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ついに16歳
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「逃げるなんてダメよ! カーラを見張っていないといけないの!!」
・・・・・・・・・何ですと?
私は巨石の上から飛び降り、おそらく右手を彼女の精霊に捕まれ、そのまま引きずられているのだろうレイチェル様の方へと近づいていきます。
「レオンは殿下たちとそこにいてください」
私の後を追って巨石から呼び降りたレオンへ、ちょうどそこにいたヘンリー殿下とツヴァイク様の御2人と待つように指示をしました。
彼らが付いて来ないことを確認してレイチェル様の方へ進み、薙刀の間合いよりも外、会話をするには少し遠い距離で、私をかばうように斜め前へ出たクラウドと共に歩あゆみを止めます。
ここは月明かりしかない、砂漠のど真ん中です。レイチェル様は見えない何か・・・たぶん彼女の精霊に引っ張られて、オアシスの巨石の影がかろうじてわかるところまで、ずるずると砂の上へ2本線を描きながら「ダメ!」を連呼しています。
そんなレイチェル様と私の間へ、毛を逆立てて唸り声を上げているオニキスが割り込みました。
『鴻大。お前、奴らに我を売ったな? いつから我が深淵だと気付いていた?』
そういえばそのような事を、襲ってきた真白がちらっと言っていましたね。
やはり「鴻大」というのはレイチェル様の精霊メディオディアをさす名前の1つなのでしょう。どうやら彼にも「深淵」と呼ばれたオニキスのように、あちらでの呼び名があるようです。
私が耳にしたこれまでの彼らの会話から推察するに、精霊たちはお互いを色の名前で呼び合うのが一般的なはずです。と、いうことはこの、中二病的「二つ名」を持つ精霊には一般的でない何かがあるのでしょうか。例えばオニキスのように大きさが規格外であるとか・・・。
『見逃してもらおうと適当に言ったら本当だった、だと? 挙句、宿主に拒否されて、逃げきれずに始末されそうになるとか・・・馬鹿か』
返答に毒気を抜かれたらしいオニキスが、一回り大きく見せていた毛を萎ませて大きなため息をつきました。そして私の足元へと転移してきます。
すると動きを止めていたレイチェル様がまた、引きずられ始めました。
「ヤダヤダ! 「狂乱」って誰よ?! 「深淵」を迎えに来たっていいじゃない! 私たちには関係ないんでしょ? やめてったら! 逃げたらダメなの! カーラが絶望しないようにしないと! みんな死んじゃう! 私は貴方を死なせたくないの!!」
ついにレイチェル様がメディオディアの手を振りほどいたようで、砂に足を取られて転びかけながらも私の方へと走ってきます。その勢いのままズシャッと滑り込むようにして私の足へ縋りつき、いつもの明るさが無い、不安で曇った碧眼で見上げてきました。
「カーラ・・・カム。お願い。世界に絶望しないで。カムを受け入れない奴らなんか憎んで、呪う価値なんてないわ。ね? そうでしょう?」
そう懇願してくる声はところどころ聞き取りにくいくらいに震え、私のドレスを掴む指は可愛そうなほどに血の気が失せています。
その様子に「ああ。これか」と、唐突に腑に落ちました。
私を試すかのような、私の反応を観察するかのような彼女の態度の理由。私・・・と言うか「カーラ」のこの先を断じ案じるような言い方からしてきっと、私の知らないゲームの隠しルートに彼女が怖れる何かがあるのだと思います。
私は暗闇に浮かぶ殿下の白い軍服をちらりと見やりました。その近くにいるはずの、軍服が臙脂色のレオンと、黒のツヴァイク様は目を凝らさないと輪郭がわからない程度の距離です。これだけ離れていれば、先程のように叫ばない限り殿下たちには聞こえないかな。
