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ついに16歳
最終話
しおりを挟む「それで? 君は「狂乱」と、どんな取引をしたんだい?」
ぽけーっと拘束されるアリエスクラート卿を見ていたら、隣にいたヘンリー殿下に肩を掴まれ、そちらへ体ごと振り向かされました。
覗き込むようにして私を見つめてくるヘンリー殿下は、いつものニヤニヤ顔ではなく。その、真面目に私を心配しているような様子に、物凄く違和感があって鳥肌が立ちました。私はゾワゾワする二の腕を擦りながら、どう答えようか考えます。
どんなも何も・・・私にも状況が読み込めていません。
私だって何の話なんだか尋ねたいところなんですよ。だって、心当たりがあると言っても、ちょっと気を抜いた隙にやってしまった居眠り中の出来事なのですから。
「・・・夢落ち」
『ではない。入り込まれたのはほんの3拍ほどの間だが、あれはカーラの精神世界で実際に起こった事だ』
思わず漏れた私の心の声に、オニキスが突っ込みを入れてきました。
えっと。ホントに? あの、何度も蛇にぶら下げられたやり取りは―――。
「夢・・・じゃないの?」
否定を期待してオニキスを見下ろしましたが、彼はこっくりと深く頷きます。そしてもうこれ以上話すことはないというように、ふいっと目をそらしてしまいました。
何かを実行中らしい彼は、私に構っている暇が無いようです。視線を落として圧迫感を増しながら、眉間に皺を寄せてまた小さく唸り始めます。
どうやら自分で説明するしかないようですが、現実ではなく、オニキス曰く精神世界での出来事であったせいか、記憶が曖昧な部分が多々あります。
何も言おうとしない私に業を煮やしたのか、ヘンリー殿下が再び尋ねてきました。
「何を取引したんだい?」
めったにないヘンリー殿下の真剣なお顔に、かなり困惑しつつも、夢の中・・・ではなくて、精神世界での「狂乱」とのやり取りを思い出します。
そう。あの蛇は確か―――。
「私が精霊との契約を周知する代わりに、大量虐殺計画を止めてくれる・・・とか、なんとか?」
自信なんてありませんので濁しつつ答えると、視線を落としたままのオニキスが、軽く頷きました。どうやら正解のようです。
簡単な返答でも満足したらしいヘンリー殿下は、それまで私の肩を掴んだままだった手を離すと、腕を組みました。
「なるほど」
「あちらさんは狂う精霊が減ればいいわけですからね。自分で終わりを決められて、しかも愛する宿主と死を共に出来る「契約」を選択肢に入れられるなら、願ったり叶ったりなんじゃないですか?」
お仕事中なはずのレオンの声に、そちらを見れば、ちょうどアリエスクラート卿が黒装束の数人に連れていかれる所でした。それを見送るフランツ王子殿下の背は、哀愁を漂わせています。
『それいい! 凄くいい!・・・「狂乱」の考えなのが癪だけど』
傷心っぽい宿主を放置して、フレイが私の所まで飛んで来ました。少なからず互いの精神に影響し合うのですから、慰めるなり、寄り添うなりしてあげた方がいいのではないですか?
苦言を呈そうと口を開きかけましたが、超絶かわいい天使の誘惑に負けてハグを受け入れてしまいました。ムギュッと抱き締め合って、さらに頬を擦り合わせます。何とも言えない顔でそれを凝視してくるヘンリー殿下は、全力で無視です。ここは降ってわいた幸運を手に入れ、天使を堪能することに集中するのです!
