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ついに16歳
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『あいつらは人の数を減らすつもりだ』
今度はこちらが息を飲む番で・・・同時に呼吸を止めた私とレイチェル様を真っ直ぐ見返して、メディオディアが続けました。
『色彩・・・精霊たちを守るために』
意味が解りません。
確か、精霊たちは私たちに寄生することで寿命を延ばしていたはずです。その寄生先である人を減らしてどうするのでしょうか。
意図が理解できなくて眉をひそめると、やはり理解できなかったらしいレイチェル様が首を傾げました。
「・・・どういうこと? 人が減ると精霊が助かるの?」
それまで苦し気に顔を歪ませていたメディオディアは、やっと誤魔化す事を諦めたようです。目元を緩め、深いため息を吐いてからゆっくりと近づいてきます。
その力無く翼を垂れさせ、眉尻の下がりきった姿に、敵意を感じなかったのでしょう。オニキスが唸るのを止め、威圧を収めました。まだ睨みつけてはいますから、警戒を解いたわけではないようですね。
『我ら色彩―――精霊がこの世界の魂に寄生―――加護を与えるのは、寄り添うことで終わりを延ばすことができるからだ。よって精霊には明確な寿命がない。しかしそうして生き永らえたとしても、やがて自身を認識できなくなって薄れ、多くの者が穏やかに消えていく。この終わりを迎えた者は世界の輪に還り、異界への輪廻転生を果たす・・・らしい』
あまり近付かれたくはないので、私はメディオディアが歩を進めるのに合わせて後退します。オニキスとクラウドもまた、私と共にレイチェル様たちから距離を置きました。
レイチェル様を真っ直ぐに見つめながら話すメディオディアは、時折自信なさげに言い淀みます。それは話したくないと言うよりは半信半疑といった様子なので、他の何者かに聞いた、彼自身も信じきっていない内容なのかもしれません。
『しかし・・・限りある命を燃やしながら、精一杯生きて輝く人に焦がれるのだろうな。宿主を愛してしまう精霊は少なくない』
ちらりとオニキスを見たメディオディアが、再び威圧されて身をすくませます。メディオディア自身もそうなのですから、きっと同意を求めたかっただけなのだと思いますけど。
反目し合っているくせに今更、慣れ合おうというのでしょうか。互いに不可侵を貫けば、角も立たないというのに。そもそも、メディオディアがレイチェル様と逃げるためだとしても、私たちを売るから駄目なのですよ。
小さく唸り始めたオニキスの頭を軽く撫でると、威圧感が消えて空気が緩みました。同時にメディオディアの強張りも緩みます。
『喪うことを繰り返し、それでも愛することを止められない精霊たちは、次第に深く暗く病んでいく。喪失感を抱え、何もかもを諦めて消滅する者はまだいい。たとえ壊れかけだとしても世界の環は魂を拾い上げてくれる・・・のだそうな。だが、問題なのは狂いきって霧散する者たちだ。彼らは狂ってもなお宿主を愛し、生を延ばすことに執着し始める。いつか―――いつか自分へ愛を返してくれる宿主が現れることを信じて、な。そうして疲弊しきった魂は世界の環に戻ることを赦されず、廃棄されてしまう・・・と聞いた』
やはり自信なさげに話すその内容は、なんというか・・・世界の在り方というか、根幹に関わるような事ですよ。そんなメタ的な事をメディオディアへ話したのは、一体誰なのでしょうか?
『「狂乱」は日々そうして病み、霧散していく同胞を憂いている。緩やかにだがその数が増えてきていることもな。そしてその意を汲んだ「華」どもが勝手に寄生先を減らし、精霊たちが人へ寄り添うのを制限しようとしているのだ』
おぉ。やっと話が戻ってきましたね。
つまり人の数、宿主を減らせば、必然的に寄生できる精霊が減る。そして病んでいくのを遅らせようというわけですね。
手段に同意はできませんけれども、動機は理解しました。
霧散してしまう精霊たちには気の毒ですが、だったら寄生しなければいい話です。その辺りは精霊同士で話し合い、解決していただきたいところですな。
だいたい、好意を抱いてしまうのも、抱かれてしまうのも、互いに不可抗力です。恋愛をコントロールできたら、誰も悩みません。
と、いうわけで勿論、計画を潰させていただきます。
「レイチェル様、ゲームで蔓延する病の特徴を覚えていらっしゃいますか?」
ゲームと同じ展開になるとは限りませんが、予備知識があって損はありません。
前世の歴史を元にしたペストだとかの感染症でしたら、前世の知識をフル活用してなんとか拡大を抑えられるでしょうし。最悪、感染者たちを早めに隔離できさえすれば、闇魔法を使用して「感染」を状態異常とみなし解除してしまえばいいのです。
唐突に私が口を挟んだ事を驚いたのか、レイチェル様は少しの間こちらを向いて呆けていました。しかし質問の内容を理解すると、顔色を悪くしながら自身をかき抱きました。
「えっとね、アレよ。アレ。ホラー映画の! ゾ、ゾゾ・・・ゾンビ的な!」
「・・・まさかの生物学的災害ですか?」
ちょっと、製作者。乙女ゲームに、なんて物を持ち込んでくれやがるのですか?! 無理にR指定を活用する必要なんてないんですよ!