地獄耳には聞こえてしまうかもしれませんが・・・まあ、私に関することですし、彼にかけてある口外できない呪いが発動するでしょうから問題なしとみなします。
「・・・どういう意味ですか? いったい、私の何を心配してみえるのですか? レイチェル様」
すぐさま問いただしたくなる気持ちを抑え、できるだけゆっくりと言葉を吐き、レイチェル様を見下ろします。彼女は震える唇を一度、強く噛んでから口を開きました。
「ゲームのね、隠しルートの話をしたよね。あれには続きがあるの」
縋りつく姿勢のままレイチェル様が話し出したのは、やはり私の知らない隠しルートについてでした。
逆ハーを捨て、隠しキャラである精霊メディオディアを選びストーリーを進めていった場合であっても、悪役令嬢カーラはやはり意地悪・・・と言うか、毒を盛ったり暗殺を企てたり、ほぼ犯罪を繰り返してくるのだそうな。
さすが悪役令嬢カーラ。隠しルートでも大活躍のようでございます。
悪役の名に恥じないゲームのカーラに、共感はできなくても、その理由はなんとなくわかりますが、ね。
だってゲームのカーラはオニキスと契約していませんが、精霊の声が聞こえるために彼の囁きで、人の悪意を知ってしまうんですよ。明らかに怯えている人は勿論、笑みを浮かべて接してきた人の悪意までも。当たり前のように、人を信じられなくなるでしょうね。
そして怯えてはいても優しい母はいない。その母の死で家族を顧みなくなった父と、母の死の一端である弟という家庭環境。当然ですが現在、私の強力な味方であるクラウドとチェリのセバス族兄妹もいません。
きっと愛し愛され、リア充を謳歌する主人公を妬むあまりなのだと思います。
ラストはゲームの展開上・・・というか、かなり不味いことをやりまくりなので、仕方がないことでもありますが、カーラは断罪されます。
カーラは侯爵令嬢ですが、それよりもかなり身分の高い、王族に次ぐ位である大公閣下のご令嬢に危害を加えたり、暗殺を企てたりして、無事であるはずがないのです。
罪が明らかにされたカーラに下された罰は、処刑。
その力を怖れたのでしょう。砂漠の真ん中で処刑される間際、カーラは叫びました。
「呪われろ! お前も、お前の愛する国も、お前が立つこの大陸もすべて!! みんなみんな、呪われてしまえばいい!!」
狂ったように嗤うカーラの処刑が終わり、後はラブラブハッピーエンド・・・ではなく。
ストーリーはここで終わりではないのです。
「カーラの死後、その呪いでね。パンデミックが起こるの。そして私・・・癒しの力をもつ主人公は選択を迫られる」
そこで言葉を詰まらせたレイチェル様が、背後をふり返ります。じっと同じところを見つめているところからして、きっとそこに彼女の精霊がいるのでしょう。
レイチェル様は何度も言葉を飲み込み、その度にますます私のドレスを掴む手を固くしていきます。ついに布が破れてしまいそうな不穏な音がし始めて、やっとその手の力を緩めてくれました。
「メディオディア・・・自分の精霊を犠牲にして世界を救うか、人々を見殺しにして自分達だけ幸せになるか、を・・・選ばされるの」
え・・・それって・・・どちらもメリーバッドエンドってやつなのでは?
やだ。そんな鬱展開。
成る程。レイチェル様が私を警戒するわけです。
私自身を怖がっているわけではないと思いますが、能力としてはゲームのカーラのように呪うことが可能だろうから監視していた、ということのようですね。
まぁ、でももし私が世界を呪う気になったなら・・・パンデミックなんて起こさず、人が生きるのに苦労する、この嘆きの砂漠のようにするか、人の侵入を拒む深い森にして―――ん?