そういえば、フレイがまだ鳥の魔物だった時でも、オニキスは近づくだけで威嚇して容易に触れさせようとはしませんでした。しかし今は、その余裕が全く無いらしいですね。唸り声を大きくして、こちらへ鋭い視線を向けただけでした。
こんなに余裕のないオニキスはそうそう見られません。いったい何をしているのでしょうか。
『カーラ様! いろいろ決まったら教えてね!』
突き刺さりそうな睨みを平然と受け止めたフレイは、私に抱き付いたまま、元いたグレイジャーランド帝国へフランツ王子殿下共々、帰してくれるようオニキスに頼み始めます。
フランツ王子殿下はここにいないはずの人物ですからね。できるだけ早くお帰りいただいた方が得策でしょう。
眉間に皺を寄せたオニキスはふんすと息を吐くと、面倒くさそうに頷きました。
『主ぃ! 帰るよ~!』
フレイは私の首へ回していた腕に力を入れ、頬を私のそれへ押し付けてから、ふよ~っとフランツ王子殿下の方へ飛んでいきます。そしてこちらを振り返った、明らかに気落ちした様子のフランツ王子殿下へ喝を入れるようにその背を叩き、自分と同じ朱金色の髪をワシワシとかき混ぜました。
宿主に対する扱いが随分ぞんざいですね。しかし当のフランツ王子殿下が苦笑にがわらいしていますから、ちゃんと信頼関係が築かれているのかもしれません。
「では、失礼する」
『またね~』
目礼したフランツ王子殿下と、大きく手を振るフレイが消えてすぐ、また肩を掴まれてヘンリー殿下の方へ体ごと向かい合わされました。
「具体的には何も決まっていないのかい?」
「・・・え・・・っと」
あぶない。あぶない。
真顔の美人に至近距離から見つめられて、危うく魂を売り渡すところでした。悪魔に見とれて現実逃避している場合ではないので、目をそらして思い出すことに集中するとします。
とは言え、具体的にも何も、会話もやり取りもうろ覚えなのですが・・・。でも、なんとなく丸投げっぽかったのは記憶にありますよ。
「そう・・・だと思います。確か、黒・・・オニキスがいるのだから、私が選別するのがいいと言った・・・かな?」
自信なさげに疑問形で答えると、こちらをちらっと見たオニキスが頷いて肯定しました。なんとか正解のようです。
しかし、本人が忘れてしまったような記憶も閲覧できるなんて、契約した精霊との繋がりって深いですな。
「あー。まぁ、確かに。周知する人間を選別するには、精霊の能力からしてもカムが適任でしょうねぇ」
そう言いながら近付いてきたレオンは、ヘンリー殿下が彼へ気を取られた隙に、私を悪魔の腕から解放しました。いつの間にかレオンの背後に立たされていた私は、茫然とその背を見つめます。何がどうなってこうなったのか、よくわかりませんでしたよ。
レオンの向こうの悪魔はというと、空いた手へ視線を落とし、次いで私を見て。そして痛ましい物を見るように、顔を歪めました。
「だからこその不老、か。しかしそれを誤魔化すことが出来たとしても、十数年。最終的には、人の輪から外れてしまうだろうな」
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勝手に祀り上げられて、面倒な立場に立たされては堪りません。ヘンリー殿下へ詰め寄ろうとしたところで、その前に私の後ろにいたレイチェル様が元気よく手を挙げました。
「はいはいはい! あのね、今回の襲撃を利用すればいいと思うの! 未然に防いだけど、実行されてたら、それこそ国家滅亡もありうる計画だったんだし! はっ・・・あ、わ、わたくしはそう思いますの・・・」
不自然に上品な感じで「ほほほ・・・」とか笑いだしたレイチェル様が、どこからか取り出した扇で口元を隠しました。
目が完全に笑っていますから、確実に他人事として面白がっていらっしゃるのだと思います。かくいう私も先程、彼女とヘンリー殿下のご婚約を他人事として大いに祝福いたしましたので、強くは抗議できませんが。
「あぁ。いいんじゃないかな?」
「そうですね。ちょうど国家反逆罪に問えそうな実行犯がいますし、こうしていい具合に戦いの跡が残っていますし。後は情報操作と、根回しで十分だと思います。いろいろ面倒なので、光教会の関与は隠す方向で行きましょうか」
黒い・・・悪魔と対等に画策するレオンが黒すぎます。
確かに彼の本業は諜報活動ですし、清廉潔白ではいられないとは思いますが、ここにいない方々へ周知される内容が大幅に改ざんされそうな予感がします。
やっぱり止めようと口を開きかけたら、ヘンリー殿下がまた私へ哀しげな表情を向けてきました。
「でもそうなるとカムが普通に侯爵令嬢として生活できるのは、今の、この瞬間までって事になってしまうよ?」
「え・・・」
いえね。
そりゃあ何度も悪役令嬢を辞めたいとか、ゲームの舞台である学園から去りたいとか考えましたよ?しかしですね。こんな急に言われますと、何故だか迷いが生じてしまうのでございます。
突然の、幸運だか、不運だかはっきりしない提案に、頭の中が混乱に陥ります。
私としては決定を先延ばしにしたいところなのですが、条件的に今返答すべき案件ですよね。
皆の視線を受け止めきれなくて、目を伏せます。すると意図せず視界に入ったオニキスが、毛を逆立てて非常に焦った様子で言いました。
