました。
「殿下・・・」
勝手に触れたことを咎めようと目を合わせかけ、そういえば昨日も同じような場面で、殿下の顔を見て後悔したことを思い出しました。私は眉間にシワが寄るのを止めもせず、じっと殿下の手を凝視します。
すると殿下がソファから立ち上がり、頭突き出来そうな程、近くに立ちました。
「カム。私を見て」
「・・・お放しください。殿下」
捕まれている手を見つめたまま抗議します。殿下は私の手を取ったのと、反対の手を私の手の上に乗せて包み込むようにしました。
「ね、カム。私と結婚しよう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
耳を疑うような発言に思わず顔を上げてしまいました。
そして、どうせ「いつも通りニヤニヤしているのだろうな」という予想は外れました。
私を見る殿下は珍しく真剣な様子で、しかしその碧眼が優しく煌めいていて。その姿がまるで希代の画家が描いた天使画のように美しくて。つい、そのまま見つめ続けてしまいました。
「だって婚約なんてまどろっこしいことをしてたら、誰かにとられてしまいそうだし」
いやいやいや! 聞きたいのはそこではなくて!
無意識に頭の中で突っ込み、我に返った時には、殿下は不満げに頬を膨らませるいつもの可愛らしいお顔でした。
うーんと。あれか。転移やら解毒やらが、殿下の面白いスイッチを押すどころかショートして、変な回路が繋がってしまったのかもしれません。
「大丈夫。束縛しないと誓うよ。私が一番でなくていい。君が私の元へ帰ってきてくれさえすれば、それでいいんだ」
黙ったままの私の態度をどうとったのか、愛人容認宣言をする、殿下。
え? なに? 私は殿下の中で浮気者認定をされているのですか?
それに貴方、ゲームでは「君が私だけを見て、私だけを楽しませてくれる限り、私は君だけのものだよ」的な、上から目線なキャラでしたよね? なんでそんな「私待つわ」的な感じなの?
「考えておいて?」
そう言って今までに見たこともない大人の顔で微笑んだ殿下は、目を合わせたまま私の手を口元まで持っていき、ちゅっと口づけました。
ぞわっと鳥肌が立って、つい振り払うように手を引きます。が、殿下は邪魔をせず、あっさり離してくれました。
何を言っていいのかわからなくて、口を開けたり閉じたりしている間に、学園警備が部屋へやってきて慌ただしくなり。そのまま警備と、ドーランと共に部屋を出て行く、殿下を見送ったのでした。
じっと覗きこむように殿下の碧眼を見つめると、真っ直ぐに視線を返しながら答えてくれました。
「ツヴァイクに履修科目変更票を出しに行かせ、アインズが手洗いに行った。それからドーランが出した茶を飲んだところまで」
どうやら亡くなった護衛の方の名は、アインズと言うようですね。そしてそこに転がっているのが、多分ドーラン。
「おそらくアインズ様だと思われるかたが、下の手洗いで亡くなっておいででした。殿下のご指示を伺ってからにしようと、ご遺体はそのままにしてございます。このままにしておくと授業を終えた生徒に発見されますが、どういたしますか?」
「どうとは?」
殿下が首を傾げます。こんな時でも可愛いなと軽く現実逃避しながら、毒を飲んだ自覚がないらしい殿下へ、彼が意識を失っている間に私がやってしまったことを告げることにしました。
「そこの男が殿下に盛った毒は、私が解毒してしまいました。殿下は毒を飲まれなかったことにされますか?」
「・・・「解毒してしまいました」って・・・ずいぶん簡単に言うね・・・まあ、いいや。同じ毒はあるのかい?」
やや呆れた表情の殿下がソファの背へもたれかかり、腕を組みました。私へいろいろ訊ねたいようですが、とりあえず後回しにする気のようです。
「そこのテーブルへこぼれたものでよろしければ、ございます。魔法を使用して集めることができますので」
私が闇魔法で似た症状を与えることもできますが、殿下がお倒れになった場合、必ず治癒術師へ診せるでしょうからやめておいた方がいいと思います。私の関与がばれる可能性が高いですからね。
殿下は長い脚を優雅に組んで、少し考えてから言いました。
「・・・私がもう一度服毒して、彼の暗殺未遂の罪を揺るぎなくするのはいいけれど、そうなるとおそらくカムも巻き込まれるだろうね。君は目立つから、きっとここへ来る間にも誰かに姿を見られているだろうし。最悪、犯人扱いをされる」
「それは・・・」
出来れば避けたいですね。
私が眉根を寄せたのを見て、殿下がふっと目元を緩めました。
「私は飲む前に気付いたことにする。その時、君が来たことにしようか。それでも十分、罪に問えるだろうし。そこの彼・・・ドーランへ、レオのように発言を制限することができるかい?」
「可能でございます。殿下の許可なしに、今日起きた出来事を話せないようにすればよろしいですか?」
殿下がこくりと頷きましたので、早速やってしまいましょう。
床へ転がされたままぐっすり眠っている簀巻きの男、ドーランの側へ跪き、その額に触れて闇魔法で「今日知り得たことを、私とヘンリー王子の許可なく他者へ伝えられない」を付与しました。
「起こして誰の指示か自白させよう」
「わかりました」
