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そろそろ10歳
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カーライルごっこを始めてから七年。ずっと気になっていましたが、気付かないふりをしていたことがあります。
かなり今更感がありますが、カーライルでなくなった今だからこそ、明らかにしておくべきだと思うのです。
「あの・・・ダーブさん」
「どうされましたか? カーラ様」
丁寧にマンゴーの実をもいでいたダーブさんが手を止めて、私に視線を向けました。その邪気のない目に一瞬たじろぎましたが、意を決して訊ねます。
「ダーブさんはちゃんと休みをとっていますか?」
「はい。日暮れから日の出まで休んでいますよ」
「そうではなくて・・・その・・・まる1日休みをとったことは?」
「それは寝込んだことがあるのかということですか?」
顔だけこちらに向けていたダーブさんが、体ごとこちらを向きました。予想通りっぽい勤務状態に「やっぱりいいです」と言ってしまいそうな自分を叱咤して、さらに言葉を続けます。
「ダーブさんは7年間、働きづめなのですか?」
「いえ。雨の日は休んでいます」
雨が降るのって、一年でも数えるほどですよね。しかも「雨の日」なんて言うほど雨が降ることは、めったにありません。
「カーラ様」
マンゴー畑管理者のブラック具合に絶句していると、ダーブさんがにっこり微笑みました。
「体調が悪かったり、休みたい理由があれば皆、それぞれ休んでいます。カーラ様が心配されているほど、労働環境は悪くありません」
気のせいでなければ、今「皆」って言いましたよね?
ギギギと音がしそうな感じで恐る恐る、近くで同じようにマンゴーをもいでいた集落の方に顔を向けました。
「そうですよ、カーラ様。皆、それぞれ分担して無理なく仕事をしております。飢えることなく、安全で、住む場所があって、仕事がある。何も不満はございません」
でもそれって、最低限保証されるべきことであって、なんていうか・・・お休みの日を楽しむというか、仕事から離れてくつろぐ時間は必要ないのでしょうか。
黙ったままの私をどう思ったのか、別の集落の方がものすごくいい笑顔で言いました。
「このカーライル村に、カーライル様が遺してくださったものをお世話できるなんて、とても名誉な仕事を、苦痛に思うものなどいません」
ダーブさんも、この会話を聞いていた他の方々も、うんうんといい笑顔で頷いています。カーライル信奉者が思ったより多い事にショックを受けた私は「そうですか」と言うのがやっとでした。
「と、いうことがあったのですよ」
毎日仕事をしている様子のダーブさんを心配したら、カーライル村(仮)自体がブラックで、さらに洗脳されているのかという具合の人々に衝撃を受けてしまいました。その時の話を、昼食時に軽い愚痴のつもりでセバス族兄妹に話したのですが・・・。
「どこが問題なのですか?」
話自体は食事の手を止めてしっかり聞いていたようですが、何も感じなかったらしい、クラウド。チェリはどうかとそちらに目を向けると、真剣な顔でチェリが言いました。
「カーラ様、よろしいですか?」
「はい」
姿勢を正して、彼女の言葉を待ちます。
「目を閉じて、想像してみてください」
「はい」
言われた通り、目を閉じます。先入観を無くせということでしょうか。
「カーラ様は十分な食料もなく、お金もほとんどない状態で、勝手知らぬ異国へやってきました」
ほうほう。まるでゲームの国外追放のようですね。今の私には影の異空間収納にマンゴーやスイカの種や、カーライルのお給料がありますので、今すぐ放り出されても困りませんが。
おっと。先入観を無くすのでした。
「さらに命の危険があるほどの怪我を負いました」
「・・・はい」
やだなー。痛いのは嫌だ。
痛いし、ひもじいし、住むところもないって、かなり追い詰められた状態ですね。
「そこに現れた輝くような笑顔の美男・・・失礼。颯爽と現れた青年が・・・」
「今、さりげなくチェリの主観が混じったな」
口を出したクラウドに制裁が下った音がしましたが、聞かなかったことにして目を閉じたまま想像します。
