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11章.重なる世界

#10-2.『根源』の戦い

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 まず、魔王へ向けられたのは、|千刃(せんじん)の剣技。即座に反応した魔王がそれを左腕で受けようとするが、力を込め受けたにも拘らず、容易く刻まれてしまう。
「――むぅっ!」
大した奴だと関心ながらに、魔王はバハムートの腹に向けて一撃を見舞う。
「――っ」
かわされる。素晴らしい身のこなし。まるであの日の頃のようだと、魔王は胸をときめかせそうになるが。
『今の自分と対比してこの程度では』と、考えを改める。
そう、この勇者には、あの頃の強さを感じさせる何かが足りていない。

「強いな。流石は勇者。だが、人の記憶というのは、ここまで美化されるものなのだろうか? 今のお前と戦っていても、どうしても、あの時の興奮をもう一度、とはいきそうにない」
「……」
一歩引きながらに、追撃に向かってきた勇者に上段蹴りを向ける。
首ではなく、肩口を狙った打撃的なモノであったが、勇者はこれを受け、若干よろめいてしまった。
その受け様はどこか隙だらけのように感じられ、魔王は容易にその懐へと滑り込んでしまう。
「思い出せ、勇者よ。私は『こんなもの』ではないぞ!!」
「ぐっ――!?」
そのまま、肘の一撃に最大限の魔力を付与し叩き込む。鳩尾みぞおちに向けての強烈なインパクトが、勇者の全身を吹き飛ばした。


「……はぁっ、はぁっ」
魔王は息一つ乱さない。
勇者は、息も絶え絶えであった。
そんな様を見て、魔王はまた、苦笑する。
 
 確かに、強い。自分よりも俊敏で、その剣技は今まで対峙した誰よりも優れているのだろう。
反応も良い。瞬時に肉薄しての一撃を、ぎりぎり急所を避けられるように対応していた。
インパクトの直撃。これを相殺するように後ろへと飛び、よろめく事無く着地している。
恐らく本能レベルでこのような戦いが染み付いているのだ。その身体能力の高さ、基礎能力の高さは間違いなく最高レベル。

(……だが)
再び駆け出し神速の剣技を繰り出す勇者。
魔法を展開し、魔王の攻撃に怯みもせず、果敢に挑んでくるその様は、間違いなくあの・・勇者だったというのに。
魔王の眼は、ひどく冷めていた。
この勇者の繰り出す剣技一つとっても、すさまじいの一言だというのに。
戦えば戦うほどに、つまらないのだ。
「勇者よ。そんなものなのかね? お前を突き動かしていた感情――私への憎しみはどうした? 記憶と共に消えてしまったのか? 私は――私はきっと、お前の最も憎むべき敵だったというのに!」
つまらん、と、苛立ちすら感じながら、引いた肘を一気に突き出し、正拳を顔面へと叩き込む。
「ぐぁっ!?」
狙った通りに突っ込んできた勇者に、その一撃が深々と突き刺さる。
動きが直線的過ぎる。いかに速かろうといくらでも当てられる実感が、魔王にはあった。

「――強い、な。これが、私の『敵』なのか……」
よろけそうになりながらに後ろへと飛び退き、勇者はようやく言葉らしい言葉を呟く。
「天使殿も、酷な事を言う。意識を持って最初に戦う敵がこんなに強いなんて、悪い冗談のようだ」
どこかさわやかに感じさせるような苦笑。
口元の血を拭い、剣を持っていた手を片方、腹へと当てた。
「私は、お前の事を全く知らない。お前は、私の事を知っているようだが――敵であるという関係以外、私達には必要ないと思うのだが」
「……そうかもしれんね」
突然に良く話すようになった勇者に若干の驚きを感じながらも、魔王は睨みを利かせ、次の一撃をどう叩き込むか、それだけを考えていた。
「気にしないでくれて良い。恐らくはお前に何ら関係の無い、私の個人的な感傷だった。それすら、今の私には無意味なものであった」
どうでもいい、などと言いながら、それでも戦っているうちに気にしてしまっていたのだ。
存外、勇者という存在は自分の人生において大きな部分を占めていたのだな、と、心の中では苦笑しながら。
魔王は改めて、何者でもなくなったこの勇者を蹴散らす事だけを考える事にした。


「――普通に戦ったのでは勝てない気がした。だが幸い、私にはまだ、戦う術がある」

 腹に当てた手に魔力を集中させてゆく。
淡いその光は、癒しの奇跡か何かかと魔王に思わせたが、しかし。
やがて腹の中へと光が飲み込まれ、勇者の周囲に七つの光球が浮かぶに至り、その本質を気付かせる。

「――衛星魔法。エリーシャさんの得意だった奴か」
驚きを感じながらに、ならばその効果は、と、思いめぐらせようとした魔王であったが。
「いくぞ、我が敵よ――これからが、本番だ!!」
光球によって瞬く間に傷が癒された勇者は、先ほどより鋭さを増した速度によって、魔王の胸に刃を突き刺していた。
「ぬ……ぐっ」
――全く見えない。気がつけば刺されていた。
瞬間移動まがいの移動速度。光を超えた剣の速さ。
目視などできはしない速度で繰り出される連続技。
どれもが魔王には見切れず、一瞬でボロ雑巾のように切り刻まれてゆく。
「これで――」
そうかと思えば数歩ばかりの距離へと飛び退き、姿勢を低くし、腰から二本目の剣を取り出し構え――跳んだ!!

『天剣――ヴィヴェルブラッド!!』

 眼にも止まらぬ速さで繰り出される縦の斬撃。そして斬りつけた身体の回転のまま横薙ぎに払われる斬撃。
ズパリと振りぬかれたその二撃必殺の剣は、正面から受けた魔王の胴体を十字へと斬り裂き、血を噴出させていた。

「くくっ――この技を受けるのも三度目だが、未だにかわせた試しが無いなあ」
参ったものだ、と、笑いながらに。
魔王は、斬り裂かれた正面をそのままに、ずれた衣服を直そうとする。
全く動じた様子も無く。全くダメージを受けたような様子も無く。
そんな魔王の様に、勇者はぎり、と奥歯を噛み、次の一撃を狙うべく、拳に、足に力をためてゆく。
「まあ、いい加減見飽きた気もする。そろそろ新しい技を見せて欲しい物だな」
次は受けてやらぬ、と、ざらりとした視線を向けながらに。
魔王は水音を滴らせる胸元と肩口を手で軽くさすり――傷を『なかった事にした』。
「完全なる無というのはな。本来、本当になんにもないのだ。私が受けた事象、私が感じた物事、私を取り巻く世界――すべてが、なんにもない。ただ心がそれを受け入れるから痛いとか苦しいとか思い込むだけでな。本質的には私が何かを感じるものなど、存在しないらしい」
哀しいだろう、と、勇者の反応を見るように口元をにやつかせながら。
「――全力できたまえ。じゃなければ、天使もろとも、殺してしまうぞ?」
魔王は、こびりついた血すらどこかへと消え去った手を勇者に向け――っした。
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