とっとと白状していただこうと、ドーランへ「自白」を付与してから「眠り」を解除します。始めぼんやりしていたドーランの猿轡をクラウドが取ると、カッと目を見開いて口を開きました。
「・・・はっやべ寝た寝てたのか俺あれなんだこの女まじいい体してんなこの(自主規制)に(自主規制)して(自主規制)って黒髪じゃねぇかこれこの女あの夜の女神とかいうやつか闇喰らいの屋敷にいるってあれなんで俺何喋ってんだこれとまらねぇおいなんで王子生きてんだ確かに毒飲んだぞさっき死にかかけてたじゃねぇかくそ止まらねぇまさかこれが闇喰らいなのかくそくそくそ殺すなら最後にその(自主規制)で(自主規制)させ―――」
とりあえずもう一度眠らせてみました。
どうやら「自白」を付与すると、心の声が駄々漏れになるようでございます。
クラウドが仏頂面で近付いてきて、簀巻きのままドーランを椅子へ座らせて、更に椅子へ縛り付けました。随分、念入りに拘束しますね。
私は床へ跪くのをやめて殿下とドーランの間へ立ちます。目の前まで椅子ごと移動させられてきたドーランを指し、殿下が耳まで赤くしながら震える声で言いました。
「・・・カム・・・何をしたの?」
「呪いをかけて早々に自白させようとしたのですが、失敗しました。次は嘘を言えないようにしてみます」
私はドーランのこめかみに人差し指で触れ、「自白」を解除して「嘘を言えない」を付与してみました。そして「眠り」を解除します。殿下が「大丈夫か」という目でこちらを見上げてきましたので、小さく頷いて見せました。
今度は大丈夫だと思います。たぶん。
「ドーラン。君に聞きたいことはひとつしかない。いったい、誰の差し金なのかな?」
再びぼんやりと目を開けたドーランは、先程とはうって変わってむっつりと黙りこんだまま口を開こうとしません。
あれこれ喋り続けるのも鬱陶しいですが、だんまりでは嘘を付けなくしても意味がありませんね。
殿下がため息をつきました。
「・・・さっきのでお願い。もうすぐ生徒たちがやってくる時間だから急ごう」
「わかりました。うまく思考を誘導してくださいませ」
私を睨みつつも動けないドーランの額へ触れて、再び「自白」を付与しました。
「はふざけんなお前何しやがったおいこらくそくそくそくそ―――」
「エリスリーナ妃か?」
「―――馬鹿か王家の犬に成り下がるほど俺は安くねぇよあぁあの御方の御考えの下に王家なんてちっぽけなものとるに足るかぼけくそやめろ考えるといけないのかやべぇ―――」
「では誰だ?」
「言うか馬鹿かあくてぃわあああああああああああああああああ(自主規制)(自主規制)(自主規制)―――」
「眠れ」
強制的に眠らせたドーランが、かくりと俯きました。
それにしても「自白」は、白状する方だけでなく、聞く方も神経がすり減りますね。
だいたいドーランの頭の中が、清潔そうな見かけに反してガラが悪い上に、ピンク系過ぎるのですよ。最後の方は無理やりそっちへ思考をもって行ったのでしょうけれど、放送禁止用語を叫ぶのはやめていただきたい。
精神年齢43歳の私でもかなり気まずいくらいですから、王族である殿下なんて顔を真っ赤にして震えていますよ。
「殿下、大丈夫ですか?」
「あ・・・あぁ」
殿下が茫然としながら、私の方を見ないようにして頷きました。
しかし、どうしたものでしょうか。一番、可能性としてありうる人物である、側妃様の名を殿下が出したというのに、ドーランは否定し、その顔には嫌悪しか浮かんでいませんでした。
王家ではない? ではどこかの貴族とか? いえ、王家がちっぽけとか言っていましたから、国に縛られない秘密結社的な何かとか?
「殿下、カーラ様。時間切れのようです」
クラウドの声に耳を澄ますと、なるほど、たくさんの人の声が近づいてきていました。
4限目の言語学はほとんどの生徒が受講しているはずです。言語学を履修しておくと、魔法学で呪文を組み立てる際の手助けになりますからね。呪文を組み立てるのに、語彙が多いに超したことはありません。
そろそろかなというタイミングで男子生徒の野太い悲鳴が上がり、感染するように悲鳴が拡がっていきました。私はドーランへ触れて「自白」「嘘を言えない」を解除し、「この部屋を出ると目が覚める」ようにします。
私たちがいる部屋へ走って近づいてくる足音に、クラウドが扉の近くで身構えました。
「殿下!!」
もどかしそうに扉を開けて走り込んできたのは、緋色の髪に茶の瞳の青年でした。彼が殿下の護衛の一人であることは、クラウドも知っていますので手は出しません。しかし念のためでしょう。青年と私たちの間へ割り込み、近付くのを許しませんでした。
その態度に、殿下の護衛が身構えます。
「ツヴァイク、大丈夫だ。彼らは私を助けてくれただけだよ」
「・・・はい」
表情からして納得していないような感じの殿下の護衛、ツヴァイク様がゆっくり構えを解きました。そして私をちら見しようとして目が合ってしまい、慌てて目をそらします。
そんな「見てはならないものを見てしまった」みたいな顔をしないでくださいよ。
「ご無事で何よりです。殿下。お守りできず、申し訳ございません」
ツヴァイク様が跪いて頭を垂れました。
彼はなんとなく今回の暗殺には無関係のような気がしますが・・・オニキス、彼に殿下を害しようという感情はありますか?