「青年が傷を癒してくれて、食料を分けてくれて、さらに仕事まで与えてくれました」
至れり尽くせりですね。追い詰められた状況でそこまでしてくれたら、たとえ異性でなくても間違いなく好意を抱きますよ。
「それが私にとってはカーラ様ですが、彼らにとってはカーライル様なのですよ」
「あー」
なるほど。吊り橋効果ってやつですかね。
目を開けて、ゆったりとほほ笑むチェリを見ます。
「でもカーライルとして、かなり都合よく彼らを使ってきた自覚があるのですが・・・」
そう。お願いだけして基本放置が、カーライルのやり口でした。あとは察してくれた集落の方々が上手く回して、いつのまにかマンゴー農場などの経営を安定させていたのです。
確かに魔法でしか改善できない環境等を整えたのはカーライルですが、その他の民家を作ったり、ドライマンゴー加工場や、甜菜精製工場を作ったのは集落の方々です。手伝いはしましたし、相談に乗ったりはしましたけど、その程度しかしていません。
そうして彼らの努力によって得られた収益の上前をはねていく。なんて阿漕な存在なのだろう。
「飢えることなく、安全で、住む場所があって、仕事がある。その基礎をお創りになったのがカーラ様です。報酬があって当然です」
「でも試行錯誤して、収益を得るまでに成長させたのは、彼らですよ?」
「自分たちの生活を、自分たちでより良くしようとするのは当然です。何もできない子供ではないのですから、見守り、必要な時に手を貸すだけで十分なのです」
納得できたような、できないような。思わずうなってしまった私に、チェリは苦笑しました。
「カーラ様は彼らが必要だと言えば、金銭でも、魔法でも、知恵でも手をお貸しになるでしょう?」
「もちろん」
「ではそれでいいのです。頭がすべてを行う必要はありません。適材適所という言葉もあります。失礼ですが、カーラ様は経営や投資は得意ではないとお見受けしました」
「そのとおりです」
先を読むのも、考えるのも苦手です。チェリはそういうの得意そうですけど。
「休日がないということが気になるようでしたら、今度私がドードさんと相談してみます」
「お願いします」
結局また人任せな気もしますが、私が経営に向いていないのは確かです。必要があればドード君と仲がいいチェリが教えてくれるでしょうから、それを待つとしましょう。
「しかしあの宗教か! という具合のカーライル信奉者たちは何とかなりませんかね」
集落の方々のいい笑顔を思い出しながら私が眉間にしわを寄せて言うと、チェリが首を傾げました。
「カーライル村の住民は皆、あのような感じですよ?」
「えっ?!」
いやいやいや。いくらなんでも、皆じゃないでしょう。
驚いて固まった私に、チェリが再び真剣な顔になって言いました。
「カーラ様、先ほどは私を例にしましたが、皆似たような状況でカーライル様に出会ったのです。特にダーブさんは元農業奴隷で、不治の病が原因で働いていた農場を解雇され、死に場所を探して異国まで来てしまった人ですから、本気でカーライル様を神のように崇めています」
「・・・」
流れ作業過ぎて、誰がどんな病気だったのかとか、どんな病気を治したのかなんて覚えていません。それまで黙って足元に寝そべっていたオニキスが、撫でろと言うように私の膝に顎を乗せて言いました。
『しかもカーライルに好意的でない人間が、悪意をもってマンゴー畑に入ると排除されるようになっているからな。どっちつかずの人間は故郷に送り返してしまったし、あの集落にはカーライルに好意的なものしか残っていないとみて、間違いない』
そういえば、そうでしたね。我ながら恐ろしい罠を張ったものです。なるべくして出来上がったカーライル村(仮)だったようでございます。
カーライルとしては薬屋が本命で、マンゴー畑などは完全に食欲主導の趣味の領域だっただけに、どうしてこうなった感が半端ないです。ある程度お金が貯まったらフェードアウトするつもりでしたし。その前に、刺客を送り込まれたことに焦って、殺してしまいましたけど。
カーライルの死を告げた時の集落の方々の顔を思い出しました。