どうやらレイチェル様はホラー映画が苦手なご様子。真っ青になって震えていらっしゃいます。
私は・・・まあ、あくまでフィクションですからね。ドキドキしつつもそれなりに―――。
・・・いや。これから起こるのでしたら、そんな悠長に観賞していられるわけがありません。今現在、私が生きているこの世界で実際に起こるということは、つまりノンフィクションなのですから。
リアルな腐りかけの遺体が動く様を想像して、思わず身震いします。
冷静に対処できる自信がない。全くない。それに死者相手とはいえその体を傷つけるなんてことは、そう気分がいい事ではありませんし。
震えている場合ではありませんので、マシンガンとか存在しないこの世界でどう対処すべきか考えます。
まず。前世のゾンビネタを踏襲しているのなら、襲われれば感染してゾンビ集団に仲間入りは必至です。近付かずに魔法で焼き払うのが正解だと思うのですが、そもそもこの世界の人がゾンビという存在を知っているのかどうかという段階から怪しいわけでして。
そんな状態で、先ほどまで生きていた近所の人とか家族がすでにゾンビ化していて「もう死んでいるんだ!」とか「近寄るのは危険だ!」とか言われても、目の前で立って歩いていたりなんかしたら、もう死んでしまっているなんて信じてもらえないでしょうし。
つまり。問答無用で焼き払おうものなら、反対にこちらが大量虐殺していると思われかねないということです。
まあ、私の評判なんてとっくに地に落ちていますから、さらに悪逆非道的な称号が加わったところで別に気にしません。ただ、殺人となるとさすがに家族にも迷惑が掛かります。そこが問題なのですよ。
よって、結論!
事が起きる前に防いでしまうしかないということですね!
そんな決意を込めてメディオディアを見やると、不快気に顔をしかめられました。オニキスに唸られて、すぐに軟化しましたけれども。
「計画実行の時期はわかりますか?」
『わからない。しかし「華」どもが動き出した上に現在、この世界は安定していて戦争が起きる気配はない。戦争を諦めれば、王族に近しい体への寄生にこだわる必要が無くなる。この国に月華、北へ星華、南に日華が降りてこれば、そのパンデミックとやらが始まるだろう』
あぁ。そうですよね。
私はともかくとして。大公令嬢であるレイチェル様と、巻き込まれた形ではあっても王族であるヘンリー王子殿下へ手を出しておいて、何事もなかったように過ごせるはずがありません。どちらも跡形もなく消してしまったなら話は違うのかもしれませんが、お2人ともこうして無事に逃げ延びてるのですし。
パンデミックを起こして王都が混乱に陥れば、暫くは追及を逃れられますし、上手くすれば有耶無耶にすることができるでしょう。
『星華はもう降りてるぜ。北のグレイジャーランド帝国で、第2帝位継承者だった子供を唆して戦争を起こしたものの、大した成果なしで逃げ回ってたが、毒婦として捕らえられて近々処刑される予定だ』
『トゥバーン』
オニキスが何故現れたとばかりに名を呼ぶと、初めて見た時より小さいような気がする龍が、体をくねらせました。その影からレオンが姿を現します。
「それに側妃様の弟君の精霊が、その「月華」らしいよ。もう実行間際なんじゃないかな」
「・・・レオン」
レイチェル様が茫然とレオンの精霊トゥバーンを見上げていますから、その姿が見えているのは私だけではないという事です。敵対はしていなくとも味方とは言い切れないレイチェル様に、精霊と契約済みであることを明かすのは少々危険だと思うのですが。
どういうつもりなのか、と見つめた先で、微かに月明かりを映した金の瞳が、メディオディアを一瞥してから私の方へ向けられました。
「僕の意向だよ。話の内容的に、僕もかんでおいた方がよさそうだったからさ」
どうやら「私の愛する者を守りぬく」という私への誓いを早速、実行する気のようです。
嬉しくもあり、また心苦しくもあって言葉を選んでいると、レオンが困ったように眉尻を下げて横へ体をずらしました。
「あと、殿下もね」
「仲間外れにするなんて酷いなぁ。私も仲間に入れてくれれば、きっと役に立つよ。王族として、ね」
ええ。そうですよね。
嫌われ者の侯爵令嬢である私どころか、大公令嬢であるレイチェル様でも手に余る事態が予想されますからね。王族である貴方様のお力があれば、様々な所でスムーズにいくことが予想されますね。
しかしですね。私は・・・私はその対価が怖ろしいのでございます!!
