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11章.重なる世界
#6-3.魂の聖地へ
しおりを挟む一方その頃、魔王城の中庭にて。
夕暮れに差し掛かりつつあるこの時刻、ヴァルキリーとエルフィリースの二人は、設置されたティーテーブルにて優雅にお茶を親しんでいた。
「この世界、これからどうなるのでしょうね」
赤に染まりつつある世界にほう、と息をつきながら、ヴァルキリーはカップを手に呟く。
「んー、伯爵殿や魔王城の人達の話を聞く限りだと、人間世界との融和政策はこれから本格化していくっていう段階みたいだし、まだいくらか波乱はあるかもしれないわね」
対面するエルフィリースは、自分達の歩んだ道のりを振り返りながら、今の世界を思う。
「今のこの世界には、ネクロマンサー殿は表立って動いていないらしいし……魔族の平和論者だった彼が失脚して、代わりにタカ派だった私が魔王になって、なんて、この世界、エキセントリック過ぎる」
意味が解らないわ、と、苦笑いでカップに唇をつけて一口。静かに飲み下す。
「でも、バルトハイムの後進であるアップルランドという国が、こうして魔王の後進である伯爵殿と手を取り合った、というのは素晴らしい事だと思うわ。そう、やはり、世界は違えども世の中は平和へと進もうとするのよ、きっと」
それが人々の心なのだわ、と、嬉しそうに胸を張る。
人類の平和への願い。それを信じ、見守り続けた聖女の微笑みであった。
「……ええ、本当に」
人は、これから幸せへと向かっていくのだろう。魔族と共に。
まだ幾分離れたままの両者だが、長い時間を掛けていけば、いずれ理解は増し、ゆくゆくは同じ道を進む事もできるに違いないと、ヴァルキリーは頷いた。
緩やかな時の流れ。静かな雰囲気のお茶会は、柔らかい風によってその空気を城内へと伝え――
「――ひゃぁんっ!?」
「わうんっ!?」
そうして、突然テーブルの上に現れた二人組を前に、雰囲気は儚くも崩れ去った。
突然の事に驚き目を見開いていたヴァルキリーとエルフィリース。
「あいたたた……こ、ここは」
「アーティ、大丈夫? その、怪我とか――あれ?」
そうして、テーブルでお尻を打ったのか、痛そうにさすっている二人は、今の状況に気づく。
自分達を見ている、とても美しい女性が二人。
片方はどこか少女めいてもいて、そして――
「か……母様っ!? 母様ですよねっ? 私です、アイゼンベルヘルトです!!」
――目が合ったエルフィリースに驚き、アーティはテーブルに載ったまま、その手を掴んでいた。
「ま、また……? アイゼンベルヘルトって、アーティ、さんよね……?」
「はいっ、アーティです! その……お久しぶりです。母様」
感極まったのか目元を潤ませるアーティであったが、エルフィリースにとっては慣れた光景であった。
むしろ飽きた状況というか。既にこのやり取りは魔王城において、幾度も繰り返されたものだったのだ。
「……まただわ」
「またのようですね」
どうしよう、と、深くため息をつきながらヴァルキリーと顔を見合わせるエルフィリースに、アーティは不思議そうに首を傾げていた。
「その……どうしたのですか? そのようにため息をつかれて」
「いや、ううん、なんと言ったものやら。別人、と言えばいいのかしら? 似てるかもしれないけど、違う人だから。名前を知っているのも、聞いたから知ってるだけで、ね?」
できるだけ傷つけないように気を遣いながら、エルフィリースはやんわりと自分が誰なのかを説いてゆく。
「ていうか貴方、タルト皇女でしょ? こんなところで何やってんの?」
いつの間にかテーブルから降りて椅子にかけたミーシャが、足をぶらぶらさせながら指摘する。
これがいつもと違う流れであり、エルフィリースもその展開の違いに固まってしまっていた。
「う……その、タルト皇女と私は……ヴァルキリーさんっ!?」
「私に振られても困りますわ。旦那様曰く、貴方はタルト皇女その人なのだそうですし……」
「そ、それはそうなんだけど……私、全然そんなの覚えてないし」
返答に詰まりながらも、流石に嘘をつく訳にはいかないとヴァルキリーを頼ったものの、ばっさりと斬り捨てられてしまう。
これには大賢者殿も涙目であった。
「……なによ、記憶喪失?」
訝しげにエルフィリースの顔を見ていたミーシャであったが、やがて何かがおかしいと思ったのか、ぼそり、そんな事を呟く。
「ええ、まあ、なんというか。そうらしいわ」
相変わらず言葉に詰まるものの、記憶喪失だというのは間違いなく。
まして、自分を見た皇帝や、エリーシャの墓を見たときの自分の心を鑑みて、無関係な訳は無いと自覚もしていたので、悪戯に否定はできなかった。
「じゃあ、私の母様ではないのですか?」