「パンデミックなのですか? アウトブレイクではなくて?」
「?」
質問の意味が解らなかったようで、レイチェル様が首を傾げます。私は彼女を見下ろしながら、私の疑問に繋がる「パンデミック」について説明することにしました。
「パンデミックとは感染症の世界的な流行をさします。飛行機などの交通手段が発達していた前世ならともかく、馬や馬車が主な移動手段であるこの世界では起こりえないと思うのですが・・・。あぁ。アウトブレイクというのは限定された領域の中で流行った感染症のことですよ」
オニキスの・・・と言うか精霊たちの力の性質上、辺りを満遍なく染色する、つまり自分の付近へ疫病をまき散らすことは精霊と契約していなかったとしても、呪文さえ正確に構築できていれば可能でしょう。ですからアウトブレイクでしたらあり得ます。
しかしパンデミックを起こす。他国で、自分が訪れたこともない遠方でも同じようにできるかと言うと・・・うーん。今の、この大陸を覆えるサイズだというオニキスならできるかもしれませんが、その前のオオカミ犬サイズのオニキスには無理だと思います。契約前の黒い毛玉にも。
それに契約もなしにそんな複雑なことを起こす呪文を構築するなんて、精霊の助言もない状態でできるとは思えません。
だいたい、オニキスが巨大化してしまったのは真白たちに襲われたからであって、その真白たちの目的は彼をあちらの世界へ帰すことでした。契約していないゲームのカーラが処刑されれば、自然とあちらへ帰るしかないオニキスを、襲いに来る意味などありません。よってゲームのオニキスは今のように大きくはなかったと思います。
さらにレイチェル様は「カーラの死後」って言いましたよね。
処刑が決まっていて、呪文の構築がすんでいるのなら、処刑の瞬間まで呪いの発動を待つ理由って何なのでしょうか。大勢の面前で呪文を唱えようものなら、処刑の前に切り捨てられるでしょうし。
まさかあの最期の言葉が呪文だとでも? それとも偶然にそのように呪いが発動したとか? オニキスがゲームのカーラの意思をくんだとか? だとしても、だいぶ無理があるような気がするのですが・・・。
「あ・・・えっと・・・そう言われると自信がなくなるんだけど・・・でも、たぶんセリフ枠にはパンデミックって書いてあったと思う。アウト・・・なんとかって初めて聞く言葉だし」
二人で頭をひねり合っていると、ものすごく焦った様子のメディオディアが姿を現しました。その視線はレイチェル様にのみ向けられており、私へ全く注意を払っていない感じからして、意図せず実体化しているようです。つまり、かなり興奮しているのでしょうね。
よろよろとレイチェル様へ近づこうとする彼の前に、オニキスが立ちはだかり、息苦しいほどの威圧を放ち始めます。それを受けたメディオディアは、白い顔を恐怖に引きつらせながら言いました。
『それをするのはこの女じゃない! だから逃げよう! エル!』
まるで真犯人を知っているような断じ方に、レイチェル様がピクリと反応しました。そしてゆっくりとメディオディアの方をふり返ります。
「ディア? どういう事? ・・・何を隠しているの?」
とても静かな、震えの消えた声音に、今度はメディオディアが大きく震えます。じっと見つめ続けるレイチェル様の視線に堪えかねたのか、夜闇でも存在を主張する銀の瞳をそらし、顔ごと俯いて瞼を伏せ。ついにはぎゅっと目を閉じて、そこから絞り出すようにして口を開きました。
『・・・そのような事を、こちらへ来る前に「狂乱の華」どもが計画していたのだ。戦争が上手く起こせなかった時の保険だと』
「・・・何のために?」
聞き慣れない名に眉根を寄せたレイチェル様に代わり、私が質問を重ねました。
会話に私が加わるとは思っていなかったのでしょう。メディオディアがはっと息を飲んで顔をあげます。そして険しい表情のレイチェル様の、睨み付けるような視線に捕まり、苦悶の表情を浮かべて言葉を吐き出しました。
『あいつらは人の数を減らすつもりだ』
今度はこちらが息を飲む番で・・・同時に呼吸を止めた私とレイチェル様を真っ直ぐ見返して、メディオディアが続けました。
『色彩・・・精霊たちを守るために』
・・・・・・・・・何ですと?
