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11章.重なる世界
#10-4.シャルムシャリーストークへ――
しおりを挟む「どうやら向こうは決着が付いたらしい。どうする勇者よ。まだ戦うかね?」
互いにふらふらになりながら、顔にあざを作りながら、みっともなくぼろぼろになった二人が、空から届いた衝撃に、二人して上を眺めていた。
「……天使などどうでもいい。私は、お前を倒さなくてはならないのだから」
くたくたになりながら、ふらふらになりながら、全身から血を流し、口の端から血を垂らし。
それでも揺らぐ事無く、勇者はそこに立つ。
「……お前に、エリーシャさんの頃の記憶が少しでも残っててくれてればなあ。しかし、やはり彼女は勇者の……なんとなく、そんな気がした程度であったが。こうなってしまったか」
ぼろぼろの身体を、しかし魔王はなかった事にしたりはせず、同じようにぼろぼろになったままの勇者を見やり、笑っていた。
「……意味が解らない。お前は何を言っている?」
勇者には意味不明に聞こえたため、こんな魔王が不気味に感じられた。
異様に強く、そして意味の解らないことばかり口走る男。
それが勇者バハムートが、自意識を感じて初めて敵対した男に抱いた感想であった。
「お前になれなかった、いや、ある意味お前以上になった、私の友達の話だ。良く覚えておけ、もう片方の何がしかにはあまり興味はなかったから知らんが――彼女はお前よりも優れていた!」
再び、殴り合いが始まる。
魔王は当然ながら、勇者も既に剣を折られており、技も何もない、ただの殴り合いへと移行していたのだ。
「ふんっ!!」
「ぐぉっ――うおぉぁぁぁぁっ!!!」
魔王が拳を頬に叩きつければ、勇者は唸りながらも絶叫し、魔王の腹へと重い一撃を見舞う。
なんとも泥臭い最後の戦い。かつて描いていた最高のシチュエーション。
魔王は自然、笑っていた。つまらないなどと言ったが、その心は確かに満たされていたのだ。
「これでどうだ、倒れろぉっ!!」
「ぐほぉぁっ、ぐぅっ!!」
全力を込めた拳が、致命傷にならない。殴りつけた相手は、しかし同じくらいの威力の拳を自身にぶつけてくる。
「ぐぇっ――」
思わず仰け反ってしまう。痛い。堪らなく痛い。
生の実感。戦っている。今、自分は確かに戦っているのだと、魔王は興奮していた。
「はぁっ――はぁっ、終わりだ。これが、ラストだ」
「ああ、終わりだ。これで終わらせて、やる」
互いに息切れ激しく。互いに苦痛に見ていて、だが、笑っていた。
こんなラストを、魔王は求めていたのだ。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「終われぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
互いの拳が互いの顔を叩きつけ、吹き飛ばす。
「ぐ……くはっ」
受け身すら取れない。くたくたであった。
「うぐ……あ、ぁ……」
顔から地べたへと叩きつけられ、ぼろぼろであった。
二人揃って、地に付していた。
なんとも間の抜けた光景が広がっていた。
突き抜けた空。
一部おかしな光景が広がってはいたが、まだまだ美しいリヴィエラの風景。
戦いに恐れなど感じていないのか、小鳥達は愛らしく鳴き声を発し、どこぞへと飛び立ってゆく。
――向かう先は別の世界か。あるいは川の中か。シャルムシャリーストークか。
ぼんやり、変なことを考えながらに、魔王はむくりと起き上がる。
「そうだ、私はまだ、知らない事だらけなのだ」
何にも知らない。だから、こんな事にかまけている暇などなかったのだ。
見渡せば知らない世界が広がっていた。
たくさんの『知』が、世の中には溢れていた。
彼は、無知であった。
だから、殊更のようにそれがとても楽しいもののように、美しいもののように、素晴らしいもののように感じられた。
