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ついに16歳

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 本日2度目の気絶から覚めた私が横たわっていたのは、一面の何もない真っ白な空間でした。
 目を開けたと同時に驚きで固まってしまった頭は、時間が経つと共に少しずつ働きだし、自分の置かれた状況を理解していきます。

「私は・・・死んでしまったのですね」

 どんな攻撃を受けたのだかわかりませんが、どちらを見渡しても何もない空間にこうしているという事はつまり、そういう事なのでしょう。

「ごめんね。オニキス」

 私がへっぽこだったせいで、いつ殺されたのだかわからないうちに、死んでしまいました。
 契約している場合、宿主が死ねば、寄生している精霊もまた死んでしまうそうです。それならば彼もこうして、同じような空間で次の沙汰だか、処理だかを待っているのでしょうか。
 でしたらせめて、同じ空間にしていただきたかったです。そして直接、謝らせて欲しかった。

「これから一緒に、楽しく生きていこうと思っていたのに・・・」

 今までも、まあ、楽しく生きてきましたけどね。前世でプレイした、剣と魔法が存在する、乙女ゲーム「バル恋」の世界で。
 それでもそのゲームの内容を知っているからこそ、悪役令嬢として用意されていた追放やら投獄、果ては殺害といった結末に怯える日々を送っておりました。

 それが、たまに空回りもしたものの、いろいろ頑張った成果か、破滅フラグはほぼ回避に至ったような状況になりまして。
 最大の鬼門であるレイチェル様と敵対せずに済み。謎だった彼女の思惑も判明し、それさえ回避すれば断罪も、処刑もされることなく平和的に生きていけるところまで来たと、そう思っていました。
 攻略対象たちには告白されたり、誓いを立てられたりしましたが、4人とも仲は悪くないですし。この場合、隠しキャラのメディオディアは売約済みなので除外します。

 攻略対象の1人であり、次期テトラディル侯爵でもある弟のルーカスには、イングリッド様という、私の存在に怯えない菩薩様のような婚約者ができそうな雰囲気でした。
 そんなわけで後継ではない私は無事に学園を卒業したら、独身貴族を謳歌し、いろいろな国を旅しながら美味しい物を食べ歩く・・・なんていうささやかな夢を、漠然と思い描いていました。
 攻略対象たちの中で唯一、卒業後もちょっかいをかけてきそうだった悪魔・・・ヘンリー殿下はレイチェル様が引き取ってくださる予定でしたし。

 それに・・・それにですよ!
 オニキスに想いを伝え、想いを返された、今。恋人・・・人ではないですから、恋精霊? と、これからめいっぱいイチャイチャするつもりでした。
 なのに。なのに―――っ!!

「また清いまま死んでしまうだなんて!」

 前世では経験できなかったあんなこととか、こんなこととか、そんなこととか・・・いろいろ、あれもこれもそれもして楽しもうと思っていたのに!
 せっかく、ぼんきゅぼんのナイスバディに生まれ変わったのだというのに、未使用のままとか!

『・・・おい』

 ああああああああ!!!!!
 こんなことなら、あの理想ドンピシャのイケメンをもっとじっくりどっぷりべったり舐め回すように堪能しておくのでした!

『・・・おいっ』

 はぅ・・・。
 あのつやつやの髪を指でいてみたかったな。
 あの華奢ですべすべしてそうな頬に頬ずりしたかったな。
 あの色っぽい首をなでなでしたかったな。

『お前・・・』

 あの赤くて柔らかい唇をまた堪能したかったな。
 そんでもってまたアテクシのテクでハアハア言わせて、エロ顔を注視したかったな。
 さらにあの細マッチョそうな胸元の、着物の合わせ目に手を差し入れて―――。

『おい! その破廉恥な思考を今すぐ止めよ!!』

 唐突に、思い出していた通りのイケメンが目の前へ現れて、再び思考が凍結します。しかしすぐにその瞳が私の愛する闇色ではなく、背後の白い空間を映し込んだような色であることに気が付き、思わず深いため息がもれました。