熱線のような悪魔の視線を受け、私は笑って誤魔化そうとしたのですが、口元が引きつってしまいました。
そんな私の心情を、殿下は的確に察してくださったのでしょう。いつものニヤニヤとしたお顔で、可愛らしい桜色のお口をお開きになりました。
「カムが私の子を産んでくれるなら、何だってするよ」
「ひぃっ」
全身に鳥肌が立ちました。と同時に、金縛りにあったみたいな感じで体が硬直します。
動けなくなった私は、それでも視線だけは殿下から逃れようと彷徨わせます。すると偽天使が笑みを深め、明らかな悪魔の顔でレイチェル様へ笑いかけました。
「―――もしくはレイシィが私と婚姻を結んでくれるか、だね」
思いもよらない展開に、私は大公令嬢を愛称呼びした殿下から、座り込んだままのレイチェル様へ視線を移します。
しかし、レイチェル様に驚きはなかったようです。悔し気に眉をひそめたレイチェル様がこくりと喉を鳴らしてから、口を開きました。
「・・・ヘンリー王子殿下。王族として、交換条件なしで国の為に働く気はないのですか?」
レイチェル様のもっともな苦言に対し、悪魔はきょとんとした顔で可愛らしく首を傾げます。
「もちろん働くよ。当然だろう? けれども私は王太子である兄上より目立ちたくない、第3王子だからねぇ・・・。判断を下すのは陛下にお任せするよ。場所や感染の規模にもよるが、定石としては軍を動かしてその町なり、村なりを閉鎖。患者と感染が疑われる者を隔離したうえで、光教会へ協力を依頼。でもきっと、光教会は治癒術師の派遣を遅らせて来るか、理由を付けて拒否してくるだろうね。その間に感染が拡大。更なる困難の中、光教会へ属していない治癒術師である君、レイシィへ協力を仰ぐことになる。・・・君はその前にどうにかしたいのではないのかな?」
つまり。悪魔は自主的に事が起こるのを防ぐ気はないと言いたいようです。
まあ、実際問題。起こってもいないパンデミックの首謀者として、側妃様の弟君を捕らえるなんてできないでしょうし。
それに王太子派であるヘンリー殿下が側妃様の弟君にちょっかいをかける時点で、側妃派を刺激することになりかねず、それによって彼が悪目立ちすることは避けられないでしょう。側妃様ご本人に継承順位を覆す気が無かったとしても、担ぎ上げられることが無いとは言い切れません。パンデミックの混乱に乗じて政変を狙う輩が現れたら、非常に厄介ですしね。
「ねぇ、レイシィ。私たちの利害は一致していると思わないかい?」
畳み掛けるような殿下の言葉に背中を押されたのでしょうか。レイチェル様は答えを決めてしまっているような、強い光を宿した明るい碧眼で殿下を見返していました。
「・・・いいですわ。わたくし、殿下と結婚いたします」
ふおおおぉぉぉぉ!!!!!