今更ながら、他に手段はなかったものかと、オニキスを撫でながら考えます。パタパタと機嫌よさげに揺れる黒い尾を見て、浮かびかけた前世の光景を、小さく頭を振って奥底へ沈めました。
かなり今更感がありますが、カーライルでなくなった今だからこそ、明らかにしておくべきだと思うのです。
「あの・・・ダーブさん」
「どうされましたか? カーラ様」
丁寧にマンゴーの実をもいでいたダーブさんが手を止めて、私に視線を向けました。その邪気のない目に一瞬たじろぎましたが、意を決して訊ねます。
「ダーブさんはちゃんと休みをとっていますか?」
「はい。日暮れから日の出まで休んでいますよ」
「そうではなくて・・・その・・・まる1日休みをとったことは?」
「それは寝込んだことがあるのかということですか?」
顔だけこちらに向けていたダーブさんが、体ごとこちらを向きました。予想通りっぽい勤務状態に「やっぱりいいです」と言ってしまいそうな自分を叱咤して、さらに言葉を続けます。
「ダーブさんは7年間、働きづめなのですか?」
「いえ。雨の日は休んでいます」
雨が降るのって、一年でも数えるほどですよね。しかも「雨の日」なんて言うほど雨が降ることは、めったにありません。
「カーラ様」
マンゴー畑管理者のブラック具合に絶句していると、ダーブさんがにっこり微笑みました。
「体調が悪かったり、休みたい理由があれば皆、それぞれ休んでいます。カーラ様が心配されているほど、労働環境は悪くありません」
気のせいでなければ、今「皆」って言いましたよね?
ギギギと音がしそうな感じで恐る恐る、近くで同じようにマンゴーをもいでいた集落の方に顔を向けました。
「そうですよ、カーラ様。皆、それぞれ分担して無理なく仕事をしております。飢えることなく、安全で、住む場所があって、仕事がある。何も不満はございません」
でもそれって、最低限保証されるべきことであって、なんていうか・・・お休みの日を楽しむというか、仕事から離れてくつろぐ時間は必要ないのでしょうか。
黙ったままの私をどう思ったのか、別の集落の方がものすごくいい笑顔で言いました。
「このカーライル村に、カーライル様が遺してくださったものをお世話できるなんて、とても名誉な仕事を、苦痛に思うものなどいません」
ダーブさんも、この会話を聞いていた他の方々も、うんうんといい笑顔で頷いています。カーライル信奉者が思ったより多い事にショックを受けた私は「そうですか」と言うのがやっとでした。
「と、いうことがあったのですよ」
毎日仕事をしている様子のダーブさんを心配したら、カーライル村(仮)自体がブラックで、さらに洗脳されているのかという具合の人々に衝撃を受けてしまいました。その時の話を、昼食時に軽い愚痴のつもりでセバス族兄妹に話したのですが・・・。
「どこが問題なのですか?」
話自体は食事の手を止めてしっかり聞いていたようですが、何も感じなかったらしい、クラウド。チェリはどうかとそちらに目を向けると、真剣な顔でチェリが言いました。
「カーラ様、よろしいですか?」
「はい」
姿勢を正して、彼女の言葉を待ちます。
「目を閉じて、想像してみてください」
「はい」
言われた通り、目を閉じます。先入観を無くせということでしょうか。
「カーラ様は十分な食料もなく、お金もほとんどない状態で、勝手知らぬ異国へやってきました」
ほうほう。まるでゲームの国外追放のようですね。今の私には影の異空間収納にマンゴーやスイカの種や、カーライルのお給料がありますので、今すぐ放り出されても困りませんが。
おっと。先入観を無くすのでした。
「さらに命の危険があるほどの怪我を負いました」
「・・・はい」
やだなー。痛いのは嫌だ。
痛いし、ひもじいし、住むところもないって、かなり追い詰められた状態ですね。
「そこに現れた輝くような笑顔の美男・・・失礼。颯爽と現れた青年が・・・」
「今、さりげなくチェリの主観が混じったな」
口を出したクラウドに制裁が下った音がしましたが、聞かなかったことにして目を閉じたまま想像します。
「青年が傷を癒してくれて、食料を分けてくれて、さらに仕事まで与えてくれました」
至れり尽くせりですね。追い詰められた状況でそこまでしてくれたら、たとえ異性でなくても間違いなく好意を抱きますよ。