私は巨石の上から飛び降り、おそらく右手を彼女の精霊に捕まれ、そのまま引きずられているのだろうレイチェル様の方へと近づいていきます。
「レオンは殿下たちとそこにいてください」
私の後を追って巨石から呼び降りたレオンへ、ちょうどそこにいたヘンリー殿下とツヴァイク様の御2人と待つように指示をしました。
彼らが付いて来ないことを確認してレイチェル様の方へ進み、薙刀の間合いよりも外、会話をするには少し遠い距離で、私をかばうように斜め前へ出たクラウドと共に歩あゆみを止めます。
ここは月明かりしかない、砂漠のど真ん中です。レイチェル様は見えない何か・・・たぶん彼女の精霊に引っ張られて、オアシスの巨石の影がかろうじてわかるところまで、ずるずると砂の上へ2本線を描きながら「ダメ!」を連呼しています。
そんなレイチェル様と私の間へ、毛を逆立てて唸り声を上げているオニキスが割り込みました。
『鴻大。お前、奴らに我を売ったな? いつから我が深淵だと気付いていた?』
そういえばそのような事を、襲ってきた真白がちらっと言っていましたね。
やはり「鴻大」というのはレイチェル様の精霊メディオディアをさす名前の1つなのでしょう。どうやら彼にも「深淵」と呼ばれたオニキスのように、あちらでの呼び名があるようです。
私が耳にしたこれまでの彼らの会話から推察するに、精霊たちはお互いを色の名前で呼び合うのが一般的なはずです。と、いうことはこの、中二病的「二つ名」を持つ精霊には一般的でない何かがあるのでしょうか。例えばオニキスのように大きさが規格外であるとか・・・。
『見逃してもらおうと適当に言ったら本当だった、だと? 挙句、宿主に拒否されて、逃げきれずに始末されそうになるとか・・・馬鹿か』
返答に毒気を抜かれたらしいオニキスが、一回り大きく見せていた毛を萎ませて大きなため息をつきました。そして私の足元へと転移してきます。
すると動きを止めていたレイチェル様がまた、引きずられ始めました。
「ヤダヤダ! 「狂乱」って誰よ?! 「深淵」を迎えに来たっていいじゃない! 私たちには関係ないんでしょ? やめてったら! 逃げたらダメなの! カーラが絶望しないようにしないと! みんな死んじゃう! 私は貴方を死なせたくないの!!」
ついにレイチェル様がメディオディアの手を振りほどいたようで、砂に足を取られて転びかけながらも私の方へと走ってきます。その勢いのままズシャッと滑り込むようにして私の足へ縋りつき、いつもの明るさが無い、不安で曇った碧眼で見上げてきました。
「カーラ・・・カム。お願い。世界に絶望しないで。カムを受け入れない奴らなんか憎んで、呪う価値なんてないわ。ね? そうでしょう?」
そう懇願してくる声はところどころ聞き取りにくいくらいに震え、私のドレスを掴む指は可愛そうなほどに血の気が失せています。
その様子に「ああ。これか」と、唐突に腑に落ちました。
私を試すかのような、私の反応を観察するかのような彼女の態度の理由。私・・・と言うか「カーラ」のこの先を断じ案じるような言い方からしてきっと、私の知らないゲームの隠しルートに彼女が怖れる何かがあるのだと思います。
私は暗闇に浮かぶ殿下の白い軍服をちらりと見やりました。その近くにいるはずの、軍服が臙脂色のレオンと、黒のツヴァイク様は目を凝らさないと輪郭がわからない程度の距離です。これだけ離れていれば、先程のように叫ばない限り殿下たちには聞こえないかな。
地獄耳には聞こえてしまうかもしれませんが・・・まあ、私に関することですし、彼にかけてある口外できない呪いが発動するでしょうから問題なしとみなします。
