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11章.重なる世界

#11-2.ふと思い出す

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「ふう。やっぱ、この部屋が一番落ち着くなあ」
全てが終わり、部屋へと戻った魔王は、出迎えてくれた人形たちと共にのんびり、作業用の机でくつろいでいた。
リヴィエラから帰還してはや三日。
ぼんやりとしたまま時間ばかりが過ぎた形となるが、魔王はその無駄すら愛しく感じていた。
『ようやく、平和になりましたものね。流石にこれ以上は、何もないと良いのですが』
元のサイズに戻り、机の上に腰掛けるアリスも、幸せそうに主を見上げる。
「うむ、そうなのだ。ようやく平和になった。だから、今まで出来なかった人形集めやサブカルチャーの探求も、また続けられるぞ」
ようやくの再開であった。随分長いことそういった趣味に手を出していなかったなあ、と、しみじみ思い出す。
『それにそれに旦那様、たまにはエリーセルやノアールとも会ってあげてくださいまし。きっと寂しがっていますわ』
「勿論だとも。私だってあの娘達と会えないのは寂しいさ」
アリスの上げた小さな可愛らしい手に、指先をちょん、と当てながら、魔王は顔を綻ばせる。
「魔王城の事はアルルとアンナ(とカルバーン)に任せられるようになったし、魔王軍も再編……する必要はあんまりなさそうだが、まあ、一応治安維持も考えると、態勢を整えるのに時間が掛かりそうだ」

 魔王にできる事は、実はあまり多くない。
戦時中ならば選択する事も多かろうが、平和の時代となれば、慌しい事はかなり減り、政務に関してはほぼ全てがアルルやその配下の女官達で十分に片付けられるようになる。
元々、あまり指導力の高い魔王ではなかったのだから、そもそも必要とされる場面も乏しかった。
ならば、もう遊んでいてもよかろう、と。
魔王はのんびり、背もたれに寄りかかってぐ、と背伸びする。

「――ああ、幸せだなあ。気が向いたら人間世界にでも行って、何か美味い物でも食べて回りたいな」

 やりたいことは、まだ沢山あった。
魔王となる前、長い期間ひきこもっていたのが勿体無かったとすら思えたほどに。
今の時代、今の世界には、様々な知らないモノが溢れている。
きっと、楽しい時間となるだろう。様々な色のある、満たされる世界をこの眼で見て回りたい、と、かつての活力を取り戻した瞳は、先を夢見て輝いていた。

「だが――こんな平和な世界だが、あいつは、レーズンは、どうしてるんだろうなあ?」

 ふと、思い浮かんでしまった。
それは、タルト皇女に、エルフィリースに、そしてエリーシャにまで関わった一人の『魔王』の事。
タルト皇女の侍女として、エルフィリースの友人として、何より、エリーシャの保護者として在った彼女は、今どうしているのだろうか、と。
『エリーシャさんのお友達のトリステラは、今、どうしてるのでしょうね。エリーシャさんが亡くなったというのは知っていると思うのですが……』
「ああ。それも気がかりだった。前にエルフィリースを連れて皇城に行った時には、彼女の私室だった場所にはもういなかったのだ」
侍女ラズベリーこと、『魔王』レーズンからエルフィリースへとプレゼントされた人形・トリステラ。
エリーシャの一番の宝物であり、友達であり、そうして、レプレキア家をずっと見守り続けていた守り神。
そんな人形が、今どうなっているのか、魔王はそれを思うと、どうしても気になってしまっていた。
「……エリーシャさんが亡くなった時、あの私室には、まだ居た気がするが。ふむ――」
思い当たるところがあるとすれば、やはり、レーズンだった。
レプレキカの血筋に固執していた彼女の事、何がしか知っているのではないか、と。
しばらくの間顔すら見ていなかったというのに、唐突にそんな気がしてしまったのだ。
「よし、ちょっと行ってみるか」
そうして魔王は、気の向くままに立ち上がる。
合わせた様に、既に等身大へとサイズアップしたアリスがクローゼットから外套を取り出す。
魔王お気に入りの一着だ。昔からこればかり着ている。
向かう先はミルキィレイ。かつて彼女がエリーシャと暮らしていた廃村であった。


「……ふぅ」
そうして、彼女はそこにいた。
優雅に、廃村の村長の家だったそこで、お茶などしていた。
どこぞへと旅立つつもりだったのか、まとめられた荷物を置いたままに。
何もなくなった家で一人、しんみりと息をついていた。

「またどこかへ、旅立つつもりなのかね?」

 そうして、客が二人ばかり。
魔王とアリスは、やや小狭いながらも入り口から、のんびりお茶をするレーズンを眺めていた。

「――やっぱり来たわ。なんとなくそんな気がしたけれど」
さほど驚く様子も無く。レーズンは客二人をじと眼で見やりながら、カップのお茶を一息に飲む。
そうして、カップをどこぞへと消し去ると、そのまま立ち上がった。