「それは間違いなく……私、生涯で一人の方としかその、子供なんて作ってないし」
だが、自分が魔王だったかと言われればそれははっきりと否定した。
魔王として君臨していたその生き様は、何から何までエルフィリースには到底許容できぬものであったが故に。
「子供がいるの!? いや、作れてもおかしくないけど、いつの間にそんな!?」
アーティに答えればミーシャが驚き、事態はどんどんややこしくなっていく。
どちらに反応していいやらと、次第に頭が痛くなってくるのを感じ、エルフィリースは混乱しそうになっていた。
「――まあ、今はとりあえずはいいわ。それよりも、大変な事になってて!」
だんだんと虐められているように涙目になってきたエルフィリースの姿に、ひとまずは落ち着きを取り戻したらしいアーティとミーシャであったが、自分達がここに来る前に置かれていた状況を思い出し、頬をキリリと引き締める。
「あの、陛下はどちらにいらっしゃいますか? 緊急で、お伝えしたい事がありまして」
「緊急で……? 解りました、では、旦那様の居場所を検索しましょう」
深くは聞かず、眉をピクリとさせながらヴァルキリーは空をちら、と、見やる。
数秒、沈黙。すぐにまた二人の方を見つめなおす。
「安定しませんが、世界のあらゆる場所を行ったりきたり……転移しているようですね。これは――図書館?」
「また良く解らない事をしているようね、伯爵殿も」
「本当に……あら、止まりました。魔王城地下、無限書庫。その最奥にいるようですね」
「……なんでそれで解るのよ」
これでよろしいですか? と、見つめてくるヴァルキリーに、ミーシャは口元を歪めて半笑いになっていた。
「世界は違えども旦那様の気配は私にはいくらでも追えますので。強いて言うのなら、愛や絆というものでしょうか」
真顔でそうはっきりと言い切るヴァルキリーに、その場にいた三人の方が照れてしまい頬を赤くしていた。
「そ、そうなんだ……ふぅん。素敵ね」
特にミーシャは一番気まずげであり、耳まで真っ赤になりながらそっぽを向いてしまっていた。
「地下書庫の先には、『リヴィエラ』という、あの世へ繋がっている川が流れている場所があって……私たち、そこで『リリア』という女性と会ったのです」
「リリア? リリアとは、もしや『魔王』アルフレッドの妹のリリアですか? 魔法使いの」
聞き覚えがあってか、ヴァルキリーは眉を動かし、二人を見つめる。
「はい。そのようでした。もう亡くなっていましたけど、そこで『パトリオット』という名の天使に使役され、管理を命じられていたとか」
「……パトリオット。そうですか。やはり、あの娘が」
どおりで、と、そのきらびやかな髪を一房、ふわりと掻き揚げる。
そんな何気ない仕草ですら眩く美しく、三人は思わず眼を奪われてしまったが、本人は気にもせず。
「リリアさんは、私達を庇ってパトリオットと対立して……その、私達がここに戻れたのもリリアさんのおかげなんだけど、このままじゃまずいから」
「パトリオットという天使が、全ての事件の黒幕だって、リリアさんが言っていたのです。これを、なんとしても陛下にお伝えしなくては、と」
「事情は解りました。パトリオットが関わっているというなら、私も無関係ではありませんね。共に参りましょう。旦那様がたも、どうやらそこから先に進もうとしているようですし」
「付き合うわ。なにやら大変そうだし、ね」
すっくと席から立つヴァルキリーとエルフィリース。
「付き合ってくれるのはありがたいけど……タルト皇女、貴方戦えるの? 敵がいるかもしれないのよ?」
エルフィリースの顔を見ながら、ミーシャは不思議そうにぽつり、疑問を口にしていた。
「問題ないわ。こう見えても色んな魔法を使えるし、もといた世界では剣の遣い手としてそれなりに知れていたのよ?」
ご心配なく、と、微笑むエルフィリース。
だが、その腕の細さ、いや、身体そのものの線の細さは彼女が皇女と呼ばれていた頃とそこまで違いが無く、ミーシャは「大丈夫なのかしら?」と不安になってしまう。
自分も当然ながら、自分以上に足手まといになるのでは、と懸念を抱いたのだ。
「彼女の強さは私も保障しますわ。剣聖レプレキカの名を継ぐだけの技量を、エルフィリースは持っていますから」
魔王相手にだって引けをとりません、と、ミーシャの肩に手を置きながら、ヴァルキリーも口元を引き締める。
「そ、そうです、か……なら、いいんですけど」
この超絶美人な金髪お姉さん誰だろう、と、かねてよりの一番の疑問を口にする事も出来ず、ミーシャはただ苦笑いしていた。
こうして、二組のパーティは別々に、リヴィエラを目指す事となった。
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