『無い。同僚の死による混乱、嫌疑を感じ取った焦燥、王子に怪我はないかという不安しかない』
オニキスの声が聞こえたのでしょう。クラウドが構えを解いて、私の横へ並びました。つまりドーランの真横ですね。
クラウドは手に持ったままだったドーランのアスコットタイを、再び猿轡として噛ませました。それを怪訝な表情で見ていたツヴァイク様へ、殿下が告げます。
「ドーランが私の毒殺を企てたのだよ。アインズも彼の仕業だと思う。悪いが学園警備を呼んで、学園長へも伝えてきてくれないか?」
「はっ・・・しかし・・・」
跪いたままだったツヴァイク様は、また私をちら見しようとして目が合い、慌てて目をそらしました。
そんな「私、やってません無実です!」みたいな顔をしないでくださいよ。
「心配しないで。カムは私に危害を加えるなんて面倒にしかならないことは絶対しないし、後味が悪くなるから見捨てることもしない。それに彼女がその気なら、私はとっくの昔にこの世にいないよ」
前半、かなり的確に私の心情を読み取っていただいていますが、後半は必要なかったと思います。ツヴァイク様のお顔が真っ青になったではありませんか。
ツヴァイク様、そんな「終わった・・・」みたいな顔をしないでくださいよ。
「っっ!! はっ! 行ってまいります!!」
一瞬放心しかけたツヴァイク様は、深々と頭を下げてから、逃げるように部屋を出て行きました。何とも言えない気持ちで閉まりつつある扉を眺めて、見送ります。
ツヴァイク様の中の私は、いったい何者なのでしょうか。悪魔? それとも邪神?
「ん?」
ぼんやり立ったままでいたところ、手に何やら生暖かいものが触れました。反射的に手を引こうとしましたが、ぐっと握られてしまって離れません。触れたものの正体を確認するために自分の手へ視線を向ければ、案の定、殿下が私の手を取っていました。
「殿下・・・」
勝手に触れたことを咎めようと目を合わせかけ、そういえば昨日も同じような場面で、殿下の顔を見て後悔したことを思い出しました。私は眉間にシワが寄るのを止めもせず、じっと殿下の手を凝視します。
すると殿下がソファから立ち上がり、頭突き出来そうな程、近くに立ちました。
「カム。私を見て」
「・・・お放しください。殿下」
捕まれている手を見つめたまま抗議します。殿下は私の手を取ったのと、反対の手を私の手の上に乗せて包み込むようにしました。
「ね、カム。私と結婚しよう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
耳を疑うような発言に思わず顔を上げてしまいました。
そして、どうせ「いつも通りニヤニヤしているのだろうな」という予想は外れました。
私を見る殿下は珍しく真剣な様子で、しかしその碧眼が優しく煌めいていて。その姿がまるで希代の画家が描いた天使画のように美しくて。つい、そのまま見つめ続けてしまいました。
「だって婚約なんてまどろっこしいことをしてたら、誰かにとられてしまいそうだし」
いやいやいや! 聞きたいのはそこではなくて!
無意識に頭の中で突っ込み、我に返った時には、殿下は不満げに頬を膨らませるいつもの可愛らしいお顔でした。
うーんと。あれか。転移やら解毒やらが、殿下の面白いスイッチを押すどころかショートして、変な回路が繋がってしまったのかもしれません。
「大丈夫。束縛しないと誓うよ。私が一番でなくていい。君が私の元へ帰ってきてくれさえすれば、それでいいんだ」
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え? なに? 私は殿下の中で浮気者認定をされているのですか?
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「考えておいて?」
そう言って今までに見たこともない大人の顔で微笑んだ殿下は、目を合わせたまま私の手を口元まで持っていき、ちゅっと口づけました。
ぞわっと鳥肌が立って、つい振り払うように手を引きます。が、殿下は邪魔をせず、あっさり離してくれました。
何を言っていいのかわからなくて、口を開けたり閉じたりしている間に、学園警備が部屋へやってきて慌ただしくなり。そのまま警備と、ドーランと共に部屋を出て行く、殿下を見送ったのでした。
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辺境伯令嬢ウェスパルは王家主催のお茶会で見知らぬ令嬢達に嫌味を言われ、すっかり王都への苦手意識が出来上がってしまった。母に泣きついて予定よりも早く領地に帰ることになったが、五年後、学園入学のために再び王都を訪れなければならないと思うと憂鬱でたまらない。泣き叫ぶ兄を横目に地元へと戻ったウェスパルは新鮮な空気を吸い込むと同時に、自らの中に眠っていた前世の記憶を思い出した。
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