どんな利害が一致するのだか知りませんが、レイチェル様が悪魔を引き受けてくださるという発言に、テンションが爆上がりしました。満足げにニヤニヤする殿下と、屈した悔しさからか俯いてしまったレイチェル様が醸し出す淀んだ空気を無視して、大喜びで手を叩きます。
するとレイチェル様が俯いたままゆらりと立ち上がり、妖しく光る瞳だけを私へ向けました。
お、おぉ・・・瞳の下から覗く、血走った白目が怖い・・・。
「カム、私がイケニエになるのですから、もちろん手伝ってくださいますわね?」
私はすぐさまレイチェル様の足元へ跪き、右手を胸に当てて深々と頭を下げました。
「はい、レイチェル様。私めに、何なりとお申し付けください」
今度はこちらが息を飲む番で・・・同時に呼吸を止めた私とレイチェル様を真っ直ぐ見返して、メディオディアが続けました。
『色彩・・・精霊たちを守るために』
意味が解りません。
確か、精霊たちは私たちに寄生することで寿命を延ばしていたはずです。その寄生先である人を減らしてどうするのでしょうか。
意図が理解できなくて眉をひそめると、やはり理解できなかったらしいレイチェル様が首を傾げました。
「・・・どういうこと? 人が減ると精霊が助かるの?」
それまで苦し気に顔を歪ませていたメディオディアは、やっと誤魔化す事を諦めたようです。目元を緩め、深いため息を吐いてからゆっくりと近づいてきます。
その力無く翼を垂れさせ、眉尻の下がりきった姿に、敵意を感じなかったのでしょう。オニキスが唸るのを止め、威圧を収めました。まだ睨みつけてはいますから、警戒を解いたわけではないようですね。
『我ら色彩―――精霊がこの世界の魂に寄生―――加護を与えるのは、寄り添うことで終わりを延ばすことができるからだ。よって精霊には明確な寿命がない。しかしそうして生き永らえたとしても、やがて自身を認識できなくなって薄れ、多くの者が穏やかに消えていく。この終わりを迎えた者は世界の輪に還り、異界への輪廻転生を果たす・・・らしい』
あまり近付かれたくはないので、私はメディオディアが歩を進めるのに合わせて後退します。オニキスとクラウドもまた、私と共にレイチェル様たちから距離を置きました。
レイチェル様を真っ直ぐに見つめながら話すメディオディアは、時折自信なさげに言い淀みます。それは話したくないと言うよりは半信半疑といった様子なので、他の何者かに聞いた、彼自身も信じきっていない内容なのかもしれません。
『しかし・・・限りある命を燃やしながら、精一杯生きて輝く人に焦がれるのだろうな。宿主を愛してしまう精霊は少なくない』
ちらりとオニキスを見たメディオディアが、再び威圧されて身をすくませます。メディオディア自身もそうなのですから、きっと同意を求めたかっただけなのだと思いますけど。
反目し合っているくせに今更、慣れ合おうというのでしょうか。互いに不可侵を貫けば、角も立たないというのに。そもそも、メディオディアがレイチェル様と逃げるためだとしても、私たちを売るから駄目なのですよ。
小さく唸り始めたオニキスの頭を軽く撫でると、威圧感が消えて空気が緩みました。同時にメディオディアの強張りも緩みます。
『喪うことを繰り返し、それでも愛することを止められない精霊たちは、次第に深く暗く病んでいく。喪失感を抱え、何もかもを諦めて消滅する者はまだいい。たとえ壊れかけだとしても世界の環は魂を拾い上げてくれる・・・のだそうな。だが、問題なのは狂いきって霧散する者たちだ。彼らは狂ってもなお宿主を愛し、生を延ばすことに執着し始める。いつか―――いつか自分へ愛を返してくれる宿主が現れることを信じて、な。そうして疲弊しきった魂は世界の環に戻ることを赦されず、廃棄されてしまう・・・と聞いた』
やはり自信なさげに話すその内容は、なんというか・・・世界の在り方というか、根幹に関わるような事ですよ。そんなメタ的な事をメディオディアへ話したのは、一体誰なのでしょうか?
『「狂乱」は日々そうして病み、霧散していく同胞を憂いている。緩やかにだがその数が増えてきていることもな。そしてその意を汲んだ「華」どもが勝手に寄生先を減らし、精霊たちが人へ寄り添うのを制限しようとしているのだ』
おぉ。やっと話が戻ってきましたね。
つまり人の数、宿主を減らせば、必然的に寄生できる精霊が減る。そして病んでいくのを遅らせようというわけですね。
手段に同意はできませんけれども、動機は理解しました。
霧散してしまう精霊たちには気の毒ですが、だったら寄生しなければいい話です。その辺りは精霊同士で話し合い、解決していただきたいところですな。
だいたい、好意を抱いてしまうのも、抱かれてしまうのも、互いに不可抗力です。恋愛をコントロールできたら、誰も悩みません。
と、いうわけで勿論、計画を潰させていただきます。
「レイチェル様、ゲームで蔓延する病の特徴を覚えていらっしゃいますか?」
ゲームと同じ展開になるとは限りませんが、予備知識があって損はありません。
前世の歴史を元にしたペストだとかの感染症でしたら、前世の知識をフル活用してなんとか拡大を抑えられるでしょうし。最悪、感染者たちを早めに隔離できさえすれば、闇魔法を使用して「感染」を状態異常とみなし解除してしまえばいいのです。
唐突に私が口を挟んだ事を驚いたのか、レイチェル様は少しの間こちらを向いて呆けていました。しかし質問の内容を理解すると、顔色を悪くしながら自身をかき抱きました。
「えっとね、アレよ。アレ。ホラー映画の! ゾ、ゾゾ・・・ゾンビ的な!」
「・・・まさかの生物学的災害ですか?」
ちょっと、製作者。乙女ゲームに、なんて物を持ち込んでくれやがるのですか?! 無理にR指定を活用する必要なんてないんですよ!