『カーラ。残念だが時間切れだ。あちらに戻った「狂乱」から探れぬようにあれこれ施してみたが、正直な話自信がない。この位置へ目印を付けられていたなら、そろそろ見付かってしまうだろう。よって、この付近には最低でも1年は近寄らないほうがいい』
「えぇ?!」
深く考える前に選択肢が失われました。
とんずら一択のようです。
オニキスは驚きのあまり硬直した私から、こちらも言葉を無くして立ちすくんでいるヘンリー殿下たちへと視線を移しました。
『お前たちも捕捉されないように偽装してみたが、なにぶん即席だからな。おそらく不十分だ。暫くカーラへ近付くな』
「・・・それは何故かな?」
明らかに不満げなヘンリー殿下が、いつもよりやや低いような声音で尋ねてきます。オニキスはふんすと息を吐くと、まるで小馬鹿にするように目を細めました。
『今のあれの目的は、カーラと会話をすることだ。もしカーラではなく、付近の人間に寄生することでも事足りると気付かれたらどうする? お前たちの精霊は確実に喰われて、最悪、体を乗っ取られるぞ? それでもいいのか?』
「・・・」
押し黙る、ヘンリー殿下。
その反応に満足したらしいオニキスが、今度はクラウドへ視線を向けました。
『特にクラウド。同じ黒付きのお前が一番目立つ。お前も1年は別行動だ』
「っ! そんなっ!!」
その場で崩れ落ちてガックリ両手両膝を地面についた姿勢。からの、捨てられた仔犬のような瞳でウルウルとこちらを見上げてくる、クラウド。
前例があるだけに、彼と離れることには不安しかないのですよね。
次第にこの世の終わりなオーラを纏い始めたクラウドの影から、モリオンが勢いよく飛び出しました。
『大丈夫っす! 3日で偽装できるっす!』
頼もしく言い切ったモリオンに向かって、オニキスが眉間に皺を寄せて唸るような低い声で言いました。
『・・・半年はかかるだろう?』
『3日でできるっす!』
『いやいや、1か月は』
『3日でできるっす!』
『半月・・・』
『3日でできるっす!』
『1週間』
『3日しかもたないっす!』
『・・・あぁ』
なんでそんなにクラウドたちを遠ざけたいのだか分かりませんが、オニキスの検討も虚しく。クラウドの精神的限界への配慮が最優先にされたようです。
とりあえず解決したっぽいクラウドから、話の途中だったようなヘンリー殿下へと向き直りました。私の視線を受けた悪魔は、口角を上げ、いつものニヤニヤ顔でトンと自らの胸を叩きます。
「こちらはまかせておいて」
いつもながら警戒心しか湧きません。
目をそらしたと気付かれないように、つっとヘンリー殿下の後ろにいたレイチェル様へ視線を移動させます。メディオディアに後ろから抱きしめられているレイチェル様は、柔らかそうな手を強く握りしめました。
「バッチリいい感じの伝説を捏造するわね!」
残念ながら不信感しか抱けません。
悪魔と同じようなニヤニヤ顔のレイチェル様から、最後の綱であるレオンの背へと視線を移しました。するとそれに気付いてくれた彼が、こちらを振り返ります。
「大丈夫! ルーカスも混ぜれば、絶対に不利な条件にはならないよ。3日後までに草案を作ってクラウドに持たせるから、連絡手段を考えておいてね。カムが本格的に活動できるまで少なくとも5年・・・いや、3年はかかると思う。それまで楽しんで!」
色気だだ洩れの笑顔で言い切ったレオンが、一番まともでした。しかしその色気は今、必要ないと思います。
意図的に出しているらしいフェロモンを、全力でスルーしつつ。最もまともだったレオンへ返事をしようと口を開いたところで、オニキスが彼との間へ割り込んできました。
『限界だ! 行くぞ! カーラ!』
「へぇっ?! ちょっと?! あの! では皆さま、ごきげんよ」
全て言い切る前に、いつもの浮遊感に包まれました。行き先がどこだかわかりませんが、国外追放に備えて蓄えた食料も物資もお金も十分ありますし、きっとどうにかなると思います。
超絶チートな闇魔法もありますし、何より頼れるこ・・・恋精霊? なオニキスさんがいるのですから、大丈夫!
それにしても・・・どの辺りで失敗して、こうなってしまったのか。途中までうまいこと行っていた気がするだけに、非常に遺憾でございます。
でも、まあ、クヨクヨ考えたって仕方がありません。とりあえず、ゲームのシナリオと言う枷から完全に解き放たれたようなので、それを喜ぶと致しましょう。
暫く逃亡生活になりそうですが、それでもやっぱり、楽しく生きなきゃ損だよね!
*******************
長々とお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
悪役令嬢カーラのお話は、ここでおしまいです。
番外編的な感じで、その後とか、ヘンリー殿下(ヤンデレ強)とか、クラウド(下僕)のルートを考えてはいるのですが・・・需要あるのかな。
ここに書き込むと題名詐欺っぽくなってしまうので、たぶん分けると思います。
たぶん・・・ですけれども。
それでは、他のお話でまたお会いできますように。
ペトラ
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