「それが私にとってはカーラ様ですが、彼らにとってはカーライル様なのですよ」
「あー」
なるほど。吊り橋効果ってやつですかね。
目を開けて、ゆったりとほほ笑むチェリを見ます。
「でもカーライルとして、かなり都合よく彼らを使ってきた自覚があるのですが・・・」
そう。お願いだけして基本放置が、カーライルのやり口でした。あとは察してくれた集落の方々が上手く回して、いつのまにかマンゴー農場などの経営を安定させていたのです。
確かに魔法でしか改善できない環境等を整えたのはカーライルですが、その他の民家を作ったり、ドライマンゴー加工場や、甜菜精製工場を作ったのは集落の方々です。手伝いはしましたし、相談に乗ったりはしましたけど、その程度しかしていません。
そうして彼らの努力によって得られた収益の上前をはねていく。なんて阿漕な存在なのだろう。
「飢えることなく、安全で、住む場所があって、仕事がある。その基礎をお創りになったのがカーラ様です。報酬があって当然です」
「でも試行錯誤して、収益を得るまでに成長させたのは、彼らですよ?」
「自分たちの生活を、自分たちでより良くしようとするのは当然です。何もできない子供ではないのですから、見守り、必要な時に手を貸すだけで十分なのです」
納得できたような、できないような。思わずうなってしまった私に、チェリは苦笑しました。
「カーラ様は彼らが必要だと言えば、金銭でも、魔法でも、知恵でも手をお貸しになるでしょう?」
「もちろん」
「ではそれでいいのです。頭がすべてを行う必要はありません。適材適所という言葉もあります。失礼ですが、カーラ様は経営や投資は得意ではないとお見受けしました」
「そのとおりです」
先を読むのも、考えるのも苦手です。チェリはそういうの得意そうですけど。
「休日がないということが気になるようでしたら、今度私がドードさんと相談してみます」
「お願いします」
結局また人任せな気もしますが、私が経営に向いていないのは確かです。必要があればドード君と仲がいいチェリが教えてくれるでしょうから、それを待つとしましょう。
「しかしあの宗教か! という具合のカーライル信奉者たちは何とかなりませんかね」
集落の方々のいい笑顔を思い出しながら私が眉間にしわを寄せて言うと、チェリが首を傾げました。
「カーライル村の住民は皆、あのような感じですよ?」
「えっ?!」
いやいやいや。いくらなんでも、皆じゃないでしょう。
驚いて固まった私に、チェリが再び真剣な顔になって言いました。
「カーラ様、先ほどは私を例にしましたが、皆似たような状況でカーライル様に出会ったのです。特にダーブさんは元農業奴隷で、不治の病が原因で働いていた農場を解雇され、死に場所を探して異国まで来てしまった人ですから、本気でカーライル様を神のように崇めています」
「・・・」
流れ作業過ぎて、誰がどんな病気だったのかとか、どんな病気を治したのかなんて覚えていません。それまで黙って足元に寝そべっていたオニキスが、撫でろと言うように私の膝に顎を乗せて言いました。
『しかもカーライルに好意的でない人間が、悪意をもってマンゴー畑に入ると排除されるようになっているからな。どっちつかずの人間は故郷に送り返してしまったし、あの集落にはカーライルに好意的なものしか残っていないとみて、間違いない』
そういえば、そうでしたね。我ながら恐ろしい罠を張ったものです。なるべくして出来上がったカーライル村(仮)だったようでございます。
カーライルとしては薬屋が本命で、マンゴー畑などは完全に食欲主導の趣味の領域だっただけに、どうしてこうなった感が半端ないです。ある程度お金が貯まったらフェードアウトするつもりでしたし。その前に、刺客を送り込まれたことに焦って、殺してしまいましたけど。
カーライルの死を告げた時の集落の方々の顔を思い出しました。
今更ながら、他に手段はなかったものかと、オニキスを撫でながら考えます。パタパタと機嫌よさげに揺れる黒い尾を見て、浮かびかけた前世の光景を、小さく頭を振って奥底へ沈めました。
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