上 下
472 / 474
11章.重なる世界

#Ex6-2.その後エルゼは少しだけ成長した

しおりを挟む
 中庭では、エルゼがエルフィリースやヴァルキリーと共にのんびりとしたひと時を過ごしていた。
温かな陽射しの中、誰に邪魔されるでもなく、ゆったりとしたお茶の時間。
トワイライトフォレストから送られた果実を使ってのフルーツティーは、三人の鼻を優しく癒してくれていた。
「良い香りね。セシリアさんには感謝しないと」
「ほんとそう。こういうお茶も中々新鮮よねぇ」
「癒されますよね。それに、美味しくって。スコーンともよく合います」
三者三様、幸せそうな様子であった。
「エルゼが焼いたクッキーも美味しいですよ。ハーブ入りのようですが」
テーブル中央の器に盛られた固焼きのクッキーをかじりながら、ヴァルキリーが柔らかく微笑みかける。
「あ、はい。師匠に食べてもらえたらって思って試しに焼いてみたんですけど、お味は大丈夫な感じです?」
「ええ、これでしたら、旦那様も喜ぶのではないでしょうか。お茶菓子としては申し分ありません」
ヴァルキリーのお墨付きであった。これにはエルゼも破顔する。
「やたっ、これでようやく、師匠に美味しいものを食べてもらえます! お茶にお菓子に、お料理に……ちゃんとできないと、お嫁さんにはなれませんものね」
屈託なく笑う少女を前に、エルフィリースもヴァルキリーも顔を見合わせ、そして笑った。
「ええ、そうね。男性の胃袋を掴むのはとても大切だわ」
「料理上手でなくては、旦那様の舌を楽しませることは出来ないでしょうしね――」

 意外と、魔王はグルメなのだ。
食に関しては無頓着に見える事も多いが、変わった物、美味い物には寄ってくる性質でもあるのか、作っているとちょくちょく顔を見せたりする。
特に人間世界の料理には興味そそられるのか、ただそれを食べるためだけにわざわざ訪れる事もあるほどで、魔王の食への好奇心は存外、幅広い方向へと向いていた。

「エルゼは、旦那様の妻になりたいのですか?」
ニコニコと笑う可愛らしい姫君に癒されながら、ヴァルキリーは問うた。
「はい! 最初はお妾でも良いと思いましたけど、私、師匠の事大好きです! ずっと傍に居たいですし、もう、離れたくないです!!」
無邪気な恋慕がそこにあった。
それがどこか懐かしく感じ、ヴァルキリーは立ち上がって、身を乗り出す。
「ヴァルキリーさん……?」
そうして、その気障な髪型の頭を優しく撫で、無言のまま笑いかけていた。
「……えへへっ」
それがどこかとても優しく感じられて。
エルゼは、嬉しそうに微笑んでいた。


「エルゼを見ていると、昔の自分を思い出しますわ」
「奇遇ねヴァルキリーさん、私もだわ」
用事を思い出したからと席を外したエルゼの背を見やりながら、ヴァルキリーとエルフィリースは、二人してぽつり、かつての自分を思い出していた。
「なんていうか、一生懸命で、ひたむきで」
「自分の気持ちに一杯揺すられて、ぐらぐらになって。でも、想いを遂げたくて」

ほう、と息をつきながら、二人、カップに揺れるお茶を飲む。
「応援したくなるわね」
「がんばって欲しいですよね。ああいう娘は」
そのひたむきさが懐かしく、どこか寂しくもあり。
女二人、少女の恋を応援していた。


「早く師匠に食べてもらいたいなあ――」
部屋から取ってきたクッキーの沢山詰まった袋を手に、エルゼはいそいそと魔王の部屋へと歩く。
どんな反応をしてくれるだろう、褒めてくれるかな、頭を撫でてくれるかも、など、色んな想像をしながら、頬をちょっとだけ赤くして、耳をぴょこぴょこ揺らしながら。
エルゼは大好きな師匠の部屋の前に着き、ぴたり、足を止める。
(んーと……変なところはないかしら……? 笑われてしまわないようにしないとっ)
手鏡を見やりながら、変な所はないか、ちらちらと見て回る。
髪型、よし。ドレス、よし。靴、綺麗。顔、いつもと同じで恥ずかしくない、よし。と言った具合に。
全身のチェックを終え、いざ師匠へ、と、ドアをノックしようとしたところであった。

『――エルゼ、私の妻になってくれないか?』

「……えっ?」
手を向けようとしたところで、エルゼの耳に飛び込んできたのは、全く予想だにしない、そんな言葉であった。
(あっ、何かの……お芝居、とか?)
何かの聞き間違いだとか、師匠の悪戯か何かでは、と、考えてしまったが、しばし待っていても何事かある訳でもなく。

『君はまだ幼い。周りからはロリコンと呼ばれてしまうだろうが、だが、私はもう覚悟が出来た! ロリコンでも構わない、どうか、私の妻になって欲しい!! 魔界にサブカルチャーを広める、その手伝いをしてくれ!!』

(――あっ、師匠……そんな、わたし――)
胸がきゅん、と締め付けられるのを感じ、エルゼは眼の端から涙を零していた。
(私も……私も、師匠の事――)
それは甘酸っぱくも苦しげで、だけれど、エルゼの心を満たしてくれていた。
ずっと欲しかった、少女が夢見ていた『幸せの言葉』であった。
(あ、でも、師匠、私に言わずにいるという事は、まだその時ではないのですね。いますぐ師匠に抱きしめて欲しいですけど、エルゼは我慢しますっ)
ぎゅ、と、胸を押さえながら、エルゼは新たな決意を胸に、その場から歩き出した。
部屋の前に、菓子袋をちょこんと置きながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

処理中です...