「いかにも旅に出る、といった様子だが。その行き先は?」
そのまま荷物を手に出て行くレーズンについていき、三人ともが家の外へと並んでいた。
そうして、魔王は問うのだ。彼女のこれからを。
「……お前に教えてやる義理なんてあったかしら?」
傍の木影に荷物を置きながら、レーズンは冷ややかな言葉を向ける。
「ないな。別に嘘をついても構わんよ。ただ、なんとなく知りたかったんだ。それだけだ」
ただ興味本位の質問であった。それ自体は何の事もない、あまり意味の感じさせない。
「ただなレーズン。今この世界に、エルフィリースがいるのだ。彼女に一度も会わずに行ってしまうのは、なんというか、寂しすぎはしないか?」
魔王がここに訪れたのは、あくまでトリステラの行方を知るためであったが、同時に湧いた疑問もあった為、そちらを優先する事にした。
魔王は、いつだって思いつき優先である。

「……違うわ」
しかし、レーズンは表情を堅くし、首を小さく横に振った。
「違う?」
「あのエルフィリースは、きっと、私のことを知らない。だって、私やトリステラを見ても、何も感じていない様子だったもの」
ほら、と、どこからか古びた人形を取り出し、魔王へと投げ渡す。
「うわっ、と……だから、人形は荒っぽく扱わないでくれと」
やはりというか、トリステラの所在はここにあったのだが、魔王は乱暴な扱いに顔をしかめていた。
「いいから聞いてみなさいよ。きっと証言してくれるわ」
そんな魔王のことなど意にも介さず、レーズンは背を向け、待っていた。
「……アリスちゃん」
「はい、トリステラをこちらへ」
レーズンが何を意図してそうしたのか、それを知るため。
魔王はアリスへと人形を渡し、見守る事にする。

「お久しぶりねトリステラ。早速だけれど、レーズンさんが言っている事、どういう事なのか……えっ? それって――うそ」
最初こそにこやかあにトリステラに話しかけていたアリスであったが、やがてトリステラに耳を向け、その『声』を聞いていくに従い……表情を曇らせていった。
「……」
そうして、俯きながらに、トリステラをレーズンへと返す。
「ん」
それを受け取り、再びどこぞへとしまいこむレーズン。
「……何が起きたのかね?」
一人、要領をつかめない魔王は、アリスを案じながらも、その言葉を待つ。
「旦那様……やはり、レーズンさんの言うとおりのようです。今、この世界にいるエルフィリースさんは、トリステラの事を知らない、と。そもそも、『ラズベリィ』という友人すら知らない様子だったと、言っています……」
「……なんだと?」
前提がまず、狂っていた。魔王も驚きを隠せない。

「そのまんまの意味よ。いいこと伯爵? あの娘がこの世界に来た事なんて、私はとっくに察知してたわよ。あれだけ次元の歪みが発生して時空震じくうしんが起きてれば、どれだけ離れてたって私には感知できるわ。勿論、会いにいった」
やがて、ほう、と深くため息をついてから、レーズンの説明が始まる。
「でも、それとなく再会を演じて見せたつもりだったけど、気付かなかったのよ、あの娘。私の顔なんて知らないかのように。まるで、ただの魔王城の侍女であると思っていたように、私と、トリステラの横をあっさりすり抜けたの」
虚しかったわ、と、少しだけ涙目になりながら、レーズンは口元をひくつかせる。

「――きっと、私が干渉していない世界から来たんだと思う。私があの娘と関わっていない世界から。だから、私やトリステラの事なんて知らなかったんだわ。だけど、そんな世界ですら、ドッペルゲンガーは現れたらしいわね」
「ああ。ヴァルキリーが言うには、ドッペルゲンガーすらパトリオットが蘇らせた存在だった、という話だが」
「だとしたら、私が関わらなくても、お前があの娘に関わった時点でそれは発生するフラグとなってしまっていたのかも、ね」
どうにも救えないわ、と、ため息混じりに背を向けてしまう。
今日のレーズンは、ため息が多かった。

「――ねえ伯爵。もし私の行く先が、また別に存在するシャルムシャリーストークだったらどうする? 過去の時代の、やはりまた、エルフィリースが生きていた時代。そこに私が行こうとしていたなら、お前はどうする?」
背を向けたままに、ぽつり、そう呟く。
「何をしにいくかにもよるが……君が今までしていた事を考えると、『また』同じ事を繰り返す気なのかね?」
魔王は、そんなレーズンに表情すら変えず、ただ問われた事に答えていた。
「そうかもしれない。『また』エルフィリースに干渉して。『また』タルト皇女の人生を捻じ曲げて。『また』エリーシャ様を不幸なまま死なせるのかもしれないわ」
それが彼女のしてきた事。それが彼女の許されざる『業』であった。
「ならば、行かせる訳には行かないね。パトリオットが消えて尚、そのループを続けると言うなら……過去になどいかせる訳がないだろう?」
魔王とレーズン。双方の間に、静かな風が吹いた。
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