どうやらレイチェル様はホラー映画が苦手なご様子。真っ青になって震えていらっしゃいます。
私は・・・まあ、あくまでフィクションですからね。ドキドキしつつもそれなりに―――。
・・・いや。これから起こるのでしたら、そんな悠長に観賞していられるわけがありません。今現在、私が生きているこの世界で実際に起こるということは、つまりノンフィクションなのですから。
リアルな腐りかけの遺体が動く様を想像して、思わず身震いします。
冷静に対処できる自信がない。全くない。それに死者相手とはいえその体を傷つけるなんてことは、そう気分がいい事ではありませんし。
震えている場合ではありませんので、マシンガンとか存在しないこの世界でどう対処すべきか考えます。
まず。前世のゾンビネタを踏襲しているのなら、襲われれば感染してゾンビ集団に仲間入りは必至です。近付かずに魔法で焼き払うのが正解だと思うのですが、そもそもこの世界の人がゾンビという存在を知っているのかどうかという段階から怪しいわけでして。
そんな状態で、先ほどまで生きていた近所の人とか家族がすでにゾンビ化していて「もう死んでいるんだ!」とか「近寄るのは危険だ!」とか言われても、目の前で立って歩いていたりなんかしたら、もう死んでしまっているなんて信じてもらえないでしょうし。
つまり。問答無用で焼き払おうものなら、反対にこちらが大量虐殺していると思われかねないということです。
まあ、私の評判なんてとっくに地に落ちていますから、さらに悪逆非道的な称号が加わったところで別に気にしません。ただ、殺人となるとさすがに家族にも迷惑が掛かります。そこが問題なのですよ。
よって、結論!
事が起きる前に防いでしまうしかないということですね!
そんな決意を込めてメディオディアを見やると、不快気に顔をしかめられました。オニキスに唸られて、すぐに軟化しましたけれども。
「計画実行の時期はわかりますか?」
『わからない。しかし「華」どもが動き出した上に現在、この世界は安定していて戦争が起きる気配はない。戦争を諦めれば、王族に近しい体への寄生にこだわる必要が無くなる。この国に月華、北へ星華、南に日華が降りてこれば、そのパンデミックとやらが始まるだろう』
あぁ。そうですよね。
私はともかくとして。大公令嬢であるレイチェル様と、巻き込まれた形ではあっても王族であるヘンリー王子殿下へ手を出しておいて、何事もなかったように過ごせるはずがありません。どちらも跡形もなく消してしまったなら話は違うのかもしれませんが、お2人ともこうして無事に逃げ延びてるのですし。
パンデミックを起こして王都が混乱に陥れば、暫くは追及を逃れられますし、上手くすれば有耶無耶にすることができるでしょう。
『星華はもう降りてるぜ。北のグレイジャーランド帝国で、第2帝位継承者だった子供を唆して戦争を起こしたものの、大した成果なしで逃げ回ってたが、毒婦として捕らえられて近々処刑される予定だ』
『トゥバーン』
オニキスが何故現れたとばかりに名を呼ぶと、初めて見た時より小さいような気がする龍が、体をくねらせました。その影からレオンが姿を現します。
「それに側妃様の弟君の精霊が、その「月華」らしいよ。もう実行間際なんじゃないかな」
「・・・レオン」
レイチェル様が茫然とレオンの精霊トゥバーンを見上げていますから、その姿が見えているのは私だけではないという事です。敵対はしていなくとも味方とは言い切れないレイチェル様に、精霊と契約済みであることを明かすのは少々危険だと思うのですが。
どういうつもりなのか、と見つめた先で、微かに月明かりを映した金の瞳が、メディオディアを一瞥してから私の方へ向けられました。
「僕の意向だよ。話の内容的に、僕もかんでおいた方がよさそうだったからさ」
どうやら「私の愛する者を守りぬく」という私への誓いを早速、実行する気のようです。
嬉しくもあり、また心苦しくもあって言葉を選んでいると、レオンが困ったように眉尻を下げて横へ体をずらしました。
「あと、殿下もね」
「仲間外れにするなんて酷いなぁ。私も仲間に入れてくれれば、きっと役に立つよ。王族として、ね」
ええ。そうですよね。
嫌われ者の侯爵令嬢である私どころか、大公令嬢であるレイチェル様でも手に余る事態が予想されますからね。王族である貴方様のお力があれば、様々な所でスムーズにいくことが予想されますね。
しかしですね。私は・・・私はその対価が怖ろしいのでございます!!