「・・・どういう意味ですか? いったい、私の何を心配してみえるのですか? レイチェル様」
すぐさま問いただしたくなる気持ちを抑え、できるだけゆっくりと言葉を吐き、レイチェル様を見下ろします。彼女は震える唇を一度、強く噛んでから口を開きました。
「ゲームのね、隠しルートの話をしたよね。あれには続きがあるの」
縋りつく姿勢のままレイチェル様が話し出したのは、やはり私の知らない隠しルートについてでした。
逆ハーを捨て、隠しキャラである精霊メディオディアを選びストーリーを進めていった場合であっても、悪役令嬢カーラはやはり意地悪・・・と言うか、毒を盛ったり暗殺を企てたり、ほぼ犯罪を繰り返してくるのだそうな。
さすが悪役令嬢カーラ。隠しルートでも大活躍のようでございます。
悪役の名に恥じないゲームのカーラに、共感はできなくても、その理由はなんとなくわかりますが、ね。
だってゲームのカーラはオニキスと契約していませんが、精霊の声が聞こえるために彼の囁きで、人の悪意を知ってしまうんですよ。明らかに怯えている人は勿論、笑みを浮かべて接してきた人の悪意までも。当たり前のように、人を信じられなくなるでしょうね。
そして怯えてはいても優しい母はいない。その母の死で家族を顧みなくなった父と、母の死の一端である弟という家庭環境。当然ですが現在、私の強力な味方であるクラウドとチェリのセバス族兄妹もいません。
きっと愛し愛され、リア充を謳歌する主人公を妬むあまりなのだと思います。
ラストはゲームの展開上・・・というか、かなり不味いことをやりまくりなので、仕方がないことでもありますが、カーラは断罪されます。
カーラは侯爵令嬢ですが、それよりもかなり身分の高い、王族に次ぐ位である大公閣下のご令嬢に危害を加えたり、暗殺を企てたりして、無事であるはずがないのです。
罪が明らかにされたカーラに下された罰は、処刑。
その力を怖れたのでしょう。砂漠の真ん中で処刑される間際、カーラは叫びました。
「呪われろ! お前も、お前の愛する国も、お前が立つこの大陸もすべて!! みんなみんな、呪われてしまえばいい!!」
狂ったように嗤うカーラの処刑が終わり、後はラブラブハッピーエンド・・・ではなく。
ストーリーはここで終わりではないのです。
「カーラの死後、その呪いでね。パンデミックが起こるの。そして私・・・癒しの力をもつ主人公は選択を迫られる」
そこで言葉を詰まらせたレイチェル様が、背後をふり返ります。じっと同じところを見つめているところからして、きっとそこに彼女の精霊がいるのでしょう。
レイチェル様は何度も言葉を飲み込み、その度にますます私のドレスを掴む手を固くしていきます。ついに布が破れてしまいそうな不穏な音がし始めて、やっとその手の力を緩めてくれました。
「メディオディア・・・自分の精霊を犠牲にして世界を救うか、人々を見殺しにして自分達だけ幸せになるか、を・・・選ばされるの」
え・・・それって・・・どちらもメリーバッドエンドってやつなのでは?
やだ。そんな鬱展開。
成る程。レイチェル様が私を警戒するわけです。
私自身を怖がっているわけではないと思いますが、能力としてはゲームのカーラのように呪うことが可能だろうから監視していた、ということのようですね。
まぁ、でももし私が世界を呪う気になったなら・・・パンデミックなんて起こさず、人が生きるのに苦労する、この嘆きの砂漠のようにするか、人の侵入を拒む深い森にして―――ん?
