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11章.重なる世界

#9-2.天使たちの相容れぬ思想

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「――パトリオット。お前は何故、この世界に干渉した? 私がようやくこの胸に抱き、優しくなったあの方を。その本質を、何故呼び覚ましてしまうような事を目論んだ?」
血まみれになった自身の身体になど興味もないとばかりに、その視線は目の前の熾天使にのみ向けられていた。
弾の雨を身に受けても身じろぎもせず。堪えた様子も無く。
ただ、見ていた。パトリオットの瞳を。その真意を求めるが如く。
「――そうしなければあの『伯爵』はいつ暴走するか解らなかったからよ! 『魔王』でなくなったあの男を葬るなら、この世界に閉じ込めて、自滅させるのが一番楽でしょうからね」
攻撃を続けながらも、自身の瞳を覗きこもうとするヴァルキリーに不気味さを感じ、パトリオットは視線を逸らしてしまう。
「その結果がドッペルゲンガーの開放か。その結果が、滅びてしまったあの世界か――パトリオット、それは本当にリーシアの望んだ事なのか?」
「当たり前でしょう!! 女神リーシアは16世界の平穏の為、あのような危険な存在がこの世にいたままでは滅ぼされてしまうという、その危惧が為自らを犠牲にしてでも封じようとした!! 私はその代行をしているだけよ!」
「だとしたら、やはりお前のそれはただの思い違いだわ。結局お前は、リーシアのやろうとしたことを、上辺でしか理解していなかったのね」
パトリオットとの問答。その答えに、ヴァルキリーは酷く落胆したようにため息をつき、手に持った剣を振るった。
横薙ぎの一撃。割れた時空はパトリオットの銃弾など容易く飲み込み、そのままパトリオットの目の前で閉じてゆく。


「確かに、お前のしようとしたことは、お前の目的を果たすためならば合理的なものだったのでしょうね。熾天使であるお前ならば、世界の影響を受けずに世界に対して一方的に干渉する事ができる――そうか。『こうやって』重複世界をいくつも作ったのも、そのためか」
皮肉を呟きながらに、パトリオットのしようとした事の真意に気付き、ヴァルキリーは自嘲気味に笑った。
「……お前、万一の失敗に備えて世界を重複させて、『結果多数の法則』を利用して内からも外からもあの方を葬るつもりだったのね? だから、ドッペルゲンガーなどという紛い物を利用して、あの方がこの世界ごと自滅するように仕向けた――」
「……今更気付いたのかしら? やはり貴方は、鈍っているわ。こんな程度の事、昔の貴方なら瞬時に悟ったでしょうに。私程度の策略なんて、秒もおかずに見破って皮肉の一つも向けていた貴方が、こんなに愚かになってしまうなんて」
嘆かわしいわ、と、頬をひくつかせながらパトリオットは左右の銃口を下げる。
届かない弾丸の嵐は止み、静寂がひと時、天空を支配した。

「完全なる勝利の概念なんて言ったって、絶対に滅ぼすことが出来ない訳ではないわ。女神リーシアは、正面からでなければいくらでもその存在を滅ぼす方法を知っていた。これもその一つ。ただそれだけよ」
「世界の崩壊に巻き込まれれば、どんな存在でも例外なく無に還るもの。そうして滅ぼされたシャルムシャリーストークが、重複した世界全体の中で多数派になれば、シャルムシャリーストーク外においても、その存在は『消滅した』という認識に書き換えられる」
「そうよ。そうすれば仮に外に逃げた伯爵がいたとしても、16世界全体の認識が書き換えられ、その存在は無に還る事になる。確実だわ。何より確実な手段だわ」
「――世界一つ犠牲にしてあの方を封じ込め、自滅させ、抹消する。確かにリスクは少なく、コストも僅か。そして得られる成果は絶大だわ。お前の好みそうな、大味な策略ね」
「……っ」

 パトリオットの自慢げな顔に向けて皮肉を聞かせ、その顔に歪みと苛立ちを表立たせる。
ただ淡々とした、高低の薄い声が響き、その度にパトリオットの心にじわじわとしたダメージを叩き込んでいた。

「でも、結果としてお前は追い詰められている。これから先、どうするつもりなのかしら。お前は私だけでなく、この後にくるであろう旦那様も相手にしなくてはいけない。お前が足止めとして寄越した魔女リリアも、今はもういないみたいだし、ね」
どうするのかしら、と、試すように微笑みかけてみせる。
その表情に、パトリオットはびくりと羽を揺らし、やがて銃を抱える腕が震えていった。
恐れではない。怒りからくるものである。
「――またそうやって上から見下す。変わらないわ。貴方は何も変わらない――少しくらい、怯えの顔を見せてくれたって――いいのよ!?」

 バツン、と、何かがはじけるような音。
次第に左腕の銃身が歪み、銃口が裂け、広がっていく。
やがて四方に開き、拡大してパトリオットの前面へと展開されていった。
「――ワールド・ブレイカー」
パトリオットが何をしようとするのか気付き、ヴァルキリーは呟きながらも「にぃ」と口元を歪める。
剣を中段に構え、宙にとどまったまま、そこから展開される赤色の波動をじ、と見つめていた。
「こんな程度のモノでは貴方や伯爵は殺せはしないでしょうけど、相殺しきるには相応の力が必要だわ。リリアは倒されたようだけれど、貴方のお友達はまだリヴィエラから脱していない。もろとも撃てば――どうなるかしら?」
パトリオットの前方に展開されたフィールドは、やがて磁場を形成。
周囲の空間のあらゆる物質を吸収しながら、やがて光の一片を捉え、これを撃ち出そうとしていた。
「――なるほど。お前『も』時間が稼ぎたかったのね。どうりで、最初から全力でこないと――」
次の瞬間飛んでくるであろう強烈な光を前に、ヴァルキリーは剣先を正面に、翼を振るい、足を浮かせる。

『オーバードライブ――シュート!!』
『――サンクチュアリ』

 パトリオットの正面から放たれる閃光と、ヴァルキリーが突き刺した『空間』から伝播される光の振動。
互いにぶつかりあい、混じる事無く互いを押しつぶそうと前へ前へと進もうとする。
全てを蹂躙する為に放たれた閃光は、全てを塗り替える閃光を押し切ることが出来ず、相殺されてしまう。
衝撃が緩和される事無く双方に激しいダメージを与えながら、天空を吹き飛ばしていった。
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