「死んでしまったのですから、妄想ぐらい好きにさせてくださいよ。それにいくら神様、もしくは死神様であっても私の好きな人・・・精霊? の姿を模すのは止めていただきたいですね」

 私の顔を覗き込んでいた人型オニキスの偽物を手で押しのけつつ、上半身を起こします。じっとりと睨みつけたら、偽オニキスもこちらを睨みつけてきました。

「ん? その目・・・どこかで・・・?」

 私の横へ跪いた姿勢で私と目を合わせてくる偽オニキスの、白目と瞳の境があいまいで不思議な様相に既視感を覚えます。

 んー。
 割と最近に見たような気がするのですが・・・色的にメディオディアでしょうか? いや、でも私の妄想に関与してくる意味が解りません。絡んだことも数回しかありませんし。
 おぉ。彼と同じ真白でしたら、意識を失う前にも・・・っ!

「貴方! あの昭和初期電柱もどきの蛇ですね!」

 そう認識した途端に、目の前の偽オニキスが蛇へと姿を変えます。記憶にあるより明らかに大きい、私を丸のみでせきそうな大きさの蛇が、鎌首を高くもたげたて音もなく動きました。そして私の体へ、その太い胴を巻き付けてきます。
 まさか死後にまで痛めつけられるのかともがいた・・・・ら、あっさりと腕が抜け、脇の下を支えられるような感じで蛇の目の前にぶら下げられました。

『存在ごと消去してしまうつもりだったが、できなかった。深淵の防壁を加えたとしても、たかだか15、6年きただけの魂を消すには十分な大きさであるというのに。お前の魂はなぜ、そんなに質量がある? それにこちらの世界の魂とも、あちらのものとも違う、その異質さはなんだ?』

 そりゃあ、前世も合わせれば40歳過ぎましたからね。重いでしょうとも。
 異質なのはきっと、私が転生者であるせいでしょうけれど、素直に答える義理なんてありません。口をつぐんで睨みつけると、蛇がまた目を合わせてきました。

『お前のその、見たこともない世界の記憶はなんだ? どこで手に入れた?』

 のおおおぉぉぉぉぉ!!!!!
 勝手に読まれているぅ!
 慌てて目をそらしましたが、首に巻きついてきた尾に頭を固定され、無理やり目を覗き込まれてしまいました。

『お前の思考は心地が良い。の精神に似た穴が開いておる』

 これ以上、読まれるものかと強く目を閉じたら、ひたいに何やら冷たくも温かくもない、硬くはないけれども柔らかくもないものが当たりました。
 ビクビクしながら薄目で確認したら、目を閉じた蛇が額を合わせています。予想外の事態に首をのけ反らせようとしましたが、首が固定されていて動きません。
 ならば、と自由だった手で首に回っている蛇の尾をつかむと、抵抗するかの様にゆるゆると絞まってきて、思わず手を離してしました。

『・・・お前を消すのは止めた。このまま千代ちよに、の話し相手になるというのなら、お前の仲間たちも生かしておいてやる』

 死者を留めようとしているのも気に入りませんが、その言い方。
 これから起きる。いえ、起こそうとしていることを知っているような言い方をするという事は、つまり!!

「貴方・・・「狂乱の華」の誰かですね!」

 頭突きするつもりで首に力を入れましたが、相変わらず首に蛇の尾が回っているせいでできませんでした。しかし額を合わせ合う姿勢からは解放されて、ほっとしつつ、また思考を読まれないように目を閉じます。
 目を閉じていますので定かではありませんが、少し離れた所で、蛇が笑った気配がしました。

『これから永い付き合いになるのだから、教えておくか』

 それはやっと聞こえるほどの小さな声で。
 けれど、すでに私の今後を決めてしまっている言い方に、思わず身震いをします。この蛇は、死者の尊厳を守る気が全くないのでしょうか。
 蛇がどうしているのか気になって薄目を開けたら、すぐ目の前に銀に輝く瞳があって、驚きのあまり目を見開いてしまいました。三度みたび、目を合わせてきた蛇の目が、緩やかな弧を描きます。

の名はアークティース。だが今はもう、「狂乱」と呼ぶ者しかおらぬな』
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