「パンデミックなのですか? アウトブレイクではなくて?」
「?」
質問の意味が解らなかったようで、レイチェル様が首を傾げます。私は彼女を見下ろしながら、私の疑問に繋がる「パンデミック」について説明することにしました。
「パンデミックとは感染症の世界的な流行をさします。飛行機などの交通手段が発達していた前世ならともかく、馬や馬車が主な移動手段であるこの世界では起こりえないと思うのですが・・・。あぁ。アウトブレイクというのは限定された領域の中で流行った感染症のことですよ」
オニキスの・・・と言うか精霊たちの力の性質上、辺りを満遍なく染色する、つまり自分の付近へ疫病をまき散らすことは精霊と契約していなかったとしても、呪文さえ正確に構築できていれば可能でしょう。ですからアウトブレイクでしたらあり得ます。
しかしパンデミックを起こす。他国で、自分が訪れたこともない遠方でも同じようにできるかと言うと・・・うーん。今の、この大陸を覆えるサイズだというオニキスならできるかもしれませんが、その前のオオカミ犬サイズのオニキスには無理だと思います。契約前の黒い毛玉にも。
それに契約もなしにそんな複雑なことを起こす呪文を構築するなんて、精霊の助言もない状態でできるとは思えません。
だいたい、オニキスが巨大化してしまったのは真白たちに襲われたからであって、その真白たちの目的は彼をあちらの世界へ帰すことでした。契約していないゲームのカーラが処刑されれば、自然とあちらへ帰るしかないオニキスを、襲いに来る意味などありません。よってゲームのオニキスは今のように大きくはなかったと思います。
さらにレイチェル様は「カーラの死後」って言いましたよね。
処刑が決まっていて、呪文の構築がすんでいるのなら、処刑の瞬間まで呪いの発動を待つ理由って何なのでしょうか。大勢の面前で呪文を唱えようものなら、処刑の前に切り捨てられるでしょうし。
まさかあの最期の言葉が呪文だとでも? それとも偶然にそのように呪いが発動したとか? オニキスがゲームのカーラの意思をくんだとか? だとしても、だいぶ無理があるような気がするのですが・・・。
「あ・・・えっと・・・そう言われると自信がなくなるんだけど・・・でも、たぶんセリフ枠にはパンデミックって書いてあったと思う。アウト・・・なんとかって初めて聞く言葉だし」
二人で頭をひねり合っていると、ものすごく焦った様子のメディオディアが姿を現しました。その視線はレイチェル様にのみ向けられており、私へ全く注意を払っていない感じからして、意図せず実体化しているようです。つまり、かなり興奮しているのでしょうね。
よろよろとレイチェル様へ近づこうとする彼の前に、オニキスが立ちはだかり、息苦しいほどの威圧を放ち始めます。それを受けたメディオディアは、白い顔を恐怖に引きつらせながら言いました。
『それをするのはこの女じゃない! だから逃げよう! エル!』
まるで真犯人を知っているような断じ方に、レイチェル様がピクリと反応しました。そしてゆっくりとメディオディアの方をふり返ります。
「ディア? どういう事? ・・・何を隠しているの?」
とても静かな、震えの消えた声音に、今度はメディオディアが大きく震えます。じっと見つめ続けるレイチェル様の視線に堪えかねたのか、夜闇でも存在を主張する銀の瞳をそらし、顔ごと俯いて瞼を伏せ。ついにはぎゅっと目を閉じて、そこから絞り出すようにして口を開きました。
『・・・そのような事を、こちらへ来る前に「狂乱の華」どもが計画していたのだ。戦争が上手く起こせなかった時の保険だと』
「・・・何のために?」
聞き慣れない名に眉根を寄せたレイチェル様に代わり、私が質問を重ねました。
会話に私が加わるとは思っていなかったのでしょう。メディオディアがはっと息を飲んで顔をあげます。そして険しい表情のレイチェル様の、睨み付けるような視線に捕まり、苦悶の表情を浮かべて言葉を吐き出しました。
『あいつらは人の数を減らすつもりだ』
今度はこちらが息を飲む番で・・・同時に呼吸を止めた私とレイチェル様を真っ直ぐ見返して、メディオディアが続けました。
『色彩・・・精霊たちを守るために』
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