熱線のような悪魔の視線を受け、私は笑って誤魔化そうとしたのですが、口元が引きつってしまいました。
そんな私の心情を、殿下は的確に察してくださったのでしょう。いつものニヤニヤとしたお顔で、可愛らしい桜色のお口をお開きになりました。
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「ひぃっ」
全身に鳥肌が立ちました。と同時に、金縛りにあったみたいな感じで体が硬直します。
動けなくなった私は、それでも視線だけは殿下から逃れようと彷徨わせます。すると偽天使が笑みを深め、明らかな悪魔の顔でレイチェル様へ笑いかけました。
「―――もしくはレイシィが私と婚姻を結んでくれるか、だね」
思いもよらない展開に、私は大公令嬢を愛称呼びした殿下から、座り込んだままのレイチェル様へ視線を移します。
しかし、レイチェル様に驚きはなかったようです。悔し気に眉をひそめたレイチェル様がこくりと喉を鳴らしてから、口を開きました。
「・・・ヘンリー王子殿下。王族として、交換条件なしで国の為に働く気はないのですか?」
レイチェル様のもっともな苦言に対し、悪魔はきょとんとした顔で可愛らしく首を傾げます。
「もちろん働くよ。当然だろう? けれども私は王太子である兄上より目立ちたくない、第3王子だからねぇ・・・。判断を下すのは陛下にお任せするよ。場所や感染の規模にもよるが、定石としては軍を動かしてその町なり、村なりを閉鎖。患者と感染が疑われる者を隔離したうえで、光教会へ協力を依頼。でもきっと、光教会は治癒術師の派遣を遅らせて来るか、理由を付けて拒否してくるだろうね。その間に感染が拡大。更なる困難の中、光教会へ属していない治癒術師である君、レイシィへ協力を仰ぐことになる。・・・君はその前にどうにかしたいのではないのかな?」
つまり。悪魔は自主的に事が起こるのを防ぐ気はないと言いたいようです。
まあ、実際問題。起こってもいないパンデミックの首謀者として、側妃様の弟君を捕らえるなんてできないでしょうし。
それに王太子派であるヘンリー殿下が側妃様の弟君にちょっかいをかける時点で、側妃派を刺激することになりかねず、それによって彼が悪目立ちすることは避けられないでしょう。側妃様ご本人に継承順位を覆す気が無かったとしても、担ぎ上げられることが無いとは言い切れません。パンデミックの混乱に乗じて政変を狙う輩が現れたら、非常に厄介ですしね。
「ねぇ、レイシィ。私たちの利害は一致していると思わないかい?」
畳み掛けるような殿下の言葉に背中を押されたのでしょうか。レイチェル様は答えを決めてしまっているような、強い光を宿した明るい碧眼で殿下を見返していました。
「・・・いいですわ。わたくし、殿下と結婚いたします」
ふおおおぉぉぉぉ!!!!!
どんな利害が一致するのだか知りませんが、レイチェル様が悪魔を引き受けてくださるという発言に、テンションが爆上がりしました。満足げにニヤニヤする殿下と、屈した悔しさからか俯いてしまったレイチェル様が醸し出す淀んだ空気を無視して、大喜びで手を叩きます。
するとレイチェル様が俯いたままゆらりと立ち上がり、妖しく光る瞳だけを私へ向けました。
お、おぉ・・・瞳の下から覗く、血走った白目が怖い・・・。
「カム、私がイケニエになるのですから、もちろん手伝ってくださいますわね?」
私はすぐさまレイチェル様の足元へ跪き、右手を胸に当てて深々と頭を下げました。
「はい、レイチェル様。私めに、何なりとお申し付けください」
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