「――そうだろう勇者よ。何も知らないのだ。何にも知らないのに、私達は戦っていたんだ」
勿体無くはないか、と。まともに動く事すら出来ないが、勇者の方を見ていた。
勇者も、何事か呻(うめ)きながら、頭を振りながらに身を起こす。
「知ってしまえば、情が移るだろう? 殺したい相手なんて、何も知らないほうが良いに決まっているじゃないか」
勇者は、ぽつり呟き、立ち上がろうとする。
だが、すぐにバランスを崩してしまい、倒れる。顔から落ちる。
「ははは、何をやっている――とっ……とっ」
そんな宿敵を見やりながらに、魔王も立ち上がろうとするのだが、やはり同じように足腰にキているのか、腰砕けになってしまっていた。
「はは、情けないな……私達は今、この世の誰よりも情けないに違いない」
「敵に同感などしたくはないが……全く以ってその通りだ」
互いに情けないあざだらけの顔を見やりながら、困ったような、複雑そうな顔で曖昧に笑みを浮かべる。
「――これから、どうするよ勇者。私達と共に往くか? シャルムシャリーストークは、とても楽しい世界だぞ。これからこの世界は、平和になる」
「お断りだ。私は、お前のような敵を倒さなくてはならないのだろう。自分の宿命を果たせず、何が勇者か」
穏やかな語り合いのように見えるそれは、ただの時間稼ぎのひと時に過ぎない。
手足に力の入らぬ彼らが立ち上がれるようにする為の。拳に力が入るようにするまでの、儚い休戦。
「そうか、残念だ」
さほど残念でもなさそうに、魔王は膝に力を込め、よろけながらも立ち上がる。
「私はきっと、もうお前の事を『敵』と思えていないのだろう。いいや、あの頃からそうだったのかもしれん。私にとってお前は、初めてまともに関わりを持てた人間だったのだ。不安定な自分の力を扱いきれず、ただ殺す事にしか使えなかった私にとって、それはとても大切なものであった」
だからこそ、と、歩を進める。遅れて、勇者も立ち上がった。
再び、対峙する。鼻を突き合わせるような距離で、互いに互いの瞳を睨みつけながら。
「お前のような相手のことを、『宿命のライバル』とか言うんだろうな。後付けだが」
「私からすれば、お前がそれだ。人生の開始早々出会ってしまった、如何ともし難い化け物だ」
どうしてくれよう、と、勇者は歯を食いしばりながらに拳に力を入れる。
握り締められた拳で放てるのは、一撃が精々。
そして、次に受ければ、恐らくふらふらの頭は完全に意識を刈り取られ、そのまま死ぬか昏倒するか。
いずれにしても、負けるのだろうと解っていた。
だから、相手より先に繰り出すのだ。
「ぐっ――」
「ふぉっ――」
そうして、二人ともが、互いの顔を殴りつけ、その場に崩れ落ちた。
「――お疲れ様でした、旦那様」
ぼろぼろの、しかし満足げな顔で昏倒していた主を見やりながら、天から降りた天使は、微笑ましげにその身を抱き上げる。
――随分と大きくなってしまった。けれど、あの頃と何も変わらない、この無防備な顔。
「さあ、帰りましょう。このような所にいつまでもいるべきではありません。貴方様の戦いは終わり、貴方様の人生は――まだ、始まったばかりなのですから」
これからですわ、と、倒れたままの勇者を見やりながらに、静かに歩き出す。
背の純白の翼を揺らしながら、幸せそうに主の、悪戯に疲れた子供のような顔を愛しげに見つめながら。
こうして、リヴィエラでの戦いは終わった。
既にアリス達、共にリヴィエラへと入った者達は出口で待っていたらしく。
二人の登場に、素直に喜んだり、にやにやといやらしく笑ったり、涙目になって悔しがったりしながら、その帰還を喜び合った。
そうして、帰るのだ。元の世界に。彼らが生きるべき、これからの世界に。
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